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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


調査コードネーム:闇の眷属
執筆ライター  :水上雪乃
調査組織名   :草間興信所
募集予定人数  :1人〜4人(最低数は必ず1人からです)

------<オープニング>--------------------------------------

「フン」
 面白くもなさそうな表情で依頼書をデスクに投げ出すと、草間武彦はタバコに火をつけた。
 またぞろ、不思議事件の依頼である。
 都内の病院から、五名ほどの患者が消えたらしい。
 しかも、その患者は、自力で動けるような状態ではなかった。つまり、全員が植物状態ったのだ。これは、何者かによって連れ去られたと考えるべきだろう。
 もう一つ、共通点がある。
 全員の血液型が、RHプラスA型だということだ。
 日本においては最もありふれた血液型ではあるが、一週間のうちに五人消えたとなれば、数学的確率を云々するのも馬鹿馬鹿しい。
 現在、患者の消えた病院では、吸血鬼の仕業だという噂が席巻しているという。
「‥‥吸血鬼が血液型を選り好みするかな?」
 煙とともに皮肉を吐き出す。
 そして、おもむろにシニカルな微笑を浮かべた。
「まあ、病院が相手なら、依頼料はボッタクれるな」
 企業人にあるまじき台詞を呟き、脳細胞の人名録をめくる草間であった。



※水上雪乃の新作シナリオは、毎週月曜日と木曜日にアップされます。
 受付開始は午後7時からです。

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闇の眷属

 風に舞った花弁が、吹雪のように視界を遮る。
 薄紅色の雪だ。
「今年は随分と開花が早いみたいね」
 目を細めたシュライン・エマが言う
 僅かに弾んだ口調だった。
 春の訪れは心地よいものだ。冬を、四季を持つ国の住人であるだけに、余計そう思うのかもしれない。
 青い瞳に白い肌の彼女も、心は既に日本人である。
「早い年もあれば遅い年もある。それだけのことさ」
 戯けた口調で冷めたことを口にしたのは、秋津遼であった。
 秀麗な顔をサングラスの下に隠し、春だというのに黒っぽい服装でまとめている。
 いつもの調子の遼に、シュラインが苦笑を浮かべた。
 人目を惹く二人だった。
 怜悧で整った顔立ち、均整のとれた肢体。
 まるで、東京コレクションに出場するモデルのようである。
 すれ違う男性の半分ほどが、感歎の吐息をつきながら振り返る。
 そして、納得したように頷くのだ。
 ああ、やっぱりモデルなのだろう、と。
 ‥‥すると俺たちは付き人だと思われてるのか?
 やや深刻な疑問を、期せずして同時に抱いたものがいる。
 二人の美女の後方を歩く男たちだ。
 那神化楽、藤村圭一郎、雪ノ下正風の三名である。
 最年長の那神がマネージャーで、最年少の雪ノ下が付き人見習いといった風情だろうか。
 どうも、あまり嬉しくない想像図だった。
 むろん、この五人は、モデルと付き人ではない。
 ある事件を解決するために集まった調査スタッフである。
 仕事を仲介しているしているのは草間興信所、一風変わった探偵事務所だ。一応の直接スタッフであるシュラインがまとめ役であった。
 そして、調査対象は篠崎(しのざき)記念病院。
 一週間の間に五人の患者が姿を消したという、これまた変わった病院である。
 消息を絶った患者は、いずれも植物状態だった。つまり、自力で動くことは不可能だということだ。
 今のところ、患者の家族から警察への働きかけはない。
 奇妙な話ではあるが、
「ま、医療費払わなくていいって喜んでるかもね」
 酷薄すぎることを言う遼。
 だがその主張は、極端ではあっても虚構ではない。高額医療費が家族たちにとって大きな負担となっていることは事実なのだ。
 もう一歩進めて考えると、家族が患者を連れ去り「処分」した可能性に行き当たる。
「あまり考えたくないことだけど」
 雪ノ下が呟く。
 さすがは小説家、想像力が豊かであった。
「まあ、ないでしょうけどね」
 苦笑を浮かべて否定したのは、もう一人の作家、那神である。まあ、彼が描くのは小説ではなく絵本だが。
 家族が患者に何か仕掛けるなら、生命維持装置への干渉だろう。なにも困難を承知で連れ出す必要はない。病院で亡くなった方が都合が良いではないか。知らぬ顔をして医療過誤だと訴え出れば、賠償金を搾り取れる可能性もある。
 それに、一週間に五名というのは多すぎる。
「どう考えても組織的な犯行やろな。個人レベルで出来ることやない。で、病院と組織とくれば‥‥」
 藤村がうそ寒そうに言葉を切り、
「臓器売買だね」
 さらりと遼が引き取った。
 占い師が重々しく頷く。
 植物状態にある患者といっても、内臓は普通に機能している。取りだして売れば、億単位の商売になるだろう。おぞましい話だが、無視できぬ可能性を秘めている。
「でも、そうなると、血液型の件が引っかかるわね」
 胸のペンダントを弄びながら、シュラインが疑問を呈した。
 臓器移植には、血液型よりもDNA配列の方が問題になる。にもかかわらず、消えたのはA型の患者だけだ。単に確率だけを述べるなら、五人中のA型含有率は二人程度なのだから。やはり、少しおかしいだろう。
「やっぱり、俺が患者として潜入した方が‥‥」
 事務所を出発する前、雪ノ下はそう主張している。
 彼自身もA型であったので、囮捜査には適任かと思われたのだ。
 しかし、所長たる草間武彦は申し出を一蹴した。
 理由は説明されなかったが、
「キミは植物人間じゃないからねぇ」
 とは、遼の弁である。
 たしかに、条件の一方しか満たしていないのでは囮の役をなさない。その点を彼女は指摘しているだけなのだが、どこまでも尊大に聞こえてしまう。
 ともあれ、全員が健康体である以上、囮捜査は困難だ。
 地道な聞き込みと情報収集、そこから入るしかない。
 まずは、院長たる篠崎に面会して病院内行動の許可を取る。そのあとで、医者や看護婦、事務員や患者などからも話を聞く必要があろう。
 桜の花弁が舞い踊るなかを歩む五人の前に、白い巨塔が姿を見せ始めていた。

