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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


さよなら、バニライム
●オープニング【0】
「香西真夏が怪我をしたそうだ」
 電話を切るなり、草間が皆に告げた。
 香西真夏(こうざい・まなつ)といえば、『魔法少女バニライム』主役の大月鈴(おおつき・りん)役の少女だ。先日の依頼で守った相手でもある。
「怪我といっても左腕に軽い打撲だけで、生命に別状はないんだが……1人で帰宅途中に車が突っ込んできたらしい。それがまた妙な話で、目撃者によると車は無人だったそうだ」
 草間のその言葉を聞いて、ふと疑問が浮かんだ。真夏を狙っていた奴は、先日捕まえたのではなかったのか? それともこれは単なる事故か?
「……今プロデューサーから電話あったんだがな、最近脚立が倒れてきたり、またぞろトラブルが頻発してるらしい。どうだ、裏に何かあると思わないか?」
 確かに気になる。何故『魔法少女バニライム』に、真夏にこうもトラブルが続くのか。
「依頼内容は次の通り。『トラブルの根本となる原因を取り除いてくれ』、以上だ。調査でも推理でも除霊でも何でも構わない。各々の手段でやってくれ」
 難しい依頼だ。何から手をつけていいか悩んでしまう。
 そういえば、『バニライム』絡みで過去何かあったのだろうか……?

●資料室にて【1B】
「おーい、珈琲ちょうだい。それからお腹が空いたから何か食べる物も」
 読んでいた雑誌から顔を上げ、瀧川七星は当然のように言い放った。
「先生……」
 傍らに立っていた長身の男が溜息混じりにつぶやいた。
「先生のたっての頼みでしたから、社の資料室をお貸ししているんですよ? 珈琲だけでしたらまだしも、食べ物もですか?」
「そんなにカリカリすると血圧上がるよ」
「先生に原稿書いてさえいただければ、立ち所に下がります」
 七星のからかいの言葉に言い返す男。なかなかやる物である。
「分かってるって。再来月、短編1本そっちに書けばいいんだろ?」
 七星の職業は小説家。ということは、会話から推測するに男は編集者か。
「できればうちとしては連載の方が嬉しいんですがねえ」
「気が向いたら考えとくよ」
 さらりと流す七星。こういう時は大抵期待薄である。それが分かっているのか、男はがっくりと肩を落とした。
「……珈琲と何か食べ物ですね」
 とぼとぼと部屋を出てゆく男。男が出てゆくと薄暗い資料室には七星1人だけとなった。
「やれやれ、これでゆっくり調べられる」
 大きく息を吐き出す七星。食べ物うんぬんより、男を部屋から追い出したかったのが本音だったようだ。
 七星が土曜日の午前中にこの某大手出版社へ来た目的はただ1つ。『バニライム』絡みの情報を探すためである。大手出版社の資料室というだけあって、ここには発行している雑誌のバックナンバーが完備されていた。
 漫画雑誌もあれば、男性向け情報誌もある。様々な種類の雑誌を発行しているのが大手出版社という所だ。
 七星は多くの種類がある雑誌の中から、週刊の芸能ゴシップ誌に絞ってバックナンバーを読み進めていた。
(でかい事件は後でも探せるけど、ちまい噂は丹念に調べないと探せないからな〜)
 芸能ゴシップ誌に絞ったのはそういう理由からであった。
 しかしそこは芸能ゴシップ誌。嘘か真か分からない記事だが、七星の興味を引くような記事があちらこちらにちりばめられている。おかげで関係なさそうな記事まで読んでしまう始末である。
「娘に主役取らせるために、裏金積むなんてほんとかなあ」
 某大物俳優夫婦の娘がオーディション受けた際にかなりの裏金を積んでいた、という記事を読んでいる七星。そこではたと気付いた。
「『バニライム』オーディションの記事も、どっかにないかな?」
 さっそく調べ始める七星。考えは適中。あっさりと見つかった。
「へえ。オーディション受けた娘が、会場来る途中で事故死したのか」
 こんなことがあったとは、調べてみないと分からない物だ。そして、その記事の後半にこんな一文があった。
「『このオーディションにはあの大物俳優、寺田晴雄(てらだ・はるお)・船島志穂(ふなしま・しほ)夫妻の1人娘も参加し、惜しくも最終選考で涙を飲んだ』か……うん?」
 首を傾げる七星。この一文、どこかで見た表現のような気がする。
「気じゃない。さっきの記事だ」
 七星は金色の髪を強く掻いた。そして今の記事が載っていた号と、さっきの記事が載っていた号を見比べた。どうしたことか、発行日が2週間しか違っていなかった。今の記事が先、さっきの記事が後の号だ。
「……気になるな。草間に連絡しておくか。おっと、うちの王子様とお姫様にも流しておこうかな」
 笑みを浮かべる七星。脳裏には、とある少年少女の姿を思い浮かべていた。

