コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


探偵戦隊草間ファイブ! 〜打倒・秘密結社アトラス〜

<オープニング>

 ――ある朝目が覚めると、戦隊モノのヒーローになっていた。

 確か今日は、仕事があるから事務所に来てくれと草間興信所の主・草間武彦に言われていた。
 そして向かった先のドアの前。そこにはドアに直接、赤文字でこう書かれていた。
「正義の心、熱くたぎらせバーニング! 熱血草間興信所、常時依頼求む!」
 ……ばーにんぐ?
 思わず脱力して後ろに倒れそうになるが、気力を振り絞ってとりあえずそのドアを開ける。
 いつもなんとなく雑然としたイメージのあった室内は、壁一面が銀色に塗り替えられ、机などもすべて銀色に統一されていた。壁際にはデカいコンピューターらしきものが設置されている。…が、どうも設置されている機械類、すべてハリボテのように見える。そこはかとなく貧乏臭い。
 と、奥のデスクについていた人物がくるりとデカい背もたれのついた椅子を回転させてこちらに顔を見せた。
「待っていたぞ」
 そこにいたのは、草間武彦だった。だがいつものようなラフな装いではなく、なぜかどこかの軍人のような服を纏っていた。机に肘をつきながら両手を組み合わせて口許に当て、上目遣いにこちらを見ている。
「大変なことになった。我が宿敵・悪の秘密結社アトラスの連中が俺の持つ『伝説の怪奇原稿』を狙っているらしい」
 至極真面目な顔で言うと、草間はカッと目を見開いた。
「絶対にアレを奪われるわけにはいかん!」
 バン、と勢いよくデスクを叩くと、草間は立ち上がった。そして白手袋をはめた右腕を大きく凪ぐ。
「さあ、探偵戦隊草間ファイブよ! 今こそ正義の鉄槌をアトラスの連中に下してやれ!!」
 ……ちょっと待て。
 何だ? 探偵戦隊草間ファイブって?
 頭痛を覚えて緩く頭を振ったその視界に、ソファの上でじっと様子を見ている白と黒の毛の妙な動物が入った。
「あーあ、夢の世界なのにずいぶん現実の人たちが混じっちゃったなぁ」
 それは、夢を食うと言われているバクの子供だった。
「この夢から出る為には、この夢を終わらなきゃいけないんだ。あ、夢の世界で一晩すごすと二度と元の現実に戻れなくなるから急いだ方がいいよ」
 ということは、このバカげた戦隊モノの世界でちゃんと話に終止符を打てということか。
 ちらりと草間を見ると、デスクの上に赤・ピンク・青・黄色・黒の5色のメットと服を乗せ、拳を握り締めてこちらを見ている。
「さあ、この探偵戦隊変身グッズを持っていくがいい! あ、色は好きに選んでいいぞ」
 …………。
 その瞬間、自分の中で何かがキレる音がした。
 ……やってやろうじゃないか。
 それに、相手はアトラス編集社らしい。碇と三下を倒せば未払いの原稿料の請求もできるかもしれない!
 その後ろで、草間が拳を振り上げた。
「行け! 正義は我らにあり!」

------<参加上の注意>--------------------------------------

・このシナリオは月刊アトラスから出されている立神 勇樹ライターとの共同企画です。二つのシナリオに同時参加することは出来ませんのでご注意を。
・プレイヤー同士の戦闘では「性格1 防御 □□□■□ 攻撃 」および「 性格3 狡猾 □□■□□ 純真 」を能力値として判定を行います。秘密結社アトラスに参加される場合は「狡猾」に近い方が、探偵戦隊草間ファイブに参加される場合は「純真」に近い方が有利です。
・プレイングの隅に「プレイヤーAをサポートします」と書いてある場合、「プレイヤーA」の判定すべてにボーナスポイント+1が加算されます。(つまり徒党を組めば組むほど有利になります(笑)テラコンなどで連絡を取り合って参加してみては如何でしょうか?)
・プレイングに必ず、希望カラーを第3希望まで表記してください。カラーは「赤・ピンク・青・黄・黒」です。各カラーにかなり性格が引きずられると思いますのでご注意ください(例:赤は熱血、黄だとカレーとなぞなぞが好きになる、とか…(笑))。
・原則としてこのシナリオは夢の世界で進行するため、ダメージや物品破壊は現実に反映されません。(一種の無礼講・ゲームシナリオです)
・基本的にこのシナリオは「正義なんて言葉、恥ずかしくてなかなか出せない」「碇さんor三下くんにたいして「あーんな事やこーんな事」をやってみたいv」「理由はともかく正義の味方が好き! 正義こそ王道!!」という方にオススメします。

------------------------------------------------------------

<第1話・悪役からのラブレター!!>

「きゃあああっ!!」
 せっかく気合を込め、なおかつすさまじくなりきって格好をつけまくった草間司令のその掛け声を、あっさりとかき消す勢いで甲高い声が上がったのはその時だった。あまりといえばあまりのそのタイミングのよさに、その場にいた全員がはっと草間ではなく、黄色い声の主・篁雛に注目する。楚々とした愛らしい可憐な少女である。
 その視線のビームの中、雛はたたっと小走りに移動し、一人の少年の前に立つ。きょとんとその場に立っていた少年が目を瞬かせた。雛は頬をピンク色に染め、両手を胸の前で組み合わせてきらきらと輝く大きな黒い瞳でその少年を見る。
(く、九夏さん、九夏さんだわーっ!)
 高鳴る胸を制するように一つ大きく息をつく。
(ファイトよ雛っ、勇気を出してっ)
 自分自身を鼓舞して。
「た、たかむら、ひな、と申します。ふつつか者ですがよろしくお願いしますっ」
 大きく髪を揺らせてぺこりと頭を下げる。再び上げられた眼差しには、無数の星が瞬いている。いや、星というよりそれはハート型の光。いわゆる「恋する乙女の眼差し」というやつである。可憐なピンク色のガーベラを背中に背負っていてもおかしくなさげなオーラを放っている。
 が。
 いきなり丁寧なご挨拶を受けた少年――九夏珪は、しばし呆然と雛の姿を見ていたものの、ややしてからつられるようにぺこりと頭を下げた。
「はあ、ええと、こちらこそよろしく」
 雛のバックに咲き誇っているガーベラがへなりとしおれて首を下向けてしまいそうな、色恋とは程遠そうなあっさりとした返答だった。なんのことはない、突然の雛の気合に気圧されてしまったのである。まさかこんなバカバカしいことこの上ない状況下で、こんな愛らしいコからものすごく熱い好意を向けられるとは思わなかったから――心の準備ができていなかったのである。
 けれども雛は頬をさらに赤らめて身を小さくした。幸せいっぱい胸いっぱい、なんて甘酸っぱいこの思い! ああ神様に大感謝☆
 ……という、なんだか青春ドラマのワンシーンのようなそれを見ながら、大きくため息をついたのは張暁文だった。彼からしたら青臭い以外の何物でもないその光景と、そして訳のわからない「センタイモノ」なる物に対しての、両方に対しての嘆息だった。
「……あー、とりあえず『センタイモノ』っていうのは一体なんなんだ?」
「君、戦隊モノを知らないのかい?」
 声の主は、銀色の壁に背を預けて腕組みして立っていた抜剣白鬼だった。なんともこの場所に不似合いな僧衣姿のその者に、暁文はおどける様に黒いシャツに覆われた肩をすくめる。
「あいにくと俺は哈日族(ハーリーズー)じゃないからな」
 哈日族とは、日本の音楽やドラマ、アニメなどに熱中するアジア南方あたりの若者たちのことだ。
 その言葉に、乙女チックモードに入っていた雛も小さく手を上げる。
「あの……実は私も戦隊モノってよくわからないんですが」
(アニメとは違う、実写の子供番組ってところかな)
 雛の問いに答えたのは、雛の家に代々仕えているという鬼だった。名を、夜刀という。鬼なのに古臭い観念に縛られてはおらず、やたら現代的で、雛より知識も豊富なのだ。普段は鏡の中に封じられているのだが、今はその中から思念で雛に言葉を送っているらしい。
「子供番組?」
 問い返した雛の言葉に頷いたのは、基地内をきょろきょろと好奇心に満ちた子供のような目で見回していた湖影龍之助だった。人懐っこい笑みを浮かべて顎に手を当てながらうむうむとまた頷く。
「そう。これがなかなか子供番組ながらにあなどれないんだなぁ。敵とのやり取りにも魂がこもっていて」
「……とりあえずその『探偵戦隊ナントカ』というやつになって、アトラスとかいう連中を始末すればいいんだな?」
 やはりイマイチその「センタイモノ」の意味が理解できない暁文は適当にそう片付けることにした。ごちゃごちゃ考えていると頭痛がしてきそうだ。
 雛が大きく頷く。
「そうですね、とにかく夢を終わらせるために頑張らなくちゃですねっ! 任せてください、九夏さんのサポートはバッチリです!」
「え?」
 いきなり自分の名前が出てきて、また珪がパチパチと瞬きをした。それに恥ずかしそうに肩をすくめて、こそりと大柄な白鬼の影に隠れる雛。その雛の頭を大きな手でまるで子犬の頭でもなでるようにわさわさと撫で、白鬼が逆の手を握りこぶしにした。なんだかすこぶるやる気満々のようだ。
「そう、こうなってしまった以上はもうやるしかないね!」
「うん、俺も一度戦隊モノってやってみたかったんだっ。燃えるっすよ!」
 珪の同意に、白鬼が顎ひげをなでながらうむうむと大きく頷く。
「やはりそうだなっ。男は子供のころに一度は憧れのヒーローごっこを経験しているもの。まさかこの歳になって本当にヒーローになれるなんて思ってなかったけど」
「そう、憧れの正義の味方っすからね! ああ、いい響きだなぁ、正義の味方って!」
 やる気の炎をめらめらと燃やしながら夢の世界へと翼を広げつつある白鬼と珪。その姿をうっとり見ているのが雛、そして「いい歳ぶっこいて何がヒーローだよ」とぼやきながらうんざりな視線を送るのが暁文だ。
 ……確かに、三〇歳でヒーローというのも、なかなか勇気ある行動のような気がしなくもない。が、白鬼はそんなことまったく構わず、珪と共にかなり激しくやる気を燃やしている。
 その傍らで、神妙な顔をして黙り込んでいるのが龍之助だった。いつもの彼を知る者からしたら「何か悪いものでも食ったのか?」と問いたくなるくらいに、真剣に何事かを考え込んでいた。
 そう、実のところ彼はこの事態に面してからずっと悩んでいたのである。それも、なぜこんな世界に? という他の者たちが状況を把握するに至って抱いたのと同様の疑問ではない。
 彼の悩みとは「どうして自分は愛しの(強調)三下さんの敵になっているのか?」と言うことである。
「おかしいなー。俺、アトラスのバイトのはずなのになんでこっちにいるのかなー。三下さんの敵になるなんて考えられないのになー……」
 他の誰が裏切ったとしても、自分だけは決して三下の敵に回るわけがないのに。
 そう、「愛する(強調)」三下さんの傍を自分が離れるわけはないのだ! 一体これはどういうことなのだ?!
 が。
 案外あっさりと、悩める青少年にパアッと導きの光が差した。
 天の啓示のようなその突如降って沸いた考えに、ふと顔を上げる。
「……待てよ。そうだ、誰かが三下さんを倒す前に、俺が三下さんをさらって逃げるとかっていうのはどうだ?」
 もわもわと龍之助の頭の中にピンク色の妄想が広がっていく。
「そして怪人になってしまった三下さんを俺の愛が包み込み、怪人から晴れて人に戻る……」
 そしたらきっと、三下さんはこの愛の深さを知り、感激してその身を任せてくれるに違いない!
「ありがとう、湖影くん」「いやいや、いいんですよっ、コレくらいは俺の愛があればどうということはないっス!」「何かお礼をしなければ…」「お礼なんていいっスよ!」「でもそれじゃ僕の気がすまないし…」「なら、どうしてもというのなら、三下さんを俺に…!」「ええっ、ぼ、僕なんかで…本当にいいの?」「三下さん…!」「湖影くん…!」…以下略。
「ふ、ふふふふっ、いやーっはっはっはっ、ミノシターンは俺に任せてください!」
 にんまりと妄想で緩んだ顔でいきなり元気な笑い声を発する龍之助に、彼の内に秘められた恐るべき(?)野望を知らない者たちは「おーっ!」と意味不明な拍手を送る。
 とその時。
 コンコン、と窓のほうから音がした。ガラスの向こうに、一羽の鳩がいる。足に何かの紙切れをくくりつけられている。
「? なんだこの鳩は」
 デスクの上にあったコンソールを指で軽く弾いていた草間が立ち上がり、窓ガラスをあけて鳩を迎え入れる。そしてその足にくくりつけられていた紙を解いて紙面に目を通した。
 はっとその顔色が変わる。
「な、なんだとっ?!」
「どうしたんだ草間さん?」
 白鬼と戦隊モノ談義を交わしていた珪が首を傾げて問いかけた。草間は緩く頭を振り、額を押さえる。
「どうなってるんだ? 通信はこの無線機でってADが言ってたのに……。しかも、バスジャック? そんなの、台本には……」
「草間さん?」
「あ、いや、この鳩はアトラスから飛ばされてきたモンらしい。しかもあいつら」
 手に持っていた紙をくしゃりと握りつぶし、草間はギラリと目を上げた。
「幼稚園バスをジャックしたらしい!」
「幼稚園バスジャック!?」
 その場にいた全員が見事に声をハモらせた。バン、と草間が紙ごと手をデスクにたたきつける。
「返してほしければ伝説の怪奇原稿を持って秘密基地にまで来いだと?! おのれ、アトラスめっ!!」
 歯軋りする草間司令。
 幼稚園児たちはまだ無事なのだろうか?
 そして、このままヤツらの言いなりになり怪奇原稿を渡してしまっていいのだろうか?
 それにしても、先ほど草間の口からもれた「AD」「台本」とは一体なんのことなのだ?
 それに、なぜに秘密基地であるはずの場所をそんなにあっさりバラしてしまうのかアトラスの者たちよ?
 謎は謎を呼び、物語はつづく!!


