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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


<東京外法奇譚〜ベストカップル〜>

「この東京で何やら『外法《げほう》』という、従来の術師の道に外れた術を使って事件を起こす者がいるらしい」
 草間は、そう前置きすると一人の少女を紹介した。
「安部雛乃と申します」
 丁寧にお辞儀をした雛乃は、自分は平安の世から続く陰陽道の代表的人物『安部晴明』の嫡流の家の生まれだと自己紹介し、これから起こり得る事件を予知した。
 予知によると、東京中野にある私立静風学園という小中高大学一貫性の学園内で外法を使う者が暗躍しているという。予知は断片的なものだが、学園と以下の者達が関わっていることを告げたという。

高等部1年:鈴木恵。可愛らしい外見と性格で、学園の人気女子の一人。
     :渡辺章。恵のボーイフレンド。先日、事故に遭ったが無事の様子。
高等部3年:近藤雄也。学園の不良を束ねるリーダー。恵に好意を抱いているが、やり方が強引だという噂。
その他:不良達。リーダーの近藤の指図で動く。

 以上が予知に朧げながら感じた人物達であるらしい。
「年頃の子達が外法の被害を受けそうです。まだ被害に遭っていなければ良いのですが……調査と解決をお願いします」
 雛乃は同じ年頃の若者達の身を案じながら、皆に頭を下げた。


<本編開始>

SCENE−1 草間興信所

「依頼を引き受けて下さいまして、どうもありがとうございます」
 安部雛乃が、集まった一同に丁寧に頭を下げる。
「お前達、いくら尋常じゃない事件が起きているからといって、日本は一応、法治国家だ。そこの辺りを忘れるなよ」
 話を聞きながら、一同の表情や入れ込み具合をそれとなく観察していた草間が釘を刺す。そう、草間興信所から送り出した者達が事件を起こし、警察沙汰にでもなったら、彼としては目も当てられない。稼ぎになるどころか、営業停止もしくは手錠をかけられるハメになりかねない。
意気が盛んなのもいいことだが、やり過ぎないように。と、草間は念を押した。
「草間さんの言ったこと、分かってるわよね?」
 森里しのぶが水野想司に確認する。
「分かったよ、しのぶクン、草間さん。その不良を虐殺すれば良いんだね☆」
 本当に分かっているのかね? 君は。
「殺人禁止!」
 しのぶと草間が異口同音に想司に叱咤する。
 雪ノ下正風が依頼内容と周囲の人物達の描写などを後に小説の題材とすべくメモ帖にペンを走らせていた。彼は、ちょっとしたいつものクセで不用な部分のメモを丸めてゴミ箱へポイと投げたが、外してしまう。ゴミ箱へ入れ直そうと、動き始めようした矢先に声がかかる。
「次にやった時、ぶっとばしますよ」
 依頼を受けながらも事務所の掃除をしていた、桜井翔が笑顔で片付ける。目が笑ってないです。コワイよ、キミ。
「あ、ああ。すまない」
正風も危険な電波を感じ取ったのか、少々たじろぎながらも一応詫びを入れる。
「そ、そう言えば、今回は可愛い依頼人さんですね」
 場の雰囲気と話しを変えるべく、斎悠也は草間と雛乃を見比べて感想を述べた。
「ふむ。俺も、裏の世界の陰陽師を束ねる安部家の総領姫だというから、さぞかし堅苦しい女性かと思っていたが、なかなか可愛らしいお嬢さんだよな」
「お二人とも、お上手ですわ。お世辞でも嬉しいです」
 草間と悠也の言葉に、雛乃は頬を染める。
「ふーん。草間さんの好みってそうでしたのね」
 神崎美桜が意味ありげに呟くと、
「んなっ、ただの社交辞令だぞ」
 草間は意表を突かれた感でくわえた煙草を思わず取り落としそうになった。
「それは置いておくといたしましても、事件の背後にいる方が何故、人を傷付けようとするのかが気になりますわね」
 美桜が考えを巡らせるように言うと、
「それは、今の段階では分かりませんね。調査を進めてみなくては。我々も、そろそろ動き出しませんか?」
 烏丸紅威がそう返して、それに各々のメンバーが頷いて捜査を開始することとなった。


