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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


夢ノ続キ

■冒頭■
 雫がいつものように自身のホームページにある、投稿フォームに目を通していると、新しい書き込みがあるのを発見する。
「あっ、新しいの発見☆」
 雫はそう口にして、書き込み内容を確認した。
『謎の音:
 ULTRAっていうインディーズバンドのCDに、なんか謎の音が入っているらしい。しかもそれを聴いた人は、必ず死に至るというオマケ付き。誰か聴いた人いない?』
「謎の音に、死人かぁ〜」
 雫は一人何かを納得したように云々と頷くと、いつも肌身離さず持ち歩いている携帯電話を手にする。ピッピッと親指を器用に動かし、することは新規メールの作成。
「えっとぉ、ULTRAっていうインディーズバンドの情報求む!」
 手当たり次第に送信されたメールは、数分後には何通かの返信があった。
そこで得られた情報は──
・聴いた人の中で、行方不明者が出ている(らしい)
・4人組のビジュアル系バンド
・問題のCDタイトルは『ULTRA/I』
「死人だけじゃなく、行方不明者までいるのかぁ。……よしッ!」
 雫は可愛らしい鞄を椅子から引っ剥すように手にすると、携帯電話をスカートのポケットに入れて、勢いよくネットカフェから飛び出して行った。
 行き先は近くのCDショップ。
「話しはCDを手に入れてみないとねぇ〜☆」

■斎木 廉■
 その日、斎木廉は上司に「ちょっといいか」と肩を叩かれた。クルリと椅子を回し、上司に視線を向けると、その先には1枚のCDが握られている。
「何か」
 廉は表情を変えずに、上司の持っているCDを横目に尋ねた。
「お前、耳が聞えないんだよな」
「えぇ。全く聞えません」
 廉の耳は全く音を感知しない。それでもこうして会話が成立するのは、廉が読唇術を完璧にマスターしているからだった。
「それじゃあ、これ。お前にうってつけの仕事だ」
 渡されたのは、先程から上司が握っていたCD。廉は聞えないことを承知で渡してくる上司に、訝しげな視線を向ける。
 それに上司は、「あぁ、説明しないとな」と呟いて、廉の視線の意味を覚った。
「実はこのCDに変な声が入っていると巷で噂になってな。それを聴いたらしい少女が、相次いで投身自殺をしている。遺書らしきものは見つかっていない。まーあったのは、このCDだけってことだ」
「………」
「中には行方不明になっている少女もいてな。このCDが原因かは判らないんだが、因果関係その他、調べてみる価値はあるだろう」
「そうですね」
「ということで、それじゃあ頼んだぞ」
「判りました」
 CD内に入った謎の音を聴いた者に被害が及ぶとしたら、耳の聞えない自分はどうなるのかしら?
 そんなことを考えつつ、廉は受け取ったCDを手に、早速デッキのある奥の部屋へと一人入って行く。
 扉には『使用中』のプレートが掛けられた。
 部屋に入り、廉がまずしたことは、CDをデッキに入れること。それから徐にポケットから1つの風船を手にすると、それを膨らませる。音量はそのまま弄ることなく、普通に耳が聞える人間が、煩く感じない程度の音量にした。
 そして風船を胸の位置に固定すると、廉は手近にあるリモコンでCDを再生する。
 音はやはり聞えない。その代わり、風船を通して骨に響く音らしき振動。CDは確かに再生されているらしい。そのまま十分、二十分と振動は続いた。
 そうしてそれが、どれくらい続いただろうか。
 ふと振動が伝わらなくなったことに、廉はデッキの方へ視線を向ける。そこには既にCDの再生が終了したことを記すデジタル表示がされていた。
「何も起こらないわね。やはり耳が聞えない私には、被害はないみたいだわ」
 静かになった部屋で、廉はCDをケースに戻しながらポツリと呟く。
「このCDを音研に出せば謎の音は直ぐに解明されるけど、解決には時間が掛かり過ぎるわ。となると……」
 やはり自分で調査した方が早いわね、と廉は部屋から出て、さっそく自身の机にあるパソコンの電源をONにした。
「投身自殺したと思われる少女は3人。現在行方不明になっている少女は4人。自殺したと思われる少女は、何れも場所は近くのマンションやビルからの投身自殺で、場所の関連性は無し。学校も違うし、友人関係だったとは認められない。両方に共通しているのは全員が高校生ということ、そして『ULTRA』というインディーズバンドのファンだったということね」
 廉はマウスを器用に動かして、警視庁のデータベースを照会する。そのまま個々のデータをクリックしてみるが、自殺した少女達には、要因となりえることはないようだった。勿論、行方不明になっている少女達にもない。
「苛めにあっていたわけでもないし、薬物反応も陰性。虐待を受けていた形跡もなし」
 自殺した少女達はデータを見る限りでは、普通の何処にでもいる高校生達。性格も明るく、活発。少々夜遊びなどはしていても、これが一般的だろうと思いながら、ピッピッと捲るようにデータを見ていた廉は、ふと数枚のデータの一部に目を留めた。
「これは……どういうことなのかしら?」
 パソコンのモニターには、自殺した少女達の死体検案書が並んでいる。そこにある死亡したと思われる時刻に、廉は不思議なものでも見たようにマウスを動かした。
「このコ達の死亡時刻、数十分のズレはあるものの、ほぼ全員同じ時間じゃない」
 これが偶然と言えるだろうか。恐らくこれは偶然なんて言葉では片付けられない出来事になっている。
 ほぼ同時刻に飛び降りた少女達に、共通して起こった出来事はなにか。
「ULTRAってバンドが関係しているのは確かね」
 そこでCDのパッケージに“製作協力”として記されている会社の存在に目を留め、手帳に手早く住所等をメモっていく。此処に行けば、バンドメンバーの連絡先が判るだろう。バンド自体に問題があるのかは判らないが、話しを聞いてみなくてはいけない。
 何より気になるのは、自分には聞くことが出来なかったCDに、何かしらの仕組みがあるということだった。それが引き金になって、少女達が自殺したかもしれないし、行方不明の少女達もそれを聴いている可能性があるのだ。
「急ぐ必要がありそうね」
 誰に言うでもなく、廉は自身の考えを口にした。
 そして廉は言葉ほど急ぐ素振りは見せず、「聞き込みに行ってきます」と上司に声を掛けたのち、上着を手にして部屋を出て行く。

