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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


調査コードネーム:お嬢ちゃまは怪奇探偵 ふぁいなる☆
執筆ライター  :水上雪乃
調査組織名   :草間興信所
募集予定人数  :1人〜4人(最低数は必ず1人からです)

------<オープニング>--------------------------------------

「こんにちは☆」
 いつものように元気よく、芳川絵梨佳が事務所に入ってくる。
「よう。今日も元気一杯だな」
 草間武彦が、読みかけの調査資料をデスクに置いて右手を挙げた。
 だいぶ絵梨佳のテンションにも慣れてきた。
 どうやら、彼の精神汚染はかなり進んでいるようである。
「仕事もってきたよ☆ えらいでしょ♪」
「どうせまたくだらない話だろ」
「どうかなぁ。不思議な話ではあるんだけど」
 自信なさげに絵梨佳が応え、草間は面食らった。このような場合、たいていはムキになって突っかかってくるのだが。
「まあいい。言ってみろ」
 なんとなく気まずくなった草間は先を促した。
「うん。うちの中学校の職員室から、夜な夜な怪しい音が聞こえるの。木に石をぶつけるみたいな音だって。丑の刻参りじゃないかって噂になってるよ」
「職員室で丑の刻参りか?」
「わかんないけど、人を呪ったら花が二本供えられるんでしょ。そうなる前になんとかしてあげたいんだよね。依頼料は、あたしが出すよ。定期解約したら、五〇万くらいのお金はあるから」
 ちなみに「人を呪わば穴二つ」が正解である。穴とはこの場合、墓穴を指している。したがって、絵梨佳の用法もあながち間違いではないので、指摘するには及ぶまい。
 それよりも、
「お前が払うって‥‥随分と太っ腹じゃないか」
 草間が気になったのはこちらの方だ。たしかに絵梨佳の実家は富豪だから、僅かな金銭を惜しむことは無いのだろうが。
「なあ絵梨佳。何かあったのか?」
 なんとなく奇妙なものを感じつつ問いかける。
「ん。最後だからね」
「最後って、お前‥‥」
「留学するんだ。お父さんがまたイギリス行くから、一緒に付いてく。もっと理解し合った方がいいって、草間さん言ったよね☆」
「‥‥ああ。たしかに言った」
 返答の前に一瞬の沈黙を先立たせる怪奇探偵。
「引き受けてくれる?」
「わかった。引き受けよう。しかも今回の依頼料はサービスだ」
「そんなことしたら叱られちゃうよ☆」
「叱られてやるさ。大事な友達のためだ」
 うそぶいた草間が、乱暴に絵梨佳の髪を掻き回す。
 少女は抵抗もせずに、花が咲くような笑顔を浮かべた。


