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私の声を盗らないで
●始まり
＜世紀のアイドル！ 海野いるか ○月×日武道館コンサート決定☆ チケット完売御礼☆ 追加チケットの……＞
先日からテレビで流れているＣＭ。それに一瞥してから草間は目の前で汗を拭いている男へと目を向けた。
「……で、彼女が幽霊に狙われている、と。そういう訳ですか」
海野いるか。某オーディション番組から出て、今では世紀のアイドル、とまで歌われるようになった彼女。歳は確か１５。
「そうなんです。あちこちに現れて、いるかの声を頂戴、って言ってきて……。しかも最近ではもうすぐ私の物に……とか言い出して来たので、すっかりおびえてしまって……。スタッフの話じゃ、レコスタで自殺した女の霊だ、とか。誰かの妬みの嫌がらせじゃないのか、って話になってまして……。しかしスゥッと消えていくのを私も見てますから。幽霊に間違いないと……」
「それで、うちにどうして欲しい、と？ うちは単なる興信所ですが」
「い、いえ。あちこちで噂を聞きまして、ここならいるかのボディガード兼解決をやって頂けるのではないかと思いまして……。コンサートは一週間後なんです！」
脂ぎった男にぐいっと顔を近付けられて、草間はひきつった笑みを作りながら後ろにひいた。
「報酬は言い値で結構です！ 諸経費もうち負担で」
「引き受けましょう」
報酬の話が出た瞬間、草間はパッと顔色を変えた。
「コンサートまでに事件が解決できればいいんですね？」
「はい」
「よし。誰か行って来い！」
●ルシオン・ハルフォード
「あの、私でよければお手伝いします」
「シスター、あんたが？」
お使いで草間興信所を尋ねてきていたルシオンは、人助けの話を聞いて見過ごせなかった。聖職者である以上、人助けは命題。
「はい。いけませんか？」
にっこりと問い返されて、草間は黙った。
しかし興信所内に残っている人間で、適正な人材がいなかった為、頷いた。
「それじゃ、頼みます。そのギャラ方ですけど……」
「教会に寄付されるのでしたら、おいくらでも結構ですよ」
青い髪に青い瞳、服装はファンタジー世界にでてくるようなシスター服で、西洋人形を思わせる風な感じの外見で、しかしかなりのほほんとした口調で言った。
「寄付、ね。わかりました。それじゃよろしくお願いします」
「はい。承りました」
馬鹿丁寧にお辞儀をした。
●テレビ局
「初めまして、海野いるかです。よろしくお願いします」
一葉が挨拶に行くと、いるかはちゃんと立ってお辞儀をする。
漆黒の黒髪は長く、瞳は僅かに茶色がかっている。背はあまり高くない方みたいで、ルシオンと同じくらいだった。
可愛らしい、愛らしい、と言った面もちで、声もアイドル向け、と言ってもいい。
「ルシオン・ハルフォードです。よろしくお願いします」
にこにことほんわかムードを醸し出すルシオンに、いるかもホッとしたように笑みを作った。
ルシオンの側には何故か大きなぬいぐるみが置かれていた。それが何か尋ねたかったが、視線を向けるとにっこりと微笑まれるため、聞けなくなっていた。
「いるかさんとお話出来るなんて、凄い体験ですよね」
「え、そんな事ないですよ。歌の好きな、歌うことしか知らない普通の女の子ですよ」
ルシオンの言葉を大仰に手を振って訂正する。
「私も歌うこと好きですよ。聖歌隊とかやってますし。歌は素晴らしいですよね。万国共通の宝です」
「あのぉ〜」
世間話にやってきた感のあるルシオンに、マネージャーの高木孝司（たかぎ・こうじ）がそっと声をかける。
「あ、すみません。つい芸能人の方とお逢いできる機会なんて滅多にないものですから。ああ、そうですわ。草間さんから一応聞き込み、というもののやり方を教わって来たんですわ」
手をポム、と打ってメモ用紙を取り出す。
「えーっと確か……そうですわ。いつ頃から霊がでるようになったんですか？」
「デビュー曲のレコーディング辺りからです。最初はただ見ているだけのようだったんですけど、そのうち声まで聞こえるようになって……」
その時のことを思い出しているのか、いるかは身を縮めて俯く。
「被害とかは？」
「特にありません。気がつくと側にいて。ただ見ている時もあれば、話かけられる時もあります」
「その方に心当たりは？」
