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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


十二体の人形 【2月の貴婦人】

【序】
 新宿のバーで、『道場破り』ならぬ『酒場破り』が出没しているらしい。
 『店の酒を一滴残らず飲み尽くしたらタダ』という難題を店側に持ちかけ、それにOKを出した店が次々に倒産寸前に追い込まれているという。
 その『酒場破り』は毎日何処かの飲み屋に現われる。目撃者の話によると、三十代前半と思われる極々普通のサラリーマンのようにも見える男なのだが、酒を何杯も、それこそリットルに及ぶまで飲めるような体格には見えないのだという。しかも、それだけ飲んでおきながら全く酔う気配は見せないというのだ。
 あまり冴えない、細身の男。そんな男が店中の酒を飲み尽くし、出て行く時に言う台詞があると言う。

「俺には女神様がついてるんだよ」

 そんな話が、『傀儡堂(くぐつどう)』の店主の耳に入った。
「多分、『アマティスタ』だと思うんだ…」
 白いスーツを着た『傀儡堂』店主、茅環・夙(ちのわ・まだき)が困ったような顔をして言った。彼の横には、修復されたらしいショーケースがあり、紅い髪の騎士が紅い天鵞絨(びろうど)の敷き布の上で誇らしげに立っている。
「先日依頼した、行方不明になった十二体の人形…その一つで、2月の誕生石である『アメシスト』を使った人形なんだ。
 その男性が持っているのは、無くなった人形の一つに間違いないと思う」
 夙がそう断言する理由は、『アメシスト』の伝承にある。
「彼女の特徴は紫色のドレスを着た女性の人形で、手にはワイングラスを持っている。髪は長い黒髪。
 ……何故彼が持っているのか分からない…けど、出来るなら取り返して欲しい」

【壱:貴婦人を外見に持つ男】
 明らかにカツラと思われる金髪を、グロスの入った綺麗なピンクを塗った爪で梳きながら、女は光を放つモニタの前で呟いた。
「アメシスト……『バッカスストーン』のことよネェ。でもバッカスってオッサンじゃなかったかしら?」
 女にしては、低い掠れたような声。それもその筈、『彼女』は男なのだから。しかし、一見では男だとは思えないほど見事な変装振りである。
 男の名は室田・充(むろた・みつる)。モニタに映し出されているホームページの掲示板で、書き込んだ来訪者に対して返答をしている所だった。
「調べてみた方がイイかしらネェ……アラ?」
 最後に書き込んだ来訪者の記事を見、彼(彼女?)は手を止めた。
『コンバンワ、アンジェラ姉さん!
 最近話題になってる酒場荒らし、今日生で見ちゃった! なんか凄い飲みっぷりで驚いたよ。』
 書き込まれた日付は、昨日の午後11時。
『そいつが店出てった後、友達と一緒にそいつの後追いかけたんだけどさ。
 [Green Sleeves]って店に入ってったの、見たんだ〜。あれだけ飲んでハシゴするって凄いよな』
「……ナニ感心してるのかしらねェ」
 苦笑しながら何気なく記事を読んでいた充だが、ふと気になる部分を見つけて読み返した。昨日酒場破りの被害にあった店の後、何処へ行ったか。
―――[Green Sleeves]
 その店の名前を見、彼は手を叩いて悲鳴のような歓喜の声を上げた。
「やだァ! お手柄じゃない、アナタ!」
 情報を書き込んだ方に対し、彼は愛の溢れる返信をしたとかしなかったとか。
 この後、アメシストに関する伝承をネットで検索し、夙が依頼した『アマティスタ』が何故女性なのかを知る事となった。

【弐:貴婦人を持つ男を待つ男】
 カラン、と乾いた音を立てて、グラスの中の氷が回る。琥珀色の酒からは、上質なブランデーだと主張するような良い香りが漂ってきていた。
 古いアメリカ映画を思い起こさせるような古臭い酒場で、彼はカウンターに腰かけて酒を飲んでいた。黒いロングコートに、黒い鍔広帽(つばひろぼう)のがっしりした体格の男。コートの襟を立て、鍔広帽を目深に被っている為に顔は見えない。時折、酒を飲むために覗く口元だけが、店内のほんのりとした明かりに照らされる程度で、その姿はまるで影のようであった。
 [Green Sleeves]。作曲者不明のイギリス民謡を名に持つこの店は、やはり流れる曲もそれだった。男はそれを聞きながら、『ある男』を待っていた。
 待ち人来たるとは、この事か。酒場入り口につけられた呼び鈴が鳴り、一人の男が入ってきた。あたかも、仕事帰りのサラリーマンのような風貌。
「よ、マスター。今日も行ってきたよ」
 男はそう言うなり、黒いコートの男の隣に座った。鍔広帽を少し上げ、隣に座った男を眺めて口元を歪める。
「……アメタストス。『酔わない』男は、貴方ですかな……?」
 掠れた低い声でそう声をかけると、サラリーマンはギョッとして彼を見た。
 見られた男は嗚咽(おえつ)を堪えるように笑い、「失礼」と小さく詫びた。
「私は無我・司録(むが・しろく)。貴方の話を聞きつけて、此処へやってきました。紫は高貴な色と…ですが貴方の所業はそれとは程遠い…女神の祝福なくてはお酒を飲むことも出来ませんか」
「……っ!」
 司録と名乗った男に対し、件(くだん)の男は席を立って逃げようと試みる。が、その退路を塞ぐような格好になった『女』にぶつかってしまった。
「チョット、痛いじゃないのよ!」

