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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


理想郷〜兵どもが夢の跡〜

<オープニング>

「華が散るようだ・・・」
「さようで」
「だが、まだ咲ききっていない花を手折ることもあるまい。分かるな」
「連中を救えと?既に彼が向かっていますが」
「あいつには最も重要な人間を救いに行かせている。お前には他の連中の回収を
頼みたい。生きていようが死んでいようがかまわん。連れて来い」
「かしこまりました」

 七条一族との最終決戦。
 富士で行われているこの戦いをスクープすべし。
 どこからかリークされた情報を元に社長命令で下されたこの指令に、編集長碇 麗香は燃えていた。
「チャンスよ!滅多におきないこの日本でのテロリストとのバトル!絶対ものにするのよ。いいわね!!!」
「「「「「はい!!!!!」」」」」
 編集室の人間が立ち上がった。稀に見る特ダネである。しかも対オカルト戦。これが燃えずにいられようか。

 さて、貴方はどうする?

(ライターより)

 難易度 普通

 予定締め切り時間 3/9 24:00

 七条が出ている。ライターが違うんじゃないのか?そんな質問がきそうな依頼ですが間違っていません。水上マスターの依頼にリンクしてます。
 七条一族を回収するためとある組織が動き出しています。碇はこの特ダネに燃 えています。回収を邪魔するもよし、特ダネスクープに燃えるもよし。二つの中からお好きな方の行動をお選びください。
 時間軸に若干の差異がありますので、あちらの依頼に参加された方も問題なくご参加いただけます。回収阻止の場合、戦闘が発生する可能性がありますのでお気をつけください。
 水上マスターの依頼結果が上がると思いますので、それを参考にしてプレイングをかけるのがよろしいかと思います。
 それでは根性のあるお客様のご参加お待ちいたします。

