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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


氷川丸〜幽霊船〜

<オープニング>

「ちょっと実験を行ってみたんですがね」
「ほう?」
「幽霊船なんかができたら面白くありませんか」
「ふむ・・・。いいだろう。やってみろ。ついでにあの方たちも少しお連れしろ。鍛える場所が欲しいらしい」
「了解しました」

「氷川丸って知ってる?あの横浜の」
 編集長碇は唐突に話始めた。
「あの船がね、突然濃い霧に覆われて中に入れなくなってしまったの。もう何日も続いているから異常気象というのはちょっと違うみたいね。誰か調べてきてくれないかしら」
 ちなみに、氷川丸に入ってみた人の証言では、骸骨が歩いていたとか幽霊が突然現われたとか、黒づくめの男たちを見たなどという訳のわからない情報が入り乱れているようだ。警察も霧が深すぎて手がだせないらしい。
 
(ライターより)

難易度 やや難

締め切り予定日 3/18 24:00

 久しぶりの正統派(?)死霊シリーズです。
 今回は船一隻丸ごと乗っ取られてしまったようです。どうしてこの事件が起きているのか、その原因を突き止めるのが依頼目的となります。原因の排除までできれば完璧でしょう。
 戦闘が起きる可能性もありますが、戦闘力の無い方や初参加の方も問題なくご参加いただけます。目的は調査ですので。
 締め切りまで時間がありますので、初参加の方は過去の私の依頼内容をご覧になることをお薦めします。また、過去の参加者の方の中には掲示板などを作成されていらっしゃる方もいるので、テラコンで連絡をとってみてはいかがでしょう。
 それでは皆様のご参加を心からお待ち申し上げます。

<車中での事>

 現在氷川丸は謎の濃霧に覆われ、中に入ることはできない。折角の観光スポットであるが、訪れるものが一人もいなくては周りの土産物屋などは寂れる一方。だが早朝、そんな氷川丸に向かう一台の車があった。
 車内には3人の男女がおり、運転手席には黒いスーツを着た長身の男が乗っており、助手席には男物の服をだらしなく着た女性が外を見ている。後部座席には高校生とおぼしき少年がガイドブックを片手に運転席の男に何事かを告げる。家族連れであろうか。いや、それにしては年が近すぎる。どう見ても運転席と助手席の男女は三十代を超えているとは言えない。では兄弟か友人か、そんなところだろう。
助手席に座っている女性がポットを取り出し、紙コップに珈琲を注いで他の二人に手渡した。
「はい。これ。高柄君が眠気ざましにって作ってくれた珈琲」
「すまないな。後で例を行っておいてくれ」
 丁度信号が赤になったので、運転席の男は紙コップを受取り口をつけた。多少濃いめのキリマンジャロのようだった。程よい酸味と苦味が脳を活性化させる。
「薫君もどうぞ。お砂糖とミルクはどうする?」
「いや、砂糖とミルクはいらない」
 薫君と呼ばれた少年もブラックのまま珈琲を口に含む。
「流石に高柄が淹れただけの事はあるな。上手いよ」
 素直な賛辞に助手席の女性は自分の事のように喜ぶ。
「ありがと。後で彼に伝えておくよ。それよりここからどう行くわけ?」
「この信号を左折だな」
「分かった」
 信号が青に変わったので、車はまた動きだした。
「鷲見。普通は助手席の人間がナビゲーターを務めるものじゃないのか?」
「何言ってるんだい。そんな面倒な事、私がするわけないじゃないか。それに私が案内したら多分目的地になんて一生たってもつかないかもしれないよ」
「ふっ。それは言えているな。鷲見にナビゲートされていたら目的地に到着する前に事件が解決しているかもしれない」
 車内に笑いが起きた。助手席の女性の名は鷲見千白という。だらしない格好に眠たげな眼。手には探偵小説が握られている。つい先ほどまで読んでいたのだが、目的地が近くなったので窓越しから外の風景を眺めているのだ。この鷲見だが、小さな探偵事務所を経営している。先ほど話に出ていた高柄とは、この事務所の事務員である。怪奇事件を専門に担当する探偵で陰陽師でもあるのだが、腕はいいもののひたすらやる気がないということで有名なのだ。今回の事件に関してもやれ朝早いのはやだだの、霧が濃くては歩くのも面倒くさいだの散々ゴネたらしい。最後は事務員の鶴の一声「本を売りに出しますよ」宣言の前に敗北を認め、渋々参加したとのことだ。
 運転席に座っているのは久我直親。現在彼らが乗っている車の所有者であり鷲見と同じく陰陽師。こちらは割合真面目に依頼を受けるのだが、少々意地が悪い面がある。先ほども後ろの少年に関してからかっていた。
「薫。お前仕事が終ったらデートにでも行くつもりか?」
「はぁ?何で俺がデートになんぞ行かなくてはならん?」
 逆に聞き返す少年。笑いが堪えきれない様子の鷲見が、彼が手に持つガイドブックを指差した。
「それさ、横浜デートスポット特集。船の内部掲載って書いてあるよ」
「な、何!?」
 慌てて表紙を見る少年。確かにガイドブックには『横浜デートスポット特集。船の内部掲載』と書かれていた。
「け、珪・・・!」
 怒りに手を震わせながら少年はこのガイドブックを手渡した友人の、無邪気な顔を思い浮かべた。
「仕事が終ったら不人とランデブーか?かまわんぞ少しくらいなら暇もある」
「ふざけるな。俺が奴とデートなぞするものか」
 少年は顔を横に向けて膨れ面になった。そんな真面目に受け答えするからからかわれるのに。鷲見はそう思ったが面白いのでほっておくことにした。
 そんなことで、現在も不機嫌な顔をしているこの少年は雨宮薫という。陰陽師の名家天宮家の次期当主なのだが、どうも生真面目で融通がきかないため大人たちにからかわれている。車が徐々に近づくにつれ氷川丸の全容が見えてきた。話のとおり濃い霧に覆われていておぼろげにしか見えないが・・・。
 その氷川丸を見ながら雨宮は決心を固めるのだった。
(珪、帰ったら殺す・・・!)。