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お嬢ちゃまは怪奇探偵 ふぁいなる☆

 暖かな空気が事務所内を回遊している。
 春の陽射しのせい、ではない。
「まあ、武彦さんがそれで良いなら、私はかまわないけど」
 珍獣でも見るような目で所長を眺めながら、シュライン・エマが言った。
 皮肉というには、柔らかすぎる口調である。
 事実、シュラインとしても皮肉を言っているつもりはない。ただ単純に驚いているだけだ。守銭奴の草間武彦が無料で依頼を受けるなど、初めてのことであろう。
 騎士道精神の精華であるのか、単なる気まぐれか、にわかには判断がつかなかった。
 もっとも、シュライン自身は草間の考えに賛成である。
 年少の友人の門出なのだから、依頼の一つくらい無料で受けても問題ない。
 問題は、手伝ってくれる仲間に対しての報酬である。
 金を取るかどうかは事務所と依頼人の問題であり、調査スタッフには関係がないのだ。
「もちろん、アンタらには規定通りの報酬を支払う。事務所の会計からな」
 集まってくれた仲間たちに向かって草間が明言した。
 やれやれと青い目の大蔵大臣が肩をすくめる。
 事務所にとっては、小さくない出費である。
 だが、
「私の分は必要ありませんよ」
「俺も、今回はサービスだ」
「私もお金などいりません」
 と、高御堂将人、中島文彦、神崎美桜の順で笑って謝絶し、事務所の会計はダメージを受けずに済んだ。
 まあ、興信所のお騒がせ娘、芳川絵梨佳の最後の頼みである。
 中島などは異様に絵梨佳になつかれているし、高御堂と美桜も、幾度か絵梨佳の煎れたコーヒーの相伴に預かっている。
 全く知らない仲でもないのだ。
 望みを叶えてやるのに吝かでない。
「すまんな、みんな。もう少ししたら絵梨佳も来るだろうから、一緒に行ってやってくれ。特にシュラインと中島、あの脳天気娘が暴走しないようにお目付役を頼む」
 そう言って草間が席を立った。
「アンタは来ないのかい?」
 中島が訊ねる。
 ちょっと用があるから、などと曖昧なことを口にする草間に、シュラインが怪訝な顔をした。
 たしか今日は、他に依頼はなかったはずだが。
 どうせ、パチンコにでも出かけたのだろう。
 ごく軽く見切ると、彼女は残った仲間たちと相談を始めた。
 見切られた草間こそ言い面の皮だが、普段から信頼を得るような行動をとっていないだから、こういう結果になる。自業自得というものであった。
「呪いというのも、けっこう厄介なものでしてね」
 高御堂が説明する。
 黒髪の図書館司書は、陰陽道にも明るい。
「モノによっては、自分に呪いが返ってくることもあります」
 人を呪わば穴二つという言葉も、あながち誇張ではないのだ。
 穏やかな笑顔のままだが、言っている内容は深刻である。
 美桜が小首を傾げ、中島が、フン、と鼻を鳴らした。
 この三人は、それぞれに初対面だ。
 沈着冷静な高御堂、直情的でおちゃらけた中島、美少女だが大人しい美桜、なかなかに個性派集団であり、統制するシュラインの苦労が思いやられる。あるいは、草間はそれを見越して逃亡したのかもしれない。
 まったく、逃げ足だけは一流である。
 憤慨しかかったシュラインに緑色の瞳を向けながら、美桜の唇が言葉を紡いだ。
「あの、途中で止めさせたりしたら、かえって危険なのではないですか?」
 綺麗な声だった。
 事務所一の歌手であるシュラインとデュエットしたら、さぞかし皆の心をとろけさせるだろう。
「知ったこっちゃねぇな。自業自得だろ、そんなもん」
 中島が乱暴な口調をつくる。
 彼は美女にも美声にも免疫があるのだ。すれている、という言い方もできる。たおやかな容姿の美桜にすら無感動だった。
「まあまあ」
 と、高御堂が窘める振りをする。
 言葉とは裏腹に、瞳に冷笑が宿っていた。
 爽涼とした外見からは想像できないが、彼の性格は積極攻撃型に属している。呪いなどを行う人間がどうなろうが、それに同情を覚えることはない。
「‥‥そうですよね‥‥」
 哀しそうに美桜が俯く。
 心優しい彼女だけに、全ての人を救いたいと思うのだろう。
 むろん、そのようなことは不可能だ。人間は全知全能の神ではない。能力の及ばぬところに成功はないし、それすらも運という不確定要素に左右される。
 シュラインが美桜の肩に手を置いた。
 見上げる緑色の瞳には、青い瞳が映っている。
 冬の蒼穹を思わせる瞳の奥に、共感と優しさが宿っていような気がして、少しだけ美桜の心を軽くした。
 シュラインさんも救えなかったことがあるの?
 少女の心に生まれた問いは、なぜか言葉にはならなかった。
 と、事務所の扉が元気良く開き、歩く核弾頭が姿を見せる。
「やっほー☆ みんな元気〜♪」
 などという浮かれきった台詞とともに。
 一人を除いた探偵たちの顔に苦笑が浮かんだ。
 除かれた一人とは、もちろん中島である。
「あー☆ 文っち、来てくれたんだぁ♪」
 言葉とともに突進する絵梨佳。
「適当なニックネームをつけるな」
 そう言って、ものすごく仕方なさそうに抱き止める中島。
 やれやれ、と、肩をすくめるシュラインと高御堂。
 状況に付いてゆけず、目を丸くしている美桜。
 賑やかな調査の幕が、いま上がる。

