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調査コードネーム:「秘密結社アトラス! 〜打倒・探偵戦隊草間ファイブ〜」
執筆ライター :立神勇樹
調査組織名 :月刊アトラス編集部
募集予定人数 :1人〜5人
<オープニング>
――ある朝目が覚めると、秘密結社の幹部になっていた。
冗談ではなくマジである。
いつものようにあくびをしながら、いつものようにビルの階段をあがり、いつものようにアトラスのドアを開けたならば。
目の前に秘密結社があった。
衝撃だ。
秘密結社といっても、夜明けのなんたらとか、薔薇十字団のような格好いいモノじゃない。いわゆる子供だましの特撮ヒーロー番組に出てくるような秘密結社だ。
鍾乳洞の中のように岩肌剥き出しの室内に、銀色のパネルやら、得体の知れない機械(そもそも動くとは思えない!)がはめ込まれており、その合間合間にこれでもか! と深紅の薔薇が活けられている。
やたらとガラス玉がついた金メッキの玉座に鎮座ましましているのは、王冠をかぶり、黒レザーのレオタードにピンヒールのブーツ。とどめは毛皮のマントという格好をした碇麗香である。
麗香は女王然とした動作で立ち上がって手を上げた。
「聞け! わが同士よ! 世間の不況を受け、わがアトラス帝国の売上も衰退の一途をたどっている。しかぁし! 憎き「探偵戦隊草間ファイブ」の指令、あの草間武彦が持つ「伝説の怪奇原稿」さえ手に入れば、瞬く間に月間売上トップ。わが帝国に再び栄華が訪れるであろう!」
あのー、もしもし?
ほっぺたをつねってみると、ちゃんと痛い。
が、この状況は現実とは思えない、否、思いたくない。
肩を落としてため息をつくと、足元に白と黒の変な動物がいた。
――バクの子供だ。いわゆる夢を食べるというあいつだ。
「あれあれ? 夢の世界なのにずいぶん現実の人たちが混じっちゃったなぁ」
ということは、これは誰かの夢の中?
「そうだよ。でもキミ大変だね。この夢から出る為には、この夢を終わらせてあげなきゃいけないんだ。そうそう夢の世界で一晩すごすと二度と元の現実に戻れなくなるんだから急いだ方がいいよ」
…………。
どうやらこの馬鹿げた戦隊モノ世界で「どうにかして」話を終わらせなければならないらしい。
しかもアトラスだけではなく、草間興信所も夢の世界に巻き込まれているようだ。
「出でよ! 間抜け怪獣ミノシターン!」
タコイカ合わせて十八本の足に三下の顔がついた、なんとも情けない怪獣が煙とともに現れた。
「うぁああああん。麗香さんひどいです。何で僕だけこんな目にぃいい」
やれやれ。程度の差はあれ、アトラスのメンバーもノリノリだ。
でも、まてよ?
たまには「悪役が勝つ戦隊モノ」があってもいいんじゃないか?
それにこれは、草間武彦を公然といぢめられるチャンスだぞ?
そう考え微笑んだあなたの後ろで、碇麗香が高らかにさけんだ。
「行け! わが精鋭たちよ!」
<第1話・悪役はいつも華麗に>
「と、思ったけど、やめたわ」
ガタガタタン!
物が落ちる音および、人が倒れる音が立て続けに起きた。
もちろん、アトラスにいた全員が「ずっこけた」音である。
ずっこけなかったのは外見同様、剛胆な神経をもつ荒祇天禪ただ一人だけであった。
もっとも、この程度でずっこけていては天禪の経営する会社(それも日本有数の大企業だ!)の社員に示しがつかないし、政財界の狸たちとも渡り合うのは不可能なのだろうが……。
天禪は整えられた頭に手をやった。固めの髪の毛が厚い手のひらに硬質的な感触をつたえてくる。
普段はオーダーメイドの英国製スーツ(しかも袖口のボタンがはずせるという、最高級品だ!)に身を包んでいるこの御仁。今は何故か戦国時代の武将が着るような鎧を身にまとっている。
両肩についた真紅の大袖が小麦色に焼けた肌と調和しており、実にサマになっている。
天禪が「戦国時代から現代にタイムスリップしてきました」と言う方が、この馬鹿げた現状よりよほど真実みがあるというものだ。
それもその筈。今となっては一族の限られた者しか知らぬ事だが、天禪は10世紀を生きようかという「鬼」である。
ゆえに現在のこの格好も、本人にしてみれば「おお、久しぶりだな。たまにはこういう格好もよいかもしれぬ」程度のものなのだ。現代人がたまに着物を着る感覚と同じ、という訳だ。
その証拠に、もしこの場に人の心をのぞける力持つ者がいて、天禪の心を読んだなら。
(この装いは実に久方ぶりだな。清盛の若造を背面から蹴り飛ばした時以来か? それとも関ヶ原で石田のみっちゃんをいじめた時以来だったか……懐かしい。うむ。実に懐かしい……)
ってな調子で万感の思いを込め、過去を回想しているのに気づき、頭を抱え込んで卒倒することだろう!
天禪が万感の思いを込めて、死屍累々(もちろん、麗香の一言で精神に「ずっこけダメージ」を食らった方々だ)を眺め、昔を回想していると、これまた天禪と同族……しかしまだ若く、暴れたい盛りといった鬼の少年が机を手がかりにして何とか立ち上がった。
ああ! しかし! 何と言うことか!
その少年――紫堂奏太の姿と言ったら!
黒いナースキャップに、黒いナース服。もちろん足は腐女子の心をくすぐるショタコン印の生足だ!
とどめというのか、ご丁寧というのか、小さくかわいいおしりには「お約束」と言わんばかりに先のとがった長い「小悪魔しっぽ」!!
御歳十二才。気の強さと悪戯心をうかがわせる利発そうな顔! 黒いナース服と見事なコントラストを示す細い手足。
ああ! ああ! 何という破壊力! 何という魅惑の誘い! これを目にした「ある種の乙女」は鼻から赤い液体を吹き出しながら瞬時に絶命することだろう!!!
麗香の趣味か?! 衣装係の手違いか?! ともかく、一番の問題は奏太自体がこの格好の不自然さ(いや、この場合は自然さだろうか?)に何ら違和感を感じていないという事だろう!