 製作協力とされている会社は、CDのジャケットを製作した会社だった。印刷会社特有のインクの匂いの中、廉は従業員にCDを見せ、社長らしき人物に面会出来るよう話しを付ける。廉の上着に光る警察バッチに、従業員は慌てて社長を呼びに行く。そうして応接室で待つこと数分。従業員の女性が持ってきたお茶に、口を付けていると、作業服の上だけを羽織ったスーツ姿の人物が、申し訳なさそうに入って来た。
「どうもお待たせしました」
「いえ、突然すみません。製作協力というのがこちらとなっていましたので、2つ3つお尋ねしたことがあるのですが」
 そう言って差し出したCDを覗き込んだ社長は「はぁ…これですか」と言いながら、廉に対面する形でソファーに深々と腰を下ろした。
「実はある事件の捜査過程で、このULTRAというバンドメンバーに話しを聞きたいのです。連絡先等お判りでしたら、教えて頂きたいのですが」
「事件ですか?あいつら、何かやったんでしょうか」
「まだその段階ではありません。兎に角、話しを聞いてみないことにはなんとも言えませんので。それでちょっとお伺いしますが、あなたから見て、彼らは恨みを買うタイプの人間に見えましたか?」
「いえ、そんな風には見えませんでしたが…」
「では女性関係が、派手そうという印象はありましたか?」
「そんなことは。まぁ若いですし、見てくれもいい奴らでしたから、それ相当の場数は踏んでるとは思います。けど女関係でもめたなんてことは、聞いたことはありませんよ」
「そうですか」
 廉の淡々とした口調とは反対に、社長の声は上擦ったものになっている。いきなり刑事らしき人物が現われ、捜査協力を願ったら、誰でもこうなるだろう。
 社長は従業員の女性に、帳簿を持ってくるように声を掛けながら、出されているお茶に口を付けた。
「連絡先といえば……あいつらというより、リーダーのコの連絡先は判りますが、多分電話には出ないと思いますよ?」
 帳簿を待っている間、社長はポツリとそんなことを零す。
「どういう意味ですか?」
「このCD、女性の声が入っているって噂になってから、私も心配になって電話したんですよ。そしたら「アンタには関係のないことだ」って切られちゃいましてね。それ以来、携帯電話は全く通じない状態なんです。前はそんなことを、口にするようなコじゃなかったんですがね……」
 社長は少し寂しそうに呟いた。
「というと、以前から知っていたのですか?」
「えぇ。チラシなんかの印刷を頼まれてましたから、彼是2年くらいの付き合いになるでしょうか。でもね、刑事さん。あいつらは本当に楽しみにしてたんですよ。自分達のCDが出来るって。そりゃ大はしゃぎでね。特にリーダーのコは、CDが出来てから「ありがとう」ってお礼の電話をしてくるような、今時珍しく律儀な奴だったんですよ」
 それが何であんな風に変わってしまったんだろう、と社長は肩を落として嘆く。その姿に廉は、何故彼が突然態度を変えたのか疑問に思った。お礼の電話を掛けてくるほど律儀だった青年が、心配して電話した人に乱暴な言葉を吐く。理由がなければしないことだ。その理由を廉は直感的にCDと結び付けた。
 全てはあのCDが出来上がってから起こっている。少女達が自殺したことも、行方不明になっていることも、そして青年が態度を変えたことも。
「そう。あのCDが全ての原因……」
 独り、廉は口にする。
 と丁度そこに、従業員が帳簿を持って姿を現した。社長はそれを受け取ると、ペラペラと紙を捲り、「これです」と開いた状態で廉の前に差し出す。そこには一人の青年の名前と、住んでいるアパートの住所、そして緊急連絡先として携帯電話の番号も記されていた。そしてもう一つ。納品先として、一つの住所が書かれている。
「この納品先の住所は」
 廉はそれらをメモしつつ、その場所について社長に尋ねる。
「あーこれはあいつらが借りている倉庫ですよ。ほら、スタジオで練習って、結構お金掛かるでしょ。だから友人の親が持っている倉庫を借りているって、前言ってましたよ。倉庫なら大きな音を出しても、近所迷惑になりませんから」
「倉庫……ですか」
「えぇ。まぁ奴らなら、今頃ライブハウスじゃないですかね。なんだかんだ言っても、ステージに立つのは、楽しいでしょうから。なんならそこの場所も教えましょうか?」
 父親のような目をして言う言葉に、廉は「お願いします」と一言言う。そして書き記したものを一通り確認してから、廉はソファーから立ち上がる。向かう先は決まったからだ。
 がふいに廉はテーブルに置いてあったCDを仕舞いながら、社長の方へ振り返った。
「あと一ついいですか?」
「なんでしょう」
「あのCDには、どんなものが入っているのかご存知ですか。先程女性の声が入っていると言っていましたが」
 廉は自分では確認することが出来なかったものについて、社長に尋ねてみた。
 すると社長は不思議そうに廉を見た後、
「女の恨み言のようなコトバと、何か曲に隠れるようにコトバが入っているそうです。それがまるで催眠術でも掛けているようなコトバだと、うちの従業員の男の子が言っていましたが。生憎、そう言ってたのが今日は休みなんで、詳しくは判りませんけど」
 それが何か?と含ませて社長は返答する。
 廉はその言葉に会釈でお礼をしその場を離れると、今聞いた情報を整理するように手帳を暫し眺めた。
「女の恨み言のようなコトバは、やはり霊的なものが作用しているみたいね。人為的にそんな言葉を入れるとは、話しからして考えられないわ。彼らはCDが出来るのを楽しみにしていたというし。ではその声の正体は誰?恨みを持たれるような女性関係ではなかったというし、誰かに怨まれるタイプでもない」
 そこでまた廉は手帳を見つめたまま、違う文字に視線を移す。
「それに……この催眠術らしき声の存在というのも気になるわね。もしその言葉が本当だとしたら、CDを聴き、女の声を聴いてしまった人間は催眠状態にあることになるわ。催眠状態なら何らかの行動を起こすことで、自殺を誘導することも出来るんじゃ…そう、これは正に“暗示”よ」
 暗示は掛けた者の指示を、問答無用、無条件で受け入れ、それを遂行してしまう力を持っている。
「だとすれば早く解決しないと、また犠牲者が出てしまうわ」
 行方不明の少女達の安否も心配だわ、と廉の足は青年の住んでいると思われるアパートではなく、彼らがいるだろうというライブハウスへと向かった。

