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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


さよなら、バニライム
●オープニング【0】
「香西真夏が怪我をしたそうだ」
 電話を切るなり、草間が皆に告げた。
 香西真夏(こうざい・まなつ)といえば、『魔法少女バニライム』主役の大月鈴(おおつき・りん)役の少女だ。先日の依頼で守った相手でもある。
「怪我といっても左腕に軽い打撲だけで、生命に別状はないんだが……1人で帰宅途中に車が突っ込んできたらしい。それがまた妙な話で、目撃者によると車は無人だったそうだ」
 草間のその言葉を聞いて、ふと疑問が浮かんだ。真夏を狙っていた奴は、先日捕まえたのではなかったのか? それともこれは単なる事故か?
「……今プロデューサーから電話あったんだがな、最近脚立が倒れてきたり、またぞろトラブルが頻発してるらしい。どうだ、裏に何かあると思わないか?」
 確かに気になる。何故『魔法少女バニライム』に、真夏にこうもトラブルが続くのか。
「依頼内容は次の通り。『トラブルの根本となる原因を取り除いてくれ』、以上だ。調査でも推理でも除霊でも何でも構わない。各々の手段でやってくれ」
 難しい依頼だ。何から手をつけていいか悩んでしまう。
 そういえば、『バニライム』絡みで過去何かあったのだろうか……?

●紅茶でも一緒に【1A】
 明るく暖かい部屋の中に、キーを叩く音だけが響いていた。
 パソコンに向かって、熱心に操作をしているお下げ髪の少女。その少女の背後で、緑の瞳を持つ少年が少女の行動を優し気に見守っていた。
「鈴花。少し休むかい?」
 少年、世羅・フロウライトが少女の肩をぽんと叩いた。
「ううん。鈴花はまだ大丈夫だよ……お兄ちゃん」
 少女、王鈴花が小さく頭を振って答えた。
「けれど、あまり根を詰めるのはよくないよ。紅茶でも飲みながら一休みしよう」
 優しく鈴花に話しかける世羅。鈴花は少し思案した後、笑みを浮かべて小さくこくりと頷いた。
「よし、じゃあ僕が美味しい紅茶を入れてあげるよ」
 世羅が台所へ向かい、準備を始めた。ここは世羅が住んでいるマンションである。もちろん自分の物、という訳ではない。小説家である従兄弟の住まうマンションに同居させてもらっているのだ。ちなみにその従兄弟は、朝早くからどこかへ出かけていた。
「お待たせ」
 ティーポットとカップ2つをトレイに載せて、鈴花の居る部屋へ戻ってくる世羅。すでに鈴花はパソコンの前から離れ、テーブルの前に座っていた。
 温めておいたカップに紅茶を注ぎ入れ、世羅は鈴花に手渡した。一瞬だけ2人の手が触れ合った。
 鈴花が小さな唇をカップへつけ、一口紅茶を飲んだ。
「どうかな」
 鈴花の反応をうかがう世羅の言葉。鈴花は言葉の代わりに、にっこりと微笑んでそれに答えた。世羅も笑顔を浮かべた。
「本当はスコーンも用意したかった所だけど」
「鈴花、これだけで十分だよ。ありがとう、お兄ちゃん」
 しばし談笑する2人。やがて会話は先程から2人が調べていた内容へと移っていった。
「あのお姉ちゃんが言ってた話、本当なんだね……」
 ぽつりつぶやく鈴花。先日、女優のサイデル・ウェルヴァから聞いた噂話に『会場へ来る途中で事故死した娘が居るらしい』という物があった。
 それが頭に残っていた鈴花は、各新聞社のサイトで検索を試みてみた。するとどうだろう、1社だけそれに関する記事があったのだ。
 『最終オーディション当日に事故死』――そんな見出しで始まる記事には、被害に遭った少女の名前が記されていた。名前は東千里(あずま・ちさと)、真夏と同い年だった。
「ひょっとしたら、この娘かもしれないな。想いが大きすぎるからこそ……」
「……お兄ちゃんもそう思ったの?」
 鈴花の言葉に頷く世羅。どうやら互いに考えていることは同じなようだ。つまり……この世に心残りのある千里の魂が、その強い想いゆえに怨霊と化し、真夏の身を危うくしているのではないかということだ。
「真夏を狙ってた奴は、あの日に捕まったんだ。他に狙ってる奴が居なければ、考えられるのはこれだと思う」
「……その人もオーディション受けたくらいだから『バニライム』好きなはずなのに、どうして同じく好きな真夏ちゃんを狙うのかな……」
 鈴花が悲し気な表情を浮かべた。
「よっぽど執着があるのかもしれない。ほら鈴花……そんな顔しないで。どんなのが来ても、何があっても僕が鈴花を護るよ。絶対に」
 世羅は真剣な眼差しで鈴花を見つめた。
「うん……ありがとう、お兄ちゃん」
 鈴花はこくこくと頷いた。眼鏡の奥の瞳には、小さく涙が浮かんでいた。

