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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


調査コードネーム:「秘密結社アトラス! 〜打倒・探偵戦隊草間ファイブ〜」
執筆ライター  :立神勇樹
調査組織名   :月刊アトラス編集部
募集予定人数  :1人〜5人

<オープニング>

 ――ある朝目が覚めると、秘密結社の幹部になっていた。
 冗談ではなくマジである。

 いつものようにあくびをしながら、いつものようにビルの階段をあがり、いつものようにアトラスのドアを開けたならば。
 目の前に秘密結社があった。
 衝撃だ。
 秘密結社といっても、夜明けのなんたらとか、薔薇十字団のような格好いいモノじゃない。いわゆる子供だましの特撮ヒーロー番組に出てくるような秘密結社だ。
 鍾乳洞の中のように岩肌剥き出しの室内に、銀色のパネルやら、得体の知れない機械(そもそも動くとは思えない!)がはめ込まれており、その合間合間にこれでもか! と深紅の薔薇が活けられている。
 やたらとガラス玉がついた金メッキの玉座に鎮座ましましているのは、王冠をかぶり、黒レザーのレオタードにピンヒールのブーツ。とどめは毛皮のマントという格好をした碇麗香である。
 麗香は女王然とした動作で立ち上がって手を上げた。
「聞け! わが同士よ! 世間の不況を受け、わがアトラス帝国の売上も衰退の一途をたどっている。しかぁし! 憎き「探偵戦隊草間ファイブ」の指令、あの草間武彦が持つ「伝説の怪奇原稿」さえ手に入れば、瞬く間に月間売上トップ。わが帝国に再び栄華が訪れるであろう!」
 あのー、もしもし?
 ほっぺたをつねってみると、ちゃんと痛い。
 が、この状況は現実とは思えない、否、思いたくない。
 肩を落としてため息をつくと、足元に白と黒の変な動物がいた。
 ――バクの子供だ。いわゆる夢を食べるというあいつだ。
「あれあれ? 夢の世界なのにずいぶん現実の人たちが混じっちゃったなぁ」
 ということは、これは誰かの夢の中?
「そうだよ。でもキミ大変だね。この夢から出る為には、この夢を終わらせてあげなきゃいけないんだ。そうそう夢の世界で一晩すごすと二度と元の現実に戻れなくなるんだから急いだ方がいいよ」
 …………。
 どうやらこの馬鹿げた戦隊モノ世界で「どうにかして」話を終わらせなければならないらしい。
 しかもアトラスだけではなく、草間興信所も夢の世界に巻き込まれているようだ。
「出でよ! 間抜け怪獣ミノシターン!」
 タコイカ合わせて十八本の足に三下の顔がついた、なんとも情けない怪獣が煙とともに現れた。
「うぁああああん。麗香さんひどいです。何で僕だけこんな目にぃいい」
 やれやれ。程度の差はあれ、アトラスのメンバーもノリノリだ。
 でも、まてよ?
 たまには「悪役が勝つ戦隊モノ」があってもいいんじゃないか?
 それにこれは、草間武彦を公然といぢめられるチャンスだぞ?
 そう考え微笑んだあなたの後ろで、碇麗香が高らかにさけんだ。
「行け! わが精鋭たちよ!」


