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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


調査コードネーム:「秘密結社アトラス! 〜打倒・探偵戦隊草間ファイブ〜」
執筆ライター  :立神勇樹
調査組織名   :月刊アトラス編集部
募集予定人数  :1人〜5人

<オープニング>

 ――ある朝目が覚めると、秘密結社の幹部になっていた。
 冗談ではなくマジである。

 いつものようにあくびをしながら、いつものようにビルの階段をあがり、いつものようにアトラスのドアを開けたならば。
 目の前に秘密結社があった。
 衝撃だ。
 秘密結社といっても、夜明けのなんたらとか、薔薇十字団のような格好いいモノじゃない。いわゆる子供だましの特撮ヒーロー番組に出てくるような秘密結社だ。
 鍾乳洞の中のように岩肌剥き出しの室内に、銀色のパネルやら、得体の知れない機械(そもそも動くとは思えない!)がはめ込まれており、その合間合間にこれでもか! と深紅の薔薇が活けられている。
 やたらとガラス玉がついた金メッキの玉座に鎮座ましましているのは、王冠をかぶり、黒レザーのレオタードにピンヒールのブーツ。とどめは毛皮のマントという格好をした碇麗香である。
 麗香は女王然とした動作で立ち上がって手を上げた。
「聞け! わが同士よ! 世間の不況を受け、わがアトラス帝国の売上も衰退の一途をたどっている。しかぁし! 憎き「探偵戦隊草間ファイブ」の指令、あの草間武彦が持つ「伝説の怪奇原稿」さえ手に入れば、瞬く間に月間売上トップ。わが帝国に再び栄華が訪れるであろう!」
 あのー、もしもし?
 ほっぺたをつねってみると、ちゃんと痛い。
 が、この状況は現実とは思えない、否、思いたくない。
 肩を落としてため息をつくと、足元に白と黒の変な動物がいた。
 ――バクの子供だ。いわゆる夢を食べるというあいつだ。
「あれあれ? 夢の世界なのにずいぶん現実の人たちが混じっちゃったなぁ」
 ということは、これは誰かの夢の中?
「そうだよ。でもキミ大変だね。この夢から出る為には、この夢を終わらせてあげなきゃいけないんだ。そうそう夢の世界で一晩すごすと二度と元の現実に戻れなくなるんだから急いだ方がいいよ」
 …………。
 どうやらこの馬鹿げた戦隊モノ世界で「どうにかして」話を終わらせなければならないらしい。
 しかもアトラスだけではなく、草間興信所も夢の世界に巻き込まれているようだ。
「出でよ! 間抜け怪獣ミノシターン!」
 タコイカ合わせて十八本の足に三下の顔がついた、なんとも情けない怪獣が煙とともに現れた。
「うぁああああん。麗香さんひどいです。何で僕だけこんな目にぃいい」
 やれやれ。程度の差はあれ、アトラスのメンバーもノリノリだ。
 でも、まてよ?
 たまには「悪役が勝つ戦隊モノ」があってもいいんじゃないか?
 それにこれは、草間武彦を公然といぢめられるチャンスだぞ?
 そう考え微笑んだあなたの後ろで、碇麗香が高らかにさけんだ。
「行け! わが精鋭たちよ!」


