コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


さよなら、バニライム
●オープニング【0】
「香西真夏が怪我をしたそうだ」
 電話を切るなり、草間が皆に告げた。
 香西真夏(こうざい・まなつ)といえば、『魔法少女バニライム』主役の大月鈴(おおつき・りん)役の少女だ。先日の依頼で守った相手でもある。
「怪我といっても左腕に軽い打撲だけで、生命に別状はないんだが……1人で帰宅途中に車が突っ込んできたらしい。それがまた妙な話で、目撃者によると車は無人だったそうだ」
 草間のその言葉を聞いて、ふと疑問が浮かんだ。真夏を狙っていた奴は、先日捕まえたのではなかったのか? それともこれは単なる事故か?
「……今プロデューサーから電話あったんだがな、最近脚立が倒れてきたり、またぞろトラブルが頻発してるらしい。どうだ、裏に何かあると思わないか?」
 確かに気になる。何故『魔法少女バニライム』に、真夏にこうもトラブルが続くのか。
「依頼内容は次の通り。『トラブルの根本となる原因を取り除いてくれ』、以上だ。調査でも推理でも除霊でも何でも構わない。各々の手段でやってくれ」
 難しい依頼だ。何から手をつけていいか悩んでしまう。
 そういえば、『バニライム』絡みで過去何かあったのだろうか……?

●順当に行けば【2A】
「おお、先日のエキストラの君か」
 土曜日の午後。島公園スタジオ内、とある控え室。そこには来客者を気さくに部屋へ招き入れる、スキンヘッドにサングラスという風体の男が居た。『魔法少女バニライム』監督の内海良司(うつみ・りょうじ)である。
「お忙しい最中に、ご無理を言ってしまいまして……」
 そう言い、静かに頭を下げる金髪の和服女性。骨董屋『櫻月堂』店員の草壁さくらだ。
「いや何、たいした話をしている訳でもないから気にしなくていい」
 内海がそんなことをさくらに言うと、奥に座っていた女性から声が飛んだ。
「監督。あたしとの打ち合わせがたいした話じゃないってのかい」
 別に怒っている訳ではない。むしろ楽しんでいる感じがする口調だった。女性に視線をやるさくら。奥の椅子には、革のズボンとジャンパーに身を包んだ女性が足を組んで座っていた。サングラス越しに女性もさくらを観察していた。
「ああ。向こうに座っているのは、女優のサイデル・ウェルヴァくんだ。今は仕事のことで打ち合わせをしていたんだ」
 内海がサイデルを紹介した。会釈するさくら。サイデルは軽く手を挙げてそれに応えた。
 さくらが椅子に座ると、内海が先に話を切り出した。
「確か尋ねたいことがあると聞いているが?」
「はい。オーディションのことで少し」
 そう言ってさくらは自分の考えを話し始めた。真夏の周辺で事件が頻発しているのは、真夏がバニライムになったことと関係しているのではないかということだ。
「やはり落選されて、真夏さんを恨んでおられる方も居るのではないでしょうか?」
「ああ、居るだろうさ。自分の演技力を棚に上げて逆恨みする馬鹿が」
 さくらのその疑問に答えたのは内海ではなくサイデルだった。
「娘のために裏で大金積むような、どっかの馬鹿親も居ることだしね」
 笑みを浮かべるサイデル。内海はただ苦笑していた。
「……何だかよく分からない世界ですね」
 どう反応していいか分からないさくら。彼女の知る魑魅魍魎が住まう世界とはまた違った魑魅魍魎の住まう世界。それが芸能界である。
「まあ、落ちて恨む奴は大勢居るだろうな。しかし、落ちた奴を全部教えろというのは無理な話だ」
 内海がきっぱりと言い切った。さくらの顔に落胆の色が浮かんだ。けれども、内海は続けてこう言った。
「ただ気になる娘は1人だけ居る」
「どなたですか?」
 反射的にさくらは尋ねていた。
「ちょうどここに応募書類がある。見るかね?」
 内海の申し出に、さくらはこくんと頷いた。内海から書類を受け取り眺めてみる。
「東……千里さん?」
 東千里(あずま・ちさと)、真夏と同い年の可愛らしい少女だった。書類にはおかっぱ頭の写真が張り付けられていた。
「最終選考まで残った3人のうちの1人だよ。順当に行けばこの娘がバニライムになっていただろう」
「……気になる話し方ですね」
 さくらは内海の『順当に行けば』という言葉に引っかかった。それはつまり、順当には行かなかったということか。
「死んだのさ」
 サイデルが短い言葉を放った。そしてさらに言葉を繋げた。
「最終選考の当日、会場へ来る途中で車に撥ねられてね。噂は聞いてたけど、まさか本当だとはねえ」
 さくらが息を飲んだ。
「そのことも含めて、あたしは監督と仕事の話をしてたのさ。ほら『バニライム』のさ、あたしが出演した回のオンエア見たかい?」
 サイデルの問いかけに、さくらは首を横に振った。少し残念そうな素振りを見せるサイデル。
「どうもこの噂が気になってたからね。その時にちゃーんと種は蒔いてるのさ。『亡者のダンス』ってね」
 サイデルが不敵な笑みを見せた。