(命令されるのはあんまり好きじゃないんだけどなぁ)
などとおもいつつ、ま、いいか。
(これなら草間さんやみんなを味見できるし♪)
という所である。外見はかわいい少年でも、中身は人間・悪霊・悪魔となんでもござれ! 食べ物に好き嫌いはいたしません! の正真正銘、心も体も立派な鬼なのである。
奏太は黒いナースキャップからこぼれ落ち目にかかる前髪が邪魔だといわんばかりに、ぷるぷると顔をふり、ついでにお尻についた悪魔しっぽで床に倒れている「間抜け怪獣ミノシターン」をぴしり、と打って口を開いた。
「やめた、って、やめたら夢おわんないよ」
「あら、やめるのは草間興信所襲撃。春になったから紫外線がこわいじゃないの。わざわざ武ちゃんの所に行くために、お肌を傷めたくはないわ」
「そうだね、曲がり角ふたつはすぎてる……うわぁ」
ホホホ、と笑いながら麗香の手から放たれた鞭を避けながら、奏太はあわてて机の影に隠れる。
あわれ巻き込まれた編集部員達が、ヒィー!と秘密結社の戦闘員お約束の悲鳴を上げながらのたうち回る。
奏太を狙って再び放たれた鞭の先を、一つの影が驚異的な動体視力と瞬発力でもって受け止めた。
人影……サイデル・ウェルヴァは鞭をぐい、と一度強く引っ張り麗香がよろめいたのを確認してから手から鞭を離した。
「仲間うちでもめてる場合じゃないよ」
大きく息を吸い込む。体に密着したヴェストの下で豊かな胸が膨らみ、白いシャツのたっぷりとしたひだがふるふると揺れた。
黒いサテンの裾長の上着には金糸でびっりしと刺繍が施してあり、ボタンは大きな真珠。
つばの広い黒い帽子には白く大きな羽根が飾ってある。無駄な肉がついてない長い足をぴっちりと包むのは白いスラックス。
ブーツは磨きたててあり、腰に下げた細身の剣・レイピアが彼女の動きに従ってかすかな音をたてる。
秀麗な顔の中で柘榴石のように輝く瞳の片側には黒ガラスでできた精巧な眼帯をつけている。
それは堂々とした彼女の態度とあいまって、中世の女海賊と言った姿である。
「あたしは手段なんかどうでもいい。だけど、だらだらなれ合うのはごめんだね」
熟れた果実の様な唇から、ぶっきらぼうにサイデルは吐き捨てた。
本職が女優であると言っても、この雰囲気、この状況でこれほどに似合いの所作を取れる者はそういないだろう。
もしここがスタジオでスポットライトがあるならば、間違いなくその中心はサイデルだった。
執念深く、頭も切れ、しかし詰めが甘いと、悪役の条件生まれつきにして完璧にみたしているのだから、この場の雰囲気で目立たぬ訳がない。
悪女・女海賊・傾国の王妃などを演じてきて、最近名前が売れてきた女優なのだが、いままでメディアが彼女を取り上げ騒がなかったのは不思議でならない。
「そういうこと、ともかく草間興信所……じゃなかった、この場合は正義の本拠地かしら? から原稿を奪ってくればいいんでしょう? 原稿奪わないとここからでられないんでしょう?」
と、迷惑そうな言葉を何故か嬉しそうな口調で良いながら、不知火響はピンヒールブーツのかかとで床を蹴った。
普段は保健室勤務の臨時教師のお姉さんなのだが、今日の服装はSM女王も真っ青な黒皮の拘束スーツだ。
豊かな胸元を惜しげもなくさらす、Vカットがお子さま……もとい、アトラスの戦闘部員や間抜け怪獣ミノシーターンには目の毒だ。
「ま。そういう事なら仕方ないわよねぇ?」
やはり嬉しそうに、しかも何の違和感も抵抗もない調子で言ってのける。繊細に作られた彫刻のような外見とは裏腹に、精神はかなりタフな様子である。
響はこれまた黒皮の手袋で包まれた指先で、ゆっくりと唇の輪郭をなぞって微笑む。
「それにしても似合うわね。麗華。ふふ、悪の女幹部ね…素敵じゃない? 丁度ここの所暇してたし、いいわ。つき合ってあげる」
ヒールを高らかにならしながら、麗香女王様のあごに手をそえ、顔を近づけまじまじとのぞき込む。
危険である。
はっきり言って危険である。
どのぐらい危険な空気かというと、背景に紫の薔薇を千本かきこんで、桃色の煙をだす香を焚きしめ、背後に薄いカーテンとベッドがあれば、もはや直視ままなぬ! といった空気が漂っている。
詳しく描写をするならば……それは淫靡にして美しく、濃厚にして絢爛豪華、死と快楽。運命と絶望のめくるめく桃色の世界。
はっきりいって――<以下十八禁の妄想が繰り広げられている為、編集上削除>――である。
せっかく麗香の「ずっこけダメージ」から回復した編集部員……もとい戦闘員達が、今度は響の「お色気ダメージ」で鼻から赤い液体をほとばしらせながら、三メートルほどぶっとびまくり、床の上で体を跳ね踊らせて絶命している。
「とにかく、興信所から原稿を奪う!」
戦隊モノではなくアダルトビデオチックな雰囲気になりつつあるのを拒否するように、一同の良心シュライン・エマが叫んだ。
「あら、そんなに照れることはないじゃないのシュライン。もし経験が無くて奥手になってるのなら、私が手取足取り明日の朝まで教授してあげるわ」
「そうじゃなーーーーーーーい!」
ぜいぜいと息を切らせながら、喉も避けよとばかりに咆吼した。
ヴォイスコントロールに優れ、通常なら人の耳に心地よい声と抑揚で語りかけてくるシュラインも、さすがにこの時ばかりは制御なし、問答無用の破壊音声で叫びたてた。
(……私はアトラスに貢献する気はさらさらないのに)
もともとシュラインは草間興信所でバイトをしている翻訳家である。
つまりこのアトラスにいること自体がおかしい。裏切るつもりは決してこれっぽっちもない。もとい、これで現実の草間興信所に影響があって、給料が貰えなくなったらどうしてくれるのだ。
こんなアホな事態に巻き込まれるのなら、いっそ「探偵戦隊草間ファイブ」の「ピンク」をやっていた方がマシだというものである。
が。気がついたらコチラにいたのだから仕方がない。
泣きそうになりながら、がっくりと肩を落とす。
しかし、「伝説の怪奇原稿」を奪ってどうにかしない事には話は続かない。
この一癖も二癖もある仲間と、何とか二十四時間以内に話を終わらせなければ一生このアホな夢の中に置き去り、となりかねない。それだけは勘弁だ。
(しかもこの衣装、動きにくいし、重いし、頭のかつらは落ちそうで怖いし、壊しそうだし……この衣装……汚したら高いんでしょうね。ああもう)
と、長い裾を引きずりながらため息をつく。動きにくさでは他の四人の追随をゆるさない。
それがどういった衣装なのかというと……後の楽しみのために、ここでは明言を避けておく。
閑話休題。
ともかく、シュライン・エマはこのアホらしい事態、および、協調性のカケラもない仲間をみてるうちに、ぷつん、と何かがキレてしまった。
ふつふつと笑いが心の底から沸き上がる。
こうなったら、どうとでもなれ、である。
泣き落とし、餌付け、誉め殺し。くすぐり、青汁一気飲み、バンジージャンプ。
草間興信所に来るメンツの顔を思い浮かべながら、その弱点をリサーチする。
相手に確実に対応できるように、準備は万端でなければならない。知ってる相手にであったらめっけもの。正確に弱点をつくことができるだろう。
こうなったらアトラス仲間を盾に、剣に邁進するのみ! である。
草間武彦が書いた「究極の原稿」とやらがどのようなものか、気にならないと言えばウソになるが、あの草間に頼る暇があるのなら、汗水ながして良い原稿を書けばいい。だいたい草間ファイブも原稿なんぞ守ってる暇があるなら、世の中に貢献しろ。
マグマのような熱い怒りが腹の底から沸き上がってくる。
「いいわ、奪いましょう。やってやろうじゃないの! あんた達準備はいい?!」
ただならぬ怒りに全身を震わせるシュラインに、全員が息をのんで気を付けをした。
普段冷静な人間ほど、切れると怖いものである。
「あ、あのね、シュライン。お願いだからエキサイトしないで。ね」
麗香がかわいさを狙って小首をかしげるが、シュラインは絶対零度の視線で麗香を睨むだけである。
「で、あの、その、もし差し支えなければここはお約束に乗っ取って行動しようかなぁ。と」
「お約束ってなーに?」
奏太がうれしそうに、小悪魔しっぽ(ほんとうに、どうやって動かしてるのだろう! 謎だ!)をゆらゆらとふりながら大人達の顔を下からのぞき込む。
「きまってるわよねぇ」
「ベタだ」
響とサイデルが同時に吐き捨てる。と、武者姿の天禪が左手の平を右手でぽん、と打った。
「む、そうか。悪役のベタといえば答えは一つ……幼稚園バスジャックだ」
「幼稚園ばすじゃっくぅう?!」
怒りを忘れてシュラインがすっとんきょうな声を上げた。
「わーいわーい、バスジャックv 子供は柔らかくておいしいから、かじりがいがあるんだッv」
「物心のつかない小ウサギちゃんを手なずけるというのも悪くないわね」
と喜びの声を上げるのは奏太と響。
「しかし幼稚園バスは一体何型車になるんだ? 俺は普通自動車免許しかないから普通車と原チャリしか運転はできんぞ」
「ガキ相手のロケは面倒だから避けたいねぇ」
とやたらと現実的な事をのたまうのは天禪会長とサイデル。
「…………」
無言なのは、もちろん、開いた口がふさがらないシュラインである。
「あ、あのね、で、もう面倒だからADさんと大道具さんに手配しちゃったの。で、さっき草間ファイブに「幼稚園児返してほしければ秘密基地まで来い」ってぇ、ここの住所を伝書鳩で教えておいたの。だからそろそろ来るとおもうわ。あとはよろしく!」
「…………はい?」
女子高校生のようなノリでとんでもない事をいう麗香。
そして麗香の言葉を三秒遅れで理解したシュライン。
おい、そもそもADと大道具ってなんだ?!
伝書鳩ってなんだ?!
住所教えたらそれは「秘密」基地ちがうだろ!
あらゆる疑問が頭の中で駆けめぐる。
しかし忘れては行けない。
夢と戦隊モノはご都合主義と相場が決まっているのだ。
諸君。
健闘を祈る!