<神の名の元に・・・>

 深い濃霧に包まれた氷川丸。観光客はおろか人っ子一人いない閑散としたその入り口に、一人の女性が立っていた。
 銀の髪が赤い十字の縫い取りが施された黒い修道女が着る服に映える。長身で並の男性より高く顔は堀が深く非常に美しく整っている。そして翡翠を思わせる翠の双眸。一種芸術的とすら言える容姿を誇るこの女性の名はロゼ・クロイツと言う。その美しく、超一流の彫刻家が彫り上げたかのようなその顔にはしかし、何の表情も浮かんではいなかった。その容貌も相まって精巧な人形のようにも思える。そう、彼女は人ではない。傀儡人形なのだ。かつて悪魔崇拝者により作り出された美しき暗殺兵器。悪魔払い師に保護されてからは神の教えを刷り込まれ、その教えに忠実に従って魔を滅ぼしている。その忠実さは妄信的とすら言える。今回の依頼に関しても、『霧』『死霊』、それに連なる『邪悪な実験』そして『不人』という人物について調べた結果『我が神の敵』であることを認識して行動を開始したのである。
「この中に不浄なる神の敵がいる・・・」
 氷川丸を睨みながらロゼはつぶやいた。
 前述したとおり、彼女は精巧な傀儡人形であるがそれは単なるロボットというのとは違う。彼女には魂が宿っており自分の考えで行動することができるのだ。
(船を実験に使うのは海難事故死者の霊を吸い上げる為の触媒としてか。その死霊を用いて霊力や邪悪な意志を増大させる為の『実験』とやらが行われるのか) 
 彼女は淡々と考えながら氷川丸を見る。神の教えに反し、摂理の輪からはずれた汚れし存在不死者。神の教えに従う者としてその存在を容認することはできない。ましてや、静かに眠る霊たちを呼び覚まし、使役するなど神への冒涜に他ならないだろう。
「聖水、聖塩、矢、剣・・・。準備は整った。私は神の敵を滅ぼすのみ」
 厳かに、さながら審判を告げる告知天使のごとき様相でロゼは船の中へと入っていった。死霊の蠢く呪われた船内へ・・・。

<リベンジ開始!>

 シリアスな雰囲気で始まったと思えば、こちらは極めて軽い雰囲気でリベンジに燃えている。
「この依頼は絶対不人の仕業に決まっているわ!私の魔術を手品たなんてよくも言ってくれたわね!眼にものみせてやるんだから!」
 元気よくそう言い放つのは、小柄なまだ高校生くらいの姿をした少女氷無月亜衣。元気一杯の女子高校生といった感じだが、その顔は日本人にしては彫りが深く、異国風な印象を受ける。母方に西洋人の血が流れているのだ。それも魔女という・・・。師匠であり魔女でもある祖母から素質を見込まれ、魔女としての修行を課せられてきた彼女。四大精霊を扱う魔術をマスターした彼女は、しかし以前の依頼で不人という、今回の事件の黒幕とおぼしき人物にまるで歯が立たなかった。自分の扱う魔術を手品だと馬鹿にされ嘲笑われたのだ。しかも先日のホワイトデーパーティでは、ファーストキスまで奪われてしまった。絶対に許すことはできない。
「氷川丸を使って何か良からぬことを企んでいるに違いない。絶対に阻止しなくちゃ・・・。まずはこの邪魔な霧を吹き飛ばすことが先決ね」
 精神集中のため、目を閉じ精霊の存在を感じる。風を運ぶ全裸の華奢の乙女達シルフ。勿論この場所にも潮風を運ぶためたくさん存在する。
「自由なる風乙女シルフよ・・・束縛されず空気を運ぶ乙女達・・・我に従い吹き荒ぶ突風となりて吹き荒れよ!」
 シルフは彼女の呼びかけに応えたようだ。突風が吹き霧が払われる。
「よし!さぁ、待ってなさいよ不人!」
 意気揚揚と氷川丸に乗り込む彼女。その後ろでは払われたはずの霧がまた集まり、立ち込めるのであった。