<第1話・悪役はいつも華麗に>

「と、思ったけど、やめたわ」
 ガタガタタン!
 物が落ちる音および、人が倒れる音が立て続けに起きた。
 もちろん、アトラスにいた全員が「ずっこけた」音である。
 ずっこけなかったのは外見同様、剛胆な神経をもつ荒祇天禪ただ一人だけであった。
 もっとも、この程度でずっこけていては天禪の経営する会社(それも日本有数の大企業だ!)の社員に示しがつかないし、政財界の狸たちとも渡り合うのは不可能なのだろうが……。
 天禪は整えられた頭に手をやった。固めの髪の毛が厚い手のひらに硬質的な感触をつたえてくる。
 普段はオーダーメイドの英国製スーツ(しかも袖口のボタンがはずせるという、最高級品だ!)に身を包んでいるこの御仁。今は何故か戦国時代の武将が着るような鎧を身にまとっている。
 両肩についた真紅の大袖が小麦色に焼けた肌と調和しており、実にサマになっている。
 天禪が「戦国時代から現代にタイムスリップしてきました」と言う方が、この馬鹿げた現状よりよほど真実みがあるというものだ。
 それもその筈。今となっては一族の限られた者しか知らぬ事だが、天禪は10世紀を生きようかという「鬼」である。
 ゆえに現在のこの格好も、本人にしてみれば「おお、久しぶりだな。たまにはこういう格好もよいかもしれぬ」程度のものなのだ。現代人がたまに着物を着る感覚と同じ、という訳だ。
 その証拠に、もしこの場に人の心をのぞける力持つ者がいて、天禪の心を読んだなら。
(この装いは実に久方ぶりだな。清盛の若造を背面から蹴り飛ばした時以来か? それとも関ヶ原で石田のみっちゃんをいじめた時以来だったか……懐かしい。うむ。実に懐かしい……)
 ってな調子で万感の思いを込め、過去を回想しているのに気づき、頭を抱え込んで卒倒することだろう!
 天禪が万感の思いを込めて、死屍累々(もちろん、麗香の一言で精神に「ずっこけダメージ」を食らった方々だ)を眺め、昔を回想していると、これまた天禪と同族……しかしまだ若く、暴れたい盛りといった鬼の少年が机を手がかりにして何とか立ち上がった。
 ああ! しかし! 何と言うことか!
 その少年――紫堂奏太の姿と言ったら!
 黒いナースキャップに、黒いナース服。もちろん足は腐女子の心をくすぐるショタコン印の生足だ!
 とどめというのか、ご丁寧というのか、小さくかわいいおしりには「お約束」と言わんばかりに先のとがった長い「小悪魔しっぽ」!!
 御歳十二才。気の強さと悪戯心をうかがわせる利発そうな顔! 黒いナース服と見事なコントラストを示す細い手足。
 ああ! ああ! 何という破壊力! 何という魅惑の誘い! これを目にした「ある種の乙女」は鼻から赤い液体を吹き出しながら瞬時に絶命することだろう!!!
 麗香の趣味か?! 衣装係の手違いか?! ともかく、一番の問題は奏太自体がこの格好の不自然さ(いや、この場合は自然さだろうか?)に何ら違和感を感じていないという事だろう!
(命令されるのはあんまり好きじゃないんだけどなぁ)
 などとおもいつつ、ま、いいか。
(これなら草間さんやみんなを味見できるし♪)
 という所である。外見はかわいい少年でも、中身は人間・悪霊・悪魔となんでもござれ! 食べ物に好き嫌いはいたしません! の正真正銘、心も体も立派な鬼なのである。
 奏太は黒いナースキャップからこぼれ落ち目にかかる前髪が邪魔だといわんばかりに、ぷるぷると顔をふり、ついでにお尻についた悪魔しっぽで床に倒れている「間抜け怪獣ミノシターン」をぴしり、と打って口を開いた。
「やめた、って、やめたら夢おわんないよ」
「あら、やめるのは草間興信所襲撃。春になったから紫外線がこわいじゃないの。わざわざ武ちゃんの所に行くために、お肌を傷めたくはないわ」
「そうだね、曲がり角ふたつはすぎてる……うわぁ」
 ホホホ、と笑いながら麗香の手から放たれた鞭を避けながら、奏太はあわてて机の影に隠れる。
 あわれ巻き込まれた編集部員達が、ヒィー!と秘密結社の戦闘員お約束の悲鳴を上げながらのたうち回る。
 奏太を狙って再び放たれた鞭の先を、一つの影が驚異的な動体視力と瞬発力でもって受け止めた。
 人影……サイデル・ウェルヴァは鞭をぐい、と一度強く引っ張り麗香がよろめいたのを確認してから手から鞭を離した。
「仲間うちでもめてる場合じゃないよ」
 大きく息を吸い込む。体に密着したヴェストの下で豊かな胸が膨らみ、白いシャツのたっぷりとしたひだがふるふると揺れた。
 黒いサテンの裾長の上着には金糸でびっりしと刺繍が施してあり、ボタンは大きな真珠。
 つばの広い黒い帽子には白く大きな羽根が飾ってある。無駄な肉がついてない長い足をぴっちりと包むのは白いスラックス。
 ブーツは磨きたててあり、腰に下げた細身の剣・レイピアが彼女の動きに従ってかすかな音をたてる。
 秀麗な顔の中で柘榴石のように輝く瞳の片側には黒ガラスでできた精巧な眼帯をつけている。
 それは堂々とした彼女の態度とあいまって、中世の女海賊と言った姿である。
「あたしは手段なんかどうでもいい。だけど、だらだらなれ合うのはごめんだね」
 熟れた果実の様な唇から、ぶっきらぼうにサイデルは吐き捨てた。
 本職が女優であると言っても、この雰囲気、この状況でこれほどに似合いの所作を取れる者はそういないだろう。
 もしここがスタジオでスポットライトがあるならば、間違いなくその中心はサイデルだった。
 執念深く、頭も切れ、しかし詰めが甘いと、悪役の条件生まれつきにして完璧にみたしているのだから、この場の雰囲気で目立たぬ訳がない。
 悪女・女海賊・傾国の王妃などを演じてきて、最近名前が売れてきた女優なのだが、いままでメディアが彼女を取り上げ騒がなかったのは不思議でならない。
「そういうこと、ともかく草間興信所……じゃなかった、この場合は正義の本拠地かしら? から原稿を奪ってくればいいんでしょう? 原稿奪わないとここからでられないんでしょう?」
 と、迷惑そうな言葉を何故か嬉しそうな口調で良いながら、不知火響はピンヒールブーツのかかとで床を蹴った。
 普段は保健室勤務の臨時教師のお姉さんなのだが、今日の服装はSM女王も真っ青な黒皮の拘束スーツだ。
 豊かな胸元を惜しげもなくさらす、Vカットがお子さま……もとい、アトラスの戦闘部員や間抜け怪獣ミノシーターンには目の毒だ。
「ま。そういう事なら仕方ないわよねぇ?」
 やはり嬉しそうに、しかも何の違和感も抵抗もない調子で言ってのける。繊細に作られた彫刻のような外見とは裏腹に、精神はかなりタフな様子である。
 響はこれまた黒皮の手袋で包まれた指先で、ゆっくりと唇の輪郭をなぞって微笑む。
「それにしても似合うわね。麗華。ふふ、悪の女幹部ね…素敵じゃない? 丁度ここの所暇してたし、いいわ。つき合ってあげる」
 ヒールを高らかにならしながら、麗香女王様のあごに手をそえ、顔を近づけまじまじとのぞき込む。
 危険である。
 はっきり言って危険である。
 どのぐらい危険な空気かというと、背景に紫の薔薇を千本かきこんで、桃色の煙をだす香を焚きしめ、背後に薄いカーテンとベッドがあれば、もはや直視ままなぬ! といった空気が漂っている。
 詳しく描写をするならば……それは淫靡にして美しく、濃厚にして絢爛豪華、死と快楽。運命と絶望のめくるめく桃色の世界。
 はっきりいって――<以下十八禁の妄想が繰り広げられている為、編集上削除>――である。
 せっかく麗香の「ずっこけダメージ」から回復した編集部員……もとい戦闘員達が、今度は響の「お色気ダメージ」で鼻から赤い液体をほとばしらせながら、三メートルほどぶっとびまくり、床の上で体を跳ね踊らせて絶命している。
「とにかく、興信所から原稿を奪う!」
 戦隊モノではなくアダルトビデオチックな雰囲気になりつつあるのを拒否するように、一同の良心シュライン・エマが叫んだ。
「あら、そんなに照れることはないじゃないのシュライン。もし経験が無くて奥手になってるのなら、私が手取足取り明日の朝まで教授してあげるわ」
「そうじゃなーーーーーーーい!」
 ぜいぜいと息を切らせながら、喉も避けよとばかりに咆吼した。
 ヴォイスコントロールに優れ、通常なら人の耳に心地よい声と抑揚で語りかけてくるシュラインも、さすがにこの時ばかりは制御なし、問答無用の破壊音声で叫びたてた。
(……私はアトラスに貢献する気はさらさらないのに)
 もともとシュラインは草間興信所でバイトをしている翻訳家である。
 つまりこのアトラスにいること自体がおかしい。裏切るつもりは決してこれっぽっちもない。もとい、これで現実の草間興信所に影響があって、給料が貰えなくなったらどうしてくれるのだ。
 こんなアホな事態に巻き込まれるのなら、いっそ「探偵戦隊草間ファイブ」の「ピンク」をやっていた方がマシだというものである。
 が。気がついたらコチラにいたのだから仕方がない。
 泣きそうになりながら、がっくりと肩を落とす。
 しかし、「伝説の怪奇原稿」を奪ってどうにかしない事には話は続かない。
 この一癖も二癖もある仲間と、何とか二十四時間以内に話を終わらせなければ一生このアホな夢の中に置き去り、となりかねない。それだけは勘弁だ。
(しかもこの衣装、動きにくいし、重いし、頭のかつらは落ちそうで怖いし、壊しそうだし……この衣装……汚したら高いんでしょうね。ああもう)
 と、長い裾を引きずりながらため息をつく。動きにくさでは他の四人の追随をゆるさない。
 それがどういった衣装なのかというと……後の楽しみのために、ここでは明言を避けておく。
 閑話休題。
 ともかく、シュライン・エマはこのアホらしい事態、および、協調性のカケラもない仲間をみてるうちに、ぷつん、と何かがキレてしまった。
 ふつふつと笑いが心の底から沸き上がる。
 こうなったら、どうとでもなれ、である。
 泣き落とし、餌付け、誉め殺し。くすぐり、青汁一気飲み、バンジージャンプ。
 草間興信所に来るメンツの顔を思い浮かべながら、その弱点をリサーチする。
 相手に確実に対応できるように、準備は万端でなければならない。知ってる相手にであったらめっけもの。正確に弱点をつくことができるだろう。
 こうなったらアトラス仲間を盾に、剣に邁進するのみ! である。
 草間武彦が書いた「究極の原稿」とやらがどのようなものか、気にならないと言えばウソになるが、あの草間に頼る暇があるのなら、汗水ながして良い原稿を書けばいい。だいたい草間ファイブも原稿なんぞ守ってる暇があるなら、世の中に貢献しろ。
 マグマのような熱い怒りが腹の底から沸き上がってくる。
「いいわ、奪いましょう。やってやろうじゃないの! あんた達準備はいい?!」
 ただならぬ怒りに全身を震わせるシュラインに、全員が息をのんで気を付けをした。
 普段冷静な人間ほど、切れると怖いものである。
「あ、あのね、シュライン。お願いだからエキサイトしないで。ね」
 麗香がかわいさを狙って小首をかしげるが、シュラインは絶対零度の視線で麗香を睨むだけである。
「で、あの、その、もし差し支えなければここはお約束に乗っ取って行動しようかなぁ。と」
「お約束ってなーに?」
 奏太がうれしそうに、小悪魔しっぽ(ほんとうに、どうやって動かしてるのだろう! 謎だ!)をゆらゆらとふりながら大人達の顔を下からのぞき込む。
「きまってるわよねぇ」
「ベタだ」
 響とサイデルが同時に吐き捨てる。と、武者姿の天禪が左手の平を右手でぽん、と打った。
「む、そうか。悪役のベタといえば答えは一つ……幼稚園バスジャックだ」
「幼稚園ばすじゃっくぅう?!」
 怒りを忘れてシュラインがすっとんきょうな声を上げた。
「わーいわーい、バスジャックv 子供は柔らかくておいしいから、かじりがいがあるんだッv」
「物心のつかない小ウサギちゃんを手なずけるというのも悪くないわね」
 と喜びの声を上げるのは奏太と響。
「しかし幼稚園バスは一体何型車になるんだ? 俺は普通自動車免許しかないから普通車と原チャリしか運転はできんぞ」
「ガキ相手のロケは面倒だから避けたいねぇ」
 とやたらと現実的な事をのたまうのは天禪会長とサイデル。
「…………」
 無言なのは、もちろん、開いた口がふさがらないシュラインである。
「あ、あのね、で、もう面倒だからADさんと大道具さんに手配しちゃったの。で、さっき草間ファイブに「幼稚園児返してほしければ秘密基地まで来い」ってぇ、ここの住所を伝書鳩で教えておいたの。だからそろそろ来るとおもうわ。あとはよろしく!」
「…………はい?」
 女子高校生のようなノリでとんでもない事をいう麗香。
 そして麗香の言葉を三秒遅れで理解したシュライン。
 おい、そもそもADと大道具ってなんだ?!
 伝書鳩ってなんだ?!
 住所教えたらそれは「秘密」基地ちがうだろ!
 あらゆる疑問が頭の中で駆けめぐる。
 しかし忘れては行けない。
 夢と戦隊モノはご都合主義と相場が決まっているのだ。
 諸君。
 健闘を祈る!