●瓢箪から駒【4】
 日曜日の午後。世羅と鈴花は島公園スタジオへやってきていた。
「どうだい、鈴花」
 世羅はドアを開けて出てきた鈴花に優しく問いかけた。だが鈴花は首を横に振った。
「何も見えなかったよ……。ごめんなさい、お兄ちゃん」
 落胆の表情を浮かべる鈴花。その小さな肩に世羅は手を回した。
「そういうこともたまにはあるさ。気を落とすんじゃないよ、鈴花」
「うん……」
 鈴花に優しい言葉をかけてくれる世羅。鈴花にとって嬉しい気持ちのある反面、心苦しさもあった。
 世羅の提案で、今度はスタジオに行ってみようということになった。手を繋ぎ、廊下を歩いてゆく2人。途中で鈴花の足がぴたっと止まった。
 世羅が鈴花の顔を覗き込むと、何やら怯えた表情を浮かべていた。気になり、鈴花の視線の先を追う世羅。すると向こうの方から、格好よさげな中年男性がやってきていた。
(あれは確か……)
 見たことのある顔だった。確か、寺田晴雄(てらだ・はるお)という俳優だったはず。
(そうだ、昨日届いてたメールに書いてあった奴だ)
 昨日、鈴花のメールアドレスに匿名のメールが届いていた。そのメールには『大物俳優、寺田晴雄(てらだ・はるお)・船島志穂(ふなしま・しほ)夫妻は自分の娘をバニライムにするため、裏金を積んでいたらしい』と書かれていた。
「お兄ちゃん……あの人……」
 怯えたまま小声で言う鈴花。世羅は繋いだ手を通じて鈴花の想いを読み取った。
 すかさず寺田に近寄ってゆく世羅。そしておもむろにこう言った。
「すみません。僕、ファンなんですけど、握手してもらえませんか?」
「ああお安い御用さ」
 笑顔で握手に応じる寺田。世羅は寺田と握手すると、相手の思考を読み取った。
(……これはっ?)
 心の中で世羅は激しく驚いた。
(そうか、そういうことか)
 何故鈴花が寺田を見て怯えたのか、世羅はこの瞬間に全て悟った。

●指1本触れさせない!【5B】
 世羅と鈴花は、寺田の控え室の前で寺田が戻ってくるのを待っていた。そこへ番組の収録を終え、寺田が戻ってきた。
「おや、君はさっきの」
 世羅に気付く寺田。世羅はにこやかに微笑んで、口を開いた。
「さっきはありがとうございました。これ、握手のお礼です」
 世羅は鈴花から丸めた画用紙を受け取ると、寺田に手渡した。
「ほう。画用紙ということは絵かな」
 寺田がその場で画用紙を開いた。そして両目を大きく見開いた。
「な、何だこれは!」
 驚きと怒りの混じった声を寺田は発した。画用紙には黒く醜い豚の顔をした男が描かれていた。衣服が寺田のそれと同じで。
「自分の本性を見て何を驚いてるのさ」
 世羅は冷ややかな視線を寺田に向けた。傍らの鈴花は心配そうに世羅を見つめていた。
「僕は知ってるんだ。娘のために、『バニライム』オーディションに裏金積んだこと。主役になった真夏を恨んで、色々とやってたこととかさ」
「勝手なことをぬかすな、このガキ!」
 先程までの穏やかな態度とがらっと変わる寺田。
「勝手かどうかは自分たちがよく知ってるだろ。調べれば分かることだよ。それに……」
 ちらりと鈴花を見る世羅。鈴花が静かに携帯電話を取り出して寺田に見せた。
「この会話、電話の向こうで録音してもらってるのさ」
 寺田を待つ間、2人は草間に連絡して、録音の準備をしてもらっていたのだ。そして寺田が戻ってきたのを見て、鈴花がこっそり事務所に電話をかけていたのだ。
「こっ、このっ……!!」
 真っ赤な顔の寺田が鈴花につかみかかろうとした。が、その前に世羅が立ちはだかった。
「鈴花には指1本触れさせるものか!」
 きっぱりと言い切る世羅。と、そこにスタジオの職員が現れた。
「寺田さん……あの」
「何だ!」
「警察の方がお見えなんですが……何でもお話を伺いたいと」
 職員がそう言った瞬間、寺田の顔がさっと青ざめた。

