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探偵戦隊草間ファイブ! 〜打倒・秘密結社アトラス〜
<オープニング>
――ある朝目が覚めると、戦隊モノのヒーローになっていた。
確か今日は、仕事があるから事務所に来てくれと草間興信所の主・草間武彦に言われていた。
そして向かった先のドアの前。そこにはドアに直接、赤文字でこう書かれていた。
「正義の心、熱くたぎらせバーニング! 熱血草間興信所、常時依頼求む!」
……ばーにんぐ?
思わず脱力して後ろに倒れそうになるが、気力を振り絞ってとりあえずそのドアを開ける。
いつもなんとなく雑然としたイメージのあった室内は、壁一面が銀色に塗り替えられ、机などもすべて銀色に統一されていた。壁際にはデカいコンピューターらしきものが設置されている。…が、どうも設置されている機械類、すべてハリボテのように見える。そこはかとなく貧乏臭い。
と、奥のデスクについていた人物がくるりとデカい背もたれのついた椅子を回転させてこちらに顔を見せた。
「待っていたぞ」
そこにいたのは、草間武彦だった。だがいつものようなラフな装いではなく、なぜかどこかの軍人のような服を纏っていた。机に肘をつきながら両手を組み合わせて口許に当て、上目遣いにこちらを見ている。
「大変なことになった。我が宿敵・悪の秘密結社アトラスの連中が俺の持つ『伝説の怪奇原稿』を狙っているらしい」
至極真面目な顔で言うと、草間はカッと目を見開いた。
「絶対にアレを奪われるわけにはいかん!」
バン、と勢いよくデスクを叩くと、草間は立ち上がった。そして白手袋をはめた右腕を大きく凪ぐ。
「さあ、探偵戦隊草間ファイブよ! 今こそ正義の鉄槌をアトラスの連中に下してやれ!!」
……ちょっと待て。
何だ? 探偵戦隊草間ファイブって?
頭痛を覚えて緩く頭を振ったその視界に、ソファの上でじっと様子を見ている白と黒の毛の妙な動物が入った。
「あーあ、夢の世界なのにずいぶん現実の人たちが混じっちゃったなぁ」
それは、夢を食うと言われているバクの子供だった。
「この夢から出る為には、この夢を終わらなきゃいけないんだ。あ、夢の世界で一晩すごすと二度と元の現実に戻れなくなるから急いだ方がいいよ」
ということは、このバカげた戦隊モノの世界でちゃんと話に終止符を打てということか。
ちらりと草間を見ると、デスクの上に赤・ピンク・青・黄色・黒の5色のメットと服を乗せ、拳を握り締めてこちらを見ている。
「さあ、この探偵戦隊変身グッズを持っていくがいい! あ、色は好きに選んでいいぞ」
…………。
その瞬間、自分の中で何かがキレる音がした。
……やってやろうじゃないか。
それに、相手はアトラス編集社らしい。碇と三下を倒せば未払いの原稿料の請求もできるかもしれない!
その後ろで、草間が拳を振り上げた。
「行け! 正義は我らにあり!」
------<参加上の注意>--------------------------------------
・このシナリオは月刊アトラスから出されている立神 勇樹ライターとの共同企画です。二つのシナリオに同時参加することは出来ませんのでご注意を。
・プレイヤー同士の戦闘では「性格1 防御 □□□■□ 攻撃 」および「 性格3 狡猾 □□■□□ 純真 」を能力値として判定を行います。秘密結社アトラスに参加される場合は「狡猾」に近い方が、探偵戦隊草間ファイブに参加される場合は「純真」に近い方が有利です。
・プレイングの隅に「プレイヤーAをサポートします」と書いてある場合、「プレイヤーA」の判定すべてにボーナスポイント+1が加算されます。(つまり徒党を組めば組むほど有利になります(笑)テラコンなどで連絡を取り合って参加してみては如何でしょうか?)
・プレイングに必ず、希望カラーを第3希望まで表記してください。カラーは「赤・ピンク・青・黄・黒」です。各カラーにかなり性格が引きずられると思いますのでご注意ください(例:赤は熱血、黄だとカレーとなぞなぞが好きになる、とか…(笑))。
・原則としてこのシナリオは夢の世界で進行するため、ダメージや物品破壊は現実に反映されません。(一種の無礼講・ゲームシナリオです)
・基本的にこのシナリオは「正義なんて言葉、恥ずかしくてなかなか出せない」「碇さんor三下くんにたいして「あーんな事やこーんな事」をやってみたいv」「理由はともかく正義の味方が好き! 正義こそ王道!!」という方にオススメします。
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<第1話・悪役からのラブレター!!>
「きゃあああっ!!」
せっかく気合を込め、なおかつすさまじくなりきって格好をつけまくった草間司令のその掛け声を、あっさりとかき消す勢いで甲高い声が上がったのはその時だった。あまりといえばあまりのそのタイミングのよさに、その場にいた全員がはっと草間ではなく、黄色い声の主・篁雛に注目する。楚々とした愛らしい可憐な少女である。
その視線のビームの中、雛はたたっと小走りに移動し、一人の少年の前に立つ。きょとんとその場に立っていた少年が目を瞬かせた。雛は頬をピンク色に染め、両手を胸の前で組み合わせてきらきらと輝く大きな黒い瞳でその少年を見る。
(く、九夏さん、九夏さんだわーっ!)
高鳴る胸を制するように一つ大きく息をつく。
(ファイトよ雛っ、勇気を出してっ)
自分自身を鼓舞して。
「た、たかむら、ひな、と申します。ふつつか者ですがよろしくお願いしますっ」
大きく髪を揺らせてぺこりと頭を下げる。再び上げられた眼差しには、無数の星が瞬いている。いや、星というよりそれはハート型の光。いわゆる「恋する乙女の眼差し」というやつである。可憐なピンク色のガーベラを背中に背負っていてもおかしくなさげなオーラを放っている。
が。
いきなり丁寧なご挨拶を受けた少年――九夏珪は、しばし呆然と雛の姿を見ていたものの、ややしてからつられるようにぺこりと頭を下げた。
「はあ、ええと、こちらこそよろしく」
雛のバックに咲き誇っているガーベラがへなりとしおれて首を下向けてしまいそうな、色恋とは程遠そうなあっさりとした返答だった。なんのことはない、突然の雛の気合に気圧されてしまったのである。まさかこんなバカバカしいことこの上ない状況下で、こんな愛らしいコからものすごく熱い好意を向けられるとは思わなかったから――心の準備ができていなかったのである。
けれども雛は頬をさらに赤らめて身を小さくした。幸せいっぱい胸いっぱい、なんて甘酸っぱいこの思い! ああ神様に大感謝☆
……という、なんだか青春ドラマのワンシーンのようなそれを見ながら、大きくため息をついたのは張暁文だった。彼からしたら青臭い以外の何物でもないその光景と、そして訳のわからない「センタイモノ」なる物に対しての、両方に対しての嘆息だった。
「……あー、とりあえず『センタイモノ』っていうのは一体なんなんだ?」
「君、戦隊モノを知らないのかい?」
声の主は、銀色の壁に背を預けて腕組みして立っていた抜剣白鬼だった。なんともこの場所に不似合いな僧衣姿のその者に、暁文はおどける様に黒いシャツに覆われた肩をすくめる。
「あいにくと俺は哈日族(ハーリーズー)じゃないからな」
哈日族とは、日本の音楽やドラマ、アニメなどに熱中するアジア南方あたりの若者たちのことだ。
その言葉に、乙女チックモードに入っていた雛も小さく手を上げる。
「あの……実は私も戦隊モノってよくわからないんですが」
(アニメとは違う、実写の子供番組ってところかな)
雛の問いに答えたのは、雛の家に代々仕えているという鬼だった。名を、夜刀という。鬼なのに古臭い観念に縛られてはおらず、やたら現代的で、雛より知識も豊富なのだ。普段は鏡の中に封じられているのだが、今はその中から思念で雛に言葉を送っているらしい。
「子供番組?」
問い返した雛の言葉に頷いたのは、基地内をきょろきょろと好奇心に満ちた子供のような目で見回していた湖影龍之助だった。人懐っこい笑みを浮かべて顎に手を当てながらうむうむとまた頷く。
「そう。これがなかなか子供番組ながらにあなどれないんだなぁ。敵とのやり取りにも魂がこもっていて」
「……とりあえずその『探偵戦隊ナントカ』というやつになって、アトラスとかいう連中を始末すればいいんだな?」
やはりイマイチその「センタイモノ」の意味が理解できない暁文は適当にそう片付けることにした。ごちゃごちゃ考えていると頭痛がしてきそうだ。
雛が大きく頷く。
「そうですね、とにかく夢を終わらせるために頑張らなくちゃですねっ! 任せてください、九夏さんのサポートはバッチリです!」
「え?」
いきなり自分の名前が出てきて、また珪がパチパチと瞬きをした。それに恥ずかしそうに肩をすくめて、こそりと大柄な白鬼の影に隠れる雛。その雛の頭を大きな手でまるで子犬の頭でもなでるようにわさわさと撫で、白鬼が逆の手を握りこぶしにした。なんだかすこぶるやる気満々のようだ。
「そう、こうなってしまった以上はもうやるしかないね!」
「うん、俺も一度戦隊モノってやってみたかったんだっ。燃えるっすよ!」
珪の同意に、白鬼が顎ひげをなでながらうむうむと大きく頷く。
「やはりそうだなっ。男は子供のころに一度は憧れのヒーローごっこを経験しているもの。まさかこの歳になって本当にヒーローになれるなんて思ってなかったけど」
「そう、憧れの正義の味方っすからね! ああ、いい響きだなぁ、正義の味方って!」
やる気の炎をめらめらと燃やしながら夢の世界へと翼を広げつつある白鬼と珪。その姿をうっとり見ているのが雛、そして「いい歳ぶっこいて何がヒーローだよ」とぼやきながらうんざりな視線を送るのが暁文だ。
……確かに、三〇歳でヒーローというのも、なかなか勇気ある行動のような気がしなくもない。が、白鬼はそんなことまったく構わず、珪と共にかなり激しくやる気を燃やしている。
その傍らで、神妙な顔をして黙り込んでいるのが龍之助だった。いつもの彼を知る者からしたら「何か悪いものでも食ったのか?」と問いたくなるくらいに、真剣に何事かを考え込んでいた。
そう、実のところ彼はこの事態に面してからずっと悩んでいたのである。それも、なぜこんな世界に? という他の者たちが状況を把握するに至って抱いたのと同様の疑問ではない。
彼の悩みとは「どうして自分は愛しの(強調)三下さんの敵になっているのか?」と言うことである。
「おかしいなー。俺、アトラスのバイトのはずなのになんでこっちにいるのかなー。三下さんの敵になるなんて考えられないのになー……」
他の誰が裏切ったとしても、自分だけは決して三下の敵に回るわけがないのに。
そう、「愛する(強調)」三下さんの傍を自分が離れるわけはないのだ! 一体これはどういうことなのだ?!