<第1話・悪役はいつも華麗に>

「と、思ったけど、やめたわ」
 ガタガタタン!
 物が落ちる音および、人が倒れる音が立て続けに起きた。
 もちろん、アトラスにいた全員が「ずっこけた」音である。
 ずっこけなかったのは外見同様、剛胆な神経をもつ荒祇天禪ただ一人だけであった。
 もっとも、この程度でずっこけていては天禪の経営する会社(それも日本有数の大企業だ!)の社員に示しがつかないし、政財界の狸たちとも渡り合うのは不可能なのだろうが……。
 天禪は整えられた頭に手をやった。固めの髪の毛が厚い手のひらに硬質的な感触をつたえてくる。
 普段はオーダーメイドの英国製スーツ(しかも袖口のボタンがはずせるという、最高級品だ!)に身を包んでいるこの御仁。今は何故か戦国時代の武将が着るような鎧を身にまとっている。
 両肩についた真紅の大袖が小麦色に焼けた肌と調和しており、実にサマになっている。
 天禪が「戦国時代から現代にタイムスリップしてきました」と言う方が、この馬鹿げた現状よりよほど真実みがあるというものだ。
 それもその筈。今となっては一族の限られた者しか知らぬ事だが、天禪は10世紀を生きようかという「鬼」である。
 ゆえに現在のこの格好も、本人にしてみれば「おお、久しぶりだな。たまにはこういう格好もよいかもしれぬ」程度のものなのだ。現代人がたまに着物を着る感覚と同じ、という訳だ。
 その証拠に、もしこの場に人の心をのぞける力持つ者がいて、天禪の心を読んだなら。
(この装いは実に久方ぶりだな。清盛の若造を背面から蹴り飛ばした時以来か? それとも関ヶ原で石田のみっちゃんをいじめた時以来だったか……懐かしい。うむ。実に懐かしい……)
 ってな調子で万感の思いを込め、過去を回想しているのに気づき、頭を抱え込んで卒倒することだろう!
 天禪が万感の思いを込めて、死屍累々(もちろん、麗香の一言で精神に「ずっこけダメージ」を食らった方々だ)を眺め、昔を回想していると、これまた天禪と同族……しかしまだ若く、暴れたい盛りといった鬼の少年が机を手がかりにして何とか立ち上がった。
 ああ! しかし! 何と言うことか!
 その少年――紫堂奏太の姿と言ったら!
 黒いナースキャップに、黒いナース服。もちろん足は腐女子の心をくすぐるショタコン印の生足だ!
 とどめというのか、ご丁寧というのか、小さくかわいいおしりには「お約束」と言わんばかりに先のとがった長い「小悪魔しっぽ」!!
 御歳十二才。気の強さと悪戯心をうかがわせる利発そうな顔! 黒いナース服と見事なコントラストを示す細い手足。
 ああ! ああ! 何という破壊力! 何という魅惑の誘い! これを目にした「ある種の乙女」は鼻から赤い液体を吹き出しながら瞬時に絶命することだろう!!!
 麗香の趣味か?! 衣装係の手違いか?! ともかく、一番の問題は奏太自体がこの格好の不自然さ(いや、この場合は自然さだろうか?)に何ら違和感を感じていないという事だろう!
(命令されるのはあんまり好きじゃないんだけどなぁ)
 などとおもいつつ、ま、いいか。
(これなら草間さんやみんなを味見できるし♪)
 という所である。外見はかわいい少年でも、中身は人間・悪霊・悪魔となんでもござれ! 食べ物に好き嫌いはいたしません! の正真正銘、心も体も立派な鬼なのである。
 奏太は黒いナースキャップからこぼれ落ち目にかかる前髪が邪魔だといわんばかりに、ぷるぷると顔をふり、ついでにお尻についた悪魔しっぽで床に倒れている「間抜け怪獣ミノシターン」をぴしり、と打って口を開いた。
「やめた、って、やめたら夢おわんないよ」
「あら、やめるのは草間興信所襲撃。春になったから紫外線がこわいじゃないの。わざわざ武ちゃんの所に行くために、お肌を傷めたくはないわ」
「そうだね、曲がり角ふたつはすぎてる……うわぁ」
 ホホホ、と笑いながら麗香の手から放たれた鞭を避けながら、奏太はあわてて机の影に隠れる。
 あわれ巻き込まれた編集部員達が、ヒィー!と秘密結社の戦闘員お約束の悲鳴を上げながらのたうち回る。
 奏太を狙って再び放たれた鞭の先を、一つの影が驚異的な動体視力と瞬発力でもって受け止めた。
 人影……サイデル・ウェルヴァは鞭をぐい、と一度強く引っ張り麗香がよろめいたのを確認してから手から鞭を離した。
「仲間うちでもめてる場合じゃないよ」
 大きく息を吸い込む。体に密着したヴェストの下で豊かな胸が膨らみ、白いシャツのたっぷりとしたひだがふるふると揺れた。
 黒いサテンの裾長の上着には金糸でびっりしと刺繍が施してあり、ボタンは大きな真珠。
 つばの広い黒い帽子には白く大きな羽根が飾ってある。無駄な肉がついてない長い足をぴっちりと包むのは白いスラックス。
 ブーツは磨きたててあり、腰に下げた細身の剣・レイピアが彼女の動きに従ってかすかな音をたてる。
 秀麗な顔の中で柘榴石のように輝く瞳の片側には黒ガラスでできた精巧な眼帯をつけている。
 それは堂々とした彼女の態度とあいまって、中世の女海賊と言った姿である。
「あたしは手段なんかどうでもいい。だけど、だらだらなれ合うのはごめんだね」
 熟れた果実の様な唇から、ぶっきらぼうにサイデルは吐き捨てた。
 本職が女優であると言っても、この雰囲気、この状況でこれほどに似合いの所作を取れる者はそういないだろう。
 もしここがスタジオでスポットライトがあるならば、間違いなくその中心はサイデルだった。
 執念深く、頭も切れ、しかし詰めが甘いと、悪役の条件生まれつきにして完璧にみたしているのだから、この場の雰囲気で目立たぬ訳がない。
 悪女・女海賊・傾国の王妃などを演じてきて、最近名前が売れてきた女優なのだが、いままでメディアが彼女を取り上げ騒がなかったのは不思議でならない。
「そういうこと、ともかく草間興信所……じゃなかった、この場合は正義の本拠地かしら? から原稿を奪ってくればいいんでしょう? 原稿奪わないとここからでられないんでしょう?」
 と、迷惑そうな言葉を何故か嬉しそうな口調で良いながら、不知火響はピンヒールブーツのかかとで床を蹴った。
 普段は保健室勤務の臨時教師のお姉さんなのだが、今日の服装はSM女王も真っ青な黒皮の拘束スーツだ。
 豊かな胸元を惜しげもなくさらす、Vカットがお子さま……もとい、アトラスの戦闘部員や間抜け怪獣ミノシーターンには目の毒だ。
「ま。そういう事なら仕方ないわよねぇ?」
 やはり嬉しそうに、しかも何の違和感も抵抗もない調子で言ってのける。繊細に作られた彫刻のような外見とは裏腹に、精神はかなりタフな様子である。
 響はこれまた黒皮の手袋で包まれた指先で、ゆっくりと唇の輪郭をなぞって微笑む。
「それにしても似合うわね。麗華。ふふ、悪の女幹部ね…素敵じゃない? 丁度ここの所暇してたし、いいわ。つき合ってあげる」
 ヒールを高らかにならしながら、麗香女王様のあごに手をそえ、顔を近づけまじまじとのぞき込む。
 危険である。
 はっきり言って危険である。
 どのぐらい危険な空気かというと、背景に紫の薔薇を千本かきこんで、桃色の煙をだす香を焚きしめ、背後に薄いカーテンとベッドがあれば、もはや直視ままなぬ! といった空気が漂っている。
 詳しく描写をするならば……それは淫靡にして美しく、濃厚にして絢爛豪華、死と快楽。運命と絶望のめくるめく桃色の世界。
 はっきりいって――<以下十八禁の妄想が繰り広げられている為、編集上削除>――である。
 せっかく麗香の「ずっこけダメージ」から回復した編集部員……もとい戦闘員達が、今度は響の「お色気ダメージ」で鼻から赤い液体をほとばしらせながら、三メートルほどぶっとびまくり、床の上で体を跳ね踊らせて絶命している。
「とにかく、興信所から原稿を奪う!」
 戦隊モノではなくアダルトビデオチックな雰囲気になりつつあるのを拒否するように、一同の良心シュライン・エマが叫んだ。
「あら、そんなに照れることはないじゃないのシュライン。もし経験が無くて奥手になってるのなら、私が手取足取り明日の朝まで教授してあげるわ」
「そうじゃなーーーーーーーい!」
 ぜいぜいと息を切らせながら、喉も避けよとばかりに咆吼した。
 ヴォイスコントロールに優れ、通常なら人の耳に心地よい声と抑揚で語りかけてくるシュラインも、さすがにこの時ばかりは制御なし、問答無用の破壊音声で叫びたてた。
(……私はアトラスに貢献する気はさらさらないのに)
 もともとシュラインは草間興信所でバイトをしている翻訳家である。
 つまりこのアトラスにいること自体がおかしい。裏切るつもりは決してこれっぽっちもない。もとい、これで現実の草間興信所に影響があって、給料が貰えなくなったらどうしてくれるのだ。
 こんなアホな事態に巻き込まれるのなら、いっそ「探偵戦隊草間ファイブ」の「ピンク」をやっていた方がマシだというものである。
 が。気がついたらコチラにいたのだから仕方がない。
 泣きそうになりながら、がっくりと肩を落とす。
 しかし、「伝説の怪奇原稿」を奪ってどうにかしない事には話は続かない。
 この一癖も二癖もある仲間と、何とか二十四時間以内に話を終わらせなければ一生このアホな夢の中に置き去り、となりかねない。それだけは勘弁だ。
(しかもこの衣装、動きにくいし、重いし、頭のかつらは落ちそうで怖いし、壊しそうだし……この衣装……汚したら高いんでしょうね。ああもう)
 と、長い裾を引きずりながらため息をつく。動きにくさでは他の四人の追随をゆるさない。
 それがどういった衣装なのかというと……後の楽しみのために、ここでは明言を避けておく。
 閑話休題。
 ともかく、シュライン・エマはこのアホらしい事態、および、協調性のカケラもない仲間をみてるうちに、ぷつん、と何かがキレてしまった。
 ふつふつと笑いが心の底から沸き上がる。
 こうなったら、どうとでもなれ、である。
 泣き落とし、餌付け、誉め殺し。くすぐり、青汁一気飲み、バンジージャンプ。
 草間興信所に来るメンツの顔を思い浮かべながら、その弱点をリサーチする。
 相手に確実に対応できるように、準備は万端でなければならない。知ってる相手にであったらめっけもの。正確に弱点をつくことができるだろう。
 こうなったらアトラス仲間を盾に、剣に邁進するのみ! である。
 草間武彦が書いた「究極の原稿」とやらがどのようなものか、気にならないと言えばウソになるが、あの草間に頼る暇があるのなら、汗水ながして良い原稿を書けばいい。だいたい草間ファイブも原稿なんぞ守ってる暇があるなら、世の中に貢献しろ。
 マグマのような熱い怒りが腹の底から沸き上がってくる。
「いいわ、奪いましょう。やってやろうじゃないの! あんた達準備はいい?!」
 ただならぬ怒りに全身を震わせるシュラインに、全員が息をのんで気を付けをした。
 普段冷静な人間ほど、切れると怖いものである。
「あ、あのね、シュライン。お願いだからエキサイトしないで。ね」
 麗香がかわいさを狙って小首をかしげるが、シュラインは絶対零度の視線で麗香を睨むだけである。
「で、あの、その、もし差し支えなければここはお約束に乗っ取って行動しようかなぁ。と」
「お約束ってなーに?」
 奏太がうれしそうに、小悪魔しっぽ(ほんとうに、どうやって動かしてるのだろう! 謎だ!)をゆらゆらとふりながら大人達の顔を下からのぞき込む。
「きまってるわよねぇ」
「ベタだ」
 響とサイデルが同時に吐き捨てる。と、武者姿の天禪が左手の平を右手でぽん、と打った。
「む、そうか。悪役のベタといえば答えは一つ……幼稚園バスジャックだ」
「幼稚園ばすじゃっくぅう?!」
 怒りを忘れてシュラインがすっとんきょうな声を上げた。
「わーいわーい、バスジャックv 子供は柔らかくておいしいから、かじりがいがあるんだッv」
「物心のつかない小ウサギちゃんを手なずけるというのも悪くないわね」
 と喜びの声を上げるのは奏太と響。
「しかし幼稚園バスは一体何型車になるんだ? 俺は普通自動車免許しかないから普通車と原チャリしか運転はできんぞ」
「ガキ相手のロケは面倒だから避けたいねぇ」
 とやたらと現実的な事をのたまうのは天禪会長とサイデル。
「…………」
 無言なのは、もちろん、開いた口がふさがらないシュラインである。
「あ、あのね、で、もう面倒だからADさんと大道具さんに手配しちゃったの。で、さっき草間ファイブに「幼稚園児返してほしければ秘密基地まで来い」ってぇ、ここの住所を伝書鳩で教えておいたの。だからそろそろ来るとおもうわ。あとはよろしく!」
「…………はい?」
 女子高校生のようなノリでとんでもない事をいう麗香。
 そして麗香の言葉を三秒遅れで理解したシュライン。
 おい、そもそもADと大道具ってなんだ?!
 伝書鳩ってなんだ?!
 住所教えたらそれは「秘密」基地ちがうだろ!
 あらゆる疑問が頭の中で駆けめぐる。
 しかし忘れては行けない。
 夢と戦隊モノはご都合主義と相場が決まっているのだ。
 諸君。
 健闘を祈る!