<合流>

 氷川丸は昭和5年4月25日に三菱横浜造船所において竣工された。建造費は当時655万円だったが、現在この程度の客船を建造するには120億円以上要するものと見込るという。
 当時の船客の中には、昭和7年の第11次航に「街の灯」を完成したチャーリー・チャップリンが乗船した他、昭和12年10月の第47次復航には英国皇帝ジョージ6世の戴冠式に出席された秩父宮ご夫妻がカナダのビクトリア港から乗船され横浜に帰国されるなど内外の超一流の人間が乗船した。
 氷川丸は、昭和16年11月に海軍に徴用され病院船に改造された。そして戦後も引き続き復員輸送に当り、外地に残された戦傷病者や引き揚げ者の帰還輸送に従事した。氷川丸は昭和28年に再び三菱横浜造船所において貨客船に改造工事が行われ、同年7月、太平洋を横断する日本唯一の本格的客船としてシアトル航路に復帰した。その後、客船としての役目を終えた氷川丸は横浜港に誘致され、昭和36年に山下公園に係留された。そして現在は横浜の有名な観光スポットになっている。
 現場に到着した久我たち陰陽師一行は、ここで仕事の関係のため先行していた陰陽師雨宮隼人と合流した。栗毛色の髪と聡明そうな双眸をもったこの青年は、雨宮薫の守役でありまた年の離れた兄のような存在であった。彼の他に久我の到着を待っていたものたちは4名。
 陰陽師の和泉怜。青銅のようなくすんだ髪の毛と銀色の不思議な瞳を持った女性。外見的には久我や鷲見と同年代のように見えるが、彼女の実年齢は95歳。人間とは思えないその外見は、彼女がロゼ同様精巧な傀儡人形だからである。師匠の手により作り出された陰陽の術はマスターした存在。彼女とロゼの大きな違いは魂のあるなしである。魂の篭っているロゼに比べ、和泉は魂の無い、よりロボットに近いため極めて無機質、かつ論理的な思考を持つ。
「何でも、陰陽師と因縁深い「不人」という妖しの者が最近頻繁に事件を起こしているらしいな」
 彼女の言葉にその場に集まった4人がほぼ同時に頷いた。
「私のやる事は決まっている。初参加であるしサポートに回ろう。お前達には助力が必要だ。そして私にはそれができるのだから」
 なんとも偉そうなその言い方に、ムッとした薫が口ははさんだ。
「随分な口を利くじゃないか。まるで俺達だけじゃ役者不足のような言い方だな」
「私の記憶によれば氷川丸とは途中で病院船に改造されたのではなかったか。中には火葬場や霊安室もあったと言う。また戦争時、氷川丸にて二人、空襲により死亡している。不人の後ろにいる謎の男、以前死者の復活という言葉を出したと聞く。ならば何らかの関係はあるのかもしれないな」
 雨宮の意見を完全に無視して言葉を続ける彼女。
「おい!」
 流石に無視されて頭にきたのか薫は食って掛かる。だが、珪は銀の瞳に何の感情も移さず薫を見つめて言葉を発した。
「返答の必要は無いと思ったのだが」
「なっ!」
「まぁまぁ・・・」
 険悪なムードになっている二人の間に割って入ったのは隼人だった。
「いいではありませんか、協力してくださると仰っていただけているのですし・・・」
「しかし・・・」
「それに・・・」
 と、こっそり耳打ちで
「あの方に露払いを担当していただきましょう。薫様は不人と戦うための力を温存されておくべきかと思います」
「なるほど」
 隼人の提案に素直に頷く薫。話している内容は分からないが、恐らく上手くいいくるめたのだろう。流石は兄貴分、薫の御し方をよく心得ていると久我と鷲見は関心した。
「では、皆で協力して調査ですね」
 穏やかな笑顔でそう告げたのは着物姿の落ち着いた風貌を持つ女性だった。神社の巫女として深窓の令嬢のように育てられたため、いささか社会を知らないのが珠に傷だが奥ゆかしい大和撫子的なその立ち居振舞いは気品があり、礼節の心を失って久しい日本の若者の中では希少価値があるとも言える。霊感の強い彼女は、この氷川丸の中にたくさんの霊が存在していることを感じていた。恐らくこのまま中に入れば戦闘は避けられないだろう。
「ここはあまり個人行動をせずに集団で行動をすべきです」
「手薄と思われる場所は上のようです・・・」
 氷川丸が停泊している山下公園にいる鳩や木々達に怪しい人物を見なかったか聞き、中に人がいるのか様子を調べようと船に意識を集中していた神崎美桜が口を開いた。小柄で華奢な少女は、その精神感応能力を用いて船の内部を調べていた。正確には分からなかったが、船内部には複数の人とそれの属するものの気配を感じたものの甲板にはまったく気配を感じなかった。
「では上に行ってみましょうか」
 神崎の方に手をおいて、にこにこと笑いながらそう行ったのは、眼鏡をかけた青年桜井翔。大学の医学部に所属する大病院の跡取息子。その甘いマスクとお坊ちゃん的な我儘さの無い努力する一面は大半の人間から好感を持たれる。だが、彼をその外見だけで判断してはいけない。この優しい笑顔の中には悪魔が住んでいるのである。その悪魔に関しては後述することになるだろう。
「だけど、罠の可能性もあるんだよね。一応私たちは式神を先行させてここから潜入してみるよ」
 鷲見の言葉どおり、和泉を覗く陰陽師たちは呪符を取り出し式神を発動させる準備をしている。呪を紡ぎ、呪符に偽りの生命を付与する。
「式神召喚…我呼白鼠、急急如律令」
 彼らの呼びかけに応えて召喚されたのは数匹の鼠だった。それらは勢いよく走り出すと船内へと消えていく。これで陰陽師たちは式神から送られてくる情報をダイレクトに知ることができる。
「では、僕たちは上から潜入することにしますね。お気をつけて」
 桜井は神崎を抱きかかえると、念動力を使って甲板に跳躍した。どうやら入り口から潜入するのは残された5人となったようだ。
「さて、俺達も中に入るとしようか・・・」
 おもむろに久我が言い、陰陽師と巫女は霧が立ち込める幽霊船へと潜入するのだった。