●事故現場【3】
 日曜日の午前。瀧川七星と草壁さくらの2人は、最終選考当日に事故死した少女・東千里(あずま・ちさと)が撥ねられた現場へやってきていた。
「ここですよね」
「ここだね」
 短い言葉を交わす2人。警察で場所を聞いてきたのだから間違いはない。
「気になりましたか?」
「ちょっとね」
 別々に行動していた2人だったが、警察でばったりと出会い、この後の行動を共にすることにしたのだった。恐らく目的は同じはずだから。
「関係ある物は片っ端から当たってみないと」
「……ですよね」
 浮かない表情のさくら。気になって七星が尋ねた。
「どうしたの?」
「やっぱり恨み……なんでしょうか。いえ、私は真夏さんに対する恨みという線を考えていたんですが……原因は目の前に存在しているんですよね」
「ああ……」
 さくらの言葉に納得し、傍らの立て看板に目をやる七星。そこには『目撃者求む!』と大きく書かれていた。
「犯人、まだ捕まってないんだっけ」
「警察ではそう仰られていましたが」
 千里は車に撥ねられて亡くなった。事故だ。けれども、千里を撥ねた相手はまだ捕まってはいなかった。
 バニライム役への強い想いを抱いていたはずの千里。しかし夢まであと1歩の所での凶事――心残りとなった強すぎる想いが恨みへと転じたのかもしれない。
「好きなはずなのに何故こんなことを……」
 さくらは悔しそうにつぶやき、唇を噛み締めた。
「好きだからこそ、その裏返しなのかも。事故さえなければ、自分がバニライムになっていたのかもしれなかったしね。もっとも、どっかの有名俳優夫妻は裏金積んで、自分たちの娘をバニライムにさせたかったみたいだけど」
 七星がそう言うと、さくらがふっと顔を向けた。
「裏金?」
 さくらの脳裏に、昨日のサイデル・ウェルヴァの言葉が蘇ってきた。
「うん。そんな噂が雑誌の記事に載ってた。調べてみるとさ、これがまた面白くて。あちこちのオーディションで裏金積んで、結局落とされてるらしくてさ。バニライム役も最終選考で落とされたし。けど、そこまでして娘を芸能界にデビューさせたいのかな。熱心だねー」
 七星が情報網を駆使して仕入れてきた情報を、楽しそうにさくらに語った。
(そういえば監督様は……)
 内海の言葉を思い返すさくら。順当に行けば最終選考に残った3人のうち、千里がバニライムになっていたはずで――。
「まさか?」
 さくらがはっとした表情を見せた。
「……邪魔者を排除したのでは……」
「えっ?」
 さくらに尋ね返す七星。意味が一瞬飲み込めなかったのだ。
「突飛な発想になってしまいますが……」
 さくらは冷静な口調でそう切り出し、話し始めた。
「事故さえなければ、バニライムには千里さんがなっていただろうと監督様が仰ってました。その時の最終選考には3人残っていて、千里さんの他は……」
「真夏と、俳優の娘だね」
 七星が大きく息を吐き出した。頷くさくら。
「つまり千里さんが居なくなれば、裏金を積んでいる自分たちの娘がバニライム役に決まるはず……恐ろしいことですが、そう考えたのでは」
「ちょっと待った。仮にそうだとしても、結局バニライムになったのは真夏……あっ!」
 短く七星が叫んだ。
「そうか……恨みがここにもあったんだ」
「裏金を積み、千里さんをも殺した。なのに、バニライム役には真夏さんが決まり……恨んでいたのかもしれません。いえ、何度も娘さんがオーディションに落ちていた焦りもあったのかもしれません」
 口調こそ穏やかだったが、さくらはぎゅう……っと拳を握っていた。内心、怒り心頭なのだろう。
「そうすると、この前捕まった奴。その辺が怪しいんじゃないかな。……行こう」
 七星がさくらを促し、続けてこう言った。
「その推理、警察でぶちまけてやるんだよ」