<第2話・草間ファイブ、ここに誕生!>

「……なんていうか、お約束っていえばお約束な展開だね」
 ぼそりとつぶやいた白鬼を、草間司令がすごい勢いで鋭く睨みつける。
「そんなことを言っている場合か、いたいけな子供たちの命がかかっているんだぞ!」
「草間さん、すっかり正義の味方になってるなぁ」
 のんびりとソファに腰を落ち着けながら感想を言う珪にもまたギラリと鋭い視線を向け、白手袋に包まれた掌でバンとデスクを叩く。通信機が振動で大きく撥ねた。
「お前らには正義の味方としての自覚が足りんっ!!」
「いきなりそんなもんになりきれって言っても無理な話だ」
 あっさりと言って短くあくびを漏らす暁文。雛はにこにこと朗らかな笑顔を讃えて基地内の隅っこにあったお茶のセットで全員分の玄米茶を注いでいる。
「はい、粗茶ですが」
 にこにこと可愛らしい微笑みを浮かべて全員にお茶を配る。自分の所に配りに来た雛に、草間が額を押さえながらうめく。
「粗茶って……それはうちの備品だぞ」
「あら? あらあら私ったら。ごめんなさいっ」
(まったく雛はおっちょこちょいだなー)
 意識の中で夜刀にツッコミを受け、僅かに頬を膨らませる。
「ちょっと間違えただけだもん」
「草間さん、小腹空いたんだけどお菓子か何かないー?」
 珪が問いかける。それに、白鬼が懐からなぜか持っていた饅頭を一つ取り出した。
「食べるかね?」
「え? いいんですかっ? うわー、ありがとうございますーっ」
「君もどうだい?」
 もう一つ懐から同じものを取り出しながら、珪と同じ年頃の龍之助にも差し出す。すっかりふわふわと三下との甘い新婚生活(?)に思いを馳せていた龍之助は、はっと現実に立ち戻ってその饅頭を受け取った。
「あ、ありがとうございますっ」
「これ、本当に粗茶だなー。ああでもそれにしては美味く淹れてるな」
 暁文が雛に言う。それに雛はにこにこと微笑んだ。
「美味しいですかー? よかったー」
 すっかりと、茶をすすりながらほんわかムードで談笑などしている五人。
 その様に、こめかみの筋をぴくぴくと痙攣させながら草間司令がデスクをぱっかり二つに割りそうな勢いで再びバンっと叩いた。
「お前らっ、この緊急事態に正義の味方がぽやーんと和みながら饅頭なんぞ食ってていいと思ってんのか!!」
「あ、そうだった」
 あまりの剣幕の草間の声に、はっと龍之助が顔を上げる。大体、一日でこの夢を終わらせなければずっとこの世界の住人と化してしまうのだ。時間は惜しいはずである。
「それじゃとりあえず、狙われてる怪奇原稿は全員が少しずつ分担して隠して持つっていうのでどうかな」
 ぽん、と手を打って提案する白鬼に全員が頷く。異議なしだ。
 ようやく動く気になってくれた正義の味方たちの様にほっと吐息を漏らしながら草間がデスクの下にある隠し金庫から原稿を出した。それをきっちり六等分して、それぞれに配布する。何が伝説なのかはよくわからないが、正義の味方たちはとりあえずその原稿をそれぞれ服の中に入れたりなんだりと隠す場所を決めた。
「あとは、その戦隊服の色分けだね」
 白鬼が草間のデスクの上にある五色のスーツを見る。その眠そうな目が、一瞬、ある色を捕らえたとき、獲物を狙う鷹のごとく鋭くきらりと光った。
 その眼差しが、街の様子を映している、壁に設置された巨大モニターへと向けられる。
 それをビシリと指差して。
「ああっ! 怪獣ミノシターンが大暴れェェーっ!?」
 白鬼はいきなり大声で叫んだ!
 はっと全員がそれまで気にもかけていなかったモニターに顔と注意を向ける。龍之助にいたっては「えええっ、三下さんっ?! どこどこどこ!?」と予想以上の反応を示している。
 にやりと白鬼の唇が笑みの形を作った。
(この勝負、もらったァァ!!)
 するりとその僧衣に包まれた腕が伸び、流れるような素早さで草間のデスクの上にある青色の変身セットをゲットする!
 と同時に、横にいた暁文も黒の変身セットをその手にしっかりと収めていた。どうやら彼は白鬼の「技」に引っかからなかったらしい。
 一瞬、目が合う。
「…………」
「…………」
 そこに言葉はなく、ただ共犯者のみが持ちえる悪どい微笑だけがあった。
 さしずめ「やるなおぬし」「いえいえ、お代官様こそ」「ういーっひっひ〜」といったところだろうか。
 口以上に物を言う視線を二人が自然に離し、デスクから数歩離れたところで、
「三下さんなんて映ってないじゃないですか〜」
 と、がっくりした様子で龍之助がつぶやいた。その横で、同じく視線を戻した珪がデスクの上を指差す。
「ああっ! いつの間に青と黒取ったんですかあっ?!」
「えっ?! あ、いつの間にっ!!」
 愕然とする珪と龍之助の横で、雛はきょとんと小さく首を傾げた。白鬼は涼しい顔でそっぽを向き、口笛など吹いている。暁文は変身セットを小脇に抱えて面倒くさそうに壁に背を預けてあくびを漏らした。
 これだから大人というヤツは、と珪がうめく。……いや、大人にしてはやることがかなりセコい気もするが。
 さて。
 残された色は、赤・黄・ピンク。
 雛はイマイチ戦隊モノのカラーについて理解が浅いせいか、ただにこにこと天使のような愛らしい微笑を絶やさずに龍之助と、憧れの君である珪を交互に眺めている。
 雛の視線の先にいた二人は、じっと残された3つのスーツを見つめていた。
(……ちょっと、ピンク……も悪くないかもしれない)
 なぜか、不意にそんな思いが頭をよぎったのである。ドキドキと心臓が鳴る。
(だって、スカートなんかはけるの、こんな機会しかないぞ)
 そう思うと、やたらとデスクの上のピンクスーツがキラキラとまばゆいものに見えはじめる。まるで誘惑光線を放ちながら「はいて、私をはいて〜ンv」と誘っているかのようだ!
 だが。
 そこでそれぞれ二人の脳裏に、一人の人物の姿が浮かんだ。たわみかけていた思考に冷水を浴びせ掛けられたかのように、しゃきっと正しい方向へと戻る。
(でも、ここにいる誰かにチクられでもして師匠に知られたら一生の汚点……っていうか見捨てられる!? 破門っ?!)
(でも、三下さんの前に出るのにスカートなんてのは恥ずかしすぎる……っていうかそんなことしてたら嫌われる?!)
 ぶるぶると同じタイミングで頭を振る。そしてはたとその視線を合わせて、同時に雛を見やった。
 交わす言葉はなかったが、どうやら考えていることは同じらしい。
「え、ええと、女の子だし、ピンクは雛さんがいいんじゃないかな。なんてったってピンクはスカートだし」
「そ、そうッスね。ピンクのスカートはやっぱり女の子がはくほうが似合うし、可愛いッスよね」
 珪の言葉に続く龍之助の言葉。やたらとスカートにこだわりつつ、さらに変にどもりがちな怪しい彼らの言葉を、けれどもまったく気にすることもなく、雛はにっこりと笑った。珪がオススメしてくれた時点で、雛にはもう断る理由などないのである。
「はいっ、じゃあ私はピンクで」
 デスクの上からピンクセットを取った雛に、煙草をふかしていた草間が銀色の壁にあった一つのドアを指を差した。
「あー、そこの更衣室使っていいぞー」
「はいっ」
 素直に返事してドアの向こうへ消えていくその背を見送ってから、草間がデスクの前に残った二人の男子高校生へと顔を向けた。
「さて、後はレッドとイエローだな。どうする?」
 ちらりと龍之助が珪を見た。
「俺、できれば赤がいいんスけど。実は最初からそのつもりだったし」
「ああ、オレは黄色でも別にいいぜ? 美味いもん食えそうだしっ」
「よし、決まりだな」
 草間が龍之助に赤、そして珪にイエローを渡す。が、その渡す瞬間、珪に向けてニヤっと唇を歪めて笑った。
「いやー、まあ、お前だったら大丈夫だろ」
「は?」
 きょとんとスーツセットを受け取りながら珪が瞬きする。ゆるく首を傾げる。
「大丈夫って、何が?」
「大丈夫。お前はこの男連中の中では一番可愛い」
「は?」
 言われた言葉の意味がわからず眉宇をひそめる珪に草間が人の悪そうな笑みを浮かべた。それはとてもじゃないが正義の味方の司令とは言いがたい悪人笑いだった。
「実はなぁ、衣装作る予算が足りなくてな」
「はあ」
「ピンクだけじゃなくて、イエローもスカートなんだよ」
「はあ……って、えっ?!」
 パッと腕の中に収まっている光沢のある黄色い布切れを見る。そしてすぐさま草間を見た。
「えっ、ちょっと、黄色ってカレー好きってヤツなんじゃあ?!」
「は? なんだお前知らないのか? 最近はピンクだけじゃなくてイエローもスカートって戦隊もあるんだぞ。うちはそれなんだな」
「……っっ!!」
 思わずばっと顔を他の男連中に向けるが、彼らは草間の言葉を聞いたその瞬間、速攻で着替えをはじめ、スーツを身に着け始めていた。珪が交換を提案するのを阻止するためである。正義の味方のくせに、その場にいる者たちはみな見事なまでに自分のことしか考えていなかった!
 それを見て珪は泣きそうになる。
「みんな、酷いっすよ〜……」
「大丈夫、ちゃんとカレー好きでもあるから、イエロー」
「なんでスカートはいてその上カレー好きにならなきゃならないんだっ!!」
 草間のフォローになっていない言葉に、珪が悲鳴に近い声を上げる。それに草間がぷかりと煙草の煙を宙に吹き、にっこりと笑った。
「だからお前可愛いから大丈夫だって。考えても見ろ、お前以外の野郎がスカートはいてるなんて、ある意味犯罪だろ」
 それはそれで一撃で相手を滅殺できそうではあるのだが。
「ほれ、子供たちがお前たちを待っている! さっさと着替えろっ!」
 ぱちりと草間が指を鳴らすと、すでにスーツを装着し終えた白鬼・暁文・龍之助がわきわきと手を動かしながら珪を取り囲んだ。はっと珪が思わず自分の体を抱きしめて身を縮める。
「なっ、なんすかっ?! ちょ…っ」
「やっちまえ、野郎ども!!」
 草間の号令一閃! 答えるように「おーっ!」と声をあげ、3名が珪の服を剥ぎにかかった!
「ちょ…うああああっ! やめろっ、へっ、変態ーっ!!」
「問答無用っ!!」
 ここでやらなければ、自分がスカートをはかされるかもしれない!
 その恐怖が彼らを突き動かしていた!!
 ぽいぽいと宙に舞う珪の私服。それを見ながら、ゆったりと椅子に腰掛けた草間は美味そうに煙草をふかしている。
 さして間もおかずに。
「ひ……ひどいっすよぉぉぉ〜っ」
 黄色いスカートをはいた草間イエロー・珪が涙目で誕生した。すらりとスカートから伸びた生足はカモシカのような、という形容詞がぴったりだ。もっとも、本人、そんなこと言われてもちっとも嬉しくないだろうが。
 とりあえず着替えが完了したのを見計らい、草間が椅子からがばりと立ち上がって大きく腕を横に凪いだ。
 いざ出撃だ! ここは一発気合を入れて!
 大きく息を吸い込み、草間が口を開いた。
「さあ行け! 探偵戦隊草間ファイ…」
「やっぱり、戦隊モノのリーダーっていったら赤ッスよねっ!」
 気合を入れて吐いた草間の言葉は、あえなく龍之助の元気な声にさえぎられた。コントよろしくずっこける草間に誰も気づかず、龍之助の方を胡乱げに見やる。
「なんで赤がリーダーって決まってんだよ」
 暁文が思い切り眉宇を寄せて問う。
「俺はお前みたいな子供の言うこと聞く気はないぞ」
 珪の着替えの時の結束はどこへやら。
 珪も、じろりと不機嫌そうに龍之助を見やった。
「そうだよ。オレとカレー食べ比べして勝てたら認めてやってもいいけど」
「なんでカレーの食い比べなんだ?」
 暁文が怪訝そうに問いかけた。はた、と珪が目を瞬かせる。
「え? ……いや、なんか急にそんな気になった。カレー食べたいなぁって」
 どうやらすでに珪は「戦隊モノの黄色」の宿命(?)である「カレー好き」に目覚めつつあるらしい。なんだか無性にめらめらとカレーを食いたくなって、珪はお腹を撫でた。さっき饅頭を食べたところだというのに、なぜこんなに腹がすくのだろう?
 そんな、首を傾げている珪の横から、白鬼が脱いだ僧衣をきちんとたたみながらしれっと言った。
「表向きのリーダーは赤でも、影のリーダーはレッドのライバルのブルーだったりするんだけどな」
「いいやっ、リーダーは絶対レッドっスよ!!」
「だから認めて欲しかったらオレとカレーの食べ比べを」
「え〜? さっき饅頭食ったとこじゃないッスか」
「全員でカレーの食べ比べするのか?」
「俺は表のリーダーには興味ないから不参加。裏から仕切るのもそれなりに面白いだろうしね」
「仕切るのって、草間の役目じゃないのか? アイツ、一応司令とかいう役なんだろ?」
「だったら草間さんにもカレーの食べ比べに参加してもらうしか!」
「っていうか今から出撃なのに食べ比べなんかしたらお腹いっぱいで後々動けないんじゃないっスか?」
「そんなヤワな胃袋なら戦隊モノなんかやめちまえっ」
「スカートはいててそんなこと言われてもなぁ」
「好きではいてるんじゃないっ!!」
「仕方ないね、やっぱりここは俺が陰からリーダーシップを」
「俺は一人で行動するほうがいい」
「やっぱり戦隊モノなんだからチームワークが必要っすよ! さっきのイエロー装着のときのような!」
 そのとき。
 じゃきん、と後ろで撃鉄を下ろすような不穏な音がした。はっと全員が草間の方を見る。
「ごちゃごちゃいっとらんで」
 ずっこけから復活した草間のその手にあるのはサプマシンガン。キラーンと眼鏡の向こうの目が光ったかと思うと、彼はいきなりそれを全員の足元に向けて撃ち放った。
「さっさといかんかーいっ!!」
「うわーっ!!」
 ダダダダダ、というすさまじい音を立てて鉛の弾丸を打ち出す銃。たまらず、その場にいた全員がメットを抱えて脱兎のごとく走り出して行った。
「……あの」
 キィ、ときしんだ音を立てて、更衣室のドアが開いた。中からひょっこりと雛が顔を出す。やはり女の子、身支度には少し時間がかかったようである。
「みなさん、もう行ってしまわれたんですか?」
「え? あー連中、やる気満々なんだろうな、ははは」
 明るく笑う草間に、雛もつられるようににこにこと笑って、ぺこりと頭を下げた。
「それでは、私も行ってまいります」
「おう、いってらっしゃい。気をつけてな」
 ひらひらと手を振る草間を胡乱げに見てため息をついたのは、夜刀だった。穴だらけの床を見下ろして。
(何がやる気満々だ。銃ぶっ放して追い立てといてよく言うぜ)
「どうかしたの?」
(あ? いや、なんでもない。にしても似合うなぁ雛、そのピンクのスーツ)
「そう? うふふ、ありがとー」
(いやー…あ、雛、今のうちに草間殴っといたほうがいいかもしれないぞ)
「え? どうして?」
 夜刀はそこで言葉を切った。すでに彼は、雛の憧れの君である珪の身になにがあったのか知っているのである。
 けれど、あえてそれ以上何も言わないことにした。雛も、先に出て行った男連中を追うように駆け足で基地を出て行く。

 ようやっと出撃していった連中を見送り、草間はどさりと椅子に腰を下ろして天井を見上げた。
「やれやれ…ホントに大丈夫なのかよ、あいつらは……」
 言いながら煙草を灰皿に押し付け、よっこらしょと椅子から腰を上げる。
「さて、俺も行くか……」

 さあゆけ僕らの、探偵戦隊草間ファイブ!!
 物語はまだまだ続く!!