<弄ばれし純情>

 学校の理科室に置かれているような骸骨たちが、真っ赤な焔の鱗を持つ蜥蜴の息吹に焼き払われていく。業火に包まれくずれ落ちてゆく人骨。
「死者を使うなんて、なんて奴なの!?不人、いるのはわかってるのよ。隠れてないで出てきなさいよ!」
 不人お得意の死霊傀儡を、召喚したサラマンダーで蹴散らした氷無月は船内に響く声で言い放った。一足先に船内に潜入した彼女は客室を中心に調べていた。現在のところ不人やその他の人間の影は見えないが、船内に立ち込める黄色い霧に誘われるように出現した骸や亡霊たちには何度も遭遇していた。
「隠れていたつもりはないが・・・」
 突如彼女の耳に聞こえてきた声。低く冷たい、人を小馬鹿にしたような嫌味な声。
「不人!」
「また来てくれるとは嬉しいね。私はここにいる。会いたければ入ってきたまえ」
 その声に応じるように、彼女の視線の先にあるドアが軋んだ音を立てて開かれた。そこは一頭客室の中でも最も高価な客室「特別室」であった。
「いいわよ。来いっていうんなら行ってやろうじゃない。待ってなさいよ不人!」

 特別室は薄暗く、椅子や家具などが所狭しと置かれ「狭い」という印象を受けるが、壁、天井、テーブル、ベッド、照明機具など全てが、アールデコ風の重厚なデザインにより作成されており、レトロな高級感に包まれている。
 この特別室の一番右側に位置する部屋、リビングルーム。名優チャップリンが使用したことでも有名なこの部屋の椅子にそれは腰かけていた。銀髪の、白いコートを纏った男。暗闇の中でも輝きを失わぬ真紅の双眸が、室内に入る氷無月を見つめていた。
「ようこそ、幽霊船へ」
 おどけた口調でそう告げた不人は、手を胸に当てて歓迎の意を示した。勿論、氷無月はそんな事など意に介さない。
「おふざけもここまでよ!覚悟なさい!」
 ビシッと指を突きつけポーズを決める彼女。不人はそんな彼女に嘲笑を浴びせながら近づいた。
「覚悟ねぇ。覚悟するのは君ではないかね?マドモアゼル」
 急に近づかれた氷無月は、慌てて四大精霊を召喚し不人を取り囲む。
「いきなり近づかないで!いいこと、あたしにこれ以上近づいたらこいつらをけしかけるわよ!」
「無駄だね」
 不人が片手を振ると四大精霊たちは一瞬で消え去った。そして悠然と歩みを進める。自分の術を一瞬で打ち消されて呆然としている彼女に目の前に立つと、愉悦の笑みを浮かべた。
「前にも言ったはずだ。君の力は手品だと・・・。さて、折角来てくれたのだから、それなりに私を楽しませてくれるだろうね?」
 言うが早いか、不人の手が氷無月の胸を貫いた。だが、その胸から吹き出るはずの血は一滴も出ない。手が胸の一部に同化したように蠢いているのだ。
「いやぁぁぁ!」 
「さぁ、見せてくれたまえ。君の心を・・・。ふふふ」
 氷無月の絶叫と不人の哄笑が特別室に響き渡る。