<第2話・秘密基地潜入!!>
かくして、探偵戦隊・草間ファイブと秘密結社アトラスの最後の戦いの火蓋が切って落とされた。
そこに至るまでには艱難辛苦、波瀾万丈、悲喜交々、焼肉定食の出来事とそれに付随するドラマがあったのだが、まともに説明していたら、夕方十七時から一時間七十二週かけても終わらないので、この場では割愛させていただく。
伝書鳩についていた地図に従って、草間ファイブ達がたどりついたのは「月刊アトラス」が入っているとある出版社のビルだった。
いや、ビルだったもの、と訂正したほうが良いのかもしれない。
外壁はアルミホイルのようにてかてか輝く鏡面張り。設計基準法を無視したようにビルはねじくれ、壁の中から触手のようは張りぼてが無数にあらわれツタのようにビルを覆っている。
窓枠にはバラの花が飾られている。
どんなに悪趣味なラブホテルだって、ここまでしないだろう?! という実に設計過剰かつ美的感覚を疑いたくなるようなビルだった。
「うわー、編集長はりきってるなぁ! まるでラブホテルじゃん。……ラブホテル?! 俺と三下さんの愛の園?!」
くふふふふ、と自分で言った感想に自分で反応し、妄想をふくらませているのは言うまでもなく「レッド」の湖影龍之助である。
「ふ、不潔です!」
はっきり言って、十八禁の妄想をピンク色のハートにしてあたりにばらまく龍之助をにらみ、顔を真っ赤に染めて反論する少女は「ピンク」の篁雛である。
「ちくしょー、何が最近はイエローもスカートだ! 草間のクソオヤジ!」
とぼやきながら、雛と色違いのコスチュームの裾(要するにスカートだ)を気にしてるのは、「イエロー」こと九夏珪少年。
「帰りたくなってきたぜ」
「まあまあ、そう言わないで楽しもうじゃないか」
心底嫌そうな顔をして渋々ついてきてるのは「ブラック」の張暁文。その暁文をなだめ、かなり状況を楽しんでいるのは「ブルー」の抜剣白鬼である。
はっきり言ってここまで協調性も友情も無い戦隊も珍しい。
ともあれ入り口を通る。と、普段ならかわいい受付嬢が迎えてくれる玄関ホールにたどり着いた。
「おい、何か出てきたぞ」
それぞれ好き勝手に、気の赴くままに行動していた探偵戦隊草間ファイブのメンツが、暁文もといブラックの言葉に誘われ、ホールの中央にある階段に視線を合わせる。
と、現れたのはお約束の秘密結社の戦闘隊員。
月刊アトラスの編集部員が続々と二階から中央階段を下りて現れた!
その顔色は一様に青白く、シャツはよれよれにくびれ、ネクタイは限界までゆるめられている。
片手には真っ白な原稿用紙、片手には修正用の赤ペン(もしくは写真のネガ)をもち、胸ポケットには何故かリゲ○ンの小瓶とストローが入ってる。
よれたシャツの背中には「二十四時間戦えますか?」・「注意一秒誤字一生」・「〆切破りは人に非ず」・「夏コミ取れた?」エトセトラ、エトセトラ……が、毛筆で豪快に書き抜いてある。
その数たるや! はっきり言ってこのビルのどこにこれだけの編集部員もとい、戦闘隊員がいるのだ?! とか、これだけいるなら、草間から原稿取らずにてめぇでかけよ! と言いたくなるほどの数だった。
「ヒィ!」
「ヒィイ!」
そして彼らはお約束の奇声をあげながら、一斉に草間ファイブに挑みかかってきた!!
「うわ」
「きゃっ!」
「なんじゃこりゃー!!!」
「か、数が多すぎる!」
と珪、雛、暁文、白鬼が異口同音に叫んだ。
栄養失調・寝不足・しかもハイテンションの編集部員に囲まれては、戦う以前の問題だ。
「原稿、下さいよ〜。泣き落としは駄目ですからね〜」
「何か書いてよ、三枚でいいからさ!」
「ささ、このライター契約書にサインを! サインを!」
「えー、おせんにキャラメル、おせんにキャラメル如何ですか?!」
「アナータハ、神ヲ信ジマスカー?」
「ええい、もってけ泥棒! べらんめぇ!」
赤ペンを振り回す者、携帯電話で原稿を取り立てる者、契約を迫る者、果てには押し売りに、宗教勧誘。フランクフルトの屋台に金魚すくい。バナナのたたき売りまでやる始末。
いくら夢とはいえ、ここまで矛盾だらけだと何が何だかわからない!
「やっ、触らないで!」
一体何処をさわったのか、編集部員の一人が左手に雛の平手打ちを位、見事に吹っ飛ぶ。
「きりがないね!」
何人目かの編集部員に手刀をたたき込みながら白鬼もといブルーが悲鳴をあげる。
流石にヒーローといえど、数の暴力にはまけるのか?!
ああ、ああ、危うし草間ファイブ!
絶体絶命! そう思った時。
「――ところで、みなさんご自分の原稿お書きになりました? 〆切今日ですけど」
にこにこと人畜無害な……いや、人畜無害なだけに恐ろしいレッド・龍之助ののほほんとした言葉が放たれた。
「ヒィイイイイイ!」
一斉に悲鳴をあげて、編集部員達が頭をかかえ、ドミノの様に倒れていく!
恐るべし龍之助。恐るべし〆切!
アトラスの実状を知るアルバイターだからこそ使える最終兵器!
切実かつ、冷酷なこの一言に勝てる編集部員がいるだろうか?!
次々にうめきながら倒れていく編集部員達。胸ポケットのリゲインを補給する暇もない。
「あれ……」
何とか原稿を奪おうと取りすがってくる編集部員を、スカートを押さえながら蹴り飛ばす、という器用な戦い方をしていた珪が、階段の上を見ながらつぶやいた。
「やるじゃぁないか。編集部員達を全員倒すだなんて」
ぺろり、と赤い唇をなめながら階段の上の女性が嗤う。
ひだのついた白いシャツの下で、豊かな双球が笑いに合わせ小刻みに揺れている。
黒いサテンに金糸で刺繍を施したコートに、つばが広く大きな羽を飾った黒帽子。
それらの服装は、彼女の秀麗な顔の半面を隠す黒ガラスの眼帯と相まって、その姿を中世の海賊のように見せていた。
「でも、通す訳にはいかないねぇ」
大儀そうに両手を肩の高さまで持ち上げ、ゆっくりと頭を振る。
小馬鹿に仕切った彼女の「お手上げ」のポーズに合わせて、サファイアのように透明できらきらと輝く蒼い髪が揺れた。
「お前は!」
と、抜剣がお約束のセリフを言う。
「フッ、あたしは帝国一の太刀! 女海賊のサイデル様さ!!」
堂々とした態度で階段の上から草間ファイブをにらんで叫ぶ。
素晴らしい演技力である。もっとも女優のサイデルにしてみれば、これぐらいの演技など朝飯前であろうが。
やっと訪れた緊迫的状況である。
(こ、これぞ戦隊モノ! これぞヒーロー!)
じいん、とヒーロー願望がある珪と白鬼が感動してる横で、つまらなさげに暁文がかかとで床を蹴った。
「ザコは頼む……と、言いたい所だが」
もう一度床をける。と、不意に暁文の姿が消え、サイデルの目の前に瞬間移動した。
「駄目と言われるとやりたくなるのが俺の性分なんでな! あんたにゃ悪いがお命頂戴だ!」
いうなり両脇に下げていた黒い銃をホルスターから引き抜き、サイデルに突きつける。が、サイデルは体をわずかに反らして暁文の弾丸をよけてみせた。
「……あんたも諦めがわるいな。夢の中なんだからさっさと死んで、さっさとこの馬鹿げた状況から出たいとは思わないのか?」
にやり、と口の端を二ミリだけ引き上げて暁文が笑う。
彼の目の前に立ちはだかる敵が「最後」に目にする闇色の嗤いだ。
「あいにくと、たとえ夢でもてめぇ何かにやられる気はないね」
切っ先を唸らせながらサイデルが剣を暁文に振り下ろす。
間一髪で、銃を交差させ、その谷間で剣を受け止める。
サイデルの真紅の瞳と暁文の黒の瞳に、冷たく鋭い殺気が宿り、お互いの存在を確かめるように空中で交差し、絡み合う。
「よーし、良いだろう。ここは俺に! このブラックにまかせておけ!」
「…………」
おまえ、日本人がわからん、とか言ってなかったか?
と、残り四人のメンバーが唖然と口を開けて暁文をみる。
どうやら夢は時間と共にメンバーの精神に働きかけ、「その気」にさせてしまうようだ。
当然他の四人も、「あのー、もしもし?」と言いたい気持ちだったのだが、何故か次に取った行動は――。
「よし、任せたぞブラック!」
「死なないでね! ブラック!」
「お前の勇気、忘れないぞブラック!」
「ブラック! 星とともに永遠に!」
と叫びながらサイデルの横を駆け抜ける、だった。
(――ていうか、まだ俺は生きてるぞ! 星と共に永遠にって何だ! 誰がいいやがった!!)