●事故現場【3】
 日曜日の午前。瀧川七星と草壁さくらの2人は、最終選考当日に事故死した少女・東千里(あずま・ちさと)が撥ねられた現場へやってきていた。
「ここですよね」
「ここだね」
 短い言葉を交わす2人。警察で場所を聞いてきたのだから間違いはない。
「気になりましたか?」
「ちょっとね」
 別々に行動していた2人だったが、警察でばったりと出会い、この後の行動を共にすることにしたのだった。恐らく目的は同じはずだから。
「関係ある物は片っ端から当たってみないと」
「……ですよね」
 浮かない表情のさくら。気になって七星が尋ねた。
「どうしたの?」
「やっぱり恨み……なんでしょうか。いえ、私は真夏さんに対する恨みという線を考えていたんですが……原因は目の前に存在しているんですよね」
「ああ……」
 さくらの言葉に納得し、傍らの立て看板に目をやる七星。そこには『目撃者求む!』と大きく書かれていた。
「犯人、まだ捕まってないんだっけ」
「警察ではそう仰られていましたが」
 千里は車に撥ねられて亡くなった。事故だ。けれども、千里を撥ねた相手はまだ捕まってはいなかった。
 バニライム役への強い想いを抱いていたはずの千里。しかし夢まであと1歩の所での凶事――心残りとなった強すぎる想いが恨みへと転じたのかもしれない。
「好きなはずなのに何故こんなことを……」
 さくらは悔しそうにつぶやき、唇を噛み締めた。
「好きだからこそ、その裏返しなのかも。事故さえなければ、自分がバニライムになっていたのかもしれなかったしね。もっとも、どっかの有名俳優夫妻は裏金積んで、自分たちの娘をバニライムにさせたかったみたいだけど」
 七星がそう言うと、さくらがふっと顔を向けた。
「裏金?」
 さくらの脳裏に、昨日のサイデル・ウェルヴァの言葉が蘇ってきた。
「うん。そんな噂が雑誌の記事に載ってた。調べてみるとさ、これがまた面白くて。あちこちのオーディションで裏金積んで、結局落とされてるらしくてさ。バニライム役も最終選考で落とされたし。けど、そこまでして娘を芸能界にデビューさせたいのかな。熱心だねー」
 七星が情報網を駆使して仕入れてきた情報を、楽しそうにさくらに語った。
(そういえば監督様は……)
 内海の言葉を思い返すさくら。順当に行けば最終選考に残った3人のうち、千里がバニライムになっていたはずで――。
「まさか?」
 さくらがはっとした表情を見せた。
「……邪魔者を排除したのでは……」
「えっ?」
 さくらに尋ね返す七星。意味が一瞬飲み込めなかったのだ。
「突飛な発想になってしまいますが……」
 さくらは冷静な口調でそう切り出し、話し始めた。
「事故さえなければ、バニライムには千里さんがなっていただろうと監督様が仰ってました。その時の最終選考には3人残っていて、千里さんの他は……」
「真夏と、俳優の娘だね」
 七星が大きく息を吐き出した。頷くさくら。
「つまり千里さんが居なくなれば、裏金を積んでいる自分たちの娘がバニライム役に決まるはず……恐ろしいことですが、そう考えたのでは」
「ちょっと待った。仮にそうだとしても、結局バニライムになったのは真夏……あっ!」
 短く七星が叫んだ。
「そうか……恨みがここにもあったんだ」
「裏金を積み、千里さんをも殺した。なのに、バニライム役には真夏さんが決まり……恨んでいたのかもしれません。いえ、何度も娘さんがオーディションに落ちていた焦りもあったのかもしれません」
 口調こそ穏やかだったが、さくらはぎゅう……っと拳を握っていた。内心、怒り心頭なのだろう。
「そうすると、この前捕まった奴。その辺が怪しいんじゃないかな。……行こう」
 七星がさくらを促し、続けてこう言った。
「その推理、警察でぶちまけてやるんだよ」