SCENE−2 接触

 静風学園の昼休み。学園内に潜入し鈴木恵と接触を目指した者達は、自由な校風と小等部から大学まである年齢層の幅が広い学園の条件などから、容易に彼女と会うことが出来た。
 悠也は自分が16歳頃の式神を作成し、翔は学園の大学生ということで、想司は少女の様な外見を活かして女装し、正風は小説の取材という名目で、それぞれ恵に接触した。
 当初、一日で様々な人物達が周りに集まったので戸惑いがちだった恵だが、ボーイフレンドの渡辺章が温和な人となりでフォローしたせいもあって、皆に打ち解けた様子であった。
「小説家の先生の取材なんて、すごいじゃないか」
 にこやかに言う章に向かって、恵は照れながらも親しげに言葉を返す。
「うん。何か、夢みたいだよ」
 恵に好意のあるフリをして近付いた悠也の式神にも、二人は優しく爽やかであった。
「恵は、みんなに人気があるからね。僕もボーイフレンドとして嬉しいし、がんばり甲斐があるよ」
「恵、お友達が沢山出来て、とっても嬉しい☆ でもでも、一番は章ちゃんだよ☆」
 そんな暖かな会話が春の日差しの元、風に運ばれて円舞曲のように踊っている。
 ──と、その時。
 この場に似つかわしくない、と言ってはにべもないが、一群の一目で『不良』と分かる集団が皆に近付いて来て、周りを取り囲んだ。数十人はいるだろうか。思っていたより、人数が多い。とても自由な校風の悪影響の部分だろうか。角刈り、モヒカン、アイロン、パンチ、スキンヘッド、様々な髪型に、手に手に鉄パイプやら角材やらバットやらを持っている者もいる。
 まず、当然のように章が恵を背中に庇うように不良達の前に立ちはだかる。続いて、悠也の式神、正風が章が庇いきれない方角を護る。翔と想司は、好戦的に前へと出て行った。
「よう。章に恵ちゃん。相変わらずお熱いこったな」
 下卑た薄ら笑いを浮かべながら、不良の一人が章に近付く。章は中肉中背で力強そうには見えないが、恵を護るためならば一歩も引かない様子だ。
 ──その不良の顔面に容赦の無い拳が炸裂した!
「ゴミは排除しなくてはいけませんね」
 翔が虫も殺さぬ笑顔でそう言って、手をパンパンと埃を払うように打ち合わせた。
「野郎!」
「たたんじまえ!」
 襲いかかって来る不良達に、待ってましたとばかりに可愛い女の子のなりをした想司が一本背負いで投げては肩を脱臼させてゆく。翔も眼鏡を正しながら、軽やかに舞うように不良達を叩き潰してゆく。まさに二人とも、千切っては投げ千切っては投げ、と言った感じである。
 とは言え、人数は段違いである。回り込んで来た不良が章に角材を振りかざす!
「──ハッ!!」
 鋭い発勁《はっけい》──『気』を発する呼吸法──と共に、正風が間髪入れずに角材を振りかざした不良の胸に掌打を叩き込むと、吹っ飛んで泡を吹いて気絶する。
「勁を込めて打った。──これを飲んどかないと後で苦しむぞ」
 正風はノビて転がっている不良に、勁打の特効薬『雲南白薬《うんなんびゃくやく》』を投げる。
 悠也の式神は油断なく、前もって放っておいた白い蝶の式神と共に術──外法──の使われている形跡を探るが、今の所、その気配は無い。
「てめぇら、やめねぇか!」
 鋭い、ドスの利いた声が響き、不良達は波が引くように後ろに下がる。
「こ、近藤さん!」
「こいつらが先に手ぇ出したんですぜ!?」
 一見して他の不良達と違う雰囲気を持った巨漢が不良達の後ろからゆっくりと歩んで来る。みなぎる筋肉ではち切れんばかりの長ランとドカンという、些か時代錯誤なナリだが、不良達の中では一際抜きん出て威風堂々としている。
「どっちが先でも関係ねぇ。てめぇらもお前達も、だ」
 不良達と翔と想司に睨みを利かせつつ言う。
「ラスボスは外法使いだとして、中ボスってとこかな☆」
「粗大ゴミの登場ですか」
 一瞬、近藤と呼ばれた巨漢と翔、想司の間で鋭い視線の火花が散る。が、不敵な笑みと共に、近藤が視線を外す。
「けっ。ほざいてやがれ。こっちは争いごとをしに来たんじゃねぇ。恵と話せればと思ったんだがな。……この様子じゃ、お互い腹を割って話せそうにねぇな。『またな』、恵……と、章」
 近藤はそう言うと、不良達に「退け」の合図をした。たちまち近藤を中心に潮が引くように立ち去ってゆく不良達。
 そこで、昼休みの終了の予鈴が鳴った。