<当主と社長>

「到着いたしました」
 白いコートを纏った男は、自分が転移させた男に慇懃に頭を下げた。
 薄暗く、照明を落とした室内には大きなオーク製の机が置かれ、数十席の椅子が用意されている。会社の会議室かどこかであろうか。一番奥の席には何者かが座っているようだ。
 落ち着いた枯葉色の光沢のある着物を纏い、堂々とした体躯を誇るその男は正面に座っている男を睨みつけた。40代後半あたりであろうか、幾分皺が刻まれたその顔は品位があり整っている。まさに男盛り精力的な感じを受ける表情をしている。倣岸不遜なまでに自信に満ちた威厳のある立ち居振舞い。日本国に隠然たる力を誇る陰陽師の名家、七条家現当主七条鷹尋であった。
「何者だ?」
 重々しく問いただす七条に、椅子に座っていた者は立ち上がると白いコートの男と同じように慇懃に頭を下げる。
「これは失礼いたしました。私、この社の社長を務めているものでございます。そちらの不人めは私の社員。この度はご災難でしたな」
 白いコートの男、不人を指し示しながら社長と名乗った男は七条に近づいた。薄暗い室内の中で社長の姿はおぼろげながら見えてくる。仕立てのいい糊のきいた赤いスーツを着こなし、黄色いネクタイを締めている。年のころは七条と同じくらいであろうか熟年の魅力が溢れる彫りの深い顔立ちをしている。ロマンスグレーの髪にアイスブルーの瞳。どこか海外の人間の血が混ざっているのであろうか、純日本人的風貌をした七条に比べ、どこか異国風の雰囲気がある。
 社長は机の上に置かれている、黒檀製の葉巻のケースを開け葉巻を取り出した 。
「お一ついかがですかな、七条様」
「いただこう」
 七条は鷹揚に頷くと葉巻を受け取った。すかさず不人がライターを取り出し葉巻に火をつける。社長も同じように葉巻を吸い天井に紫煙が立ち昇った。
「して、なぜ私を救ったのだ。この不人とやらが言うには私、というべきか七条家と協商関係を結びたいということだったが?」
「左様でございます。七条様が目指される理想達成のためご協力させていただければと、勝手ながらご招待させていただいた次第で」
 社長の言葉に七条は自嘲ぎみの笑いを浮かべた。
「ふん、自我兵力の大半を失い何の力も無い私を救ったところで何のメリットもあるまいよ」
「分かっておられませんな」
 窓のブラインドが開けられ室内に外の光が差し込む。光を背にしながら社長は大仰な身振りで七条を諭す。
「ご自身のお力がどれほどのものかまったくお分かりになっていらっしゃらない。七条家に属される方々全てが何も富士に終結したわけではございますまい。それに今まで蓄えられた資産も相当な額に上るはず」
「だが、分家の者どもはこれ以上の争いを望むまい。負けが見えているからな。資産に関しても国の者どもが差し押さえの手続きを行っておるだろうし・・・」
「それに関してはご安心を」
 それまで社長の後ろにひっそりと控えていた金髪の女が前に歩み出た。
「既に七条家の資産に関しては、鷹尋様の口座をはじめ、主だった方々の全ての資産をスイス銀行の我が社の口座に振り込みが完了しています。名義は全てダミーを使用して、何十にも分けて他銀行から振り込んでおりますので連中に気づかれることはないかと」
「こちらは?」
「私の秘書でございまして・・・」
 社長の説明を受けて魎華はお辞儀をした。
「魎華と申します。それと一族の方々ですが、当主がご無事であることを伝え馳せ参じるようご連絡差し上げております。現在のところ半数以上の方から了承の返答を頂戴しております」
「随分と手際の良いことだな・・・」
 まるで七条の計画が最初から失敗する事を想定していたような行動である。あまりの手際の良さに不信感を覚えたな七条に、社長は深く頭を下げる。
「申し訳ございません。今回の件は全て調査をし、そちらが失敗される可能性が高いことはこちらで掴んでおりました。救援の手をとも思ったのですが、戦力があった状態では素直に受け入れてはくださらなかったでしょう」  
「ではこちらが敗北することを待っていたというわけか」
「失礼ながらそのとおりでございます」
 自我兵力が充実している状態で、いきなり援助するなどと言われても素直に受 け入れる事は難しい。密偵かそれとも何か考えがあるのか疑われることは必定と言えよう。そこで「会社」は敗北を想定し、すぐに立ち直れるように準備を整えていたのだ。既に計画は半分以上が完了している。警察や自衛隊、内閣調査室と言えどここまで早く動かれれば手の打ちようがない。後は七条の助力をこぎつけられれば今回の計画は完了となる。
「しかし、それだけの力があれば何も私を助けず、七条の残りの力だけを回収すれば良いだろう」
「残念ながら、わが社には象徴となるものがございません。それにわが社はあくまで企業。この世界を変える力などは保持しておりませんからな。そこで七条様のご助力を願えればと思った次第でございます」
「ふん。私を旗頭に担ぎ出しこの国と争わせ共倒れでも狙うつもりか?」
「まさか。投資をさせていただく以上、七条様には全力で協力させていただく所存でございます」
 社長の言葉を、しかし七条は未だ信用できないようだ。確かに危機が訪れていた時に助けてもらったことは感謝しているが、何を企んでいるのか知れたものではない。それにこの「会社」という組織についても一体どのようなものなのか皆目検討がつかない。
 そのような思いを抱く七条の表情を見て取って、社長はしたり顔で頷いた。
「こちらをご信用いただけないようですな。それも当然と言えば当然。分かりました。わが社がどのような組織であるかをご覧にいれましょう」
 パチン。
 社長が指を鳴らすと壁面のモニターに映像が映し出された。
 その映像された場所とは・・・。

<戦いは終わらない>

 富士山麓自衛隊演習場近く。
 七条一族と自衛隊の戦闘はほぼ終わりを告げていた。当主七条鷹尋は不人に連れられ戦線を離脱。主力部隊もほとんどが鎮圧され、一部の部隊がゲリラ的な抵抗を続けているだけである。
 だが、ここで戦況は思わぬ方向へと動いていく。
 突如、七条の部隊の武装解除を進めていた自衛隊の一部隊が猛獣に襲撃されたのだ。しかもただの猛獣では無い。翼が生えた獅子や、蝙蝠の翼を生やした狼など悪夢の世界から抜け出してきたような異形のものどもなのである。それらは、戦闘が終わり油断していた自衛隊員に猛然と襲い掛かった。
 富士の裾野が鮮血で染まる。