 車を通りのパーキングに止めた廉は、そのまま裏通りへと歩いて行く。通り1本入っただけで、そこは全く違う顔を覗かせた。主に若者向けなショップが立ち並び、ライブハウスはその一角に存在しているらしい。
 この通りを歩いていれば、直に見つかるだろう、と廉は少し辺りを見回しつつ考えていた。
 しかしそれでは時間が掛かってしまう。廉はピタリと歩くのをやめると、意識を集中するように瞳を閉じる。
 廉には『歴眼』という千里眼と同様な特殊能力があり、遠く離れた場所の光景や、近い未来を予知する能力があった。こんな時こそ使わなければ、と廉は閉じた瞳の先に見えるものを探す。
 すると廉が見たのは、赤レンガの建物内に入った青年が何かに向かって言葉を投げかけている姿と、その後に続く不穏な空気。その場所をぐるりと見渡せば、4人の恐らくULTRAのメンバーと思われる派手な髪色をした青年が、ジリジリと一人の青年に近づいていく姿だった。そして更に見えたのは、一人の青年を取り囲むようにする4人の姿。それは襲っているようにしか見えない。
「後半は恐らく未来予知ね。でも数分後くらいの未来だわ。急がないと」
 廉は見えたビジョンの方向に体を向け、小気味良い靴音を出しながら走って行った。
 赤レンガの建物という目印は、直ぐに発見することが出来た。しかし建物の前で躊躇しながら佇む少女の姿に、廉は何事か、と疑問に思う。だからといって時間はないから、手短に話しをするしかないのだが。
「あなたも此処に用があるの?」
 後ろから声を掛けると、少女は慌てた様子で振り返る。愛らしい顔立ちに小柄な体型。茶色の髪をフワリと揺らした少女は、真剣な目をして廉を少し見上げた。
「あっ、えっと、あたし、ULTRAのCDについて調べてたら、飛んでもないことに行き当たっちゃったんです。それでそれを止めようと来たんです。どうしても止めなきゃいけないから」
 そう言って頭を下げてしまう少女の言葉に、廉は同じように調べている人がいるなんて、と内心溜息を付く。それが無意識に頭を支配していたのか、遂開いた口からは、「そう。あなたも調べていたの」と内なるものを告げていた。
 こうしている間にも、中にいる青年の状態が心配だったが、無下にすることも出来ない。少女の目は、此処で待っていることをOKするほど、弱いものではなかったからだ。とても強い意思を感じた。
 となれば、取るべきは一つしかない。
「兎に角、入ってみましょう。本当なら此処で待っててと言いたいところだけど……。自分の身は自分で守れるかしら?」
「幸運だけはありますから♪」
 へへっと夏生が笑うと、廉も「そう」と薄く笑みを浮かべる。
「それじゃあ、話しが纏まったところで行ってみようぜ」
「えっ?」
 またいきなり今度は男の人の声がして、少女が驚いて振り返った。声の主は20歳前後で黒髪の整った顔立ちをした青年。
 なんだかまた一人増えたわね…。
 廉は率直な感想を漏らす。
「俺もULTRAのCDについて調べてたんだよ。ULTRAのメンバーの後を追ってたら、此処に辿り着いたってわけ。たぶん中には入れると思うぜ。あいつら、入って行ったし」
 青年の言葉に先程のビジョンを思い出した廉は、入れるという扉をゆっくりと開いていく。
 そうしてステージのある場所に足を踏み入れたところで見たのは、ULTRAのメンバーに襲われている一人の青年の姿だった。

