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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


私の声を盗らないで
●始まり
<世紀のアイドル! 海野いるか ○月×日武道館コンサート決定☆
チケット完売御礼☆ 追加チケットの……>
 先日からテレビで流れているCM。それに一瞥してから草間は目の前で汗を拭いている男へと目を向けた。
「……で、彼女が幽霊に狙われている、と。そういう訳ですか」
 海野いるか。某オーディション番組から出て、今では世紀のアイドル、とまで歌われるようになった彼女。歳は確か15。
「そうなんです。あちこちに現れて、いるかの声を頂戴、って言ってきて……。しかも最近ではもうすぐ私の物に……とか言い出して来たので、すっかりおびえてしまって……。スタッフの話じゃ、レコスタで自殺した女の霊だ、とか。誰かの妬みの嫌がらせじゃないのか、って話になってまして……。しかしスゥッと消えていくのを私も見てますから。幽霊に間違いないと……」
「それで、うちにどうして欲しい、と? うちは単なる興信所ですが」
「い、いえ。あちこちで噂を聞きまして、ここならいるかのボディガード兼解決をやって頂けるのではないかと思いまして……。コンサートは一週間後なんです!」
 脂ぎった男にぐいっと顔を近付けられて、草間はひきつった笑みを作りながら後ろにひいた。
「報酬は言い値で結構です! 諸経費もうち負担で」
「引き受けましょう」
 報酬の話が出た瞬間、草間はパッと顔色を変えた。
「コンサートまでに事件が解決できればいいんですね?」
「はい」
「よし。誰か行って来い!」

●七森沙耶
「この依頼、私にやらせてもらえませんか?」
「七森が?」
 言い出しそうにない人物からそう言われて、草間は目を点にして沙耶を見た。
 それに沙耶は頬を少し紅くする。そして小さく頷いた。
「私なら歳も近いし、安心して貰えるかな、って」
 言いながら沙耶は胸元の十字架に触れる。
 それだけでどうにかなると思えないのだが……と思いつつ草間は頷いた。
「まあ行ってみてくれ。もしダメだったら言ってくれよ」
「はい」

●テレビ局
「高木さん、ちょっと寄って貰ってもいいですか?」
 マネージャーの高木孝司(たかぎ・こうじ)と一緒にテレビ局へと向かう途中、ケーキ屋を見つけて沙耶は高木に声をかけた。
「あまり時間がないですから、早くお願いしますね」
「はい、わかりました」
 ぱたぱた、と駆け出して沙耶はケーキ屋に入る。本当は悩みたかったが、タクシーの中で時計をちらちら見ている高木の姿が目に入り、手早く頼んだ。
 興信所を出る前に兄の所へ電話しておいた。
 案の定「無茶だ、無謀だ」と怒られたが、やはり沙耶は頑として譲らなかった。
 その為いつものように兄は沙耶に「気を付けるように」と注意をし、許す事になる。なんだかんだ言っても妹に甘い。
「お待たせしました」
「ああ、うん」
 スケジュール帳とにらめっこしていた高木は、目をあげずに頷きだけを返し、再びタクシーは動き出した。