 珍しいこともあるものだ。
 武神一樹は、僅かな驚きとともに悪友の姿を眺めやった。
 黒髪の調停者が事務所を訪れたとき、草間は面白くもなさそうな顔で報告書を書いていた。
「よう。まるで仕事をしているみたいだな」
「仕事をしてるんだよ。たまには、酒の一本も下げてこい」
 失礼な言いようの武神と、客人に対して顔すら上げない草間。
 ある意味、良いコンビといえるかもしれない。
「お前に酒を渡して、どんな良いことがあるんだ?」
「知らないのか? 善行には善果があるもんだぜ」
「すると、おまえにモノを与えるのが善行だというわけか。新機軸だな」
「‥‥そこまで言うか」
 苦々しくボールペンをデスクに放り置き、草間が立ち上がる。
 殴りかかるためではなく、客人にコーヒーを振る舞うためであった。
 なんだかんだいっても、仲の良い二人なのだ。
 応接テーブルを挟んで向かい合う。
「‥‥と、いうわけだ。武神はどう読む?」
 不味そうにコーヒーをすすりながら問いかかける。
 むろん、今回の依頼についてだ。
「一つの病院に植物状態の患者が五人も入院していること自体、異常だろうよ。それも、同じ血液型でな」
 悠然と本質を突く調停者。
 彼の推理能力と胆力は、草間に勝るとも劣らない。
 普通、病院は植物状態の患者など歓迎しない。悪意の表現を用いるなら、臨床データを採取する価値がないからだ。研究価値が無く、ベッドを占領するだけ患者は、お荷物なのである。ついでに、生命維持にも金がかかる。支払われる医療費など、経営サイドに取ってみれば、ささやかなものだ。
 これはあくまで経営としての考え方である。しかし、病院もまた経営であり研究機関だ。この要素を省いて思考を進めることはできない。
 つまり、この病院は間尺に合わないことをしているということだ。
 そして、そのようなことをするからには、それなりの思惑があろう。なにか、植物状態の患者を集めなくてはならない理由が。
 帰納的推理によってそこまで読めば、次は、演繹的推理で事態を整合させるだけである。
 病院の内部に植物状態の患者を集める勢力がある。理由までは判らないが、依頼が上がっている事から考えて、経営者サイドがそれだと考えて良いだろう。
 他方、それに敵対する勢力も病院内に存在する。
 それも、かなりの組織力と実行力を持った勢力だ。意識のない人間を、誰の目にも留まることなく病室から運び出すなど可能なことではない。
 となれば、目に留まっても不自然でないものの犯行となろう。例えば、医師や看護婦などだ。彼らが結託して患者を移動させ、いずこかへ連れ去る。まともに考えれば、これ以外に方法がない。
 問題は、何故そんなことをする必要があったのか、ということだ。
 自らの利益と打算に基づいての行動だろうか。
 然らず。
 患者の家族らが騒いでいないこと、依頼が警察ではなく草間興信所に持ち込まれたこと。
 この二点が、事実を雄弁に語っているではないか。
「おそらく、後ろ暗いことをしているのは病院の方だな。連れ去ったものたちの動機は、患者の状況を見るにみかねて、というところだろう。無難な線で、他の病院に移したんじゃないか?」
「相変わらず、いい読みしてるぜ」
 ごく僅かな情報から見事な推理を構築した武神を、笑いながら草間が称揚した。
「おだてても何も出んぞ。だいたい、お前だって読んでいたんだろうが」
 と、そこで言葉を切り、眼光をやや鋭いものに変える武神。
「俺に判らんのは、そこまで読んでいて、何故シュラインたちを現場に行かせたか、ということだ」
 青い目の美女は、怪奇探偵にとって大切な存在ではないのか。
 もし未曾有の危険があったらどうする。
 言外に問う。
「個人的な理由で束縛したら、アイツは俺を絶対に許さないさ。まあ、大丈夫だろう。藤村や遼も付いていることだし。那神はともかくとして、雪ノ下とかいうヤツも、けっこう強そうだった」
 むしろ自分を納得させるように、草間が答えた。
「それに」
「それに?」
「手当たり次第に突ついていけば、相手の方からポロを出すかもしれん。実際、今のところはそんなレベルさ」
「迂遠だな。患者の家族を見張っていれば、居場所など簡単に掴める。絶対に見舞いに行くはずだからな」
「だが、それで解決すると思うかい? 武神?」
 問いかける草間の瞳には、真剣な光が宿っていた。
「なるほどな。たしかに、お前の言うとおりだ」
 黒髪の調停者が、納得したように首肯する。
 消えた患者を発見した場合、報告しなくてはならない。それが探偵の義務だからだ。だが、報告したらどうなるか。
 あまり心楽しい事態にはならないだろう。さすがに、口封じなどという手段に出るとは思わないが。
「根本的な解決を目指しているわけか。変わったな、お前」
 笑いを含んだ声で、武神がからかった。
 解決後のアフターケアまで考えるなど、これまでの草間には無かった発想だ。
「べつに変わってないぜ。俺は他人を利用するのが大好きだが、利用されるのが大嫌いなだけだ」
 なぜかそっぽを向いて怪奇探偵がうそぶく。
 卓絶した推理力を持つもの同士の会話は、本心を隠すのが一苦労だ。
「ま、そういうことにしておいてやるさ」
 思い切り揶揄するように言って、武神が立ち上がった。
「行くのか?」
「ああ。アイツらと合流する。万が一ってこともあるからな」
「‥‥頼む」
「頼まれたよ」
 言葉の前に沈黙を先立たせる意地っ張りな友人に向かって、悠然と笑う調停者であった。

