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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


聞こえない叫び


Opening 迫る女・佇む男

苦しい…苦しいよぉ…血が止まんないよぉ…もう…やだぁ…なんで…

瞼を閉じると鮮明に浮かび上がるその姿。
忘れもしない春まだ早い3月…私の親友、琴美が逝った。

「お願いします。どうしても私は納得できないんです」
女はそう云って立ち上がる。窓際に佇み、無言の背を向ける男に向って。
「草間さん!私は絶対、琴美の恋人…椎名亨(しいなとおる)が殺ろした…いいえ、自殺に追いやったとしか思えないんです!」
「…何故そう思うのですか?」
草間は手にした煙草を燻らせながら昼間ながらに暗い部屋に立つ女――遠山加絵子(とおやまかえこ)を見据えた。
「貴方もご存知の筈だ。警察も当時、その線で積極的に捜査した。だが、椎名亨のアリバイは崩れなかった」
「だけどっ!椎名は今や弁護士ですッ。当時から相当法律に詳しかったに違いない。だから…!」
「だから、法に触らないように上手く琴美さんを死に追いやった、と?」
その通り、と云わんばかりに女は深く何度も頷いた。
「お願いします。警察はもう動いてはくれません。頼りになるのは…ここしかいないんです」
女の真剣な眼差しに、やれやれ、と草間は大きく肩を竦める。

「…と、云うわけだ。弁護士相手と少々厄介だが、引き受けて…くれるかい?」
そう云って手にした煙草を吸殻で山盛りの灰皿に押し付けながら、草間は視線を私達に向けた。


Scene-1 雑踏の中の夕暮れに

漆黒の長い髪をなびかせた女が忙しなく行き交う交差点を優雅に闊歩していた。
通り過ぎる男達は視線を必ずと云っていいほど奪われ――振り返る。
風に乗って薫る香は途轍もなく妖しく、それでいて吸い込まれるような微香…。
少し派手目な赤いジャケットを粋に着こなし、黒い瞳が美しく映える――巳主神冴那。
口元にひかれた、真っ赤なルージュが冷淡な雰囲気を醸し出す、艶麗な美女を更に演出しているようだった。

そんな彼女が何故このような乱雑した夕暮れのオフィス街を訪れているかと云うと。
今回の依頼の重要人――椎名亨の事務所を目指しているのである。
しかし、椎名自身に接触してどうこうしようというわけではなく、何と云うか…依頼を受けるだけの価値がある人間かどうか。
前回みたいな小物では面白くない、という本音がこの行動の中に隠れているようだった。

巳主神はいつもの如くヒールを鳴らして歩いていると、前方に小さな看板を見つける。
――『甲村紀夫<こうむらのりお>法律事務所』
高層ビルが立ち並ぶオフィス街に似つかわしくない、少し古ぼけたその文字を確認した後、巳主神は右手の人差し指で空に小さく円を描く。すると、暗い路地から白い小さな蛇が赤い舌を覗かせてその姿を主人に見せた。
「分かってるわね…椎名が動くように上手く煽ってちょうだいね…」
巳主神がそう云って透き通る声で囁くと、まるでその命令に頷くかのように蛇はまた舌を覗かせて、するりと身を翻して暗闇に消えた。
「面白い…事件だといいわね。『人』はいつも醜く、そして矛盾に満ちた生き物だから…」
蛇の行方を見送りながら小さく呟く。髪の毛を掻き上げながら…口元には穏やかな笑みを浮かべて。


Scene-2 単純さの求めるプロセス

「俺は遠山加絵子がアヤしいと睨んでいる」

巳主神が草間興信所を退室する時、呼び止められて部屋に残った後、草間から飛び出た科白はこんなものだった。
「…まぁ…分からなくもないですけど…?」
振り返りながら巳主神は草間の背を見る。相変わらず煙草をふかしたまま、草間はブラインドの隙間から窓の外を眺めていた。
「巳主神、お前は遠山をどう見る?」
「………………」
「おかしくは思わないか? …椎名は確かにイヤな野郎なんだろう。だが、仮に椎名の言動で時田琴美<ときたことみ>が自殺を計った場合…椎名に挙げられる、自殺に追い込まなければならない程の理由は何だ?」
巳主神は少し虚を突かれたかの様に、意外な顔を見せたが、
「…単純ですが、琴美に脅迫されていた…ぐらいしか思いつきませんけど?」
と、女が云うと男は浅く頷いた。
「そう、物事は単純に見ることが大切だ。だが、その場合…俺だったら自殺云々まで頭が回らねぇよ。…簡単な話、殺っちまうと思うんだよな、普通は」
「…つまり?」
「今回の依頼の最大のキーは遠山加絵子が握っている。椎名はどちらかと云えば、女二人にハメられたクチじゃねぇか」