 さて、事務所を後にした草間は、シュラインの予想に反して、パチンコ屋には向かわなかった。
 彼の向かった先は、『櫻月堂』という名の骨董品店である。
 べつに骨董品を購入するためではない。怪奇探偵の目的は、もっとずっと不埒なものだった。
「あら? 草間さま。珍しいですね」
 扉をくぐると、住み込み店員の草壁さくらが、たおやかな姿で出迎えてくれた。
 古ぼけた店構えとは裏腹に、小綺麗な店内である。
 きっと、こまめにさくらが掃除しているのだろう。あの店主が、掃除などに情熱を燃やすはずがない。
 偏見に満ちている上に自分のことを棚に上げたことを考えながら、
「武神はいるかい?」
 と、訊ねる。
 さくらが返答するよりも先に、襖の奥から着流し姿の青年が現れた。
 黒い髪、同色の瞳、精悍な顔立ち。櫻月堂の店主たる、武神一樹である。
「‥‥さくら、塩」
 半秒間だけ怪奇探偵に視線を送った武神が、おもむろに店員に指示した。
 なぜか愉しそうに、さくらが塩の入った壺を持ってくる。
「‥‥もしかして、俺にまくつもりなのか?」
「そのつもりだったが、やめた。これは赤穂の天然塩だ。けっこう高級品だからな」
「‥‥」
「JTの塩とかだったら遠慮せず使えたんだが。お前に天然塩はもったいないだろう?」
「‥‥俺という人間の価値について、一度じっくり話し合う必要がないか?」
「そのうちな。まあ、上がれ。出涸らしの茶でも煎れてやろう」
 からかいながら、武神が差し招く。
 くすくすと笑いながら、金髪の美女が見守っていた。
 なんだかんだいっても仲良しなのだ。
 ややあって、ちゃぶ台の前に腰を落ち着けた武神と草間に、さくらか茶を煎れる。
 むろん、出涸らしなどではない。玉露の高級茶だ。
「美味いな。たまには日本茶もいい」
「お前のところは、コーヒーが絶品だからな」
「最近は、サ店のコーヒーが不味く感じて困るよ」
「で? 何の用だ?」
「金貸してくれ」
「‥‥さくら、やっぱり塩」
「ま、待て待て! 最後まで話を聞け!」
「‥‥言ってみろ」
 苦々しく、調停者が先を促した。
 黒髪の探偵が事情を説明する。聞き進むに連れ、武神の顔に理解が広がっていった。
「と、いうわけなんだ。事務所の会計から出しても良いんだが、シュラインに頼みづらくてな」
 そう草間が結び、武神とさくらが苦笑を浮かべた。
 照れていないで素直に頼めば良いのだ。その方が青い目の美女も喜ぶだろうに。変なところで遠慮しているから、いつまで経っても進展しないのである。
「まあ、大体のところは了承した。ところで、肝心の事件の方を、お前はどう読んでるんだ?」
 調停者が表情のチャンネルを切り替え、やや真面目に問いかけた。
「武神と同じ考えさ」
 戯けたように草間が応える。
「だから金を取らなかったのか?」
「‥‥気まぐれだよ」
 少し照れたように笑う怪奇探偵に、武神も自然な笑みを返した。
「だったら、俺とさくらで演出してやるって手もあるが」
「いや。そこまでする必要はないだろう。それよりも、だ。ちょっと耳貸せ」
「なんだ?」
 身を乗り出す武神と、彼の耳に顔を寄せる草間。
 一種異様な光景に、さくらが溜息をつく。男同士の内緒話など、見ていて楽しいモノではないのだ。
 やがて、話を終えた草間が席を立つ。
「さて。少しばかり忙しくなるな」
「私は、腕によりをかけて美味しいものを作りますね」
 残された武神とさくらが、より実務的な会話を始めた。
「俺も手伝おう」
「いいえ、かえって邪魔になりますから」
 一刀のもとに斬り捨てられた。
 武神がいじけてみせる。
「はいはい。拗ねてないで、一樹さまはご自分のお仕事をなさってくださいな」
「わかったよ。忘れられないくらいのエンタテインメントにしてみせるさ」
「はい。小さき友人のために」
「ああ。大切な友人のために」
 微笑を交わし合う二人だった。