■ALL■
「あれ?何、何、どうなってるの?」
「やっぱり……」
「随分とグッドタイミングで登場したみたい?」
 そうして現われたのは、夏生、廉、隆之介の3人だった。
 3人の目の前には、ULTRAのメンバーに首を絞められ、身動きが取れなくなっている慶悟と、ステージでほくそ笑んでいる一人の女性。どうやら霊が彼らを動かしているようだ。
「なんて強い怨念なの。それに彼らをどうにかして引き剥がさないと、彼が死んでしまうわ」
「えっ!それはマズイよ、助けないと!」
 夏生は3人より早く駆け出すと、慶悟の首に腕を絡めている男に向かって「てやぁ!」と蹴りを叩き込んだ。しかしその直後、他のメンバーに平手をもらい、「きゃあっ」と小さな悲鳴を上げてバタリと床に叩きつけられる。
「おまえら、女の子を叩くなんて最低だぞ!」
 それを見ていた隆之介は薄茶色の瞳を金色に変化させ、飛び出したと同時に男達を蹴り倒していく。そのスピードは、人の業とは思えないほど俊敏だ。そしてまだ起き上がり飛びかかろうとしている男には、狙ったように鳩尾に拳を叩き込んでやる。ゲッと胃の内容物を吐くほどの威力に、流石に操られている彼らも動きが鈍る。
 そこを見逃すわけもない慶悟は、サッと身を横にずらしして腕から開放されると、少し咳き込みながら、ステージ上の女を鋭い眼光で睨み付けた。
「どうなってるのか、簡素な説明をお願い。カノジョが全ての原因なの?」
 慶悟の傍で銃を手にしながら、廉が尋ねる。
「あぁ。あの女、自分の勝手な思い込みで、女の子達に暗示をかけて操っていた。しかもそれを悪いとも思っていない。俺はそういうのが、一番許せない」
「それじゃあ、何。自殺したコ達は、皆あの女がそうするように仕向けてったってことかよ!?」
 脇から隆之介が口を挟む。それに慶悟は無言で頷き、肯定の意を示した。
「俺は陰陽師だ。あの女を強制的に成仏させる。あんたらは?」
 慶悟は既に印を組む準備に入っていた。
「私はあのコ達の面倒をみるわ。あなたの邪魔をしないようにね」
「あたしは幸運しか祈れないから、やっぱりULTRAを抑える方が合ってるかも」
「んじゃ俺はあんたの援護をしてやるよ。って術は使えないけど、どうにかなんだろ」
「「「「それじゃ」」」」
 4人は顔を見合わせると同時に、散り散りになって個々に移動する。