「ないです。ただ、私と同じ歳くらいの女性、としか……」
一通り聞き終えて、ルシオンは小首を傾げた。そして一つ思い当たる事があり、高木を見た。
「そういえば高木さん。レコーディングスタジオでどなたか亡くなった、って話を興信所でなさってましたけど、いるかさんがレコーディングしたスタジオを一緒ですか？」
ルシオンの問いに、高木は聞かれたくないことを聞かれた、というような表情で小さく頷いた。
「そうだったんですか!?」
驚いて立ち上がったのはいるか。知らなかったらしい。
「どうやら、そこで亡くなった方の霊を連れてきてしまったみたいですね。大丈夫ですよ、同じ音楽を愛する方ならわかってくれますわ」
にっこり笑い、その後ところで、と続ける。
「高木さんはその亡くなった方をご存じなんですか？」
「……」
俯いて口を噤んだ。
「？ どうしたんですか？ 教えていただかないと、コンサートまでに終わりませんよ？」
ルシオンの尤もな言葉。しかし高木は答えなかった。
「いるかちゃん！ そろそろ入ってくださーい」
「あ、すみません。本番ですから……」
ＡＤの声を天の助け、とばかりに高木はそそくさと楽屋を出ていく。
「ルシオンさんすみません。お話はまた後で」
「はい。私も見せていただきますね」
全然気にしていない、と言った感じでルシオンは頷いた。
普段ならルシオンの格好は注目を浴びるものだが、テレビ局の中はルシオン以上に奇抜な格好をしている人が多いせいか、振り返ってみる者は少なかった。もし注目を浴びていると人も、ルシオンは一向に気にしなかっただろうが。
いるかはリハーサルを終えると本番に向けて顔つきがかわる。
「すごいですね、何か熱気が感じられて……」
ほぉ、と雰囲気を感じてため息をつく。
「珍しいね、シスターさんの格好なんて」
「え？」
不意に声をかけられてルシオンは振り返る。そこには男の人が立っていた。が勿論誰だかルシオンが知るはずがない。
「どちらさまですか？」
本気で聞いたルシオンに、男は苦い顔をする。
「やだな、冗談うまいね、キミ」
「？ えーっと……」
冗談ではないんですが、と言い返そうとしたルシオンの言葉を、男が遮る。
「ところでなんでこんな所に立ってるの？ 出演者は向こうだよ？」
「あ、私は違うんです……いるかさんの……、ってあのその待って下さい!!」
ぐいぐい腕を引っ張られてルシオンはずるずる引きずられる。
「え、あれ？ ルシオンさんどうしたんですか？」
いきなり出演者の中に入れられたルシオンを見て、いるかは目を丸くする。
「いえ、何か突然連れてこられて……」
困ったように、しかし今から抜けられなくなってしまいルシオンは戸惑いの表情できょろきょろしている。
「いるかちゃん出番！」
「あ、はーい！ ルシオンさん、じっとしていた方がいいですよ」
「はい。わかりました」
いるかに言われてルシオンはその場に固まるように座った。
「何あんた、いるかの友達？」
「え？ お友達ではありませんが……」
「なんだ友達じゃないの。ふぅん。あの子もしたたかよねぇ。死んじゃった子の曲でデビューして、ミリオン飛ばして。平気な顔してるんだもん」
突然話しかけてきた女性。しかしこの人の事もルシオンはわからなかった。
その上先程の男性と同じように、自分の言いたいことをまくしたてはじめる。
「何の話ですか？」
「やっぱ知らないの？ 実はさ、あの子のデビュー曲、冬野小雪（ふゆの・こゆき）って子が歌うはずの歌だったんだよ。だけど、なんか病気で歌えなくなっちゃって、レコスタで自殺。その後デビューの決まったいるかが声質似てる、っていうんで曲が回された、って訳よ」
「まぁ、そんなことがあったんですか……」
その上自分が自殺したスタジオを使われれば、ついて来たくもなる、というもの。
「高木さんもやり手だからぁ。小雪が潰れたらいるかでしょ？ マネージャーも大変よねぇ」
「高木さんってその冬野さん、って方のマネージャーさんだったんですか？」
「ええ、そうよ。ま、アイドルなんて使い捨てだし、いつまで続くかしらね、人気も……って出番だわ。それじゃ」
「え、あ！ ……お忙しい方ですね……」
大きなぬいぐるみを抱きしめて、ルシオンは困ったようにいるかを見た。
しかしいるかはルシオンの視線に気がついていないらしく、笑顔で会ｊｙほうを見ていた。