が。
案外あっさりと、悩める青少年にパアッと導きの光が差した。
天の啓示のようなその突如降って沸いた考えに、ふと顔を上げる。
「……待てよ。そうだ、誰かが三下さんを倒す前に、俺が三下さんをさらって逃げるとかっていうのはどうだ?」
もわもわと龍之助の頭の中にピンク色の妄想が広がっていく。
「そして怪人になってしまった三下さんを俺の愛が包み込み、怪人から晴れて人に戻る……」
そしたらきっと、三下さんはこの愛の深さを知り、感激してその身を任せてくれるに違いない!
「ありがとう、湖影くん」「いやいや、いいんですよっ、コレくらいは俺の愛があればどうということはないっス!」「何かお礼をしなければ…」「お礼なんていいっスよ!」「でもそれじゃ僕の気がすまないし…」「なら、どうしてもというのなら、三下さんを俺に…!」「ええっ、ぼ、僕なんかで…本当にいいの?」「三下さん…!」「湖影くん…!」…以下略。
「ふ、ふふふふっ、いやーっはっはっはっ、ミノシターンは俺に任せてください!」
にんまりと妄想で緩んだ顔でいきなり元気な笑い声を発する龍之助に、彼の内に秘められた恐るべき(?)野望を知らない者たちは「おーっ!」と意味不明な拍手を送る。
とその時。
コンコン、と窓のほうから音がした。ガラスの向こうに、一羽の鳩がいる。足に何かの紙切れをくくりつけられている。
「? なんだこの鳩は」
デスクの上にあったコンソールを指で軽く弾いていた草間が立ち上がり、窓ガラスをあけて鳩を迎え入れる。そしてその足にくくりつけられていた紙を解いて紙面に目を通した。
はっとその顔色が変わる。
「な、なんだとっ?!」
「どうしたんだ草間さん?」
白鬼と戦隊モノ談義を交わしていた珪が首を傾げて問いかけた。草間は緩く頭を振り、額を押さえる。
「どうなってるんだ? 通信はこの無線機でってADが言ってたのに……。しかも、バスジャック? そんなの、台本には……」
「草間さん?」
「あ、いや、この鳩はアトラスから飛ばされてきたモンらしい。しかもあいつら」
手に持っていた紙をくしゃりと握りつぶし、草間はギラリと目を上げた。
「幼稚園バスをジャックしたらしい!」
「幼稚園バスジャック!?」
その場にいた全員が見事に声をハモらせた。バン、と草間が紙ごと手をデスクにたたきつける。
「返してほしければ伝説の怪奇原稿を持って秘密基地にまで来いだと?! おのれ、アトラスめっ!!」
歯軋りする草間司令。
幼稚園児たちはまだ無事なのだろうか?
そして、このままヤツらの言いなりになり怪奇原稿を渡してしまっていいのだろうか?
それにしても、先ほど草間の口からもれた「AD」「台本」とは一体なんのことなのだ?
それに、なぜに秘密基地であるはずの場所をそんなにあっさりバラしてしまうのかアトラスの者たちよ?
謎は謎を呼び、物語はつづく!!
<第2話・草間ファイブ、ここに誕生!>
「……なんていうか、お約束っていえばお約束な展開だね」
ぼそりとつぶやいた白鬼を、草間司令がすごい勢いで鋭く睨みつける。
「そんなことを言っている場合か、いたいけな子供たちの命がかかっているんだぞ!」
「草間さん、すっかり正義の味方になってるなぁ」
のんびりとソファに腰を落ち着けながら感想を言う珪にもまたギラリと鋭い視線を向け、白手袋に包まれた掌でバンとデスクを叩く。通信機が振動で大きく撥ねた。
「お前らには正義の味方としての自覚が足りんっ!!」
「いきなりそんなもんになりきれって言っても無理な話だ」
あっさりと言って短くあくびを漏らす暁文。雛はにこにこと朗らかな笑顔を讃えて基地内の隅っこにあったお茶のセットで全員分の玄米茶を注いでいる。
「はい、粗茶ですが」
にこにこと可愛らしい微笑みを浮かべて全員にお茶を配る。自分の所に配りに来た雛に、草間が額を押さえながらうめく。
「粗茶って……それはうちの備品だぞ」
「あら? あらあら私ったら。ごめんなさいっ」
(まったく雛はおっちょこちょいだなー)
意識の中で夜刀にツッコミを受け、僅かに頬を膨らませる。
「ちょっと間違えただけだもん」
「草間さん、小腹空いたんだけどお菓子か何かないー?」
珪が問いかける。それに、白鬼が懐からなぜか持っていた饅頭を一つ取り出した。
「食べるかね?」
「え? いいんですかっ? うわー、ありがとうございますーっ」
「君もどうだい?」
もう一つ懐から同じものを取り出しながら、珪と同じ年頃の龍之助にも差し出す。すっかりふわふわと三下との甘い新婚生活(?)に思いを馳せていた龍之助は、はっと現実に立ち戻ってその饅頭を受け取った。
「あ、ありがとうございますっ」
「これ、本当に粗茶だなー。ああでもそれにしては美味く淹れてるな」
暁文が雛に言う。それに雛はにこにこと微笑んだ。
「美味しいですかー? よかったー」
すっかりと、茶をすすりながらほんわかムードで談笑などしている五人。
その様に、こめかみの筋をぴくぴくと痙攣させながら草間司令がデスクをぱっかり二つに割りそうな勢いで再びバンっと叩いた。
「お前らっ、この緊急事態に正義の味方がぽやーんと和みながら饅頭なんぞ食ってていいと思ってんのか!!」
「あ、そうだった」
あまりの剣幕の草間の声に、はっと龍之助が顔を上げる。大体、一日でこの夢を終わらせなければずっとこの世界の住人と化してしまうのだ。時間は惜しいはずである。
「それじゃとりあえず、狙われてる怪奇原稿は全員が少しずつ分担して隠して持つっていうのでどうかな」
ぽん、と手を打って提案する白鬼に全員が頷く。異議なしだ。
ようやく動く気になってくれた正義の味方たちの様にほっと吐息を漏らしながら草間がデスクの下にある隠し金庫から原稿を出した。それをきっちり六等分して、それぞれに配布する。何が伝説なのかはよくわからないが、正義の味方たちはとりあえずその原稿をそれぞれ服の中に入れたりなんだりと隠す場所を決めた。
「あとは、その戦隊服の色分けだね」
白鬼が草間のデスクの上にある五色のスーツを見る。その眠そうな目が、一瞬、ある色を捕らえたとき、獲物を狙う鷹のごとく鋭くきらりと光った。
その眼差しが、街の様子を映している、壁に設置された巨大モニターへと向けられる。
それをビシリと指差して。
「ああっ! 怪獣ミノシターンが大暴れェェーっ!?」
白鬼はいきなり大声で叫んだ!
はっと全員がそれまで気にもかけていなかったモニターに顔と注意を向ける。龍之助にいたっては「えええっ、三下さんっ?! どこどこどこ!?」と予想以上の反応を示している。
にやりと白鬼の唇が笑みの形を作った。
(この勝負、もらったァァ!!)
するりとその僧衣に包まれた腕が伸び、流れるような素早さで草間のデスクの上にある青色の変身セットをゲットする!
と同時に、横にいた暁文も黒の変身セットをその手にしっかりと収めていた。どうやら彼は白鬼の「技」に引っかからなかったらしい。
一瞬、目が合う。
「…………」
「…………」
そこに言葉はなく、ただ共犯者のみが持ちえる悪どい微笑だけがあった。
さしずめ「やるなおぬし」「いえいえ、お代官様こそ」「ういーっひっひ〜」といったところだろうか。
口以上に物を言う視線を二人が自然に離し、デスクから数歩離れたところで、
「三下さんなんて映ってないじゃないですか〜」
と、がっくりした様子で龍之助がつぶやいた。その横で、同じく視線を戻した珪がデスクの上を指差す。
「ああっ! いつの間に青と黒取ったんですかあっ?!」
「えっ?! あ、いつの間にっ!!」
愕然とする珪と龍之助の横で、雛はきょとんと小さく首を傾げた。白鬼は涼しい顔でそっぽを向き、口笛など吹いている。暁文は変身セットを小脇に抱えて面倒くさそうに壁に背を預けてあくびを漏らした。
これだから大人というヤツは、と珪がうめく。……いや、大人にしてはやることがかなりセコい気もするが。
さて。
残された色は、赤・黄・ピンク。
雛はイマイチ戦隊モノのカラーについて理解が浅いせいか、ただにこにこと天使のような愛らしい微笑を絶やさずに龍之助と、憧れの君である珪を交互に眺めている。
雛の視線の先にいた二人は、じっと残された3つのスーツを見つめていた。
(……ちょっと、ピンク……も悪くないかもしれない)
なぜか、不意にそんな思いが頭をよぎったのである。ドキドキと心臓が鳴る。
(だって、スカートなんかはけるの、こんな機会しかないぞ)
そう思うと、やたらとデスクの上のピンクスーツがキラキラとまばゆいものに見えはじめる。まるで誘惑光線を放ちながら「はいて、私をはいて〜ンv」と誘っているかのようだ!
だが。
そこでそれぞれ二人の脳裏に、一人の人物の姿が浮かんだ。たわみかけていた思考に冷水を浴びせ掛けられたかのように、しゃきっと正しい方向へと戻る。
(でも、ここにいる誰かにチクられでもして師匠に知られたら一生の汚点……っていうか見捨てられる!? 破門っ?!)