 さて、病院内の調査を続ける探偵たちは、意外な壁に突き当たっていた。
 病院スタッフの非協力である。
 院長の篠崎をはじめとして、事務長や婦長など、それなりの権限を持つものたちは協力的なのだが、末端部の連中は話すらまともに聞いてくれない。
「こっちは収穫なしです。参りましたねぇ」
「俺の方もダメ。てんで話にならない」
 口々に言いながら、那神と雪ノ下が戻ってきた。
 カンファレンスルームの一つを調査本部として借りているのだ。
 先に戻っていた藤村と遼も頭を振る。
 思うように情報が集まらない。
 まるで、病院自体が一丸となって妨害しているようであった。
「どうなっとるんやろな。普通は一刻も早く解決して欲しいっちゅうもんやないか?」
 黒い瞳の占い師が慨嘆する。
 彼は職業柄、人の表情や態度から内心を読みとることに長けている。だが、伝わってきたの、探偵たちに対する露骨な警戒と反感の気配だけだった。
「両極端だねえ。院長たちは、あんなに愛想いいのに」
 戯けたように遼が言った。
 まったく、院長たちは協力的なのだ。
 こうして部屋まで貸してくれ、資料用にとカルテまで渡してくれている。にわかには信じられないほどの協力である。
 医師には守秘義務があり、余程のことがない限りカルテなどの閲覧は認められないものだ。
 かなり切羽詰まっているのか。それとも、どうせドイツ語など読めまいと、たかを括っているのだろうか。
 ところが、探偵たちの中には外国語に通じているものがいた。
「‥‥この病院に入院してるA型の植物状態の患者は、いなくなった五人で全員ね」
 カルテから視線を上げて呟くシュラインである。
 美しく通った鼻梁に眼鏡を引っかけている。細かい字を読むときには眼鏡が必要な彼女なのだ。
「つまり、全員が消えたわけですか」
 那神が腕を組む。
 どうも妙だ。何かが引っかかる。
 何故、A型の患者だけが消えたのか。他の血液型では、どうしていけなかったのか。
「どうも、吸血鬼のラインは本格的に消えたみたいですね」
 残念そうな雪ノ下。
 オカルト作家の彼としては、吸血鬼の仕業だった方が何かと面白いのだ。
「当たり前。そんなラインなんて最初からないよ」
 冷然と遼が斬り捨てる。
 吸血鬼にとって、血液とは栄養源だ。型に拘泥する方がおかしい。
 例えば、牛や豚にも血液型がある。しかし、人間がそれらを食すとき、血液型に拘るだろうか。絶対に有り得ないだろう。
 もし、血液型が問題になるとすれば‥‥。
「なるほど、読めてきたで」
 藤村が下顎に右手を当てた。黒い瞳が火打ち石の火花のような光を放っている。
「そう。血液型が問題になるのは輸血のとき。そして、この病院の院長、篠崎はRHプラスA型よ」
 シュラインが告げる。
 那神と雪ノ下が顔を見合わせた。べつに院長の血液型など、どうでもよいではないか。
 だが、
「やっぱりやな」
「最低の吸血鬼だね」
 占い師と何でも屋が大きく頷いた。
 解決を急ぐ院長の血液型と、消えた患者の血液型が一致した。
 これは、ある事実を示唆している。
「ついでにいうと、篠崎は不幸な病に冒されているわ」
 不幸な、という表現を用いながらもシュラインの言葉には嫌悪感の針が混じっている。
 彼女にも、事件の概要が見えているのだ。
「‥‥再生不良性貧血やな」
 藤村が呟き、二人の文筆家の顔に理解が広がった。
 再生不良性貧血とは、造血機能が著しく低下する病気である。現代の医学では原因不明とされている難病であった。根本的な治療法としては、骨髄移植しかない。
「でも、篠崎のオッサンに移植は無理。なんせジジイだからね」
 嘲弄する遼。
 実際、四十代以降の骨髄移植は、ほとんど効果がない。であれば、対処療法として常に輸血を行う必要がある。
 そして、植物状態にある患者たちの造血機能は、ちゃんと働いている。
 意識もなく意思表示も出来ない血液工場だ。
 赤い瞳の皮肉屋が「最低の吸血鬼」だと吐き捨てたのは、そういうことである。
 獲物は、自分自身の知恵と実力で狩るべきだ。
 それが狩る側の礼儀であり、狩られる側への敬意である。
「‥‥おぞましいことを‥‥」
 最も若い雪ノ下が、ストレートな感想を口にする。
 嘔吐寸前の表情であった。
 他の探偵たちも、程度の差こそあれ苦虫を噛み潰している。
 このような結論が出たからには、馬鹿正直に依頼内容を守って消えた患者を探し出すことなどできない。
 依頼料が取れなくなるのは痛いが、このままの状態で院長に利用され続けるよりはマシである。彼は怪奇探偵を共犯者に仕立てようとしているのだ。そんな事態は、御免こうむる。
「さて。そろそろ終幕やな。院長室に乗り込もか?」
 挑戦的な言葉を発する藤村。
 その視線は、仲間たちではなく壁に向けられている。
 ここは、「院長」が貸し与えてくれた部屋だ。モニターされているに違いなかった。
 不敵に笑い合う探偵たち。
 藤村が言う通り、終幕のときが近づいていた。