と暁文が仲間の背中を一瞬みる暇があればこそ、空気を切る音がして、鋭い何かが腕を引き裂き、血液の珠を空中に散らせる。
「ほら、坊や。よそ見してる暇があるのかね! あんたの敵はあたしだよ!!!」
黒猫のようにしなやかに動き、瞳を勝利の星・火星の様に輝かせながらサイデルがレイピアの切っ先で空中に円を書いてみせる。
「いわれなくても、嫌というほど泣かせてやるよ、黒猫ちゃん」
ぺっ、と唾を吐き捨て、右手に持った銃の口を天井にむけ、トリガーに添えた指に力を込めた。
遠雷のような轟音がホールを満たす。
天井を飾るシャンデリアの鎖に弾丸が当たり、弾け飛び、重力の法則に沿って床に落ちてガラスが砕けた。
――それが死闘の始まりだった――。
<第3話・堕天使&死神vs愛天使&カモシカの足?>
遠くから声が近づいてくる。
「というわけで、カレーはやっぱりキーママタールかな」
「そうなんですか? でも私はあんまり辛いのは……」
「だったらヨーグルトとか入れたらいい感じになるよ」
「私、市販のカレールー使ってしかカレーって作ったことないんですよね」
「市販のやつでも、隠し味入れたらかなり味に深みが出るんだよ。例えば、コーヒーとかバナナとか」
「えっ、カレーにコーヒーですか?」
「何だったら今度教えてあげよっか?」
「えええっ、い、いいんですかっ?!」
嬉しげに声を上げたのは篁雛だ。
遠目でよくわからないが、どうやら頬を赤らめているらしい。ピンク色のスカートスーツをひらめかせ、同じピンクのめっとを片腕に抱え、スキップしそうな軽やかな足取りでこっちに向かってきている。
雛の隣にいるのはどうやら九夏珪らしかっただ。珪も同様にメットを外し小脇に抱えながら歩いていた。
……なぜか雛とペアルック……つまりスカートスーツの様な気がするのは、気のせいだろうか?
一人、階段の所で待機していた女海賊・サイデルはどうやら草間ファイブの分断に成功したようだ。
さらに言えばブルーとレッドの姿がない。
兵力を分断させるために、編集部員。もとい、アトラスの戦闘隊員を配置させた事が効を奏しているようだ。
徹夜で原稿の詰め作業に追われ、よれよれになっているとはいえ、彼らもそれなりに役に立ったようだ。
流石の草間ファイブでも戦闘員の物量攻撃には、為す術が無かったかもしれない。
最も、汗と涙に汚れたリクルートスーツの軍団に囲まれては、誰だって為す術などないのだろうが。
悪趣味極まりない薔薇のちりばめられた銀ピカの通路を歩きながらカレー談義を交わしつつ、イエローの珪とピンクの雛が近づいてくる。まだこちらには気づいていない。
「あー、でもどうだろ。俺、別にカレーに詳しくなかったのにこんなにいろいろ知ってるってことは、もしかしたらこのイエロースーツのせいかもしれないなぁ」
「え、ええと……それじゃあそれを脱いじゃったらカレーのこと、そんなにわからなくなっちゃうんでしょうか?」
「かもしれない。……っていうか、早く脱ぎたいんだけどなオレは……」
さもありなん。
やはり見間違いではない。
九夏珪が身につけているのは、サテンの如くてらてらと光るイエロー生地の、膝上二〇センチミニスカスーツなのだから!
「で、でも、草間さんも言ってたそうですけど、その……そのイエローって、やっぱり九夏さんが一番似合うと思うんです、他の方たちが着るよりずっと!」
フォローにならない声をあげ、雛が言う。
どうやら九夏珪のイエロースカート姿は草間の趣味らしい。
やれやれだ。
「でも九夏さん、うらやましいくらいに足、細くて綺麗なのよ?」
壊滅的打撃を与える一言を、雛がさらりと言った。
カレーの話題はどうやら「イエロースカート姿」から気を逸らす為の精神安定行動だったようだが、こうもはっきりと(男にとって屈辱的な!)一言を言われては、珪も為す術がないだろう。
(くぅっ、せ、せめて知り合いが敵にいませんように……!)
と、九夏少年は頬を恥辱に染めながらいのっていたのだが、神様はいたいけな少年をいたぶるのが大好きらしい。
なぜなら。
ここにて待ちかまえているのは誰であろう! 九夏少年の稚気である不知火響と鬼の少年・紫堂奏太なのだから!
「やあねえ、一体どれくらい女を待たせれば気がすむわけ?」
響きが言い捨てた瞬間、珪は稲妻が走ったように顔を上げた。
絶望。
その2文字を背中にしょいながら、珪が顔を蒼白にして目を見開いて見せた。
酸欠状態の金魚のようにパクパクと口を空しく開閉させる動かす珪を見て、あら、と微笑んで見せた。
からかうように、黒皮の拘束スーツの大きく開いた胸元をつきだしてみせる響き。
初雪のように白い肌と、明けない夜のように黒い衣装が相互を引き立て、その姿は酷く艶かしい。
赤い唇をぺろりとなめて、妖しい笑みの形に歪める。
「誰が来るのかと思えば、九夏くんじゃないの」
「ななな、なんであんたがアトラスに?!」
「うふふ、さあ、何故かしらねえ? って、どうしてその可愛らしいお嬢ちゃんの後ろに隠れるのかしら?」
女の子の陰に隠れるなどかなり男としての自尊心が痛むのだろうが、それよりもなによりも、イエロースカート姿を見られるのが恐ろしいらしい。
最も、とっくに手遅れなのだが。
雛が首を傾げて肩越しに珪を見た。
「九夏さん?」
「あ、ああ、ごめん雛さん、ちょっとだけかくまって」
「はい、もちろんかまいませんよ」
桜がほころぶような柔らかい笑みを浮かべる雛。
それを見て小さく笑ったのは、響の隣で携帯ゲーム機で遊んでいた紫堂奏太だった。
軽快な電子音をたてるゲーム機の電源を落とし、あきたと言わんばかりに床に放り出しながら、どこか嬉しそう言う。
「ふふ、なんだか美味しそうな子が二人もいるねー♪」
「あら、独り占めするつもり?」
響が奏太が笑顔の応酬を始める。
美しくカワイイ笑顔だが、底に秘めた陰謀はどろどろと暗かった。
奏太が響きに向かってぴん、と人差し指を立ててみせた。
「だめだめ、まずはちゃんと自己紹介しなくちゃだよ。それから仲良くわけっこしようよ」
「ふふ、そうね。奏太ちゃんはいい子ね。思わずキスしたくなっちゃうわ」
「あははー、僕、年増にはあんまり興味ないから遠慮するよ」
「……小憎らしいことさらりと言ってくれるじゃないの、このガキンチョめ」
びしりと奏太の額にデコピンを一発食らわせ、響は肩にかかる黒髪をさらりと手で払いのける。
そして右足を前に出し、胸を張り両手を腰にあてがった。妙にセクシーに見えるポーズである。
「ようこそ草間ファイブ。私は、帝国幹部の一人、魅惑の堕天使・不知火響様よ!」
その隣では右肘に左手を当て、右の拳を頬に当ててにっこりと微笑む奏太。
まるでお人形のようなかわいさだ。
「僕は帝国幹部の一人、死神ナース・紫堂奏太さまだ!」
思わず眩暈を覚えそうな肩書きを、如何にも楽しそうに堂々と名乗り、どうよ? とばかりに珪と雛を見てやる二人。
恥ずかしすぎる肩書きだが、夢をくらわば毒までである。
どうせはかない夢ならば、己の欲望おもむくままに、命の限りたのしみましょう! という訳だ。
頭痛を覚えたのか、珪が額を押さえ視線を逸らす。
が、雛はのんきな調子で、そう、まるでご近所さんに挨拶でもするような調子で言った。
「まあまあ、ご丁寧なご挨拶ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げる。
「敵さんもなかなか礼儀正しいですねえ?」
礼儀正しいというのだろうか。
それともこれは何かの作戦か。
思わず顔を見合わせる響と奏太。
しかし、0.5秒の早さで結論を出し、二人同時に頷いた。
――ソレ、いわゆる、天然ボケ。
と。
「私たちもご挨拶したほうがいいですね? ええと、何か肩書きをつけたほうがいいのかしら?」
雛が天然ボケ全開に言う。
しばらく見えない誰かに語りかけるように、鏡を見ながらつぶやく雛。
本格的に頭のねじが三本ぐらい切れてるのかもしれない……そう響と奏太が考え出した瞬間。
「わかったわ! では!」
いうなり、右手をパーにして突き出してくると、左腕を拳にして胸の前に構え、左足を軽く上げた。
戦隊モノによくあるポーズといってしまえばおしまいだが、何事にも形式と段取りというものがある。
彼女の背後にキラキラとピンク色の可憐なお花がバックに咲き乱れていないのが、せめてもの救いというか、情けであろう!