<第2話・秘密基地潜入!!>

 かくして、探偵戦隊・草間ファイブと秘密結社アトラスの最後の戦いの火蓋が切って落とされた。
 そこに至るまでには艱難辛苦、波瀾万丈、悲喜交々、焼肉定食の出来事とそれに付随するドラマがあったのだが、まともに説明していたら、夕方十七時から一時間七十二週かけても終わらないので、この場では割愛させていただく。
 伝書鳩についていた地図に従って、草間ファイブ達がたどりついたのは「月刊アトラス」が入っているとある出版社のビルだった。
 いや、ビルだったもの、と訂正したほうが良いのかもしれない。
 外壁はアルミホイルのようにてかてか輝く鏡面張り。設計基準法を無視したようにビルはねじくれ、壁の中から触手のようは張りぼてが無数にあらわれツタのようにビルを覆っている。
 窓枠にはバラの花が飾られている。
 どんなに悪趣味なラブホテルだって、ここまでしないだろう?! という実に設計過剰かつ美的感覚を疑いたくなるようなビルだった。
「うわー、編集長はりきってるなぁ! まるでラブホテルじゃん。……ラブホテル?! 俺と三下さんの愛の園?!」
 くふふふふ、と自分で言った感想に自分で反応し、妄想をふくらませているのは言うまでもなく「レッド」の湖影龍之助である。
「ふ、不潔です!」
 はっきり言って、十八禁の妄想をピンク色のハートにしてあたりにばらまく龍之助をにらみ、顔を真っ赤に染めて反論する少女は「ピンク」の篁雛である。
「ちくしょー、何が最近はイエローもスカートだ! 草間のクソオヤジ!」
 とぼやきながら、雛と色違いのコスチュームの裾(要するにスカートだ)を気にしてるのは、「イエロー」こと九夏珪少年。
「帰りたくなってきたぜ」
「まあまあ、そう言わないで楽しもうじゃないか」
 心底嫌そうな顔をして渋々ついてきてるのは「ブラック」の張暁文。その暁文をなだめ、かなり状況を楽しんでいるのは「ブルー」の抜剣白鬼である。
 はっきり言ってここまで協調性も友情も無い戦隊も珍しい。
 ともあれ入り口を通る。と、普段ならかわいい受付嬢が迎えてくれる玄関ホールにたどり着いた。
「おい、何か出てきたぞ」
 それぞれ好き勝手に、気の赴くままに行動していた探偵戦隊草間ファイブのメンツが、暁文もといブラックの言葉に誘われ、ホールの中央にある階段に視線を合わせる。
 と、現れたのはお約束の秘密結社の戦闘隊員。
 月刊アトラスの編集部員が続々と二階から中央階段を下りて現れた!
 その顔色は一様に青白く、シャツはよれよれにくびれ、ネクタイは限界までゆるめられている。
 片手には真っ白な原稿用紙、片手には修正用の赤ペン(もしくは写真のネガ)をもち、胸ポケットには何故かリゲ○ンの小瓶とストローが入ってる。
 よれたシャツの背中には「二十四時間戦えますか?」・「注意一秒誤字一生」・「〆切破りは人に非ず」・「夏コミ取れた?」エトセトラ、エトセトラ……が、毛筆で豪快に書き抜いてある。
 その数たるや! はっきり言ってこのビルのどこにこれだけの編集部員もとい、戦闘隊員がいるのだ?! とか、これだけいるなら、草間から原稿取らずにてめぇでかけよ! と言いたくなるほどの数だった。
「ヒィ!」
「ヒィイ!」
 そして彼らはお約束の奇声をあげながら、一斉に草間ファイブに挑みかかってきた!!
「うわ」
「きゃっ!」
「なんじゃこりゃー!!!」
「か、数が多すぎる!」
 と珪、雛、暁文、白鬼が異口同音に叫んだ。
 栄養失調・寝不足・しかもハイテンションの編集部員に囲まれては、戦う以前の問題だ。
「原稿、下さいよ〜。泣き落としは駄目ですからね〜」
「何か書いてよ、三枚でいいからさ!」
「ささ、このライター契約書にサインを! サインを!」
「えー、おせんにキャラメル、おせんにキャラメル如何ですか?!」
「アナータハ、神ヲ信ジマスカー?」
「ええい、もってけ泥棒! べらんめぇ!」
 赤ペンを振り回す者、携帯電話で原稿を取り立てる者、契約を迫る者、果てには押し売りに、宗教勧誘。フランクフルトの屋台に金魚すくい。バナナのたたき売りまでやる始末。
 いくら夢とはいえ、ここまで矛盾だらけだと何が何だかわからない!
「やっ、触らないで!」
 一体何処をさわったのか、編集部員の一人が左手に雛の平手打ちを位、見事に吹っ飛ぶ。
「きりがないね!」
 何人目かの編集部員に手刀をたたき込みながら白鬼もといブルーが悲鳴をあげる。
 流石にヒーローといえど、数の暴力にはまけるのか?!
 ああ、ああ、危うし草間ファイブ!
 絶体絶命! そう思った時。
「――ところで、みなさんご自分の原稿お書きになりました? 〆切今日ですけど」
 にこにこと人畜無害な……いや、人畜無害なだけに恐ろしいレッド・龍之助ののほほんとした言葉が放たれた。
「ヒィイイイイイ!」
 一斉に悲鳴をあげて、編集部員達が頭をかかえ、ドミノの様に倒れていく!
 恐るべし龍之助。恐るべし〆切!
 アトラスの実状を知るアルバイターだからこそ使える最終兵器!
 切実かつ、冷酷なこの一言に勝てる編集部員がいるだろうか?!
 次々にうめきながら倒れていく編集部員達。胸ポケットのリゲインを補給する暇もない。
「あれ……」
 何とか原稿を奪おうと取りすがってくる編集部員を、スカートを押さえながら蹴り飛ばす、という器用な戦い方をしていた珪が、階段の上を見ながらつぶやいた。
「やるじゃぁないか。編集部員達を全員倒すだなんて」
 ぺろり、と赤い唇をなめながら階段の上の女性が嗤う。
 ひだのついた白いシャツの下で、豊かな双球が笑いに合わせ小刻みに揺れている。
 黒いサテンに金糸で刺繍を施したコートに、つばが広く大きな羽を飾った黒帽子。
 それらの服装は、彼女の秀麗な顔の半面を隠す黒ガラスの眼帯と相まって、その姿を中世の海賊のように見せていた。
「でも、通す訳にはいかないねぇ」
 大儀そうに両手を肩の高さまで持ち上げ、ゆっくりと頭を振る。
 小馬鹿に仕切った彼女の「お手上げ」のポーズに合わせて、サファイアのように透明できらきらと輝く蒼い髪が揺れた。
「お前は!」
 と、抜剣がお約束のセリフを言う。
「フッ、あたしは帝国一の太刀! 女海賊のサイデル様さ!!」
 堂々とした態度で階段の上から草間ファイブをにらんで叫ぶ。
 素晴らしい演技力である。もっとも女優のサイデルにしてみれば、これぐらいの演技など朝飯前であろうが。
 やっと訪れた緊迫的状況である。
(こ、これぞ戦隊モノ! これぞヒーロー!)
 じいん、とヒーロー願望がある珪と白鬼が感動してる横で、つまらなさげに暁文がかかとで床を蹴った。
「ザコは頼む……と、言いたい所だが」
 もう一度床をける。と、不意に暁文の姿が消え、サイデルの目の前に瞬間移動した。
「駄目と言われるとやりたくなるのが俺の性分なんでな! あんたにゃ悪いがお命頂戴だ!」
 いうなり両脇に下げていた黒い銃をホルスターから引き抜き、サイデルに突きつける。が、サイデルは体をわずかに反らして暁文の弾丸をよけてみせた。
「……あんたも諦めがわるいな。夢の中なんだからさっさと死んで、さっさとこの馬鹿げた状況から出たいとは思わないのか?」
 にやり、と口の端を二ミリだけ引き上げて暁文が笑う。
 彼の目の前に立ちはだかる敵が「最後」に目にする闇色の嗤いだ。
「あいにくと、たとえ夢でもてめぇ何かにやられる気はないね」
 切っ先を唸らせながらサイデルが剣を暁文に振り下ろす。
 間一髪で、銃を交差させ、その谷間で剣を受け止める。
 サイデルの真紅の瞳と暁文の黒の瞳に、冷たく鋭い殺気が宿り、お互いの存在を確かめるように空中で交差し、絡み合う。
「よーし、良いだろう。ここは俺に! このブラックにまかせておけ!」
「…………」
 おまえ、日本人がわからん、とか言ってなかったか?
 と、残り四人のメンバーが唖然と口を開けて暁文をみる。
 どうやら夢は時間と共にメンバーの精神に働きかけ、「その気」にさせてしまうようだ。
 当然他の四人も、「あのー、もしもし?」と言いたい気持ちだったのだが、何故か次に取った行動は――。
「よし、任せたぞブラック!」
「死なないでね! ブラック!」
「お前の勇気、忘れないぞブラック!」
「ブラック! 星とともに永遠に!」
 と叫びながらサイデルの横を駆け抜ける、だった。
(――ていうか、まだ俺は生きてるぞ! 星と共に永遠にって何だ! 誰がいいやがった!!)
 と暁文が仲間の背中を一瞬みる暇があればこそ、空気を切る音がして、鋭い何かが腕を引き裂き、血液の珠を空中に散らせる。
「ほら、坊や。よそ見してる暇があるのかね! あんたの敵はあたしだよ!!!」
 黒猫のようにしなやかに動き、瞳を勝利の星・火星の様に輝かせながらサイデルがレイピアの切っ先で空中に円を書いてみせる。
「いわれなくても、嫌というほど泣かせてやるよ、黒猫ちゃん」
 ぺっ、と唾を吐き捨て、右手に持った銃の口を天井にむけ、トリガーに添えた指に力を込めた。
 遠雷のような轟音がホールを満たす。
 天井を飾るシャンデリアの鎖に弾丸が当たり、弾け飛び、重力の法則に沿って床に落ちてガラスが砕けた。
 ――それが死闘の始まりだった――。


