コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


極問島【旅行編】
●オープニング【0】
「そういや暇はあるか?」
 唐突に草間が言った。また何か仕事を押し付ける気だろうか。
「そんな顔するな。安心しろ、仕事じゃない」
 こちらの思考に気付いたのか、草間が笑って否定した。
「アンケートでこんな物が当たったんだ」
 草間が1通の封筒をテーブルの上に出した。見せてもらうと、中には数枚の旅行チケットと民宿のパンフレットが入っていた。……これ、どういう意味?
「暇だったら行ってきたらどうだ? あいにく、俺はその期間は仕事で行けなくてな。無駄にするよりはいいだろ」
 草間の言葉で、慌てて有効期限を確認してみた。わ、これ今月一杯だ。
「行き先は岡山の瀬戸内海にある島の民宿だ。パンフを見ると、温泉もあるみたいだな。気候もちょうどいいし、どうだ?」
 瀬戸内海か。では海の幸は多少期待できるかもしれない。
「行く気になってきたようだな。なら、行って楽しんでくるといい。極問島(きょくもんとう)でな」
 ええ、言われなくとも楽しんできますとも。ただ1つだけ気にはなるけれど。
 確か似たような島名が出てくる推理小説ってなかったっけ――?

●船上の人【2】
「あれが極問島……」
 船窓から顔を出し、七森沙耶がつぶやいた。膝の上には食べかけの菓子袋があった。青空の下、潮風と春の陽気が心地よい。
 極問島――瀬戸内海のほぼ中程に浮かぶ周囲9キロばかりの小さな島である。人口は1200人強、漁業や花の栽培で生計を立てる者が多い島だ。
「どうですかお一つ」
 銀縁眼鏡をかけた優し気な美青年、桜井翔が他の者たちに弁当箱を差し出していた。形のいいおにぎりが、いくつも詰められていた。
「これ……どうされたんですか?」
 弁当箱を指差し神崎美桜が尋ねた。白いワンピースに白い帽子と、すっかり春の装いであった。
「自分で作ってきました。朝早くの出発だと、どうしてもお腹が空きますし」
 笑顔で答える翔。今朝は全員、朝一番の『のぞみ』に乗り岡山までやってきた。そこから港へ移動して船に乗るまでにまた時間がかかり、今はもう昼前であった。
「んじゃまあ、遠慮なく貰うぜぇ」
 ぬっと横から手が出てきておにぎりをつかんだ。一行の最年長、渡橋十三の手だった。さっそくかぶりつく十三。
「むぐ……そこそこ旨ぇじゃねぇか。誰も食わねぇんなら、全部貰っちまうぜ?」
「いえ、いただきますよ」
「俺も貰おう」
「私もいただきます」
 高御堂将人、真名神慶悟、九尾桐伯の3人が近付いてきて、一斉に手を伸ばした。それに遅れて、美桜と沙耶の少女2人が手を伸ばす。やはり皆、腹は空いていたようだ。
「美味しいですね」
 両手でおにぎりを持ち、美桜が翔に笑顔を向けた。他の者の感想も悪くなく、夜が明ける前に起きて作ってきた甲斐があったようだ。
「今夜は海の幸が待ってるんだよな。楽しみだ」
 おにぎりを食べ終え、煙草に火をつけた慶悟が言った。桐伯がそれに大きく頷いた。
「いい海産物には、やはりいいお酒でしょう。地酒があればよかったんですが……調べた所どうもないようなので、持ってきましたよ」
 桐伯が旅行鞄を軽く叩いた。何やら鈍い音がしたような気がする。
「おっ、心得てんじゃねぇか」
 十三が目を輝かせた。
「でも本当にいいお天気……旅行日和ですね。旅行中、ずっとこうだといいなあ……」
 船窓から穏やかな海を見つめつぶやく沙耶。
「もうすぐ島に着きますよ」
 反対側の船窓から外を見ていた将人が言った。船着き場が見えてきたのだ。
 そして数分後――一行は極問島へ降り立った。