「こちら第11小隊。現在正体不明の猛獣と襲われ交戦中。至急応援を請う」
「27小隊です。防げません!敵が・・・うわぁぁぁぁ!」
「敵の正体現在も不明。獣と思われますが空を飛べる獣など存在しないはずです!なのに、なのにこれは一体!?」
 七条がいなくなった本営では、各部隊から入る無線からの連絡にパニックを起こしていた。司令官は慌ててオペレーターに問いただす。
「これはどういうことなんだ!これも七条家の手のものなのか!?」
「いえ、七条の戦力は先ほどの戦闘で全て投入され余剰兵力は残されていないはずです!」
「ではこの有様は一体何なんだ!それに空を飛ぶ獣だと!?夢でも見ているのではないか」
 そんな会話をしている間に、本営には次々と絶望的な戦況が伝わってくる。
「第9小隊との連絡が途絶えました。交信不能です。第2小隊、現在指揮官の中井一尉が負傷。戦線を離脱します!」
「第15小隊兵員の半数が負傷。戦闘続行不能とのことです。第13部隊が応援にかけつけると報告が入っていますが、敵の足止めを受けて行動できません!第6小隊本営に向けて後退中!」
 この状況を見ていた一人の女性が司令官に話し掛けた。
「司令官。現状敵の戦力は強大で、術師でなくては対抗できないのかもしれません」
「しかし術師の戦力と言っても大半はここに集中してしまっている」
 七条軍本隊との戦闘のため、術師を抱えている内閣調査局の部隊はこの場所に終結させていた。勿論それは戦術上必要な行為でありそれ自体は間違ってはいない。まさかこのようなことになるとは誰も考えることはできなかっただろう。
「しかも半数以上が先ほどの戦闘で負傷しており実質戦闘は不可能だ」
 七条の主力部隊である700名の術師に対し、自衛隊が応援に頼んだ調査局などの術師はわずか100名。他の兵員の数で押すことでからくも勝利を得ることが出来たが、それだけに術師の負担は大きかった。現在動ける術師など、それこそ手の指で数えられるくらいの人数しかいない。
 「ですが、手をこまねいているわけにはいきません。ひとまず敵がどんな正体なのかを見極めておきたいと思います。その間に司令官はこちらの戦力を本営に集結させてください。このままでは各個撃破のいい標的です」
「しかし君も先ほどの戦闘で消耗しているだろう、新山君」
 新山と呼ばれた女性は、しかし首を横にふって答える。
「いえ、今はそんなことを言っている場合ではありません。司令官、ご決断を! 」
 彼女の言葉に腕をしばらく組んで考え込んだ司令官は、数秒の内に決断を下した。
「止む終えん。全部隊に本営までの撤退を命じろ。また、最悪の事も想定して長官にもこの事をご連絡しておく。援軍の要請が必要だからな」
「有難うございます。司令官」
「礼を言われる事ではない。それより頼むぞ。今は君たちが頼りだ」
 司令官の言葉を受けて、内閣調査室つきの異能者、新山綾は自分と行動を共にしていた仲間たちに振り返った。眼鏡をかけた30代くらいの容貌の持ち主で、取り立てて美人というほどの顔つきではないが理知的な、落ち着いた雰囲気をもつ女性だった。
「という事になったわ。私が見てくるから貴方たちはここで待ってて」
 しかし、彼女の言葉に頷くものはいなかった。
「お前一人で行かせる訳にはいかんな。俺も同行しよう」
「俺も行くっすよ」
 黒いスーツを着た男と、高校生らしき少年がそう申し出た。久我直親に九夏珪の師弟コンビである。彼らもまた新山に同行して今回の作戦に参加していたのだ 。
「そんな、二人ともさっきの戦いで疲れているでしょう。ここは休んでいて」
「ではお前は疲れていないというのか?違うだろう。誰かがやらなくてはいけないこと。だからやる。疲れていようがいまいがそんなことは関係ない」
「雨宮君・・・」
「それにもしかしたら、不人の奴が関係しているのかもしれん、いや、十中八九奴か奴の仲間の仕業だろう」
 ぐっと強く拳を強めたのは白いコートを着た少年雨宮薫。折角多大な犠牲を払いながらも、天敵である七条家の当主を追い詰めることに成功したというのに、宿敵である不人に目前でむざむざと連れて行かれてしまったのだ。その時何も出来なかった自分は何をしていたのだろう。くやしさで涙が浮かんで来る。
「不人の奴は言っていたな、七条と手を結びたいと・・・。では恐らく今回の襲撃はこちらを混乱させ、その隙に七条の残党を回収することが目的か?」
 久我の言葉に新山が頷いた。
「多分そのとおりでしょうね。あいつの口ぶりからすると七条当主と手を結びたいのでは無くて、七条家そのものと協力関係を結ぶつもりだったようだし・・・ 。迂闊だったわ。まさかこんな手でこられるとは思っていなかったから」
 新山は当主を連れて行こうとする不人を逃がしていた。七条の戦力は半壊状態であり当主一人がいても大したことはできないと思っていたからだ。それに司令官などがいるあの場で不人と全力戦闘などしたら大変な惨事になる。あの時の行動としてはベターなものを選択したはずだ。しかし、今この状態で七条の残党が不人の言っていた「会社」の連中に連れ去られてしまったら、これまでの努力は水の泡となってしまう。
「それにさ、ふっぴーたちにつれていかれたらきっと…戦争を『させられる』んだろ?折角生き残れたのにさ…わざわざまたあんな奴等の許へ行くコトないじゃんかさ…」
 社長がサンシャインで残した言葉が蘇ってくる。「私が戦争を起こさせてやる」。きっと皆それぞれに大事な人が居る。勝負に負けても人生が終ったわけでない。それなのに「会社」はその彼らをさらに戦争に駆り立てようというのか。九夏としてはそれはなんとしても阻止したかった。
「九夏君・・・皆。有難う」
 新山は三人に頭を下げた。陰陽師である彼らの助力は有り難い。だが、なによりもその気持ちが嬉しかった。久我は微笑を浮かべ、九夏は照れくさそうに笑った。雨宮は冷静な態度を崩さなかったがまんざらでもない表情をしている。
「それでは善を急げだ。行くと・・・うん?」
 その時、久我の携帯電話が鳴り出した。
「久我だが・・・鷲見か?どうした。何?こっちに来ているだと?」