<見習い>

「う〜。おばーちゃんに言われて修行だからって来たもののなんか怖いよぅ」
 黄色い霧が立ち込める中、船内で迷子になっていた少女は半泣きしながらつぶやいた。
(俺がいるだろうが!)
 彼女のつぶやきに応えるように、突然手にもっていた薙刀の刃が消えたかと思うと、Tシャツにジーンズの現代風の若者が姿を現した。だがその姿を見て、少女は怯えた風もなくため息をつく。
「夜刀が出て来たらもっとややこしい事になっちゃうでしょ〜」
(なんだと!?お前が心配だから出てきてやったんだろうが)
 若者と掛け合い漫才を繰り広げるこの少女こそ、有名高校に通いながら退魔を行う見習拝み屋 篁雛である。拝み屋修行としてここに行けと祖母に言われたは良いが、事前準備もせずにいきなり乗り込んだせいで完全に迷っていた。ちなみに夜刀と呼ばれた青年の方は、彼女の家に代々仕える鬼である。よく見ると黒髪の中に小さな角が生えている。だが、代々仕えているにしては随分と現代的な鬼である。
「もう、うるさい夜刀は置いといて」
 ちゃんとジャスチャーでも置いといてとやって、バックから取り出したのは竹筒だった。
「くーちゃんお願い」
 竹筒から出てきたのは小さく可愛らしい狐。鬼同様、修験者などに使役される管狐と呼ばれるものである。
「くーちゃんはこっちね。私はあっちに行くから」
 くーと呼ばれた管狐は篁の指示に従って彼女の指差した方向へ飛んでいく。それを見届けて篁は反対側の道を歩き出した。
(くーなんかより俺の方が役に立つだろう)
 まだ文句を言う夜刀に、「はいはい」と手を振っておざなりに扱う彼女。
「いいから貴方は引っ込んでいて・・・って、きゃあ!」
 いきなり悲鳴を上げて篁の姿が消えた。実は篁が歩いていた道は実は階段だったのだが、霧のためよく見えず踏み外してしまったのだ。
(雛!)
 慌てて篁を助けようと飛び上がる夜刀。だが、転がり落ちる篁を助けたのは・・・。
「大丈夫か?」
 丁度階段を昇ろうとしていた薫だった。上から落ちてくる彼女を抱きかかえたのだ。
「すっ、すみません!お怪我ないですか!」
(えぇっ!雨宮薫さんだぁ。)
 篁は顔を真っ赤にしてうつむいた。実は薫は彼女の学校の有名人であり、彼女の憧れの君だったりする。その憧れの君に抱かれて、篁は文字どおり耳の先から鼻の頭まで赤くなって硬直した。
(おい!いつまで抱いてんだ!?)
 いつまでもその状態にいる二人を見て夜刀が声を荒げた。彼は篁に惚れていたりする。
「すまないな。立てるか?」
「は、はい。大丈夫です!」
 ようやく立ち上がった篁の元に怖い目をした夜刀が近づく。「俺の篁にさわりやがって」とでもいいだけな視線で薫を睨みながら篁を気遣う。
(大丈夫か?)
「うん、大丈夫だよ夜刀」
 夜刀に答えながら篁はパンパンと制服に着いた埃を払った。
「どうしてこんなところに来た?」
「ええと、おばーちゃんが修行に行って来いって・・・」
「あの〜、よろしいですか。こちらの方は?」
 二人だけで話が進み、訳が分からない天薙が口を挟んだ。他の人間も、同様に尋ねたいというような顔つきをしてこちらを見ている。薫と篁は慌てて答えた。 
「ああ、すまない。彼女は篁雛。知り合いで見習いの拝み屋をやっている」
「篁雛って言います。よろしくお願いします」
 ペコリとお辞儀する彼女。
「まぁ、ご丁寧にどうも。私は天薙撫子と申します。こちらこそよろしく」
 天薙はにこやかに挨拶を返した。他の連中も一通り挨拶を済ませる。 
「大丈夫か?ここは危ない…といっても今帰すのも危険か。ついてこれるか?」
「はいっ。ついていきます」
 どこまでも、という言葉は胸に秘めて篁は答えた。
「大丈夫なの?」
 鷲見が隣の隼人に呆れながら問うた。確かに今のシーンだけを見ているといささか不安になる。
「まぁ、大丈夫でしょう。これだけ陰陽師が揃っていれば一人くらい守れるでしょうし、彼女も力が無いわけではありませんから」
「ふ〜ん」
 イマイチ釈然としないながらも頷く鷲見。もっとも・・・と隼人は心の中で言葉を続ける。
 彼女の能力はかなり危ないんですけどね。