 夏生と廉が向かった先では、さっき隆之介にやられて伸びていたはずのメンバーが、既に回復して立ち上がっていた。
「こんの、少し大人しくなさい」
 夏生はぴょこりとしゃがんだかと思うと、立ち上がるバネを利用して男の股間目掛けて蹴り上げ、更に必殺の回し蹴りを炸裂させる。男はこれで本当に立ち上がれなくなったのか、床に寝そべり動かなくなった。
「一丁上がり☆楽勝、楽勝♪」
 夏生が一人ガッツポーズを取っている横で、今度は廉が銃をフォルダーに仕舞いながら目の前にいる2人を見据える。
「怪我しない程度なら、いいかしら」
 そして少し考えた後、廉はポソリと呟いて、両の手をフワリと動かした。
「音太刀!」
 声に共鳴するように手が振り下ろされたところからは、見えない刃が相手目掛けて飛んでいく。それはメンバー二人の太腿を掠めていき、空に刃が消えた時には鮮血が滴り落ちていた。バタバタと倒れ込む男達は、腿の痛みから立ち上がることも出来ないだろう。
「スゴ〜イ!それって、もしかしてかまいたちですか」
 廉の技を見ていた夏生が、歓声を上げる。がそこにまだ残っていた一人が夏生目掛け、バタフライナイフを手にして近寄ってくる姿に廉が気づいた。
「しゃがんで!」
「えっ?はいっ!」
 廉の声に驚きながらも、夏生は言われた通りその場にしゃがみ込んだ。すると廉は肩のフォルダーから銃を素早く抜き去り、男の肩口に銃弾を発射する。
 背後で人の倒れる音がして、夏生は慌ててそこから廉の傍に移動すると、ふ〜と胸を撫で下ろした。
「これで…全部ですよね」
「そうね。あとは向こうの二人がなんとかするでしょう」
「頑張れ〜、二人とも♪」