「そうなんだよ。碇さんがどこから聞きつけたか知らないけどここでバトルしていることを知ってさ・・・」
 記者たちに激を飛ばすアトラス編集長碇麗香を見ながら、相変わらずやる気のない表情で電話はかけているのはよれよれの男物のスーツを着た女性であった。陰陽師にして探偵である鷲見千白であった。
「もうバトル終わっちゃったんじゃないかな〜と思っていたら、なんだかすごいことになっているじゃないか」
「そっちでも何か起こっているのか?」
「起こっているも何も大パニックだよ。見たこともない猛獣に自衛隊が襲われている」
 今も数人の自衛隊員が全身鱗に包まれた狼に襲われている。ライフルで応戦してはいるが、鋼鉄のように硬い鱗が銃弾を全てはじき返してしまいダメージを与えられない。逆に鋭い爪と牙で深手を負わされている。
「仕方ないね」
 見かねた鷲見が懐からベレッタを取り出し狼に向けて撃った。狼は激しい焔に包まれ炎上する。鷲見の銃は呪符が込められた銃弾を放てる特殊型なのだ。突然の事に、炎上して転がりまわっている狼を呆然と見つめる自衛隊員。
「術は効くみたい。というか術じゃないと対抗できないみたいだよ」
「そうか・・・。そこにはいるのはお前一人か?」
「いや、他に不知火さんと直弘君が来てる」
「来てるじゃなくて、連れてきたんだろうが。・・・むりやり」
 鷲見の言葉に不貞腐れてぶつぶつと文句を言うのは学ランを着た高校生らしき少年直弘榎真。アトラス編集室で居眠りをしていたら、鷲見に無理やり引きずられてここまで連れてこられたのだ。しかし、富士にくるまで目を覚まさない直弘も大物というかなんというか・・・。
「そうか。今からそっちに車で迎えに行く。場所を教えてくれ」
「いいよ。ええと、ここは・・・」