 院長室は、広く豪勢な造りで、所有者の為人を容易に想像させた。
 巨大なマホガニーのデスクに座って探偵たちを睨め付ける初老の男。
 院長の篠崎である。
 その周りを固めるのは、一見しただけで暴力を生業とするものだと判る男たちであった。
 数は六名。
 探偵たちよりも一人多い。まして、那神とシュラインは荒事に向かない。実質上の戦力比は二対一である。
 病院内ゆえ、男たちは拳銃などは持っていなかった。これはまあ、救いではあるが、その代わり、ブラックジャックと呼ばれる革袋を下げている。
「くだらん知恵のまわる鼠どもだ。黙って仕事をしていれば良いものを」
 篠崎が尊大な口調をつくる。
 むろん、探偵たちは誰ひとりとして感心などしなかった。
 この院長の卑小さすら感じられる。
「一つだけ訊いておくわ。患者から抜き取った血を入れるとき、あんたの羞恥心はどの角度を向いていたのかしら」
 空気すら凍り付くような冷たさで、シュラインが詰問した。
 年長者に対し、青い目の美女がここまで横柄な態度をとるのは珍しい。
 それだけ嫌悪感が強いのだろう。
「私は四〇年に渡って医学に奉じてきた。これからも日本の医学のために貢献してゆくのだ。ただ眠っているだけの役立たずとは違う。社会に必要な人間なのだ」
 自己過信もここまでくれば、いっそ見事なものである。
 要するに彼は、植物状態の患者より自分の方が上等な人間だと主張しているのだ。そして、上等な自分が生き長らえるためには、下等な人間が犠牲になっても良い、と。
 遼が鼻を鳴らす。
「もう半世紀以上も前だけど、ヨーロッパの片隅で同じような事を言ったバカがいたよ。ドイツ人はユダヤ人より上等な民族だから、支配し抑圧するのは当然だってね。今ごろ、どうしているかねぇ」
 まったく、人間というのは奇妙なイキモノだ。
 命の平等を謳いながら、自分は他人よりも優れていると思いたがる。
 篠崎は黙り込んだ。
 何でも屋の言葉に感じ入ったためではない。せり上がる怒りのためであった。
「‥‥やれ!」
 男たちに命令を下すまで、光が三〇〇万キロメートルの距離を旅する時間が必要だった。
 むろん、探偵たちは黙って待っていない。
 シュラインが、すっと後ろにさがる。
 仲間の邪魔をしないためだ。
 代わって前進したのは、遼と雪ノ下であった。
 たかが暴力団員に本気を出すまでもないが、この際は徹底的に痛めつけておいた方が良い。卓絶した身体能力と発剄が男たちを薙ぎ倒した。
「なんか変な技が使えるようになったらしいっちゅうのは本当やったんか!?」
 自分の技に驚きながら、藤村が激しく雹を飛ばす。
 氷の能力者である彼ならではの攻撃法だったであろう。次々と暴力の専門家たちを打ち倒してゆく。
 ところが、藤村が打ち倒したのは敵だけではなかった。
 突然、射線上に那神の頭が現れたのである。肉弾派ではない彼は、逃げ回っている内に危険領域に足を踏み入れてしまったのだ。
「うわっちゃ!? なにやっとんのや!」
