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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


久遠堂〜過去と未来〜

<オープニング>

「久遠堂の場所が見つかったんですよ〜!神保町にあるそうなんです。誰か一緒に調査に来て下さいぃぃぃ!」
「で、なんでお前さんがここにいるんだ?」
草間武彦が呆れ顔で見つめるのは三下忠雄であった。
ここは草間興信所。様様な依頼が集まる場所。だがなぜアトラス社員の三下がここにいるのであろうか。
「それが・・・。以前の無限回廊の依頼で失敗しちゃったもんだから、編集長にこの話を持っていったら没になっちゃったんですよ〜」
「そんで依頼が出せないからここへ来たと?」
コクコク頷く三下。
「はぁ〜。情けないというかなんというか・・・。で、金は出せるのか?」
ウッとつまる三下。貧乏サラリーマンに調査費用を払う余力などあるまい。
「そこをなんとか〜。なんとかぁぁぁぁ」
「え〜い、しがみつくな!うっとしい。ああ、もう誰かこいつと一緒にいってくれないか。収穫があれば碇が少しくらいは・・・。出してくれるかな?」
依頼を受けに来た者たちは、必死の形相でしがみつく三下と、それを蹴り倒す草間の姿を呆然と見つめるのあった・・・。

(ライターより)

難易度 易

ついにアトラスでも依頼が出せなくなってしまった三下君。哀れな彼を誰が救ってあげられるのでしょうか(笑)。
さて、今回の依頼ですが場所は神保町。不思議な商品を取り扱う謎の店久遠堂がここに存在すると三下君が聞きつけてきたようです。ここで取り扱っている商品は過去と未来を読むことができる本とのこと。貴方が読みたい過去と未来について書いていただければと思います。久遠堂の場所は特定されていないので色々と探してみてください。手がかりは音です。
では、久遠堂にてお客様のご来店をお待ちしております。
チリリィィィィン。

<まとわりつくモノ>

草間興信所。
依頼の数は一時期に比べ非常に多くなったものの、それは一般人と関わりが無いものがほとんどになっている。心霊系や超常現象系の依頼。一体いつの頃からウチはこうなってしまったのだろう。
春が近づき、柔らかな日差しが差し込む窓の外に視線をやりながら、興信所の主草間武彦はしみじみとそう思った。彼の足にまとわりついていたモノは現在もういない。泣きつく相手が他に見つかったからだ。
「獅王さん。ひどいんですよ編集長」
「とうとう麗香はんに愛想尽かされたようやなぁ…。」
そう言ってまとわりつくモノ、三下の肩を叩いたのは真紅の髪が映える女性だった。一見すると、背が高く、男物の服装を着て髪を短くカットしているため、男性のように見えるが、その
声はまごうことなき女性のもの。胸もわずかながら隆起している。
「そんな無関係のように言わないでくださいよ〜。獅王さんが原稿あげちゃったからこうなったんじゃないですか」
「なに言うとるんや。アンタがぼやぼやしてるから悪いんやないの」
三下の恨みがましい視線を国立大学薬学部在学の学生、獅王一葉はあっさりとかわすのだった。
「そんな〜」
牛乳ビン眼鏡から滂沱の涙。
「獅王、少々きつうあらへんか?」
さすがに哀れに思ったのか三下に助け船を出したのはバンダナを巻いた青年だった。長身の茶髪にTシャツにシーンズという今風の若者の格好をした彼の名を鈴宮北斗という。鈴宮の言葉
に、さすがに言い過ぎたかと思った獅王は女々しく無きすがる三下に視線を向けた。
「ああ、わかったわかった。うちが悪かった。調査に協力するから顔上げてぇな」
「ほんとですか!ほんとにほんとですか!?」
現金なもので瞬時に泣き止んだ彼はさらに獅王の足にすがりつく。
「しゃあないから付き合うたるさかいしっかり調査しいや。・・・それよりはよどかんか!」
スパーン!
どこから取り出したのか巨大なハリセンが三下の頭を直撃した。
「ひど〜い〜」
「うわぁ、さらにしがみつきが強うなった!」
じゃれあう二人を見ながら鈴宮は思った。
(過去と未来か・・・。あの時、本当にどうしようもなかったんだろうか・・・。もしそれが見られるなら)
複雑な表情をして考え込む鈴宮。その彼に草間が告げた。
「久遠堂とやらの近くに行くと鈴の音がするそうだ。鈴の音に耳を澄ませるんだな」
「鈴の音・・・」