<第3話・秘密基地、潜入!!>

 かくして、ついに積年のライバル(?)である探偵戦隊・草間ファイブと秘密結社アトラスの最後の戦いの火蓋が切って落とされた。
 まあ、そこに至るまでには艱難辛苦、波瀾万丈、悲喜交々、焼肉定食の出来事とそれに付随するドラマがあったのだが、まともに説明していたらご飯前の十七時から一時間ずつ、七十二週分枠を取って放映しても終わらないので、この場では割愛させていただくとしよう。
 伝書鳩についていた地図に従って草間ファイブ達がたどりついたのは、なんのことはない、いつもの「月刊アトラス」が入っているとある出版社のビルだった。
 いや「ビルだったもの」と訂正したほうが良いのかもしれない。
 外壁はアルミホイルのようにてかてか輝く鏡面張り。設計基準法を無視したようにビルはねじくれ、壁の中から触手のようは張りぼてが無数にあらわれツタのようにビルを覆っている。
 窓枠にはバラの花が飾られている。
 どんなに悪趣味なラブホテルだって、ここまでしないだろう?! という実に設計過剰、かつ美的感覚を疑いたくなるようなビルだった。
「うわー、編集長はりきってるなぁ! まるでラブホテルじゃん。……ラブホテル?! 俺と三下さんの愛の園?!」
 くふふふふ、と自分で言った感想に自分で反応し、妄想をふくらませているのは言うまでもなくレッド・龍之助だ。
「ふ、不潔です!」
 危険な十八禁の妄想を毒々しいピンク色のハートにしてあたりにばらまく龍之助をにらみつけ、顔を真っ赤に染めて反論する少女は純情可憐なピンク・雛だ。
「ちくしょー、何が最近はイエローもスカートだ! 草間のクソオヤジ!」
 とぼやきながら、雛と色違いのコスチュームの裾――スカートを気にしてるのは、イエロー・珪。
「帰りたくなってきたぜ」
「まあまあ、そう言わないで楽しもうじゃないか」
 心底嫌そうな顔をして渋々ついてきているのはブラック・暁文。その暁文をなだめつつ、かなりこの状況を楽しんでいるのはブルー・白鬼だった。
 はっきり言って、ここまで協調性も友情も無い戦隊も珍しいのではなかろうか。それとも危機になれば正義の味方らしく一致団結するというのか?
 ともあれ素早く中へと入る。そして、普段ならなかなか可愛らしい受付嬢がにっこり笑って迎えてくれる玄関ホールへとたどり着いた。
 その時。
「おい、何か出てきたぞ」
 それぞれ好き勝手に、気の赴くままに行動していた探偵戦隊草間ファイブのメンツが、暁文もといブラックの言葉に誘われ、ホールの中央にある階段に顔を向けた。
 と、現れたのは、お約束の秘密結社の戦闘隊員たちだ。月刊アトラスの編集部員が続々と二階から中央階段を下りてくる!
 その顔色は一様に不健康極まりなく青白く、シャツはよれよれ、ネクタイはちょっとした弾みで解けてしまいそうなほどにゆるめられている。
 片手には真っ白な原稿用紙、片手には修正用の赤ペン(もしくは写真のネガ)をもち、胸ポケットにはサラリーマン御用達のリゲ○ンの小瓶とストローが入ってる。栄養補給のためだろうか。
 よれよれのシャツの背中には「二十四時間戦えますか?」「注意一秒誤字一生」「〆切破りは人に非ず」「夏コミ取れた?」などが、毛筆で豪快に書き抜いてある。
 こんなに人数がいるなら草間から原稿取らんでもええんちゃうんか? と言いたくなるくらい、わらわらと次々ありんこの如くわいて出てくる。いったいこれだけの人数がこのビルのどこに収容されていたのだろうか?
「ヒィ!」
「ヒィイ!」
 などと考えている間に、彼らはお約束の奇声をあげながら一斉に草間ファイブに襲い掛かってくる!!
「うわ」
「きゃっ!」
「なんじゃこりゃー!!!」
「か、数が多すぎる!」
 珪、雛、暁文、白鬼が同タイミングで叫ぶ。
 栄養失調・寝不足・しかも妙にハイテンションになっている編集部員に囲まれては、戦う以前の問題だ。怖い。怖すぎる。
「原稿、下さいよ〜。泣き落としは駄目ですからね〜」
「何か書いてよ、三枚でいいからさ!」
「ささ、このライター契約書にサインを! サインを!」
「えー、おせんにキャラメル、おせんにキャラメル如何ですか?!」
「アナータハ、神ヲ信ジマスカー?」
「ええい、もってけ泥棒! べらんめぇ!」
 赤ペンを持つ手を勇ましく振り回す者、携帯電話で原稿を取り立てる者、契約を迫る者、果てには押し売りに、宗教勧誘。フランクフルトの屋台出店に金魚すくい。バナナのたたき売りをやっている者までいる。
 いくら夢とはいえ、ここまでくると訳のわからない恐ろしさがある!
「やっ、触らないで!」
 一体何処を触ったのか、編集部員の一人が雛の平手打ちをモロに食らい、鼻血を拭いて飛んでいく。
「きりがないね!」
 何人目かの編集部員の首筋に鋭い手刀をたたき込みながら白鬼が悲鳴を上げた。
 流石にヒーローといえど、数の暴力にはまけるのか?! 危うし草間ファイブ! 絶体絶命!
 まさにそう思ったところに。
「――ところで、みなさんご自分の原稿お書きになりました? 〆切今日ですけど」
 にこにこと、レッド・龍之助の悪意のないのほほんとした、けれどもとてつもなく恐ろしい言葉が放たれた。
「ヒィイイイイイ!」
 それを耳にした瞬間、狂ったように意味不明の行動を取っていた編集部員達は一斉に頭をかかえてドミノの様に倒れていく!
 恐るべし龍之助。そして、恐るべし〆切!
 アトラスの実状を知るアルバイターだからこそ使える最終兵器! まさに言葉の暴力とはこのことか!?
 切実かつ、冷酷なこの一言に勝てる編集部員がいるだろうか?!
 次々にうめきながら倒れていく編集部員達。胸ポケットの「黄色と黒は勇気のしるし」というキャッチコピーのリゲ○ンを補給する暇もない。勇気を補給して立ち上がるものは誰一人としていない。
 何とか原稿を奪おうとへばりついてくる編集部員を、スカートを押さえながら蹴り飛ばすという器用な戦い方をしていた珪が、ふと階段の上を見ながらつぶやいた。
「あれ……」
 そこには。
「やるじゃぁないか。編集部員達を全員倒すだなんて」
 ぺろ、と派手に赤い唇をなめながら階段の上の女性が毒々しく嗤う。
 ひだのついた白いシャツの下で、豊かな胸が笑いに合わせ小さく揺れた。そして黒いサテンに金糸で刺繍を施したコートに、つばが広く大きな羽を飾った黒帽子を被ったその姿は、彼女の秀麗な顔の半面を隠す黒ガラスの眼帯と相まって、彼女をまるで中世の海賊のように見せていた。
「でも、通す訳にはいかないねぇ」
 言いながら大儀そうに両手を肩の高さまで持ち上げ、ゆっくりと頭を振る。髪が肩口で揺れた。
 完全に小馬鹿に仕切った彼女の「お手上げ」ポーズだ。言っていることとやっていることはまったく逆のものを示している。
「お前は!」
 白鬼がよく通る低い声でお約束のセリフを放った。
「フッ、あたしは帝国一の太刀! 女海賊のサイデル様さ!!」
 堂々とした態度で、階段の上から草間ファイブを隻眼でにらんで叫ぶ。
 見事すぎる悪役の演技。そして張り詰める緊迫感。
(こ、これぞ戦隊モノ! これぞヒーロー!)
 じいん、とヒーロー願望がある珪と白鬼が激しく感動してる横で、つまらなさげに暁文がタンッと床を蹴った。
「ザコは頼む……と、言いたい所だが」
 もう一度床を軽く蹴る。と、不意に暁文の姿が消え、次の瞬間、ふっとサイデルの目の前に現れた!
 ブラックの特技・瞬間移動だ!
「駄目と言われるとやりたくなるのが俺の性分なんでな! あんたにゃ悪いがお命頂戴だ!」
 両脇に下げていた黒い銃をホルスターから引き抜き、サイデルに突きつける。が、サイデルはわずかに身体を動かしただけで暁文の弾丸をあっさりと避る。
 にや、と口の端をわずかに引き上げて暁文が笑った。
「……あんたも諦めがわるいな。夢の中なんだからさっさと死んで、さっさとこの馬鹿げた状況から出たいとは思わないのか?」
 サイデルがこの世で最後に目にするであろうそれは、悪人がよく浮かべるような暗い笑みだった。
 が。
「あいにくと、たとえ夢でもてめぇ何かにやられる気はないね」
 ひゅん、と切っ先を唸らせながらサイデルが剣を暁文に振り下ろした!
 間一髪で、銃を交差させ、その谷間で剣を受け止める。
 サイデルの真紅の瞳と暁文の黒の瞳に、冷たく鋭い明確な殺気が宿った。
「よーし、良いだろう。ここは俺に! このブラックにまかせておけ!」
「…………」
 ……おまえ、さっき日本人の考えることがわからん、とか言ってなかったか?
 と、残り四人のメンバーが唖然と口を開けて暁文を見やる。
 どうやらこの馬鹿げた「夢」は時間と共にメンバーの精神に働きかけ「その気」にさせてしまうようだ。
 当然他の四人も「……あの、もしもし?」と言いたい気持ちだったのだが、次に取った行動は――。
「よし、任せたぞブラック!」
「死なないでね! ブラック!」
「お前の勇気、忘れないぞブラック!」
「ブラック! 星とともに永遠に!」
 それぞれに叫びながらサイデルの横を駆け抜ける、というものだった。
(――ていうか、まだ俺は生きてるぞ! 星と共に永遠にって何だ! 誰がいいやがった!!)
 と暁文が仲間の背中を一瞬みる暇があるかないか。
 空気を切る音がして鋭い何かが腕を引き裂き、血液の珠が空中に散った。
「ほら、坊や。よそ見してる暇があるのかね! あんたの敵はあたしだよ!!!」
 黒猫のようにしなやかに動き、瞳を勝利の星・火星の様に輝かせながらサイデルがレイピアの切っ先で空中に円を描く。
「いわれなくても、嫌というほど泣かせてやるよ、黒猫ちゃん」
 ぺっと唾を吐き捨て、右手に持った銃の口を天井に向け、そしてトリガーに添えた指に力を込めた。
 ゴォン、と遠雷のような轟音がホールに響き渡る。
 撃ち放たれた弾丸は天井を飾るシャンデリアの鎖に当たった。鎖は簡単に弾け飛び、重力の法則に沿って床に落ちてガラスが砕け散った。
 ――それが死闘の始まりだった。