●終幕【6】
 月曜日・夕方。草間興信所に一同が集まっていた。
「何とも複雑に絡み合った事件だったな」
 ソファに腰掛けている草間が一同を見回して言った。膝の上では小日向星弥がすやすやと気持ちよさそうに眠っていた。
「草間、そりゃ分からなくなるはずだよ。真夏を狙ってたのは単なる実行犯で、黒幕は別に居たんだからさ」
「私たちが警察に推理をお話したので、黒幕も無事に逮捕されたようですけれど……」
 瀧川七星と草壁さくらが続けて言った。今日の夕刊には、黒幕の大物俳優夫妻が逮捕された記事が1面で掲載されていた。
「で、そいつらの企みで殺された娘が、バニライムへの憧れを恨みに変え真夏を狙った……そういうことだね」
 世羅・フロウライトが、従兄弟である七星を横目に不機嫌そうに言った。七星の方は素知らぬ顔を決め込んでいた。
「真夏ちゃん……大丈夫なの?」
 憂いを帯びた表情で王鈴花がサイデル・ウェルヴァに尋ねた。昨日の撮影に千里の霊体が現れ、戦いの末に真夏が倒れたと聞いていたからだ。
「ここ来る前に病院に顔出してきたけど、元気そうだったねぇ。検査もあるからすぐにとはいかないが、今週中には退院できるはずさ」
 サイデルの言葉に鈴花が胸を撫で下ろした。
「それで……その千里さんの霊体はどうなったのですか?」
「さあねぇ。成仏したんだか、倒されたんだか。とにかく消え失せたよ」
 サイデルはさくらの質問に、肩をすくめて答えた。
「けど、よくタイミングよく千里の霊体がその場に現れたよね」
 七星が首を傾げた。
「簡単な話さ。前日に墓前に行って話してきたのさ。『あんたの出番、用意してある』ってね。打ち合わせとか、結構大変だったねぇ……」
 サイデルが笑みを浮かべ言った。昨日の撮影のために、裏で色々と準備していたのだ。
「真夏ちゃん……もう大丈夫だよね? もう悪い人とかに狙われたりなんかしないよね?」
 鈴花が皆にしきりに尋ねた。
「さあね。何せ、魑魅魍魎の住まう世界だからねぇ」
 さらりと答えるサイデル。だが、それで終わりではなかった。
「けどあの娘だったら大丈夫だろうさ、きっと。生きてる人間の恨みにも、死んだ人間の恨みにも、見事に打ち勝ったんだからね。たいしたもんさ……本当に」
 そのサイデルの言葉に、異を唱える者は誰も居なかった。

【さよなら、バニライム 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0177 / 瀧川・七星(たきがわ・なせ)
                   / 男 / 26 / 小説家 】
【 0134 / 草壁・さくら(くさかべ・さくら)
         / 女 / 20前後? / 骨董屋『櫻月堂』店員 】
【 0375 / 小日向・星弥(こひなた・せいや)
              / 女 / 6、7? / 確信犯的迷子 】
【 0140 / 世羅・フロウライト(せら・ふろうらいと)
                   / 男 / 14 / 留学生 】
【 0142 / 王・鈴花(うぉん・りんふぁ)
        / 女 / 9 / 小学生(留学生)。たまに占い師 】
【 0024 / サイデル・ウェルヴァ(さいでる・うぇるう゛ぁ)
                    / 女 / 24 / 女優 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全10場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の依頼は『小さな女優』『エキストラ、求む』『狙われたロケ』に続く『バニライム』シリーズのラストでした。無事に黒幕まで逮捕でき、大成功ではないかと思います。ちなみにプレイング次第では、黒幕を逮捕できない結果も待っていました。その時は真夏か、また別の娘が狙われていたことでしょう。
・千里の霊体がどうなったか。蛇足になるのであえて語りませんが、色々と想像してみてください。
・『バニライム』シリーズはこれでひとまず終わりですが、芸能界絡みの事件はこれからも出てきます。何しろ魑魅魍魎の住まう世界ですから。ともあれ『バニライム』シリーズにおつき合いいただき、本当にありがとうございました。
・それはそうと以前から『バニライム』をご存知だった方、どのくらい居られますか?
・瀧川七星さん、5度目のご参加ありがとうございます。出版業界、活用させていただきました。噂等を調べたのは正解でした。本文には書いてない噂も色々とあるんですが……字数の関係で割愛させていただきました。まあ、あの黒幕はそれだけ色々と噂があったということです。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。