<適任者>

いつもながら本に埋もれているここは鷲見探偵事務所。相変らずやる気のない主はいつものごとく読書にふける毎日。
そこへ。
「千白さん。新しい依頼が来てましたよ。でもこれは貴女より彼向きですね」
「いきなりなんだいその言い草は」
事務所の事務員の視線の先には、お茶汲みをしている色白の青年がいた。背は高いがほっそりとした体つきの青年。自分のことが言われていると分かって顔を上げた。光の加減で時折赤く
見える髪が特徴的な20歳くらいの若い整った顔だち。この事務所のアルバイトとして住み込みで働いている学生、柚木暁臣である。
「この依頼の場所どこだと思います?神保町ですよ。依頼人」
「神保町だって?」
主の目がキラリと光る。神保町。新旧問わず様様な本が売られる本の町。特に古本屋の多さと品揃えは東京一、いや日本一だろう。活字中毒者である主が受けたら依頼を受けるどころではなくなる。ひたすら古本屋巡りにいそしむだろう。
「なんでそれを早く言わないんだい、高柄。丁度欲しい本があったんだ。買い物がてら引き受け・・・」
「というわけで暁臣君。君が行って来てください」
主を完全に無視して話をすすめる事務員。主は非常にさびしそうな顔をして机の上にのの字を書き始める。
「なんだい、なんだい。いいもん、二度と依頼なんか受けてやらないから」
あんたは何歳だ。そんな質問をなげかけたくなるいじけぶりである。だが、
「いいかい?」
「・・・はい・・・」
いじける主を二人は見ないふりをして話を進める。事務員は柚木の耳元でささやいた。
「まぁ、報酬なんてあってなきがごときものなんですけどね。
特に危険があるわけでもなし、三下さんがあんまりにも可哀相だからね。助けてあげてください」
コクリと頷く柚木。
「じゃあ、このまま神保町に向かって。駅で待ち合わせになっているから。詳しいことはこれに書いてありますからね。よく読んでおいてください」
そう言って事務員は依頼の内容が書かれたファイルを手渡した。これを持って部屋を出て行こうとする柚木を呼び止める声がした。主からである。
「待ちなよ。久遠堂の依頼だろう、それ。久遠堂なら近くに行くと鈴の音がするかもしれない。注意して音を聞いてごらん」
一貫して無表情、無口で対応する彼だが、主と事務員には彼がそわそわしているその様子から照れて嬉しがっていることがはっきりとわかる。彼が部屋から出て行くとクスクスと忍び笑いをするのだった。

<バー「ケイオス・シーカー」にて>

「過去と未来が読める本か、私の目的に役立ちそうですね」
カウンターの向かいに座る草間にバーテンはそう告げた。後ろの棚には数千に及ぶ酒のボトルが並び品揃えの豊富さを物語る。照明を抑えたシックな店内にはグランドピアノが置かれ、女
性ピアニストが奏でるクラシックジャズが店内に流れる。ここはバー「ケイオス・シーカー」。オーナーはこのバーテン九尾桐伯。漆黒のややくせのある髪は長く伸ばされ後ろで束ねられ
ている。無駄な肉のない引き締まった体つき。だが何よりも特徴的なのは、真夜中に獲物を狙う肉食獣のごときその真紅の双眸である。その瞳は鋭く、それでいてどこか退廃的な雰囲気を
醸し出している。
「だろう?」
「だが、依頼料が格安ですね。ガセネタではないのですか?」
「さあね。そこまでは保証できんよ。」
ブラッディマリーのグラスを傾ける草間。
「ガセネタだったら違約金を請求しますよ」
「おいおい、物騒だな・・・。まぁ、三下が何とか仕入れてきた情報だ。あてにはならんがつきあってやってくれ。碇も当たりなら依頼料の上乗せぐらいするそうだ」
「ほう?あの編集長がそんなことを」
カシューナッツと鶏肉の炒め物を出しながらさも意外そうな目で草間を見る九尾。箸でそれをつまみながら草間は苦笑した。
「口ではああ言っているが三下の事をそれなりに気遣ってやっているということだろうさ。本人には言わないように口止めされてるが」
草間は懐から煙草を取り出して、ライターを探すためポケットを漁り始める。それを見た九尾の目が輝くと煙草に火がついた。念発火能力を使用したのだ。
「ほ。こりゃまた便利な力だな」
異能者に知り合いが多い草間はもう既にこのようなことでは驚かなくなっている。
「便利だが、調整が面倒でしてね。気をつけないと派手に燃え上がります。たまに失敗することも・・・」
「おい・・・。まさかさっきのしくじっていたら・・・」
「冗談です。お気になさらず」
あさっての方向を向いてグラスを磨きだした九尾の唇が歪んでいることに気が付いた草間は不安にかられた。
(ほんとに冗談か・・・?)