SCENE−3 魔の哄笑

午後の授業中。美桜と悠也《の本体》は外法の使い手の情報を収集すべく、共に学園の敷地内を調査していた。
 美桜は感応力で動植物から情報を収集しようとし、悠也は白い冬越えの蝶の式神を放って、それぞれ辺りを調査していた。
「お願いします。草木さん達、動物さん達、最近怪しい行動をする方がいらっしゃらないか教えて下さいませ」
 美桜の感応力に反応して草木がざわめき立つ。
『イルヨ、コワイヒトガ……』
『コワイコワイ、ヒトダヨ……』
『ゲホウヲツカッテ……バ、ヲケガソウトシテルヨ……』
 このやり取りは、美桜の感応力で悠也にも伝わるようにしてある。悠也の心が激しく動揺している時には「引き込まれる」恐れのある危険な方法だが、今は大丈夫だ。
「外法を使って……『場』を穢《けが》す、ですか?」
 悠也が内容を吟味しながら、美桜の仲介で聞き返す。
『ソウダヨ。バ、ヲケガソウトシテル』
『トウキョウノ『カナメ』ヲケガソウトシテル……クキ……』
 そこまで草木が語ったとき。突然、どこからともなく遠い含み笑いのような声が響いた。
 悠也の式神の白い蝶が危険を感知し、悠也に警鐘を送る。
『フフフッ、お喋りな木っ端ですね……』
 その瞬間、語っていた草木達は千切れ飛び、世界そのものが変貌した……!
 どこの学校にでもある昼下がり。それには違いは無いのだが、風は止み、草木や動物達は恐れおののくかのように押し黙り、明るい日差しは雲に遮られ、まるで世界そのものが『ある悪意』によって恐怖の名の下に統御されているかのようであった。
 感応力に優れた美桜はその反面、相手の感応にも敏感で繊細な力の持ち主である。この悪意と恐怖に支配された世界では余りに小さな存在であった。血の気が引き顔面を蒼白にして、今にも倒れてしまいそうだ。彼女の周りを悠也の白い蝶の式神が穢れを払うように必死に護っている。
「何者ですか!?」
 数々の怪事件をこなし、修羅場もくぐり抜けて来た悠也だが、背中にびっしょりと冷や汗をかかずにはいられなかった。そう。それほどまでの圧倒的な恐怖。
『フフッ、我が名を聞きたいと仰りますか? それで発狂してしまうかも知れませんよ? 恐るべき言霊を秘めておりますからね……』
 美桜と悠也の感じる恐怖を嘲笑うかの如く、男の声が響く。鈴を鳴らすような美しく良く通る声だが、美の恐怖とでもいうようなものが、まざまざと感じられる。
「……是非、お聞きしておきたいですね」
 恐るべき恐怖の戦慄が身体中を走るのを必死に抑制しながら、悠也は気丈に言う。美桜はフワリと倒れ込んでしまっていたが、彼女を気遣う余裕が残念ながら今の悠也には無かった。
『私の名は、九鬼道節《くき・どうせつ》。芦屋道満《あしや・どうまん》の血を受け継ぎ、東京を魔都へと変生させる者……』
 悠也の背筋を、さらに強い戦慄と恐怖が走りぬけた。陰陽道を使役する者ならば誰しも知っている。否。知っておかなければならない、恐るべき陰陽道の祟り神となった芦屋道満。その血を受け継ぐ者ならば、恐るべき外法の術を行使するのも得心がゆく。しかし、相手がここまで強大だとは思ってはいなかった。その名を聞いただけで、彼が言ったように言霊の影響を受けて身体が恐怖と畏怖に強張って動けない。崩れ落ちようとする精神を正気に保っていることさえ、やっとであった。
『ククッ、小鼠が身の程を知りましたか。今回は、私の名を聞いて発狂しなかった気丈さに免じて放免して差し上げます。あの、突き進むことしか知らない虫けらのような貴方のお仲間達にも忠告しておくことですね。でなければ、命の保証はしませんよ……? クックック、ハーッハッハッハッ──!』
 強大な美しき魔性の哄笑が響き渡ると、魔神の神託でもあったかのように草木も動物も世界そのものすらも畏怖に恐れおののいて身を震わせ縮める。
 ──そして、恐ろしく長く感じたひと時が過ぎ去ると、世界は元の日常の昼下がりの学園の風景へと戻ったのであった。
 しばらくの恐怖による硬直から立ち直った後、全身にかいた冷や汗を拭える所だけ拭うと、悠也は美桜を助け起こして、気絶したままの彼女を保健室へと運ぶべく歩き出した。恐るべき外法師の存在を知った、その重い足取りで。