(でも、三下さんの前に出るのにスカートなんてのは恥ずかしすぎる……っていうかそんなことしてたら嫌われる?!)
ぶるぶると同じタイミングで頭を振る。そしてはたとその視線を合わせて、同時に雛を見やった。
交わす言葉はなかったが、どうやら考えていることは同じらしい。
「え、ええと、女の子だし、ピンクは雛さんがいいんじゃないかな。なんてったってピンクはスカートだし」
「そ、そうッスね。ピンクのスカートはやっぱり女の子がはくほうが似合うし、可愛いッスよね」
珪の言葉に続く龍之助の言葉。やたらとスカートにこだわりつつ、さらに変にどもりがちな怪しい彼らの言葉を、けれどもまったく気にすることもなく、雛はにっこりと笑った。珪がオススメしてくれた時点で、雛にはもう断る理由などないのである。
「はいっ、じゃあ私はピンクで」
デスクの上からピンクセットを取った雛に、煙草をふかしていた草間が銀色の壁にあった一つのドアを指を差した。
「あー、そこの更衣室使っていいぞー」
「はいっ」
素直に返事してドアの向こうへ消えていくその背を見送ってから、草間がデスクの前に残った二人の男子高校生へと顔を向けた。
「さて、後はレッドとイエローだな。どうする?」
ちらりと龍之助が珪を見た。
「俺、できれば赤がいいんスけど。実は最初からそのつもりだったし」
「ああ、オレは黄色でも別にいいぜ? 美味いもん食えそうだしっ」
「よし、決まりだな」
草間が龍之助に赤、そして珪にイエローを渡す。が、その渡す瞬間、珪に向けてニヤっと唇を歪めて笑った。
「いやー、まあ、お前だったら大丈夫だろ」
「は?」
きょとんとスーツセットを受け取りながら珪が瞬きする。ゆるく首を傾げる。
「大丈夫って、何が?」
「大丈夫。お前はこの男連中の中では一番可愛い」
「は?」
言われた言葉の意味がわからず眉宇をひそめる珪に草間が人の悪そうな笑みを浮かべた。それはとてもじゃないが正義の味方の司令とは言いがたい悪人笑いだった。
「実はなぁ、衣装作る予算が足りなくてな」
「はあ」
「ピンクだけじゃなくて、イエローもスカートなんだよ」
「はあ……って、えっ?!」
パッと腕の中に収まっている光沢のある黄色い布切れを見る。そしてすぐさま草間を見た。
「えっ、ちょっと、黄色ってカレー好きってヤツなんじゃあ?!」
「は? なんだお前知らないのか? 最近はピンクだけじゃなくてイエローもスカートって戦隊もあるんだぞ。うちはそれなんだな」
「……っっ!!」
思わずばっと顔を他の男連中に向けるが、彼らは草間の言葉を聞いたその瞬間、速攻で着替えをはじめ、スーツを身に着け始めていた。珪が交換を提案するのを阻止するためである。正義の味方のくせに、その場にいる者たちはみな見事なまでに自分のことしか考えていなかった!
それを見て珪は泣きそうになる。
「みんな、酷いっすよ〜……」
「大丈夫、ちゃんとカレー好きでもあるから、イエロー」
「なんでスカートはいてその上カレー好きにならなきゃならないんだっ!!」
草間のフォローになっていない言葉に、珪が悲鳴に近い声を上げる。それに草間がぷかりと煙草の煙を宙に吹き、にっこりと笑った。
「だからお前可愛いから大丈夫だって。考えても見ろ、お前以外の野郎がスカートはいてるなんて、ある意味犯罪だろ」
それはそれで一撃で相手を滅殺できそうではあるのだが。
「ほれ、子供たちがお前たちを待っている! さっさと着替えろっ!」
ぱちりと草間が指を鳴らすと、すでにスーツを装着し終えた白鬼・暁文・龍之助がわきわきと手を動かしながら珪を取り囲んだ。はっと珪が思わず自分の体を抱きしめて身を縮める。
「なっ、なんすかっ?! ちょ…っ」
「やっちまえ、野郎ども!!」
草間の号令一閃! 答えるように「おーっ!」と声をあげ、3名が珪の服を剥ぎにかかった!
「ちょ…うああああっ! やめろっ、へっ、変態ーっ!!」
「問答無用っ!!」
ここでやらなければ、自分がスカートをはかされるかもしれない!
その恐怖が彼らを突き動かしていた!!
ぽいぽいと宙に舞う珪の私服。それを見ながら、ゆったりと椅子に腰掛けた草間は美味そうに煙草をふかしている。
さして間もおかずに。
「ひ……ひどいっすよぉぉぉ〜っ」
黄色いスカートをはいた草間イエロー・珪が涙目で誕生した。すらりとスカートから伸びた生足はカモシカのような、という形容詞がぴったりだ。もっとも、本人、そんなこと言われてもちっとも嬉しくないだろうが。
とりあえず着替えが完了したのを見計らい、草間が椅子からがばりと立ち上がって大きく腕を横に凪いだ。
いざ出撃だ! ここは一発気合を入れて!
大きく息を吸い込み、草間が口を開いた。
「さあ行け! 探偵戦隊草間ファイ…」
「やっぱり、戦隊モノのリーダーっていったら赤ッスよねっ!」
気合を入れて吐いた草間の言葉は、あえなく龍之助の元気な声にさえぎられた。コントよろしくずっこける草間に誰も気づかず、龍之助の方を胡乱げに見やる。
「なんで赤がリーダーって決まってんだよ」
暁文が思い切り眉宇を寄せて問う。
「俺はお前みたいな子供の言うこと聞く気はないぞ」
珪の着替えの時の結束はどこへやら。
珪も、じろりと不機嫌そうに龍之助を見やった。
「そうだよ。オレとカレー食べ比べして勝てたら認めてやってもいいけど」
「なんでカレーの食い比べなんだ?」
暁文が怪訝そうに問いかけた。はた、と珪が目を瞬かせる。
「え? ……いや、なんか急にそんな気になった。カレー食べたいなぁって」
どうやらすでに珪は「戦隊モノの黄色」の宿命(?)である「カレー好き」に目覚めつつあるらしい。なんだか無性にめらめらとカレーを食いたくなって、珪はお腹を撫でた。さっき饅頭を食べたところだというのに、なぜこんなに腹がすくのだろう?
そんな、首を傾げている珪の横から、白鬼が脱いだ僧衣をきちんとたたみながらしれっと言った。
「表向きのリーダーは赤でも、影のリーダーはレッドのライバルのブルーだったりするんだけどな」
「いいやっ、リーダーは絶対レッドっスよ!!」
「だから認めて欲しかったらオレとカレーの食べ比べを」
「え〜? さっき饅頭食ったとこじゃないッスか」
「全員でカレーの食べ比べするのか?」
「俺は表のリーダーには興味ないから不参加。裏から仕切るのもそれなりに面白いだろうしね」
「仕切るのって、草間の役目じゃないのか? アイツ、一応司令とかいう役なんだろ?」
「だったら草間さんにもカレーの食べ比べに参加してもらうしか!」
「っていうか今から出撃なのに食べ比べなんかしたらお腹いっぱいで後々動けないんじゃないっスか?」
「そんなヤワな胃袋なら戦隊モノなんかやめちまえっ」
「スカートはいててそんなこと言われてもなぁ」
「好きではいてるんじゃないっ!!」
「仕方ないね、やっぱりここは俺が陰からリーダーシップを」
「俺は一人で行動するほうがいい」
「やっぱり戦隊モノなんだからチームワークが必要っすよ! さっきのイエロー装着のときのような!」
そのとき。
じゃきん、と後ろで撃鉄を下ろすような不穏な音がした。はっと全員が草間の方を見る。
「ごちゃごちゃいっとらんで」
ずっこけから復活した草間のその手にあるのはサプマシンガン。キラーンと眼鏡の向こうの目が光ったかと思うと、彼はいきなりそれを全員の足元に向けて撃ち放った。
「さっさといかんかーいっ!!」
「うわーっ!!」
ダダダダダ、というすさまじい音を立てて鉛の弾丸を打ち出す銃。たまらず、その場にいた全員がメットを抱えて脱兎のごとく走り出して行った。
「……あの」
キィ、ときしんだ音を立てて、更衣室のドアが開いた。中からひょっこりと雛が顔を出す。やはり女の子、身支度には少し時間がかかったようである。
「みなさん、もう行ってしまわれたんですか?」
「え? あー連中、やる気満々なんだろうな、ははは」
明るく笑う草間に、雛もつられるようににこにこと笑って、ぺこりと頭を下げた。
「それでは、私も行ってまいります」
「おう、いってらっしゃい。気をつけてな」
ひらひらと手を振る草間を胡乱げに見てため息をついたのは、夜刀だった。穴だらけの床を見下ろして。
(何がやる気満々だ。銃ぶっ放して追い立てといてよく言うぜ)
「どうかしたの?」
(あ? いや、なんでもない。にしても似合うなぁ雛、そのピンクのスーツ)
「そう? うふふ、ありがとー」
(いやー…あ、雛、今のうちに草間殴っといたほうがいいかもしれないぞ)
「え? どうして?」
夜刀はそこで言葉を切った。すでに彼は、雛の憧れの君である珪の身になにがあったのか知っているのである。
けれど、あえてそれ以上何も言わないことにした。雛も、先に出て行った男連中を追うように駆け足で基地を出て行く。
ようやっと出撃していった連中を見送り、草間はどさりと椅子に腰を下ろして天井を見上げた。
「やれやれ…ホントに大丈夫なのかよ、あいつらは……」
言いながら煙草を灰皿に押し付け、よっこらしょと椅子から腰を上げる。
「さて、俺も行くか……」
さあゆけ僕らの、探偵戦隊草間ファイブ!!
物語はまだまだ続く!!