●終幕【6】
 月曜日・夕方。草間興信所に一同が集まっていた。
「何とも複雑に絡み合った事件だったな」
 ソファに腰掛けている草間が一同を見回して言った。膝の上では小日向星弥がすやすやと気持ちよさそうに眠っていた。
「草間、そりゃ分からなくなるはずだよ。真夏を狙ってたのは単なる実行犯で、黒幕は別に居たんだからさ」
「私たちが警察に推理をお話したので、黒幕も無事に逮捕されたようですけれど……」
 瀧川七星と草壁さくらが続けて言った。今日の夕刊には、黒幕の大物俳優夫妻が逮捕された記事が1面で掲載されていた。
「で、そいつらの企みで殺された娘が、バニライムへの憧れを恨みに変え真夏を狙った……そういうことだね」
 世羅・フロウライトが、従兄弟である七星を横目に不機嫌そうに言った。七星の方は素知らぬ顔を決め込んでいた。
「真夏ちゃん……大丈夫なの?」
 憂いを帯びた表情で王鈴花がサイデル・ウェルヴァに尋ねた。昨日の撮影に千里の霊体が現れ、戦いの末に真夏が倒れたと聞いていたからだ。
「ここ来る前に病院に顔出してきたけど、元気そうだったねぇ。検査もあるからすぐにとはいかないが、今週中には退院できるはずさ」
 サイデルの言葉に鈴花が胸を撫で下ろした。
「それで……その千里さんの霊体はどうなったのですか?」
「さあねぇ。成仏したんだか、倒されたんだか。とにかく消え失せたよ」
 サイデルはさくらの質問に、肩をすくめて答えた。
「けど、よくタイミングよく千里の霊体がその場に現れたよね」
 七星が首を傾げた。
「簡単な話さ。前日に墓前に行って話してきたのさ。『あんたの出番、用意してある』ってね。打ち合わせとか、結構大変だったねぇ……」
 サイデルが笑みを浮かべ言った。昨日の撮影のために、裏で色々と準備していたのだ。
「真夏ちゃん……もう大丈夫だよね? もう悪い人とかに狙われたりなんかしないよね?」
 鈴花が皆にしきりに尋ねた。
「さあね。何せ、魑魅魍魎の住まう世界だからねぇ」
 さらりと答えるサイデル。だが、それで終わりではなかった。
「けどあの娘だったら大丈夫だろうさ、きっと。生きてる人間の恨みにも、死んだ人間の恨みにも、見事に打ち勝ったんだからね。たいしたもんさ……本当に」
 そのサイデルの言葉に、異を唱える者は誰も居なかった。

【さよなら、バニライム 了】


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0134 / 草壁・さくら(くさかべ・さくら)
         / 女 / 20前後? / 骨董屋『櫻月堂』店員 】
【 0024 / サイデル・ウェルヴァ(さいでる・うぇるう゛ぁ)
                    / 女 / 24 / 女優 】
【 0177 / 瀧川・七星(たきがわ・なせ)
                   / 男 / 26 / 小説家 】
【 0375 / 小日向・星弥(こひなた・せいや)
              / 女 / 6、7? / 確信犯的迷子 】
【 0140 / 世羅・フロウライト(せら・ふろうらいと)
                   / 男 / 14 / 留学生 】
【 0142 / 王・鈴花(うぉん・りんふぁ)
        / 女 / 9 / 小学生(留学生)。たまに占い師 】


□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全10場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の依頼は『小さな女優』『エキストラ、求む』『狙われたロケ』に続く『バニライム』シリーズのラストでした。無事に黒幕まで逮捕でき、大成功ではないかと思います。ちなみにプレイング次第では、黒幕を逮捕できない結果も待っていました。その時は真夏か、また別の娘が狙われていたことでしょう。
・千里の霊体がどうなったか。蛇足になるのであえて語りませんが、色々と想像してみてください。
・『バニライム』シリーズはこれでひとまず終わりですが、芸能界絡みの事件はこれからも出てきます。何しろ魑魅魍魎の住まう世界ですから。ともあれ『バニライム』シリーズにおつき合いいただき、本当にありがとうございました。
・それはそうと以前から『バニライム』をご存知だった方、どのくらい居られますか?
・草壁さくらさん、8度目のご参加ありがとうございます。オーディションに着目したのは正解でした。そこから糸をたどってゆき、あのような結果となりました。黒幕にたどり着いていなければ、まだ真夏は狙われていた可能性がありましたので、よいプレイングだと思いました。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。