<第3話・出会い・そして別れ>

「むー。すっかり九夏くんや雛ちゃんとはぐれてしまったようだね」
「そうっスねー」
 最終決戦というのに、やけにのんびりした口調で抜剣白鬼と湖影龍之助はぽてぽてと長い廊下を歩いていた。
「でも所詮アトラスのビルの中ですから。歩いていたらどこかであうでしょう」
 燃えるリーダー正義のレッドらしからぬ発言に、抜剣も気の抜けた声でそうだねー。と答えた。
 二人の気合いが抜けているのには、少々訳があった。
 ブラック暁文vs女海賊サイデルの戦いの場を、すたこらさっさと離れた四人を待ちかまえていたのはまたまたおなじみ編集部員……もとい戦闘員(とかいてザコと読む)の群であった。
 徹夜で原稿の詰め作業に追われ、よれよれになっているリクルートスーツの戦闘員たちを倒すのはさほど苦ではない。
 が、敵も馬鹿ではなかった。
 一人一人では適わぬと知ったのか、彼らは人海戦術で襲いかかってきた。
 しかもただの人海戦術ではない。
 「ザ・哀愁のサラリーマン。アナタは満員電車に耐えられますか?!」と全員が見事なまでに声をあわせ、地下鉄の発車ベルの音が周囲に鳴り響いたとたんに、固まりとなって4人に体当たりし始めたのだ。
 狭い廊下に100人は居ようかと思える戦闘隊員。
 しかもラッシュアワーの通勤電車と、三流スクープ誌記者のねばりを武器にされては、流石の探偵戦隊草間ファイブもかなわない。
 動物的本能、もとい野生のカンで危機をさっちし、壁に張り付いた抜剣。そしてそれに習った龍之助はかろうじて人並みに流されずに住んだのだが、珪と雛はあっと言うまもなく編集員達の波にもまれ、もがけばもがくほどはまっていく。
「た、助けて」
「九夏さんと一緒なら、私、どこまでもついていきます!」
 黄色とピンクの手袋に包まれた手が、灰色のリクルートスーツの間からちらりとみえた。
 が、すぐに人の波間に飲み込まれて消えてしまう。
 人の波はやがて二人を中心に台風のようにぐるぐる回りながら白鬼と龍之助から離れていき、あっ、と気がついたら、廊下にふたり、ぽつねんと取り残されていた。
「追いかけた方がよかったかなぁ」
「でもどこに行ったかわからないし」
 ぽてぽて。ぽてぽてぽて、と二人は当てもなく一本道を歩いていく。
 追いかけた方がいいと言いながら、雛と珪が押し流された方向とは反対にあるいているのは、ズバリ。
(あんな人並み、もといラッシュアワーは二度と体験したくない!)
 という恐怖心であった。
 僧侶であり通勤などという世俗に縁のない抜剣と、自転車通勤高校生の龍之助である。
 普段から通勤電車など無関係な生活を送っているだけに、免疫力も少なかった。
 二度と満員電車を体験したくない、と思うのはもっともな感想である。
「まあどうせ夢だから大丈夫だよ」
「そうっスねー」
「正義の味方はラスボスの前で集結するってパターンだしね」
「そうっスねー。そういえば中島さん。もといブラックさんノリノリでしたねー」
「うん。これで中国に我が国の伝統的文化が立派に伝わった。この夢が終わったらきっと彼は特撮親善大使になってくれるだろうね」
「そうっスねー」
 女子高生のようにあまり意味もない会話を交わしながら、二人はどんどんと通路の奥へと進んで行く。
 と、唐突に目の前に赤い扉が現れた。
 それは鉄の枠で挟まれた杉の木板に赤く漆を塗った……よく言えばとても和風で格好いい。悪く言えばこの鉄筋コンクリート7F建てビルにはどう考えておかしい……扉だった。
「うーん。行き止まりだね」
「引き返しましょうか。別のルートあるかもしれないし」
「ええい! 何故そこで消極的になるのだ!」
 遠雷のように低く、びりびりと震える男の声があたりに響いた。
 そして男の声が何かの合図だと言わんばかりに、赤い扉がきしみながらゆっくりと開いた。
 扉の隙間からかすかに音楽が聞こえる。
 高く、低く風の音に混じって鳴り響くのは竹笛の音楽。
 小気味よく打ちならされているのは、小鼓や大鼓。
 両者を取り持つように震えるのは琴の弦。
 明るい音楽に誘われて、白鬼と龍之助が扉の隙間をそっとのぞき込む。
 すると、そこには暗闇が広がっていた。
 否、ただの暗闇ではない。
 暗闇の中に、一つ、二つと浮かび上がるように咲きこぼれるは桜の古木達。
 古木と古木の間には真珠の首飾りのように連なった赤や白の提灯が渡してあり、風が吹く度に蜜柑色の明かりをゆうらりと闇にたゆたわせている。
 空気と音楽の流れに隠れるようにかすかに聞こえるのは、行く人もの女性の笑い声。
 くすくす。くすくすくす……。
 ほほほ。
 その声に誘われて扉を押し開け一歩踏み出す。
 桜の立ち並ぶ街路に沿って、やけに古びた町並みがひろがっていた。
 いや、古びた、などと言うものではない。
 今となっては映画やモノクロ写真でしか見ることのできない風景。
 赤や黒の格子窓の向こうから白い手をさしのべる娘達、あけはなった二階から聞こえる高らかな女の嬌声。
「……こ、これは……花街?」
「吉原ですかねー。なんか戦隊モノとはエライ違いますよね……」
「ということは、つまり」
 と白鬼と龍之助は顔を見合わせ、口を数度開閉させたあと、二人同時に声を張り上げた。