<実験生命体稼動中>

 富士で行われている猛獣と自衛隊の戦いを米軍基地の一室でモニターしている人々がいた。様様な機会が運び込まれ、次々とデータがはじきだされていく。
「Bエリア占領完了しました。七条軍の救助を行います」
「Cエリア現在70%占領。連合軍は撤退しています。七条軍の救助完了しました。こちらに帰還します」
「Fエリア依然連合軍が抵抗を続けています。このままでは救助に支障をきたす可能性があります」
「Gエリアを制圧したキメラを投入しろ。また七条軍は救助が先決だが、死体もできるだけ回収するように」
「はっ」
 数台置かれたパソコンの前に座るオペレーターに指示を与えるのは黒髪黒瞳の女性。彫りが深く鼻梁の高い、冷徹な、という言葉がよく似合う無機質的な感じを受ける美貌を誇る。白衣と纏い縁なしの眼鏡をかけるその姿はどこかの研究員であろうか。その彼女に、同じような白衣を着た男が声をかける。
「教授。現在稼動しているキメラですが、予想していた数値を上回る戦闘力を見せています。特に防御面においては素晴らしく、ライフル程度はダメージを受けません。また敵連合軍ですが、現在混乱をきたしながらもほぼ全軍が本営に向けて後退しているようです。追撃しますか?」
「キメラの性能に関してはまずまずといったところだな。だが深追いは禁物だ。こちらは数が少ない。目的はデータ収集と七条軍の回収だという事を忘れるな」
「はい。ところで教授。先ほど救助した七条軍の司令官が面会を願っていますが・・・」
 教授と呼ばれた女性は頷いて答えた。
「よろしい。お通ししろ」
 ドアを開けて中に入ってきたのは黒装束を纏った一人の男だった。
「どちらが責任者かな?」
「私だ」
「お初にお目にかかる。私は七条家に仕える十六夜と申すもの。貴殿は?」
「教授と呼んでいただければ結構だ。どうしても名前で呼びたいのであればリシェルと呼んでいただきたい」
 教授ことリシェルは尊大にそう告げた。十六夜は彼女に頭を下げながら尋ねる 。
「まずはこの度の事。お礼申し上げる。しかし、なぜ我々を救出したのだ?なんでも当主もそちらの組織がお助けしたとか・・・」
「そのとおりだ。我々がお助けした。現在は「会社」にてお疲れを癒しておられるだろう。貴方たちを救助したのは貴方たちが当主の配下であり、また我々の大切なお客人であるからだ」
「客人?」
 怪訝な顔をする十六夜。連合軍に敗北し、やむなく捕虜になろうとしていた自分たちの目の前で、いきなりその連合軍が猛獣に襲われ、連中が混乱している隙に、白衣を着たものたちに「助けにきた」と言われてトラックに乗せられたのだ。いかに百戦錬磨の七条家の司令官であっても戸惑うであろう。
「そう、わが社の大切なお客だ。ここならば心配はいらない。後ほど宿舎にご案内するゆえ、安心されよ。他の隊の者たちも追々ここに到着しよう」
「待ってくれ。その前に当主に会わせてくれ。他の者たちも心の中では不安を抱えている。せめて当主からお言葉を頂戴できれば・・・」
「先ほども言ったとおり、当主は現在我が社の本社に滞在されていらっしゃる。よって今すぐには面会はかなわないが、こちらの救助が完了し疲れを癒された後にご案内するつもりだ」
 リシェルの答えに、十六夜は不承不承頷いた。今はリシェルの言うとおりにするしかあるまい。しかし、ここは米軍基地ではないのか。なぜこんなところにいられるのだろう。その疑問を口にする前に、リシェルの元にオペレーターからの連絡が伝えられた。
「教授。Eエリアにて異常が発生。キメラが3体ほど倒されています」
「ほう?」
「このままではEエリアのキメラが全滅してしまいますが・・・」
「よかろう。そこへは私が直接出向く。車の用意をしろ」
 リシェルの言葉に隣にいた助手が驚きの声を上げた。
「教授御自ら向かわれるおつもりですか!?」
「そうだ。ついでにK-015の用意もしておけ。いい実験になる」
「あれを!?しかしあれはまだ調整が・・・」
「かまわん。ここで使わずいつ使う?恐らくキメラを倒したのは術師の連中だろう。やはり魔術に関して対抗力の低いキメラでは無理があるということだ。ならば術師に対しては魔術に対抗力のあるキメラを投入するべきだろう。さて、どんな戦いを繰り広げてくれるのかな、術師どもは。ふふふ。あははははは」
 リシェルの哄笑が富士にこだまする。