「はじめまして、海野いるかです。よろしくお願いします」
 高木に連れられて楽屋に入ると、いるかはパッと立ち上がってお辞儀をした。
 それから沙耶の姿を見て目をパチパチさせる。
「あの、えーっと……」
「七森沙耶です。草間興信所から来ました。よろしくお願いします」
 精一杯の笑顔を作って沙耶は挨拶をした。
 本当はとても怖かった。でも自分より幼いいるかが苦しんでいるのを見て見ぬ振りは出来ない。
「私、これでも幽霊事件とか解決した事あるの。だから安心してね」
 あ、これお土産です。と沙耶はケーキの入った箱を手渡した。
 あまり選んでいる時間がなかったが、それでも低カロリーのものを見繕っていた。
「ありがとうございます」
 いるかも笑顔を作っているが、どこかかたく見えた。
(可哀相……。ちょっと幽霊に関わっただけで凄く怖かったのに、この子はずっとなんだもの……表情もかたくなってしまうよね……)
 心の中で思いつつ、しかし表面は笑っていた。沙耶に出来る精一杯の努力。それは笑顔で元気付けてあげること。
「あ、それで、あまり思い出したくないと思うんですけど、色々聞いてもいいですか?」
「はい」
 沙耶がそう言うと、いるかは少々顔を強張らせて頷いた。
「霊が出るようになったのはいつ頃からですか?」
「……デビュー曲のレコーディング後からだったと思います。最初は薄ぼんやり、ただ見ているだけだったんですけど、そのうち声まできこえるようになって……」
 その時の事を思い出しているのか、いるかは膝の上の拳を丸めて俯く。
「実害の方は……?」
「今のところ、特にありません。寝不足や精神不安定をそのせいだ、と言ってしまえば実害なのかもしれませんが……」
 いるかは沙耶の質問に、一つ一つ丁寧に答えてくれる。
「そういえば高木さん。確か草間さんの所でレコーディングスタジオで自殺した女性の話ししていましたよね? それってデビュー曲を収録したスタジオですか?」
 沙耶が振り向きざまに問うと、高木はぎくり、とした顔でそっぽを向いた。
「? どうかしましたか?」
 行動の意味が理解出来なかった沙耶は聞き直す。
「……そうです。あそこが一番いい機材を置いてありますから……」
 言い訳を言うように、高木は口の中でもごもごと言った。
「そうだったんですか!?」
 驚いたのはいるかの方だった。ガタン、とイスを鳴らしてたちあがる。それに高木はビクッと体を縮ませた。
「いるかちゃん、落ち着いて下さい。……高木さんはその女性の事、ご存じなんですか?」
「……」
 答えない高木に、沙耶は困ったような顔になる。
 無理矢理聞き出す術など沙耶には無い。
 小さくため息をついた時、ADの声が聞こえた。
「いるかちゃーん。そろそろスタンバイお願いしまーす」
「……すみません、本番ですから」
「ごめんなさい、七森さん……」
 これ幸いに、と高木は楽屋を出ていく。そしているかが申し訳なさそうに沙耶を見る。それに沙耶は笑う。
「きっと高木さんも言いづらい事があるんですよ。お仕事頑張って下さいね」
「はい」
 歳の近い沙耶の笑顔に、いるかも少しは元気を取り戻したらしい。
(でも……高木さんから見れば、私みたいな子供の質問に怯えるなんて……やっぱり何か知っているんですね)
 突っぱねてしまえばいいこと。しかしそれをしないのか、出来ないのか。ただ押し黙った高木の姿に疑問を感じながら、沙耶は二人の後をついて行った。
 本番前のいるかは、先程までの不安顔が嘘だったかのようににこにこと会場のお客さんに手を振っている。
「すごいですね、やっぱり年下と言えど、プロなんだ……」
 沙耶は純粋に感動しながらいるかの様子を見守っていた。
「ダメじゃないかこんな所まで入って来ちゃ」
「え?」
 いきなりぐいっと腕を掴まれて、沙耶はびっくりして振り返る。そこには見知らぬ(当たり前だが)男性が立っていた。
 警備員には見えないが、ADの一人のようだった。そしてそのADは沙耶をお客一人と間違えているらしい。
「あ、あの、違うんです。私、いるかさんのマネージャーさんに頼まれて……」
「すぐそう言った見え透いた嘘をつくんだ。いい加減にしないと怒るぞ」
 もう怒ってるじゃない……という突っ込みはあえてしない。
 どうしようかと視線を彷徨わせていると、いるかと目があった。
「!」
 沙耶の様子におかしい、と感じたいるかは慌てて走ってくる。
「ちょっと待って下さい! 七森さんはお客さんじゃありません!!」
 はぁはぁ、と息を切らせているかは叫ぶ。
「え?」
「高木さんが少しの間お願いした付き人さんです。追い出さないで下さい」
「そ、そうだったの……?」
 沙耶の腕を掴んだまま、ADは呆然。そのうち後ろからディレクターらしき人がいるかを呼んで、慌てているかは戻っていく。
「ご、ごめん。俺、てっきり……」
「誤解が解ければいんですけど……腕、放して貰えますか?」
 困ったように上目使いで言った沙耶に、ADは慌てて手を放す。
「ほんっとーにごめん」
「いいですよ。お仕事なんですから。ぼーっと立っていた私も悪かったんですし」
 笑みを作ってみせると、ADも困ったように笑った。
「あ、申し訳ないついでに、ちょっとお訊きしてもいいですか?」
 ちゃっかりしているのは末っ子気質だろうか。
 それにADはお詫びだから何でも聞いて、と答える。
「レコーディングスタジオで自殺した女性の話なんですけど、何か知ってますか?」
「ああ……」
 と言いながら顔を曇らせる。
「冬野小雪(ふゆの・こゆき)の事だね」
「冬野、小雪、さん?」
「そう。いるかちゃんのデビューする少し前にデビューしてて、やっと大物に曲を書いて貰って。本格的に! って矢先に声帯に悪性ポリープ、とかいうのが出来ちゃって。命にかかわるから、って両親に手術を受けさせられたら見事声がかわちゃって。絶望してスタジオで自殺しちゃった、って子だよ」
「……」
「しかもさ、その後デビューが決まってたいるかちゃんが、小雪に声質が似てる、って言うんでその曲回されちゃって……浮かばれないよな……」
 ADの話を、沙耶は静に聞いていた。心が重くなるような話である。
「なぁにやってんだー! 仕事しろー!!」
「はい!! ごめん、戻るから」
 拝むようなポーズをした後、ADは駆け出していく。
 一人残された沙耶は、ADの言葉を思い出す。それだけの事があれば、誰かを恨んでも仕方がないのか。でも、やっぱり誰かを憎むのはおかしい、と思う。
 いるかが悪いわけでも、両親が悪いわけでもない。まして本人も……。辛く苦しいのはなんとなくわかる。完全にわかる、というのお門違いだと思うが。
 だからって他人に責任転嫁して、恨みつらみを言うのはおかしい。そんな事をしていても浮かばれない。
「……小雪さん、哀しいよ……。ちゃんと、お話、出来たらいいのに……」
 辺りへと沙耶は視線を向けるが、小雪の姿はないようだった。