<第3話・秘密基地、潜入!!>
かくして、ついに積年のライバル(?)である探偵戦隊・草間ファイブと秘密結社アトラスの最後の戦いの火蓋が切って落とされた。
まあ、そこに至るまでには艱難辛苦、波瀾万丈、悲喜交々、焼肉定食の出来事とそれに付随するドラマがあったのだが、まともに説明していたらご飯前の十七時から一時間ずつ、七十二週分枠を取って放映しても終わらないので、この場では割愛させていただくとしよう。
伝書鳩についていた地図に従って草間ファイブ達がたどりついたのは、なんのことはない、いつもの「月刊アトラス」が入っているとある出版社のビルだった。
いや「ビルだったもの」と訂正したほうが良いのかもしれない。
外壁はアルミホイルのようにてかてか輝く鏡面張り。設計基準法を無視したようにビルはねじくれ、壁の中から触手のようは張りぼてが無数にあらわれツタのようにビルを覆っている。
窓枠にはバラの花が飾られている。
どんなに悪趣味なラブホテルだって、ここまでしないだろう?! という実に設計過剰、かつ美的感覚を疑いたくなるようなビルだった。
「うわー、編集長はりきってるなぁ! まるでラブホテルじゃん。……ラブホテル?! 俺と三下さんの愛の園?!」
くふふふふ、と自分で言った感想に自分で反応し、妄想をふくらませているのは言うまでもなくレッド・龍之助だ。
「ふ、不潔です!」
危険な十八禁の妄想を毒々しいピンク色のハートにしてあたりにばらまく龍之助をにらみつけ、顔を真っ赤に染めて反論する少女は純情可憐なピンク・雛だ。
「ちくしょー、何が最近はイエローもスカートだ! 草間のクソオヤジ!」
とぼやきながら、雛と色違いのコスチュームの裾――スカートを気にしてるのは、イエロー・珪。
「帰りたくなってきたぜ」
「まあまあ、そう言わないで楽しもうじゃないか」
心底嫌そうな顔をして渋々ついてきているのはブラック・暁文。その暁文をなだめつつ、かなりこの状況を楽しんでいるのはブルー・白鬼だった。
はっきり言って、ここまで協調性も友情も無い戦隊も珍しいのではなかろうか。それとも危機になれば正義の味方らしく一致団結するというのか?
ともあれ素早く中へと入る。そして、普段ならなかなか可愛らしい受付嬢がにっこり笑って迎えてくれる玄関ホールへとたどり着いた。
その時。
「おい、何か出てきたぞ」
それぞれ好き勝手に、気の赴くままに行動していた探偵戦隊草間ファイブのメンツが、暁文もといブラックの言葉に誘われ、ホールの中央にある階段に顔を向けた。
と、現れたのは、お約束の秘密結社の戦闘隊員たちだ。月刊アトラスの編集部員が続々と二階から中央階段を下りてくる!
その顔色は一様に不健康極まりなく青白く、シャツはよれよれ、ネクタイはちょっとした弾みで解けてしまいそうなほどにゆるめられている。
片手には真っ白な原稿用紙、片手には修正用の赤ペン(もしくは写真のネガ)をもち、胸ポケットにはサラリーマン御用達のリゲ○ンの小瓶とストローが入ってる。栄養補給のためだろうか。
よれよれのシャツの背中には「二十四時間戦えますか?」「注意一秒誤字一生」「〆切破りは人に非ず」「夏コミ取れた?」などが、毛筆で豪快に書き抜いてある。
こんなに人数がいるなら草間から原稿取らんでもええんちゃうんか? と言いたくなるくらい、わらわらと次々ありんこの如くわいて出てくる。いったいこれだけの人数がこのビルのどこに収容されていたのだろうか?
「ヒィ!」
「ヒィイ!」
などと考えている間に、彼らはお約束の奇声をあげながら一斉に草間ファイブに襲い掛かってくる!!
「うわ」
「きゃっ!」
「なんじゃこりゃー!!!」
「か、数が多すぎる!」
珪、雛、暁文、白鬼が同タイミングで叫ぶ。
栄養失調・寝不足・しかも妙にハイテンションになっている編集部員に囲まれては、戦う以前の問題だ。怖い。怖すぎる。
「原稿、下さいよ〜。泣き落としは駄目ですからね〜」
「何か書いてよ、三枚でいいからさ!」
「ささ、このライター契約書にサインを! サインを!」
「えー、おせんにキャラメル、おせんにキャラメル如何ですか?!」
「アナータハ、神ヲ信ジマスカー?」
「ええい、もってけ泥棒! べらんめぇ!」
赤ペンを持つ手を勇ましく振り回す者、携帯電話で原稿を取り立てる者、契約を迫る者、果てには押し売りに、宗教勧誘。フランクフルトの屋台出店に金魚すくい。バナナのたたき売りをやっている者までいる。
いくら夢とはいえ、ここまでくると訳のわからない恐ろしさがある!
「やっ、触らないで!」
一体何処を触ったのか、編集部員の一人が雛の平手打ちをモロに食らい、鼻血を拭いて飛んでいく。
「きりがないね!」
何人目かの編集部員の首筋に鋭い手刀をたたき込みながら白鬼が悲鳴を上げた。
流石にヒーローといえど、数の暴力にはまけるのか?! 危うし草間ファイブ! 絶体絶命!
まさにそう思ったところに。
「――ところで、みなさんご自分の原稿お書きになりました? 〆切今日ですけど」
にこにこと、レッド・龍之助の悪意のないのほほんとした、けれどもとてつもなく恐ろしい言葉が放たれた。
「ヒィイイイイイ!」
それを耳にした瞬間、狂ったように意味不明の行動を取っていた編集部員達は一斉に頭をかかえてドミノの様に倒れていく!
恐るべし龍之助。そして、恐るべし〆切!
アトラスの実状を知るアルバイターだからこそ使える最終兵器! まさに言葉の暴力とはこのことか!?
切実かつ、冷酷なこの一言に勝てる編集部員がいるだろうか?!
次々にうめきながら倒れていく編集部員達。胸ポケットの「黄色と黒は勇気のしるし」というキャッチコピーのリゲ○ンを補給する暇もない。勇気を補給して立ち上がるものは誰一人としていない。
何とか原稿を奪おうとへばりついてくる編集部員を、スカートを押さえながら蹴り飛ばすという器用な戦い方をしていた珪が、ふと階段の上を見ながらつぶやいた。
「あれ……」
そこには。
「やるじゃぁないか。編集部員達を全員倒すだなんて」
ぺろ、と派手に赤い唇をなめながら階段の上の女性が毒々しく嗤う。
ひだのついた白いシャツの下で、豊かな胸が笑いに合わせ小さく揺れた。そして黒いサテンに金糸で刺繍を施したコートに、つばが広く大きな羽を飾った黒帽子を被ったその姿は、彼女の秀麗な顔の半面を隠す黒ガラスの眼帯と相まって、彼女をまるで中世の海賊のように見せていた。
「でも、通す訳にはいかないねぇ」
言いながら大儀そうに両手を肩の高さまで持ち上げ、ゆっくりと頭を振る。髪が肩口で揺れた。
完全に小馬鹿に仕切った彼女の「お手上げ」ポーズだ。言っていることとやっていることはまったく逆のものを示している。
「お前は!」
白鬼がよく通る低い声でお約束のセリフを放った。
「フッ、あたしは帝国一の太刀! 女海賊のサイデル様さ!!」
堂々とした態度で、階段の上から草間ファイブを隻眼でにらんで叫ぶ。
見事すぎる悪役の演技。そして張り詰める緊迫感。
(こ、これぞ戦隊モノ! これぞヒーロー!)
じいん、とヒーロー願望がある珪と白鬼が激しく感動してる横で、つまらなさげに暁文がタンッと床を蹴った。
「ザコは頼む……と、言いたい所だが」
もう一度床を軽く蹴る。と、不意に暁文の姿が消え、次の瞬間、ふっとサイデルの目の前に現れた!
ブラックの特技・瞬間移動だ!
「駄目と言われるとやりたくなるのが俺の性分なんでな! あんたにゃ悪いがお命頂戴だ!」
両脇に下げていた黒い銃をホルスターから引き抜き、サイデルに突きつける。が、サイデルはわずかに身体を動かしただけで暁文の弾丸をあっさりと避る。
にや、と口の端をわずかに引き上げて暁文が笑った。
「……あんたも諦めがわるいな。夢の中なんだからさっさと死んで、さっさとこの馬鹿げた状況から出たいとは思わないのか?」
サイデルがこの世で最後に目にするであろうそれは、悪人がよく浮かべるような暗い笑みだった。
が。
「あいにくと、たとえ夢でもてめぇ何かにやられる気はないね」
ひゅん、と切っ先を唸らせながらサイデルが剣を暁文に振り下ろした!
間一髪で、銃を交差させ、その谷間で剣を受け止める。
サイデルの真紅の瞳と暁文の黒の瞳に、冷たく鋭い明確な殺気が宿った。
「よーし、良いだろう。ここは俺に! このブラックにまかせておけ!」
「…………」
……おまえ、さっき日本人の考えることがわからん、とか言ってなかったか?
と、残り四人のメンバーが唖然と口を開けて暁文を見やる。
どうやらこの馬鹿げた「夢」は時間と共にメンバーの精神に働きかけ「その気」にさせてしまうようだ。
当然他の四人も「……あの、もしもし?」と言いたい気持ちだったのだが、次に取った行動は――。
「よし、任せたぞブラック!」
「死なないでね! ブラック!」
「お前の勇気、忘れないぞブラック!」
「ブラック! 星とともに永遠に!」
それぞれに叫びながらサイデルの横を駆け抜ける、というものだった。
(――ていうか、まだ俺は生きてるぞ! 星と共に永遠にって何だ! 誰がいいやがった!!)