【参:貴婦人を持つ男】
 ぶつかられた女……もとい、女装をした充は憤慨して男の鼻先に指を突きつけた。
「ぶつかっといて挨拶もないワケ?」
「す、すいません……」
 あまりの迫力に、男が謝った。司録は苦笑しながら、男に座るように勧めた。その隣に、当然のように座る充。
「古いけど、結構イイお店じゃない?」
 充が艶を含んだ声で言うと、カウンターの向こうにいたマスターとおぼしき男が一礼する。お礼といわんばかりに、桜色のカクテルが出された。
「矢蔦(やつた)さんはバーボンでよろしかったですよね」
「あ、あぁ」
 マスターがそう言うと、矢蔦と呼ばれた男は頷いた。途端、身体に僅かに染み付いていたアルコールの匂いが、充の鼻孔をくすぐった。
「……アナタ、今日も酒場荒らししてきたの?」
「なんであんたが知ってるんだよ」
 ぶっきらぼうに矢蔦が言うと、司録が口の端を僅かに歪めて呟く。
「貴方はあまりにも有名だ。その異様な『飲酒量』が」
「『女神』の話も、聞いてるしね」
 左右からそう攻められ、矢蔦は今すぐにも逃げ出したい衝動に駆られた。だが、その動揺を読み取ったように司録が笑み、コートのポケットをまさぐる。そしてそこから取り出したものは、彼が所持しているはずのないものだった。
「私も、『同じもの』を持っているんですよ」
『……なっ!』
 充と、矢蔦の声が重なって店内に響いた。幸い、彼ら三人以外客がいなかったので騒ぎにはならなかったが、矢蔦が明らかに動揺して己の鞄に手をかけて中身を見る。
「…ある。……あんた…!?」
 矢蔦が顔を上げて司録の手を見たが、彼の手には何もない。おどけたような仕草で両手を上げ、充の方へと視線を変えた。充はその黒い瞳を丸くさせて、司録の手と矢蔦の鞄の中身を交互に見た。
 鞄の中には、一体の人形が入っていた。
 人形とは思えないほどの艶の入った紫がかった黒髪と、挑発しているような澄んだアメジストの瞳。人間であればどれほど魅力的であろうかと思えるような曲線を包む紫のドレス。その白い手に乗った、宝石のように煌めく透明なワイングラス。
「……『アマティスタ』…。本物……?」
 呆然とした充の声に、矢蔦がはっとして鞄を閉めた。その手を司録が掴み、目深に被った鍔広帽の向こうから目を光らせて問い掛ける。
「何を見、何を得ました? 教えてください」
 喉の奥で息を飲み込んだ矢蔦だったが、観念したように再び鞄を開けた。その中に手を差し入れ、静かにカウンターの上に置く。淡い店内の光を浴び、『アマティスタ』はより一層魅力的な姿に見えた。一瞬、これが人形である事を忘れてしまうほど。
 その人形を見ながら、矢蔦は深く溜息を吐いた。その彼の前に、マスターがバーボンを差し出す。
「矢蔦さん、話してしまいましょう。いつまでも隠し通せるものではありません」
 マスターが、苦笑を浮かべながら言う。その様子を見た充が、マスターに顔を向けた。
「アナタ、この人形の事を知ってるの?」
「……えぇ。元々、この人形を最初に受け取ったのは私ですから」
 予想もしなかった言葉に、司録もマスターに顔を向ける。
「以前から此方(こちら)にいらっしゃっていた外国人のお客様が、先日お見えになられまして。その際に、この人形を置いてゆかれたのです。矢蔦さんの誕生祝に」
 その日を聞けば、丁度『傀儡堂』で十二体の人形が消えたと騒いでいた頃と一致する。
「……俺と、その外人の客とは酒飲み友達みたいな感じだったんだよ。
 何年前だったかな、その外人のおっさんが、俺に誕生日プレゼントを作るから待っててくれって。『酒好きな君が好みそうな女性の人形でどうだろう』ってな」
「けれど、ある日帰国されてから…全く音沙汰がなく…。お亡くなりになったという話を聞いた時は、それはもう、二人とも悲しみました。でも、先日人形を持って来られた時は喜びましたね」
 しんみりと、マスターが言う。
「……おっさんはこの店を気に入ってた。でも、最近は客の入りも少なかったし、マスターが閉店しようかって言ってたんだ。最近、この辺の界隈って酒場とか飲み屋が増えただろ?」
「成る程……そこに流れていく客を此処(ここ)に戻す為に、酒場破りを行なっていたという事ですか」
 司録がそう言うと、矢蔦は観念したように頷いた。その様子を見て、充が首を傾げた。
「でも、この人形が…悪酔いをしないって事にはどうやって気付いたワケ?」
「あぁ…これを傍に置いて酒を飲んでた時、いくら飲んでも酔わなかった。それに、味や旨みはそのままなのに、いくらでも飲める……マスターと飲んでた時、その事が分かった。いつもの数倍は二人で飲んでたんだけどな」
 そこまで言うと、矢蔦は両手を握り締めて、手錠を求めるように前に突き出した。
「でも、この事を考え出したのは俺一人だし、マスターには何の関係もない。警察に突き出すなら突き出してくれ」
 どうやら、充と司録の事を警察の関係者か何かだと思ったのだろう。彼は目を閉じて左右にいる二人の行動を待った。流石にこれには二人とも面食らったが、顔を合わせて「どうする?」と目で相談しあった。
 司録は元々人形の返却を求めるだけで、彼を捕まえようという気は毛頭ない。充とて、酒場破りの話を聞きたかっただけで捕まえる気はない。
 ならば、行き着く答えは一つだけ。
「別に、貴方を捕まえようと思っているわけではありません。人形を返していただきたいだけです」
 矢蔦とマスターが驚いて彼の方を見た。充と司録は、何故ここに来てこうして話をしているかというその理由を簡単に述べた。
「……返す前に、最後にこいつと一緒に飲んでもいいかな」
 その言葉の意味を読み取った充と司録は、頷いてマスターに酒のお代わりを注文したのだった。