「――では、遠山加絵子が琴美を殺ったと?」

巳主神は躊躇なくその科白を云った。

「直接的か間接的か…それはよく分からないが、な。取り合えず、椎名の方は獅王と神崎に任せとけ。お前は遠山加絵子を調べた方がいい」
そう云うと草間は振り返って、吸殻の山の上にガシガシと煙草を押し付けた。


Scene-3 狂う夜に先立つ感情

「ねぇ…申し訳ないんだけど、手伝って下さらない?」
車の行き交う轟音、賑わう人の波…その中を一人、ぽかんと浮いたように歩いていた…遠山加絵子は足を止めた。
「この荷物を持って向いの歩道まで行きたいのだけれど、近くに横断歩道もないし…」
そう云うと、女は傍らに置いてある黒い大きな荷物に視線を落とした。私一人では運べそうにないの、と加え、目の前にある歩道橋を仰ぐ。
その姿につられ、加絵子も茜色に染まる空を背景とした歩道橋を眺めた。最近、駅前に作られた何本もの階段を持つ大型の歩道橋だった。
「……いいですよ」
加絵子は些か――否、かなり不信感を持ったが、相手が女ということもあり、別に急いでいるわけではなかったので作り笑顔でもって承諾した。相手が草間興信所の探偵だとは全く気づかずに。
「まぁ…助かるわ。キャリーが付いてるから平坦な道は平気なのだけれど…階段はちょっと…ね」
女――巳主神冴那は穏やかに微笑んだ。巳主神の優雅な雰囲気に加絵子は田園調布に住むお嬢かマダムか…などと考える。
大きなトランクに、包まれば人一人入れそうな鞄。加絵子は買い物するにはあまりにも不自然すぎるその荷物に、階段を上りながら思わず口を開いた。
「…今から旅行なんですか?」
「いいえ、ちょうど帰って来た所ですの…シンガポールから」
「シンガポールですか…羨ましいです」
「貴方も旅行がお好き?」
「ええ…勿論」
「じゃあ、新婚旅行はアジアがオススメよ」
巳主神はそう云うと、階段を上りきって取り合えず荷物を上に引き上げた。
「…新婚旅行」
トランクの後ろを押しながら階段を上っていた加絵子は、少し呼吸を乱しながら女が加えた科白を呟いた。
「アラ? もしかしてイケナイことでも云ったかしら、私」
「…いいえ…。そんなんじゃなくって…」
加絵子は俯いた。夕暮れの太陽に焼かれた黒い影が足元から長く伸びて、手すりに張り付く。その様子をじぃっと見つめたまま…
「好き、な人はいます…でも、好きだから…その…傍にいちゃいけない…って思います」
「まぁ、何故?」
「…傍にいると、嫉妬して狂いそう…だから」
「例えば、友達の彼…とか」
女の言葉に加絵子は勢いよく顔を上げた。巳主神はひたすら無表情のままだった。
「な…に、を?」
「例えば、友達の彼を好きだったら…そして、その友達が死んだら…貴方はどうするのかしら?」
「………………」
二人の間を、少し肌寒い風が足早に駆け抜けた。その風に棚引いた巳主神の黒い髪が茜色に――滴る血のように赤く染まる。

「…ゴメンナサイね。少し、口が過ぎたみたい」
巳主神は再び荷物を持つ為に屈みながら、横に垂れた髪を耳に掛けなおした。
「…いいえ」
そう云って、加絵子も視線をトランクケースに落とす。そして、その後、加絵子は一言も発せずに巳主神の荷物を運んだ。