「さてどう動いて欲しいんだ?」
 隆之介は何やら胸元で手を動かしている慶悟に、目線を向けることなく尋ねる。
「あんた術は使えないって言ってたが、動きは良い方か?」
 慶悟もまた、隆之介には目線を向けずに尋ね返した。
「まー人よりは数倍俊敏だな。特に金色の瞳の俺は、向かうところ敵なしだな」
 自信満々に答える隆之介に、慶悟は何かを思いついたように笑みを浮かべる。そして数枚の呪符を取り出すと、それを隆之介に差し出した。
「それをステージの四隅に貼り付けてくれ。女はなんとかするが、危害が行くかもしれない。それを巧く避けながら、出来るだけ早く行動して欲しい」
「任せろ」
 ニッと笑うと、隆之介は慶悟から離れて一気にステージ上へと昇っていく。
“何をするつもりだ!”
 そんな動きに不穏なものを感じたのか、女は隆之介に飛び掛ろうと移動した。が隆之介の方が一歩早く、まずは一枚目の呪符を貼り付けることに成功する。その間、慶悟は印を組み、女を強制的に除霊するための呪を口にし始めた。
“何をッ! やめろ! やめろ!”
 今度は呪に反応して、女の体が慶悟に向けられる。その時女の顔は既に人ではなく、鬼の形相をしていた。
“やめろぉぉぉぉぉ!!!!”
「そう言われてやめる奴が、何処の世界にいんだってーの!はい、これで3枚目」
“嫌だぁぁぁ!!歌が聴きたい。私はあの人達の歌が、聴きたいだけなのに!”
 女は呪の影響で苦しみだしながら、それでもこの世にいることを臨んでいた。しかも女は死んでいることにすら、気づいていない様子で。
「4枚目っと!いいぜ、全部貼り終わった」
 隆之介の声に慶悟は閉じていた瞳をパッと見開くと、指先を女に向け最期の言葉を紡ぐ。
「あんたの棲む場所は、もう此処じゃないんだよ」
「急々如律令」
“いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!”
 断末魔のような叫びとともに、女の姿は煙のように消えてなくなった。その瞬間、ライブハウスに漂っていた気配も消えてなくなる。
「終わったっぽい?」
「そのようね」
「まっこんなもんか」
「そうだな」
 4人は安堵を漏らしながら、真ん中らへんに集まった。
 そして全てが終わり、互いの調査結果を照らし合わせ、4人は全てを理解する。