<本の町>

神保町。あらゆる本が手に入ると言っても過言ではないほど新書、古書を問わず本が売られている町。かつては武士の屋敷が立ち並ぶ閑静な町で、武士の私塾が多数存在した。そのため学問に用いる蔵書が集められたのが本の町の由来となる。新書が売られる三省堂書店や書泉ブックセンターなどビルが立ち並ぶ表通りと古書が扱われているこじんまりとした小さな本屋が多
い古本街の通り。
依頼を受けた者たちは久遠堂の雰囲気から察して、古本街の方に久遠堂が存在するのではと調査を開始した。久遠堂に近づけば鈴の音がするという。
「ここは私が・・・」
音声のソナーに匹敵する空間把握能力を持つ九尾がその能力を発動させた。閑静な古本街のどんな音も聞き逃さないように集中する彼。
だが、鈴の音は聞こえてこなかった。
「ふむ、近くには鈴の音はしません。この辺りには存在しないのかな・・・」
「しゃあない。街練り歩いて調べるしかないようやな」
「同感」
気楽にそう話す鈴宮と獅王に三下が抗議した。
「そんな気軽に・・・。もっと真剣に探してくださいよ〜」
「そうはいうても手がかりがあんまりないしなぁ」
「適当に調べるしかないやろ」
うんうんと頷く関西組。
「しくしく・・・。今度ものに出来なかったらきっとくびになっちゃいます。助けてくださいよ〜」
「・・・聞こえる・・・」
それまで黙っていた柚木が口を開いた。小さな、耳をすまさないと聞き取れないような声ではあったが・・・。
「なんやて?何が聞こえるんや」
「鈴の音・・・」
「なんですって?私には聞こえませんでしたが」
九尾が驚いて辺りの音に聞き耳を立てた。が、依然鈴の音らしき音は聞こえてこない。
「空耳ではないのですか?」
「こっち・・・」
九尾の言葉に返事をせず、柚木は裏路地を指し示すとそちらに向かって歩き出した。まるで何かに引き寄せられるかのごとくどんどんと路地の奥の方へ向かっていく。
「ち、ちょっと!」
「待ってくださいよ〜!」
残された者たちは慌てて柚木の後を追った。久遠堂という店が一体どういう場所なのかまったく判明しておらず、無表情無口で何を考えているか分からない彼がいきなり歩きだしたので皆
相当に面食らっていた。
路地はどんどん狭くなり、人一人が何とかとおれるくらいの幅しかない。両側は高い壁に覆われ薄暗い。こんなところに店があるのだろうか。
「なんや薄気味悪いところやなぁ。こんなところに久遠堂があるんかいな?」
鈴宮のつぶやきに答える者はいなかった。
チリリィン。
「ん?」
九尾が辺りは振り返った。
「どうしました?」
「いや、鈴の音がしたような・・・」
チリリィィィィン。
澄んだ鈴の音。
「ほんとや」
「聞こえるで・・・」
「え?え?何が聞こえるんですか?」
関西組の耳にも鈴の音色が聞こえてきた。しかし、三下には聞こえないようだ。
やがて、前を歩いていた柚木が立ち止まった。路地の先にあるものを見つけたからだ。
「・・・あれ・・・」
彼が指差す先には、路地の開けた先に木造の小さな店が立っていた。古めかしいその店は蔦が店全体を覆っていて扉はガラスで出来ている。そして扉の上には大きく墨で「久遠堂」と書か
れているのであった。
「これが・・・久遠堂・・・」