「えーっと、キミは……」
「え？ 私ですか？ あの、いきなりここに連れてこられたんです。よくわからないんですけど……」
「そう。まぁちょうどいいや。なにか歌える？ バックは？ ダブルブッキングで来られなくなったのがいるから、時間つぶしにでてくれ」
「ダブルクッキング？ お料理ですか？ あのー」
何がどうなっているのかわからない間に、ルシオンはステージに引っぱり出されていた。視界の端にうつったいるかが、ものすごく困ったような顔になっている、がルシオンは自分のおかれた立場を理解していなかった。
＜自己紹介と、歌、何かやって！＞
テレビにうつらない範囲にところにスケッチブックが掲げられる。
「自己紹介、ですか……？ ルシオン・ハルフォードと申します。教会でシスターをやっております」
優雅に一礼してにっこり笑う。
「歌でしたら、賛美歌を……」
言ってルシオンはアカペラで賛美歌を歌い始めた。
見事な高音が収録スタジオの中を響きわたる。が、周りは唖然としていた。
教会の一枚絵のような光景。空から光りでも降り注ぎそうな感じだが、しかし場所が違っている。
スッキリした顔で歌い終わったルシオンは、もう一度笑ってお辞儀をし、その場を後にした。
●あなたの為に歌う歌
「すごいですね、ルシオンさん」
「何がですか？」
楽屋に戻ったいるかは、紅潮気味な顔でルシオンの側によった。
「すっごい歌丈夫なんですね」
「毎日歌ってますから。それよりもいるかさんの方がお上手ですわ」
にこにこと本心から言われているかは思わず赤くなる。
「そういえば私、いるかさんにお話しておかなくてはならない事があるんです」
「なんですか？」
「幽霊の事で……」
そう切り出してルシオンは冬野小雪の存在について説明した。
最初真剣な顔だったいるかの表情が、段々沈痛へと変わってくる。
同じ歌手として思う部分はたくさんあるのだろう。
それと同じように、ルシオンが事実を明らかにしていく中、高木の顔色も青く変わっていた。
「という訳なんです。小雪さんも、きっと話せばわかってくれると思うんですけど……肝心な小雪さんがいらっしゃらないとお話出来ませんね」
あくまでマイペースなルシオン。
すると、いつも持っているぬいぐるみがピクリと動いた。それは他人に気付かれないほど小さく。
それに気付いたルシオンは、ぬいぐるみを持ち直し、辺りを見回した。
「……小雪さん、いらっしゃるんですね？」
「え？」
ルシオンの問いかけにいるかは思わずイスから立ち上がり、辺りを見回す。
「小雪さん、出てきて下さい。お話しましょう」
それは罪を語る人へアドバイスをするそうな、厳しい顔つき。
そしてルシオンの声に応えたのか、部屋の隅に女性の姿が現れた。
「初めまして、ルシオン・ハルフォードと申します」
ルシオンは馬鹿丁寧に挨拶をするが、小雪はじっと見ているだけで反応しない。
「あなたの無念はよくわかります。ですが、いるかさんへそれをぶつけるのは間違っています。あなたが本当にした事は、こんな事ではなかったはずです」
優しくゆっくりと語る。それは歌の調べにも似ていた。
『わからないわ、あなたには。私の苦しみなんて……歌うことしか出来ない私から、それを奪われてしまった苦しみなんて……』
ようやく小雪は口を開いた。毒を吐くように苦々しく。
「ええ。私にはあなたの苦しみはわかりません。どこの誰も、あなたの苦しみをあなた以上にわかって差し上げることは出来ないんです。当然ですよね。皆、あなたではないんですから。ですが、あなたはわかるんですか？ あなたに声を奪われそうになって怯えているいるかさんの気持ちは」
『……あの歌は私の歌だった。なのに、どうしてこんな子が歌っているの？』
「あの歌は紛れもなくあなたの歌です。と同時にいるかさんの歌でもあります。歌は歌う人のものです。歌ったときの気持ちを忘れなければ、ずーっとあなたのものです」
『……私だって誰かを憎みたいわけじゃない。ただ、苦しくて、切なくて……』
胸を押さえるような仕草をして、小雪は俯いた。
いるかは何か言いたかったみたいだが、どう言葉に表していいのかわからず、口を僅かに開いたまま、止まっていた。
『小雪さん、あなたは優しい人です。亡くなった時に苦しみに引きずられただけで、ちゃんと自分と向かい合える方です。いるかさんだって、もう許してくれますよ、ね？」