「いるかちゃん、なんとなく、だけど事件の真相がわかったの」
 楽屋に戻ったいるかに、沙耶は思い切って切り出した。
 隠して置いても仕方がない。
 事実は知るべきだ、と沙耶は思った。それが今まで高木がひた隠しにしてきた事でも。
「何がわかったんですか!?」
 必死の表情でいるかは沙耶に迫る。それに沙耶は思わず後ずさりをしるる、いるかに座るようにすすめる。
「えーっとですね……」
 と沙耶はADから聞いた話をまとめて話す。その間、いるかも高木も一言も口を挟まなかった。
 そして聞き終えると、いるかは大きく息を吐いて、膝の上に置いた手をぐっと丸めた。そのせいでスカートにシワが寄る。
「そんな事があったんですか……」
 悲痛の表情。自分も歌えなくなったときの事を考えているのか。
 高木は相変わらず押し黙ったまま楽屋の隅に座っていた。
 しかしその肩は小刻みに震えている。
「でも、いるかちゃんを恨むのは違うと思います。だから、ちゃんとお話が出来れば……」
 と言い出した沙耶の瞳に、見知らぬ女性の姿がうつった。それはいるかと大して歳の変わらない女の子。いるかの後ろに立ち、じっと沙耶の事を見つめていた。
「……」
 一瞬の恐怖。それから襲ってきためまい。ぎゅっと胸の十字架を握りしめた。しかしほんの僅かな隙に、沙耶の体は乗っ取られていた。
「……どうしてみんなそんなお綺麗事ばかり言うの?」
「七森、さん?」
 沙耶の口から突然漏れた言葉に、いるかはびっくりして目を丸くする。
「高木さんも高木さんだよ。私の為に作った歌だよ、なんて言いながらこんな子に歌わせるなんて! 酷い」
「……もしかして小雪、なのか?」
「小雪さん!?」
 恐る恐る高木が立ち上がって問うと、沙耶の中に入った小雪が頷く。それに驚いているかも立ち上がった。
「でも、あの曲は……なかったものにしてしまうのはおしかったから。それで……」
 たしかにあの曲だけいるかはトップアイドルまで上り詰めた。たった1曲の力。それは歌手としては馬鹿に出来ないものだった。
「そんな事わかってるわ。でも、私があの曲をどれだけ大事にしていたか知っているでしょ? なのに、なのに……」
「ご、ごめんなさい、小雪さん。私、何も知らなくて……」
「ふん。上辺なら幾らでも謝れるわよ。それに、知らないからそれでいいって訳じゃないでしょ。返して、あの曲を私に」
 最初はしゅんとしていたいるかだが、しかし本来はなかなか気が強いらしく、一歩的に言われて切れた。
「返して、って言われても無理です。私だってあの曲好きなんですから。確かに最初は小雪さんの曲だったのかもしれない。でも、今は私の曲でもあるんです。そんなに歌いたかったんなら、何で逃げたんですか!」
「逃げた? 私が? あんたにはわかるの? 声を失った私の気持ちが!」
「わかるわけないでしょ!? でも、小雪さんにもちゃんと声、あるじゃない。本当に歌が好きなら、声にこだわらないで、歌い続ければ良かったのに」
(泣いてる……。いるかちゃんも小雪さんも。泣いてる……)
 体は小雪に乗っ取られているが、意識は保っていたため、沙耶は現状を見ていた。そして二人の心が泣いているのをひしひしと感じていた。
(止めようよ小雪さん。わかってるんだよね、こんな事してても仕方ない、って。ただ、思いを止めることが出来なくて、苦しくて、哀しくてたまらなかったんだよね……)
 波間に漂うな感じで、ゆったりと沙耶は小雪の心に呼びかける。いるかを傷つけた分、小雪は自分も傷ついている。早く癒してあげないと、自分自身傷ついていることすら忘れて、誰かを傷つけ続ける。そんな不毛な事を続けて欲しくなかった。
「……」
 小雪は涙を流した。内面から暖かなものに包まれて。
「そう、歌い続ければ良かった……一時の感情になんて振り回されないで……。わかってるの、あんたの声を手に入れたところで仕方がない、って。でもどうしても我慢できなくて。あの歌を歌えなかった事が悔しくて……」
(じゃあ、歌えばいいですよ)
「じゃ、歌いましょう」
 沙耶といるかが同時に微笑む。
「今度のコンサートで、一緒に歌いましょう。七森さんの姿を借りて、という訳にはいきませんが」
(私の声じゃ……小雪さんじゃないですからね)
「……歌っても、いいの……?」
「勿論。だって、小雪さんの歌でもあるでしょ?」
 涙に濡れた瞳で、いるかは笑った。