<道は開かれた>

「残念ですけど、貴方たちの相手をしている暇はないんです」
 容赦なく鎧武者を拳で打ち砕く桜井。念動力で強化したその拳は鋼以上の強度を誇る。彼の周りには打ち砕かれた骸と鎧武者たちの残骸が転がっていた。
「この先なんですね?その誰かの気が消えたというのは」
「はい・・・。恐らく」
 桜井の問いに神崎が答えた。神崎が、この先の部屋で誰かの気が急激に弱くなり感じられなくなったことを桜井に伝えたのだ。甲板に上がった彼らは、上から内部に入ったため、比較的楽に客室まで来ることができたのだが、骸たちと鎧武者たちに行く先を阻まれていた。どれも不人が生み出した死霊の兵士、死霊傀儡である。
「困ったものですね・・・。いくら雑魚でもこれだけ相手をしていると流石に消耗してしまいます」
 恐らくこの先にはこの事件の元凶が存在するのだろう。それと対峙するまではなるべく力を温存しておきたかったのだが、無数の死霊傀儡たちを前にそれは無理のようだ。
「仕方がありません。強行突破を図ります。しっかりついてきて下さい美桜さん」
「はい」
 笑顔を引き締めながら(それでも笑っている)空手の構えを取る桜井の後ろにぴったりと寄り添う神崎。死霊たちが彼らに襲い掛かろうとしたその時。
 いきなり彼らの前の死霊たちがくずれ始めた。
「?何事ですか?」
「後ろから・・・」
 神埼が指差す方向から銀の矢が飛んでいく。それは彼女たちを避け、狙いを違わず死霊たちを打ち砕いていった。
「神の手を煩わせぬ為に我がいる」
 ワイヤーが鎧武者を捕らえ、拘束する。
「全ては我が神の為・・・」
 聖水のシリンダーが投げつけられ骸が崩れ去る。
「血を流す事・・・厭わじ!」
 左手から取り出された銀の刃を構えて、黒衣の修道女が戦場を走り抜けた。閃光のように繰り出される銀の斬撃は次々と骸たちを破壊していった。
 彼女がその動きを止めた時、敵は一匹たりともその姿を留めてはいなかった。
「貴女は?」
 幾分警戒しながら尋ねた桜井に彼女は言葉少なげにこう答えた。
「ロゼ。我が敵を追ってここまで来た」
 彼女が立っている場所。そこはあの特別室の前であった。

<操舵室>

 敵はブリッジ・・・、いわゆる操舵室にいるのではないか。
 特にあてのなかった7人は、天薙の言葉に従って操舵室に訪れていた。その室内には彼らが予想していなかった者達が待ち受けていた。
「よく来たな。陰陽師ども・・・」
 怒りに満ちた言葉で彼らを出迎えたのは、黒装束に身を包んだ者たちおよそ15人。彼らは久我たちが用いる呪符と同じものをその手に持っていた。
「その姿・・・。七条家の者たちか」
 久我は苦々しくその名を呼んだ。七条家。日本を呪術国家にすべく暗躍していた者たち。富士の決戦でその主戦力は壊滅されるはずだったが、謎の組織「会社」に回収されてしまった。新宿の都庁でその姿が確認されていたが、今回もどうやらこちらに来ていたらしい。
「おうよ。雨宮に久我・・・。憎んでも憎みきれぬ怨敵ども。当主の邪魔はさせん。この船の亡者ども同様に滅びるがいい!」
「ふん、呪術国家設立など大それた計画を立てていた連中が、今や「会社」の犬か。落ちるところまで落ちたな」
 薫の辛らつな言葉を、しかし七条の者たちは鼻で笑った。
「ふん。何も知らんのは幸せなことだな。「会社」の犬ではない。「会社」が我々に協力するのだ。さぁ、無駄話も終わりにして死んでもらおうか!!!」
 黒装束の者たちは7人に呪符を放ち襲い掛かった。