<マンティコア>

「まさか不人が出てくるとはねぇ」
 白衣に胸元を強調する黒い服という、悩ましげな服装をした女性が車に揺られながらつぶやいた。保健室勤務の臨時教師不知火響である。
「ああ、まさか奴があんなところで出てくるとはな・・・」
 雨宮は不知火の言葉にくやしそうな様子を見せた。やっと追い詰めたはずの宿敵が天敵の手によって悠然と連れ去られたという事実は若きの陰陽師の心に深い傷を与えたことだろう。
(ただでさえ七条に止めをさすって時だったし…薫クンも珪君も暴走しなきゃいいけど…薫君て普段なら冷静だけどどうも不人にはムキになるし…)
 不知火はそんな雨宮に対し心配していた。あまりむきになったために不人につけ入れられたりはしないかと。ふと視線をそらすと、むっつり顔で外を眺めている直弘の顔が見えた。
(この前知り合ったこの子もどちらかというと暴走タイプよねぇ。う〜ん、どうすればいいのかなぁ)。
「もてもて君は大変だネェ。色んな人に好かれてさ」
 不知火の気持ちを思ってか、鷲見が隣に座る雨宮にからかい半分で声をかけた。
「何がもてもて君だ。誰も好き好んで相手をしてくれなんて言ってない」
「ふっ。もてないよりはましじゃないのか、雨宮?」
 車を運転する久我までが悪乗りしてからかう。
「いい加減しろ!久我!俺は不人になんか好かれてほしくない!」
 現在彼らは久我たちと合流して、車で各小隊の駐屯地に向けて移動している。どこに敵がいるのかを不知火のタロットで割り出し、現地には先に雨宮の式神たちを先行させるという戦法をとっている。移動中、二度ほどキメラに遭遇したが難なくこれを退けた。戦ってみた感触では、物理攻撃に関しては高い防御力を誇るものの、魔術に関してはそれほど高い防御力をもっているわけではない。呪符の一撃などで十分に倒す事ができるという感じを受けた。ちなみに新山には、本営の守りが手薄になるからと残ってもらうこととなった。
「むっ?あれは・・・」
 車を運転している久我の視界に入ってきたのは、前方からこちらに向かってくる黒塗りのベンツと後列を走る二台のトラックだった。三台の車は久我たちの進行方向先に道で止まった。近くには傷つき倒れた七条軍の兵士たちが多数いる。
「ありゃあ、こっちを通らせないつもりかね」
「多分そうね。…行くわよ、少年達」
 美形の少年揃いの車内で気分が高揚している不知火は、鞭を取り出すと意気揚揚と外に飛び出す。自分(女)がいる事で逆に少年達が冷静になってくれる事を狙っての行為だが、半分以上楽しんでいる。
「響…浮かれてないでまじめに戦ってくれ・・・」
「まぁまぁ、そう悩まないで・・・。なんとかなるでしょ、多分」
 頭を抱える雨宮の肩を鷲見がポンポンと軽くたたいた。不知火以上にお気楽な鷲見にフォローされ、雨宮はさらに落ち込む。
「人生計画は誤るなよ…?雨宮…」
 なにやら誤解している直弘に意味不明な励ましまで受けて、
「もういい・・・。俺はもう・・・」
 と、完全に真っ暗になりながら車を降りる雨宮。
「珪」
「ん?」
 バシ!
 言うが早いか久我は弟子の背中に体力を回復するための呪符を貼り付けた。勿論音がするのだから、相当強い力で貼り付けたに違いない。九夏は背中に手を当てて師匠を睨みつけた。
「いって〜。何すんだよ師匠!」
「天宮、珪、お前等は奴等との戦いで体力を消耗している。自分の体力を考えて無理はするな」
そう言って先に下りる久我の背に、だからっておもいきり貼り付けることないじゃないかと文句を言う九夏であった。
 やがて、ベンツのドアが開かれ中から白衣を纏った女性が現れた。リシェルである。
「貴様は・・・!」
 リシェルの顔を見るなり、久我の表情が険しくなった。同じように九夏も嫌そうな顔をしている。
「ほう。どこかで見た顔だと思ったらお前たちか・・・。よくよく縁があるらしいな」 
 リシェルは髪をかきあげながら妖艶な笑みを浮かべた。その手には柄に精緻な薔薇の彫刻が施されたレイピアが握られている。
「貴様らは人に薬を投与したり改造することで異能者に変貌させていたな。まさか今回の獣は!?」
「そのとおり。私が生み出したキメラ(合成獣)だ。可愛い連中だろう」