SCENE−4 知略の士

臨時の保険医として学園に潜り込んだ烏丸紅威は、保健室へとサボリに来る不良達の話しに耳を傾け、不良達が恵の可愛がっている学園に住み着いている猫をさらい靴箱への手紙で恵を呼び出すという策略があることを知り、同時に先ほどの美桜と悠也が晒された怪異についても鋭い霊感で、遠く離れた保健室からでもそれを感知していた。詳しい事柄は分からなかったが、強大な術者の存在と魔性の気配は感じていた。
不良達を口実を設けて保健室の外へと追い出すと、紅威は思案に耽った。
(……不良達の策動と、先ほど感じた恐るべき強大な術者の存在。これには、何か繋がりがあるのでしょうか……?)
 否。無い。と、紅威は予見した。この二つの事柄に繋がりがあるとすれば、不良達からも何かしらの陰の気が感じられるはずである。また、術者も不良達を利用しているのならば、反応があって然るべきだ。それが無いということは、この両者に相互関係が発生していないということだ。
(……では、気を配るべくは、鈴木さんと、特に渡辺君ということになりますね)
 生徒達にそれとなく聞き込みをした結果、渡辺章は、大型トラックに跳ねられている。それにも関わらず、ほとんど傷や後遺症が無いというのが、紅威の注意を引いた。学園の一般人達は、それが僥倖であったと信じているらしいが、神秘の力の領域を知る紅威には鵜呑みには出来ない事実である。
(……近藤君や不良達、そして悪い気もしますが仲間達を囮にして、敵の正体を暴きますか)
 策略の成否とは経過では無く、結果である。この際、彼らを囮にするという経過は、敵の正体を暴く結果の前に事後承諾してもらうしかない。
 そこまで考えた時、保健室の扉が開かれて仲間である悠也が疲労の色も濃く、気絶した美桜を抱いて保健室へと入って来た。
「どうなさったのです? まずは、こちらへ……」
 急いでだが冷静にテキパキと二人をベッドへ寝かせた紅威は、二人から怪異についての話を聞き、自分の感知した強大な術者と魔性の気配と照らし合わせて、だいぶ辻褄を合わせることが出来た。
「安心して下さい。あなた方はすぐに動けるようにして差し上げます」
 紅威は手の指で印を結ぶと、二人に取り憑いた『瘴気《しょうき》』を浄化し、さらに二人の守護霊に周囲の良い霊の力も加えて一気に健康状態を回復させた。目を覚ました美桜は気絶した後の経過を聞き、悠也と共に紅威に感謝の言葉を述べると、思案顔をした。
「あのような強大な術者に、私達はどう対処すれば良いのでしょうか……」
 美桜の感応力は衆を抜いて高い。それは、紅威も悠也も分かっている。彼女が感じ、圧倒された力というのは、それは凄まじいものなのだろうと理解出来る。
 悠也も伝説に伝え聞く祟り神となった陰陽師・芦屋道満の脅威を十分に承知している。ここは、十分な思慮が必要であろう。
「私に、ひとつ策があります。『敵を欺くためには味方から』と申します。黙って私を信じていただけないでしょうか?」
 紅威の言葉に、美桜も悠也も頷く。彼は冷静、時として冷徹、自主性を重んじる性格であるのは分かっているが、その冷静さと知略は仲間達も一目置いているのだ。