と暁文が仲間の背中を一瞬みる暇があるかないか。
空気を切る音がして鋭い何かが腕を引き裂き、血液の珠が空中に散った。
「ほら、坊や。よそ見してる暇があるのかね! あんたの敵はあたしだよ!!!」
黒猫のようにしなやかに動き、瞳を勝利の星・火星の様に輝かせながらサイデルがレイピアの切っ先で空中に円を描く。
「いわれなくても、嫌というほど泣かせてやるよ、黒猫ちゃん」
ぺっと唾を吐き捨て、右手に持った銃の口を天井に向け、そしてトリガーに添えた指に力を込めた。
ゴォン、と遠雷のような轟音がホールに響き渡る。
撃ち放たれた弾丸は天井を飾るシャンデリアの鎖に当たった。鎖は簡単に弾け飛び、重力の法則に沿って床に落ちてガラスが砕け散った。
――それが死闘の始まりだった。
<第4話・中華戦士ブラックvs女海賊>
――で。
アトラスのある出版社ビルのロビーは、暁文とサイデルの放つ殺気で張りつめていた。
もしもこの場に日本絵師がいたならば、二人の背後に威嚇しあう獅子と龍、そして荒れ狂う波を書き込んだ事だろう。
「さあて、どういう風に料理してあげようかねぇ。焼いて良し、煮ても良さそうだねぇ」
「そうだな。味付けは四川風か、ちょっと洒落てケチャップか」
「仕上げはバジルをちぎって散らして」
「ぐつぐつ煮込んでフォンドボー」
「鰹節の量は、普通の4倍でたっぷりと」
「器は……違うだろ、オイ」
怪しげな笑いを漏らしながら相手についての料理法を語っていたサイデルと暁文は、はたと我に返ってお互いの武器を構えなおした。
流石におバカな夢の中。やはり現実とは微妙に感覚がズレているらしい。
「そうだねぇ、まずは材料を切るところから始めないとねっ! 喰らえ! レイピアストーム!」
叫ぶや否や、サイデルはレイピアを素早く連続して突き出してきた!
「のわっ!」
銃を構える余裕さえ与えてくれないサイデルの怒涛の攻撃を、ギリギリのところで避けながら暁文はじりじりと後ずさる。
「ほらほら後が無いよ! エスト、エスト、エスト!」
嬉々として目を獰猛に煌かせて叫びながら、レイピアの鋭い切っ先で暁文を追いつめていく。あっというまに暁文は通路の隅に追いやられた。
「くっ」
背中を壁に打ち付け、これ以上退路がないことを悟ると、暁文は切れ長の目でサイデルの赤い眼を睨んだ。
「さぁ。どう刻んであげようか、千切りかそれとも三枚におろそうか? すっかりまな板の上の鯛だねぇ」
「それを言うなら「鯉」だろ?」
いっぱいいっぱいの状況から生み出される暁文のツッコミも、勝利を確信し余裕たっぷりのサイデルには通用しない。
クックックッと喉を鳴らしながら、サイデルはレイピアの切っ先で暁文の喉元を何度もなでてくる。その切っ先のなでた場所に、小さな血の玉がぽつぽつと浮かび上がった。
危うし暁文。正義はここまでか?!
が。
いきなり暁文は自分の喉が傷つくことも意に介せず、顔をそむけて、サイデルに向けて唇を歪めて嘲笑を浮かべてみせた。
「は、甘いな。正義は追いつめられることはあっても、しとめられることは無いんだぜ?」
現実世界では警察のご厄介になるほどの「悪役」が何を言うかという感じではあるが、夢の影響か、今の暁文の心はすっかり正義の炎で占められていた。悪の心などそこには微塵もない!
「見せてやる! 中国三千年の秘技! ブラックスーパーイリュージョォオオン!」
なんだか妙に間抜けな技名を本気で叫ぶと、次の瞬間、姿が空気に溶け込んだかのようにサイデルの視界から消えた!
はっとサイデルが息を呑む。
その間に、暁文はテレポート能力によって、サイデルから遠く離れた階段の真ん中に自らの体を一瞬にして移動させていた。
喉の血を親指の先で拭い取り、ゆっくりと余裕げに暁文は両手の銃を構えた。
狙うは、サイデルの眉間。
「チェックメイトってやつだ。観念しな!」
「そうは行かないね!」
暁文が引き金を引くと同時に、サイデルは弾道を避けるように横っ飛びに廊下を転がり、階段の脇にたどり着くと、そこにあった小さなだるま像をポチッと押した!
その瞬間。
どこからともなく乾いた木が打ちならされる音がして、階段の段ががっくんとへっこみ、傾斜45度の坂道へ変わる。
「ああっ?! 池田屋階段落ちィ?!」
そのギャグ名を高らかに叫んだ瞬間、暁文は情けなくもとっとっとっとたたらを踏み、元々階段であった坂道をずさーっと滑り落ち、したたかに鼻を打った。鼻血が出なかったのが、不幸中の幸いである。
が。
「ああ、姉さん、姉さん。俺はここまでしかこれない男だったのか……」
やられたギャグに耐え切れなかったのか(むろんそうではなく、夢の影響だ)、暁文は勝手に自分の家系図を書き換え、どこぞのヒーローのように生き別れの姉を想って床を弱々しく拳で叩いた。
今、暁文の脳裏をのぞき見ることができたのならば、満点の星が瞬く夜空に、何故か銀色の仮面で顔を隠した赤い癖っ毛の女がぼやんと浮かんでいるのが見えたことだろう!
(暁文、コスモだ、お前の中の小宇宙を燃え上がらせるんだ!)
赤い癖っ毛の女が紡ぐ、エコーが三倍はかかったやたらと聞き難い声が、暁文の頭の中に響き渡る。
(そうだ、小宇宙(コスモ)だ!)
某アニメで使い古された言葉を胸の中で繰り返しながら、暁文は顔をあげて立ち上がり、体にコスモ――もとい、闘気をみなぎらせ始めた!
陽炎のように黒いオーラが暁文を炎のように包む!
そう、彼は聖なる闘士――もとい、正義の味方の底力に目覚めたのだ!
それを見たサイデルは息をのみ、その気迫に恐れるようにわずかに後ずさった。
「まさか!? 草間ブラックから こんなにも巨大なコスモを感じるとは……!!」
サイデルがあまりの気迫にうろたえた瞬間、何を考えているのか暁文は渾身の力をもって階段だった坂を駆け上り始めた!
「くっ、もう一度喰らえ! 池田屋階段落ち!!!」
苦し紛れに叫びながら、サイデルがもう一度階段の上のだるまをポチリと押す。
だがしかし、悲しいかな、池田屋階段落ちは「必殺技」である。
必殺、それすなわち、二度目はない、という事だ!!
「草間ファイブには同じ技は二度と通用せん!! いまやこれは常識!!」
こめかみ辺りの血管を浮き上がらせながら、傾斜45度の坂を暁文は一気に駆け上がった。
「俺は奇跡をおこす!!」
というか無駄な体力使わずテレポートしろよ、というツッコミを入れたくなるのだが、それはさておき、暁文は坂を上りきり、サイデルに向けて再び銃を構えた。
「うけよ! 草間ブラック最奥義! ブラック・アイアン・スプリッド!!!」
技名はなんだか格好いい気がするが、直訳してもしなくてもその技は実のところタダの「銃の弾」である。
しかしそれが銃から撃ち出され、しかも見事心臓の中心に当たったなら、ただの銃の弾でも十分な必殺技だ。その致死率、そして暁文の腕の正確さについては語るまでもないだろう。
「あぁああああ!」
悲鳴と赤い血と、どこから散ってきたのかわからないバラの花びらを空中に振りまきながら、体を回転させてサイデルは吹き飛び、どさりと鈍い音を立てて床に崩れ落ちた。
流れ出した真紅の血が、ゆっくりと絨毯の上に染みを作っていく。
「ふ、見事だ。私を倒すとは」
床の上でうずくまりながら、サイデルが途切れ途切れにつぶやいた。
彼女は血の流れ出る胸を片手で押さえながら、逆の手でポケットから小さな赤い宝玉を出して、目の前にかざす。
妙なその動きに、罠かと一瞬体を強ばらせた暁文の背後で、その時、石がきしむような耳障りな音が上がった。
思わず振り向いた瞬間、壁の一部がぼこりと砲撃でも食らったように崩れて、もうもうとした砂埃が立ち上がる。
咳き込みつつも、目を細めながら徐々に薄れていく砂煙の中を見る。
そこには細く薄暗い通路が、さながら地獄の一丁目への道のように延びていた。
「こ、これは……」
「ふ、アトラス帝国の女帝・麗香の玉座への隠し通路さ」
吐き捨てるようなその声は、震えていたけれど、美しく優しげでもあった。ふっとサイデルが笑う。
その様に。
「何故だ……何故、お前達の主を裏切るまねをする!」
感極まった声で暁文が叫んだ。サイデルはかすかに目を細め、ゆっくりと唇を動かし、途切れ途切れに声をつむいだ。
「フッ、わたしも信じてみる気になったからさ……お前のいう正義というものを……だがすこし遅すぎたかな……」
それだけを言い終えると、がくりと腕が落ちた。その隻眼も閉ざされる。
「サイデル……お前の最後の正義。確かにこの張暁文が受け取った!」
すっかり「正義のヒーロー病」に感染した暁文が、強く拳を握りしめて瞳に正義の炎をメラメラと燃やす!
「まっていろよ! 女帝麗香!!」
怒りに任せて叫ぶと、暁文はサイデルの亡骸をその場に残し、秘密通路へ向かって駆け出した。
決して後ろは振り返らない。それこそが、道を開いてくれたサイデルへの最大の返礼だと思いながら。
これぞ敵と味方を越えた友情。素晴らしいではないか!
戦いを越えてつながる信頼! 熱き友情! その友の死に燃える、正義の戦士!!
眠るサイデルの頭上に、輝かしき光の天使達を! 天国への扉が開かれんことを!
そして、草間ブラック・暁文の突き進む道に、勝利の光を!!