<鎮魂歌>

「次は君たちか・・・。つくづく私も異能者に好かれたものだ・・・」
 膝に抱いた氷無月の髪を撫でながら、不人は訪問者たちを眺めた。
「その方に何をしたのです?」
「なに、心を覗かせてもらっただけだよ」
 神埼の問いにニヤリと笑みを浮かべて答えた。
「彼女の心は実に可愛いものだったよ・・・。もっともっと嬲ってズタズタに引き裂いてあげたいくらいにね」
「こんな事件を起こして人の迷惑を考えないなんてやっぱりお山の大将さんですね」
 相変わらずの笑顔で辛辣な事をいう桜井。
「迷惑?君たちは本当に他人の気持ちを分かって迷惑をかけないようにしているのかい?違うだろう?結構他人に迷惑をかけているのではないのかな君も?」
 だが、不人は何もこたえていないようだ。椅子に座りながら足を組みなおす。
「君たち人間こそこの世界で一番身勝手な存在じゃないか。他の生物を駆逐し、己がためだけに万物は存在するとでもいいたげな振る舞い。どこをとっても傲慢極まりない存在だと思うけどねぇ」
「お前と話す事など無い。神に歯向かうものには死あるのみ」
 冷徹な表情でそう告げると、ロゼは右手に仕込まれた銀の矢の連射装置を起動させた。次々と襲い掛かる銀の矢。桜井も合わせて衝撃波を叩きつける。だが、どちらを食らっても不人は顔色一つ変えはしなかった。
「神?神だって!?あははははは!!!君は本当に神が存在しているのと信じているのかね?お笑いだな。神が存在するなら、なぜこの世はかくも不平等なのだ?現在でも人はお互い争い殺しあっているんだ?神という奴は随分と無責任な奴じゃないか。そこの彼が言ったようにお山の大将もいいところではないかね。うん?」
 狂ったような笑い声を上げる不人。彼はそのまま話しつづける。
「この少女は私に惹かれているようだ。人は光のみの存在ではない。闇に惹かれる側面ももつ。現の七条の人々は同じ人間でありながら戦争を求めているじゃないか?他人の迷惑なぞかえりみずにね。そんな存在を生み出した神という奴はなんて身勝手な奴なんだろう。そんな神を信じるとは君も面白い子だな」
「彼女を返してください!」
 神崎が珍しく声を荒げて不人に言った。
「でないと・・・」
「でないと?」
 不人が面白がるように尋ねる。
 すると神崎は突然歌いだした。高いソプラノの声が船内に響き渡る。彼女が高らかに謳い上げるは死者への鎮魂歌。精神感応能力と組み合わせたその力は、船に纏わりついていた霧を晴らし始めた。船内にいた死者たちも開放され、鎧武者や骸たちは跡形もなく崩れ去っていく。
「そ、その歌は・・・!や、やめろ!その歌を歌うのは止めろ!!!」
 不人は鎮魂歌を聞くと苦しみ初めた。氷無月を放り出して頭を抱える。
「こ、小娘がぁ!」
 歌いつづける神埼に不人が放った漆黒の波動が襲い掛かった。
「きゃああぁぁぁぁぁぁ!」
 悲鳴を上げて壁に叩きつけられる神崎。桜井は慌てて彼女を抱き上げた。
「美桜さん!しっかりしてください美桜さん!!!」
 だが、強い衝撃で気を失ったのか彼女は目を覚まさない。
「よくも・・・!?」
 怒りに燃える目で不人を睨みつけた桜井は、信じられない光景に驚愕の表情を浮かべた。ロゼも表情こそ変えないものの驚いていた。
 不人の顔の右半分が髑髏になっていたのだ。その窪んだ眼窩には漆黒の闇に包まれている。彼らの様子を見て、不人は片手で顔を隠した。
「見たな」
 地獄の底から響き渡るような声が二人の耳に聞こえてきた。明らかに普段の不人とは様子が違う。禍禍しいまでの気を放ち始める不人。
「我が素顔を見たものを生かしておくわけにはいかん・・・。この場で皆殺しにしてくれる」
(やめろ!)
 その時、不人の脳裏にある意志が告げてきた。
(そこまでだ、不人。退け!)
「しかし社長・・・!」
(いいから退け!今ここで本気を出す必要はない。それに七条の者たちが窮地に陥っている。ゲームはお終いだ。彼らを回収して撤退せよ)
「は・・・」 
 社長の命令は絶対である。渋々ながら撤退を決める不人。彼は3人に向けて言い放った。
「命拾いしたね。だがこの返礼は高くつくと覚えておきたまえ」
 そして彼は忽然と姿を消すのだった。