「どこが可愛いんだよ!?」
 いささかげんなりしながら直弘が呆れて言うと、
「気に入らなかったか?まぁ、みてくれは悪いがそこそこの戦闘力だろう。この 頃やっと実用化にいたってな。正直、随分と時間がかかってしまった。さて、お前達!今のうちに七条の者たちを救助せよ。急げ!」
 リシェルの指示を受けて、トラックから飛び出してきたのは同じく白衣を着た研究員らしき人物たち。彼らは倒れ付している七条の兵士たちを介抱し、次々とトラックに乗せていく。
「やらせるか!いけ、白虎!」
 それを阻止しようとした、雨宮は呪符を解き放つ。それは空中で真っ白な虎へと具現化した。西方の守護者である白虎は、救助を続ける研究員たちに猛然と襲い掛かった。
 だが、その一撃が研究員たちに当たることはなかった。横合いから現れた獣の爪を食らって四散したからだ。
 「何!?」
 6人の目に映りこんだのは、なんとも形容しがたい醜悪な獣であった。獅子の体に蝙蝠の翼。尻尾は蠍を連想させる巨大な針がついている。だが、この獣を醜く見せるのはその顔である。人間の老人の顔。それが陰険な笑いを浮かべているのだ。
「ご苦労」
 リシェルがそれに労いの言葉をかける。
「こいつはマンティコアという。今までの試験用キメラと違い、知能も高いぞ。今までの奴らと一緒にしないほうがいいだろうな」
「まさかと思うがこいつの材料に人なんか使ってないだろうな?」
 九夏の問いにリシェルは嘲笑を浴びせた。
「笑わせる。こいつを作るのに人の体が不要だと思うのか?そうだよ。お前の予想通りホームレスどもの体を利用した。何か文句でもあるのか?」
 かつて久我と九夏は、リシェルが関わる事件を調査したことがあった。その時リシェルが自分の研究所で、捕らえてきたホームレスを実験材料にしていたのだ 。その完成型がこれなのであろうか。
「許さない。お前だけは絶対許さない!お前達の好き勝手になんかさせるものか!」
「ふん、さえずるだけの小鳥になにができる?」
「これだ!」
 九夏が放った呪符はヤタガラスとなりリシェルに襲い掛かる。
「下らん!」
 リシェルが手にしたレイピアが一閃すると、ヤタガラスは真っ二つに切り裂かれ、ただの符に戻った。彼女は、配下の研究員が大方の救助を終えたことを確認してレイピアを鞘に収めた。
「このまま遊んでいてもいいが、既に救出の方が完了したようだ。長居する必要のないし、私はこれで帰るとしよう」
「待て!」
 九夏が追撃しようとするとマンティコアが立ち塞がった。慌てて距離を取る九夏を見てリシェルが満足げに笑うとマンティコアが問うた。
「こいつらは殺せば良いのだな?」
「ああ。そうしてくれ。できれば半殺しにして連れてきてもらえると助かるのだがそこまでは求めんよ。好きにしろ」
「承知した」
 リシェルは悠然とベンツに乗り込みこの場から去った。残されたのはマンティコアと6人のみ。
「残念だけど、ここで殺されるわけにはいかないのよ」
 不知火が鞭でマンティコアを打ち据えた。だが、前足にからみついた鞭は取れなくなり逆にマンティコアは力任せにふりほどかれ、弾き飛ばされた。
「きゃあぁ」
 派手に大地に打ち付けられる不知火。マンティコアはさらに蠍の尻尾をつき立てようとする。
「響!貴様!」
 雨宮は次々と呪符を式神に変え攻撃させる。白豹の牙と隼の嘴がマンティコアの体に傷をつける。
「おのれ!」
 怒り狂ったマンティコアは雨宮に突進した。しかし、突如銃声が響きマンティコアの横腹あたりが爆発する。
「やらせはしないよ」
 鷲見が放った銃弾が炸裂したのだ。流石にこのダメージは大きかったのか、マンティコアは蝙蝠の翼を羽ばたかせ撤退しようとした。
「おっと、逃がしはしないぜ。雷鐘!」
 漆黒の翼を生やし、本来の姿である天狗と化した直弘は強烈な電撃を放った。電撃の直撃を受けたマンティコアは苦悶の声を上げる。東京に比べ自然の力がまだかなり残っている富士ではその力を存分に発揮することができる。強烈な電撃のせいでマンティコアの身体は焼け焦げているが、まだ絶命していない。しかし、
「いくぞ、珪」
「おう!」
 二人の陰陽師の放った呪符がマンティコアに直撃し、轟音とともにマンティコアは四散するのだった。