●民宿『海龍』【3B】
 一行は船を降りると、すぐに宿となる民宿『海龍』へ向かった。何をするにも、まずは荷物を置いてからである。
 パンフに載っていた地図を頼りに、海沿いの道を歩いてゆく7人。数分歩くと民宿が見えてきた。海に面した2階建ての建物だった。
「いらっしゃいませ」
 民宿の前で7人を出迎える者があった。長い黒髪を後ろで1本のお下げ髪に結んでいる、小麦色の肌をした少女だ。年頃は沙耶や美桜と同じくらいか。
「お世話になります」
 一行を代表して、将人がにこやかに挨拶をした。
「こちらのお嬢さんですか?」
「いえ。一応、女将になりますが。申し遅れました、当民宿の女将で大原早苗(おおはら・さなえ)と申します」
「え?」
 早苗の答えに面食らう将人。すぐ後ろに居た慶悟と桐伯が顔を見合わせた。まさか女将だとは思わなかったのだ。
「一昨年母が亡くなりまして……それ以降は私が跡を」
「それは失礼を」
 慌てて謝る将人。早苗が申し訳なさそうに手を振った。
「こちらこそ失礼いたしました。お客さまにするようなお話ではありませんでしたね。さあ、どうぞ。長旅でお疲れでしょう?」
 早苗が一行を中へ促した。
 他の皆が中へ入ってゆく所、沙耶は1人立ち止まり民宿の霊視を行った。何かいわくつきではないかと懸念していたのだ。
 だが何も見えず、沙耶は胸を撫で下ろして皆の後に続いた。

●未婚の母【5D】
「すみません、お客さまにこのようなことをさせて……」
 早苗が申し訳なさそうに言った。
「なーに、ちょうどいい暇潰しにならぁ。それによぉ、この嬢ちゃんにとっちゃいい花嫁修行になるぜぇ?」
 ニヤニヤと言う十三。その隣で沙耶がニンジンの皮を手にしていた。
「あー……また皮が分厚くなっちゃいました」
 十三と沙耶は何故か民宿の厨房に居た。暇を持て余していた十三が厨房仕事を買って出て、沙耶はそれに巻き込まれたのだった。
「温泉入って酒飲むにしてもよ、一仕事終えてからの方が格段に旨ぇんだよ。な、嬢ちゃんよ」
「私、未成年なんで……」
 困った笑顔を浮かべる沙耶。早苗が不意に吹き出した。
「あ、すみません。でも楽しい方々ですね」
「いつもお1人でお料理の支度をされているんですか?」
 沙耶の疑問に早苗が頷いた。
「それ以前から母の手伝いをしていましたし、2年もあれば慣れてしまいました」
「他にどなたか居られないんですか? ご兄弟とか、お父さんとか……」
 そう沙耶が言った瞬間、十三が肘で突いた。
「おい、余計なこたぁ聞くもんじゃねぇぜ」
「いえ、いいんですよ。気にしていませんから」
 早苗が慌てて言った。
「兄弟は居ませんし、父は……分かりません」
「えっ」
「母は未婚で私を生みましたから」
 静かに言う早苗。沙耶はばつの悪そうな顔をして、肩をすくめた。
「そんな顔しないでください。本当のことなんですから。お客さまは何も悪くありませんよ」
 早苗が沙耶を慰めるように言った。
「……そういやよ、あんたの母親は何で亡くなったんだ? 身体でも壊したか?」
 包丁を動かしながら十三が尋ねた。早苗は首を横に振った。
「事故です。2年前、海に落ちて……それきり」
 目を伏せる早苗。大根を切る十三の包丁の音だけが聞こえていた。