 月の光は夜霧に阻まれ、どことなく清涼感を欠く。
 薄ぼんやりとした月光に浮かぶ校舎は、それなりに不気味だった。
 絵梨佳の中学校である。
 時刻は午前一時。丑の刻まで一時間ほどを残している。
 校門に集まったのは、シュライン、高御堂、中島、美桜、それに草間と絵梨佳。六人であった。
「大体よう。丑の刻参りなんかは外でやるのが普通じゃねーの?」
 中島が乱暴な口調で言い放つ。
 左腕に絵梨佳が絡みついていた。
「それに、その怪しげな音を誰が聞いたかも問題でしょう」
 穏やかな口調と柔らかな微笑の影に冷然たる意志を隠し、高御堂が言った。
 眼鏡越しの黒い瞳が絵梨佳を射る。
 ワイドショー的な怪談などによくある。呪いだか祟りだかで、全員が死んでしまうという話が。全員が死んだのなら、誰が霊の仕業だと確認するというのか。この手の話は、要するに無責任な噂だ。
 今回の件も、それに類するものではないのか。
 そう高御堂は疑いを持ち始めている。
 絵梨佳の言動に一貫性がないからである。
 つい先ほども、そうだった。シュラインに入校の許可を取ったか訊ねられ、大丈夫だと答えている。ここまで根回しをしているのなら、怪奇な音についての噂の出所を調べていてもおかしくあるまい。だが、肝心な部分は酔漢の戯言のように不正確で曖昧なのだ。
 絵梨佳に対する不審感を抱かない方がどうかしている。
「まあ、そのあたりは行ってみれば判るさ。気に病んでも仕方ないだろ」
 取りなすように草間が言った。
 希有なことである。
 日頃いくらいい加減に見えても、事前の調査と下準備は惜しまない男なのに。
 何か隠している。
 シュラインと高御堂が無言のまま視線を交わした。
 口を開かなかったのは、ここで問いつめても怪奇探偵が答えるはずがないからである。なにを企んでいるにせよ、乗ってみるのも一興だ。とりあえず、仲間たちの身をを危険に晒すようなことではなかろう。
 それに、シュラインとしては気にかかることもある。
 事件に関してではなくプライベートなことだ。実働には今回が初参加の美桜が、必要以上に草間にくっついている。あるいは恐怖心からの行動なのかもしれないが、青い瞳の美女には、いまひとつ面白くない。怪奇探偵がまんざらでもなさそうなのも腹が立つ。だからといって、シュラインが美桜と同じような行動をとれば、奇異の目で見られることは確実である。
 髪、少し伸ばそうかな。
 埒もないことを考える大蔵大臣であった。
「それじゃあ☆ とつにゅー♪」
「‥‥おー」
 脳天気な絵梨佳の声と、疲れ果てた中島の声が、校庭の夜霧をわずかに揺らした。