SCENE−5 友よ……

 合流した一同と恵と章は、先にもたらされていた近藤からの手紙と紅威の説明により、近藤達の恵への呼び出しがあったことを知った。この時、悪いとは思ったが、紅威は不良達の策動に関してしか言及しなかった。とは言え、後ろめたさは感じない。結果を出せれば策は成功なのだから。
「やはりゴミはゴミ。綺麗に掃除する必要がありますね」
 翔がつと眼鏡を正しながら微笑みを浮かべる。
「そうだね! 壊してポイしちゃおう☆」
 相変わらず可愛い女の子にしか見えない想司も同意して頷く。
「何度も言うけど、やり過ぎないでね」
 しのぶに諭されて、元気良く返事する想司だが、果たしてどれだけ効果があるのか。
「そういう卑劣なマネで来たか。んじゃ、俺も少しばかり懲らしめてやるか」
 正風も創作作品用のメモを取りながら、誰にともなく言う。彼は、翔や想司と違って、恵を護るための戦いをするのだと心に決めているが、流石に正義感に触れるものがあったらしい。
 恵が呼び出された、普段人気の無い校舎裏に着くと、配下の不良達を後ろに従えた近藤がその筋骨隆々かつ威風堂々とした巨体で静かに仁王立ちしていた。
「ほう。さっきの助っ人も一緒かよ。ま、約束は約束だ。猫を返す代わりに話しをどうしても聞いてもらいたい。恵」
「人質、猫だが、それを盾に話しを聞いてもらいたいなんて、漢のすることじゃないぞ!」
 正風が近藤に向かって言い放つ。
「悪いが、なりふり構ってる事態じゃなくなってんだ。部外者は引っ込んでろや。これは、俺と恵と、それに章の問題だ」
 近藤は重々しく言葉を紡ぐ。正風には、どうしてもこの男が悪いヤツには見えない。男気溢れた漢に感じるのだが、猫を盾に女の子を呼び出すというのはいただけない。
「そうはいかないぞ。この二人と話したいならば、まず俺と拳で語ってみろ!」
 正風が言うと、近藤はふっと笑みを浮かべた。それは拳で語り合う漢としての自信と満足に満ちた笑みであった。
「ああ〜、僕をのけ者にしないでよっ! 僕にも出番ちょうだいよ☆」
 想司が二人の世界に切って割り込むと、
「粗大ゴミの掃除は一人二人では手に余ります。私も是非、参加したいものですね」
 と、翔もアルカイックな微笑みを浮かべて言う。
「けっ。面倒だ、まとめてかかって来やがれ。──てめぇらは、手出しすんな。恵と章を見張ってろ!」
 近藤は不良達に手出し無用と釘を刺すと同時に、章と恵を立ち去らせないように指示した。
「──来い!!」
 近藤が長ランを脱ぎ捨て、鋼鉄のような上半身の筋肉を顕わにする。
 それが戦いの始まりを告げる角笛となり、正風、想司、翔、の三人と近藤は間合いを詰める。
 まず、機敏な想司が銃弾より速いという体術で近藤の周囲を駆け巡り、拳や蹴りを放つ。しかし、近藤もさる者、急所を外して拳や蹴りを巌のような筋肉で受け止める。翔が空手有段者の素早く重い突きを繰り出すと、近藤は腕を交差させてその突きを受け止める。近藤の腕に鈍い痛みが走るが、彼は楽しそうに笑った。
「やるじゃねぇか」
 正風が間髪入れずに、烈昂の気合いと共に発勁の込められた掌打を近藤の胸に放つ。近藤は拳を固めて押し出すと、掌打と真っ向から拳がぶつかる。凄まじい『気』が溢れ、両者は数歩後方に跳ね飛ばされた。
「近藤、並みの腕じゃないな?」
「ふん、お前こそ」
 正風と近藤の間で短く言葉が交わされる。今度は、近藤がその武勇を振るう番となった。まるで大木の幹のような腕を振り回すと、周囲を駆けていた想司にぶち当たる。想司は咄嗟にクロスアームブロックをしたが、体重差で吹き飛ばされ、腕に痛みと痺れが走る。捻挫したかも知れない。
「ちぇっ、なんて馬鹿力なんだよ!」
 想司は離れた所で悪態をついた。
 さらに近藤は猿臂を振るい、肘で翔の顔面を強襲する。交差法も行えないほどの速さの肘打ちに、片手でガードした翔はそのまま腕を流すように持ち上げて、肘を上方に逸らすことで、なんとかダメージを押さえた。かすったこめかみが切れ、血が滴り落ちる。さらに衝撃波で頭がぐわんぐわんと悲鳴を上げている。
「これは……化け物ですか? あなた?」
 流石の翔も辟易して思わず呟いた。
「おりゃあぁぁぁッ!」
 巨体に似合わぬ機敏さで、近藤がその巨躯の全体重を乗せた喧嘩キックを正風のみぞおちに放つ。両腕でガードしたものの、2m近い身長と130kgは越しそうな体重のヘビー級の全体重を乗せた蹴りは流石に吸収し切れない。後方に吹き飛ばされて、思わず悶絶する。
「くっ……ゲホッ、い、いい蹴りじゃねぇか……!」
 正風は心底感嘆して、悶絶交じりの声を絞り出す。
 捻挫した片手は使えないので、片手で地面をハンドスプリングで蹴った想司が近藤の頭を兜割りの踵落としで強襲する。喧嘩キックの体勢から立ち直ったばかりの近藤は額を突き出し、身体を張ってそれを防御する。近藤の額が割れ、血が滴り落ちる。滴った血で一瞬、視界を遮られた近藤の隙を見逃さずに、翔がダメージのある頭をめがけて空手のブラジリアンハイキックを放つ。日本人離れしたその蹴りを近藤は左腕で受け止めたが、鈍い音がした。恐らくは、折れた。
 苦痛に顔を歪める近藤だが、気力は衰えていない。チャンスは今しかない。正風は、全身の『気』を循環させてそれを右掌に収束させ、鋭い震脚と共に近藤の胸を打った!