【四:貴婦人の行き先】
「亡くなったのは知っていたんだけど……まさか、そんな事になってるとは思わなかったな」
 人形を渡しに来た充と司録から話を聞いた夙は、そう呟いて手の中にある『アマティスタ』を見た。その人形をしばらく見ていた夙は、何かを思いついたような顔になり、二人に人形を差し出した。
「……これ、偽物だよ」
「えぇっ?!」
 充が素っ頓狂な声を上げて差し出された人形を見た。どう見ても、この店内にある人形と同じような雰囲気をもった人形である。これが偽物だとはどうしても思えない。
 夙の笑顔と、彼の手にある人形をしばらく見比べていた司録が、何かに気付いたように口の端に笑みをかたどって『アマティスタ』を受け取る。
「分かった」
「ち、ちょっと…………?」
 抗議しようと夙の顔を見た充だが、彼の表情を見て頭の上に『?』を浮かべた。だが、その笑みの意味に気付き、小さく声を上げる。
 二人が自分の言わんとしている事に気付いたのに満足し、夙が手を振った。
「それ、持ち主の所に返してきてもらえるかな。偽者は要らないよ」
「……そうねぇ。偽物なら、仕方ないわネェ」
「そうですね。では、戻してきますか」
 三人は顔を合わせてそう言うと、同時に吹き出した。その笑い声を受けて、『アマティスタ』も心なしか微笑んだように見える。
 数日後、酒場破りの噂は途絶え、変わりに[Green Sleeves]は『酒の女神』がいる店として有名になり、閉店は免れた。そこを訪れる客の中には、持ち主である矢蔦は勿論、『ちょっと声の低い女』や『鍔広帽の黒い男』の姿もあったという。
 しかし、その『貴婦人』を持ってきたという外国人の客は、姿を現すことはなかった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0076 : 室田・充(むろた・みつる) : 男 : 29 : サラリーマン兼ドラァグクイーン】
【0441 : 無我・司録(むが・しろく) : 男 : 50 : 自称・探偵】

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■         ライター通信          ■
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 遅くなりました、【2月の貴婦人『アマティスタ』】編、ようやく完成です!(汗)
 本当に遅くなりました……今でもちょっとオロオロしてたりしますけど。
 前回と違い、今回は所持者の探索となりましたが、お二人とも着眼点が鋭く……というか、鋭すぎて「どうしよう」の域に達していました。(笑)
 でも、あまり厳しい事や武力行使という選択がなかったので、上手く収まったと思います。結末に関しては腑に落ちないものがあるかもしれませんけど…。(笑)
 今回の話で、死んだと言われていた『外国人の男』が出ています。誰だか分かれば、今後の謎も解ける……かも。

 プレイングを見た時、この設定はおいしい!…と、思う反面、かなり辛い能力だと思いました。何処までタネ明かしをすべきか、非常に悩んだんですよね。探索、若しくは捜索系には十二分な能力なので、こう云うシナリオを書く僕にとっては、正直難しいキャラです。
 設定がおいしすぎると特に。(笑)
 無我氏は表情の少ないキャラなのですが、それを上手く表現しきれたかが怪しい所でもあります(汗)
 機会があれば、また御参加くださいませ。今回は、どうも有難う御座いました(^-^)