<第2話・秘密基地潜入!!>

 かくして、探偵戦隊・草間ファイブと秘密結社アトラスの最後の戦いの火蓋が切って落とされた。
 そこに至るまでには艱難辛苦、波瀾万丈、悲喜交々、焼肉定食の出来事とそれに付随するドラマがあったのだが、まともに説明していたら、夕方十七時から一時間七十二週かけても終わらないので、この場では割愛させていただく。
 伝書鳩についていた地図に従って、草間ファイブ達がたどりついたのは「月刊アトラス」が入っているとある出版社のビルだった。
 いや、ビルだったもの、と訂正したほうが良いのかもしれない。
 外壁はアルミホイルのようにてかてか輝く鏡面張り。設計基準法を無視したようにビルはねじくれ、壁の中から触手のようは張りぼてが無数にあらわれツタのようにビルを覆っている。
 窓枠にはバラの花が飾られている。
 どんなに悪趣味なラブホテルだって、ここまでしないだろう?! という実に設計過剰かつ美的感覚を疑いたくなるようなビルだった。
「うわー、編集長はりきってるなぁ! まるでラブホテルじゃん。……ラブホテル?! 俺と三下さんの愛の園?!」
 くふふふふ、と自分で言った感想に自分で反応し、妄想をふくらませているのは言うまでもなく「レッド」の湖影龍之助である。
「ふ、不潔です!」
 はっきり言って、十八禁の妄想をピンク色のハートにしてあたりにばらまく龍之助をにらみ、顔を真っ赤に染めて反論する少女は「ピンク」の篁雛である。
「ちくしょー、何が最近はイエローもスカートだ! 草間のクソオヤジ!」
 とぼやきながら、雛と色違いのコスチュームの裾(要するにスカートだ)を気にしてるのは、「イエロー」こと九夏珪少年。
「帰りたくなってきたぜ」
「まあまあ、そう言わないで楽しもうじゃないか」
 心底嫌そうな顔をして渋々ついてきてるのは「ブラック」の張暁文。その暁文をなだめ、かなり状況を楽しんでいるのは「ブルー」の抜剣白鬼である。
 はっきり言ってここまで協調性も友情も無い戦隊も珍しい。
 ともあれ入り口を通る。と、普段ならかわいい受付嬢が迎えてくれる玄関ホールにたどり着いた。
「おい、何か出てきたぞ」
 それぞれ好き勝手に、気の赴くままに行動していた探偵戦隊草間ファイブのメンツが、暁文もといブラックの言葉に誘われ、ホールの中央にある階段に視線を合わせる。
 と、現れたのはお約束の秘密結社の戦闘隊員。
 月刊アトラスの編集部員が続々と二階から中央階段を下りて現れた!
 その顔色は一様に青白く、シャツはよれよれにくびれ、ネクタイは限界までゆるめられている。
 片手には真っ白な原稿用紙、片手には修正用の赤ペン(もしくは写真のネガ)をもち、胸ポケットには何故かリゲ○ンの小瓶とストローが入ってる。
 よれたシャツの背中には「二十四時間戦えますか?」・「注意一秒誤字一生」・「〆切破りは人に非ず」・「夏コミ取れた?」エトセトラ、エトセトラ……が、毛筆で豪快に書き抜いてある。
 その数たるや! はっきり言ってこのビルのどこにこれだけの編集部員もとい、戦闘隊員がいるのだ?! とか、これだけいるなら、草間から原稿取らずにてめぇでかけよ! と言いたくなるほどの数だった。
「ヒィ!」
「ヒィイ!」
 そして彼らはお約束の奇声をあげながら、一斉に草間ファイブに挑みかかってきた!!
「うわ」
「きゃっ!」
「なんじゃこりゃー!!!」
「か、数が多すぎる!」
 と珪、雛、暁文、白鬼が異口同音に叫んだ。
 栄養失調・寝不足・しかもハイテンションの編集部員に囲まれては、戦う以前の問題だ。
「原稿、下さいよ〜。泣き落としは駄目ですからね〜」
「何か書いてよ、三枚でいいからさ!」
「ささ、このライター契約書にサインを! サインを!」
「えー、おせんにキャラメル、おせんにキャラメル如何ですか?!」
「アナータハ、神ヲ信ジマスカー?」
「ええい、もってけ泥棒! べらんめぇ!」
 赤ペンを振り回す者、携帯電話で原稿を取り立てる者、契約を迫る者、果てには押し売りに、宗教勧誘。フランクフルトの屋台に金魚すくい。バナナのたたき売りまでやる始末。
 いくら夢とはいえ、ここまで矛盾だらけだと何が何だかわからない!
「やっ、触らないで!」
 一体何処をさわったのか、編集部員の一人が左手に雛の平手打ちを位、見事に吹っ飛ぶ。
「きりがないね!」
 何人目かの編集部員に手刀をたたき込みながら白鬼もといブルーが悲鳴をあげる。
 流石にヒーローといえど、数の暴力にはまけるのか?!
 ああ、ああ、危うし草間ファイブ!
 絶体絶命! そう思った時。
「――ところで、みなさんご自分の原稿お書きになりました? 〆切今日ですけど」
 にこにこと人畜無害な……いや、人畜無害なだけに恐ろしいレッド・龍之助ののほほんとした言葉が放たれた。
「ヒィイイイイイ!」
 一斉に悲鳴をあげて、編集部員達が頭をかかえ、ドミノの様に倒れていく!
 恐るべし龍之助。恐るべし〆切!
 アトラスの実状を知るアルバイターだからこそ使える最終兵器!
 切実かつ、冷酷なこの一言に勝てる編集部員がいるだろうか?!
 次々にうめきながら倒れていく編集部員達。胸ポケットのリゲインを補給する暇もない。
「あれ……」
 何とか原稿を奪おうと取りすがってくる編集部員を、スカートを押さえながら蹴り飛ばす、という器用な戦い方をしていた珪が、階段の上を見ながらつぶやいた。
「やるじゃぁないか。編集部員達を全員倒すだなんて」
 ぺろり、と赤い唇をなめながら階段の上の女性が嗤う。
 ひだのついた白いシャツの下で、豊かな双球が笑いに合わせ小刻みに揺れている。
 黒いサテンに金糸で刺繍を施したコートに、つばが広く大きな羽を飾った黒帽子。
 それらの服装は、彼女の秀麗な顔の半面を隠す黒ガラスの眼帯と相まって、その姿を中世の海賊のように見せていた。
「でも、通す訳にはいかないねぇ」
 大儀そうに両手を肩の高さまで持ち上げ、ゆっくりと頭を振る。
 小馬鹿に仕切った彼女の「お手上げ」のポーズに合わせて、サファイアのように透明できらきらと輝く蒼い髪が揺れた。
「お前は!」
 と、抜剣がお約束のセリフを言う。
「フッ、あたしは帝国一の太刀! 女海賊のサイデル様さ!!」
 堂々とした態度で階段の上から草間ファイブをにらんで叫ぶ。
 素晴らしい演技力である。もっとも女優のサイデルにしてみれば、これぐらいの演技など朝飯前であろうが。
 やっと訪れた緊迫的状況である。
(こ、これぞ戦隊モノ! これぞヒーロー!)
 じいん、とヒーロー願望がある珪と白鬼が感動してる横で、つまらなさげに暁文がかかとで床を蹴った。
「ザコは頼む……と、言いたい所だが」
 もう一度床をける。と、不意に暁文の姿が消え、サイデルの目の前に瞬間移動した。
「駄目と言われるとやりたくなるのが俺の性分なんでな! あんたにゃ悪いがお命頂戴だ!」
 いうなり両脇に下げていた黒い銃をホルスターから引き抜き、サイデルに突きつける。が、サイデルは体をわずかに反らして暁文の弾丸をよけてみせた。
「……あんたも諦めがわるいな。夢の中なんだからさっさと死んで、さっさとこの馬鹿げた状況から出たいとは思わないのか?」
 にやり、と口の端を二ミリだけ引き上げて暁文が笑う。
 彼の目の前に立ちはだかる敵が「最後」に目にする闇色の嗤いだ。
「あいにくと、たとえ夢でもてめぇ何かにやられる気はないね」
 切っ先を唸らせながらサイデルが剣を暁文に振り下ろす。
 間一髪で、銃を交差させ、その谷間で剣を受け止める。
 サイデルの真紅の瞳と暁文の黒の瞳に、冷たく鋭い殺気が宿り、お互いの存在を確かめるように空中で交差し、絡み合う。
「よーし、良いだろう。ここは俺に! このブラックにまかせておけ!」
「…………」
 おまえ、日本人がわからん、とか言ってなかったか?
 と、残り四人のメンバーが唖然と口を開けて暁文をみる。
 どうやら夢は時間と共にメンバーの精神に働きかけ、「その気」にさせてしまうようだ。
 当然他の四人も、「あのー、もしもし?」と言いたい気持ちだったのだが、何故か次に取った行動は――。
「よし、任せたぞブラック!」
「死なないでね! ブラック!」
「お前の勇気、忘れないぞブラック!」
「ブラック! 星とともに永遠に!」
 と叫びながらサイデルの横を駆け抜ける、だった。
(――ていうか、まだ俺は生きてるぞ! 星と共に永遠にって何だ! 誰がいいやがった!!)
 と暁文が仲間の背中を一瞬みる暇があればこそ、空気を切る音がして、鋭い何かが腕を引き裂き、血液の珠を空中に散らせる。
「ほら、坊や。よそ見してる暇があるのかね! あんたの敵はあたしだよ!!!」
 黒猫のようにしなやかに動き、瞳を勝利の星・火星の様に輝かせながらサイデルがレイピアの切っ先で空中に円を書いてみせる。
「いわれなくても、嫌というほど泣かせてやるよ、黒猫ちゃん」
 ぺっ、と唾を吐き捨て、右手に持った銃の口を天井にむけ、トリガーに添えた指に力を込めた。
 遠雷のような轟音がホールを満たす。
 天井を飾るシャンデリアの鎖に弾丸が当たり、弾け飛び、重力の法則に沿って床に落ちてガラスが砕けた。
 ――それが死闘の始まりだった――。