<陰陽師対陰陽師>

 久我たち陰陽師と、七条家の陰陽師たちの戦いは終盤を迎えていた。
「相手にならんな」
 和泉は術破符を放ち、敵の術を完全に打ち消した。
「甘いねぇ」
 鷲見がベレッタから放つ呪符が込められた弾丸は敵の陰陽師の式神を打ち破り、
「隙あり!」
 襷がけに鉢巻という凛々しい姿をした天薙は、実家から無断で持ち出した御神刀『神斬』で黒装束のものをみねうちにして無力化する。後で祖父に叱られるかもしれないがこの際仕方がない。また、神鉄でできた糸、妖斬鋼糸を用いて敵を拘束する。
「所詮こんなものか・・・」
「大したことありませんでしたね」
 雨宮コンビが放つ式神の隼は、七条の者たちが使用しようとしていた符を叩き落した。
「こいつら新兵か・・・?戦いなれていないようだが・・・」
 久我は手を顎に当てて考え込んだ。術はある程度使いこなせているようだが、随分と戦闘が下手なのだ。こんな連中で自分たちの足止めができると思ったのだろうか?だとしたら甘く見られたものだ。
 そう思う久我の目の前で、敵の一人が篁に呪符を放った。呪符から放たれた水が刃となって篁に襲い掛かる。
「ち、ちょっとぉぉぉ!!?」
(水には水だ。水をもって水を制すだ!)
「そうなの?わかった水ね!」
 夜刀の指示に従って術を繰り出す彼女。しかし水を生み出そうとした彼女の術が発生させたのは紅蓮の焔だった。炎と水がぶつかり合って互いに打ち消しあう。
「ええっ?どーしてっ!」
 篁は呆然とした。逆に夜刀はしたり顔で笑う。といっても今は篁の薙刀の刃となっているが。
「やっぱり・・・」
 隼人は頭を手で抑えた。篁は確かに術は使えるものの、かなりの高確率で失敗して、正反対の魔法を発生させてしまうことがしばしばある。今は火と水で打ち消しあったからいいものの、そうでなかったら・・・。それが彼女の危険なところである。
「器用な真似する子だね・・・」
 鷲見も呆れつつ、同じく呆然としている敵兵を銃弾で吹き飛ばす。有る意味、非常にグレイトな才能かもしれない。自分が望んだ術と反対の術が発生できるというのは。現実的には非常に危険だが・・・。
 薫はリーダー格の男に退魔刀を突きつけた。
「くっ。殺せ!」
「言われなくてもそうする」
 冷厳に言い放って薫は刀を振り下ろした。だが、その刀が敵を切ることは無かった。
 白いコートを纏った男の手にした黒い刃が退魔刀を押さえ込んでいたのだ。
「困るんだよ。シャノワ。そういうことをされるとね・・・」
「不人!貴様!!!」
「残念だが君と遊んでいる暇はない。今日はこれで失礼させてもらうよ」
 不人は黒装束の者たちと一緒に転移の法を使用した。忽然と姿を消す彼ら。

 不人を倒す事はできなかったが、氷川丸の霧は何日ぶりかに晴れた。もう死霊がでることもないだろう。依頼を終えた彼らがそのまま横浜見物に出かけたのは言うまでもないことである。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0427/和泉・怜/女/95/陰陽師
    (いずみ・れい) 
0229/鷲見・千白/女/28/陰陽師
    (すみ・ちしろ)
0436/篁・雛/女/18/高校生(拝み屋修行中)
    (たかむら・ひな)
0112/雨宮・薫/男/18/陰陽師。普段は学生(高校生)
    (あまみや・かおる)
0328/天薙・撫子/女/18/大学生(巫女)
    (あまなぎ・なでしこ)
0416/桜井・翔/男/19/医大生&時々草間興信所へ手伝いにくる。
    (さくらい・しょう)
0413/神崎・美桜/女/17/高校生
    (かんざき・みお) 
0423/ロゼ・クロイツ/女/2/元・悪魔払い師の助手
    (ろぜ・くろいつ)
0368/氷無月・亜衣/女/17/魔女(高校生)
    (ひなづき・あい)
0095/久我・直親/男/27/陰陽師
    (くが・なおちか)
0331/雨宮・隼人/男/29/陰陽師
    (あまみや・はやと) 

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■         ライター通信          ■
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 お待たせしました。
 氷川丸〜幽霊船〜をお届けいたします。
 11人と満員御礼のご参加をいただきまして誠に有難うございます。
 今回はあの不人に一撃を与えての依頼成功です。大成功と言ってもいいでしょう。
 おめでとうございます!
 敵は逃げてしまいましたが、不人の正体のまた一部分が明らかとなりました。
 死霊シリーズはまだまだ続きますが、少しずつ全容が明らかになりつつあります。次回作にご期待いただければと思います。
 それではまた別の依頼でお目にかかれることを祈って・・・。