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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


【疾走する哀霊】
<PM5:00 ゴーストネットOFF(オープニング)>

『お姉ちゃんが何回も死ぬところを、もう見たくない』
 そのタイトルからはじまる書き込みは、『ゴーストネットOFF』の掲示板に真っ赤な文字で書かれていた。
 HNは『MIHO』と書かれている。
『毎年、四月四日の午後十一時五十九分になると、必ず交通事故で人が死ぬんです。六号線の言問橋、私の姉が事故で亡くなった場所で……』
 管理人の『しずく』による書き込みがすぐ下に記載されている。
『それがあなたのお姉さんと何か関係があるの? ただの偶然かもしれないよ?』
『私は毎年、姉が亡くなった時刻、午後十一時五十九分に事故現場に花を供えに行くんです。そうすると、いつも決まって目の前で知らない車が事故を起こして……声が聞こえるんです。私の名前を呼んでごめんね≠チて』
『そ、それはつまり、お姉さんが取り憑いて事故を起こさせてるってこと?』
『警察の方の話だと、事故にあった車は決まって新葛飾橋から暴走をはじめるそうです。車の窓に女の人の影が映っていたという目撃者もいるそうです。お願いです、助けてください。あれは、姉なんです!』
『ちょっと待ってよ、四月四日って……今日じゃない! それに新葛飾橋から言問橋まで車で三十分もかからないのに、そんな短い時間で暴走する幽霊をとめてくれっていうの?』
 しずくの書き込みは、当然といえば当然のことだが困惑している様子だ。
 だが、しずくのあとに意外な書き込みがあった。記載者の名は『シンタロウ』とある。
『興味ありますね。新葛飾橋なら近いから、すぐにでも行けますよ。五人乗りの車も用意しておきましょう。ぼくは運転オンリーで調査もできないし幽霊と殴り合える(笑)腕力もないですが、いざとなったら暴走車とレースごっこくらいはできるかもしれません。協力してくれる方がいれば、午後十一時頃に新葛飾橋で拾って差し上げますよ。……ところでMIHOさん。お姉さんの命日ということ以外に、四月四日という日にちに何か心当たりは? ひょっとしたら、ぼく以外の親切な方が首を突っ込んで調査してくれるかもしれませんよ』
 シンタロウの書き込みは、今からつい数分前に掲載されていた。時刻はもう夕方を過ぎ、逢魔が刻と呼ばれる時間帯である。
 マウスを握っていた手が勝手に動き、無意識にブラウザの更新ボタンを押す。
 すると、MIHOの名で新しい書き込みが表示されていた。
『わたしの誕生日です』

<PM6:00 言問橋>

「はじめまして、MIHOさんのお姉さん」
 言問橋の隅に置かれた花瓶の前に、斎悠也は白いリボンの百合の花を捧げる。
 人通りの激しい六号線には、雑音が多い。だが悠也の金色の瞳とよく通る声が放つ不思議な魅力は、微塵も損なわれることはない。通行人の何人か、特に女性がたびたび悠也を振り返るのが分かる。
 百合の花に沿えるようにして、風神の護符を置く。これがあれば、大抵の衝撃から周囲を防御できるはずである。
「さて、そろそろ周辺の調査に向かうとしますか」
 表情を引き締め、霊の気配を探索しようとした悠也に、声がかけられる。
「あ、あの……」
 十代半ばの制服姿をした少女だ。水色のヘアピンで短い髪をとめ、可愛らしい大きな黒い瞳が印象的である。
 花の前に立つ悠也を見て、少女は何か言いたそうにしている。悠也はすぐに彼女が誰であるか理解した。
「あなたがMIHOさんですね?」
 少女はびっくりしたように口を開く。
「は、はい。相田未歩です。ひょっとして、あの……ゴーストネットOFFの書き込みを見てくださった方ですか?」
「そうです。たまたま近くにいたので、協力させてもらおうと思いまして」
 柔らかな物腰の悠也を見て、未歩は戸惑っている様子だ。
「俺はこれから調査をしたあと、新葛飾橋に行ってお姉さんの霊をお出迎えに行きます。その前に少したずねたいことがあるんですが、大丈夫ですか?」
 初対面の女性に接する時の基本として、優しい笑みは忘れない。親ゆずりの魔力を使うまでもなく、悠也の笑みはほとんどの女性の緊張を一瞬にして溶かしてしまう。
「は、はい。……ごめんなさい。まさか、こんなにきれいな人が来てくれるなんて思わなかったから、緊張しちゃって」
「単刀直入にうかがいますが、お姉さんが今でもこの世にとどまっている原因について、心当たりは?」
 悠也の問いに、未歩は俯きがちに視線を落とし、下唇を噛む。
「お姉ちゃんは……お姉ちゃんはきっと、わたしの誕生日を祝ってくれようとしているんです。次の日にはもう仕事で海外に行く予定だったから、いつまた会えるか分からないって言ってましたし……」
 やはり、そうか。
 悠也が想像した通りの答えである。
「どうかお願いします! 姉を助けてあげてください!」
「わかりました。最善を尽くしましょう」
 ニッコリと微笑みかけ、悠也は未歩に背を向けようとした。
 だが次の瞬間、強い霊気を感じ取り、悠也の全身に鳥肌が立つ。
「わたしも……お姉ちゃんに誕生日を祝ってほしかった……」
 その呟きを聞いて振り向くと、未歩が哀しそうな顔で俯いていた。
 気がつくと霊気は消え去り、痕跡も残っていない。
「……?」
 気のせいだと思いつつも、違和感を胸に残したまま悠也は言問橋を離れることにした。