<第3話・出会い・そして別れ>

「むー。すっかり九夏くんや雛ちゃんとはぐれてしまったようだね」
「そうっスねー」
 最終決戦というのに、やけにのんびりした口調で抜剣白鬼と湖影龍之助はぽてぽてと長い廊下を歩いていた。
「でも所詮アトラスのビルの中ですから。歩いていたらどこかであうでしょう」
 燃えるリーダー正義のレッドらしからぬ発言に、抜剣も気の抜けた声でそうだねー。と答えた。
 二人の気合いが抜けているのには、少々訳があった。
 ブラック暁文vs女海賊サイデルの戦いの場を、すたこらさっさと離れた四人を待ちかまえていたのはまたまたおなじみ編集部員……もとい戦闘員(とかいてザコと読む)の群であった。
 徹夜で原稿の詰め作業に追われ、よれよれになっているリクルートスーツの戦闘員たちを倒すのはさほど苦ではない。
 が、敵も馬鹿ではなかった。
 一人一人では適わぬと知ったのか、彼らは人海戦術で襲いかかってきた。
 しかもただの人海戦術ではない。
 「ザ・哀愁のサラリーマン。アナタは満員電車に耐えられますか?!」と全員が見事なまでに声をあわせ、地下鉄の発車ベルの音が周囲に鳴り響いたとたんに、固まりとなって4人に体当たりし始めたのだ。
 狭い廊下に100人は居ようかと思える戦闘隊員。
 しかもラッシュアワーの通勤電車と、三流スクープ誌記者のねばりを武器にされては、流石の探偵戦隊草間ファイブもかなわない。
 動物的本能、もとい野生のカンで危機をさっちし、壁に張り付いた抜剣。そしてそれに習った龍之助はかろうじて人並みに流されずに住んだのだが、珪と雛はあっと言うまもなく編集員達の波にもまれ、もがけばもがくほどはまっていく。
「た、助けて」
「九夏さんと一緒なら、私、どこまでもついていきます!」
 黄色とピンクの手袋に包まれた手が、灰色のリクルートスーツの間からちらりとみえた。
 が、すぐに人の波間に飲み込まれて消えてしまう。
 人の波はやがて二人を中心に台風のようにぐるぐる回りながら白鬼と龍之助から離れていき、あっ、と気がついたら、廊下にふたり、ぽつねんと取り残されていた。
「追いかけた方がよかったかなぁ」
「でもどこに行ったかわからないし」
 ぽてぽて。ぽてぽてぽて、と二人は当てもなく一本道を歩いていく。
 追いかけた方がいいと言いながら、雛と珪が押し流された方向とは反対にあるいているのは、ズバリ。
(あんな人並み、もといラッシュアワーは二度と体験したくない!)
 という恐怖心であった。
 僧侶であり通勤などという世俗に縁のない抜剣と、自転車通勤高校生の龍之助である。
 普段から通勤電車など無関係な生活を送っているだけに、免疫力も少なかった。
 二度と満員電車を体験したくない、と思うのはもっともな感想である。
「まあどうせ夢だから大丈夫だよ」
「そうっスねー」
「正義の味方はラスボスの前で集結するってパターンだしね」
「そうっスねー。そういえば中島さん。もといブラックさんノリノリでしたねー」
「うん。これで中国に我が国の伝統的文化が立派に伝わった。この夢が終わったらきっと彼は特撮親善大使になってくれるだろうね」
「そうっスねー」
 女子高生のようにあまり意味もない会話を交わしながら、二人はどんどんと通路の奥へと進んで行く。
 と、唐突に目の前に赤い扉が現れた。
 それは鉄の枠で挟まれた杉の木板に赤く漆を塗った……よく言えばとても和風で格好いい。悪く言えばこの鉄筋コンクリート7F建てビルにはどう考えておかしい……扉だった。
「うーん。行き止まりだね」
「引き返しましょうか。別のルートあるかもしれないし」
「ええい! 何故そこで消極的になるのだ!」
 遠雷のように低く、びりびりと震える男の声があたりに響いた。
 そして男の声が何かの合図だと言わんばかりに、赤い扉がきしみながらゆっくりと開いた。
 扉の隙間からかすかに音楽が聞こえる。
 高く、低く風の音に混じって鳴り響くのは竹笛の音楽。
 小気味よく打ちならされているのは、小鼓や大鼓。
 両者を取り持つように震えるのは琴の弦。
 明るい音楽に誘われて、白鬼と龍之助が扉の隙間をそっとのぞき込む。
 すると、そこには暗闇が広がっていた。
 否、ただの暗闇ではない。
 暗闇の中に、一つ、二つと浮かび上がるように咲きこぼれるは桜の古木達。
 古木と古木の間には真珠の首飾りのように連なった赤や白の提灯が渡してあり、風が吹く度に蜜柑色の明かりをゆうらりと闇にたゆたわせている。
 空気と音楽の流れに隠れるようにかすかに聞こえるのは、行く人もの女性の笑い声。
 くすくす。くすくすくす……。
 ほほほ。
 その声に誘われて扉を押し開け一歩踏み出す。
 桜の立ち並ぶ街路に沿って、やけに古びた町並みがひろがっていた。
 いや、古びた、などと言うものではない。
 今となっては映画やモノクロ写真でしか見ることのできない風景。
 赤や黒の格子窓の向こうから白い手をさしのべる娘達、あけはなった二階から聞こえる高らかな女の嬌声。
「……こ、これは……花街?」
「吉原ですかねー。なんか戦隊モノとはエライ違いますよね……」
「ということは、つまり」
 と白鬼と龍之助は顔を見合わせ、口を数度開閉させたあと、二人同時に声を張り上げた。