●終幕【6】
 月曜日・夕方。草間興信所に一同が集まっていた。
「何とも複雑に絡み合った事件だったな」
 ソファに腰掛けている草間が一同を見回して言った。膝の上では小日向星弥がすやすやと気持ちよさそうに眠っていた。
「草間、そりゃ分からなくなるはずだよ。真夏を狙ってたのは単なる実行犯で、黒幕は別に居たんだからさ」
「私たちが警察に推理をお話したので、黒幕も無事に逮捕されたようですけれど……」
 瀧川七星と草壁さくらが続けて言った。今日の夕刊には、黒幕の大物俳優夫妻が逮捕された記事が1面で掲載されていた。
「で、そいつらの企みで殺された娘が、バニライムへの憧れを恨みに変え真夏を狙った……そういうことだね」
 世羅・フロウライトが、従兄弟である七星を横目に不機嫌そうに言った。七星の方は素知らぬ顔を決め込んでいた。
「真夏ちゃん……大丈夫なの?」
 憂いを帯びた表情で王鈴花がサイデル・ウェルヴァに尋ねた。昨日の撮影に千里の霊体が現れ、戦いの末に真夏が倒れたと聞いていたからだ。
「ここ来る前に病院に顔出してきたけど、元気そうだったねぇ。検査もあるからすぐにとはいかないが、今週中には退院できるはずさ」
 サイデルの言葉に鈴花が胸を撫で下ろした。
「それで……その千里さんの霊体はどうなったのですか?」
「さあねぇ。成仏したんだか、倒されたんだか。とにかく消え失せたよ」
 サイデルはさくらの質問に、肩をすくめて答えた。
「けど、よくタイミングよく千里の霊体がその場に現れたよね」
 七星が首を傾げた。
「簡単な話さ。前日に墓前に行って話してきたのさ。『あんたの出番、用意してある』ってね。打ち合わせとか、結構大変だったねぇ……」
 サイデルが笑みを浮かべ言った。昨日の撮影のために、裏で色々と準備していたのだ。
「真夏ちゃん……もう大丈夫だよね? もう悪い人とかに狙われたりなんかしないよね?」
 鈴花が皆にしきりに尋ねた。
「さあね。何せ、魑魅魍魎の住まう世界だからねぇ」
 さらりと答えるサイデル。だが、それで終わりではなかった。
「けどあの娘だったら大丈夫だろうさ、きっと。生きてる人間の恨みにも、死んだ人間の恨みにも、見事に打ち勝ったんだからね。たいしたもんさ……本当に」
 そのサイデルの言葉に、異を唱える者は誰も居なかった。

【さよなら、バニライム 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0140 / 世羅・フロウライト(せら・ふろうらいと)
                   / 男 / 14 / 留学生 】
【 0142 / 王・鈴花(うぉん・りんふぁ)
        / 女 / 9 / 小学生(留学生)。たまに占い師 】
【 0375 / 小日向・星弥(こひなた・せいや)
              / 女 / 6、7? / 確信犯的迷子 】
【 0177 / 瀧川・七星(たきがわ・なせ)
                   / 男 / 26 / 小説家 】
【 0134 / 草壁・さくら(くさかべ・さくら)
         / 女 / 20前後? / 骨董屋『櫻月堂』店員 】
【 0024 / サイデル・ウェルヴァ(さいでる・うぇるう゛ぁ)
                    / 女 / 24 / 女優 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全10場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の依頼は『小さな女優』『エキストラ、求む』『狙われたロケ』に続く『バニライム』シリーズのラストでした。無事に黒幕まで逮捕でき、大成功ではないかと思います。ちなみにプレイング次第では、黒幕を逮捕できない結果も待っていました。その時は真夏か、また別の娘が狙われていたことでしょう。
・千里の霊体がどうなったか。蛇足になるのであえて語りませんが、色々と想像してみてください。
・『バニライム』シリーズはこれでひとまず終わりですが、芸能界絡みの事件はこれからも出てきます。何しろ魑魅魍魎の住まう世界ですから。ともあれ『バニライム』シリーズにおつき合いいただき、本当にありがとうございました。
・それはそうと以前から『バニライム』をご存知だった方、どのくらい居られますか?
・世羅・フロウライトさん、5度目のご参加ありがとうございます。本文を読んでいただけると分かりますが、複雑に絡み合った事件でした。今回も鈴花さんを護っていますね。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。