<PM11:00 新葛飾橋>

 午後十一時。
 新葛飾橋のふもとに停められた青いオープンカーに、三人の人物が集まっていた。
「夜の心霊ドライブへようこそ。行き先は天国と地獄のどっちがいいですか?」
 歩み寄る二人をいかにも楽しそうな迎えたのは、スポーティなデザインの車によりかかった人物だ。丸い眼鏡をかけた端正な顔立ちは、まだ少年の域を超えていない。
「おまえが『シンタロウ』か?」
 青い髪に銀色の瞳をした和服姿の女性が、抑揚のない声でたずねる。生気のかけらもないような白い肌が夜の闇に浮かび上がり、人外の美しさを漂わせている。
「まだ子供ではないか」
「いやだなあ。ぼくはれっきとした十八歳、本物の運転免許ももってますよ」
「いざとなったら俺がかわりに運転しますよ。ご安心ください、お嬢様」
 スーツを着た青年が、不思議な輝きを放つ瞳でウィンクをする。目の前の和服美女ほどではないが、透き通るような白い肌をした美形の青年である。
 シンタロウが困ったように笑う。
「まいったな、信用ないですね。まあ、これからぼちぼち実力を見てもらいますよ。それよりお二人のお名前を聞いておきたいんですけど、いいですか?」
「俺は斎悠也です。悠也って呼んでください、気軽にね」
 金色の瞳を笑みの形に歪め、和服美女に右手を差し出す。その穏和な光をたたえた瞳と妙に耳に残る声は、甘い魅惑をもって相手を惑わす。
 だが和服美女は不思議そうに、悠也の手を見つめるだけだ。
「私は和泉怜、陰陽師だ。……ところでなんだ、この手は?」
「……」
「シンタロウでーす。お二人の命を預かるドライバーとして、いっしょうけんめいがんばりますね」
 丸眼鏡の少年が、横から悠也の手を強引に握り締める。
 そこではじめて気づいたのか、怜が悠也の足元に置かれた大きなバッグを見る。
「そのバッグはなんだ?」
「ああ、これは事件を解決するためのとっておきのアイテムですよ」
 シンタロウの腕をひきはがしながら、悠也が変わらぬ魅力的な笑顔を浮かべる。
「とっておきのアイテム?」
 向かい合う怜と悠也の間をすり抜け、シンタロウが運転席に乗り込んだ。 
「心の準備はできたら乗ってくださいね。いつデート相手が現れるか分かりませんから」