『すみません、スタジオ間違えました!!!』

「違う!」
 すたこらさっさ、と背中を向けて扉から出ていこうとする二人に鋭く声が投げかけられた。
 え、と振り向いた瞬間に扉がばたんと閉まり、退路を塞ぐ。
 二人が再び顔を見合わせていると、ガシャガシャと鉄や木板を打ちならす音が聞こえた。
 顔を上げるとそこには時代錯誤甚だしい、戦国武将が一人立っていた。
 漆塗りの漆黒の胴衣。深紅の組み紐で飾られた大袖の鮮やかさ。
 鎧からかすかに見える着物は金糸と銀糸で縫い取られている。
「よくぞここまで来た精鋭諸君!」
 と、昔なつかしどこかのテレビで聞いたようなセリフを吐くと、鎧武者は顔を上げた。
 日に焼けた肌もつ顔は、荒削りの彫刻のように雄々しく、鎧姿とあいまってよりいっそうの勇ましさを醸し出している。
「しかしここが貴公らの墓場だ! 俺はアトラス帝国・二の太刀・鬼道将軍の天禪!」
 獅子のように吠えながら、黄金の瞳で白鬼と龍之助をねめつける。
(こ、これは……原稿あげるから逃げる、と言っても駄目っスよね??)
(うーん。夢の中といえ、死ぬのは避けたいね)
 顔をよせてぼそぼそと相談する白鬼と龍之助。
「ぬう、おのれ、敵前に置いて逃亡の相談とは! 貴様ら! それでも漢か!」
 ノリノリなのか、単に元からなのかね淀みない武者口調で天禪が一括する。
 と、くすくすと笑う声がした。
「天禪将軍、二人が怯えてるわ。それぐらいにしてあげて頂戴」
 耳に心地よく、良く通る声がした。
 抑揚豊かで歌うような発音は龍之助と白鬼が良くしる女性の声だった。
「しゅ、シュラインさん」
 声を探し求め、白鬼が左右を見渡す。
 と、しゃらん、と鈴の音の後に衣擦れのさらさらした音がする。
 ぼんやりと闇の奥から二つの明かりが灯った。
 目を凝らせば、それは小さいおかっぱ頭の少女……かむろがてらす花魁道中の明かりだと知覚できた。
 蜜柑色の提灯の光に、ほのほのと揺れる黄金のかんざし。髷にさしているのは錦と銀で作った桜のかんざし。
 一歩ごとにゆうらりと揺れる帯には不死鳥たる鳳凰が刺繍されており、袖から覗く藤色と茜色の着物が何ともいろっぽい。
 桜が刺繍された半襟はぐい、と開かれて、今にも胸が見えそうである。
 結い上げられた髪は黒曜石のように黒く艶やかで、白い肌に包まれた秀麗な顔には天星のような蒼い瞳。
「原稿は私が、このアトラス帝国。三の太刀・黄昏花魁の朱羅音(しゅらいん)がいただくわ」
「…………」
「…………」
 かくり、と音をたてて二人のあごがはずれた。
「……な、何よ! 何よあんた達っ!」
 クルミ割り人形のような顔で唖然としている二人の正義のヒーローに向かって、シュラインが真っ赤になって言い捨てた。
「だって、だって、麗香さんが、こ、こう言いなさいって……わ、私も、その、こんな暴走族みたいな当て字ヤダったのよ、本当よ!」
 もじもじと、高下駄を器用に操り地面に「の」の字を書いてみせる。
「でもでも、こ、ここに来たら急にそういう名前もいいなあっ、て、ちょっと、ひょっとして私、夢に影響されてる?!」
 ちょっと、ちょっと、と手を振る。
 花魁の衣装が重いのか、なかなか身動きがとれない様だ。
「黄昏花魁……朱羅音ね」
「あの、シュラインさんまでが」
「……いや、これはこれで美しいと思うけど」
「草間さんにみせたいっすね」
「いや、全く。あ、そこら辺に「写るんでし」売ってないかな?」
「ちょっと、あんた達! 少しは人の話を聞きなさい!」
 と、シュラインは叫ぶが早いかかんざしを引き抜いて二人に向かって投げつける。
 とっさに龍之助を盾にして、大きな体を縮こまらせる白鬼。
「おおう?!」
 さくっ、と小気味よい音がしてかんざしが龍之助の眉間につきささる。
 出血して倒れる龍之助。
「レッド! 大丈夫かレッドー!」
 しっかりと盾にした癖に、アカデミー主演男優賞もかくやの演技で叫ぶ白鬼。
「必殺仕事人だな」
 漫才を繰り広げる二人を身ながらしみじみ、と天禪がつぶやく。
「どうして、私がアトラス帝国なの? 草間興信所のバイトなのに」
「そ、それを言うなら、俺アトラスのバイトなのに、草間ファイブでっ……ぐふっ!」
 吐血しながら龍之助が叫ぶ。
 格好いいのかかっこわるいのかわからないが、かなり夢に影響されているのは間違いない。
 これは早く原稿を手に入れて終わらせなければ。とシュラインが陰鬱な思いでため息をつくと、天禪がふと思い出したように腕を組んでゆっくりと頷いて見せた。
「そなたをみてると」
「みてると?」
「「仕方ない」と微笑みながら夫や息子を見送った、戦時中の婦女子を思い出す」
「…………とっても詩的な誉め言葉ありがとう」
 遠い眼をして昔を回想する天禪をよそに、シュラインはますます長く重いため息をつく。
「でも、落ち込んでばかりもいられないわね! 出よ! 間抜け怪獣ミノシターン!」
 と、絶命したはずのレッド、もとい龍之助が起きあがり額に刺さったかんざしを引き抜いた。
(ミノシターン……ミノシターン! 三下さん!)
 ハートマークを飛ばさんばかりの情熱的な視線で龍之助があたりを見渡す。
 と、シュラインの陰からおずおずと……まるで初恋にうかされる少女のように三下がこちらをうかがっている。
 タコイカ十八本の足が束ねられたように内股になっている。
 はっきり言って不気味だ。
 不気味だが。三下を見る龍之助の視線はそれ以上に不気味だった。
(う、動きにくいし、十八本も足数ばあるから、盾にしても里芋と煮込んでも大丈夫、と思って麗香さんから借りてきたけど)
 背中に冷たい汗をかんじながら、シュラインは三下と龍之助を交互に眺める。
「とにかく時間が無いからいってらっしゃい!」
 ぱしーんと背中をたたかれ、三下がよろける。
「で、でもでも。ど、どっちと戦ったらいいですかね? あの、ぼ、ボク」
「この際どっちでもいいじゃないの!」
「でも、どっちとも強そうだし」
 先ほどの白鬼と龍之助さながらに、三下とシュラインがぼそぼそと相談しはじめる。
「……いっそのこと「うらおもて」で決めたらどうかな? 手の裏と表でチーム分けする奴。ほら、「グーとパーで別れましょう」とか子供が良くやる奴と同じ要領で」
 天性の人の良さか、困り果てている二人についつい、と言った調子で白鬼が言う。
 その言葉に、戦いが始まらずすっかり退屈しきっていた天禪が、うむ、と唸って手を打った。
(三下さんと戦えますように、三下さんと愛の逃避行できますように)
 と、お子さまには眼の毒なピンク色の妄想を繰り広げながらうっとりとうなづくのは龍之助。
「じゃあボクはシュラインさんのオプションということで。タコ足とイカ足だと、どっちが裏か表かわからないですし」
「そうね、手っ取り早くそれでいきましょう。その代わり恨みっこナシよ」
 仕方がない、と言った調子で両手を腰にあてて、シュラインは白鬼と龍之助と天禪をみた。
 そして全員が一同にうなづいた瞬間、天禪が喉の奥を震わせるようにして、大きく吠えた。
「では、いざ尋常に!」