「微笑みの愛天使・草間ピンクよ!」
絶句である。
それは奏太と響だけではなかったようだ。
「ひ、雛さんまで……」
「九夏さんもちゃんと名乗らないとだめですよ?」
「え?!」
ぎょっと珪が雛を見る。雛はうーんと、と首を傾げた。
「九夏さんの肩書きは何がいいかしら?」
逃げ出す隙をうかがう珪を、好意と善意の視線でしばりつけながら雛はかわいらしい唇を動かした。
「魅惑のカモシカの足・草間イエロー?」
珪がブッ、と唾を吹き出した。
顔が真っ赤に染まっている。
流石に同情を禁じ得ない。
よりにもよって「魅惑」で「カモシカ足」なのだ!
「じっ、冗談じゃねえっ、そんなの名乗れるかーっ!!」
天井に向かって吠える珪。
しかし彼の心からの叫びも、まるで雛には届いていない。
「えっ? だ、だめなんですか?」
このままでは延々と続きそうな、アホなやりとりに、響は関心半分、呆れ半分でつぶやいた。
「仲がいいのねえ、ピンクちゃんとイエローくんは」
「ホント。僕たちのことまるで無視して二人で楽しそうなんて、ちょっと許せないよねえ」
「そうねえ。だったらこっちも負けずにいちゃついちゃおうかしら?」
「僕、ヤだ」
即答する奏太。
しかし響は優美に肩をすくめただけだった。
「坊やったらつれないのねぇ」
「おばさんよりもあのお姉ちゃんのほうがいい」
「おばさんて誰のことかしら?」
私の事じゃぁ、無いわよね? と半ば脅迫めいた響の言葉をを無視して「それに」と奏太は言葉をつなげつつちらりと雛を見た。
丸く愛らしい瞳だが、そこに宿る光はひどく冷淡で、少年らしからぬ人間味のない眼差しだった。
さっきまでの愛らしい笑顔が別人だったかのようなギャップである。
「なんだかキミ、僕と同種の匂いがするよ?」
(雛、あいつ……)
懐の鏡から、夜刀――篁家に代々仕える鬼――が雛に語りかけるのが、奏太に聞こえた。
雛はスーツの上から鏡をぎゅっとおさえる。少女の顔に緊張が走る。
「……あなた、鬼なの?」
「あはっ、キミのお尻に敷かれてるヤツと一緒にしないでほしいなあ」
奏太のアクマシッポが、あざ笑うかのようにゆらりと揺れた。
(へっ、黒いナース服なんてマニアックな衣装着てるヤツに言われたくないぜ!)
夜刀が鏡の中から言い返す。
夜刀の声に答えて奏太は笑って、靴のかかとでいちどだけ床をけった。
「僕の衣装も大概だけど、その、キミのご主人様の後ろに引っ込んでるお兄ちゃんも僕と五十歩百歩じゃないの?」
「ん? そうなの九夏くん?」
必死になって隠れている珪に向かって言う。
彼は隠れているつもりだが、少年と少女では体格が違う。
どう隠れても最初から黄色いしっぽ、ならぬスカートと生足はみえていたのだ。
「いいいいや、オレのことは気にするな!」
現実を直視しようとしない九夏少年が、ぶるぶると頭をふりながら必死に否定する。
「そうはいかないわねえ。さあ、観念して出ていらっしゃい!」
ベルトに挟んでいた鞭を取り出して響はねらいを定めて打った。
使い慣れているのは夢の影響……ではなく、普段から愛用してる退魔の武器だからである。
鞭は黒猫のしっぽのように、綺麗にしなりって雛の足下を打つ。
攻撃に反応して横に飛んで避けた雛。
そして逆方向に飛んで避けてしまった珪。
「あらっ! うふふふふ、可愛らしい格好じゃないの九夏くんたら!」
あらわになったミニスカート姿の珪をみて、響が喉をくつくつとならしてみせる。
舐めるような視線を感じてか、珪の頬が紅に染まった。
「ここ、これはっ、理由があって……!」
「うふふふ、いいのよ別に、あなたにそういうシュミがあっても、お姉さんちっともかまわないわよー?」
「シュミじゃねえっ!!」
すでに草間の趣味、ということを聞き知っているのだが、あえて知らないふりをしてからかうあたり、熟練の大人の女、という事であろう。何に熟練しているかは言わぬが花というものだ!
「ちょっと!」
響のなまめかしい視線を遮断するように、雛が立ちはだかった。
両手を腰にあてて、精一杯の虚勢をはりながらて響を上目遣いににらみつけている。
「九夏さんをいじめるのは私が許しませんっ!」
「あら」
手を口許に当てて響が目を細める。
「うふふ、お譲ちゃん。私の邪魔をしようなんて十年早いわよ?」
奏太に目配せしてみせる。と、彼は異を得た戸ばかりに指を弾いた。
ぱちん、と乾いた音に重ね奏太が高らかに命令する!。
「出でよ、戦闘員!!」
戦闘員が響と奏太の後ろにある扉からわらわらと沸いて出てくる。
「みんな美味しそうだよね。全部食べちゃいたいよ」
「あら、あんな顔色悪い戦闘員まで坊やには美味しそうに見えるの?」
響はわずかに柳眉を寄せた。いくら人間を食べるのが嗜好だといわれても、リゲインと徹夜まみれの編集部員を食うのは悪食だ。
「よっぽど寂しい食生活してるのね。だめよ? 成長期にはしっかりした栄養をとらないと」
本業が保健医とあって、つい諭すような口調で言う。
しかし奏太は顔に満面の笑みを浮かべながら、勢いよく手を上げた。
「はーいっ。大丈夫、あのお兄ちゃんとお姉ちゃん、美味しそうだし!」
「ちっ、食われてたまるか!」
珪を少女と勘違いしてるのか、血色の悪い戦闘部員たちが、行きも荒く珪の足に手をのばしている。
そんな不埒(あるいは不幸、だ)な戦闘部員達を容赦なく蹴散らしながら、奏太から離れようともがく。
雛は指先に呪符を挟んで目を閉じ、手を組み合わせた。
突如、呪符が桃色のきらめきを放ち始める。
「いきます!」
双眸が見開かれる。
龍之助の「〆切!」攻撃に大打撃を受ける情けない連中である。
少し驚かせば、蜘蛛の子を散らすように逃げ出すに違いない!
四枚の呪符が雛の手から放たれ、四方へと散る。
「ピンクエンジェルファイアーブレス!!」
(ピンクエンジェルウォーターラッシュ!!)
鏡の中の鬼・夜刀が元気に技名を叫ぶ。
しかし、ああ! 何と言うことか!
二人の叫んだ技名は全く逆ではないか! これでは術が相反して何が起こるかわからない!
これは楽しくなってきたぞ! と奏太は目を輝かせる。
「……キミたち、火なのか水なのかどっちかにしたら? 協調性ないんだね」
「夜刀、火でしょ?! ちょっと花火でおどかせばって……」
しかし既に術符は命令に従い、その力を発揮しようとブルブル震えているではないか。
ごおっ、と地鳴りの様な音がしたかとおもうと、津波の様に襲いかかってくる、水、水、水!
ザッパアアアア〜ンッッ!!
「きゃーっ!!」
「うわあああっ!!」
大量の水があふれ出す。
全自動洗濯機の「汚れ物・強」モードや鳴門の渦でもここまで勢いはないだろう!
そして戦闘部員達を、雛を、珪を、響を、奏太を、全ての者を運命ごと丸飲みにしてざばざばとおしながしていったのだった。
<第4話・対決!! 草間ピンク vs 死神ナース>
「夜刀! この水、どうしたらいい?!」
大量の水に流されながら雛が叫ぶ。と、とたんに雛の懐から純白の着物に紺色の袴姿といういささか時代めいた……しかし秀麗な容貌の青年が現れた。
水にながされながらも奏太にはそれが自分と同族……つまりは「鬼」であることが理解できた。
(あー……せっかくの戦隊モノなんだからそれっぽい解呪でいくか)
などとのんきな事を言っている!