<PM11:20 言問橋>

「お姉ちゃん……」
 暗い歩道の脇で、MIHO――相田未歩が祈るように手を組んでいる。
 合流した日刀静と真名神慶悟は、それぞれの思いを胸に未歩の姿を見つめる。
「妹の誕生日に慌てて行かなきゃいかんと思ったんだろうな。彼女の姉は事故死したあともそれが心残りで車を暴走させ、同じ事を繰り返す……って感じか? 謝るのは祝いに行けなくて……の侘びか」
 革のジャケットに身を包んだ金髪の青年が、冷静な口調で言う。真名神慶悟。煙草をふかしながら呟く様はかぎりなく『俗っぽい』印象を拭いきれないが、一流の陰陽師である。
 一方もう一人の青年、日刀静は考え込んでいる様子でじっと未歩を見つめている。表情はまったくといっていいほど動かないが、思案する黒い瞳からは常人以上の意志の強さが窺い知れる。握り締めた長細い布の塊の中には、愛刀の長刀が隠されている。
「そうだな。たしかに姉妹の気持ちは、大事にしてやりたい。俺も……他人事ではないからな。しかし……」
 静の呟きに、慶悟が眉をひそめる。
「しかし?」
「なにか、妙だ。ここにくるまでに俺は六号線に沿って霊力が強く働いている場所をさがしたんだが、それらしい痕跡が一つも見あたらなかった」
「あんたもそうか。俺もおかしいとは感じてたけどな。原因がつかめなきゃ力ずくで霊を払うしかないが……できることなら、後味の悪い仕事はしたくないな」
 二人の青年の視線が、未歩に注がれる。
 未歩はこちらの視線に気づいたのか、こちらを振り向く。困惑した表情を浮かべ、二人の視線から逃れるように六号線の先を見つめる。
 直後、慶悟と静は強烈な寒気に襲われた。
 夜の六号線のはるか向こうから、強力な霊気が近づきつつあることを感じ取る。
「強い……!」
 静は無意識に、長刀を握る腕に力を込める。
「時間通りにおでましか。律儀な幽霊で助かるってもんだぜ」
 口調は落ち着いているが、慶悟の額には大粒の汗が浮かんでいる。
 霊の気配は、確実に近づき巨大になりつつあった。

<PM11:30 新葛飾橋>

 新葛飾橋に、鼓膜をやぶるほどたくさんのクラクションが鳴り響いていた。
 橋の出口で待機していた三人は、迫り来る暴走車を見て絶句する。

 プアアアァアアァアアァアアンッッ!

 猛スピードで中央車線を疾走しているのは、総重量が十トンはありそうな超大型トレーラーだ。
「今夜のデート相手はちょっぴり大柄みたいですね……」
 オープンカーの後部座席で、悠也がかすれた声を上げる。
 助手席の怜が、銀色の瞳を細める。
「あれに間違いだろう。女の霊が見える」
 かろうじて見て取れるトレーラーの運転主は、明らかに正気ではなかった。なにかをブツブツを呟く運転手の肩に、おぼろげに女性の顔が浮かび上がっている。
 トレーラーは物凄い速度で、橋の出口に停車しているオープンカーの前を通過する。

 バシンッッッ!

 激しい突風が吹き荒れ、三人が乗った車が揺れる。
「俺の風神の護符が!」
 悠也がシンタロウに預け、窓に貼っていた風神の護符が無惨に引き裂かれる。
「行きますよ、しっかりつかまってください!」
 シンタロウがアクセルを踏み込む。
 オープンカーが急発進し、トレーラーを追走する。
 クラクションを鳴らしながらトレーラーをよける先行車を次々と追い抜き、シンタロウの操るオープンカーがスピードを上げていく。
「もえん不動明王、火炎不動王、波切り不動王、もえ行け、あびらうんけんそわか!」
 怜が素早く印を切り、懐から取りだした人型の紙切れを投げる。
 紙切れは一直線に空を飛び、前を走るトレーラーを追い抜く。

 オオオオオオオッッッ!

 たちまち炎の巨人が具現化し、トレーラーの道をふさぐ。霊感のある人間にしか姿は見えない式神だが、燃える熱風が道路沿いの植木を燃え上がらせる。

 プアアアアァアァアアァアンッッ!

 炎の式神と女の霊の影が重なり、たがいに打ち消しあうようにして消滅する。
 トレーラーの動きが止まる――と思いきや、すぐにまた霊気がトレーラーを包み込む。
 クラクションが鳴り響く六号線を、大型トレーラーが突き進んでいく。
「馬鹿な!」
 青い髪を風にあおられながら、怜が叫ぶ。
 悠也が後部シートに置いておいたバッグを開けながら、運転席のシンタロウに言う。
「シンタロウくん! 車のトレーラーの横につけてください!」
「了解!」
 暴走車のせいで混乱した車道を、オープンカーは見事なハンドルさばきで突き抜けていく。対向車がないところを見計らい、トレーラーの真横に車を寄せる。
「ほんとうなら、こんな人間離れしたところはあまり見せたくないんですけどね」
 悠也が、バッグの中から大きなハンマーを引っ張りだす。悪魔である父親ゆずりの金色の瞳を輝かせ、重量のあるハンマーをトレーラーの運転席めがけて振り下ろす。

 ッッドガンッッッッ!