<第3話・敵と遭遇?!>

「むー。すっかり九夏くんや雛ちゃんとはぐれてしまったようだね」
「そうっスねー」
 最終決戦(これが初陣なのに最後もなにもあるかというツッコミはさておき)というのに、やけにのんびりした口調で白鬼と龍之助は長い廊下を歩いていた。
「でも所詮アトラスのビルの中ですから。歩いていたらどこかであうでしょう」
 燃えるリーダー正義のレッドらしからぬ発言に、抜剣もなんだかさっきまでのやる気はどこへやら、気の抜けた声で「そうだねー」と答えた。
 二人の気合いが抜けているのには、少々訳があった。
 ブラック暁文vs女海賊サイデルの戦いの場を、すたこらさっさと離れた四人を待ちかまえていたのは、またまたイカれた編集部員、もとい戦闘員(とかいてザコと読む)の群だった。
 だが、徹夜で原稿の詰め作業に追われ、よれよれになっているリクルートスーツの戦闘員たちを倒すのはさほど苦ではなかった。
 のだが。
 敵も馬鹿ではなかった。
 一人一人では適わぬと知ったのか、彼らは物量作戦で襲いかかってきた。しかもそれはただの物量作戦でも人海戦術でもない。
「ザ・哀愁のサラリーマン。アナタは満員電車に耐えられますか?!」
 と全員が見事なまでに声をあわせ、そして無意味にハモらせたりしながら、地下鉄の発車ベルの音が周囲に鳴り響いたとたんに、固まりとなって4人に体当たりし始めたのだ。
 狭い廊下が、100人は居ようかと思える戦闘隊員に満たされる。
 しかもラッシュアワーの通勤電車と、三流スクープ誌記者のねばりを武器にされては、流石の探偵戦隊草間ファイブもかなわなかった。
 動物的本能かはたまた野生のカンで危機を察知して壁に張り付いた白鬼。そしてすぐさまそれを真似た龍之助はかろうじて人波に流されずに済んだのだが、珪と雛はあっさりと編集員達の波にもまれ、もがけばもがくほどそこにずぶずぶとはまってしまう。
「た、助けて」
「九夏さんと一緒なら、私、どこまでもついていきます!」
 黄色とピンクの手袋に包まれた手が、灰色のよれたリクルートスーツの間からちらりと見えたが、それはすぐに人の波間に飲み込まれて消えてしまう。
 人の波はやがて珪と雛を中心にしてぐるぐるぎゅうぎゅうと圧迫をかけて回りながら、白鬼と龍之助から離れていった。
 そして気がついたら、廊下にふたり、ぽっつーんと取り残されていた。
 嵐の後の静けさ、というやつを身にしみて感じた瞬間だった。
「追いかけた方がよかったかなぁ」
「でもどこに行ったかわからないし」
 ぽてぽて。ぽてぽてぽて、と間抜けな効果音を感じさせる足取りで、二人は当てもなく一本道を歩いていく。
 追いかけた方がいいかなと言いながら、その言葉とは裏腹に雛と珪が押し流されて行った方向と反対にあるいているのは「あんな人並み、もといラッシュアワーは二度と体験したくない!」という恐怖心のせいであった。
 僧侶であるため通勤などという世俗に縁のない白鬼と、元気ハツラツ自転車通勤高校生の龍之助。
 普段から通勤電車などと無関係な生活を送っているだけに、免疫力も少なかった。二度とあの非日常的な空間を体験したくない、と思うのはもっともな感想である。
「まあどうせ夢だから大丈夫だよ」
「そうっスねー」
「正義の味方はラスボスの前で集結するってパターンだしね」
「そうっスねー。そういえば中島さん。もといブラックさんノリノリでしたねー」
「うん。これで中国に我が国の伝統的文化が立派に伝わった。この夢が終わったらきっと彼は特撮親善大使になってくれるだろうね」
「そうっスねー」
 どうでもよさげな会話を交わしながら、二人はどんどん奥へと進んで行く。
 その二人の前にドドン、と唐突に目の前に赤い扉が現れたのは数分が経過した頃だった。
 鉄の枠で挟まれた杉の木板に赤く漆を塗った――よく言えば和風で格好いい、悪く言えばこの鉄筋コンクリート7F建てのビルに使うにはどう考えておかしい――扉だった。
「うーん。行き止まりだね」
「引き返しましょうか。別のルートあるかもしれないし」
「ええい! 何故そこで消極的になるのだ!」
 思わず引き返そうとした二人を叱咤するように、扉の向こうから遠雷のように低く、びりびりと震える男の声が響き渡った。
 そしてその男の声が何かの合図だったかのように、赤い扉がギギギときしみながらゆっくりと開く。開かれた扉の隙間から、かすかに何かの音楽が聞こえてきた。
 高く、低く風の音に混じって鳴り響くのは竹笛の音楽。
 小気味よく打ちならされているのは、小鼓や大鼓。
 両者を取り持つように震えるのは琴の弦。
 明るい雅楽っぽいその音色に誘われて、白鬼と龍之助が扉の隙間をそっとのぞき込む。
 そこには、漆黒の闇が広がっていた。
 いや、ただの暗闇ではない。
 暗闇の中に、一つ、二つと浮かび上がるように咲きこぼれるは桜の古木達。
 古木と古木の間には真珠の首飾りのように連なった赤や白の提灯が渡してあり、風が吹く度にオレンジ色の明かりがゆうらりと揺れて闇を溶かす。
 空気と音楽の流れに隠れるようにかすかに聞こえるのは、幾つもの女性の華やかな笑い声。
 その、祭か何かのような声に誘われて扉を押し開け、一歩踏み出す。
 桜の立ち並ぶ街路に沿って、やけに古びた町並みがひろがっていた。
 いや、それはもはや今となっては映画やモノクロ写真でしか見ることのできない風景。
 赤や黒の格子窓の向こうから白い手をさしのべる娘達、あけはなった二階から聞こえる高らかな女の嬌声。
「……こ、これは……花街?」
「吉原ですかねー。なんか戦隊モノとはエライ違いますよね……」
「ということは、つまり」
 白鬼と龍之助は顔を見合わせ、口を数度ぱくぱくと開閉させた後、同時に声を張り上げた。

『すみません、スタジオ間違えました!!!』

「違う!」
 慌ててバタバタと踵を返して扉から出ていこうとする二人に鋭く声が投げかけられた。
 え、と振り向いた瞬間に扉がばたんと閉まり、退路が塞がれる。
 二人が再び顔を怪訝そうに見合わせていると、ガシャガシャと鉄や木板を打ちならす音が聞こえた。
 顔をその音のほうへ向けると、そこには時代錯誤甚だしい、戦国武将が一人立っていた。
 漆塗りの漆黒の胴衣。深紅の組み紐で飾られた大袖の鮮やかさ。鎧からかすかに見える着物は金糸と銀糸で縫い取られている。
「よくぞここまで来た精鋭諸君!」
 と、昔なつかしどこかのテレビ番組で聞いたようなセリフを吐くと、鎧武者は顔を上げた。
 日に焼けた肌を持つ顔は荒削りの彫刻のように雄々しく、鎧姿とあいまってよりいっそうの勇ましさを醸し出している。
「しかしここが貴公らの墓場だ! 俺はアトラス帝国・二の太刀・鬼道将軍の天禪!」
 低い、よく響く声で吠えながら、天禪は黄金の瞳で白鬼と龍之助をねめつけた。
(こ、これは……原稿あげるから逃げる、と言っても駄目っスよね??)
(うーん。夢の中といえ、死ぬのは避けたいね)
 顔をよせて小声でぼそぼそと相談する白鬼と龍之助。そうしたくなるほど、あまりにも相手は強そうだった。
「ぬう、おのれ、敵前に置いて逃亡の相談とは! 貴様ら! それでも漢か!」
 淀みない武者口調で天禪が一括する。
 と、どこかからくすくすと笑う声がした。
「天禪将軍、二人が怯えてるわ。それぐらいにしてあげて頂戴」
 耳に心地よく、良く通る声がした。
 抑揚豊かで歌うような発音は龍之助と白鬼が良く知る女性の声だった。
 その声の主とは。
「しゅ、シュラインさん」
 声を探し求め、白鬼が左右を見渡す。
 と、しゃらん、と鈴の音の後に衣擦れのさらさらした音がした。
 それが合図のように、ぼんやりと闇の奥から二つの明かりが灯った。
 目を凝らせば、それは小さいおかっぱ頭の少女――かむろが照らす花魁道中の明かりだとわかる。
 オレンジ色の提灯の光に、揺れる黄金のかんざし。髷にさしているのは錦と銀で作った桜のかんざし。一歩ごとに揺れる帯には不死鳥たる鳳凰が刺繍されており、袖から覗く藤色と茜色の着物が何とも色っぽい。桜が刺繍された半襟はぐい、と開かれて、今にも胸が見えそうである。
 結い上げられた髪は黒曜石のように黒く艶やかで、白い肌に包まれた秀麗な顔には美しい蒼い瞳。
「原稿は私が、このアトラス帝国。三の太刀・黄昏花魁の朱羅音(しゅらいん)がいただくわ」
「…………」
「…………」
 かっくん、と音をたてて二人のあごがはずれて落ちた。
「……な、何よ! 何よあんた達っ!」
 唖然としている二人の正義のヒーローに向かって、シュラインが真っ赤になって言った。
「だって、だって、麗香さんが、こ、こう言いなさいって……わ、私も、その、こんな暴走族みたいな当て字ヤダったのよ、本当よ!」
 高下駄を器用に操って、もじもじと地面に「の」の字を書く。
「でもでも、こ、ここに来たら急にそういう名前もいいなあっ、て、ちょっと、ひょっとして私、夢に影響されてる?!」
 ちょっとね、と白鬼と龍之助が同時にシュラインに向けて手を振る。
「黄昏花魁……朱羅音ね」
「あの、シュラインさんまでが」
「……いや、これはこれで美しいと思うけど」
「草間さんにみせたいっすね」
「いや、全く。あ、そこら辺に「写るんでし」売ってないかな?」
「ちょっと、あんた達! 少しは人の話を聞きなさい!」
 と、もじもじから立ち直ったシュラインは、叫ぶが早いかかんざしを引き抜いて二人に向かって投げつけた!
 それにいち早く反応した白鬼が、とっさに龍之助を盾にしてその大きな体を縮こまらせた。
「おおう?!」
 さくっ、と小気味よい音がしてかんざしが龍之助の眉間にみごと命中する。
 ばったりと出血して倒れる龍之助に白鬼が、
「レッド! 大丈夫かレッドー!」
 などと、しっかりと盾にした癖にアカデミー主演男優賞もかくやの演技で叫ぶ。
「必殺仕事人だな」
 ミニコントを繰り広げる正義の味方二人を見ながら天禪がつぶやいた。それにシュラインが柳眉を寄せながらぼやく。
「どうして、私がアトラス帝国なの? 草間興信所のバイトなのに」
「そ、それを言うなら、俺アトラスのバイトなのに、草間ファイブでっ……ぐふっ!」
 激しく吐血しながら悲劇のヒーローよろしく龍之助が叫ぶ。かなり夢に影響されているのは間違いないようだ。
 シュラインが、胸の内で早く終わらせないととつぶやきながら、陰鬱な思いでため息をつく。それを見て天禪が何かを思い出したように腕を組んで、ゆっくりと頷いた。
「そなたをみてると」
「みてると?」
「「仕方ない」と微笑みながら夫や息子を見送った、戦時中の婦女子を思い出す」
「…………とっても詩的な誉め言葉ありがとう」
 遠い眼をして昔を回想する天禪をよそに、シュラインはますます長く重いため息をついた。
「でも、落ち込んでばかりもいられないわね! 出よ! 間抜け怪獣ミノシターン!」
 その言葉に、絶命したはずのレッド・龍之助が起きあがり額に刺さったかんざしをすぽんと引き抜いた。
(ミノシターン……ミノシターン! 三下さん!)
 キラキラと情熱的な視線で龍之助があたりを見渡す。
 と、シュラインの陰からおずおずと三下がこちらをうかがっているのを発見した。
 タコイカ十八本の足が束ねられたように内股になっている。
 はっきり言って、龍之助以外のものからしたらそれは不気味以外の何物でもない。
 だが。
 三下を見る龍之助の視線はそれ以上に不気味だった。
 シュラインは、その不気味さに背中に汗をにじませながら、三下と龍之助を交互に眺めた。そして。
「とにかく時間が無いからいってらっしゃい!」
 ぱしんと背中をたたかれ、三下がよろけた。
「で、でもでも。ど、どっちと戦ったらいいですかね? あの、ぼ、ボク」
「この際どっちでもいいじゃないの!」
「でも、どっちとも強そうだし」
 先ほどの白鬼と龍之助さながらに、三下とシュラインがぼそぼそと相談しはじめる。それに、
「……いっそのこと「うらおもて」で決めたらどうかな? 手の裏と表でチーム分けする奴。ほら、「グーとパーで別れましょう」とか子供が良くやる奴と同じ要領で」
 天性の人の良さか、困り果てている二人についつい白鬼が提言した。その言葉に、戦いが始まらずすっかり退屈しきっていた天禪が、うむと唸って手を打つ。
(三下さんと戦えますように、三下さんと愛の逃避行できますように)
 と、お子さまには眼の毒なピンク色の妄想をうっとりと繰り広げながらうなづくのは龍之助。
「じゃあボクはシュラインさんのオプションということで。タコ足とイカ足だと、どっちが裏か表かわからないですし」
「そうね、手っ取り早くそれでいきましょう。その代わり恨みっこナシよ」
 仕方がない、と言った調子で両手を腰にあてて、シュラインは白鬼と龍之助と天禪をみた。
 そして全員が一同にうなづいた瞬間、天禪が喉の奥を震わせるようにして、その場を仕切るように大きく吠えた。
「では、いざ尋常に!」