<それぞれの過去、未来>

ガラガラガラ。
ガラス戸が音を立てて開かれると、久遠堂の内部を見渡すことができた。本棚や壁には一面本が置かれていて、昼間だというのに薄暗く照明器具などはついていないようだ。奥は真っ暗で
どこまで続いているのかはっきりとは分からない。
「すいませ〜ん。どなたかいらっしゃいませんか〜」
九尾の呼びかけが店内に虚しくこだまする。
「あれ、留守ですかねぇ」
店内に入ると古書独特の臭いがたちこめていた。ひとまず待ったが店員が現れないので、4人はまちまちにその辺にある本を取り出す。
「あれ、この本なにも書いてないで」
獅王はパラパラと中身を捲ったが、全て白紙で何も書かれていない。
「こっちもそうや」
鈴宮が開いた本も同じように白紙。九尾と柚木も同じように本を捲ってみるが中身は何も書かれていなかった。
「なんやこれ?どこに未来や過去が書かれているんや」
チリリィィィン。
店の奥から鈴の音が聞こえてきた。4人が視線を向けると、人影が一つ、暗闇の中からゆっくりとこちらに歩いてきた。それは彼らから幾分離れたところで立ち止まるとペコリとお辞儀をした。
「いらっしゃいませ。久遠堂へようこそ。何をお求めでしょうか?」
「久しぶりやなぁ、店員はん」
獅王が旧知の知り合いであるかのように声をかけた。
「どなたかと思えば、あの時の・・・。夢幻回廊はお楽しみいただけたようで・・・」
「ここに過去と未来が分かる本があるって聞いたんやけど全部白紙やないか」
「それはお客様のものではないからです」
相変わらず、男にしては高く女にしては低い中性的な声で語る彼(あるいは彼女)。店員は本棚を指し示すと謳うように語りだす。
「ここは全ての人の過去と未来が記される場所。人には一つ自分だけの過去と未来がございます。他人には分からぬ自分だけの過去。自分だけの未来。お客様の過去と未来は果たして何なのかそれは誰にも分かりませぬ」
「つまり自分で調べろと?」
九尾の問いに店員はコクリと頷いた。
「ここでの時間は無限にして夢幻。焦られる必要はございません。ごゆっくりお探しくださいませ」
店員の言葉を信じるなら、この店のどこかに自分だけの過去と未来が書かれた本があるという。ひとまずそれを探すしかないだろう。4人は思い思いに本棚を探り始めた。

