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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


鍋をしよう!
●オープニング【0】
「……旨そうだな」
 ある日の午後。テレビを見ていた草間が、ふと漏らした言葉。それがきっかけだった。
 テレビで放送されていたのは、よくある2時間の特番で、日本各地の鍋料理を紹介するという物だった。
 3月に何故鍋料理の紹介なのかと思うなかれ。今流れているのは再放送だ。それでも草間の食欲を刺激するには十分だったようだ。
「どうだ、花見の前に鍋といくか?」
 草間が提案する。確かに、鍋をするならばまだ寒さの残るこの時期がぎりぎりかもしれない。暖かくなると、鍋の醍醐味が半減してしまう。
「よし、なら今夜は鍋だ」
 誰も反対をしなかったので、今夜は鍋パーティと決まった。まあ普段事件に追われているのだ。たまにはこんなのもいいかもしれない。……と、そういえば具はどうするのだろう?
「1人1品以上持ち寄れば、具は十分だろ。参加条件は、何かしら食材を持ってくること、以上だ」
 なるほど、1品以上持ってくればいい訳だ。さて、何を持ってこようか――。

●鍋談義・その1【1E】
「煮込むよりも生の方が美味し……」
 ペットショップ『水月堂』店主、巳主神冴那はそう言いかけ、口をつぐんだ。
「は?」
 冴那と話している最中だった瀧川七星が聞き返した。
「いいえ、何も」
 冴那は小さく首を横に振った。七星の『鍋は好きですか?』との問いに、つい答えたのが先程の言葉であった。
「いいよね、鍋は。日本人に生まれてよかったって思う瞬間のベスト5だし」
 七星が1人でうんうんと頷く。
「残り4つは何なの」
「さあ?」
 冴那の質問に、しれっと言い放つ七星。ひょっとして、さっきの口からでまかせだったのか。冴那はそんな七星に内心呆れつつも、表情には出さなかった。
「おかしいなあ……」
 周囲をきょろきょろと見回す七星。そして首を傾げる。
「タマどこ行ったんだろ?」
「猫の名前?」
 右目を覆うようにかかっている前髪を撫でながら、冴那が尋ねた。
「です。近くまでは一緒に来たんだけどなあ……おーい、タマ出てこーい」
 七星が呼びかけてみるが、どうにも気配がない。
「お腹が空いたら姿を見せるかもしれないわ。猫は気紛れだから……蛇たちと違って」
 静かにつぶやく冴那。
「まあ、確かにあいつ気紛れだしなあ……」
 納得する七星。こめかみの辺りを指でぽりぽりと掻いていた。
「ところで」
 不意に冴那が言った。
「あたしにはよく分からないのだけれど……お鍋をする時には、ああいうのが必要なのかしら?」
 壁を指差し冴那が尋ねる。その先には何故かナマハゲの面が飾られていた。