 叫ぶ暇もあればこそ。軽快な音を立てて、那神の後頭部に氷片が当たる。
 ぐらりと絵本作家の身体が傾いだ。
 好機と見てとったのだろう。ブラックジャックを振りかざし、男の一人が那神を遅う。
 だが、危険な革袋は空を切った。
 信じられないほどの反射神経で那神が身をかわしたのだ。
「甘めぇぜ。ツラ洗って出直してきな」
 金色の瞳を爛々と輝かせ、乱暴な口調で挑発する。
 いきり立った男が突進する。
 瞬間、懐に飛び込んだ那神が、男を床に引き倒した。
 まるで、獣のような動きだった。
「だから警告しただろ。これだから人間ってヤツは度し難てえ」
 馬乗りになった金色の瞳の男が呟く。
 戦闘開始から三分。
 室内は探偵たちによって、完全に制圧されていた。
 所詮は只の暴力屋、幾度もの修羅場をくぐってきた怪奇探偵の敵ではなかったようだ。
「終わりだよ。覚悟を決めるんだね」
 息一つ乱していない雪ノ下が、篠崎に詰め寄る。
 もはや、悪徳院長に逃げ場はない。
「終わりだと!? はっ! 終わりなのはキサマらの方だ。勝手に私の部屋に入ってきてボディーガードたちを倒したのだからな!」
 だが、顔面蒼白になりながらも篠崎が叫んだ。
「無様ね。そんな言い訳、誰が信じるの?」
「社会的地位のある私と、探偵風情のキサマたち。社会がどちらを信じるかは明白だ!」
 悪党の悪党たる所以は、悪足掻きをすることである。
 シュラインの言葉にもめげず、篠崎は言いつのった。
 たしかに、社会的信用となると、この男に軍配が上がるだろうが‥‥。
「いや、お前はもう終わりだ。篠崎院長」
 そのとき、朗々たる声が院長室に響いた。
 驚く探偵たちの前に姿を現したのは、着流し姿の青年である。
 武神であった。
 彼は悠然と入室し、シュラインに、
「あまり無茶するな。アイツが心配するぞ」
 と、ささやく。
 それから、おもむろに篠崎に指を突きつけた。
「患者たちを搬送した医師や看護婦が証言してくれるそうだ。後は、法と社会が裁いてくれるだろう」
 冷酷に宣言する。
 この準備をしていたため、黒髪の調停者は現場への到着が遅れたのだった。
 篠崎の肩が、がっくりと落ちた。
 やれやれと、息を吐いたのは藤村と遼、それに雪ノ下である。
 どうも、一番良い場面をもっていかれたらしい。
 安堵と皮肉を込めて思う。
「あれ? また、いつの間にか終わってますねぇ」
 やけに呑気な声を那神があげる。
 また失神してしまったようだ。どうして、いつも肝心なところで気を失うのだろう。
 ニヤニヤ笑いながら遼が絵本作家の肩を叩く。
 慰撫しているつもりなのだろうが、なかなかにそう見えない。
 顔を見合わせて笑う仲間たち。
「そういえば、シュラインさんは?」
 ふと、青い目の美女の姿ないことに、雪ノ下が心付いた。
「ははーん。照れくさくなって逃げよったな」
 黒い瞳の占い師が余計な詮索をする。
 夜の静寂を破り、パトカーのサイレンが近づいてくる。
 終幕のベルというには、少しばかり騒々しかった。