●天使の歌声【6B】
 海の見える温泉はいい物だが、これが露天風呂とくればなおよい。
「気持ちいいですね……」
「うん、気持ちいい……」
 美桜と沙耶は露天風呂に肩まで浸かっていた。あまりの気持ちよさに、恍惚の表情を浮かべていた。
「ただで温泉付きの旅館に泊まれるなんて、夢みたい……夢じゃないよね?」
「夢じゃないですよ」
 沙耶の言葉に答える美桜。一瞬黙り込んで、そして互いに声を出して笑った。女性の露天風呂には、沙耶と美桜の2人だけであった。
「けれど夢みたいですよね。こんなにたくさんの人と旅行に行くの初めてで……私、嬉しくって」
 笑顔で美桜が言った。
「夜は皆で枕投げしましょう。修学旅行みたいに」
 沙耶がくすっと笑った。2人とも、今回の旅行が楽しくて仕方がないといった様子だ。
「…………」
 ふと沙耶が黙り込み、美桜をじっと見つめていた。顔ではない、水面下にある胸元を。
「え? あっ……!」
 美桜が恥ずかしそうに、胸元を腕で隠した。
「美桜って、スタイルよかったんだ……」
 沙耶はそう言って自分の身体に目をやった。……とりあえず、比較するのは止めておくことにした。
「えっと……その、あの、あっ、そうだ! 今日森の中をお散歩していたら、こんなことがあったんです」
 美桜が今日の出来事を話し出した。『石舞台』と呼ばれる神聖な場所へ出たことを。そしてそこで、木藤春奈(きとう・はるな)という少女に出会ったことを。
「そうなんだ。じゃあ、無闇に近寄らないように、後で皆に伝えておかなくちゃね」
 美桜の話を聞いて、沙耶が言った。
「何も……ないですよね?」
 不安そうに美桜が尋ねた。
「この島の名前、とある推理小説に似ているのが気になるんですけど……」
「うーん……何もないと思うけど」
 沙耶は何もないと断言したかったが、それができる確証もなかった。第一、どこか引っかかっているのは沙耶も同じだった。
「……楽しみましょう」
「そうですね……」
 少しの沈黙の後、2人が出した結論はそれだった。何かあったら、あった時のことである。
「あの。私歌いますね」
 気を取り直した美桜が言った。拍手する沙耶。
「はーるのおーかにー……♪」
 歌い始める美桜。何とも綺麗な歌声だった。沙耶は拍手する手を止め、黙って聞き入っていた。その歌声は、男性の露天風呂にも聞こえていた。

●事件の幕が開く【8】
「おはようございます」
 朝の挨拶をする早苗。朝になって一行が2階の部屋から降りてくると、すでにテーブルの上には7人分の朝食が用意されていた。
「おはようございますぅ」
 早苗とは別の声がした。見ると、厨房からお下げ髪で小麦色の肌をした少女が顔を出していた。小柄で、年格好は中学生だろうか。
「妹さんですか?」
 眠い目を擦りながら、美桜が尋ねた。
「いいえ。妹のような物ですけれど、この娘は木藤冬美(きとう・ふゆみ)と言います。よく家に遊びに来るんです」
 笑って早苗が答えた。
「冬美にとっては、早苗お姉ちゃんはお姉ちゃんみたいな物だよっ☆」
 明るく元気に冬美が言った。
「木藤……?」
 美桜と沙耶が顔を見合わせた。
「ひょっとして、お姉さんに春奈さんという方が?」
「うん、そうだよ。どうして知ってるの?」
 美桜の問いかけに、冬美がきょとんとして答えた。
「冬美には春奈お姉ちゃんと夏子お姉ちゃんが居て、双子なんだよ」
 付け加える冬美。それに今度は翔が反応した。
「……なっちゃん?」
「あれ? お兄ちゃんどうして分かったの? 夏子お姉ちゃんをそう呼ぶの、将司お兄ちゃんだけなのに」
「将司さんというのは、ここの『極問神社』の跡継ぎの方なんです」
 早苗が冬美の言葉に補足した。
「なるほど、そうでしたか」
 翔が何かを納得するかのように大きく頷いた。
「てことは、あの神主の息子か」
 寝癖のついた髪を何度も手で掻きながら、慶悟が言った。
「3姉妹ですか」
 すでに身だしなみを整えていた桐伯が溜息を吐いた。またしても符合が一致していた。
「まさか旧家じゃありませんよね」
「……木藤家は旧家ですよ。昔から、この島で一番力を持っている家です」
「そのまさかでしたか」
 早苗の言葉を聞いて、桐伯は目元を押さえた。
「へへっ、いよいよもって横溝だなぁ」
 ニヤニヤと笑う十三。そんな時、民宿の電話が鳴った。
 早苗はコードレスの子機を手に取り、電話に出た。
「はい、『海龍』です。あ……春奈さん。ええ、はい、冬美ちゃんはここに居ますけど……えっ?」
 早苗の表情が強張る。
「……脅迫状?」
 皆の視線が、一斉に早苗に集まった。
「はい、すぐ帰るように伝えます……それじゃあ」
 早苗が電話を切ると同時に、将人が尋ねた。
「脅迫状とは穏やかじゃありませんね。どうされたんですか?」
「今朝木藤家のポストに手紙が入ってて……中に『今夜、木藤真早紀(きとう・まさき)の娘を殺す』って文面が……」
 信じられないといった様子の早苗。
「早苗お姉ちゃん……」
 冬美が早苗の服の裾をぎゅっと握った。
「何か……ありましたね」
 ぽつりつぶやく将人。微かに微笑んでいたように見えたのは、気のせいだったろうか――。