Scene-4 ルナティック・ラブ

カツン…カツン…カツン…
自分の足音だけが響くオレンジ色のライトが差し込む高架線下の通路。
女は一人、片手にカスミソウの花束を抱え歩いてきた。少し赤い茶髪のセミロングにピンクのスーツに身を包んだ――遠山加絵子。
「………………」
遠山は花束で埋め尽くされている場所に来ると、徐に足を止めた。
菊は萎れていたが、ユリの大きな花束と壁に立てかけられるように置かれた真紅のバラはまだ、しゃんと花弁を保たせている。
それらに視線を落とすと、女は訝しげに眉を顰めた。赤いバラは――派手な琴美が好きな花の一つだったのだ。

「…毎日、来ているの?」

突然後ろから掛けられた声に遠山は勢いよく振り返る。
「あ、あなたは…!」
遠山のすぐ後ろまで何時の間にかやって来ていた女は薄く表情も変えずに――笑った。
「こんばんは」
巳主神はそう云うと、カツカツ…とヒールを鳴らし遠山の横をすり抜け、壁に立て掛けられている花束を見る。
そしてコンクリートにはまだ、微かにだが…赤く黒く残る血痕があった。
「…珍しいわね、赤いバラの花束なんて…。まるで、愛の告白みたいじゃない?」
「…………………」
「…椎名亨でも置きに来たのかしら?」
遠山は『椎名亨』という科白にカッと激情したように頬を高潮させ、巳主神を見据えた。手にしたカスミソウの花束を知らず知らずのうちに握り締めながら…。
「あ、あなたは一体?! …何の為に私につきまとってるんですか?!」
「付きまとう…? それは少しおかしい解釈じゃなくって?」
「いいえっ! どうせ椎名に云われて私をつけてたんでしょう?! あなたは亨の新しい女なんでしょうッ!」
取り乱す女にやれやれ、と巳主神は肩を竦め、大きく溜息を吐いた。
「…ぶっちゃけた話、しましょうか? ここには私と貴方しかいないから…」
「な、何よ?!」
「私は貴方が依頼した草間興信所の探偵の一人…。別に貴方を付回していたわけじゃなく、この事件の『真相』を調べていただけ」
「…だったら、椎名の所へ行った方がいいじゃない! 椎名が琴美を死に追いやったのだからッ!」
遠山加絵子は感情を剥き出しで巳主神に食い掛かってきた。しかし、巳主神は相変わらずの艶のある声で、
「云ったでしょう…? 私は『真相』を調べているって」
「…だから…」

「貴方なんでしょう…? 間接的にせよ、琴美を死に追いやったのは」

一瞬にして空気が強張った。これは決定的な科白だったのかも知れない。
巳主神は遠山をじっと見据えたまま動かなかった。あの夕暮れ時と同じように冷たい風が通路に駆け抜け、二人の髪を揺らす。

「…何で、そんな風に云うワケ? …アノ子は…亨を恨みながら死んでいったわ…」
「………………」
「非道いのは亨よ! 私と琴美と…二股掛けておいて、最後は琴美を選んだのよ…! 琴美の父親が政治家だったから…」
「………………」
「琴美はバカな子だったから…全く気づいてなかったわ…私と亨が付き合ってることも…亨が琴美自身じゃなくて琴美の『家』と付き合ってることも…!」
「だから、琴美と椎名亨と…二人ともハメようとしたの…?」
女は花束を落とし両手で頭を抱え、違う、と巳主神の指摘にかぶり振った。セロファン紙の乾いた音を立てながらカスミソウがアスファルトに砕け散る。
「違う…! 琴美が自殺するなんて考えもしなかったッ…私は…琴美が亨をフってくれれば…それだけで良かったのよ…」
泣き崩れる女に、再度巳主神は大きく溜息を吐いた。そして…
「情念は尽きることなく…野を越え山を越え、やがては貴方のいる場所に辿り着く…。
 矢を射られた蛇、火にかけられた蛇は野を越え、山を越え、それを為した者の許まで追い続け恨みを晴らす。
 ――今ここで、貴方を恨んでいるのは誰かしら? …琴美? 椎名亨? 違うわよね…」
巳主神はそう云うと、空に小さく文字を描き僕<しもべ>である蛇を周囲に集めた。
「恨みは必ず毒を注ぎ、住処を煤に変える…。無念は晴れる事無く…貴方の許へやってくる。
 貴方を一番恨んでいるのは…貴方自身。後悔に後悔を重ね…それが己を醜い渕へと更に陥れてしまう…」
「ひ…!」
蛇たちはうねうねと躯をくねらせ、遠山を囲んだ。血の滴るような赤い舌を覗かせながら…。
「貴方の手より離れた『もの』は必ず貴方の許に返ってくる…人の言葉で言うなら…『因果応報』というヤツかしら…?
 貴方はもう…分かっている筈よ? 己の仕出かした所業の馬鹿らしさを…」
「ッ!」
「周りにいる蛇は、貴方の良心の象徴…うねるその身は貴方の後悔への情念。地を這い回る姿は貴方の足許に拡がる罪そのもの。
 罪はいつでも貴方の足許に噛み付く…消える事無く…これからも、ずっと抱えて生きて行かなければならない」