 常人離れした腕力によって金属どうしがぶつかりあう、恐ろしい音が夜の闇を引き裂く。
 しかし、トレーラーの車体はわずかに傷がついただけだ。
「な……!」
 呆然とする悠也にかわり、怜が助手席で立ち上がる。
「あびらうんけんそわか!」
 数珠を取り払い、右腕に封印した妖刀『妖』を出現させてトレーラーに突き刺す。
 だが結果は、やはり小さな傷を刻んだだけにすぎなかった。
 悠也がたまらず叫ぶ。
「待ってください! あなたの妹さんは、あなたがまだこの世に留まっていることを悲しんでいます! もうこんなことは……」
「くっ、限界です! 後退します!」
 シンタロウがブレーキを踏み、トレーラーの背後にまわる。直後、トレーラーがカーブを曲がり先ほどまでオープンカーがいた場所がガードレールに挟まれる。
「説得することもできないのか」
 怜が無意識に唇を噛み締める。
 そのとき、道路の先に見える空間が歪んだ。
 夜空に何百という呪言が浮かびあがり、まるで投網のように巨大なトレーラーを包みこむ。さらに地面から巨大な腕が生え、暴走車につかみかかる。どちらも霊力の塊であるため常人には見ることもできないだろう。
「あ、あれはなんですか?」
「禁呪と式神……それもかなり高等な術だ。だれかが遠方で使役しているのだろう」
 悠也の呟きに、陰陽師の怜が答える。
『謝るだけでは妹は困惑するだけだ。真意を伝えねば救いはない。已む無くば調伏と為すが如何か?』
 どこからか、聞き覚えのない声が響く。
 しかし、トレーラーはまるで聞く素振りを見せない。禁呪と式神のなかへ突進する。

 ドシンッッッッッ!

 霊力どうしが激突し、突風が吹き荒れる。
 風がやんだあとに残ったのは、いぜんとして猛スピードで六号線を突き進むトレーラーの姿だった。
「……こうなったら言問橋で誰かが待ち構えてることを祈って、ゴール地点でいっせいに力を合わせるしかなさそうですね」
 シンタロウの呟きに混じり、悠也と怜の耳にかすかな声が聞こえたような気がした。
『行かなくちゃ……未歩が……呼んでる……』