 深夜の、というより、誰もいない学校といものは、何となく怖いものだ。
 普段、人に溢れているからこそ、寂寥感も強いのだろう。
「‥‥誰か、いる」
 怯えた声を美桜が発し、草間の上着の裾を掴んで身を寄せた。
 彼女の特殊能力は、精神感応である。
 校内に、探偵たち以外の思念を感じたのだ。
 距離が遠いのか、悩みや苦心だという程度しか判らない。だが、たしかに校内に人間の思念がある。
 視認できない範囲で右の眉をつり上げたシュラインが、気を取り直したように瞳を閉じた。聴覚に集中するためだ。
 学校の見取り図は既に頭に入っている。もし音が聞こえれば、場所を特定できるだろう。
「‥‥聞こえた。やっぱり、職員室周辺だと思う」
 ふたたび目を開き、シュラインは静かに断言した。
「おかしいですね。まだ、丑の時にはなっていませんが」
 腕時計を確認しながら高御堂が言う。
「そう。それに聞こえた音の種類だけど、藁人形に釘を打つって感じじゃないわ。もっと軽くて澄んだ音よ。それに、たぶん男の人の呼吸音」
「そりゃおかしいぜ。丑の刻参りは女がするもんだ。そうだろ? 高御堂」
 乱暴な口調ではあったが、間違ってはいない。
 図書館司書が軽く頷く。
「もともと、この呪いは女性にしか成就できません。呪う相手も女性限定です。主に恋愛関係などで使われる呪いですね」
 高御堂の説明に美桜が小首を傾げた。
 黒くしなやかな長髪がさらさらと流れる。
 三人の年長者たちの意見が正しいとすれば、この事件は丑の刻参りではないことになる。となると、最初に絵梨佳の言っていた大前提が崩れるだろう。
「‥‥この音、聞き憶えがあるのよねぇ‥‥」
「まあまあ。良いじゃないかシュライン。行けば判ることだって」
「そうそう。迷わず進もー☆」
 何か思い出そうとしているシュラインを制するように、草間と絵梨佳が声をあげる。
 あからさまに怪しい態度だった。
 一七歳から二六歳の男女四人が、盛大な溜息をつく。
 やはり、何か企んでいるのだろう。
「ま、最後だからな。オジョウチャマのお遊びにつきあってやるさ」
 苦笑した中島が絵梨佳の髪の毛を掻き回した。
 シュライン、高御堂、美桜の三人も、神妙な顔で頷く。
 たしかに、絵梨佳と一緒に行動するのはこれが最後なのだ。それを思えば、ゴールまで付き合ってやるのも悪くない。想い出づくりというものである。
 気を取り直した探偵たちが暗い廊下を歩む。
 緊迫感などは完全に霧消していた。いうなれば、タネの判っているお化け屋敷を進むようなものだ。
 古今東西の文献に詳しい高御堂が、怖い話をして場を盛り上げている。
 やがて、彼らは職員室の扉の前に辿り着く。より正確には、職員室の隣にある職員休憩室である。
 ここまでくると、シュラインと美桜には音の正体が判明していた。
 前者は超聴覚と記憶力によって、後者は思念の解析によって。
「さ、開けるわよ」
 ごく軽く言って、シュラインが扉を開いた。
 蛍光灯の光が、闇に慣れた探偵たちの瞳を灼く。
「お父さん☆ 迎えに来たよ〜♪」
 いち早く視力を回復させた絵梨佳が、室内の人物に駆け寄った。
 室内には、二人の人物がいた。
 一人は、おそらくこの学校の教師だろう。見覚えのない顔だ。もう一人には見覚えがあるものもいる。芳川吾朗。絵梨佳の父親だった。
 そして、二人の中年男の間には、足つきの碁盤が鎮座ましましていた。
「‥‥碁盤は、木で出来てるよなぁ」
「‥‥碁石は、当然、石で出来てますねぇ」
 中島と高御堂が、腹を抱えて笑い出す。高御堂などにとっては、珍しい笑い方だ。
 つまり、木に石をぶつけるような音とは、碁を打つ音である。
 噂はある意味、真実を捉えていたのだ。
 留学の手続きのため、絵梨佳の父親は連日学校に足を運んでいたのだろう。だが、芳川財閥の代表者ともなれば、あまり時間に余裕がない。身体が空くのは夜になってしまう。今は春休み期間だが、宿直の教師は常駐している。事務的な話の後、毎日のように囲碁を戦わせていたのだ。
 それを聞いたもの、これも推測だが、部活動でもしている生徒だろう。それが噂の火種となった。大して知識も持たない中学生である。丑の刻が現在の時計で何時になるかも判っておるまい。無責任な噂にもなろうというものだ。
 そして、その噂に絵梨佳が便乗した。
 もちろん彼女は最初から最初から知っていた。それは、絵梨佳の言葉から明らかである。
「気付いてたのね? 武彦さん」
 シュラインが言う。質問というより確認であった。
「最初からな。タネまでは判らなかったが、絵梨佳が自分で金を出すって言った時点で判った。こいつは、絵梨佳の一世一代の悪戯だってな」
「教えてくれたら良かったのに。意地悪ね」
 憤慨したように青い瞳の美女が腰に手を当て、緑の瞳の美少女がこくこくと頷いた。
「すまんすまん。だがまあ、何人かは騙されてやらなきゃアイツが可哀想だろ。振りでもいいから、な」
 悪びれずに草間が笑い、続けた。
「武神は、すぐに気付いたぜ。そろそろ準備ができてるんじゃないかな?」
 と、よく判らないことを言って窓際に近づく。
 カーテンの隙間から校庭を確認すると、仲間たちを振り仰いだ。
「さあ、みんな! ここからは絵梨佳の送別会だ!」
 声とともに、大きく窓を開く。
 濃密な花の香りが吹き込み、一瞬、探偵たちの息が詰まった。
 花の香り?
 校庭に花など咲いていただろうか?
 不審顔の探偵たちが窓に身を寄せる。
 夜霧の晴れたそこには、桜が満開に咲き誇っていた。
「こっちの準備はできているぞ。早く出てこい」
「お料理もお酒も、たくさん用意してきましたよ」
 一際大きな桜の木の下で、武神とさくらが手を振っている。
 本来なら桜の季節にはまだ早いが、金髪の美女が、木の精霊たちに頼んだのだ。
 この地を離れる友人のため、最も美しい姿を見せて欲しいと。
「すごいよ☆ すごい☆ なにこれ☆」
 興奮した様子の絵梨佳が窓枠を乗り越えようとする。が、身体の小さな彼女には、なかなかの難事業だった。
 パンツまで丸出しで悪戦苦闘しているのに苦笑を浮かべ、
「まったく、世話の焼けるお嬢さまだぜ」
 などと呟いた中島が、小柄な絵梨佳を抱えて校庭に跳ぶ。
 シュラインと美桜、二人の美しい異性をエスコートしながら、草間が悠々と扉から出ていった。
「それでは、お騒がせしました。どうぞごゆっくりお寝みください」
 最後に残った高御堂が、呆然としている中年二人組に言霊を投げかける。
 陰陽の術の一つだ。
 彼らが崩れ落ちるのを確認して、黒髪の図書館司書は、ひらりと窓枠を飛び越えた。
 骨董屋コンビの演出は、桜だけではなかった。
 校庭に降りた探偵たちの周囲を、無数の光球が飛び回り、木の枝や地面まで、人間たちの知る限りの光彩で飾り立てている。
 まるで夢幻のような美しさであった。
 これは、武神が近隣の妖たちに頼んだことである。まあ、中学生の少女には刺激の強すぎる造形の妖もいるので、光の玉の形を取ってもらったのだ。
「お久しぶりです。絵梨佳さま」
 駆け寄ってきた絵梨佳に、さくらが柔らかく微笑む。
「うん☆ 栃木の山火事以来だね♪」
 そう言って金髪の美女の手を取った元気な少女は、勢いよくそれを振り回した。
「あらあら」
 と、さくらも振り回されながら楽しそうに笑う。
「さて、今夜は無礼講だ」
 武神が手を打ち合わせ、開会の合図となった。
 歌い、踊り、食べ、飲み、騒ぐ。
 賑やかな宴が始まる。
 まさに歓送であろう。
 しめやかな送別会など、絵梨佳には似合わないのだ。
 鮮やかな満月が、少しだけ羨ましそうに、人と妖の饗宴を見守っていた。