「うーらーおーもーてっ!」


<第4話・対決! 草間ブルー VS 帝国武将>

 差し出された4つの手。
 手の甲が二つと掌が二つ。――ということは結論は一つ。
 やはりこの戦いは運命に導かれているのだな、と考えながら、天禪はあごに手をそえて瞑目した。
 最も今回に限っては運命というよりは、単なる偶然といった方が正しかったのだろうが。
 すっかり気分は戦国武将の天禪にしてみれば、それは些末な違いでしかなかった。
「そう、これは宿命。あらかじめ定められた事柄だったのだ」
「因果律、というやつかな」
「否。お前と俺の間にはなんの因果も存在はせぬ」
「……さて、その言葉の真意は如何に」
「ふ、少なくとも、この馬鹿げた世界ではたとえ因果の糸があろうとも、それすら容易くぶった切られるさ」
「確かに、因果をも越えた何者かの意思が介在しているようだしね」
 右手を肩の高さに持ち上げながら白鬼が言った。いつもはゆったりとした僧衣に包まれている肉体は、ぴっちりとしたブルーの衣装につつまれ引き締まった肉体を引き立てている。
 銀粉のように細かな光がどこからともなくあらわれ、白鬼を中心にして回り出す。
 光はやがてのばした右手の平に集まり、目を突き刺す閃光となる。
 まぶしさに目が慣れてみると、白鬼は右手にどこからともなくあらわれた錫杖を握りしめていた。
 錫杖といっても、いつも白鬼が持っているものではない。
 柄の部分はプラスチックのような安っぽい青、そして金具の部分は金ピカという質実剛健な僧侶らしからぬ派手なものだった。
 器用な指の動きで錫杖をステッキのごとく回転させ、高く宙に放り投げる。
 そして戦隊モノヒーローに相応しいポーズを取りつつ彼は叫んだ。
「では、天禪将軍。俺は探偵戦隊草間ファイブの最後の良心・草間ブルーだ!」
 堂々とした声で名乗りを上げた白鬼だが、天禪は鼻白んだ様子で目を細めてみせた。
「どのツラ下げて最後の良心か。片腹痛いわ」
「な、何を! 俺のどこが良心でないというんだ?!」
「さっき思いっきり仲間を盾にしただろうが!! スコーンとレッドの眉間に当たったのを俺はこの目で見た! そのようなものを見てどう良心と思えというんだ!」
 この鬼の眼光を騙し仰せるには1000年早い!
 と、自分が980才だという事実を棚にあげながら天禪が激しくつっこんだ。
 ハリセンをつかわなかったのは、まだ針の先ほどの「理性」と「自制心」が残っていた、という所であろうか?
「ふん、お前が最後の良心だというのなら、草間ファイブも底が知れているな」
「おのれ……、俺のことはいい、だが仲間のことを悪く言うのは許さん!」
 生来のヒーロー願望なのか、それとも夢の影響か。
 白鬼がただでさえ眠そうな目を、閉じているのかと見まごうまで細める。
 本人は至ってまじめに天禪を睨みつけるつもりなのだろうが、どうみても、電車の中でたぬき寝入りをしている人間が、あたりの様子を薄目でうかがっている風にしかみえない。
 ――というより、自分を最後の良心と名乗っているあたり、すでに仲間のことをそこはかとなくこき下ろしている気がしなくもないのだが、そんなことはこれっぽっちも気にかかっては居ないようだ。
「ふん。許せんかったらどうするというのだ?」
 わずかに顎を上げて見下す。
 すると白鬼はまるで教師に怒られた生徒のように、あごを引いて、上目遣いで天禪をにらんできた。
 そして何をおもったか、ぺたぺたと間抜けな足音を立てながら天禪の脇を通り、シュラインと移動していくミノシターンを呼び止めた。
「おい、ちょっとキミ!」
「え、え?」
 いきなり声をかけられてきょとんと振り返るミノシターン。
 彼はシュラインと龍之助とともに戦闘ステージの移動の途中だったのだ。が……。
「ぼ、ボクに何か用ですか?」
 生来弱気な性格の為か、誰に呼び止められても立ち止まり、おどおどと話を伺うのがミノシターンの欠点でもあり美徳(?)でもある。
 チーム分けの時にシュラインとセットと決まっているから、白鬼と天禪の戦いなど関わる必要もないのだが……そういう疑念をもっているのがありありとわかる困惑した表情で、ミノシターンが落ち着きのない目で白鬼を見る。
 二本の足がお祈りでもするかのように胸の前で絡めあわされているのが、少女というかヲトメチックさを醸しだしなんとも不気味だ。
 しかし白鬼は春の日差しのように暖かく優しい微笑を浮かべた。
「キミの苦労はね、俺の従兄弟から聞いて知ってるよ。一生懸命やっても全然報われない、哀れな人だってね」
「い、従兄弟さんですか?」
「フリーカメラマンをしていてね、時々アトラスの方でも仕事しているんだけど」
 思い当たる人物が頭に浮かんだのかミノシターンがうなずき、手を(触手?)を叩く。
 さらににっこりと、訪問販売のセールスマンのように真意を読みとらせない笑顔を浮かべ、白鬼は錫杖の先端で床を叩き始めた。
「一生懸命やっているのに、そんなふうに改造されて……。どうせなら、その強化された身体で、いつもいつもキミを虐げている女王様に反旗翻してたてついてみたらどうだい?」
(……なるほど)
 と、ミノシターンより早く天禪が白鬼の真意に気がついた。
 ブルーの必殺技の一つ「説法モード」を発動させるつもりなのだ。
 僧籍ならでわの説得の言葉が胸を突き動かすのか、ミノシターンが落ち着きなくうぞうぞと十八本の触手で地面に「の」の字を書き始める。
「で、でも、ボクは……」
「キミも男なんだったら、一度くらいは相手をぎゃふんと言わせてやりなよ」
 力強い白鬼の言葉に、ミノシターンが目を見張った!
 が。
「ふん、そんな口先だけの言葉に引っかかるような愚か者がこの世にいると思うのか?」
 嘲笑うように言ってやる。と、ミノシターンが言葉を発した天禪の方を見つめてきた。
 天禪は腰に下げていた煙草筒のなかから煙管を取り出し、火を入れると、会社社長らしい堂々たる物腰で煙を吹かしてみせた。
 これだけで既に貫禄が違う。
 思いっきり白鬼の説法に引っかかりかけていたミノシターンだが、こうもあっさり否定されてしまうと立場がない。
 横目でミノシターンを見やる。天禪の金色の瞳が剣呑な殺気を宿し始める。
「お前はお前でなすべきことをなすがいい。行け、間抜け怪獣ミノシターンよ!!」
 低く渋い声に追い立てられ、ミノシターンはわたわたと足を動かし別室へと移動していったシュラインの後を追った。
 全く持って、後姿までも間抜けである。
 去っていくミノシターンをみていた白鬼が短く舌打ちした。
「ふ、あんな小物相手にセコイことをするではないか」
「ふん、まあいい。どうせ毛ほどにも使えないだろうとは思っていたからね。いないよりマシ。猫の手よりは使える、程度かな。いや、猫の手のほうがマシかな?」
 陽気で人当たりの良さそうな顔と口調をしていながら、何とも酷いことを言い放つ白鬼。
 あまりのギャップに、意識するより早くあごがはずれた。
 クールだとか渋いだとか、何かと黄色い悲鳴をあげて騒ぐ天禪の会社の女子社員たちにみつかったならば、「こんなの、荒祇会長ではありませんっ!」と言われ、涙を流しながら辞職願いをだされることだろう!
「…………」
 まぬけでだれきった空気を振り払うように、煙管を自分の肩当の端で叩き灰を落とした。
「……まったくもって一体お前のどこが最後の良心なのか教えてもらいたいところだな」
「キミの目は節穴なのかい? 見てみろ!」
 白鬼は大きくと腕を広げた。
 さあ、君の全てを僕が受け止めてあげるよ! と言いたげな大げさな動作である。
「この身、この心。俺のすべてが良心だ!!」
 体操のお兄さんの如くきらりと白い歯が光らせながら、きっぱりと言い切った白鬼に、天禪は鎧の動きにくさもなんのその、ハリセンで無言のまま思い切り白鬼の頭をはたいた。どこからハリセンを取り出したのか理解に苦しむことはなはだしいが、とにもかくにも天禪の「理性」と「自制心」が飛んでいってしまった事だけは確かだ。
 バシーン!
 すさまじい音が上がる。
 脳しんとうを起こしたのか、白鬼がふらりと足下を危うくした。
「い、痛いじゃないか!」
「寝言を言っているのかと思ったのだ。立って寝るとは器用な奴だと思ってな、試しに叩いてみたくなった」
「さっきからずっと俺は起きてるだろう! 見て判らないのか?!」
「だったら、寝言は寝てから言え」
「俺の言葉の一体どこが寝言だって言うんだい?」
「お前のどこに良心があるんだ? この似非坊主め」
「……言ってはならんことを言ってしまったな」
 どうやら「エセ坊主」という言葉が、彼の逆鱗に触れてしまったらしく、目に怒りの炎が灯る!
 腕を振り上げ、天禪を指差しながら白鬼は狼のように吠えた。
「この仏敵め! しゃらくせえっ、うだうだ言ってねえでさっさと勝負しやがれい! ギタンギタンに叩きのめしてやるぜい! さあ、この腹の中にある怪奇原稿、散らせるものなら散らしてみやがれい!」
 唐突なべらんめい口調に、流石の天禪も驚いた。
 こちらもべらんめい口調で応じてやろうかとおもったが、何も敵と同じ土俵で勝負してやる必要はない。
 そういう意味では天禪は立派に策略家であった。
 ――それに。
 目を伏せて、口の端を二ミリだけ持ち上げてみせる。
 そしてゆっくりと、時間をかけながら恒星のごとく煌く瞳をあけ、余裕を見せつけるように手の中で煙管を弄んで見せた。
「そうか、お前が伝説の怪奇原稿を持っているとはな」
 白鬼が目を見開き、腹に手を当てた。
「な、なんでそれを知っているんだ?!」
 あまりにもおトボけなセリフに、足を滑らせてしまう。
「き、貴様が今しがたそう言ったんだろうが!!」
 すっかりツッコミ役である。
 某お笑いタレント事務所にいけば、二人セットで高く買ってくれることだろう。
 ともかく、やっとの思いで体勢を立て直した天禪は、威厳を取り戻そうと、芝居がかった動作で手を一つ打ち鳴らした。
「戦意が萎えたわ。それがお前の計画だったのか? ……ふん、まあよい。お前との勝負、萎えた戦意でも戦えるこいつで決めるとするか」
 さらさらと衣擦れの音がして、遊女姿の女が四人現れた。
 おのおのの手には漆塗りの丸盆。
 丸盆の上には、華やかな色使いで様々な模様が描き込まれた瓢箪型の焼き物が乗っている。
 赤を基調にして、金や緑などで彩られている絢爛豪華な逸品だ。
「九谷焼、赤絵琴棋書画図瓢形大徳利(あかえきんきしょがずひさごがたおおどっくり)だ」
 自腹で出したコレクションである。
 多少自慢してもかまわぬだろう、と近くに運んできた女の盆の上から高さ四〇センチ弱の陶器のひょうたんを手に取り言い放った。
 と、白鬼は神妙に眉宇を寄せた。
 焼き物の見事さに感じ入ってるのか、それとも徳利の名に思うところがあるのか。
 しばし顎に手を当て何事かを考える仕草をして、ゆっくりと口を開いた。
「う、うーむ……、垢得近畿署蛾図久誤形大徳利、か。恐ろしい名前だ」
「阿呆か貴様は! 赤絵琴棋書画図瓢形大徳利だ! 合っているのは「図」と「形大徳利」だけではないか!」
 言葉が文字化して見えるはずなどないのだが、白鬼の声の微妙なイントネーションからすさまじい誤字を感じ取り、つい的確にツッコミを入れてしまう。
(もしかしたら、こいつとは浅からぬ縁があるのかもしれぬ)
 こんな奴と人生を共にするのはイヤだ、俺の人生はツッコミの為に有るのではない。と、泣きたくなる気持ちをぐっ、と押さえ込み、別の女が運んできたお猪口を白鬼に投げて寄越し、その場に腰を下ろしてみせた。
 手元に落ちてきたお猪口をキャッチすると白鬼は胡乱げに天禪を見てきた。
「なんのつもりだい、これは」
「見てわからんのか?」
 猪口をひょいと持ち上げ、片目を閉じる。
「飲み比べだ」
 敵と同じ土俵で戦う必要はない、全く持ってないのだ。
 ならば自分の得意なジャンルで勝負を挑むのがスジであり、勝利の方程式ではないか!
「飲み……って、俺は僧だ! 酒など……」
 案の定言い返してきた白鬼の言葉を途中で遮る。
「ここは夢の中だ。世俗とは切り離された場所。まともな世界のことなど気にするな」
 女を傍らにはべらせて手に持った徳利を渡し、酌をうながす。
 つがれた酒をぐいと一気に飲み干し、白鬼の方へ顎をしゃくる。
 もう一人の女が白鬼の隣につき、その手にある猪口に酒を注いだ。
「男のくせに持ち掛けられた勝負を受けることもできんとは……なんとも、情けない奴だ」
「だ、誰も受けんとは言っていない!」
 ちらりと注がれた酒に視線を落とす。まだわずかな迷いがあるようだ。
 ここで一気にとどめをさすべし、と低く天禪が笑って唇を動かした。
「飲まんと、子供たちの命はないぞ?」
「!」
 天禪の言葉に、白鬼が顔を上気させた。
 どうやら正義の味方根性に火がついたようだ。
 何と立派な燃えるヒーロー魂だろう!!
「やってやろうじゃないか! 僧籍に身を置くものとしては気が進まんが、正義の味方、とりわけ最後の良心・草間ブルーとしてはやらないわけにはいかない!」
(一体どこが最後の良心なのやら)
 まだいうのか、と呆れながら見やる。が、正義に燃える白鬼は天禪の呆れた視線にも気づかず勢いよく猪口の中の酒を一気に飲み干した。
 ほう、とため息がでた。
 久々に楽しく飲み比べができそうな、見事な飲みっぷりではないか!
「それでこそ我が敵。さあ、いざ尋常に勝負なり!」
「正義の味方に負けはない! 正義は勝ぁぁーつ!!」