「──猛虎硬爬山ッ《もうここうはざん》!!」
 想司の渾身の踵落とし、翔の日本人離れしたスピードと威力のブラジリアンハイキック、正風の八極拳の絶招《ぜっしょう・必殺技のこと》・猛虎硬爬山を喰らった近藤は、にやりと笑うとそのまま大の字に仰向けに倒れ伏した。
「やれやれ。掃除がやっと終わりましたか」
 かすっただけだが、思ったよりも深いこめかみの傷に医大生ならではの携帯用のガーゼを当てて包帯を巻きながら、翔が呟く。
「トドメ刺しちゃおっか☆」
 捻挫した腕を押さえながら、想司が言うのへ、
「ダメ。もう戦えないんだし、話しを聞かなくちゃならないんだから!」
 しのぶが釘を刺す。
「みんな、もういいだろ。近藤の話しを聞こうぜ」
 正風も、みぞおちの猛烈な痛みを堪えながら皆に言う。あばらが数本持っていかれた。
悠也の放っている白い蝶の式神からも、美桜の感応力からも、外法は使われていないと告げられた。強いて言えば、近藤は天然の外法と関わりの無い術者であり、本人も意識していない内に気功などの特殊な力を持っていたことが明らかになった。
「へへっ、負けたぜ。でもよ、なんか、すがすがしいんだ……」
 近藤は大の字に倒れながらも笑って言った。戦い終わってみれば、感じの良い漢である。戦う前からの正風の予感と、紅威の予想した通りの漢であった。
「近藤さん、傷の手当てをいたしますわ」
 美桜が微笑んで近藤に手を差し伸べると、彼は照れ臭そうにその手当てを受けた。
「それでは、一体誰が、外法を……?」
 悠也は呟き、全員を見渡した。
 刻は夕刻。逢魔が刻を告げ、春のまだ冷たさの残る夕凪の風が辺りに吹いていた。
「さて。解決編です。私は、もう察しがついておりますがね」
 紅威が微笑を浮かべながら言って促すと、
「俺は……」
 近藤が美桜の手当てを受けながら、話しを切り出し始める。
「俺は見たんだ。……章のヤツがでかいトラックに跳ねられて、ぐちゃぐちゃになるのを。助けようとしたが、遅かった。ヤツは轢かれちまった。そして、死んだ……はずだった……」
 一同が驚きに目を見張り、章へと視線を移す中、紅威だけは驚きもせずに目を伏せて冷静に予想通りの展開に聞き入っていた。
「そこに男が現れた。どこから沸いて出たのか、突然だ。白い……なんて言ったらいいか分からねぇが、神主とか昔の公家みてぇなナリをしたヤツだった。そいつが妙な模様が描かれてる紙切れを章の死体に貼ると、章のヤツは生き返った……ぴんぴんにな。だが、俺はそいつと章に、言いようのねぇ不気味さを感じた。……これを恵に伝えたかったんだ」
 近藤は歯を食いしばり拳を握り締めながら続けた。
「俺は、恵が好きだ。だが、章のヤツも良い恋敵《ライバル》だった。ダチなんだよ……好きな女とダチが、そんな得体の知れねぇことになって、俺は居ても立ってもいられなくなった。猫をさらったのは我ながら姑息だった、すまん。だが、そうでもしねぇと話しを聞いてもらえそうになくてな……ホントに悪かったぜ」
 近藤は美桜に手当てを受けながらも、皆に向かって頭を下げた。漢らしい、毅然とした物腰だった。
 そして、皆の視線が疑惑へと変わり、章を見詰めるのに対して紅威が言い放つ。
「……ということです。章さん。否。章さんの形をした魔性の者よ。私達と天然の術者で目障りだった近藤君が傷付けあって、さぞご満悦でしょう? そろそろ本性を現したらいかがですか?」
 それを聞いた章の唇の端が吊り上り、半月形の邪悪な笑みを刻む。
「クックク、よもや気付いている者がいたとはね。尊敬に値するよ……」
 その変貌を目の当たりにした恵が悲痛な声を上げる。
「嘘っ! 章ちゃん、嘘だって言ってよぉっ!」
 悠也の白い蝶の式神が恵の側で護りつつ、警戒色を示す。
 今まで巧みに隠れていた妖気が溢れ出すのを感じて、美桜は目眩と吐き気を覚えた。
「せっかく、邪魔な近藤を排除してから恵を喰らってやろうかと思ってたんだけどね。『あの御方』から邪魔者が入るって予知を聞かされたから、共食いをさせてみたのさ。クックク、思った通り、みんな傷付いてるねぇ」
 もはや、演技する必要も妖気を隠す必要も無くなった『章であったもの』が、邪悪に可笑しそうに笑う。
「嘘ぉっ! 嘘だって言って! お願い、章ちゃん!」
 泣き叫んで、章の腕にすがり着こうとする恵を紅威が引っ張って引き寄せる。
「この魔物は、章さんじゃありません。残念ながら、章さんは7日前の事故で亡くなったのです」
 淡々と感情を出すこともなく言う、紅威。悠也も恵の瞳を見詰める。白い蝶の式神が彼らを護るように飛んでいる。
「恵さん。あなたのような普通の世界に生きている人達には分かっていただけないかも知れません。ですが、あの者は、あなたの大好きな章さんではありません。……酷な言い方ですが、あなた自身が本当は分かっていたのを認めたくなかったのではありませんか?」
 そう。いつも一番近くにいた。いつも同じ道を歩んで来た章の、このところの変化を誰よりも分かっていたのは、事実を目の当たりにした近藤を除けば、彼女自身だった……。
「この野郎! ダチを返せ! 生き返らせろなんて言わねぇ、せめて死体だけでも返せ! ──章は、俺のマブダチなんだ!!」
 近藤が傷付いた大きな身体を震わせて拳を地面に叩きつけながら、漢泣きに泣きながら叫ぶ。それは、悲痛な友の死を悼む漢の涙だった。