自分は空中に浮いているから水の影響はないだろうが、こちとら洗濯機の中のタオルのようにぐるぐると回されているのである。
とっとと解呪してもらいたいものである。
あれやこれやと思案しながら、「それっぽい」解呪とやらを模索する夜刀。
しかし奏太がブチ切れる方が一瞬だけ早かった。
(ピンクスペルオー……!)
呪文が唱え終わる直前に、唐突に引き裂かれる呪符。
ピンクの光につつまれ、ふわふわと水の上を漂っていた呪符があっという間にただの紙くずへと変わる。
「まったく……冗談じゃないよ」
水の中から顔を出して吐き捨てる。
「あーあ、風邪ひいちゃったらどうしてくれるのかなぁ?」
ふるふると頭をふって水滴をはらう。
まるで子犬のようだ。
呪符が破られ、すっかり水が消え去った広場で、奏太は黒いナース帽のずれを直して前髪を整える。
「死神ナース! それじゃ、九夏さんは?!」
「あは、キミのそのへっぽこな技のせいでどこかに流されていっちゃったみたいだね♪」
「へっぽこ」にアクセントを置いて言い捨てる。
ナース服の裾が体にからみついて気持ちが悪い。
雑巾の要領で絞ってみせると、水がばしゃりと滴り落ちた。
「たぶん響先生と一緒だろうから、いたずらされてなきゃいいけどぉ」
「大変! こうしちゃいられないわ!」
流されてきた方向をみて、あわてて走り出そうとする雛。
だが、そうはさせない。腕をふって念動力を放ってみせる。!
「きゃあっ!」
鞠のように吹き飛ばされる雛。
だが床にたたきつけられる前に夜刀が雛の背後に回り、その身体を受け止める。
(雛! 大丈夫か?)
「え、ええ、平気よ。ありがとう、夜刀」
「お姉ちゃん。僕を放っておいてあのお兄ちゃんのところへ戻れると思うの?」
だとしたらそれは甘い考えだ。
まったく、と口の中だけでつぶやいて腕をくんで余裕を見せつける。
「いけるとは思わないよね? だって、お姉ちゃんの相手は僕だもの」
「九夏さんのところへ行くには、どうしても戦わなければならないということね?」
「そうだよっ♪」
雛と一緒に後ろに立っている夜刀をも見て、にっこりと笑いかけた。
「もちろん、二人いっしょでいいからねっ。どうせ一人ずつだったらなぁんにもできないんでしょ? そんなのと戦っても楽しくないもの」
(言ってくれるじゃないか、このチビッコめ)
「だって、手っ取り早く片付けてぱくっとお姉ちゃんを食べちゃって、その後あのお兄ちゃんも食べに行かなくちゃだもん♪」
「そんな! そんなこと、私が許しません!」
(そうだ、憧れの君はともかく、雛を食うなんて! ……確かに雛は美味いかもしれんが)
「夜刀!」
美味しい、と言われて雛が拳を振り上げる。と、わぁと夜刀が頭を庇いながらしゃがみ込んだ。
(ご、ごめんっ、嘘、冗談だって!)
と言った直後にで「でもそうやって怒る顔もまたかわいいんだよなぁ」とつぶやく。本人は胸の中でつぶやいたつもりだろうが、思い入れが強いためか、雛はともかく、同族の奏太には丸聞こえである。
「夜刀!」
(わわっ、ご、ごめんっ!)
「? 何謝ってるの? そうじゃなくて、薙刀!」
(あ? あ、ああそうかっ、わかった!)
夜刀の姿が桃色の閃光に包まれる。
否、己ずと光を放っているのだ。
やがて青年の輪郭が緩やかに薄れ、光はますます鮮烈になりピンク色の洪水と化す。
周囲の銀色の壁と、その壁にあしらわれた薔薇の花と蔦のせいで、なんだか悪趣味極まりない光景になる。銀色の壁にピンクの光が反射して目の前がくらくらする。
あまりにもサイケデリックでまばゆすぎる光景に、奏太は本能的に目の前に手をかざした。
「ちょっと! 目に悪そうなハデハデな光出さないでくれないかなあ?!」
抗議の声を上げて見せる。こんなに派手では術者として失格だ!
しかし雛は奏太の言葉に怒りはせず、逆に片手で目を庇いながら良いわけするようにしどろもどろな口調で言う。
「い、いつもはこうじゃないんです!」
息を一気に吐き出し、雛はピンクの光の中に手を突っ込む。
ピンクの光が細く長く、一つの物質へと収束していく!
「いざ! 参ります!」
光を掴んで大きく空を凪ぐ。
桃色の閃光が空気中に拡散し、中から薄桃色の鮮明プラスチックの棒が現れた!
切っ先に美しい刃紋を描く銀色の刃がついているから、何とか武器……薙刀だととわかるのだが……。
「すごい姿に転じるんだね、キミのお尻に敷かれてる鬼は。蛍光ピンク色した武器になるなんてさすがの僕でもびっくりしちゃった」
「いつもはこんなふうじゃないんです! いつもは普通の薙刀なんです!」
あわてて言い返しながら鋭いまなざしでにらみつけてくる雛。
少女戦士らしい凛とした表情だ。
「微笑みの愛天使、草間ピンク! お相手いたします!」
「死神ナース・紫堂奏太を甘くみちゃだめだよ?」
「私は負けません! 愛ある限り戦いましょう! 月に変わってお仕置きです!」
どこぞのアニメから剽窃……ようするにパクったセリフに、奏太はへなへなと全身の力が抜けそうになる。
(まあいいや。どうせお子さまどうし。ギャグだと思えばかわいいか!)
とニッコリと無邪気に奏太はわらう。
まるで姉に遊んで貰いたがっている弟。
飼い主にじゃれつく子犬である。
しかし、奏太は雛の弟でもなければ、子犬ほどか弱くもなかった。
「いっけえ! 死神の手!!」
適当な技名を叫びながら、これまた適当に念動力を放つ。
夢の影響か黒い波動のような形になっていて、何だかいつもより格好いい。
技の名前を忠実に再現するように、黒い波動から手の形をした何かが飛んでくる。
念動力の固まりである。
雛は軽快な足取りでそれらを巧みに交わすと、悪趣味きわまりない極彩色の薙刀で次々に念動力を切り捨てていく。
「念」なのだから本来は切れる筈がないのだが、ご都合主義の二大巨頭である「夢」と「戦隊モノ」が合わさったこの世界である。何があっても不思議ではない。
最初は調子よく交わしていた雛なのだが、立て続けに飛んでくる念動力全てを交わしきる事はできず、ついに念動力の一つが肩をかすめた。
「くっ」
「ほらほらっ、お姉ちゃんもっと遊ぼうよっ♪」
「攻撃がどこからくるか読みきれないわ!」
技を食らって体勢を崩す雛。
奏太はここぞとばかりに念動力を乱発してみせる。
かろうじて呪符でピンクのバリアを張って防ぐ雛にむかって、いきなり夜刀が語りかけた。
(後ろにも目をつけるんだ!)
そんなこと出来るわけがない。と笑おうとした瞬間。
雛がかっ、と目を見開いた。
「見える……私にも見える!」
某ロボットアニメで有名な、某赤い彗星なる人物が新型開眼した時の様な顔つきだ。
そして、何かが乗り移ったとしか思えない勢いで、奏太の力を念動力で切り伏せはじめた!
そうでなくてはおもしろくない。敵は強ければ強いほど。獲物はあがけばあがくほど、しとめがいがあるというものだ。「あははっ、やるね! 連邦の白い……じゃなくて、草間ピンク!」
「ああ、刻(とき)が……見える!」
すでに意味不明である。
が、彼女の動きはあなどれない。
突如四枚の術符を左手に構えたかとおもうと、またもやピンク色の光が雛の手に宿る。
「いきます、ピンクエンジェリックアターック!!」
大技かっ! と奏太が体をかばうように腕を交差させる。
そしてその奏太に向かって、正義の力が……襲いかかったりはしなかった。
現れたのは一匹の亀。
しかも一メートルほどの巨大なショッキングピンク色の亀だったである!