<第5話・悲しみのブラック!!>
「楽勝楽勝」
さっきまでサイデルと苦闘を演じていたことをもう忘れたのか、スキップしないのが不思議なほどの軽やかな足取りで、暁文は暗く狭い通路を歩いていた。
「あとは女帝の麗香? だっけか? をしとめればこのアホな夢も終劇って事だな」
首と腕を回して、関節をコキコキと鳴らしながら暁文はひとりごちた。戦闘前の肩ならし、というやつである。もちろんやる気は十分だった。
間もなく通路は終わり、すこし開けた場所へたどり着いた。
周囲は少し薄暗いが、右手には長い触手と筒のような口を持つオレンジ色の宇宙人の銅像が、そして左手にはやたらと頭がでかい銀色の宇宙人の銅像が、安っぽい、いかにもつくりもの、といった玉座までずらりと続いている。なんだか妙に圧巻だ。
さらに、床の絨毯の模様はナスカの地上絵で、玉座の後ろにはスフィンクスの張りぼてが配置されている。あっちやこっちに点在するのは、ピラミッドとギリシャ風の神殿の模型。天井からぶらりと垂れ下がているのはショボいUFOのプラモデル。
そしてそのガラクタ以外の何物でもない飾りの合間には真紅のバラが敷き詰められていた。
(……趣味が統一されているっつーか、悪趣味っつーか)
頭痛を覚えるその頭を抱えるようにして、きょろきょろと左右を見渡す。
その時だ。
「よくぞここまでたどり着いた!」
広間に、女の声が響いた。
それこそがこのアトラス帝国の女帝・麗香であった。ゆったりと玉座に腰を下ろし、暁文を眺めていたが、その黒レザーのレオタードから伸びたすらりとした足をこれ見よがしに組み替えて、余裕げに口を開いた。
「しかしここが、お前の墓……えっ?」
「残念、ここは俺じゃなくて、あんたの墓場だよ」
紡がれかけた相手の口上をまったくもって無視して、特殊能力のテレポートでさっさと麗香の背後に回り込んだ暁文は、真の相棒である黒く冷たい鉄の塊――拳銃を、彼女の頭にごりっと押しつけた。
「女相手に手荒な事は苦手だが、まあ、夢の中だ。死んでも支障はないだろう……多分」
「ちょ、ちょっと、何、この展開! 台本にないわよ!」
焦った麗香が慌てた調子で玉座から立ち上がる。しかし、暁文の銃口は彼女の動きを完璧にトレースした。黒い口はきっちりと麗香の頭を狙ったままである。
「人生には台本が無いんだぜ?」
その予想だにしなかった突然の展開に驚いたのは、麗香だけではなかった。
麗香を取り囲むようにして聞き分けのいい子供のようにきっちりと体育座りをしていた編集部員――もとい戦闘隊員達が、ヒィーと、情けない声を出してぱっと麗香と暁文のそばから離れ、宇宙人の銅像の影に隠れた。もちろん、自分への被害を恐れての行動である。……単にパニック体質なだけかもしれないが。
「おい、おまえら! こいつの命が惜しかったら、降参しろ!」
銃口を麗香の頭に押し付けたまま、さらに念入りに、体の自由を奪うために彼女の腰に手を回し自分の方へと抱き寄せる。
これではまるで銀行強盗かギャングだ。とても正義の味方とは思えない。というより、どちらが悪役かわからないではないか!
「ヒィー!」
「ヒィイイイーー!」
悲鳴なのか奇声なのかわからない声を口々に上げながら、戦闘隊員たちがどうしていいのかわからずに右に左にうろうろと歩き回る。同じ顔つき、同じ格好をした連中が為す術も、そしてまったく意味もないままに動き回る様は、見ているだけでかなり目障りだ。
「ええい! 動くな! 目障りすぎる! おとなしくしろ! 動いたらこいつの命はないぞ!」
と、暁文がヒィーヒィーという意味のわからない叫びに負けないような大声で叫ぶが、パニックに陥った連中にはそんなもの全く聞こえてはいないようだ。
その鬱陶しさに耐えられなくなり、暁文が腕の中にいる麗香に言った。
「おい、お前、こいつらの上司だろう! 何とか言っておとなしくさせろ」
「ええっ?! 無理よ。彼らは既に「〆切混乱症候群」にかかってるわ。入校が終わるまではもう誰にも止められないわ」
「……王蠱(オーム)の群かよ。ったく」
哈日族、もっとわかりやすく言えば「オタク」ではないはずなのに、日本のアニメに詳しいとしか思えないそんなマニアックなツッコミをいれつつ、暁文は鋭く舌打ちした。
そんな暁文に。
「あのー、それで、やっぱり私殺されるのかしら?」
おずおずと、麗香は背後に立つ暁文をちらりと左肩越しに盗み見た。
「うん? そうだなぁ。あんたが死ねば一応終わるだろうし……。残り時間も後わずかだしな」
そのわりに妙にのんびりした口調で返しながら、暁文は麗香を見た。
と。
その瞬間、暁文はハッと息をとめた。ビシリと背筋に電撃が走り、どこかでリーンゴーンと教会の鐘が鳴り響く音が聞こえたような気がした。
(なんだ、なんだ? この麗香とかいう女)
黒いレザーのレオタードなどという、珍妙なことこの上ないSMの女王様のような格好をしているが、よくよく見たら結構こいつ、かなりいい女ではないか!
大人の女性らしい、しっとりとした肌。
知的な女らしく綺麗にまとめ上げた髪に、洞察力を感じさせる深い色をたたえた瞳。少しずれた眼鏡は、まるで少女のようなかわいらしさを上乗せしており、さらに左肩越しに暁文を見ているため、何とも色っぽい流し目になっていた。
自分の人生が変わる瞬間を把握できる人間は、そう多くはないものだ。
だが、幸か不幸か暁文は自分の運命が変わるその瞬間を感じ取ることができたのである!
一目合ったその日から、恋の花咲く事もある、と言っていたのは誰だっただろうか?
いや、もはやそんなことはどうでもいいこと。
張暁文が今、まさにこの瞬間、そんな恋に落ちたことが最も重要かつ難解な問題なのである!
そして、これもまた恋の神様の悪戯か粋な計らいか、麗香もまた、その暁文の強引さと切れ長の眼差し、そしてその眼差しをも含めたなかなかいい男っぷりに、見事に一目惚れしてしまったのだ!
しかし、運命とはかくも残酷で、そして皮肉なものである。
そう、彼らは敵同士なのだ! 誰がなんと言おうと、敵同士なのである!
例えるなら、水と油! ハブとマングース!!
決して交わることのない平行線のように、戦い続けてきた宿敵(夢の中でそうなっているだけで別に長い歴史を経て戦っているわけじゃないだろうというツッコミは容赦なく却下とする)と、よりにもよって恋に落ちてしまうとはどういうことなのだ!?
だかそんな外部のツッコミなど、当の二人の間にはまったくもって聞こえない。
二人の薔薇とスミレとチューリップとひまわりが咲き乱れ、鶴と亀が空を飛び、松竹梅と三つ揃い。結婚式のお色直しは三回(二回では少ないし、四回はちょっと「四」という数字が縁起悪い)、小さな庭をもつ赤い屋根の家(小さくてもいい。一戸建てならばそれでいい)、そこで一女一男をもうけ(一姫二太郎というからにはやはり、まずは娘からだ)、そして朝の出勤時の「いってきます」のキスはかかさない(ラブラブだったらそれはごくあたりまえの挨拶!)。
――などという、小市民かつ典型的な幸せの未来予想図を、たった〇.五秒の内に、まったく二人同時に頭の中で描いたのだ。恐るべきシンクロ率である。
「暁文様、貴方はどうして草間ブラックなの!」
頬を薄紅色に上気させながら、麗香が苦しい胸の内を吐露するように叫んだ。答えるように暁文も叫ぶ。
「ああ、麗香、あんたはどうしてアトラスの女帝なんだ!」
ああ、今だけは、この世界は二人のためだけに!
……という感じの恥ずかしすぎるセリフに、わらわらと動き回っていた戦闘隊員たちが一斉にずさーっと腕を伸ばして片足を上げてずっこけた。
そんな周囲の状況すら気にせず、さらに暁文が叫ぶ。
「原稿は渡してもいい。が、アンタを離す気はない!」
……もしこの場に草間ファイブの司令官である草間武彦がいたら、超特大ハリセンでもって思いっきり暁文の頭をぶっ叩いていたことだろう。もしくは懐かしのゴムパッチンの刑か。
だが、その時の暁文は。
(大体、草間のヤローの汚い字がのたくった紙切れに、どれほどの価値があるってんだ。どーせ俺には関係ないし。誰かが適当に解決してくれるだろう)
などと勝手に決めつけ、自分は自分なりにこの夢の世界を楽しんでしまおうと考えていた。
(夢は夢、現実は現実。ま、得するにこした事はないってな)
シュッと素早く銃をホルスターに戻し、優雅な動きでダンスへ導くように麗香の体の向きを変えさせた。
そして、その細い腰に手を回したかと思いきや、暁文はあっという間に麗香の唇を自分の唇で塞いでいた。濃厚な口付けに、戦闘員たちも思わず頬を赤らめて恥らうように目を逸らしてしまう。……意外とシャイなのか戦闘員?
だが、しかし!
敵と恋に落ちるというこの状況こそが、あらかじめ定められたシナリオだとしたら!?
そして許されない恋は、必ず悲惨な最期を迎えると決まっているのだ!
そうでなければ独り者の、激しく寂しい思いをしている者たちが、木製バットと抗議文の束を携え、暴徒と化してTV局へ殴り込んでくるというものだ! そうそう都合よくいくものか! と。
よって、この暁文と麗香の二人ももちろん、例外ではない。
二人が愛に目覚めてから、きっかり六〇秒後。
突如として異変が起きた。
それまでオブジェとして玉座にからみついていたなんの変哲もない龍が、きらりと赤い瞳をきらめかせたかと思うとあっというまに女の姿へ――そう、サイデル・ウェルヴァへと姿を変えたのだ!
死んだはずのサイデルが、どうしてここに現れるのか?!
それは、先刻のサイデルの死が「お芝居だったから」だ。
サイデルは、暁文に撃たれた場所にきっちりと特殊な防弾シートを仕込んでおいたのである!
そして流れた血は、ゴム袋に詰めていた鶏の血。サイデル自身の血は一滴たりとも流されてはいなかったのだ!
元々女優で、しかも悪役専門のサイデルにとっては、死んだ真似は呼吸をするより簡単な事。そしてこの馬鹿げた夢が暁文に「正義のヒーロー」的な思いを強いるということも、サイデルの死が偽りのものだったということを気づかせなかった原因の一つである。。
歌舞伎町などの危険な闇を駆け抜けて生き抜いてきた流氓の暁文も、「正義の味方たれ」という心理的作用を受けたが為に「ウソついてはいけません。人をうたがってはいけません」という無意識下の意識に引っ張られてしまったのだ。
だから、「サイデルも嘘はつかないだろう」。そして「サイデルが嘘をついていると疑ってはいけない」という具合に、正義的思考回路が勝手に働いてしまったのである。
その結果、こうしてサイデルは華麗に復活を果たすに至ったのである!
はっとその異変に気づき、暁文が麗香をかばおうとした。だが、麗香も暁文もお互いをしっかり抱きしめていたため、動きをとるのが遅れてしまった!