【極問島【旅行編】 了】


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0230 / 七森・沙耶(ななもり・さや)
                   / 女 / 17 / 高校生 】
【 0416 / 桜井・翔(さくらい・しょう)
   / 男 / 19 / 医大生&時々草間興信所へ手伝いにくる。 】
【 0413 / 神崎・美桜(かんざき・みお)
                   / 女 / 17 / 高校生 】
【 0060 / 渡橋・十三(とばし・じゅうぞう)
           / 男 / 59 / ホームレス(兼情報屋) 】
【 0092 / 高御堂・将人(たかみどう・まさと)
                 / 男 / 25 / 図書館司書 】
【 0389 / 真名神・慶悟(まながみ・けいご)
                   / 男 / 20 / 陰陽師 】
【 0332 / 九尾・桐伯(きゅうび・とうはく)
                / 男 / 27 / バーテンダー 】


□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
・極問島へようこそ。
・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全17場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・お待たせしました、『極問島』シリーズ第1回をお届けします。今回は『旅行編』でしたので、まだ軽めの内容になっていますが、次回以降はどうなるか分かりません。
・お気付きでしょうが、このシリーズはミステリーの要素が強いです。ですので、ある程度情報を集めておかないと、成功は難しいでしょう。次回は『情報収集編』です、頑張ってください。高原は今回、本気でゆきますので。
・高原よりお約束。謎を解く鍵は、プレイングで突っ込めば本文に断片的でも出てきます。ただし同時にミスディレクションも出てくる可能性は否定しません。情報の見極めは重要ですよ。
・本文で触れられなかったので補足をいくつか。『海龍』の電話にはファックスがついていまして、東京と連絡をとろうと思えばとれます。携帯電話は使用可能です。極問島には駐在さんが1人居るだけで、管轄は岡山県警になります。次回以降不参加の場合でも、事件が終わるまでは極問島に居るという扱いになります。
・ちなみに高原のミステリーの傾向をお知りになりたい方は、ダウンロード販売(1000円)にある『兎ヶ原心中』や『少女、幻影』をご覧ください。若干参考になるかもしれませんよ?
・七森沙耶さん、3度目のご参加ありがとうございます。民宿そのものにはいわくはありませんが……何が隠れているかは、次回以降お確かめください。ちなみに初日の夜は楽しく過ごせました。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また極問島でお会いできることを願って。