●パーティ開幕【2】
 鍋は大人数でするのが楽しい。けれども、物事にはちょうどよい人数というのがある。
「少し多すぎやしないか?」
 集まった面々を見回して草間が言った。何しろ決して広いとはいえないこの事務所に、草間を含めて11人もの人間が居るのだから。この人数の多さに、ソファを端に寄せて床にシートを敷いて座ることになってしまった。恐らく鍋の熱気よりも、人の熱気の方が強いのではないだろうか。
 ちなみに席順はというと、まず一番奥の上座に草間。草間の右手側、近い方から順番にシュライン・エマ、巳主神冴那、七森沙耶、志神みかねの女性4人が。反対の左手側には、近い方から順番に渡橋十三、山崎竜水、那神化楽、瀧川七星の男性4人が。そして草間の正面、一番遠い場所にはラルラドール・レッドリバーがちょこんと座っていた。で、残る1人小日向星弥は、椀を手に草間の膝の上に鎮座していた。
「フィーリングカップル?」
 座席の並びを見て、思わずシュラインがつぶやいた。見事にくっきり、男女に分かれた物である。
「そうすると、そこに居る旦那はやっさんだな。眼鏡もかけてるしよ」
 十三がへへっと笑った。乾杯の前に、すでに缶ビールを1本空けていた。
「懐かし過ぎるよな、それ」
 忙しなく2つの土鍋の様子を見ながら、竜水が大きく頷いた。元々1つの鍋でする予定だったが、人数の多さに慌てて土鍋を1つ調達してきたのだ。
「何ですか、それ?」
「聞いたことないよねー」
 沙耶とみかねの高校生コンビが顔を見合わせて言った。やはりこの手の話題では、世代間ギャップがあるらしい。
「昭和は遠くなりにけりだねぇ、嘆かわしいこった」
 十三が2本目の缶ビールを空け、3本目に取りかかった。
「よっしゃ! 煮えた煮えた、これで食えるぞ!」
 菜箸をテーブルの上に置き、白い歯を見せて竜水が言った。それを合図に、飲み物を回してゆくシュライン。大人には缶ビールを、子供や未成年にはジュースを回し、全員に何かしらの飲み物が行き渡った。
「乾杯!」
「かんぱーい!」
 草間の音頭で乾杯を済ませると、一斉に土鍋に箸が伸びた。しかし1人だけ、土鍋まで箸が届かなかった。
「はうー……お鍋遠すぎるですー」
 土鍋までもう少しという所で、ラルラドールの箸は空を切っていた。ラルラドール、ピンチ!
 しかし、悲しそうな目のラルラドールを見かねた沙耶とみかねが、『こっちへおいで』と招き寄せた。結局、ラルラドールの席は冴那と沙耶の間ということになり、無事にピンチを脱出したのであった。

●鍋談義・その2【3C】
「お鍋、美味しいですー」
 はふはふと美味しそうな表情をして、鍋を食べているラルラドール。どうやら満足のゆく味のようだ。
「あ、こら坊主。何、ニンジン退けてるんだ? さっきから、全然ニンジン食べてないだろ?」
 竜水がラルラドールに注意し、菜箸でラルラドールの椀にニンジンを入れた。鍋を仕切っていて熱気にでもやられたのか、その頬が赤くなっていた。
「……はうー」
 ラルラドールが嫌そうな顔をした。
「ニンジンも食わなきゃ、大きくなれないぞ」
「ニンジンは嫌ですー。食べると、お肌がうさぎさんになっちゃうです〜」
 ラルラドールが頭をふるふると横へ振った。赤く長い髪がその度に乱れる。どうもラルラドール、何か誤解をしているようである。
 その隣で冴那が、黙って土鍋に何か放り込んだ。目ざとくそれを見つける竜水。
「あ、こらあんた。今何入れた? 変な物入れてないだろうな。子供たちを迷惑をかけるような奴は、俺が許さん!」
 きっぱり言い切る竜水。冴那が竜水の前を覗き込むと、そこには空になった缶ビールが数本並んでいた。竜水の頬が赤いのは、鍋の熱気ではなくアルコールが回ってきたためのようだ。ちなみに冴那の前にも同じくらいのビールの空缶が転がっていた。
「これよ」
 短く答え、冴那は鍋の中を指差した。見た感じ、無造作に捌かれた骨付きの鶏肉のような物が土鍋の中でくつくつと煮られていた。
「変な物……じゃないな。すまん、俺が悪かった!」
 テーブルに両手をつき、竜水が深々と頭を下げた。
「僕、食べたいですー」
 手を挙げるラルラドール。冴那がラルラドールの椀に、その鶏肉のような物を掬って入れた。
(煮込まない方が美味しいのだけれど)
 冴那がそんなことを思っていると、ラルラドールが美味しそうにその鶏肉のような物を口に頬張った。
「美味しいです〜☆ お姉ちゃん、これ何ですかー?」
 尋ねるラルラドール。冴那はそれには答えず、自分も同じ物を食した。
 ラルラドールは小首を傾げたが、教えてもらわなかったのはよかったのかもしれない。何故なら冴那が持ってきたのは、食用蛙だったのだから――。