SCENE−6 外法奇譚

「良いよ。僕を倒して、死体を手に入れてご覧よ。恵が見ている前で僕を、ね。ククッ」
 薄ら笑いを浮かべながら、『章であったもの』は近藤を見詰め、そして一同を見回しながら言った。
「くそっ、この野郎!」
 想司が怪我を押して、『章であったもの』に飛びかかるが、凄まじい衝撃波を受けて後方に吹き飛ばされる。
 額に包帯を巻いた翔も果敢に攻めるが、敵は嘲笑うかのように翻弄し、炎を吐きかけた。火だるまになって、焼け付く苦痛に転がる翔。悠也が白い蝶を一羽向かわせ、片代となって蝶が燃え上がり、翔の身を焦がす炎は消えた。が、翔は苦痛で動けない。
 それを見た正風と近藤は、彼らよりも深手を負っている自分達が出ては足手まといになるのではないかとためらった。
「ここは、私達の出番のようです」
 紅威が美桜と視線を交わして、前へ出る。悠也は、万が一に備えて怪我人と恵を護っている。
 『章であったもの』が動こうとした刹那。
「──右から来ます、爪ですわ!」
 美桜が感応力の先読みで、紅威に告げる。紅威は彼女の言う通りの右からの鋭い爪の攻撃をかわした。驚愕する『章であったもの』へ、紅威は印を指で結んで呪句を唱える。
「祓いたまえ清めたまえ、我、封魔の士。この身を全てに、全てをこの身に……封魔封神《ふうまほうしん》」
 呪句を唱える間の魔物の攻撃は、全て美桜の先読みと悠也の片代の白い蝶で防がれた。さらに、翔の念動力と想司の銀の投げナイフ、正風の『気』を込めた手戟によって隙を作られ、ダメージを与えられた『章であったもの』は、苦悶の叫びを上げながら、紅威の身体の中へと取り込まれて行った。正確には、憑依していた『悪霊』が、だ。
──そして、後に残されたのは、章の亡骸だけであった。その亡骸は僥倖にもどこにも傷の無い眠っているかのような亡骸であった。紅威の封魔の術の賜物だった。
「──封滅《ふうめつ》」
 紅威が淡々と囁き、全てが終わった……かのように見えた時。
『フフフッ、なかなかやるではありませんか』
 美しい、鈴を鳴らすような男の声が逢魔が刻の夕闇に響いた。
「九鬼道節……!」
 悠也が式神の符を油断無く構えながら、叫んだ。──が、その瞬間、心臓を鷲づかみにされたかのような苦痛が彼を襲い、悠也は苦しみに表情を歪めた。
『だから言ったではありませんか。私の名には言霊が秘められている、と。我が名は禍いを呼ぶ名。そして、呼ばわればたちまち我の知るところとなる名』
 鈴の音のような声が言う。
「あなたの狙いはなんです? 『場』がどうこうという話を聞きましたが」
 なおも冷静に紅威は注意深く、言霊に言質を取られないように道節に語りかける。薄っすらと冷笑さえ浮かべていた。
 美桜はまたもや襲い来る感応力の影響で、蒼白になり息も細くなっていた。悠也の白い蝶の式神が彼女に力を注ぎ続ける。
『そうそう。東京にはいくつかの霊的な場がありましてね。それを穢す《けがす》ことが出来れば、私はなんの問題も無いのです。貴方達のような虫けらの存在すらも些細なことです』
 道節の言に、紅威はフッと冷たい笑みを浮かべた。
「その『虫けら』に邪魔されたご感想はいかがですか?」
 すると、辺りの木々までも揺るがすような哄笑が巻き起こった。
『そこらの小さくみじめな悪霊が、貴方の命を削って封印されたくらいでは、私の計画に何の支障もございません。せいぜい、東京が魔都と化すのを虫けらの視点で眺めておいでなさい。静風学園の場は我が外法により穢されたのですから』
 夕闇に陰々と響き渡る美しくも恐ろしい哄笑を残して……道節の気配は消えた。
 美桜と悠也が安堵の表情を浮かべ、紅威は虚空を冷たい視線で見詰めていた。