『すみません、スタジオ間違えました!!!』

「違う!」
 すたこらさっさ、と背中を向けて扉から出ていこうとする二人に鋭く声が投げかけられた。
 え、と振り向いた瞬間に扉がばたんと閉まり、退路を塞ぐ。
 二人が再び顔を見合わせていると、ガシャガシャと鉄や木板を打ちならす音が聞こえた。
 顔を上げるとそこには時代錯誤甚だしい、戦国武将が一人立っていた。
 漆塗りの漆黒の胴衣。深紅の組み紐で飾られた大袖の鮮やかさ。
 鎧からかすかに見える着物は金糸と銀糸で縫い取られている。
「よくぞここまで来た精鋭諸君!」
 と、昔なつかしどこかのテレビで聞いたようなセリフを吐くと、鎧武者は顔を上げた。
 日に焼けた肌もつ顔は、荒削りの彫刻のように雄々しく、鎧姿とあいまってよりいっそうの勇ましさを醸し出している。
「しかしここが貴公らの墓場だ! 俺はアトラス帝国・二の太刀・鬼道将軍の天禪!」
 獅子のように吠えながら、黄金の瞳で白鬼と龍之助をねめつける。
(こ、これは……原稿あげるから逃げる、と言っても駄目っスよね??)
(うーん。夢の中といえ、死ぬのは避けたいね)
 顔をよせてぼそぼそと相談する白鬼と龍之助。
「ぬう、おのれ、敵前に置いて逃亡の相談とは! 貴様ら! それでも漢か!」
 ノリノリなのか、単に元からなのかね淀みない武者口調で天禪が一括する。
 と、くすくすと笑う声がした。
「天禪将軍、二人が怯えてるわ。それぐらいにしてあげて頂戴」
 耳に心地よく、良く通る声がした。
 抑揚豊かで歌うような発音は龍之助と白鬼が良くしる女性の声だった。
「しゅ、シュラインさん」
 声を探し求め、白鬼が左右を見渡す。
 と、しゃらん、と鈴の音の後に衣擦れのさらさらした音がする。
 ぼんやりと闇の奥から二つの明かりが灯った。
 目を凝らせば、それは小さいおかっぱ頭の少女……かむろがてらす花魁道中の明かりだと知覚できた。
 蜜柑色の提灯の光に、ほのほのと揺れる黄金のかんざし。髷にさしているのは錦と銀で作った桜のかんざし。
 一歩ごとにゆうらりと揺れる帯には不死鳥たる鳳凰が刺繍されており、袖から覗く藤色と茜色の着物が何ともいろっぽい。
 桜が刺繍された半襟はぐい、と開かれて、今にも胸が見えそうである。
 結い上げられた髪は黒曜石のように黒く艶やかで、白い肌に包まれた秀麗な顔には天星のような蒼い瞳。
「原稿は私が、このアトラス帝国。三の太刀・黄昏花魁の朱羅音(しゅらいん)がいただくわ」
「…………」
「…………」
 かくり、と音をたてて二人のあごがはずれた。
「……な、何よ! 何よあんた達っ!」
 クルミ割り人形のような顔で唖然としている二人の正義のヒーローに向かって、シュラインが真っ赤になって言い捨てた。
「だって、だって、麗香さんが、こ、こう言いなさいって……わ、私も、その、こんな暴走族みたいな当て字ヤダったのよ、本当よ!」
 もじもじと、高下駄を器用に操り地面に「の」の字を書いてみせる。
「でもでも、こ、ここに来たら急にそういう名前もいいなあっ、て、ちょっと、ひょっとして私、夢に影響されてる?!」
 ちょっと、ちょっと、と手を振る。
 花魁の衣装が重いのか、なかなか身動きがとれない様だ。
「黄昏花魁……朱羅音ね」
「あの、シュラインさんまでが」
「……いや、これはこれで美しいと思うけど」
「草間さんにみせたいっすね」
「いや、全く。あ、そこら辺に「写るんでし」売ってないかな?」
「ちょっと、あんた達! 少しは人の話を聞きなさい!」
 と、シュラインは叫ぶが早いかかんざしを引き抜いて二人に向かって投げつける。
 とっさに龍之助を盾にして、大きな体を縮こまらせる白鬼。
「おおう?!」
 さくっ、と小気味よい音がしてかんざしが龍之助の眉間につきささる。
 出血して倒れる龍之助。
「レッド! 大丈夫かレッドー!」
 しっかりと盾にした癖に、アカデミー主演男優賞もかくやの演技で叫ぶ白鬼。
「必殺仕事人だな」
 漫才を繰り広げる二人を身ながらしみじみ、と天禪がつぶやく。
「どうして、私がアトラス帝国なの? 草間興信所のバイトなのに」
「そ、それを言うなら、俺アトラスのバイトなのに、草間ファイブでっ……ぐふっ!」
 吐血しながら龍之助が叫ぶ。
 格好いいのかかっこわるいのかわからないが、かなり夢に影響されているのは間違いない。
 これは早く原稿を手に入れて終わらせなければ。とシュラインが陰鬱な思いでため息をつくと、天禪がふと思い出したように腕を組んでゆっくりと頷いて見せた。
「そなたをみてると」
「みてると?」
「「仕方ない」と微笑みながら夫や息子を見送った、戦時中の婦女子を思い出す」
「…………とっても詩的な誉め言葉ありがとう」
 遠い眼をして昔を回想する天禪をよそに、シュラインはますます長く重いため息をつく。
「でも、落ち込んでばかりもいられないわね! 出よ! 間抜け怪獣ミノシターン!」
 と、絶命したはずのレッド、もとい龍之助が起きあがり額に刺さったかんざしを引き抜いた。
(ミノシターン……ミノシターン! 三下さん!)
 ハートマークを飛ばさんばかりの情熱的な視線で龍之助があたりを見渡す。
 と、シュラインの陰からおずおずと……まるで初恋にうかされる少女のように三下がこちらをうかがっている。
 タコイカ十八本の足が束ねられたように内股になっている。
 はっきり言って不気味だ。
 不気味だが。三下を見る龍之助の視線はそれ以上に不気味だった。
(う、動きにくいし、十八本も足数ばあるから、盾にしても里芋と煮込んでも大丈夫、と思って麗香さんから借りてきたけど)
 背中に冷たい汗をかんじながら、シュラインは三下と龍之助を交互に眺める。
「とにかく時間が無いからいってらっしゃい!」
 ぱしーんと背中をたたかれ、三下がよろける。
「で、でもでも。ど、どっちと戦ったらいいですかね? あの、ぼ、ボク」
「この際どっちでもいいじゃないの!」
「でも、どっちとも強そうだし」
 先ほどの白鬼と龍之助さながらに、三下とシュラインがぼそぼそと相談しはじめる。
「……いっそのこと「うらおもて」で決めたらどうかな? 手の裏と表でチーム分けする奴。ほら、「グーとパーで別れましょう」とか子供が良くやる奴と同じ要領で」
 天性の人の良さか、困り果てている二人についつい、と言った調子で白鬼が言う。
 その言葉に、戦いが始まらずすっかり退屈しきっていた天禪が、うむ、と唸って手を打った。
(三下さんと戦えますように、三下さんと愛の逃避行できますように)
 と、お子さまには眼の毒なピンク色の妄想を繰り広げながらうっとりとうなづくのは龍之助。
「じゃあボクはシュラインさんのオプションということで。タコ足とイカ足だと、どっちが裏か表かわからないですし」
「そうね、手っ取り早くそれでいきましょう。その代わり恨みっこナシよ」
 仕方がない、と言った調子で両手を腰にあてて、シュラインは白鬼と龍之助と天禪をみた。
 そして全員が一同にうなづいた瞬間、天禪が喉の奥を震わせるようにして、大きく吠えた。
「では、いざ尋常に!」

「うーらーおーもーてっ!」


<第4話・対決!! 草間レッド VS 黄昏花魁>

 その頃。
 月刊アトラス出版社のビルの裏口に、怪しげな風体の男がいた。豆絞りの手ぬぐいにほっかむり。裏口のドアに針金を差し込んでこそこそと動かしている姿は、泥棒以外の何者にも見えない。
 ただ、その身に纏っている衣装はこげ茶色の軍服に黒いマントな訳で……。。
「……!」
 ピン、と小さな音がノブから聞こえた瞬間。男の眼鏡の奥の瞳が鋭く光った。
 間を置かずしてきしんだ音を立ててドアが開く。
「……ったく、なんで俺が裏口からこそこそ侵入せにゃならんのだ」
 愚痴りつつ、ドアの向こうへこっそりと体を滑り込ませる。そして何事もなかったことを装う為に鍵をもとに戻す事も怠らない。
「さて、俺の部下たちはどこにいるのかな、と」
 ブーツの踵をリズミカルに鳴らし、マントを翻らせながら移動を開始する。