 ――それから、五分が経過した。
「う〜〜ぃ〜〜……ひっく」
 酒臭い息を吐きながら、赤とも青ともつかない顔で床に転がっているのは、正義の味方であるはずの抜剣白鬼である。
 よほど頭が痛いのか、額を押さえながらぶつぶつとつぶやいている。
「う〜……あ、あーたーまーがぁぁ……割れる、わーれーるぅぅ……」
「……正義は勝つんじゃないのか?」
 淡々と酒をあおりながら言い捨てる。
 まだまだほろ酔い加減にも満たない。
 天禪の杯に注がれているのは、実は酒ではなく水なのではないかと疑いたくなるほどひどく綺麗な飲み方だ。
 それに引き換え白鬼は、酔いに目を回しながら獣のように低く唸っている。
 猪口に注がれた酒を口にしようと努力しているようなのだが、うっぷ、と口許に手を当てて顔を背け始めている。
 酒の臭いだけでもうたくさん、という所だろうか?。
「たった5杯でつぶれるとは、どうやら相当に酒に弱いのか、それとも俺と戦うには『正義の味方』としての力が足りなかったか?」
 さらに一杯、気付けにと勢いよく喉に流し込み、天禪は立ち上がった。
 床の上で丸太のように右に左に転がる白鬼へ歩み寄ると、腹の下に足の甲を突っ込み、白鬼の身体を仰向けにひっくり返してみせた。
 傍らにいた遊女に合図して、やや小ぶりの淡い土色の徳利を二つ受け取ると、人差し指と中指と薬指に挟んでにやりと笑ってみせる。
「さあ、それではとどめといくか」
「うぅぅう……だ、だめだ、これ以上は飲めな……」
「負け戦の将よ、命乞いとは見苦しいぞ。潔くせい!」
「うぐっ!!」
 空いた手で白鬼の口を強引に開かせると、電光石火の早さで二つの徳利を口に突っ込んだ!
 とくとくという音がして、徳利の中身が白鬼の口の中に直接注がれる。
「うっ、ぐっ」
「どうだ? 一二代・坂倉新兵衛作の萩焼徳利で味わう酒は。格別だろう?」
 桜色とも肌色ともつかぬ、微妙な色合いの見事な徳利。
 しかし白鬼は徳利の色合いを楽しむどころではない。
 酒が気管に入ったのか、真っ赤な顔で酒を口からこぼしながら咳き込んでいる。
 情けない事この上ない白鬼を面白く観察していた天禪は、傍にいた女の盆から新しいお猪口を手に取り、酌をさせて口に運ぶ。
 勝利の美酒は、いついかなる場所で味わっても上手いというもの。
 が。
「……ふん、無粋な輩だ。そのような軟弱さで俺に挑むには百年は早いわ、このひよっこが!」
 かっくりと目を回して倒れ伏した白鬼に吐き捨てるように言う。
 もっともっと強い酒豪でなければ、飲み比べは興がのらぬ!
 片目を細め猪口を床に叩きつけ、白鬼の腹に手を伸ばす。
 砕けた磁器が足元でざらりと音を立てた。
 ベルトを外させて、悪趣味な正義の味方スーツをめくり紙の束を手に入れた。
「この勝負、軍配は鬼道将軍・天禪に上がったようだな……ふふふ……はーっはっはっはっ! 草間ファイブ、恐るるに足らず!!」
 高らかに響き渡くその天禪の勝利宣言とは別のところで、それをはるかに上回る、ある種の強制力を秘めた声が発せられたのはその時だった。