●悲劇への助走【4】
 鍋開始より1時間以上が過ぎ、だいぶ土鍋の中も空いてきた。それと同時に、男性陣にはアルコールが程よく、もしくはかなり回っていた。
「……そこの色っぺえ姉ちゃん。ひょっとしてザルか?」
 金沢の地酒を飲みながら、十三が向かいの冴那に言った。十三が見ている限りでは、結構飲んでいたようなのだが。
「さあ、どうかしら」
 冴那は十三に答えると、くいっとコップの中の酒を飲み干した。
(結構楽しいかもね、こういうのも。人なんて、と思っていたけれど……捨てたものじゃないのかもね)
 冴那が内心でそう考えていると、七星が大きな声を出した。
「鍋ってさー、酒入れると旨いんだよねー。ちょうどここに、辛口日本酒の旨い奴がありまーす。その名も『鬼殺し』」
 栓の開いた日本酒の瓶を手に、ニヤッと謎の笑みを浮かべる七星。皆の視線を浴びながら、おもむろに土鍋の中へそれを注ぎ入れた!
「では、張り切って入れてみましょう〜♪」
「ああーっ!!」
 あちこちから悲鳴にも似た声が上がった。
「おいこら、勿体ねえぞ!」
「おいあんた、何勝手に入れてるんだ!」
 各々別の意味で怒っている十三と竜水。
「えー? そのまま飲むのが別にあるし、いいだろ? 鍋旨くするためなんだからさー」
 笑いながら反論する七星。
「おっ、酒の味がする肉じゃねえか……肉ないか、肉はよお」
 真っ赤な顔をした化楽が、土鍋から掬い上げた肉を食べて言った。
「……それってお酒入れ過ぎなんじゃ」
 困惑の表情のみかね。隣の沙耶は目を輝かせていた。
「そろそろメインなんですね♪」
「だからメインって何っ?」
 みかねは雲行きが怪しくなってきたことを感じていたが、これはまだ序の口だった。
 星弥が服のポケットから何か取り出すと、目の前の土鍋にぽちゃんっと放り込んだのだ。
「おい、何入れた?」
 焦った草間が尋ねると、星弥はにこやかに答えた。
「『櫻月堂』で貰ったおやつ〜」
 見ると土鍋の中に、おはぎやさくらもち、うぐいすもちがぷかぷかと浮いていた。
「うわーっ! 俺の子供たちがっ!!」
 真っ赤な顔の竜水が慌てて掬い上げようとしたが、今度はラルラドールが別の土鍋に何かを放り込んだ。
「坊主、今何入れた!」
「チョコですよー。後でアイスも入れていいですかー?」
 どうやら星弥が入れたのを見て、ラルラドールも入れていいと思ったらしい。
「アイスは溶けちゃうから、止めましょ」
 沙耶が優しくラルラドールに諭した。
「何を冷静に言ってるのっ?」
 みかねが驚いて沙耶を見た。その向こうでは、冴那がさくらもちを椀に掬い入れ、食べようとしている所だった。
「それじゃあ、私も行きますね☆」
 極めつけは沙耶だった。鞄の中からがさごそと何か取り出してきた。
「えっと、納豆にブルーチーズに青汁……」
「おいこらっ! 何をっ……!」
 絶句する竜水。しかし沙耶はきょとんとした顔で答えた。
「え? 今日は闇鍋パーティだと聞いていたんですけど……?」
「誰だ、そんなこと言いやがったのは!」
 十三が叫んだ。もちろん誰もそんなことは言ってない。ただ、沙耶がそう思い込んでいただけである。
「こりゃまた甘い肉だな……って、口に入れた途端に消えちまったじゃねえか、こらぁっ!」
 喚く化楽。肉と間違えて、先程ラルラドールの入れたチョコを食べてしまったらしい。
「いきまーす☆」
 周囲の様子にはお構いなしに、沙耶が納豆やブルーチーズを土鍋の中へぽいぽいっと放り込んだ。そして仕上げに青汁を注ぎ込む。
「ああ……俺が丹精込めて育てた子供たちが……」
 唖然となる竜水。そこで何か切れてしまったらしく、竜水の目の色がさっと変わった。
「そーかそーか、そういうことか。だったら、入れた以上は食ってもらわねえとな……」
 ぶつぶつと何やら言い出す竜水。
「世の中にはな、食いたくても食えねえ子供が大勢いるんだ!! 食いもんを粗末にする奴は俺が許さーん!! ほれ食え、食うんだ! 食わねえ奴は、正座させて小一時間お説教だ! みっちりとな!」
 アルコールのせいもあり、竜水は完全に切れていた。そして一同は、なし崩し的に闇鍋へと突入したのだった。