 花街からステージ移動したシュラインと龍之助と三下は、テキサスの荒野にいた。
 もっとも正確にはテキサスの広野をまねた、アトラス社内のある一室なのだが。
 吹きすさぶ風が砂埃を巻き上げる。目やのどが渇いて気分がわるい。。
 ミノシターンに重い着物の裾を持たせてしゃなりしゃなりと花魁行列のように移動したシュラインは、肩をすくめて見せた。
「バイト同士で対決だなんてね」
「まったくッスよ。三下さんと離れずにすんだなんて、これはもう運命ッスね!」
 シュラインは龍之助をにらんだ。が、彼の目は、シュラインの存在をまったく無視して、その後ろにいるミノシターンに釘付けになっている。
 龍之助は歯磨き粉のCMに出る俳優のように、白い歯を爽やかに輝かせながら、ぐっ、と親指を立てた。
「任せてください! 俺が必ず三下さんを元の三下さんに戻してみせます!」
 俺の愛で! と言わなかったのは照れているのか、それともいたらぬ妄想が脳裏にある故の罪悪感か。
 妄想大暴走と、印を踏んでいるのか踏んでいないのかよくわからない言葉が、シュラインの頭の中を駆けめぐる。
 ――だめだコリャ。
 妄想でゆるんだ龍之助の不気味な顔に、三下がシュラインの影に身を隠す。
 不気味だ。あまりにも不気味すぎる。直視するに耐えられない。
「ちょっとミノシターン、どうして私の後ろに隠れるのよ!」
「だ、だってシュラインさん、こ、湖影くんの顔、怖いですぅぅっ」
「何言ってるのよ、妄想の対象はあんたでしょっ! だったら責任取りなさい!」
「えええっ、そ、そんなむちゃくちゃなぁっ」
「つべこべ言わずに、下っ端怪獣なら下っ端らしく上官を守りなさい!」
 言うなり自分の陰から三下を引きずり出して、高下駄で蹴りを食らわせ前におしだした。と、それを見た龍之助が大げさな悲鳴を上げた。
「さ、三下さんになんてことを! ちょっとシュラインさん、三下さんに酷いことしないでくださいよ!」
「うるさいわね! アトラス帝国の間抜け怪獣に何しようと私の勝手でしょ!」
「だめだっ、三下さんに何かしていいのは俺だけだあああ!」
 バタバタと十八本の足を動かして脱走を試みる三下。その襟首を渾身の力をこめてとつかむと、シュラインは三下を冷ややかなる半眼でにらみつけた。
「幹部を置いて逃げる怪獣がどこの悪役の世にいるっていうの?」
「こ、ここにいますっ。っていうか、後生ですから見逃がしてくださいぃぃっ」
「ああっ、なんで逃げようとするんスか、三下さん!」
(あんたの妄想にふけってる顔が不気味なのよ!)
 と心の底から叫びたかったシュライン。しかしそれを押しとどめるように、一つの名案が頭に浮かんだ。
「……ふ、ふふふ、そうよね。その不気味さを逆手に取ればいいのよ」
「し、朱羅音太夫?」
 恐る恐るシュラインの様子を見る三下。
 その隙を狙うように、シュラインはカツラに刺さっていたかんざしの一つを抜き取った。そして立て続けざまに三下の首に腕を絡ませ、抜き取ったかんざしの切っ先を正確に三下の頸動脈に突きつける!
「そうよね。あんたには三下くんがなによりも大事だものね。だったらこういう手段も取れるってわけよ」
 金色のかんざしの切っ先が鋭い光を宿すと、三下が「ひっ」と情けない声をもらした。
「し、シュラインさん?!」
「おとなしくしてないと、その足、ぜーんぶ引っこ抜いて芋と一緒に煮っころがしにしちゃうわよ?」
「!」
 艶やかな声で耳元に囁かれ、三下は完全に涙目になった。
 通常ならばうっとりと聞き惚れるであろうシュラインの美麗な声も、今の三下にとっては恐怖の旋律でしかない。
「うわぁぁんっ、死にたくないよぅっ」
「さあ、あんたの愛しい三下くんを無事に手に入れたいのなら、怪奇原稿をこちらによこしなさい! 持ってきているんでしょう?」
「ひ、卑怯ッスよシュラインさん!」
「ふふふ、今はただのシュラインじゃないのよ」
 紅をさした唇を妖しく笑みの形にすると、手にしたかんざしにつつっと舌をすべらせる。
「私は草間興信所のシュラインじゃなく、アトラス帝国・黄昏花魁の朱羅音! 悪役が卑怯な手を使わないで、一体誰が卑怯な手を使うというの?」
 夢の世界の影響そのままにシュラインが高らかに哄笑する。
「ホーッホッホッホッ、さあ、愛しい人の命が惜しければ、おとなしく原稿を渡しなさいな」
 表向きは悔しげに歯をかみ締め――内心「それで三下さんが助かるんなら原稿なんてどうでもいいやー♪」と思いつつ――龍之助が原稿を隠しているスーツの背中の方へと手をやった、まさにそのときだった。
 はじけるような音がして、勢いよく部屋のドアが開かれた。
「ま、まさか、なぜお前がアトラス帝国側についているというんだ?!」
 驚愕した男の声に、その場の全員が扉の方を振り向いた。
「く、草間さん?!」
「た、武彦さん?!」
 驚愕の二重奏。見事なまでに同音異口にシュラインと竜之介が叫ぶ。
 そう。
 「控えおろう!」と言わんばかりの仁王立ちでたっているのは、ほっかむりをかぶった草間ファイブの司令・草間武彦その人だった。
 裏口から侵入してきた彼は、さしたる罠にも敵にも引っかからず、ただ野生のカンだけでここにたどり着いたのだ!
 どこからともなく寂しげなギターメロディが聞こえてきた。
 名曲「禁じられた遊び」だ。
 さらに雰囲気を盛り上げようと言うのか、薔薇の花びらが一枚、二枚とまるで枯れ葉のように風に流され宙を舞っている。
「シュライン、どうしてお前が……。しかも、その姿は一体」
「武彦さん……」
 二人の周りにきらきらと小さな星が飛び回る。
 もはやメロドラマである。
 二人だけの世界である。
 だが、草間がほっかむりをかぶったままの姿であるため、間抜けなことこの上ない。鼻の下の結び目がなんともいえず、哀愁といえば哀愁だ。
 龍之助が不機嫌そのままに目を細めた。
「なんなんだ、この演出は。っていうか、主人公はレッドである俺じゃないのか?!」
 そんな龍之助の言葉もどこ吹く風。
 すっかり昼のメロドラマに浸った草間はマントを翻しながらシュラインに駆け寄ろうとした。
「こないで!」
「シュライン!」
「だめよ、だめなのよ。私と武彦さんは今は敵同士なんだから!」
 悲哀をそのままに目を伏せ、シュラインは頭を振った。
「私は黄昏花魁の朱羅音なの!」
「何故だ、お前はうちのバイトだろう! 何故なんだ!」
「だって……だって……っ」
 三下の首筋に突きつけたかんざしが震える。
 言うか言うまいかの葛藤がかんざしの震えに現れていた。草間は為すすべもなくただ立ちすくんでいる。
 何も言う気がないのか、とも思えるほど長い沈黙の後、意を決したようにシュラインが叫んだ。
「だって武彦さんたら私が事務所を片付けても片付けても、散らかすばっかりで全然お掃除してくれないんだもの!!」
 すってーんっ!
 龍之助とミノシターンが勢いよくすっ転んだ。
 地面にぶつけた頭には、こぶし大のたんこぶが出来ている。
「そ、そんなに理由があったのか……。というかそんなに理由で敵に回ったのかシュラインさん……」
 痛みをこらえながら龍之助がいうと、その傍らで草間が恐ろしく真剣な顔で握りこぶしを作り、天よ裂けよとばかりに叫び返した。
「掃除というのは、散らかされていたほうがやりがいがあるだろう! 俺はいつもそう思って」
「そんなのは武彦さんの勝手な言いぶんよ! それにちっとも経費抑えてくれないし!」
「月末に頭を悩ませているお前の苦悩はよく理解しているつもりだ!」
「嘘! もし本当に理解しているのなら、必要経費と称してお昼ごはんのかけソバを経費で落とそうとはしないはずだわ!」
「待てっ、俺はそんなことしてないぞ! 牛カルビ弁当ならやろうとしたかもしれんが!!」
 やれやれと龍之助が頭を振った。
「草間さん、シュラインさんに苦労かけ過ぎッスね」
 まともな人間であればその苦労には耐えられなかっただろう。
 シュラインはバイトなのだ。やめようと思えばいつでもやめられる。
 それなのに気丈にも辞めないというのだから、シュラインには仏の慈悲があるのか、はたまた草間にそこはかとない好意を抱いているからなのか。謎である。
 半ばどろぬまに入った事態を、つまらなさげに見ていた龍之助の頭上でぴこん、と豆電球が点灯した。
「……そうか、よしっ!」
 言ったや否や。龍之助は素早く草間の背後へと駆け寄る。
 必死に言い訳を思案してはわめいていた草間が、なに?! とばかりに振り向いた時には、すでに龍之助は草間の右腕を後ろに捻り上げ、逆の腕を首筋に回して身体を捕らえていた。
「ぐ……っ、なっ、何をするんだレッド! 司令の俺にこんなことをするとは、血迷ったのか!?」
「これも俺の愛する人のためなんです! 草間レッドは友情よりも、熱く愛に生きる男! すみませんが勘弁してください」
「あ、愛する人のため?」
 もしやそれはシュラインのことなのか、と思いかけた草間の考えは、あっさりと次の龍之助の言葉で打ち砕かれた。
「さあ黄昏花魁の朱羅音! 今すぐ三下さんを解放するんだ! でなければ、お前の大事な草間さんの命はないぞ!」
「さ、三下ぁ? お前、三下のことが好きなのか?!」
「いやだなあ草間さん、そんなはっきり聞かないでくださいよぉ〜」
 真夏のアイスクリームか、はたまたのびきったパンツのゴムのように、だらしなく相好を崩しながら答える龍之助に、草間が緩く頭を振った。
「……いや、まあ、個人の趣味にとやかく口を出すつもりはないが」
 草間の投げやりな言葉を聞くがはやいか、龍之助はよしきた! とばかりに叫んだ。
「さあ、早く三下さんを離せ!」
「武彦さんを盾にするなんて卑怯よ、草間レッド!」
「先に人質とったのはそっちじゃないッスか!」
 草間を人質に取られては手も足もでない。
 シュラインは悔しさと怒りを絶妙の配分でブレンドしながら龍之助をみた。その発する怒りのオーラたるや、ゆらゆらとほつれげが逆立ち揺れる程である!
「許さないわよ草間レッド! それが正義の味方のやることなの?!」
「うるさーいっ! 俺は愛のためならばどんな卑劣なことだってやってやる!!」
「く……、正義の風上にも置けないわね! そっちがその気なら私だって本気でやらせていただくわ! 先手必勝!!」
 大きく息を吸い込み。そして、通常では使わない音域を出すために、のどを微細にふるわせた。!
 ――キィィィィン!!
 バリン、とガラスが割れるような音が立て続けに起こる!
 いや、そんなモノでは生ぬるい。
 言うなれば鉄のかぎ爪で黒板をひっかくような音だ!
「ヒィィィッ!!」
 思わずその場にいたシュライン以外の男どもが全員耳を手で覆った。
 頭の中に響き渡る甲高い超音波。極悪なるかなその音色!
 目の前で極彩色の波が揺れる。狂音が直接頭蓋に反響しているようだ。
 耐えようとしても自然に足から力が抜け、なすすべもなく地面に倒れ伏す。
 崩れ落ちた龍之助の姿に満足したのか、シュラインがようやく声を止めた。
「どうかしら、黄昏花魁・朱羅音の必殺技、ルナティックハウリングのお味は」
「くぅぅ……」
 こめかみを押さえながら龍之助が立ち上がる。まぶたを押さえながら緩く頭を振るが、勢いついてよろめいてしまう。
 それだけで、シュラインのルナティックハウリングに凄まじいパワーがあるのが伺えるというものだ。
「ふふ、相当痛手を負ったようね、草間レッド」
「とんでもない必殺技を持ってるッスね……。けど!」
 びしりと自分の足元を指差し、龍之助はシュラインをにらみつけた。
「俺だけじゃなくて草間さんにも大打撃だ! さらに俺の愛しの三下さんまで巻き込むなんて許せないッス!!」
「えっ?! た、武彦さん!!」
 目を回している草間を見てシュラインが激しく動揺する。三下は当然のごとく視界にない。
 動揺したシュラインに一瞬の隙を見いだして、キラリと龍之助の目が光った。
「くらえっ! 草間レッド必殺・人間ハンマー投げ!!」
 言うなり、龍之助は草間の軍服の襟首を掴んだ。
 ほうれん草を食べても居ないのに、気合いだけで二の腕に筋肉が盛り上がる。
 そして草間の体をハンマー投げのようにぐるぐると回転させると、勢いをつけながらシュラインに向けてぶん投げた!
 ひゅん、と草間が宙を舞う。黒いマントがひらひらとまるでコウモリの翼のようにはためいた。
「きゃーっ、たっ、武彦さぁぁんっ!」
 慌てて、シュラインが足元に転がっている三下をサッカーボールよろしく強く蹴り飛ばす!
「いっけーっ、ドライブシュートォォっ!!」
「うわああっ、痛いっ、ひどいよぉ〜っ!」
 涙の尾をきらきらと引きながら、三下が草間の落下地点に向けて飛んでいく。
「三下さんになんてことをするんだっ!」
「あんただって武彦さんになんてことするのよ!」
「ああ三下さーんっ!」
「武彦さんっ!」