<第5話・幕切れは突然に>

「カット、カット、カァーーーット」
 怒りに満ちた男の声が聞こえたかと思うが早いか、大きなモーター音がして、周囲の建物や風景が地面や壁の中に収納され、あるいは霞のように消えていく。
「困るねぇ、困るんだよ。そこはもっと情感を込めて、こうっ! こうっ!」
 と、メガホンを振り回しながら、スキンヘッドにサングラスという怪しげな風体の男が、地平線の彼方から駆け寄ってくる。
 その時の一同はといえば、全員が埴輪のように口をOの字にあけて、「へ?」「ほえ?」「うにゃ?」と奇声を口々に発し、続けざまに、まるで見えないタクトが振られたように一斉に叫んだ。
「内海監督?!」
 ちまたで高視聴率ドラマといわれる『レンゾク』や『あぶれる刑事』で有名な、あの内海良司監督ではないか!
「おや、やっとプロデューサーのおでましかい?」
「プロデューサーだと?」
 飄々としたサイデルの言葉に、暁文が聞き返す。
「あ、そういえばバクさんが「これは誰かの夢の中」みたいな事言ってましたっ」
(……忘れていたのか、雛)
「だってだってっ!」
 彼女だけを責める訳にも行くまい。
 全員が全員、戦隊モノの夢に影響されて「ヒーロー」や「悪役」を演じるのに夢中だったのだから!
「うん、そうだよ。この間のエイプリールフールに、夢の中で遊んでくれたお礼に「見たい夢を見させてあげる」って約束したんだもん」
 とやたらと間延びした声が聞こえる。と、全員の視線が声の主、もとい、白と黒の変な動物を見た。
「そしたら、おじちゃんの妄想の力が強すぎて、ぼく、制御しきれなくて、みんな巻き込んじゃった」
 ごめんね。と愛くるしい瞳を何度も瞬きさせて、首を傾げる。
 どかっ!
 という音がしてぬいぐるみのようなバクの子供が宙を舞う。
「あーれー!」
 それなりになりきっていた暁文が、バクにむかって見事なゴールシュートを決めたのだ。
「ちっ、全く手間かけさせやがって」
「あら、そう? 私は珪くんとスキンシップ出来て楽しかったわ」
 妖艶な笑みをたたえながら、響が流し目でイエロー、もとい九夏珪を見つめた。
「ふとももも堪能できたし!」
「不潔ですっ!」
「俺は好きで触らせたんじゃないっ!」
「九夏さんがそんな人だったなんてっ。雛は悲しいですっ!」
「違うーっ!」
「……うう、叫ぶのはやめてくれないかな……二日酔いに響くんだ」
 と、蒼い顔でふらふらしてるのは、抜剣白鬼である。天禪将軍との「飲み比べ」の影響……つまりアルコールが極限まで回りきっているようだ。
「ふん、青いな! 漢(おとこ)たるもの、酒の一升や二升あけられんでどうする! 武将の名が泣くぞ!」
「俺は僧籍なんだ〜」
 と弱々しい抵抗を試みるも、あっというまに天禪のスリーパーホールドで首をしめられ、ノックダウンしてしまう。
 締め上げられているのは白鬼だけではない、間抜け怪獣ミノシターンも(いかようにしてかは全く持って理解不能なのだが)18本の足をまとめられ、目にハートマークを浮かべる龍之助にしっかり抱きすくめられている。
「わああああ。離してくださいっお願いしますぅうう!」
「俺の愛で人間に戻ってください!」
 がし、っと抱きすくめられ三下は叫ぶ。そのうねうねと動く足元では、奏太が不敵な笑みを浮かべて、三下の足を吟味している。
「僕、イカの足もタコの足も大好きだなぁ。荒塩ふって、炭火で焼くとおいしいんだぁ」
「ほう、坊主、なかなか通を言うな。ではこの酒によってる情けない男の代わりに、いざ俺と一献かたむけぬか」
「わーい、夢の中なら未成年でも関係ないよねっ!」
「夢の中なのに、なぜ俺は二日酔いに〜」
「おい、あんだ、俺も混ぜてくれよ。俺は老酒もイケるが、日本酒もいけるクチでな」
「なんだい、打ち上げならあたしもやるよ」
 と、奏太と天禪の間に入るのはサイデルと暁文。
「ちょっと、まってよ。その前に!」
 宴会、否、打ち上げに入り始めてる一同に向かって、花魁姿のシュラインが制止をかける。
「うぬ。意外とそなた無粋だな。美しいその花魁姿には似合わぬぞ」
「誉めてくれてありがと、天禪将軍、いえ、天禪さん。でもね、その前にやることがあるでしょ?」
「やることって……なんですか?」
 痴話喧嘩をとめて、雛が瞬きを繰り返す。
「あの人のおしおきよ」
 と、美しい着物に包まれた腕を動かし、シュラインはほっかむりをして逃げようとしている草間を指さした。
「……」
「……」
「……」
「そういえば、アトラスが原稿を狩るのは理解できますね。いつも三下さん、原稿におわれてるし」
 と、怪訝な顔で龍之助が言う。
 月刊アトラスでバイトをしている龍之助が言うまでもなく、全員にそれは理解出来た。なぜなら麗香はいつだって原稿が足りない、と狂乱になってるからだ。
「そーいや、何で草間さんは「伝説の怪奇原稿」なんて持ってるんだ?」
 スカートをはいているという事もわすれ、珪が床の上であぐらをかき、腕を組み悩んでいる。
「みてみるか?」
 暁文がブラックスーツから封筒をとりだし、伝説の怪奇原稿を引っ張り出しす。
 が。
『白紙ィイイ?!』
 のぞき込んだ全員が、素っ頓狂な悲鳴を上げた。
「あっ、私のも白紙です!」
「俺のもっ! くっそう、スカートはかせた上に白紙かよっ!」
「俺のと抜剣さんのは新聞紙ですっ」
 口々に驚きの声を上げる草間ファイブ。
 疑惑の視線が時の人、草間武彦に集中する。と、蒼白になって草間は胸元から分厚い封筒を取り落とした。
 ばさっ、という音がして地面に落ちる原稿。
 あわてて上にうずくまるが、時、既におそし!
「幼稚園児が助からなかったらどうするつもりだったんだっ!」
 僧侶らしく、人道的な事を白鬼が怒り全開で叫ぶ。
「ゆ、夢に幼稚園児の無事も何もないだろ?!」
 原稿の上にうずくまったまま、草間が情けない反論をする。
「そういう訳で、みんなの怒りを納める為にも、武彦さん、その書類渡して頂戴? じゃないとカワイイ貴方を食べちゃうわよ?」
 不気味に鞭を揺らしながら響が胸をそらしてほほえみかける。が、目が全く笑ってない。
「わーい、じゃ、草間さん食べちゃっていいよねっ! いただきまーす!」
 奏太が喜びの声をあげて、原稿を押さえる武彦の指先をかじる。
「いてーっ!!!!」
 かじられた痛みで草間が指を放した瞬間、シュラインが流れるような動作で原稿を奪った。
「まったく、こんなのに頼る暇があったら、編集部全員で力を合わせて良い原稿書けば良いのよ! 草間ファイブもこんなの守ってる間に世の中に貢献しろっ!」
 言うが早いか、どこからか取り出したライターでさっさと原稿に火を付ける。
 炎はあっという間に紙に引火し、原稿は瞬く間に灰になる。
「あ、あああああ! 俺の老後の糧がぁあ!」
「老後の糧?」
 いぶかしげに天禪が聞き返す。
「そうよ、武ちゃんたら、老人になって探偵家業ができなくなったら、自分の担当した怪奇現象を小説にして、印税で優雅にモナコあたりで美女はべらして暮らすんだって、渡してくれなかったのよ。記事は時間が勝負、旬の時期に掲載してこそ花っていったのに」
 と、先ほどまで死体になっていた麗香が起きて、めんどくさそうに眼鏡をなおしながら事実を付け加えた。
「てことは……俺達、草間さんの老後の為に」
「こんな目にあってたんですね!」
「やいっ! テメェ! 本当なのかよっ!」
「……言葉もでないね」
「まったく。こういうのにはお仕置きが必要です」
 と、珪、雛、暁文、白鬼、龍之助が……草間ファイブが畳みかける様にいう。
 危機を感じ、腰をぬかしたままじりじりと後退する武彦。
 その武彦にむかって、草間ファイブの五人がどこからか取り出した「超特大バズーカ砲」をかまえる。
 しゃきーん、と金属の音があたりに響く!
「諸悪の根元始末するぜ!」
「愛有る限り!」
「俺の勇気を力に変えて!」
「五人の友情を光とし!」
「これぞ探偵戦隊草間ファイブ必殺の!」

「シャイニング・草間・バスター!!!!」

 どかぁあああん、と爆発と共に立ち上がるどくろ雲。
「そんな馬鹿なぁあああ!」
 吹き飛ばされて遠いお星様になる草間。
 どこか遠くで「おしおきだべぇ〜」と声が聞こえた。

「まったく。武彦さんたら」
 腰に手をあて、シュラインが文句をいう。
 その姿はもはや花魁ではなく、動きやすそうなジーンズ姿……つまり普通の格好に戻っていた。
「そういうな。良く言うではないか。『つわものどもが夢の跡』とな。終わり良ければ全てよし、だ。そなたの手際、この天禪深く感動した。……草間には勿体無い人材だな。俺の秘書等どうだ?」
 仕立ての良いスーツ姿に戻った天禪が大物らしい、堂々とした口調で尋ねる。が、シュラインは頭を降った。
「あのしょうがない人に私以外についていけるバイトが見つかるかしら?」
 くすくすと笑いながら、草間が飛んでいった方向をみる。
「……なるほど、適材適所というわけだ」
 さして残念そうでもなく、天禪がいう。
「ま、これはこれで楽しかったぜ」
 のびをしながら暁文がいう。と、その横っ腹を奏太がこづく。
「うん、僕も草間さんかじられたし」
「ま、スカートなんて夢の中でしかはけないしな」
 とは照れくさそうな珪。その珪の後ろで、雛が「私も九夏さんとご一緒できたし」と赤面しながらうつむく。
 その雛にむかって「もっと大きな声でいわなきゃ、あの鈍感少年きづかないわよ」と響が皮肉下にわらった。
「俺も、こうやって三下さんだきしめられて、夢でもうれしいです!」
「わぁああああ。戻ったんだからはなしてよぉお!」
「ふ、二日酔いは……夢が終わったらなおるかな」
 騒がしい面々を見ながら、サイデルは鼻をならしてそっぽを向いた。
 しかしその唇にはうっすらと微笑みが浮かんでいた。
 ゆっくりと周りの景色が白くかすんでいく。
 ひとり、一人と姿がかき消えていく。
 もしこれが映画ならきまりだ。

「これにて、終幕」

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女/ 26 /翻訳家&幽霊作家】
【0024/サイデル・ウェルヴァ/女/ 24 /女優】
【0449/紫堂・奏太(しどう・そうた)/男/ 12 / 鬼】
【0284/荒祇・天禪 (あらき・てんぜん )/男/ 980 /会社会長 】
【0116/不知火・響(しらぬい・ひびき)/女/ 28 /臨時教師(保健室勤務)】

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■         ライター通信          ■
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 野望はOMCライター1のイロモノ師! の立神勇樹(たつかみ・いさぎ)です。こちらの不手際で長くお待たせして申し訳ありません。
 さて、今回の事件は「10シーン」の構成になっております。
 共同企画の「探偵戦隊草間ファイブ 〜打倒秘密結社アトラス〜」を見ると正義の味方側の視点でこの事件を見ることができます。
「このキャラはここにくるまで誰と戦っていたのかな?」と思われた方は、他の方の調査ファイルを見てみると、違う角度から事件の本当の姿が見えてくるかもしれません。
 ちなみに今回は圧倒的に悪役さんの戦闘パラメータが高かったです。(笑)

 こんにちは荒祇天禪さん。
 今回は会社社長+長生きした鬼ということで戦国武将チックに描写してみました。
 なお、戦闘が「酒盛り」になった理由は
 1)戦闘パラメータが抜剣さんのほぼ倍(サポート込み)で圧倒的勝利だった。
 2)設定をみて「抜剣さんが僧籍でお酒は飲めないだろう」と感じた事、「天禪さんは酒豪設定」だったこと
 以上より普通に拳で戦うより、こちらが良いのではないか、とライター同士で話し合ってきめました。
 いかがでしたでしょうか?
 また、別の機会に(まじめな!)依頼でお会いできたら嬉しいです。

 あなたと私で、ここではない、別の世界をじっくり冒険できたらいいな、と思ってます。