●ぶれいくだうん【5】
 真っ暗になった室内。一同は無言で土鍋に箸を伸ばし、つかんだ物を食した。たちまちに室内に響き渡る阿鼻叫喚。
「うげっ……」
「旦那……酒で流し込め! こいつは、そこいらの残飯よりひでえぞ!」
「洗面器はどこ〜! 洗面器〜!」
「はうーっ、ニンジンですーっ! うさぎさんは嫌ですーっ!! 嫌ですーっ!!」
「……ちょっと硬い……」
「いやーっ! 何だか臭くて、ぬるぬるしてるーっ!!」
 みかねのその叫びと共に、室内のあちこちで缶のひしゃげる音が聞こえてきた。中にはコップの割れる音まで。
「誰だよー! 俺の手、箸でつかんでるのー!」
「あれっ? 普通の食材ですね……残念」
「残さず食えよ! 食っちまえ、畜生! ああ、俺の子供たちよ、すまない〜」
「おい何だこりゃ? この肉暴れやがる……逃げるんじゃねえっ!」
「星弥、もうおねむなの〜」
 ……この後どのような惨状となったかは、あえて触れない方がいいだろう。しかし一同は、シュラインの用意していたおにぎりと、沙耶とシュラインの用意していた胃薬に大いに感謝することとなった。
 そして草間は、合間合間で沙耶が撮っていた写真の封印を命じた。草間曰く、今回のことは2度と思い出したくはないそうだ――。

【鍋をしよう! 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0376 / 巳主神・冴那(みすがみ・さえな)
          / 女 / 妙齢? / ペットショップオーナー 】
【 0177 / 瀧川・七星(たきがわ・なせ)
                   / 男 / 26 / 小説家 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
  / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 0060 / 渡橋・十三(とばし・じゅうぞう)
           / 男 / 59 / ホームレス(兼情報屋) 】
【 0301 / 山崎・竜水(やまざき・たつみ)
                    / 男 / 38 / 農夫 】
【 0230 / 七森・沙耶(ななもり・さや)
                   / 女 / 17 / 高校生 】
【 0249 / 志神・みかね(しがみ・みかね)
                    / 女 / 15 / 学生 】
【 0152 / ラルラドール・レッドリバー(らるらどーる・れっどりばー)
                   / 男 / 12 / 暗殺者 】
【 0374 / 那神・化楽(ながみ・けらく)
                  / 男 / 34 / 絵本作家 】
【 0375 / 小日向・星弥(こひなた・せいや)
              / 女 / 6、7? / 確信犯的迷子 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全12場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・10人(草間を含めると11人)の描写というのは、高原初体験でした。どうなることかと思いましたが、何とかなりましたね。ほっと一安心。
・予想通りというか、何といいますか……見事に闇鍋になりましたね。闇鍋のシーンはたぶんあまり読んで気持ちのいい物でもないんで、台詞の羅列だけで済ませました。すみません。どれが誰の台詞かは、おおよそ分かりますよね?
・描写がなくとも、座っていた位置によってはとんでもない食材を口にしている可能性があります。
・巳主神冴那さん、闇鍋でも平然と食べていました。ほぼ唯一、闇鍋に負けなかった人かもしれません。なお、持ってきた例の食材は、草間に近い方の鍋の回りに座っていた人間が口にしています。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。