「つまり女はあのCDを聴いた女の子達だけに、暗示をかけてたのかよ」
「そうね。そして少女達は女の指示が聴こえた時、言われた通り、飛び立って行ったようね。行き先は天国だったけど」
「ULTRAのメンバーも暗示をかけられていた。女の駒になるために」
「そしてあの霊はULTRAのファンじゃなく、何十年も前に活動していたバンドの熱狂的なファンだった」
「歌が聴きたいがために、死んでも尚留まり続けるくらいにな」
「なんか…辛いね。限界を感じて夢を諦めたバンドメンバーに、それに気づかず、ただ歌が聴きたいと夢見続けた人…かぁ」
 夏生の言葉に他の3人は黙り込んだ。
 決してあの女に同情なんかしないけれど、大人になればなるほど、夢を見続けることがどれだけ難しいか判っている。夢は夢と諦めなくてはならない時があるからだ。けれどそれを諦めずに追い続けたカンジョは、方法は間違っていたけれどスゴイのかもしれない。
「さて私は彼らを病院に運ばないといけないから。流石にこのままってわけにはね」
 一通り話した廉がまず最初に立ち上がる。
「それじゃあ、俺も失礼する」
 次に慶悟が立ち上がり、ライブハウスから姿を消した。
「それじゃあ、あたしも行くね。また会えたらいいね♪」
「あーちょっと待った。名前教えて。これも何かの縁だしさ」
 夏生の後を追うように、隆之介も立ち上がる。
 とふいに夏生が廉へ体を向き直した。
「何?」
「もう暗示は解けたのかな?これでもう誰も死なないよね。皆、元に戻ったんだよね」
 確認するような夏生に、廉は一度頷く。
「暗示をかけた者が消えれば、その効力も失うわ。あのCD自体には、もうなんの力もない。あるのはインディーズバンドが出したCDという現実だけよ」
「…そっか。良かった♪それじゃあ!」
 夏生達が出て行くと、廉は救急車を手配してステージに座り込む。
「夢の続き…ね」

 その後、行方不明だった少女4人は、廉の捜査によりULTRAが借りていた倉庫から無事発見された。
 またULTRAのメンバーも、簡単な事情聴取は受けたものの罪に問われることは無く、徐々にではあるが音楽活動を再開しつつあるらしい。

 事件はこうして幕を閉じたのだった。

■斎木 廉■
「少女達はCD内に入っていた暗示効果により、飛び降り自殺をしていたようです。また行方不明の少女達も、彼らが借りていた倉庫から発見され、念のため入院していますが、脳波には異常がないとのことです。そしてそもそもの原因となった霊的な存在も、現在消えたので今後このCDを聞いたことでの事件はありません」
 廉は上司に報告しながら、ULTRAのCDを差し出す。
「そうか。それじゃあ、この事件も無事解決ってことだな」
「えぇ」
 廉は一度お辞儀をして自分のデスクに戻ると、報告書を作るべくパソコンのキーをパチパチ打ち出した。
 そしてふいに指を止めると、頬杖を付きながらモニターを眺める。

「そういえば、私の夢ってなんだったかしらね」

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0188/斎木・廉/女/24歳/刑事】
【0017/榊杜・夏生/女/16歳/高校生】
【0365/大上・隆之介/男/300歳/大学生】
【0389/真名神・慶悟/男/20歳/陰陽師】

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■         ライター通信          ■
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「東京怪談・調査依頼/夢ノ続キ」にご参加下さり有難うございます。
ライターを担当しました、佐和美峰(さわ・みほ)です。いかがだったでしょうか。
*皆さん、読みはドンピシャでした。(あははっ)
ただ過程が違ったため、少々調査の方向を変えてしまった方もいらっしゃいます。
すみません。
*今回調査して下さった方々が、皆さん攻撃力のある方だったので、最後は全員での戦闘シーンになりました。
そして逆に最後まで各プレイヤーが名乗らない状態だったのは、皆さん自主性の強い方だったので、こういう展開になりました。
*「冒頭」と「ALL」は全員共通となっております。
*またそれぞれ調べた内容が異なりますので、詳しい内容は他のプレイヤーの話しを読んで下さると判ると思います。

ではまた次の機会にお会いできることを祈って…。