 ひゅるるる〜……、どげしっ。

 鈍い音を立てて、草間と三下が地上で激突した。そのままびくりとも動かない二人。
 慌てて駆け寄りながら、龍之助とシュラインはほぼ同時に倒れ伏している草間と三下の顔を覗き込む。
 二人は頭に大きなコブを作って目を回していた。
 ちらりとシュラインと龍之助が目を合わせる。そしてもう一度倒れているそれぞれの愛しい人を見、さらにもう一度敵に視線を合わせ。
「許せないっ、私の武彦さんにこんなことするなんて!!」
「許せないっ、俺の三下さんにこんなことするなんて!!」
 先手を打ったのは龍之助だった。鋭い突きを繰り出す。女性に向けて拳を振るうのはかなり気が引けるはずなのだが、今は怒りでそんなまっとうな意識はどこかへ吹っ飛んでいた。
「はあああっ!」
 コンクリートの壁すら突き破るほどの龍之助の鉄拳を、すっと思わず首を傾けてそれを交わす。が、わずかにこめかみの辺りにその拳がかすり、カツラが吹っ飛びそうになった。それどころか、かすられただけなのにすさまじい衝撃が脳を揺さぶり、一瞬で意識が飛びそうだ!
 どうにかそれを回避し、高下駄でバックステップしながら、その間に息を吸い込む。
 そして。
「これで終わりよ!」
 カッと口を開いた。再びルナティックハウリングの狂音が生み出される!
 けれども、龍之助はすぐさま突き出した拳を引き戻し、両手で耳を覆った。
「ふんっ、二度も同じ技が通用すると……」
 言いかけた龍之助の体が崩れ落ちた。
 突如シュラインの青い目から雷がはなたれ、一瞬にして感電したのだ。
 ぶすぶすと黒い煙を上げている龍之助。頭は一瞬にしてみごとなアフロヘアだ。
 予想だにしなかったそのいきなりの雷に、シュラインが片目を押さえて瞬きする。
 が、すぐに原因に思い当たり花がほころぶように、優雅に微笑んだ。
「……そう、天禪将軍の援護ね」
 別室で戦っているであろう天禪が能力を貸してくれたのだ。
 本来ならそういう使い方はできないのであろうが、ここは夢の中。
 なんでもありなのだ。
「さて、それでは」
 ばっ、と着物の袖の内側から扇子を取り出すと、勢いよくそれを振り下ろして開き、静かに頭を垂れた。
「勝者はアトラス帝国・黄昏花魁の朱羅音でありんす。それでは、これにて幕引きぃ〜…」
 と言ったシュラインの語尾に重ねて、強い力をもったとんでもない言葉が投げかけられた!