「うーらーおーもーてっ!」



<第5話・対決!!>

 その頃。
 月刊アトラスが入っている出版社のビルの裏口に、不審な人物がいた。豆絞りの手ぬぐいでほっかむりをし、裏口のドアに針金を差し込んでこちょこちょと動かしているその姿は、空き巣以外の何者にも見えない。ただ、その身に纏っている衣装はこげ茶色の軍服に黒いマント。空き巣には見えない。
「……!」
 ピン、と確かな手ごたえを覚える。眼鏡の奥の瞳が鋭く光る。ノブを回してみると、かすかにきしんだ音を立ててドアが開く。
「……ったく、なんで俺が裏口からこそこそ侵入せにゃならんのだ」
 ぼそり愚痴を言いながら、するりとその身をドアの向こうへと滑り込ませる。そして何事もなかったことを装うように、鍵をちゃんとかけておく。
「さて、俺の部下たちはどこにいるのかな、と」
 カツカツとブーツの踵を鳴らし、マントを翻らせながら、彼はその場から移動を開始した。

 花街からステージ移動したシュラインと龍之助と三下は、まるでテキサスの荒野のような場所にいた。吹きすさぶ風が目にしみる。
 ミノシターンに重い着物の裾を持たせてしゃなりしゃなりと移動したシュラインは、ぐらりと揺らいだカツラを手で立て直す。そして対峙した龍之助を切れ長の目で見据えた。
「バイト同士で対決だなんてね」
「まったくッスよ。三下さんと離れずにすんだなんて、これはもう運命ッスね!」
 龍之助の目は、シュラインの存在をまったく無視して、その後ろにいるミノシターンに釘付けになっている。え? という顔で三下が首を傾げる。それを爽やかな笑顔で見返し、ぐっ、と親指を立てる。
「任せてください! 俺が必ず三下さんを元の三下さんに戻してみせます!」
 俺の愛で! と胸の内で大きく叫ぶ。
 そう、俺の愛で、だ! そしたらきっと、三下さんは……。
 またしても妄想大暴走でピンク色の思考の世界へと突っ走る龍之助のその緩みきった不気味な顔に、三下がシュラインの影に身を隠す。シュラインも、その龍之助の顔に頬を引きつらせる。
 不気味だ。あまりにも不気味すぎる。直視するに耐えない。
「ちょっとミノシターン、どうして私の後ろに隠れるのよ!」
「だ、だってシュラインさん、こ、湖影くんの顔、怖いですぅぅっ」
「何言ってるのよ、妄想の対象はあんたでしょっ! だったら責任取りなさい!」
「えええっ、そ、そんなむちゃくちゃなぁっ」
「つべこべ言わずに、下っ端怪獣なら下っ端らしく上官を守りなさい!」
 言うなり自分の陰から三下を引きずり出して、高下駄で器用に蹴りを食らわせて前に押し出す。それを見て龍之助が悲鳴を上げる。
「さ、三下さんになんてことを! ちょっとシュラインさん、三下さんに酷いことしないでくださいよ!」
「うるさいわね! アトラス帝国の間抜け怪獣に何しようと私の勝手でしょ!」
「だめだっ、三下さんに何かしていいのは俺だけだあああ!」
 その言葉にまたバタバタと一八本の足を動かして脱走を試みる三下。その襟首をむんずと引っつかみ、じろりとシュラインが睨みつける。
「幹部を置いて逃げる怪獣がどこの悪役の世にいるっていうの?」
「こ、ここにいますっ。っていうか、後生ですから見逃がしてくださいぃぃっ」
「ああっ、なんで逃げようとするんスか、三下さん!」
 あんたの妄想にふけってる顔が不気味だからだ! と心の底から叫びたかったシュラインと三下だが、ごくりとそれを飲み込む。その時、シュラインの頭に一つの案が浮かんだ。
「……ふ、ふふふ、そうよね。その不気味さを逆手に取ればいいのよ」
「し、朱羅音太夫?」
 恐る恐る肩越しにシュラインの様子を見た三下。その瞬間、しゅっとカツラに刺さっていたかんざしの一つを抜き取り、三下の首に腕を絡ませると抜き取ったかんざしをその首筋に突きつけた!
「そうよね。あんたには三下くんがなによりも大事だものね。だったらこういう手段も取れるってわけよ」
 キラリと金色のかんざしの柄が剣呑な光を宿す。ひ、と短く三下が情けない声をもらした。
「し、朱羅音太夫?!」
「おとなしくしてないと、その足、ぜーんぶ引っこ抜いてお芋と一緒に煮っころがしにしちゃうわよ?」
「!」
 耳元にスペシャルセクシーボイスで囁かれ、三下は涙目になる。彼の耳にはシュラインの見事な声でさえ、恐怖の旋律にしかならなかった。
「うわぁぁんっ、死にたくないよぅっ」
 わめき始めた三下の大声に負けないように、腹に力を入れてシュラインが声を張り上げた。
「さあ、あんたの愛しい三下くんを無事に手に入れたいのなら、怪奇原稿をこちらによこしなさい! 持ってきているんでしょう?」
「ひ、卑怯ッスよシュラインさん!」
「ふふふ、今はただのシュラインじゃないのよ」
 紅をさした唇を妖しく笑みの形にすると、手にしたかんざしにつつっと舌をすべらせる。
「私は草間興信所のシュラインじゃなく、アトラス帝国・黄昏花魁の朱羅音! 悪役が卑怯な手を使わないで、一体誰が卑怯な手を使うというの?」
 夢の世界の影響をバリバリに受けて、シュラインが高らかに哄笑する。
「ホーッホッホッホッ、さあ、愛しい人の命が惜しければ、おとなしく原稿を渡しなさいな」
 表向きは悔しげに歯をかみ締めながら――内心では「それで三下さんが助かるんなら原稿なんてどうでもいいやー♪」と思いながら――龍之助が原稿を隠しているスーツの背中の方へと手をやった、まさにそのときだった。
 バァン、と勢いよく部屋のドアが開いた。
「ま、まさか、なぜお前がアトラス帝国側についているというんだ?!」
 その声に、その場にいた全員が突如現れた声の主の方を見た。
「く、草間さん?!」
「た、武彦さん?!」
 驚愕に彩られた声が重なる。
 そう、そこに現れたのはほっかむりをかぶった草間ファイブの司令・草間武彦だった。裏口から侵入してきた彼は、あちこち部屋を見て回っている間にここにたどり着いたのである。
 と、どこからともなくひどく悲しげな音楽が流れてきた。さらに、どこからかはらはらと薔薇の花が風に乗って流されてくる。
「シュライン、どうしてお前が……。しかも、その姿は一体」
「武彦さん……」
 きらきらと二人の周りに点描が飛び回る。これはメロドラマか? まさに二人だけの世界である。だが、草間がほっかむりをかぶったままの姿であるため、間抜けなことこの上ない。鼻の下の結び目がなんともいえず、哀愁といえば哀愁だ。
 その様に、龍之助が不機嫌そうに半眼になった。
「なんなんだ、この演出は。っていうか、主人公はレッドである俺じゃないのか?!」
 そんな龍之助の言葉はむなしく無視される。ほっかむりを外し、マントを翻しながらシュラインに駆け寄ろうとした草間は、けれどもシュラインが三下の首筋にかんざしを突きつけたことで足を止めた。
「こないで!」
「シュライン!」
「だめよ、だめなのよ。私と武彦さんは今は敵同士なんだから!」
 悲しげに目を伏せて、シュラインが頭を振る。
「私は黄昏花魁の朱羅音なの!」
「何故だ、お前はうちのバイトだろう! 何故なんだ!」
「だって……だって……っ」
 三下の首筋に突きつけたかんざしが震える。言おうか言うまいか葛藤しているらしい。草間はただ、その言葉をじっと待っている。
 わずかな沈黙の間の後、意を決したようにばっと顔を上げて、シュラインが叫んだ。
「だって武彦さんたら私が事務所を片付けても片付けても、散らかすばっかりで全然お掃除してくれないんだもの!!」
 すってーんっ!
 龍之助が勢いよくすっ転んだ。地面にぶつけた頭をなでながらシュラインを見る。
「そ、そんなに理由があったのか……。というかそんなに理由で敵に回ったのかシュラインさん……」
 けれど、草間は真剣な顔で握りこぶしを作り、叫び返した。