<PM11:50 言問橋>

「うぐっ!」
 言問橋で印を構えた真名神慶悟は、頭を殴られたような衝撃に襲われうずくまった。
「どうしたっ?」
 刀を持った日刀静が駆け寄る。
「俺の禁呪と式神がはね返された……くそっ」
 慶悟は悔しさに奥歯を噛み締める。普段は冷静な彼だが、陰陽師としての自分の実力にはプライドがある。遊び人のような外見からは想像もつかないような修行も積んできている。
「こうなれば、実力行使で止めるしかなさそうだな」
 鉄のように動かない表情で呟き、静が刀を覆う布を取り去る。同時に、みずからの心身から一切の痛覚を消していく。静が操る人外剣術は、形のないものから物理的な物体まであらゆる対象を切り裂くことができる。
「待て。こんなことは有り得ない」
 頭痛に顔を歪めつつも、慶悟が静をひきとめる。
「有り得ないとは、どういうことだ?」
「たかが一体の迷い霊が禁呪や式神の攻撃に耐えられるわけがないんだよ。それこそ強力な妖怪ならともかくな。実際、さっき俺が放った術も、いちどは簡単に霊を払った手応えがあった。だがすぐにまた力を取り戻した霊に、なかば不意打ちの形で術を返されたんだ」
「つまり……霊をしばりつける原因が他にあるということか」
「それが何かまでは分からんけどな。時間さえあれば、祈祷の儀式で調伏するなり術返しするなりできるんだが……」
 慶悟の悔しげな言葉を聞いて、静は顔を上げた。
 静の視線の先には、夜のネオンに照らされた六号線と、その先を見つめて手を組んでいる未歩の姿がある。
「おい、聞いていただろう。なにか心当たりはないか?」
「……」
「おい?」
 静が声をかけるが、未歩は背中を向けたまま答えない。
 不審に思った途端、静の脳裏にこれまでの出来事が蘇る。
 六号線を調査しても、どこにも霊が発生する原因が見あたらなかったこと。未歩から、一瞬だけ異様な霊気を感じ取ったこと。そして霊が発生する原因が、道路でもトレーラーでもましてや姉の霊自身でもなく別にあるという慶悟の言葉。
「おい、未歩……」
 静が再び声をかけると同時に、未歩のヘアピンが地面に落ちた。
『わたしは……お姉ちゃんに誕生日を祝ってほしかったのに……』
 頭の中に直接、ひび割れた声が響いた。
 未歩のショートカットが逆立ち、両脚が宙に浮く。こちらを振り向いた少女の瞳は、血のような深紅に染まっていた。
 少女の異変を目の当たりにして、慶悟と静はようやく事の真相を悟った。
「あの霊に心残りがあったんじゃない……こいつに呼び寄せられていたのか!」
 静は顔を歪め、長刀を抜き放つ。
 だが慶悟が静の肩をつかんで止める。
「待て、こいつはもう意識を失ってる」
 未歩は宙に浮かんだまま、動こうとしない。六号線を凝視したまま、見えぬトレーラーに思念を送り続けている。
『お姉ちゃん……はやく来て……』
「潜在的テレパシストってやつだ。あの世から霊を呼び寄せるほどの強力なテレパシーだが、制御しきれていないみたいだな」
「だとしたら、どうすればいい? この女を殺すしか方法がないと言うんじゃないだろうな」
 静が慶悟を睨む。過去に仲間を虐殺され、また理不尽な能力のせいで相棒が傷つけられたことがある静にとって、それだけは決して許せない行為だった。
 慶悟は六号線に向き直り、不敵な笑みを浮かべる。視界の向こうから、恐ろしい速度で迫り来る巨大な影が見えつつあった。
「結界を敷いて姉の霊を閉じこめる。心残りを消してやるんだよ。この姉妹、両方のな」
 慶悟の言葉に、静は目を見開く。だがすぐに鉄仮面のようだった表情に、小さな笑みを浮かべる。無表情の時とはうって変わって魅力的な笑みだった。
「ならば、俺のすることは決まっているな」
 道路の向こうから、巨大なトレーラーとそれに追走するように青いオープンカーが接近してくるのが見える。静は道路の中央へ歩いていき、刀をふりかぶる。
「七つの石の外羽を建て、七つの石の錠鍵下して、其処へ降りん、あびらうんけんそわか!」
 残った力を振り絞り、慶悟が印を組む。
 宙に浮かぶ未歩の前に、七色に光る結界が生まれる。
「風神よ!」
「味塵と乱れや、妙婆訶、向かふわ知るまいこちらわ、あびらうんけんそわか!」
 オープンカーから大声が飛び、轟風と雷撃がトレーラーを包み込む。
「はあああああっっ!」
 静が振り下ろした刀から生まれた衝撃波が、周囲の空間を切り裂いてトレーラーの真正面から激突した。