<第5話・幕切れは突然に>

「カット、カット、カァーーーット」
 怒りに満ちた男の声が聞こえたかと思うが早いか、大きなモーター音がして、周囲の建物や風景が地面や壁の中に収納され、あるいは霞のように消えていく。
「困るねぇ、困るんだよ。そこはもっと情感を込めて、こうっ! こうっ!」
 と、メガホンを振り回しながら、スキンヘッドにサングラスという怪しげな風体の男が、地平線の彼方から駆け寄ってくる。
 その時の一同はといえば、全員が埴輪のように口をOの字にあけて、「へ?」「ほえ?」「うにゃ?」と奇声を口々に発し、続けざまに、まるで見えないタクトが振られたように一斉に叫んだ。
「内海監督?!」
 ちまたで高視聴率ドラマといわれる『レンゾク』や『あぶれる刑事』で有名な、あの内海良司監督ではないか!
「おや、やっとプロデューサーのおでましかい?」
「プロデューサーだと?」
 飄々としたサイデルの言葉に、暁文が聞き返す。
「あ、そういえばバクさんが「これは誰かの夢の中」みたいな事言ってましたっ」
(……忘れていたのか、雛)
「だってだってっ!」
 彼女だけを責める訳にも行くまい。
 全員が全員、戦隊モノの夢に影響されて「ヒーロー」や「悪役」を演じるのに夢中だったのだから!
「うん、そうだよ。この間のエイプリールフールに、夢の中で遊んでくれたお礼に「見たい夢を見させてあげる」って約束したんだもん」
 とやたらと間延びした声が聞こえる。と、全員の視線が声の主、もとい、白と黒の変な動物を見た。
「そしたら、おじちゃんの妄想の力が強すぎて、ぼく、制御しきれなくて、みんな巻き込んじゃった」
 ごめんね。と愛くるしい瞳を何度も瞬きさせて、首を傾げる。
 どかっ!
 という音がしてぬいぐるみのようなバクの子供が宙を舞う。
「あーれー!」
 それなりになりきっていた暁文が、バクにむかって見事なゴールシュートを決めたのだ。
「ちっ、全く手間かけさせやがって」
「あら、そう? 私は珪くんとスキンシップ出来て楽しかったわ」
 妖艶な笑みをたたえながら、響が流し目でイエロー、もとい九夏珪を見つめた。
「ふとももも堪能できたし!」
「不潔ですっ!」
「俺は好きで触らせたんじゃないっ!」
「九夏さんがそんな人だったなんてっ。雛は悲しいですっ!」
「違うーっ!」
「……うう、叫ぶのはやめてくれないかな……二日酔いに響くんだ」
 と、蒼い顔でふらふらしてるのは、抜剣白鬼である。天禪将軍との「飲み比べ」の影響……つまりアルコールが極限まで回りきっているようだ。
「ふん、青いな! 漢(おとこ)たるもの、酒の一升や二升あけられんでどうする! 武将の名が泣くぞ!」
「俺は僧籍なんだ〜」
 と弱々しい抵抗を試みるも、あっというまに天禪のスリーパーホールドで首をしめられ、ノックダウンしてしまう。
 締め上げられているのは白鬼だけではない、間抜け怪獣ミノシターンも(いかようにしてかは全く持って理解不能なのだが)18本の足をまとめられ、目にハートマークを浮かべる龍之助にしっかり抱きすくめられている。
「わああああ。離してくださいっお願いしますぅうう!」
「俺の愛で人間に戻ってください!」
 がし、っと抱きすくめられ三下は叫ぶ。そのうねうねと動く足元では、奏太が不敵な笑みを浮かべて、三下の足を吟味している。
「僕、イカの足もタコの足も大好きだなぁ。荒塩ふって、炭火で焼くとおいしいんだぁ」
「ほう、坊主、なかなか通を言うな。ではこの酒によってる情けない男の代わりに、いざ俺と一献かたむけぬか」
「わーい、夢の中なら未成年でも関係ないよねっ!」
「夢の中なのに、なぜ俺は二日酔いに〜」
「おい、あんだ、俺も混ぜてくれよ。俺は老酒もイケるが、日本酒もいけるクチでな」
「なんだい、打ち上げならあたしもやるよ」
 と、奏太と天禪の間に入るのはサイデルと暁文。
「ちょっと、まってよ。その前に!」
 宴会、否、打ち上げに入り始めてる一同に向かって、花魁姿のシュラインが制止をかける。
「うぬ。意外とそなた無粋だな。美しいその花魁姿には似合わぬぞ」
「誉めてくれてありがと、天禪将軍、いえ、天禪さん。でもね、その前にやることがあるでしょ?」
「やることって……なんですか?」
 痴話喧嘩をとめて、雛が瞬きを繰り返す。
「あの人のおしおきよ」
 と、美しい着物に包まれた腕を動かし、シュラインはほっかむりをして逃げようとしている草間を指さした。
「……」
「……」
「……」
「そういえば、アトラスが原稿を狩るのは理解できますね。いつも三下さん、原稿におわれてるし」
 と、怪訝な顔で龍之助が言う。
 月刊アトラスでバイトをしている龍之助が言うまでもなく、全員にそれは理解出来た。なぜなら麗香はいつだって原稿が足りない、と狂乱になってるからだ。
「そーいや、何で草間さんは「伝説の怪奇原稿」なんて持ってるんだ?」
 スカートをはいているという事もわすれ、珪が床の上であぐらをかき、腕を組み悩んでいる。
「みてみるか?」
 暁文がブラックスーツから封筒をとりだし、伝説の怪奇原稿を引っ張り出しす。
 が。
『白紙ィイイ?!』
 のぞき込んだ全員が、素っ頓狂な悲鳴を上げた。
「あっ、私のも白紙です!」
「俺のもっ! くっそう、スカートはかせた上に白紙かよっ!」
「俺のと抜剣さんのは新聞紙ですっ」
 口々に驚きの声を上げる草間ファイブ。
 疑惑の視線が時の人、草間武彦に集中する。と、蒼白になって草間は胸元から分厚い封筒を取り落とした。
 ばさっ、という音がして地面に落ちる原稿。
 あわてて上にうずくまるが、時、既におそし!
「幼稚園児が助からなかったらどうするつもりだったんだっ!」
 僧侶らしく、人道的な事を白鬼が怒り全開で叫ぶ。
「ゆ、夢に幼稚園児の無事も何もないだろ?!」
 原稿の上にうずくまったまま、草間が情けない反論をする。
「そういう訳で、みんなの怒りを納める為にも、武彦さん、その書類渡して頂戴? じゃないとカワイイ貴方を食べちゃうわよ?」
 不気味に鞭を揺らしながら響が胸をそらしてほほえみかける。が、目が全く笑ってない。
「わーい、じゃ、草間さん食べちゃっていいよねっ! いただきまーす!」
 奏太が喜びの声をあげて、原稿を押さえる武彦の指先をかじる。
「いてーっ!!!!」
 かじられた痛みで草間が指を放した瞬間、シュラインが流れるような動作で原稿を奪った。
「まったく、こんなのに頼る暇があったら、編集部全員で力を合わせて良い原稿書けば良いのよ! 草間ファイブもこんなの守ってる間に世の中に貢献しろっ!」
 言うが早いか、どこからか取り出したライターでさっさと原稿に火を付ける。
 炎はあっという間に紙に引火し、原稿は瞬く間に灰になる。
「あ、あああああ! 俺の老後の糧がぁあ!」
「老後の糧?」
 いぶかしげに天禪が聞き返す。
「そうよ、武ちゃんたら、老人になって探偵家業ができなくなったら、自分の担当した怪奇現象を小説にして、印税で優雅にモナコあたりで美女はべらして暮らすんだって、渡してくれなかったのよ。記事は時間が勝負、旬の時期に掲載してこそ花っていったのに」
 と、先ほどまで死体になっていた麗香が起きて、めんどくさそうに眼鏡をなおしながら事実を付け加えた。
「てことは……俺達、草間さんの老後の為に」
「こんな目にあってたんですね!」
「やいっ! テメェ! 本当なのかよっ!」
「……言葉もでないね」
「まったく。こういうのにはお仕置きが必要です」
 と、珪、雛、暁文、白鬼、龍之助が……草間ファイブが畳みかける様にいう。
 危機を感じ、腰をぬかしたままじりじりと後退する武彦。
 その武彦にむかって、草間ファイブの五人がどこからか取り出した「超特大バズーカ砲」をかまえる。
 しゃきーん、と金属の音があたりに響く!
「諸悪の根元始末するぜ!」
「愛有る限り!」
「俺の勇気を力に変えて!」
「五人の友情を光とし!」
「これぞ探偵戦隊草間ファイブ必殺の!」

「シャイニング・草間・バスター!!!!」

 どかぁあああん、と爆発と共に立ち上がるどくろ雲。
「そんな馬鹿なぁあああ!」
 吹き飛ばされて遠いお星様になる草間。
 どこか遠くで「おしおきだべぇ〜」と声が聞こえた。

「まったく。武彦さんたら」
 腰に手をあて、シュラインが文句をいう。
 その姿はもはや花魁ではなく、動きやすそうなジーンズ姿……つまり普通の格好に戻っていた。
「そういうな。良く言うではないか。『つわものどもが夢の跡』とな。終わり良ければ全てよし、だ。そなたの手際、この天禪深く感動した。……草間には勿体無い人材だな。俺の秘書等どうだ?」
 仕立ての良いスーツ姿に戻った天禪が大物らしい、堂々とした口調で尋ねる。が、シュラインは頭を降った。
「あのしょうがない人に私以外についていけるバイトが見つかるかしら?」
 くすくすと笑いながら、草間が飛んでいった方向をみる。
「……なるほど、適材適所というわけだ」
 さして残念そうでもなく、天禪がいう。
「ま、これはこれで楽しかったぜ」
 のびをしながら暁文がいう。と、その横っ腹を奏太がこづく。
「うん、僕も草間さんかじられたし」
「ま、スカートなんて夢の中でしかはけないしな」
 とは照れくさそうな珪。その珪の後ろで、雛が「私も九夏さんとご一緒できたし」と赤面しながらうつむく。
 その雛にむかって「もっと大きな声でいわなきゃ、あの鈍感少年きづかないわよ」と響が皮肉下にわらった。
「俺も、こうやって三下さんだきしめられて、夢でもうれしいです!」
「わぁああああ。戻ったんだからはなしてよぉお!」
「ふ、二日酔いは……夢が終わったらなおるかな」
 騒がしい面々を見ながら、サイデルは鼻をならしてそっぽを向いた。
 しかしその唇にはうっすらと微笑みが浮かんでいた。
 ゆっくりと周りの景色が白くかすんでいく。
 ひとり、一人と姿がかき消えていく。
 もしこれが映画ならきまりだ。

「これにて、終幕」

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女/ 26 /翻訳家&幽霊作家】
【0024/サイデル・ウェルヴァ/女/ 24 /女優】
【0449/紫堂・奏太(しどう・そうた)/男/ 12 / 鬼】
【0284/荒祇・天禪 (あらき・てんぜん )/男/ 980 /会社会長 】
【0116/不知火・響(しらぬい・ひびき)/女/ 28 /臨時教師(保健室勤務)】

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■         ライター通信          ■
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 野望はOMCライター1のイロモノ師! の立神勇樹(たつかみ・いさぎ)です。こちらの不手際で長くお待たせして申し訳ありません。
 さて、今回の事件は「10シーン」の構成になっております。
 共同企画の「探偵戦隊草間ファイブ 〜打倒秘密結社アトラス〜」を見ると正義の味方側の視点でこの事件を見ることができます。
「このキャラはここにくるまで誰と戦っていたのかな?」と思われた方は、他の方の調査ファイルを見てみると、違う角度から事件の本当の姿が見えてくるかもしれません。
 ちなみに今回は圧倒的に悪役さんの戦闘パラメータが高かったです。(笑)

 こんにちは、シュライン・エマさん。
 今回、衣装はお任せという事でしたので、「黒いチャイナドレス」・「黒いセーラ服」・「花魁」の三つが上がりましたが、他とのバランス(どないや)とインパクトを考えて花魁にしてみました。
 当て字は何となくイメージで付けてみましたが。如何でしたでしょうか? 驚かれましたか?
 また別の(まじめな!(笑))依頼でも、再びご一緒できたら嬉しいです。
 
 あなたと私で、ここではない、別の世界をじっくり冒険できたらいいな、と思ってます。