●あなたの為に歌う歌
「それじゃ、行ってきます」
「頑張って下さいね。私、ここで応援しています」
 すっかり笑顔になったいるかは、ステージに向かって飛び出していく。
 今日はコンサート当日。会場は満員御礼の大盛況。武道館に入りきれなかったファンが、外にまで集まっていた。
 そしてコンサートは始まった。
 口パクなんて一切なしの本物の歌声。時々かすれてしまうのが、またいいのかもしれなかった。
「いるかちゃん、すごいなぁ」
 思わず漏れる感嘆の言葉。
 どこからパワーが沸いてくるのか、いるかは広いステージを所狭しと駆け回る。
 そして息せき切って帰ってきては5秒くらいで着替えてまたでていく。
 沙耶の前だと言うのに、全く気にしていないようだった。同性でありながら、沙耶の方が恥ずかしくなり、横を向く。
 そして最後の曲。それは小雪と一緒に歌う、デビュー曲だった。
「……それでは最後の曲になります。私のでデビュー曲です。この歌は、本来歌うはずだった小雪さんと一緒に、そして小雪さんの為に歌いたいと思います……」
 静かな前奏が流れて、いるかは歌い出した。
 何度も何度も練習した歌。それはすでに小雪の歌、とだけ呼べなくなっているもの。
 そのいるかの横では小雪が歌っていた。会場から僅かなざわめき。中には見えているものもいるのだろう。しかしそれも歓声の前に消される。
 沙耶の知らないうちに口ずさんでいた。
 そして曲が終わる頃、小雪の体はゆっくりとその場から消えた。
 僅かな沈黙。そして大歓声。
「……みんな、そして小雪さん、ありがとう!」
 いるかは花束を放り投げた。
 空中で散った花は、まるで雪のように舞っていた。

●その後
「なんとか終わりました」
 沙耶はそう言って草間に報告書を渡した。
 瞬間、振り返った草間の煙草の煙でむせる。
「けほ……」
「ああ、すまん」
 フィルター近くまで吸った煙草を灰皿でもみ消す。
「しかしよく解決出来たな」
 馬鹿にしている訳ではなく、心底そう思っているようだった。
「優しい人でしたから。ちゃんとわかってくれました」
 世の中には悪人はいません、と言ったような顔で言われて草間は苦笑した。
「そんじゃま、これからも頼むわ」
「え、ええ!? で、でも……幽霊、とかはあまり……」
 びっくりして声を荒げてから、沙耶はおろおろする。
 沙耶のお兄ちゃん達の気苦労は、まだまだ絶えないようである。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

   【0230/七森沙耶/女/17/高校生】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、夜来です。
 またまたお目にかかれて光栄です☆
 今回は沙耶ちゃんの「とりつかれやすい」ってヤツを使えて嬉しかったです♪
 ……いや、お前が喜んでどうする、って言った感はありますが(^-^;)
 相変わらず心根が優しいので、書いていて穏やかな気持ちになります。
 これからも怯えつつ(笑)頑張って下さい。
 それでは、またの機会にお逢いできることを楽しみにしています。