 戦いは終った。リシェルの撤退とともにキメラたちは全て戦線を離脱し、いずこかへと飛び去った。しかし、連合軍の被害は大きく全兵力の60%が戦闘不能状態に陥っていた。その間に七条軍の兵士たちはそのほとんどが忽然と姿を消していた。生きている者も死んでいる者も問わず・・・。彼らはどこに連れて行かれたのだろうか。

 ちなみに、取材に来ていた碇たちはキメラと交戦中の自衛隊に追い払われ、取材することができなかった。隠れて収録しようにもキメラが恐ろしく皆近寄れなかったのだ。
「どうして、こっちに一人も来てくれないのよ!」
 碇の声が富士に響き渡った。

<傍観者>

「いかがでしたかな?」
「・・・考えさせてくれ」
 七条の言葉に社長は満足げに頷いた。彼らの視線の先には「会社」への帰途へつくリシェルたち一行の姿が映し出されているのだった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0229/鷲見・千白/女/28/陰陽師
0095/久我・直親/男/27/陰陽師
0183/九夏・珪/男/18/陰陽師
0116/不知火・響/女/28/ 臨時教師(保健室勤務)
0112/雨宮・薫/男/18/陰陽師。普段は学生(高校生)
0231/直弘・榎真/男/18/日本古来からの天狗

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■         ライター通信          ■
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 お待たせいたしました。
 理想郷〜兵どもが夢の跡〜をお届けいたします。
 さて、今回の依頼ですが結果は残念ながら失敗となります。敵の回収の阻止が不完全だったことと、碇の手助けをする人が一人もいなかったためです。
 お疲れ様でした。
 今回の依頼で「会社」の戦力はさらに増強されると考えられます。これからの戦闘は激しさを増していくと思われますが、まだ完全に一致団結しているとは言えませんので付け入る隙はあると思います。
 この作品に関するご意見、ご要望、ご質問等ございましたら、お気軽にテラコンから私信を頂戴できればと思います。
 それではまた違う依頼でお目にかかれることを祈って・・・。