<獅王一葉の過去と未来>

それからどのくらいの時間がたっただろう。一時間?いや5分。それとも1日近くだろうか。不思議な時間感覚の中、獅王は2冊の本を見つけ出していた。赤い革の表紙に「過去」「未来」とそれぞれ書かれた本であった。
「これが過去と未来の本か・・・」
獅王は「過去」の表紙を見つめながら思いを馳せる。
自分がまだもの心がつく前の頃、小さい頃はかわいい言われていたが、気がついてみたらそのボーイッシュな容姿のため女の子に惚れられていた。流石に女の子から思いを告られた時はどうするべきか困った事があった。今思えば面白く、そして少しだけ寂しい思い出。
「でも、今うちが見たいのはこっちやな」
彼女が選択したのは「未来」の本であった。大学で薬の研究をしている彼女としてはずっと薬の研究ができている未来を思い描いている。ついでに新薬の開発で有名になっていれば・・・と思うのは流石に欲張りであろうか。
獅王はそんなことを思いながら本を開いた。
すると開かれたページが光り輝きだし、あまりのまぶしさに目が開いていられなくなる。
「な、なんやのこれ!?」
驚きの声を上げて目を閉じた獅王がなんとか開いた目に飛び込んでいた風景は、先程の古びた本屋から一変していた。立ち並ぶ高層ビル、たくさんの信号機に車の列。東京のどこかの都市だろうか。だが、その都市が異常であることがすぐに獅王には分かった。死屍累々と横たわる屍が道を埋め尽くしていたからだ。老若男女を問わず倒れているその屍は皮膚が緑色に変色している。
「どうして・・・こんなことに・・・」
「獅王一葉のせいよ!」
獅王のつぶやきに怒声で答えたのは、道で蹲っていた小柄な一人の少女であった。年の頃14,5歳くらいであろうか。彼女の肌も毒々しい緑色に変色している。
「なんやて!今なんていうたの!?」
「獅王一葉のせいだって言ったのよ。山手製薬で新薬の開発に携わっていたらしいけど、あいつが開発していた癌の特効薬がこれの引き金になったの。そんなことも知らないの?」
「そんなこともって・・・。ここはどこなんや!?それに癌の特効薬って・・・」
「ここはどこって・・・、もう貴女も毒されているのね・・・。あたしももうじき死ぬんだろうけど・・・。いいわ、死ぬ前に教えてあげる。ここは池袋よ。池袋。獅王が開発したっていう薬はある新種のウィルスを元にした副作用の無い薬だったそうよ。でもね、下手にいじったこのウィルスは突然変異を起こして、瞬く間に人に感染して人を殺すそれ自体が恐ろしい病原体になってしまったの・・・」
少女の言葉に獅王は愕然とした。自分は「未来」の本を開いたはず。そうしたらいきなり閃光に包まれて気が付いてみたらここにたどり着いていた。ではここは未来なのだろうか。そして目の前の少女が語る獅王一葉とは自分の事なのか。そんな思いに囚われていると、少女は吐血し地に倒れ付した。獅王は慌てて抱き起こしたが既に目の焦点が合っていない。
「しっかりしぃや!」
「ああ、周りが暗くなってきたわ・・・。アタシももう終わりみたい・・・。・・・もっと・・・生き・・・た・・か・・・」
天に伸ばされた手がコトリと落ちた。緑の死体に埋め尽くされた街。これが獅王を待ち受ける未来なのであろうか。
「そんな・・・嘘や!こんなん嘘に決まっとる!!!」

「いかがでしたでしょう」
店員の言葉にハッと気が付いた獅王は慌てて回りを見回した。古めかしい木製の本棚にびっしりと埋め尽くされた本。久遠堂であった。
「これは何なんや!これがウチの未来やっていうの!?」
「私はお客様がどのような未来をご覧になったのか知る術がございませんので何とも言えませんが・・・。ただ、お客様のご覧になった未来はこれから起こりうる可能性の一つにすぎませぬ。未来とは刻一刻と姿形を変え形を一定に保つことはないもの。お客様がご覧になったことが起きるも起きぬもお客様次第」
「随分と無責任な店員やなぁ」
店員の言い草に獅王は苦笑した。これはもしかしたら起こるかもしれない未来の一つ。要はこうならないように気をつければよいのだ。獅王はそう思って本を本棚に返すのだった。

<鈴宮の過去>

「お客様がご覧になりたい過去はどんなものでしょう?」
店員が慇懃な態度で尋ねた。
「そうやなぁ、俺がガキだった頃がみたいなぁ」
「幼少の時でございますか」
鈴宮は幼い頃に火事により目の前で両親を失っている。両親の死は避けられないものだったのか、もしかしたら死を回避することができたのではないか。過ぎ去ってしまったことを今さらどうこうできるわけないと理性では分かっているが、やはり知りたい。両親を助けることができたのではないかを。
「ではその事を強く思い浮かべて本をお読みください。真に思いが通じれば貴方様が望む過去をお読みになることができましょう」
「強くか・・・」
鈴宮は目を閉じ本を開いた。炎に包まれた家のことを念じながら。