SCENE−7 ベストカップル

道節の気配が消え、無事だった者が怪我人の手当てをしていた時、奇跡は起こった。
 章の遺体から、薄っすらと光に包まれた半透明な章の姿が現れて、一同と相対した。
「ありがとう。みんな。ありがとう、雄也《近藤》君、そして恵……」
 一同が目をみはる中、輝きに包まれた章の霊は、言葉を紡ぐ。
「僕は、あの事故の時に既に死んでいて……魂ごと、あの男と悪霊に封じ込められていたんだ。迷惑かけて、ごめんね。そして、ありがとう」
 深い慈しみをたたえた章の霊は、そこに居る全ての者に深々と頭を下げた。
「章ちゃん! 本物の章ちゃんだぁっ!」
 嬉し泣きと共に章の霊にすがり着く恵。しかし、身体は素通りしてしまって触れることが出来ない。恵は涙をぽろぽろとこぼした。
「『死者は死者の国へ。生者は生者の国へ』……理《ことわり》です。哀しんではいけません。それが定めなのですから」
 悠也は『撫物《なでもの》』を折りながら言った。それは、黄泉の道への道しるべ。霊が迷わないように黄泉路を清め祓い安息たらしめるために川に流す、送りの人形。
「ありがとう、悠也さん。ご恩は忘れません。そして、みんなも。雄也君、トラックに轢かれる瞬間に飛び出してくれたことは忘れない。恵、今まで僕みたいな朴念仁と付き合ってくれてありがとう、忘れないよ。だけど、恵は僕のことを忘れて生きてくれ。僕は、もうこの世の人間ではないから。今すぐには無理でも少しずつ、ね……」
 深い慈愛の表情を浮かべた章の姿が徐々に薄らいで消えてゆく。
「恵。僕達はベストカップルだったと思っているよ。そして、恵もみんなもこれから、もっと良い恋人と出会えて『べストカップル』となれますように。祈っているよ……。じゃ、行かなくちゃ……ありがとう……」
 章の霊は、微笑んで皆の幸せを祈ると、夕闇の中へと消えていった。
 そして、しばしの感慨に皆それぞれ耽った後に、解散することとなった。
「──お前達。章の台詞ではないが、ありがとう。感謝している。また何かあった時、俺の力が必要になった時は、いつでも呼んでくれ。必ず助太刀に行くぞ」
 近藤は、手合わせした正風、想司、翔と固い握手を交わした後に皆に向かってそう言った。ここにまた一人、一同には心強い友が生まれたのであった。
「時には、忘れない方が良い思い出もありますか」
 当初、関わった者達全ての記憶を消そうとしていた紅威の心境にも若干の変化があった。相変わらず感情を表に出すことは無かったが、心に期すものはあったらしい。
 そして、悠也は夕闇の中、『撫物』の人形を川に流した。冬越しの白い蝶がその逝く手を静かに見送っていた。
 ──渡辺章の黄泉路が安息にて幸多からんことを。


                    東京外法奇譚〜ベストカップル〜 ─完─




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
0037/烏丸 紅威(からすま・くれい)/男/466歳/封魔師
0391/雪ノ下 正風(ゆきのした・まさかぜ)/男/22歳/オカルト作家
0164/斎 悠也(いつき・ゆうや)/男/21歳/大学生、バイトでホスト
0413/神崎 美桜(かんざき・みお)/女/17歳/高校生
0416/桜井 翔(さくらい・しょう)/男/19歳/医大生、草間興信所の手伝い
0424/水野 想司(みずの・そうじ)/男/14歳/吸血鬼ハンター


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■         ライター通信          ■
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こんにちは。OMCライターのForです(^-^)/
 このたびは、『東京外法奇譚〜ベストカップル〜』を発注していただきまして、ありがとうございます。皆様にご満足いただける作品を目指して、精一杯がんばったつもりです。楽しんで読んでいただければ幸いに存じます。
 さて。この『東京怪談』というゲームですが、皆様の行動《プレイング》とライターの判断《マスタリング》で進めて行き楽しむゲームですので、必ずしも完全に皆様のご要望に沿った作品が出来上がるというわけではございません。他のライター様もそのように書かれているので、私もそれに沿った作品をお届けいたしました。ゲーム性が高いということは、それだけドキドキワクワクする世界、それが『東京怪談』の世界観なのです(^-^)
 私も一生懸命、皆様にご満足いただけるようにがんばりましたので、作品に一喜一憂していただければ、それに優る幸いはございません(^-^)
 それでは、また機会がございましたら、私の作品を発注してやって下さいませ。乱文失礼いたしました。