<PM11:59 言問橋>

『未歩……』
「お姉ちゃん……」
 霧のように輪郭がぼやけた姉――相田圭子の霊と、宙に浮いた未歩が向かい合う。
 周囲は、慶悟が生み出した結界の輝きで満たされている。
 巨大トレーラーは道路脇に横倒しに倒れている。運転手は、離れた場所に放置したままだ。すこし可哀想な気もするが、傷も少なく気絶しているだけなので問題ないだろう。
 和泉怜、日刀静、斎悠也、真名神慶悟の四人はみな力を使い果たし、やっとのことでそばに立っている状態である。
 姉妹は黙って見つめあったまま、言葉を交わすことができずにいる。
「これからは自らの生を祝い、姉の死を敬う日と成せ」
 唐突に、声が上がった
 真名神慶悟だ。結界を維持するため印を結んだまま、未歩に向かって笑いかける。
「言ってやれ、今まで頑張って来ようとしてくれてありがとう、と」
 未歩の赤い瞳が、こちらを見る。
「姉が謝らないで済むようにするにはどうすれば良いか、もう分かっているだろう」
 刀をおさめた日刀静も言う。
「お姉さんのほうには、これを差し上げましょう。妹の誕生日にプレゼントがないと格好つかないですからね」
 斎悠也は足元のバッグから赤いリボンをしたピンクの薔薇の花束をプレゼントを取りだし、姉の霊に差し出す。花束が迷うように宙を漂い、ふわりと実態のない圭子の手元におさまる。
 ただ一人、和泉怜だけがどこかふてくされたような顔で腕を組んだままだ。
「ふん、人間の感情はよく理解できん」
 四人の見ている前で、圭子の手から花束が浮かび上がり、未歩の胸元へと渡される。
 にこり、と微笑む圭子の輪郭がじょじょに揺らいでいく。
『誕生日おめでとう、未歩……』
 圭子が手を伸ばし、それが未歩の頬に触れると同時に霧のような圭子の姿がかき消える。
 未歩は呆然と、姉が消えた空間を見つめる。
 だがやがて少女の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。
「ごめんね……ごめんね、お姉ちゃん、何度も苦しめて……ありがとう……ありがとう……」
 呟く未歩の足が地面に触れ、力を失ったように倒れそうになる。
「おっと」
 少女の体を支えたのは、いつからそこにいたのかシンタロウだった。
「あーあ、せっかくテレパシストの力に目覚めたのに、力を使い果たしちゃったみたいですね。いまの記憶も残ってるかどうか……」
「そんなことは、どうでもいいさ」
 静が笑み混じりに言い捨て、身を翻す。
「今、誰も傷つくことがなかったんだからな」
「そうですね。それが一番です」
 去っていく静を見送りながら、悠也が微笑む。
 印を解いた慶悟が未歩を見下ろす。
「ところでこのテレパシー女はどうするんだ? 無意識とはいえ死者を出したことは事実だが……」
「法で裁くのは不可能だな。いずれ、自分自身で罪を償う術を見つけるだろう」
 怜の言葉に、シンタロウが頷く。
「そうですね。まあこの子についてはぼくが責任をもって引き受けます。それよりもさあ皆さん、そろそろ帰られたほうがいいですよ。人払いの結界がもうすぐ解けてしまいますからね」
 シンタロウの放った言葉に、その場にいた全員が目を見張る。そういえばトレーラーの追跡を開始した頃から、通行人や車の数が異様に少なくなっていった。
 悠也が警戒の眼差しでシンタロウを見る。
「シンタロウくん、あなたは一体……?」
「まあまあ、いいじゃないですか、細かいことは。事件を解決できたということが、なにより大切なことですよ」
 そう言ってニッコリ笑う少年を見て、誰もそれ以上追求するつもりもなくなった。
 顔を見合わせ、少しだけ微笑むと、残った者も思い思いの方向へ立ち去っていく。
 シンタロウの腕の中で目を閉じた少女の唇が、かすかに動いた。
「ありがとう……」

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0427 / 和泉・怜(いずみ・れい) / 女 / 95 / 陰陽師】
【0425 / 日刀・静(ひがたな・しずか) / 男 / 19 / 魔物排除組織ニコニコ清掃社員】
【0164 / 斎・悠也(いつき・ゆうや)/ 男 / 21 / 大学生・バイトでホスト】
【0389 / 真名神・慶悟(まながみ・けいご) / 男 / 20 / 陰陽師】

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■         ライター通信          ■
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 はじめまして、斎悠也さん。新人ライターの岩井恭平です。
 今回は岩井のシナリオ、『疾走する哀霊』に参加していただき、ありがとうございました。
 斎悠也さんのプレイングは、とても優しく姉妹を見守ってくださったので嬉しいです。他のキャラクターさんが事の真相を暴いていく一方で、人命を第一に守ることをはっきりと宣言してくれました。今回のエンディングを迎えるにあたってなくてはならないキャラクターです。ただ霊を払い、また来年も出没するという最悪のエンディングを回避することができた要因の一つです。
 キャラクターの描写はいかがでしょうか? また機会がありましたら、別の角度での魅力をひきだしてみたいキャラクターです。人物や能力の描写に関してご希望・感想がありましたら、クリエーターズルームからメールで教えていただけると嬉しいです。
 
 今回はOMCでの初仕事です。
 妖怪・幽霊のエピソードが満載の「東京怪談」で、スピード感を重視した今回のシナリオは異色かもしれません。おそらくこれからも一風変わった調査ファイルばかりになると思います。
 不可思議な怪談の中でもさらにひと味違った依頼で、ぜひまたお会いしましょう。