スローモーションで眠くなる動きで床の上をはいまわり、「ん〜?」という感じでめんどくさそうに首をねじり雛を振り返る。
「な、なんで亀さんが出るの?!」
(……また不発か……)
「ほんっとーに、ものすごくどんくさいんだね」
どんくささを象徴するような亀である。
守護している夜刀に、同族としての情けすら感じる。
あまりにも哀れである。
まあ、遊び友達とするならば、そのドジっぷちは見ていてかわいらしく、楽しいのであろうが。
(ま、僕は誰に従うわけでもないからどうでもいいんだけど♪)
などとかんがえていたら、お腹の底がきゅう、としぼりこまれ、くー、とかわいらしい音がなった。
言わずとしれた空腹サインである。
「あー……ちょっと僕、お腹空いちゃったみたい。そろそろ遊ぶのも終わりかな?」
「私は遊んでるつもりなんてありません!」
頬をピンクに染めて怒鳴る雛に、奏太がはいはいと手を振った。
「お姉ちゃんの本気は、そのかめさんを見てよーくわかったから」
「亀は本気とは関係ありません!」
叫ぶ雛をよそに、亀は奏太の方へと――文字通り亀の歩みで近づいてくる。
あまりにものどかで闘いとは程遠い歩みっぷりに、怒りも呆れも出ない。
その刹那。
いきなり亀の手足と首が甲羅の中に引っ込んだ。
ついにストライキか。と奏太が頭の後ろをかいた時。
亀が手足を甲羅の中に引っ込めたまま床の上で回転を始めたのだ!
しかも引っ込んだ手足の穴から、ピンクの炎を勢いよく噴出しながら、だ!
「こ、これは……!」
「も、もしかして……!」
戦いも忘れて亀を見る二人。
やがて亀は二人の視線を浴びながら、ピンクの炎を噴出しつつ、宙へと浮かび上がった!
炎を出しながら回転し、空中を飛ぶ亀といえばアレしかない。
アレ以外になにがある!
三文字で、「ガ」が頭について「ラ」が最後につく、アレだ!
「な、なんでこんなものが出てくるのーっ?!」
桃色ガ○ラの接近に、けつまずきながら駆け出す奏太。
目に悪いことこの上ないショッキングピンクの派手なガメ○は、レーダーでもついているかのように性格に奏太を追尾してみせる。
空飛ぶピンクの亀に追いかけられる黒いナース服の少年。
シュールである。
シュールレアリストの画家でさえ避けて通る空間である。
あまりにシュールで理解不能な光景に、しばし呆然としていた雛が慌てて決めポーズを取って叫んだ。
「ね、狙い通りです!!」
「何が狙い通りだよ、おねーちゃんの嘘つきーっ!!」
嫌がらせに雛の方向へと突撃する。
もちろん追尾してくる桃色ガ○ラも一緒だ!
「ちっ、ちょっと、こっちにこないでくださいっ! ちょっと……きゃーっ!!」
奏太の隣に並んで雛も慌てて逃げる。反比例的に速度を急速に上げながら亀は二人の間近に接近する!
「お姉ちゃん、なんとかしてよアレ! お姉ちゃんが呼び出したんだからどうにかできるよねっ?!」
「で、でも、解呪かけてる間がないんだものーっ! 夜刀ぉ、なんとかしてよ〜っ!」
まるで二十一世紀の耳なしのネコ型ロボットにモノを頼む、某メガネ少年の如き台詞を口にする雛。
(なんとかったって……相変わらずノーコンだなぁ、雛は)
「感心してる場合じゃないでしょー!?」
全力でフロアを駆け回る奏太と雛。
空中で腕を組んで思案に暮れる夜刀。
永遠に続くかとも思われた、この間抜けな戦いに終止符を打ったのは奏太であった。
「本当は草間のお兄ちゃんを食べるまでは我慢するつもりだったけど!」
茶髪が一瞬にして銀に変わる。まるで高温の炎で樹がもやされたような変わり様だった。
そして見開かれる深紅の瞳。
「うざってえんだよ!!」
言うなり、ごく至近距離にまで迫っていた亀に向かい、すさまじい念動力を撃ち放った!
爆発音と共に破裂する亀。
破裂したカケラは床に触れるが早いか、細かく破れた呪符のくずとなってかすかな空気の流れに揺れている。
「……お遊びもほどほどにしな。このヘボ術師め」
さっきまでとはがらりと違う奏太の口調。
その気迫を肌で感じ取ったのか雛が薙刀を強く握り締めた。
身から発する気がさっき程までとは格段に違う!
それは奏太ではない。
奏太でありながら、奏太でない者。
九霊という名の鬼。それこそが奏太の真の姿だった。
前髪を指先でかき上げながら、ふと目を細める。
「ま、今は夢の中だしな。腹も減ってるし、かじるくらいならいいよなぁ?」
唇を歪めて冷めた笑みを浮かべながら、一歩、九霊は雛に近づいた。
「同じ鬼のよしみで、お前の飼い主に痛みは与えないようにしてやるよ」
(雛に手を出すな!)
「ははっ、聞こえねえよ」
言うが早いか、九霊は雛に向かって飛び掛った!
はっと薙刀を振るう雛。
「そう容易く食べられるわけにはいきません!」
「食われるんだよ!」
閃く刃! 襲い掛かる念動力!
合わさった二つの力が至近距離でふるふると震え、空間を揺るがそうとする。
雌雄が決するその瞬間!
とんでもない一言が二人にむかって投げかけられた。
<第5話・幕切れは突然に>
「カット、カット、カァーーーット」
怒りに満ちた男の声が聞こえたかと思うが早いか、大きなモーター音がして、周囲の建物や風景が地面や壁の中に収納され、あるいは霞のように消えていく。
「困るねぇ、困るんだよ。そこはもっと情感を込めて、こうっ! こうっ!」
と、メガホンを振り回しながら、スキンヘッドにサングラスという怪しげな風体の男が、地平線の彼方から駆け寄ってくる。
その時の一同はといえば、全員が埴輪のように口をOの字にあけて、「へ?」「ほえ?」「うにゃ?」と奇声を口々に発し、続けざまに、まるで見えないタクトが振られたように一斉に叫んだ。
「内海監督?!」
ちまたで高視聴率ドラマといわれる『レンゾク』や『あぶれる刑事』で有名な、あの内海良司監督ではないか!
「おや、やっとプロデューサーのおでましかい?」
「プロデューサーだと?」
飄々としたサイデルの言葉に、暁文が聞き返す。
「あ、そういえばバクさんが「これは誰かの夢の中」みたいな事言ってましたっ」
(……忘れていたのか、雛)
「だってだってっ!」
彼女だけを責める訳にも行くまい。
全員が全員、戦隊モノの夢に影響されて「ヒーロー」や「悪役」を演じるのに夢中だったのだから!
「うん、そうだよ。この間のエイプリールフールに、夢の中で遊んでくれたお礼に「見たい夢を見させてあげる」って約束したんだもん」
とやたらと間延びした声が聞こえる。と、全員の視線が声の主、もとい、白と黒の変な動物を見た。
「そしたら、おじちゃんの妄想の力が強すぎて、ぼく、制御しきれなくて、みんな巻き込んじゃった」
ごめんね。と愛くるしい瞳を何度も瞬きさせて、首を傾げる。
どかっ!