……運命の、皮肉なることまさに歴史が示すとおり。
銀色の三日月のように湾曲したナイフがサイデルの手に現れたかと思うと、次の瞬間。
研ぎ澄まされた刃が、麗香の白いうなじを刺し貫いていた。
ごぽりと音を立てて、喉から唇に逆流する麗香の真紅の血液。
そっと、その赤く濡れた唇で、麗香は暁文の唇に触れた。
が、次の瞬間にはもう力が入らずにずるりと腕から滑り落ちようとする麗香の細い体を抱き留めながら、暁文は麗香の血に濡れた唇をきつく噛んだ。鉄の味が口の中に広がる。
「てめぇ……死んだんじゃなかったのか!」
「あいにくと、女優と政治家は死んだふりが得意なのさ」
けろりとした顔で、悪びれもなくサイデルは肩をすくめて言いながら、血に染まったナイフを指先でくるくる回して弄ぶ。
「ふっ、甘いね。あれくらいであたしがやられたとでも?」
サイデルのその言葉に、悔しげに暁文は頷いた。
確かに完全にこいつが死んでいるかどうかを確認しなかったのは、自分のミスだ。いくら正義の思考に捕らわれていたからとはいえ、甘かったというしかない。
だがしかし。しかし、だ。
一体、倒した敵の脈をとり、瞳孔が開ききっているかどうかを確認する正義の味方がどこにいるというんだ?!
そんな言い訳を頭の中で描く暁文の体に満ちていた力が、愛する人を亡くしたその喪失感で一気に萎えていく。それを見て、サイデルが低く笑った。
「くくくく、ずいぶんと消耗してる見たいじゃないか」
「…………」
「ざまあ無いねえ、悪はやられるのが筋だろう? あたしはスポンサ−の味方でねえ。油断したあんたが悪いのさ。まあ報酬分はここまで、後はせいぜい頑張りな」
麗香に向けて冷めた言葉を吐き捨て、ナイフを床に投げ捨ると、サイデルは暁文に背中を向けて玉座を離れる。それは、暁文がもう動けないということを理解してのことだった。
カラン、と乾いた音がしてナイフが床の上に落ちる。
暁文は、腕の中で体温を失っていく麗香をじっと見つめた。うっすらと麗香も目を開け、暁文を見る。けれども、もう目が見えていないのか、その視点は合っていなかった。
「暁文……」
「もういい、しゃべるな!」
お約束すぎる台詞を叫ぶ。何とかしなければ、と思う心とは裏腹に、どうすることもできないという無力感がじわじわと胸を占めていく。
その腕の中で、麗香は脆く儚い、けれどもこの上もなく美しい微笑みを浮かべた。
最後の、持てる力を振り絞って。
「もし、願いが叶うなら……今度は……敵としてではなく……味方として出会いた……い……」
「麗香ぁああぁあああ!!!!」
悲哀に満ちた絶叫が広間に響き渡った。最愛の人を支える腕が怒りに震える。
「サイデル! お前だけはゆるさねぇ!!」
愛しい人の亡骸を腕に抱きしめたまま、暁文は奥歯を強く噛みしめて顔を上げた。
そして意を決したように麗香の手を握りしめ、サイデルの方に向かって重ねた二人の拳を突き出した!
「二人の拳が真っ赤に燃えるっ、幸せ掴めと、轟き叫ぶ!!!」
「な、何?! その技はっ!」
紡がれた言葉に驚き、背を向けたままだったサイデルが振り向いたその瞬間!
暁文が、すべての力を込めて吠えた!!
「爆裂チャイニーズラブラブフィンガーぁあああ…………あ?」
気合を込めたそのセリフが、途中で思いっきり間抜けな声へと変換されたのは、広間に響き渡った奇妙な――けれども、もっともこの場に似つかわしいと思われるセリフが、暁文のセリフよりも強い響きでもって放たれたからである。
<第6話・さようなら、草間ファイブ!>
「カット、カット、カァーーーット」
デカく、そして熱い怒りが込められた男の声が聞こえた瞬間、どこかから大きなモーター音がして周囲の建物や風景が地面や壁の中に収納されはじめた。まるで蜃気楼のようにさらさらと消えていくものもある。
「困るねぇ、困るんだよ。そこはもっと情感を込めて、こうっ! こうっ!」
などと、ぶんぶんと激しくメガホンを振り回して叫びながら、スキンヘッドにサングラスという怪しげな風体の男が、地平線の彼方からこちらに駆け寄ってくるのが見えた。
「へ?」
「ほえ?」
「うにゃ?」
まだ状況がうまく呑み込めない者たちが、奇声を口々に発してから、一斉にその駆け寄ってくる怪しげな男を見てはっと我に返ったように声を上げた。
「内海監督?!」
そう、それはちまたで高視聴率ドラマといわれる『レンゾク』や『あぶれる刑事』などの監督として有名な、あの内海良司その人である!
「おや、やっとプロデューサーのおでましかい?」
まったく驚きもしていないそのサイデルの言葉に、暁文がバッとそちらに顔を向けて聞き返した。
「プロデューサーだと?」
「あ、そういえばバクさんが「これは誰かの夢の中」みたいな事言ってましたっ」
(……忘れていたのか、雛)
「だってだってっ!」
夜刀のツッコミに慌てて言い訳をする雛だが、忘れていたのはおそらく、彼女だけではない。
この場にいるサイデル以外の全員が、この夢に影響されて「ヒーロー」や「悪役」を演じるのに夢中だったのだから。
その時。
「うん、そうだよ。この間のエイプリールフールに、夢の中で遊んでくれたお礼に「見たい夢を見させてあげる」って約束したんだもん」
やたらと間延びした声が上がった。はっと、全員がそろって声の主の方へと顔を向ける。
そこにいたのは、白と黒の毛をもつ変な動物だった。
アレである。草間ファイブの基地で見た、ばくの子供だった。
「そしたら、おじちゃんの妄想の力が強すぎて、ぼく、制御しきれなくて、みんな巻き込んじゃった」
ごめんねっv
くるりと愛くるしい目をきらきらさせて、許しを請うように首を傾げる。
が。
次の瞬間、どかっ! という鈍い音がしたかと思うと、ぬいぐるみのようなその体が宙を舞っていた。
「あーれー!」
バクにむかって、サッカー選手もかくやの見事なシュートキックを見せたのは、けっこうノリノリでやっていた暁文だった。飛んでいくばくの行方を見守りもせず、短く舌打ちする。
「ちっ、全く手間かけさせやがって」
「あら、そう? 私は珪くんとスキンシップ出来て楽しかったわ」
妖艶な笑みをたたえながら、響が流し目でイエロー、もとい珪を見つめた。
「ふとももも堪能できたし!」
「不潔ですっ!」
その横から、雛が響と珪を上目遣いに睨みつける。それに珪が慌てて力説した。
「俺は好きで触らせたんじゃないっ!」
「九夏さんがそんな人だったなんてっ。雛は悲しいですっ!」
「違うーっ!」
「……うう、叫ぶのはやめてくれないかな……二日酔いに響くんだ」
若い二人の元気な声に、苦しげにふらふらして訴えたのは白鬼だ。天禪将軍との勝負「飲み比べ」の影響で、二日酔い状態に陥っているらしい。顔が蒼白だ。
「ふん、青いな! 漢(おとこ)たるもの、酒の一升や二升あけられんでどうする! 武将の名が泣くぞ!」
「俺は僧籍なんだ〜」
などと言い訳するも、天禪のスリーパーホールドで首をしめ上げられ、「ギブギブッ」の声も虚しくまたしてもその場にノックダウンさせられる。
そして間抜け怪獣ミノシターンも、強く強く龍之助に抱きすくめられていた。
「わああああ。離してくださいっお願いしますぅうう!」
「俺の愛で人間に戻ってください!」
ハートマークをバンバンと飛ばしながら抱きつく龍之助から逃げようと、三下が足をうねうねと動かす。
その足の動く様を見て奏太が不敵な笑みを浮かべていた。どうやら三下の足を眺め、美味いかどうか考え込んでいるらしい。
「僕、イカの足もタコの足も大好きだなぁ。荒塩ふって、炭火で焼くとおいしいんだぁ」
「ほう、坊主、なかなか通を言うな。ではこの酒によってる情けない男の代わりに、いざ俺と一献かたむけぬか」
ぽい、と白鬼をその場に捨てて、天禪が言う。それに奏太が嬉しそうな声を上げた。
「わーい、夢の中なら未成年でも関係ないよねっ!」
「夢の中なのに、なぜ俺は二日酔いに〜」
投げ捨てられた白鬼がうーうーと言いながら頭を押さえて、誰にともなく水をくれーとうめく。
そんな白鬼の体をひょいと飛び越えて、奏太と天禪の間に入るのは、暁文だ。
「おい、あんだ、俺も混ぜてくれよ。俺は老酒もイケるが、日本酒もいけるクチでな」
「なんだい、打ち上げならあたしもやるよ」
サイデルもそこに入り込み、天禪から猪口を受け取っている。
さあ酒盛りだ、というその時。
「ちょっと、まってよ。その前に!」
打ち上げに雪崩れ込みかけた一同に向かい、花魁姿のシュラインが鋭い声で制止をかけた。それに、天禪が片目を細めた。
「うぬ。意外とそなた無粋だな。美しいその花魁姿には似合わぬぞ」
「誉めてくれてありがと、天禪将軍、いえ、天禪さん。でもね、その前にやることがあるでしょ?」
「やることって……なんですか?」
珪との喧嘩をやめて、雛がぱちぱちと大きな目をせわしなく瞬かせた。それに、シュラインが答えた。
「あの人のおしおきよ」
バサリと美しい着物に包まれた腕を動かし、彼女はほっかむりをしてそそくさとその場から逃げようとしている草間の背中をビシリと指さした。
一同の視線が草間に集中する。
「……」
「……」
「……」
「そういえば、アトラスが原稿を狩るのは理解できますね。いつも三下さん、原稿におわれてるし」
怪訝そうな顔で、龍之助が疑問を口にした。確かに、月刊アトラスはいつも原稿に追われている。麗香もいつも原稿はないかネタはないかと、尋ねてくるからそれはその場にいる全員がよく理解していた。だから、ネタが書かれている原稿があるのなら、麗香がほしがるのは十分すぎるほどに理解できる。
「そーいや、何で草間さんは「伝説の怪奇原稿」なんて持ってるんだ?」
龍之助の言葉に導かれるようにしてようやく浮かんだ疑問に、珪があぐらをかき、腕を組んで考え込む。スカートをはいているということをすっかり忘れているのか、太ももがバーンと丸見えだ。
その珪の疑問に、暁文がスーツの中から原稿を収めていた封筒を取り出した。
「みてみるか?」
その中から、渡された伝説の怪奇原稿の一部を引っ張り出す。
が。
「白紙ィイイ?!」
その紙面をのぞき込んだ全員が、ひっくり返った声を上げた。
そう、その紙面は真っ白だったのだ。慌てて全員がそれぞれ隠し持っていた原稿を取り出し、紙面のチェックをする。
「あっ、私のも白紙です!」
「俺のもっ! くっそう、スカートはかせた上に白紙かよっ!」
「俺のと抜剣さんのは新聞紙ですっ」
口々に確認した事実を叫ぶ草間ファイブ。
夢の中とはいえ、命を懸けて守ろうとしたものがこれでいいのか?! ……いや、確かに一部、危機が迫った時にその原稿をあっさりと手渡そうとしたものも何人かいるが。
その、草間ファイブの視線が、話題の渦中の人・草間武彦に集中する。わたわたと慌て、そして顔面蒼白になっている草間の胸元から分厚い封筒が落ちたのはその時だ。
ばさっという音がして、封筒から飛び出した原稿が地面に広がった。そこには原稿用紙のマス目と、そしてたくさんの文字が書きつづられていた。
それこそが、真の伝説の怪奇原稿である!