「掃除というのは、散らかされていたほうがやりがいがあるだろう! 俺はいつもそう思って」
「そんなのは武彦さんの勝手な言いぶんよ! それにちっとも経費抑えてくれないし!」
「月末に頭を悩ませているお前の苦悩はよく理解しているつもりだ!」
「嘘! もし本当に理解しているのなら、必要経費と称してお昼ごはんのかけソバを経費で落とそうとはしないはずだわ!」
「待てっ、俺はそんなことしてないぞ! 牛カルビ弁当ならやろうとしたかもしれんが!!」
 本気で言い返した草間を見、やれやれと龍之助が頭を振った。
「草間さん、シュラインさんに苦労かけ過ぎッスね」
 とてもじゃないが、好きでなければその苦労には耐えられないだろう。しかもシュラインはバイトなのだ。やめようと思えばいつでもやめられる。それをやめずに、まったくもってよく耐えているものだと感心する。
 それもこれも、一重に草間が好きだから、だろう。
 と考えてから、ふともう一度草間を見る。そして、シュラインを見、そのシュラインにとらわれている三下を見。
 ぴこん、と頭の上で豆電球が点灯した。
「……そうか、よしっ!」
 思いつくなり即行動。
 素早く龍之助が草間の方へと駆け寄った。必死にシュラインに向かって言い訳していた草間が、なに?! と反応するよりも早く、右腕を後ろに捻り上げ、逆の腕を首筋に回して身体を捕らえる。
「ぐ……っ、なっ、何をするんだレッド! 司令の俺にこんなことをするとは、血迷ったのか!?」
「これも俺の愛する人のためなんです! 草間レッドは友情よりも、熱く愛に生きる男! すみませんが勘弁してください」
「あ、愛する人のため?」
 もしやそれはシュラインのことなのか、と思いかけた草間の考えは、あっさりと次の龍之助の言葉で打ち砕かれた。
「さあ黄昏花魁の朱羅音! 今すぐ三下さんを解放するんだ! でなければ、お前の大事な草間さんの命はないぞ!」
「さ、三下ぁ? お前、三下のことが好きなのか?!」
「いやだなあ草間さん、そんなはっきり聞かないでくださいよぉ〜」
 デレーとだらしなく相好を崩しながら答える龍之助に、草間が緩く頭を振った。
「……いや、まあ、個人の趣味にとやかく口を出すつもりはないが」
 つぶやく草間の声を、当然のことながら龍之助は聞いていない。キッと鋭くシュラインを睨みつける。
「さあ、早く三下さんを離せ!」
「武彦さんを盾にするなんて卑怯よ、草間レッド!」
「先に人質とったのはそっちじゃないッスか!」
 草間を盾に取られたことにシュラインが激怒する。その発する怒りのオーラのためか、ゆらゆらとほつれげが逆立ち、揺れている。
「許さないわよ草間レッド! それが正義の味方のやることなの?!」
「うるさーいっ! 俺は愛のためならばどんな卑劣なことだってやってやる!!」
「く……、正義の風上にも置けないわね! そっちがその気なら私だって本気でやらせていただくわ! 先手必勝!!」
 すうっと大きく息を吸い込む。そして、大きく口を開いた!
 ――キィィィィン!!
 バリン、とどこかでガラスが割れるような音がした。そして。
「ヒィィィッ!!」
 思わずその場にいたシュライン以外の男どもが全員耳を手で覆った。頭の中に響き渡る甲高いその音。まるで超音波だ。極悪なその音色。耳に入るだけで目の前で極彩色の波が揺れる。狂音が頭蓋に反響しているようだ。耐えようとしても自然に足から力が抜け、なすすべもなく地面に倒れ伏す。崩れ落ちた龍之助の姿に、満足したようにシュラインが声を止めた。
「どうかしら、黄昏花魁・朱羅音の必殺技、ルナティックハウリングのお味は」
「くぅぅ……」
 こめかみを押さえながらゆらりと龍之助が立ち上がる。目の奥がズキズキと痛む。瞼を押さえて緩く頭を振るその様で、どれほどのダメージがあるのか伺えるというものだ。
「ふふ、相当痛手を負ったようね、草間レッド」
「とんでもない必殺技を持ってるッスね……。けど!」
 びしりと自分の足元を指差し、龍之助はシュラインをにらみつけた。
「俺だけじゃなくて草間さんにも大打撃だ! さらに俺の愛しの三下さんまで巻き込むなんて許せないッス!!」
「えっ?! た、武彦さん!!」
 三下のことには見向きもせず、目を回している草間を見てシュラインが激しく動揺する。それを見、キラリと龍之助の目が光った。
「くらえっ! 草間レッド必殺・人間ハンマー投げ!!」
 言うなり、龍之助は草間の軍服の襟首を掴んだ。ぎゅっとその二の腕の筋肉が盛り上がる。と、ふわりと草間の体が持ち上がった。それを、ハンマー投げのようにぐるぐると回転しながら勢いをつけ、シュラインに向けてぶん投げた!
 ひゅん、と草間が宙を舞う。黒いマントがひらひらとまるでコウモリの翼のようにはためいた。
「きゃーっ、たっ、武彦さぁぁんっ!」
 慌てて、シュラインが足元で倒れている三下を蹴り飛ばした。ふにゃ、と情けない声を上げて目を覚ます三下。それを、高下駄を器用に操って片足を振り上げ、サッカーボールよろしく強く蹴り飛ばす!
「いっけーっ、ドライブシュートォォっ!!」
「うわああっ、痛いっ、ひどいよぉ〜っ!」
 涙の尾をきらきらと引きながら、三下が草間の落下地点に向けて飛んでいく。はっと龍之助がシュラインをにらみつけた。
「三下さんになんてことをするんだっ!」
「あんただって武彦さんになんてことするのよ!」
「ああ三下さーんっ!」
「武彦さんっ!」
 ひゅるるる〜……、どげしっ。
 鈍い音を立てて、草間と三下が地上で激突した。そのまま、二人ともびくりとも動かなくなる。
 慌てて駆け寄った二人は、恐る恐る倒れ伏している草間と三下の顔を覗き込む。二人は頭に大きなコブを作って目を回していた。
 ちらりとシュラインと龍之助が目を合わせる。そしてもう一度倒れているそれぞれの愛しい人を見、さらにもう一度敵に視線を合わせ。
「許せないっ、私の武彦さんにこんなことするなんて!!」
「許せないっ、俺の三下さんにこんなことするなんて!!」
 先手を打ったのは龍之助だった。鋭い突きを繰り出す。女性に向けて拳を振るうのはかなり気が引けるはずなのだが、今は怒りでそんなまっとうな意識はどこかへ吹っ飛んでいた。
「はあああっ!」
 コンクリートの壁すら突き破るほどの龍之助の鉄拳を、すっと思わず首を傾けてそれを交わす。が、わずかにこめかみの辺りにその拳がかすり、カツラが吹っ飛びそうになった。それどころか、かすられただけなのにすさまじい衝撃が脳を揺さぶり、一瞬意識が飛びそうになる。
 それをどうにか頭を振って回避し、バックステップで距離を取りながら、その間に息を吸い込む。
 そして。
「これで終わりよ!」
 カッと口を開いた。そこからさっきと同じ狂音が生み出される!
 けれども、龍之助はすぐさま突き出した拳を引き戻し、両手で耳を覆った。
「ふんっ、二度も同じ技が通用すると……」
 が。
 びしり、といきなりシュラインの青い目から放たれた雷に打たれ、龍之助の体が崩れ落ちた。ぶすぶすと黒い煙を上げている。頭は一瞬にしてみごとなアフロヘアになった。
 予想だにしなかったそのいきなりの雷に、シュラインが片目を押さえて瞬きする。そして、ふと微笑んだ。
「……そう、天禪将軍の援護ね」
 別室で戦っているであろう天禪が能力を貸してくれたのだろう。本来ならそういう使い方はできないのであろうが、ここは夢の中。きっとなんでもありなのだ。
「さて、それでは」
 ばっ、と着物の袖の内側から扇子を取り出すと、勢いよくそれを振り下ろして開き、静かに頭を垂れた。
「勝者はアトラス帝国・黄昏花魁の朱羅音でありんす。それでは、これにて幕引きぃ〜…」
 その場に、何よりも制止力のある言葉が響いたのはその直後のことであった。