ルシオンに問われているかは何度も頷いた。
「気持ちわかるから。私だって同じ目にあったらすっごく苦しいから。確かに怖かったけど、わかるから……だから、一緒に歌いましょう。あのコンサートは小雪さんの為でもあります。だから、一緒にあの曲、歌いましょう」
『……許して、くれるの？』
「許すも何も。つかの間の心霊体験で、被害はゼロ。貴重な体験が体験が出来たんだからそれでよし、かな」
かなり怖かったけど、といるかは笑う。
『ありがとう……』
「良かったですわ。これで一件落着ですね」
使うことのなかったぬいぐるみの中の剣に安堵しつつ、ルシオンは微笑んだ。
「それじゃ、行ってきます」
「頑張って下さいね」
舞台袖でルシオンはいるかを見送る。
コンサート当日。会場は満員御礼。チケットが買えなかったファンが会場の外に集まっていた。
そしてコンサートは始まった。
口パクなんて一切なしの本物の歌声。時々かすれてしまうのが、またいいのかもしれなかった。
ルシオンも思わず口ずさんでいた。
いるかの小さな体の、どこにあんなパワーが潜んでいるのだろう、と思わせるように、ステージの上を所狭しと駆けめぐる。
そして息せき切って帰ってきては５秒くらいで着替えてまたでていく。
「大変ですね……」
ほぉ、とため息をつきながら、いるかの姿を見ていた。
そして最後の曲。それは小雪と一緒に歌う、デビュー曲だった。
「……それでは最後の曲になります。私のでデビュー曲です。この歌は、本来歌うはずだった小雪さんと一緒に、そして小雪さんの為に歌いたいと思います……」
静かな前奏が流れて、いるかは歌い出した。
何度も何度も練習した歌。それはすでに小雪の歌、とだけ呼べなくなっているもの。
そのいるかの横では小雪が歌っていた。会場から僅かなざわめき。中には見えているものもいるのだろう。しかしそれも歓声の前に消される。
「お二人とも、素敵です」
ルシオンは子供を見つめる天使のような表情で、二人の姿を見ていた。
そして曲が終わる頃、小雪の体はゆっくりとその場から消えた。
僅かな沈黙。そして大歓声。
「……みんな、そして小雪さん、ありがとう！」
いるかは花束を放り投げた。
空中で散った花は、まるで雪のように舞っていた。
●その後
「とても素敵なコンサートでした」
「そうか。それは良かった」
にこにこと笑顔で言われて、草間は苦い顔になるが、これで大口の仕事が一つ片づいた為、すぐに笑顔になった。
「お疲れまでした、シスター。あなたのおかげで無事事件が解決しました」
「いいえ。私のおかげではありませんわ。小雪さんの心根が優しかったからこそ、何事もなく終わったんです」
あくまでにこにこ。草間としてはちょっと苦手なタイプではある。
「でも良かったですわ……ああ!! 草間さん！」
ほっと笑ったルシオンの顔が、いきなりせっぱ詰まったものになる。
「ど、どうした？」
「いるかさんの、いるかさんの……」
「いるかがどうした？」
「サイン貰うの忘れてしまいました！」
「……」
今からじゃもう貰えませんよね？ もったいないです、とルシオンはわきゃわきゃと騒ぐ。
それに草間は乾いた笑いを浮かべつつ、煙草に火を点けた。
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
【0392／ルシオン・ハルフォード／女／１６／聖職者（シスター）】
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■ ライター通信 ■
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初めまして、こんにちは。夜来聖です。
この度は私の依頼を選択して下さり、誠にありがとうございました。
ルシオンさんのほんわかしてムードが出せていればいいのですが……。
あっていなかったら遠慮なく言って下さいね。これからの参考にさせて頂きます。
剣を使う機会がなかったのは残念でしたけど……私の依頼で使う機会が果たしてあるのか……甚だ疑問です(^-^;)
それではまたの機会にお逢いできる事を楽しみにしています。
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