「うわぁ、なんやこの火!?」
目を開けた鈴宮の視界に入ってきたものは炎に包まれた家であった。小さな二階建ての家が燃え盛る炎に包まれている。夜のようで暗い闇の中、赤々と燃える炎が非常に印象的な光景である。自分の周りにはたくさんの見物人がいる。
「あそこ確か鈴宮さんのお宅やねぇ」
「確かご家族3人で住んでたやろ。まだお子さん小さいのに可哀想や」
鈴宮の耳に近所の主婦と思われる人たちの声が聞こえてきた。彼は慌てて彼女たちに尋ねた。
「あそこの家、鈴宮が住んでるんか!?」
突然、声を荒げて尋ねてきた鈴宮に驚きながら、主婦の一人が答える。
「そうや。あそこは鈴宮はんのお宅やで」
ではこれはあの火事の時の光景となる。どうやら望んでいた過去を読むことができたようだ。家はものすごい炎で包まれている。このままのんびりしていては家が崩れてしまい自分が見たいその時が見れなくなってしまう。
しかし、ふと彼は思った。
本当に見る必要があるのだろうか?燃え盛る業火の中、焼け死ぬ両親の姿を見たとして自分は何を得るのだろう。仮に助けることができたとしても助けられなかったことに変わりはない。ただ後悔をするだけではないのか。
そんな思いに囚われている彼の目に、燃え盛る家の中から一人の男が出てくるのが見えた。寝巻き姿だが、あちこち焦げていて命からがら逃げ出してきたことが伺える。彼の腕にはぐったりとした少年が抱かれていた。
(親父!)
もう少しでそう言ってしまいそうになったが、鈴宮は何とかその気持ちを抑えた。そう、男とは鈴宮の父親である。ということは彼の腕に抱かれているのは・・・。
(七歳の俺や・・・)
「すまない、そこの君」
「俺か?」
コクリと頷き、鈴宮の近くに来た父親は彼に七歳の彼を委ねた。
「この子を頼む。後で俺の両親が来るやろうから、その人たちに預けてくれ」
「アンタはどうするんや?」
「妻が逃げ遅れた。助けに行ってくる」
「な、なに言うてんのや!あの火の中やで。生きて戻ってこれへんやないか!」
慌てて制止する彼。周りの人間も口々に父親の行動を諌めようとした。しかし父親は首を縦にふらなかった。
「気持ちは嬉しい。だが、妻を見捨てることはできへん」
「もうじき消防の連中も来るやろ!待ちいや」
「間に合わんかもしれへん。今助けられるのは俺しかいない」
父親はそこで言葉を切ると、鈴宮の手の中で眠る少年を暖かい眼差しで見つめた。
「すまへんな、北斗。もっとかまってやれなくて。いま母ちゃん助けてくるからな。まっとれよ」
少年を頭をなでると、父親はクルリと背を向けた。
「駄目や!行ったら駄目や!!!」
鈴宮は父親を必死に呼び止めた。
(そのまま行ってしまったらアンタは・・・。)
「君はやさしい青年やな。気持ちは嬉しい。でもな、人には譲れないものというのがあるんや。俺には妻というな。あいつを見殺しにしたら例え生き残ったとしても死んだも同然や」
「でも、アンタが無事に帰ってこなかったらこいつはどうなる!?一人ぼっちになるやろ!」
「大丈夫や。こいつにはじいちゃんもばあちゃんもいるしな。一人じゃない。それに君の言い方だと俺がまるで助からん言うてるようやけど、俺は死ぬ気はないで」
父親はそう言って精悍な笑みを鈴宮に向けた。
(分かるんや。そのまま行ったらアンタはたすからへんて・・・)
「北斗!強く生きや!!!」
皆の制止を振り切って燃え盛る家の中に飛び込んで行く父親。彼の姿は炎に包まれて見えなくなった。

「親父〜〜〜!!!」
鈴宮の絶叫が店内にこだました。どうやら過去の1ページを読み終えたらしい。
「ご要望の品をご覧になれたようで・・・。ご満足いただけましたでしょうか」
「すまん。今だけは一人にしておいてくれ」
本から視線を上げず、静かにつぶやく鈴宮。店員はお辞儀をすると店の奥へと去っていった。
店員の気配が消えたことを確認した鈴宮は本をパタリと閉じた。
「親父・・・。久しぶりやったなぁ・・・。ほんとに馬鹿やで。炎の中に戻るなんて・・・。でもかっこよかったでホンマ」
いつも底抜けに明るく前向きな彼が、この時だけは七歳の少年に戻って泣いた。