<第6話・さようなら、草間ファイブ!>

「カット、カット、カァーーーット」
 デカく、そして熱い怒りが込められた男の声が聞こえた瞬間、どこかから大きなモーター音がして周囲の建物や風景が地面や壁の中に収納されはじめた。まるで蜃気楼のようにさらさらと消えていくものもある。
「困るねぇ、困るんだよ。そこはもっと情感を込めて、こうっ! こうっ!」
 などと、ぶんぶんと激しくメガホンを振り回して叫びながら、スキンヘッドにサングラスという怪しげな風体の男が、地平線の彼方からこちらに駆け寄ってくるのが見えた。
「へ?」
「ほえ?」
「うにゃ?」
 まだ状況がうまく呑み込めない者たちが、奇声を口々に発してから、一斉にその駆け寄ってくる怪しげな男を見てはっと我に返ったように声を上げた。
「内海監督?!」
 そう、それはちまたで高視聴率ドラマといわれる『レンゾク』や『あぶれる刑事』などの監督として有名な、あの内海良司その人である!
「おや、やっとプロデューサーのおでましかい?」
 まったく驚きもしていないそのサイデルの言葉に、暁文がバッとそちらに顔を向けて聞き返した。
「プロデューサーだと?」
「あ、そういえばバクさんが「これは誰かの夢の中」みたいな事言ってましたっ」
(……忘れていたのか、雛)
「だってだってっ!」
 夜刀のツッコミに慌てて言い訳をする雛だが、忘れていたのはおそらく、彼女だけではない。
 この場にいるサイデル以外の全員が、この夢に影響されて「ヒーロー」や「悪役」を演じるのに夢中だったのだから。
 その時。
「うん、そうだよ。この間のエイプリールフールに、夢の中で遊んでくれたお礼に「見たい夢を見させてあげる」って約束したんだもん」
 やたらと間延びした声が上がった。はっと、全員がそろって声の主の方へと顔を向ける。
 そこにいたのは、白と黒の毛をもつ変な動物だった。
 アレである。草間ファイブの基地で見た、ばくの子供だった。
「そしたら、おじちゃんの妄想の力が強すぎて、ぼく、制御しきれなくて、みんな巻き込んじゃった」
 ごめんねっv
 くるりと愛くるしい目をきらきらさせて、許しを請うように首を傾げる。
 が。
 次の瞬間、どかっ! という鈍い音がしたかと思うと、ぬいぐるみのようなその体が宙を舞っていた。
「あーれー!」
 バクにむかって、サッカー選手もかくやの見事なシュートキックを見せたのは、けっこうノリノリでやっていた暁文だった。飛んでいくばくの行方を見守りもせず、短く舌打ちする。
「ちっ、全く手間かけさせやがって」
「あら、そう? 私は珪くんとスキンシップ出来て楽しかったわ」
 妖艶な笑みをたたえながら、響が流し目でイエロー、もとい珪を見つめた。
「ふとももも堪能できたし!」
「不潔ですっ!」
 その横から、雛が響と珪を上目遣いに睨みつける。それに珪が慌てて力説した。
「俺は好きで触らせたんじゃないっ!」
「九夏さんがそんな人だったなんてっ。雛は悲しいですっ!」
「違うーっ!」
「……うう、叫ぶのはやめてくれないかな……二日酔いに響くんだ」
 若い二人の元気な声に、苦しげにふらふらして訴えたのは白鬼だ。天禪将軍との勝負「飲み比べ」の影響で、二日酔い状態に陥っているらしい。顔が蒼白だ。
「ふん、青いな! 漢(おとこ)たるもの、酒の一升や二升あけられんでどうする! 武将の名が泣くぞ!」
「俺は僧籍なんだ〜」
 などと言い訳するも、天禪のスリーパーホールドで首をしめ上げられ、「ギブギブッ」の声も虚しくまたしてもその場にノックダウンさせられる。
 そして間抜け怪獣ミノシターンも、強く強く龍之助に抱きすくめられていた。
「わああああ。離してくださいっお願いしますぅうう!」
「俺の愛で人間に戻ってください!」
 ハートマークをバンバンと飛ばしながら抱きつく龍之助から逃げようと、三下が足をうねうねと動かす。
 その足の動く様を見て奏太が不敵な笑みを浮かべていた。どうやら三下の足を眺め、美味いかどうか考え込んでいるらしい。
「僕、イカの足もタコの足も大好きだなぁ。荒塩ふって、炭火で焼くとおいしいんだぁ」
「ほう、坊主、なかなか通を言うな。ではこの酒によってる情けない男の代わりに、いざ俺と一献かたむけぬか」
 ぽい、と白鬼をその場に捨てて、天禪が言う。それに奏太が嬉しそうな声を上げた。
「わーい、夢の中なら未成年でも関係ないよねっ!」
「夢の中なのに、なぜ俺は二日酔いに〜」
 投げ捨てられた白鬼がうーうーと言いながら頭を押さえて、誰にともなく水をくれーとうめく。
 そんな白鬼の体をひょいと飛び越えて、奏太と天禪の間に入るのは、暁文だ。
「おい、あんだ、俺も混ぜてくれよ。俺は老酒もイケるが、日本酒もいけるクチでな」
「なんだい、打ち上げならあたしもやるよ」
 サイデルもそこに入り込み、天禪から猪口を受け取っている。
 さあ酒盛りだ、というその時。
「ちょっと、まってよ。その前に!」
 打ち上げに雪崩れ込みかけた一同に向かい、花魁姿のシュラインが鋭い声で制止をかけた。それに、天禪が片目を細めた。
「うぬ。意外とそなた無粋だな。美しいその花魁姿には似合わぬぞ」
「誉めてくれてありがと、天禪将軍、いえ、天禪さん。でもね、その前にやることがあるでしょ?」
「やることって……なんですか?」
 珪との喧嘩をやめて、雛がぱちぱちと大きな目をせわしなく瞬かせた。それに、シュラインが答えた。
「あの人のおしおきよ」
 バサリと美しい着物に包まれた腕を動かし、彼女はほっかむりをしてそそくさとその場から逃げようとしている草間の背中をビシリと指さした。
 一同の視線が草間に集中する。
「……」
「……」
「……」
「そういえば、アトラスが原稿を狩るのは理解できますね。いつも三下さん、原稿におわれてるし」
 怪訝そうな顔で、龍之助が疑問を口にした。確かに、月刊アトラスはいつも原稿に追われている。麗香もいつも原稿はないかネタはないかと、尋ねてくるからそれはその場にいる全員がよく理解していた。だから、ネタが書かれている原稿があるのなら、麗香がほしがるのは十分すぎるほどに理解できる。
「そーいや、何で草間さんは「伝説の怪奇原稿」なんて持ってるんだ?」
 龍之助の言葉に導かれるようにしてようやく浮かんだ疑問に、珪があぐらをかき、腕を組んで考え込む。スカートをはいているということをすっかり忘れているのか、太ももがバーンと丸見えだ。
 その珪の疑問に、暁文がスーツの中から原稿を収めていた封筒を取り出した。
「みてみるか?」
 その中から、渡された伝説の怪奇原稿の一部を引っ張り出す。
 が。
「白紙ィイイ?!」
 その紙面をのぞき込んだ全員が、ひっくり返った声を上げた。
 そう、その紙面は真っ白だったのだ。慌てて全員がそれぞれ隠し持っていた原稿を取り出し、紙面のチェックをする。
「あっ、私のも白紙です!」
「俺のもっ! くっそう、スカートはかせた上に白紙かよっ!」
「俺のと抜剣さんのは新聞紙ですっ」
 口々に確認した事実を叫ぶ草間ファイブ。
 夢の中とはいえ、命を懸けて守ろうとしたものがこれでいいのか?! ……いや、確かに一部、危機が迫った時にその原稿をあっさりと手渡そうとしたものも何人かいるが。
 その、草間ファイブの視線が、話題の渦中の人・草間武彦に集中する。わたわたと慌て、そして顔面蒼白になっている草間の胸元から分厚い封筒が落ちたのはその時だ。
 ばさっという音がして、封筒から飛び出した原稿が地面に広がった。そこには原稿用紙のマス目と、そしてたくさんの文字が書きつづられていた。
 それこそが、真の伝説の怪奇原稿である!
 草間が慌ててそれを隠すように原稿の上にうずくまるが、時はすでに遅かった。
「幼稚園児が助からなかったらどうするつもりだったんだっ!」
 アルコールが完全に回っていることも吹っ飛ぶくらいの怒り全開っぷりで、白鬼が僧侶らしく人道的なことを叫んだ。
「ゆ、夢に幼稚園児の無事も何もないだろ?!」