草間が慌ててそれを隠すように原稿の上にうずくまるが、時はすでに遅かった。
「幼稚園児が助からなかったらどうするつもりだったんだっ!」
アルコールが完全に回っていることも吹っ飛ぶくらいの怒り全開っぷりで、白鬼が僧侶らしく人道的なことを叫んだ。
「ゆ、夢に幼稚園児の無事も何もないだろ?!」
あわあわと、草間が原稿の上に覆いかぶさったまま情けない反論を口にする。それに、にっこりと笑って鞭を揺らせながら、響が言った。
「そういう訳で、みんなの怒りを納める為にも、武彦さん、その書類渡して頂戴? じゃないとカワイイ貴方を食べちゃうわよ?」
笑っているのに、目は全く笑ってない。あわわ、と更に草間がたじろぐ。
「わーい、じゃ、草間さん食べちゃっていいよねっ! いただきまーす!」
奏太が嬉々として、原稿を押さえる武彦の手を持ち上げ、その指をかじった。
「いてーっ!!!!」
その瞬間、シュラインが横から流れるような動作で落ちていた原稿すべてを回収した。
「まったく、こんなのに頼る暇があったら、編集部全員で力を合わせて良い原稿書けば良いのよ! 草間ファイブもこんなの守ってる間に世の中に貢献しろっ!」
言うなり、どこからともなくぱっぱと取り出したライターで原稿に火をつける。炎はあっという間に紙を嘗め尽くし、伝説の怪奇原稿は一瞬にして灰になり、そして風にさらわれていった。それを見て草間が涙目で叫ぶ。
「あ、あああああ! 俺の老後の糧がぁあ!」
「老後の糧?」
いぶかしげに、酒をあおっていた天禪が聞き返した。それに、さっきまで死んでいた麗香がむっくりと起き上がって、ズレた眼鏡をかけなおしながら言った。
「そうよ、武ちゃんたら、老人になって探偵家業ができなくなったら、自分の担当した怪奇現象を小説にして、印税で優雅にモナコあたりで美女はべらして暮らすんだって、渡してくれなかったのよ。記事は時間が勝負、旬の時期に掲載してこそ花っていったのに」
キラリと、麗香の言葉に草間ファイブの目が光る。
「てことは……俺達、草間さんの老後の為に」
「こんな目にあってたんですね!」
「やいっ! テメェ! 本当なのかよっ!」
「……言葉もでないね」
「まったく。こういうのにはお仕置きが必要です」
珪、雛、暁文、白鬼、龍之助が、次々に叫ぶ。
そんな自分勝手な理由のために、今までこのバカバカしい世界で戦い抜いてきたというのか。
正義の味方が聞いてあきれるというものだ!
本気で怒っている、部下だったはずの草間ファイブの面々にすさまじい身の危険を察知し、草間司令は床にへたりこんだままじりじりと後ずさった。
怖い。怖すぎる!
そのへっぽこな司令に向かい、草間ファイブが、どこからともなく取り出した「超特大バズーカ砲」をかまえた。
しゃきーん、と効果音が辺りに響き、同時にバズーカの先端がまばゆく光った!
「諸悪の根元始末するぜ!」
「愛有る限り!」
「俺の勇気を力に変えて!」
「五人の友情を光とし!」
「これぞ探偵戦隊草間ファイブ必殺の!」
「シャイニング・草間・バスター!!!!」
どっかぁあああん!!!
もうもうと、爆撃された地点に立ち上がるどくろ雲。
もちろん、その中心にいたのは草間司令だ。
「そんな馬鹿なぁあああ!」
長い尾を引く叫びを上げつつ、吹っ飛んでいく草間。やがてその姿が見えなくなり、キラリと光った。
どうやら彼は、お星様になったらしい。
その光を見届けるかのように、遠くで「おしおきだべぇ〜」という奇妙な声が一同聞こえた……ような気がした。
「まったく。武彦さんたら」
憤然と腰に手をあてがって、普通の格好に戻ったシュラインが言った。
それに、天禪が小さく笑う。
「そういうな。良く言うではないか。『つわものどもが夢の跡』とな。終わり良ければ全てよし、だ。そなたの手際、この天禪深く感動した。……草間には勿体無い人材だな。俺の秘書等どうだ?」
スーツ姿に戻った天禪が、堂々とした口調で尋ねる。
が、シュラインは緩く頭を振って、ため息をついて空を見上げた。
「あのしょうがない人に私以外についていけるバイトが見つかるかしら?」
笑いながら、さらに視線を動かして草間が飛んでいった方向を見やる。
「……なるほど、適材適所というわけだ」
天禪がいう。が、その声はあまり残念そうではなかった。
その少し離れたところで、暁文が大きく伸びをしていた。
「ま、これはこれで楽しかったぜ」
その横っ腹を奏太が楽しそうに笑いながらこづく。
「うん、僕も草間さんかじられたし」
「ま、スカートなんて夢の中でしかはけないしな」
肩をすくめて照れくさそうにそう言ったのは、珪だった。その珪の後ろで。
「私も九夏さんとご一緒できたし」
と雛が小声で言って赤面し、うつむく。その可憐な少女に、
「もっと大きな声でいわなきゃ、あの鈍感少年きづかないわよ」
と囁き、唇を歪めて笑ったのは響。
それからさらに離れた場所では、龍之助がまだ、嬉々として三下を抱きしめていた。
「俺も、こうやって三下さんだきしめられて、夢でもうれしいです!」
「わぁああああ。戻ったんだからはなしてよぉお!」
その騒々しさに、げんなりしたように片目を閉じて額を押さえながら、白鬼が深刻な様子でつぶやいた。
「ふ、二日酔いは……夢が終わったらなおるかな」
ぎゃあぎゃあとそれぞれに騒がしい面々をそこから少し離れた場所にぽつりと立って眺めながら、サイデルは呆れたようにフンと鼻を鳴らし、横を向いた。
しかし、その赤い唇にはどこか満足げな笑みが浮かんでいた。
ゆっくりと、その場にあった景色が消えてゆく。
なんとなく、祭の後のような物寂しさが、その場にいる全員の胸にはあった。激しい寂寥感が胸を占めていく。
最初はバカげていて、早くこんな世界とはオサラバしたいと思っていたけれど。
少しでもこの場にいることを楽しもうとでもするように、全員が楽しげに声を上げ、笑い、はしゃいだ。
けれども。
物語には必ず、終わりはくるわけで。
周囲の景色が白くかき消されていく。
一人、また一人と、その白く塗りつぶされた景色の中へと溶け込むように消えていく。
そして、誰もいなくなって――……
それでも、仲間と共有した時間は嘘ではないから。
これで、一応はめでたしめでたし、なのだろう。
だとすれば、後はもう、語るべき言葉はたった一つ。
「これにて、終幕」と。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号/ PC名 /性別/年齢/ 職業 】
【0065 /抜剣・白鬼(ぬぼこ・びゃっき) /男/30/僧侶(退魔僧)】
【0183 /九夏・珪(くが・けい) /男/18/高校生(陰陽師)】
【0213 /張・暁文(チャン・シャオウェン) /男/24/サラリーマン(自称)】
【0218 /湖影・龍之助(こかげ・りゅうのすけ)/男/17/高校生】
【0436 /篁・雛(たかむら・ひな) /女/18/高校生(拝み屋修行中)】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは。ライターの逢咲 琳(おうさき・りん)です。
この度はとんでもない(笑)依頼をお請けいただいて、どうもありがとうございました。
そして、さらにこの話、とんでもない長さになっております(笑)。ちょっとノリノリで書きすぎたようです…。
さて、今回のお話は、立神勇樹ライターとの共同シナリオでした。
ギャグを炸裂させるために出したシナリオですので、少しでも、笑ってハラワタがよじれていただけたら満足です(笑)。
張暁文さん。はじめまして、ですね。初めてでこんなシナリオで大丈夫かなとかなりドキドキしております(笑)。
プレイングは、ちょっと当方の知識不足で「哈日族」を調べることから始まりました(笑)。とてもじゃないけど正義の味方ちっくじゃないそのプレイングに、ものすごく笑わせていただきました〜っ。
戦闘は、パラメーターがサイデルさんと互角だったので勝敗は決しませんでしたが、勝ち負けはあまり気にせずに、この壊れ具合(笑)を楽しんでいただけたら幸いです。
もしよろしければ、お手隙の時にでもテラコン、クリエイタールーム等から感想などをいただけるととても嬉しいです。
それでは、また会えることを祈りつつ。
今回はシナリオお買い上げ、本当にありがとうございました。
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