巳主神が神々しい声でそう云うと、遠山加絵子は意識を失った。
花束のセロファン紙がカサカサと音を立て、去り行く風に身を任せながら…。


Epilogue 春よ来い

「くーさーまーはんッ! 一体、どーゆーこっちゃ説明してもらいましょかッ!」
巳主神がソファへ腰を掛けながらコーヒーを口に運んでいると、勢いよくドアが開いた…と思ったら今回の探偵の一人、獅王一葉が飛び込んできた。
「椎名はヤーなヤツやったけど、白やったで! アンタ、初めから知っとったんやろ?! 白状せいッ!」
そう怒鳴りながら草間に詰め寄り、バンバンと両手をデスクに叩きつける。草間は苦笑いを零しながら頭を掻くだけだった。
「やめておきなさい、一葉。男は所詮、甲斐性なしなのだから…求めるだけムダよ?」
クスクスと云って女は足を組み直す。
「かーー! そーや! 冴那はんッ! アンタも知っとたんやろ?! 遠山加絵子と接触したんやろ?!」
一葉はくるりと振り返って今度は標的を巳主神に変える。ドカドカと大股で歩いて、女の横に座った。
「なぁ〜んで、そのときウチらにも情報回してくれんかったん!」
「アラ、心外ね。ちゃんとウチの子、使いに出しておいたわよ?」
「蛇なんて喋られへんやんッ!」
オーバーアクションに一葉は頭を抱える。その様子に一葉と行動を共にしていたぷっと少女――神崎美桜がぷっと吹き出した。
「ま、それなりに御仕置きしておいたし…大丈夫でしょ。それより、そっちは上手くいったのかしら? 美桜、一葉に振り回されなかった?」
巳主神の科白に少女は「………」と少しの間を置いた後、コクンと頷いた。
「…今、ほんの少しだけど間があったような気が…」
「う、うそ、うそやろ、美桜?!」
「まぁ…正直な子ね」
三者三様の取り方に少女はまた頬をサクランボ色に染めて微笑んだ。
そして、珍しく開いている窓から春を告げる柔らかな風が草間興信所に流れ、山積みにされた書類をカサカサと揺らした。


FIN


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0376 / 巳主神・冴那 / 女 / 600 / ペットショップオーナー】
【0413/ 神崎・美桜 / 女 / 17 / 高校生】
【0115 / 獅王・一葉 / 女 / 20 / 大学生】


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■         ライター通信          ■
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* こんにちは。本事件ライターの相馬冬果です。
  この度は、東京怪談・草間興信所からの依頼を受けて頂きありがとうございました。
* 今回の依頼は少し難しかったかも知れませんが、それぞれのプレイングが上手くかみ合っていたと思います。
* 他の参加者の方の文章を読んで頂けると、事件の絡み合った思惑や経過なども含めて、全体像や進展度、
  思わぬ隠し穴などがより一層、理解して頂けると思います。

≪巳主神 冴那 様≫
 再びお会い出来て本当に嬉しいです。ファンレターのお返事を送らせて頂きましたが、無事届きましたでしょうか?
 今回は巳主神さんだけで単独行動を取らせてみました。設定にある『語尾を色っぽく』が上手く出せたらなぁ、と
 思って頑張ってみましたが、如何でしたでしょうか?
 それでは、またの依頼でお会いできることを祈って…。
 
相馬