<柚木の選択>

柚木もまた自分の「過去」と「未来」の本を見つけ出していた。だが、彼はそれを開こうとはしなかった。
「いかがなさいましたか?ご覧になられないので」
店員に問いに彼はこう答えた。
「…………俺は………過去も…今も……これからも、…大事だから……」
「だからあえて読まないと?」
柚木は静かに頷いた。過去、現在、未来。かけがえのないこれらを本に頼って見るものではないというのが彼の考えであった。
「さようでございますか。それもまた一つのご選択。よろしいかと存じます」

<九尾の疑問>

「ふむ・・・」
満足げに頷くと九尾は過去の本を閉じた。彼の目的であったまだ飲んだ事の無い酒について、過去の世界を巡ることで知ることができた。残念ながら、閉鎖された蒸留所の原酒が何時何処に出回るかは「過去」の本で解かることはなかったが、「キンクレイス」や1970年に閉鎖されて以来出回る事は無い、元々がブレンド用に使用されるのが殆んどだった為に、原酒として出回る事は極稀だったスコッチシングルモルトなどの味を楽しむことができたのは僥倖と言えるだろう。
「未来はいかがいたしますか?」
「未来?そんなものに興味はないですね。第一先がわかってしまっては面白くないでしょう」
店員は恭しく九尾の手から「過去」の本を受け取り、本棚に戻した。
「ところでお聞きしたいことがあるのですが、この店は一体何なのです?それに料金は?」
「久遠堂は不思議をお客様にご提供する店。一人でも世の中に不思議を求めるお客様がいらっしゃればそれを提供するのが私の勤め。料金は要りませぬ。お客様にご満足いただければそれで私は満足でございます」
「店自体が不思議ですか・・・。ですが、なぜ場所が特定されないのです?ここに来た人は一人もいないのですか」
「そのようなことはございません。不思議をお求めになるお客様は今まで数え切れないほどこの店にいらっしゃいました。しかし、不思議を提供するが故に、この店に訪れることができる機会は一生に数回ほど。しかも不思議の存在に疑いをもたず、不思議を力とされている方のみこの店においでいただけるのです。ですので店が現れる場所はまちまち。次回ここに訪れていただいても久遠堂はございますまい」
分かったような分からないような、その返答すらも不思議である久遠堂。どうやら正確にどのような場所なのか店員の口から聞き出すことは不可能だろう。
無駄とは知りつつ、九尾は店員に尋ねた。
「貴方は一体何者なのですか?」
「私は久遠堂の店員。それ以上でもそれ以下でもございません」
想像どおり、店員はそう答えるのだった。

4人はとりあえず「過去」と「未来」の本を読むことができた。自分だけの自分が望んだ本。だが、はたしてあれが真実の事であったのかどうか。それを確かめる術は無い。
「信じるも自由。信じぬも自由。お客様の信じることこそがお客様の真実となりましょう」
店を去るとき、4人に投げかけられたこの言葉が全てを物語っていよう。

追伸

結局久遠堂に入ることができなかった(その存在すら見つけることのできなかった)三下は、突然路地裏の行き止まりの壁から現れた4人を見て気絶してしまった。無論、久遠堂に訪れなかった彼に久遠堂の記事など書けるはずもない。結局原稿は獅王が書き上げることとなった。
「一度ならず2度まで・・・。しかも取材現場にいけないなんて・・・。終わったわね」
「そんなぁぁぁぁぁぁぁぁ」

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0262/鈴宮・北斗/男/18/高校生
0115/獅王・一葉/女/20/大学生
0380/柚木・暁臣/男/19/専門学校生・鷲見探偵事務所バイト
0332/九尾・桐伯/男/27/バーテンダー

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■         ライター通信          ■
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お待たせしました。
久遠堂〜過去と未来〜はいかがだったでしょう。
かなり長めの内容となりましたが、皆様個人個人「過去」と「未来」像をお持ちになっていることがよく分かる作品となったのではと思います。
皆様の思い描いていた過去と未来。そして今回見ることができた過去と未来。どのような違いがあったでしょうか?この作品にご意見、ご要望、その他ございましたらお気軽にテラコンより私信を頂戴できればと思います。お返事はなるべくださせていただきます。
それではまた、違う依頼でお目にかかれることを祈って。

九尾様

初参加有難うございます。今回はケイオスバーを描写させていただきましたが、こんな感じでよろしかったでしょうか?