  エピローグ

「武彦さん。絵梨佳ちゃんから手紙が届いてるわよ」
 シュラインが驚きの声をあげる。
 あの元気な中学生が日本を去って二週間。
 どうやら、探偵事務所も静けさに慣れてきたようである。
「へえ。向こうもやっと落ち着いたかな?」
「元気でいるでしょうか?」
 草間と美桜が口々に感想を述べる。
 なんだか、絶妙のコンビネーションであった。
 シュラインが僅かに眉をひそめながら、所長にエアメールを手渡す。
 受け取った草間は自分のデスクに戻り、早速、開封した。
 彼の右側からは美桜が顔を寄せ、左側からはシュラインが顔を寄せる。
 両手に花の状態のはずなのに、どうしてこんなに室温が低く感じられるのだろう?
 奇妙な危機感を抱きつつ開いた手紙は、
「SINCERELY」
 という書き出しで始まっていた。



                    終わり

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086/ シュライン・エマ /女  / 26 / 翻訳家 興信所事務員
  (しゅらいん・えま)
0092/ 高御堂・将人   /男  / 25 / 図書館司書
  (たかみどう・まさと)
0413/ 神崎・美桜    /女  / 17 / 高校生
  (かんざき・みお)
0173/ 武神・一樹    /男  / 30 / 骨董屋『櫻月堂』店長
  (たけがみ・かずき)
0134/ 草壁・さくら   /女  /999 / 骨董屋『櫻月堂』店員
  (くさかべ・さくら)
0213/ 張・暁文     /男  / 24 / サラリーマン(自称)
  (ちゃん・しゃおうぇん)
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■         ライター通信          ■
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毎度のご注文、ありがとうございます。

今回は、お詫びからです。
オープニングのアップ時期が、一日ずれてしまいました。
どうやら、どこかで手違いがあったようです。
まことに申し訳ありません。

さて、お嬢ちゃまシリーズの完結編です。
お客さまの推理は当たりましたか?
なんとなく、シュラインさまにライバル登場の予感ですね。
楽しんでいただけたら幸いです。

それでは、またお会いできることを祈って。