  エピローグ

「依頼料、ダメになっちゃったわね」
 デスクに両肘をついたシュラインが、憂鬱そうに言った。
「まあ、そういうときもあるさ」
 ごく軽く、草間が応える。
 守銭奴という評価を得ている男にしては、あきらめが良すぎる。
「‥‥武彦さん。なんか隠してるでしょう?」
「‥‥いや。べつになにも‥‥」
「大嘘つきは、マイナス二〇〇〇点だな」
 所長と事務員の会話に、突然割り込んだ声が、勝手に点数を付けた。
 振り向いた二人の視線の先に、黒髪の青年が立っている。
「武神さん? どういうこと?」
 シュラインが訊ねた。
 その後方では、草間がなにやら怪しげなジェスチャーをしている。
 むろん、怪奇探偵の踊りなど、一顧だにされなかった。
「依頼料の代わりに、日本医師会から謝礼が出たんだ。それから、篠崎記念病院の若手スタッフからも感謝の礼金が出た。警察からは金一封だな」
 全てを加算すると、本来の依頼料を凌駕するだろう。
「‥‥」
 沈黙とともに所長のデスクに視線を送る事務員。
 だが、そこに草間の姿はなかった。
 こそこそと、戸口から逃げ出そうとしている。
 と、その襟首が武神に摘み上げられた。
「‥‥諦めろ」
 同情する振りをしながら、羽交い締めの体勢に移行する。
「見逃してくれ〜〜 後生だ〜〜」
 という叫びが虚しかった。
 シュラインは、引き出しから取りだした色々なものをデスクに並べている。
 ダーツ。油性マジック。先の尖った鉛筆。化粧品。
「どれがいい? 武彦さん」
 青い目の美女が、満面の笑顔を浮かべた。


                    終わり

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086/ シュライン・エマ /女  / 26 / 翻訳家 興信所事務員
  (しゅらいん・えま)
0258/ 秋津・遼     /女  /567 / 何でも屋
  (あきつ・りょう)
0173/ 武神・一樹    /男  / 30 / 骨董屋『櫻月堂』店長
  (たけがみ・かずき)
0146/ 藤村・圭一郎   /男  / 27 / 占い師
  (ふじむら・けいいちろう)
0374/ 那神・化楽    /男  / 34 / 絵本作家
  (ながみ・けらく)
0391/ 雪ノ下・正風   /男  / 22 / オカルト作家
  (ゆきのした・まさかぜ)


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■         ライター通信          ■
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毎度のご注文ありがとうございます。
今回のテーマは医療。
それも、緊急避難にまつわる話です。
ちょっと暗めの内容になってしまいました。
お客さまの推理は当たりましたか?
楽しんでいただけたら幸いです。

それでは、またお目にかかれることを祈って。


お知らせ

4月第1週の新作依頼アップは、
著者、私事都合のためお休みいたします。
まことに申し訳ありません。