という音がしてぬいぐるみのようなバクの子供が宙を舞う。
「あーれー!」
それなりになりきっていた暁文が、バクにむかって見事なゴールシュートを決めたのだ。
「ちっ、全く手間かけさせやがって」
「あら、そう? 私は珪くんとスキンシップ出来て楽しかったわ」
妖艶な笑みをたたえながら、響が流し目でイエロー、もとい九夏珪を見つめた。
「ふとももも堪能できたし!」
「不潔ですっ!」
「俺は好きで触らせたんじゃないっ!」
「九夏さんがそんな人だったなんてっ。雛は悲しいですっ!」
「違うーっ!」
「……うう、叫ぶのはやめてくれないかな……二日酔いに響くんだ」
と、蒼い顔でふらふらしてるのは、抜剣白鬼である。天禪将軍との「飲み比べ」の影響……つまりアルコールが極限まで回りきっているようだ。
「ふん、青いな! 漢(おとこ)たるもの、酒の一升や二升あけられんでどうする! 武将の名が泣くぞ!」
「俺は僧籍なんだ〜」
と弱々しい抵抗を試みるも、あっというまに天禪のスリーパーホールドで首をしめられ、ノックダウンしてしまう。
締め上げられているのは白鬼だけではない、間抜け怪獣ミノシターンも(いかようにしてかは全く持って理解不能なのだが)18本の足をまとめられ、目にハートマークを浮かべる龍之助にしっかり抱きすくめられている。
「わああああ。離してくださいっお願いしますぅうう!」
「俺の愛で人間に戻ってください!」
がし、っと抱きすくめられ三下は叫ぶ。そのうねうねと動く足元では、奏太が不敵な笑みを浮かべて、三下の足を吟味している。
「僕、イカの足もタコの足も大好きだなぁ。荒塩ふって、炭火で焼くとおいしいんだぁ」
「ほう、坊主、なかなか通を言うな。ではこの酒によってる情けない男の代わりに、いざ俺と一献かたむけぬか」
「わーい、夢の中なら未成年でも関係ないよねっ!」
「夢の中なのに、なぜ俺は二日酔いに〜」
「おい、あんだ、俺も混ぜてくれよ。俺は老酒もイケるが、日本酒もいけるクチでな」
「なんだい、打ち上げならあたしもやるよ」
と、奏太と天禪の間に入るのはサイデルと暁文。
「ちょっと、まってよ。その前に!」
宴会、否、打ち上げに入り始めてる一同に向かって、花魁姿のシュラインが制止をかける。
「うぬ。意外とそなた無粋だな。美しいその花魁姿には似合わぬぞ」
「誉めてくれてありがと、天禪将軍、いえ、天禪さん。でもね、その前にやることがあるでしょ?」
「やることって……なんですか?」
痴話喧嘩をとめて、雛が瞬きを繰り返す。
「あの人のおしおきよ」
と、美しい着物に包まれた腕を動かし、シュラインはほっかむりをして逃げようとしている草間を指さした。
「……」
「……」
「……」
「そういえば、アトラスが原稿を狩るのは理解できますね。いつも三下さん、原稿におわれてるし」
と、怪訝な顔で龍之助が言う。
月刊アトラスでバイトをしている龍之助が言うまでもなく、全員にそれは理解出来た。なぜなら麗香はいつだって原稿が足りない、と狂乱になってるからだ。
「そーいや、何で草間さんは「伝説の怪奇原稿」なんて持ってるんだ?」
スカートをはいているという事もわすれ、珪が床の上であぐらをかき、腕を組み悩んでいる。
「みてみるか?」
暁文がブラックスーツから封筒をとりだし、伝説の怪奇原稿を引っ張り出しす。
が。
『白紙ィイイ?!』
のぞき込んだ全員が、素っ頓狂な悲鳴を上げた。
「あっ、私のも白紙です!」
「俺のもっ! くっそう、スカートはかせた上に白紙かよっ!」
「俺のと抜剣さんのは新聞紙ですっ」
口々に驚きの声を上げる草間ファイブ。
疑惑の視線が時の人、草間武彦に集中する。と、蒼白になって草間は胸元から分厚い封筒を取り落とした。
ばさっ、という音がして地面に落ちる原稿。
あわてて上にうずくまるが、時、既におそし!
「幼稚園児が助からなかったらどうするつもりだったんだっ!」
僧侶らしく、人道的な事を白鬼が怒り全開で叫ぶ。
「ゆ、夢に幼稚園児の無事も何もないだろ?!」
原稿の上にうずくまったまま、草間が情けない反論をする。
「そういう訳で、みんなの怒りを納める為にも、武彦さん、その書類渡して頂戴? じゃないとカワイイ貴方を食べちゃうわよ?」
不気味に鞭を揺らしながら響が胸をそらしてほほえみかける。が、目が全く笑ってない。
「わーい、じゃ、草間さん食べちゃっていいよねっ! いただきまーす!」
奏太が喜びの声をあげて、原稿を押さえる武彦の指先をかじる。
「いてーっ!!!!」
かじられた痛みで草間が指を放した瞬間、シュラインが流れるような動作で原稿を奪った。
「まったく、こんなのに頼る暇があったら、編集部全員で力を合わせて良い原稿書けば良いのよ! 草間ファイブもこんなの守ってる間に世の中に貢献しろっ!」
言うが早いか、どこからか取り出したライターでさっさと原稿に火を付ける。
炎はあっという間に紙に引火し、原稿は瞬く間に灰になる。
「あ、あああああ! 俺の老後の糧がぁあ!」
「老後の糧?」
いぶかしげに天禪が聞き返す。
「そうよ、武ちゃんたら、老人になって探偵家業ができなくなったら、自分の担当した怪奇現象を小説にして、印税で優雅にモナコあたりで美女はべらして暮らすんだって、渡してくれなかったのよ。記事は時間が勝負、旬の時期に掲載してこそ花っていったのに」
と、先ほどまで死体になっていた麗香が起きて、めんどくさそうに眼鏡をなおしながら事実を付け加えた。
「てことは……俺達、草間さんの老後の為に」
「こんな目にあってたんですね!」
「やいっ! テメェ! 本当なのかよっ!」
「……言葉もでないね」
「まったく。こういうのにはお仕置きが必要です」
と、珪、雛、暁文、白鬼、龍之助が……草間ファイブが畳みかける様にいう。
危機を感じ、腰をぬかしたままじりじりと後退する武彦。
その武彦にむかって、草間ファイブの五人がどこからか取り出した「超特大バズーカ砲」をかまえる。
しゃきーん、と金属の音があたりに響く!
「諸悪の根元始末するぜ!」
「愛有る限り!」
「俺の勇気を力に変えて!」
「五人の友情を光とし!」
「これぞ探偵戦隊草間ファイブ必殺の!」
「シャイニング・草間・バスター!!!!」
どかぁあああん、と爆発と共に立ち上がるどくろ雲。
「そんな馬鹿なぁあああ!」
吹き飛ばされて遠いお星様になる草間。
どこか遠くで「おしおきだべぇ〜」と声が聞こえた。
「まったく。武彦さんたら」
腰に手をあて、シュラインが文句をいう。
その姿はもはや花魁ではなく、動きやすそうなジーンズ姿……つまり普通の格好に戻っていた。
「そういうな。良く言うではないか。『つわものどもが夢の跡』とな。終わり良ければ全てよし、だ。そなたの手際、この天禪深く感動した。……草間には勿体無い人材だな。俺の秘書等どうだ?」
仕立ての良いスーツ姿に戻った天禪が大物らしい、堂々とした口調で尋ねる。が、シュラインは頭を降った。
「あのしょうがない人に私以外についていけるバイトが見つかるかしら?」
くすくすと笑いながら、草間が飛んでいった方向をみる。
「……なるほど、適材適所というわけだ」
さして残念そうでもなく、天禪がいう。
「ま、これはこれで楽しかったぜ」
のびをしながら暁文がいう。と、その横っ腹を奏太がこづく。
「うん、僕も草間さんかじられたし」
「ま、スカートなんて夢の中でしかはけないしな」
とは照れくさそうな珪。その珪の後ろで、雛が「私も九夏さんとご一緒できたし」と赤面しながらうつむく。
その雛にむかって「もっと大きな声でいわなきゃ、あの鈍感少年きづかないわよ」と響が皮肉下にわらった。
「俺も、こうやって三下さんだきしめられて、夢でもうれしいです!」
「わぁああああ。戻ったんだからはなしてよぉお!」
「ふ、二日酔いは……夢が終わったらなおるかな」
騒がしい面々を見ながら、サイデルは鼻をならしてそっぽを向いた。
しかしその唇にはうっすらと微笑みが浮かんでいた。
ゆっくりと周りの景色が白くかすんでいく。
ひとり、一人と姿がかき消えていく。
もしこれが映画ならきまりだ。
「これにて、終幕」
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086/シュライン・エマ/女/ 26 /翻訳家&幽霊作家】
【0024/サイデル・ウェルヴァ/女/ 24 /女優】
【0449/紫堂・奏太(しどう・そうた)/男/ 12 / 鬼】
【0284/荒祇・天禪 (あらき・てんぜん )/男/ 980 /会社会長 】
【0116/不知火・響(しらぬい・ひびき)/女/ 28 /臨時教師(保健室勤務)】
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■ ライター通信 ■
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野望はOMCライター1のイロモノ師! の立神勇樹(たつかみ・いさぎ)です。こちらの不手際で長くお待たせして申し訳ありません。
さて、今回の事件は「10シーン」の構成になっております。
共同企画の「探偵戦隊草間ファイブ 〜打倒秘密結社アトラス〜」を見ると正義の味方側の視点でこの事件を見ることができます。
「このキャラはここにくるまで誰と戦っていたのかな?」と思われた方は、他の方の調査ファイルを見てみると、違う角度から事件の本当の姿が見えてくるかもしれません。
ちなみに今回は圧倒的に悪役さんの戦闘パラメータが高かったです。(笑)
初めまして紫堂奏太さん。
今回はギャグシナリオに参加いただきありがとうございました。
衣装に関するプレイングが有りませんでしたので、立神の独断でああいう(汗)衣装になってしまい、申し訳ない限りです。取りあえず今回衣装設定が無い人はインパクト重視でやっております。(笑)
いかがでしたでしょうか?
また別の機会にあなたと私で、ここではない、別の世界をじっくり冒険できたらいいな、と思ってます。
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