 あわあわと、草間が原稿の上に覆いかぶさったまま情けない反論を口にする。それに、にっこりと笑って鞭を揺らせながら、響が言った。
「そういう訳で、みんなの怒りを納める為にも、武彦さん、その書類渡して頂戴? じゃないとカワイイ貴方を食べちゃうわよ?」
 笑っているのに、目は全く笑ってない。あわわ、と更に草間がたじろぐ。
「わーい、じゃ、草間さん食べちゃっていいよねっ! いただきまーす!」
 奏太が嬉々として、原稿を押さえる武彦の手を持ち上げ、その指をかじった。
「いてーっ!!!!」
 その瞬間、シュラインが横から流れるような動作で落ちていた原稿すべてを回収した。
「まったく、こんなのに頼る暇があったら、編集部全員で力を合わせて良い原稿書けば良いのよ! 草間ファイブもこんなの守ってる間に世の中に貢献しろっ!」
 言うなり、どこからともなくぱっぱと取り出したライターで原稿に火をつける。炎はあっという間に紙を嘗め尽くし、伝説の怪奇原稿は一瞬にして灰になり、そして風にさらわれていった。それを見て草間が涙目で叫ぶ。
「あ、あああああ! 俺の老後の糧がぁあ!」
「老後の糧?」
 いぶかしげに、酒をあおっていた天禪が聞き返した。それに、さっきまで死んでいた麗香がむっくりと起き上がって、ズレた眼鏡をかけなおしながら言った。
「そうよ、武ちゃんたら、老人になって探偵家業ができなくなったら、自分の担当した怪奇現象を小説にして、印税で優雅にモナコあたりで美女はべらして暮らすんだって、渡してくれなかったのよ。記事は時間が勝負、旬の時期に掲載してこそ花っていったのに」
 キラリと、麗香の言葉に草間ファイブの目が光る。
「てことは……俺達、草間さんの老後の為に」
「こんな目にあってたんですね!」
「やいっ! テメェ! 本当なのかよっ!」
「……言葉もでないね」
「まったく。こういうのにはお仕置きが必要です」
 珪、雛、暁文、白鬼、龍之助が、次々に叫ぶ。
 そんな自分勝手な理由のために、今までこのバカバカしい世界で戦い抜いてきたというのか。
 正義の味方が聞いてあきれるというものだ!
 本気で怒っている、部下だったはずの草間ファイブの面々にすさまじい身の危険を察知し、草間司令は床にへたりこんだままじりじりと後ずさった。
 怖い。怖すぎる!
 そのへっぽこな司令に向かい、草間ファイブが、どこからともなく取り出した「超特大バズーカ砲」をかまえた。
 しゃきーん、と効果音が辺りに響き、同時にバズーカの先端がまばゆく光った!
「諸悪の根元始末するぜ!」
「愛有る限り!」
「俺の勇気を力に変えて!」
「五人の友情を光とし!」
「これぞ探偵戦隊草間ファイブ必殺の!」

「シャイニング・草間・バスター!!!!」

 どっかぁあああん!!!

 もうもうと、爆撃された地点に立ち上がるどくろ雲。
 もちろん、その中心にいたのは草間司令だ。
「そんな馬鹿なぁあああ!」
 長い尾を引く叫びを上げつつ、吹っ飛んでいく草間。やがてその姿が見えなくなり、キラリと光った。
 どうやら彼は、お星様になったらしい。
 その光を見届けるかのように、遠くで「おしおきだべぇ〜」という奇妙な声が一同聞こえた……ような気がした。

「まったく。武彦さんたら」
 憤然と腰に手をあてがって、普通の格好に戻ったシュラインが言った。
 それに、天禪が小さく笑う。
「そういうな。良く言うではないか。『つわものどもが夢の跡』とな。終わり良ければ全てよし、だ。そなたの手際、この天禪深く感動した。……草間には勿体無い人材だな。俺の秘書等どうだ?」
 スーツ姿に戻った天禪が、堂々とした口調で尋ねる。
 が、シュラインは緩く頭を振って、ため息をついて空を見上げた。
「あのしょうがない人に私以外についていけるバイトが見つかるかしら?」
 笑いながら、さらに視線を動かして草間が飛んでいった方向を見やる。
「……なるほど、適材適所というわけだ」
 天禪がいう。が、その声はあまり残念そうではなかった。
 その少し離れたところで、暁文が大きく伸びをしていた。
「ま、これはこれで楽しかったぜ」
 その横っ腹を奏太が楽しそうに笑いながらこづく。
「うん、僕も草間さんかじられたし」
「ま、スカートなんて夢の中でしかはけないしな」
 肩をすくめて照れくさそうにそう言ったのは、珪だった。その珪の後ろで。
「私も九夏さんとご一緒できたし」
 と雛が小声で言って赤面し、うつむく。その可憐な少女に、
「もっと大きな声でいわなきゃ、あの鈍感少年きづかないわよ」
 と囁き、唇を歪めて笑ったのは響。
 それからさらに離れた場所では、龍之助がまだ、嬉々として三下を抱きしめていた。
「俺も、こうやって三下さんだきしめられて、夢でもうれしいです!」
「わぁああああ。戻ったんだからはなしてよぉお!」
 その騒々しさに、げんなりしたように片目を閉じて額を押さえながら、白鬼が深刻な様子でつぶやいた。
「ふ、二日酔いは……夢が終わったらなおるかな」
 ぎゃあぎゃあとそれぞれに騒がしい面々をそこから少し離れた場所にぽつりと立って眺めながら、サイデルは呆れたようにフンと鼻を鳴らし、横を向いた。
 しかし、その赤い唇にはどこか満足げな笑みが浮かんでいた。

 ゆっくりと、その場にあった景色が消えてゆく。
 なんとなく、祭の後のような物寂しさが、その場にいる全員の胸にはあった。激しい寂寥感が胸を占めていく。
 最初はバカげていて、早くこんな世界とはオサラバしたいと思っていたけれど。
 少しでもこの場にいることを楽しもうとでもするように、全員が楽しげに声を上げ、笑い、はしゃいだ。
 けれども。
 物語には必ず、終わりはくるわけで。

 周囲の景色が白くかき消されていく。
 一人、また一人と、その白く塗りつぶされた景色の中へと溶け込むように消えていく。

 そして、誰もいなくなって――……

 それでも、仲間と共有した時間は嘘ではないから。

 これで、一応はめでたしめでたし、なのだろう。
 だとすれば、後はもう、語るべき言葉はたった一つ。

「これにて、終幕」と。



□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号/       PC名      /性別/年齢/ 職業 】
【0065 /抜剣・白鬼(ぬぼこ・びゃっき)   /男/30/僧侶(退魔僧)】
【0183 /九夏・珪(くが・けい)       /男/18/高校生(陰陽師)】
【0213 /張・暁文(チャン・シャオウェン)  /男/24/サラリーマン(自称)】
【0218 /湖影・龍之助(こかげ・りゅうのすけ)/男/17/高校生】
【0436 /篁・雛(たかむら・ひな)      /女/18/高校生(拝み屋修行中)】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
 こんにちは。ライターの逢咲 琳(おうさき・りん)です。
 この度はとんでもない(笑)依頼をお請けいただいて、どうもありがとうございました。
 そして、さらにこの話、とんでもない長さになっております(笑)。ちょっとノリノリで書きすぎたようです…。

 さて、今回のお話は、立神勇樹ライターとの共同シナリオでした。
 ギャグを炸裂させるために出したシナリオですので、少しでも、笑ってハラワタがよじれていただけたら満足です(笑)。

 湖影龍之助さん。はじめまして、ですね。初めてでこんなシナリオで大丈夫かなとかなりドキドキしております(笑)。
 プレイングの方は、思い切り煩悩パワーが炸裂した感じで素敵でした(笑)。ちょっと麗香さんと戦える機会がなかったのが残念でした…。
 戦闘は、パラメーターでは同等だったのですが、シュラインさんは荒祇さんのフォローが付いていたために負けてしまいました…。
 ですが勝ち負けはあまり気にせずに、この壊れ具合(笑)を楽しんでいただけたら幸いです。

 もしよろしければ、お手隙の時にでもテラコン、クリエイタールーム等から感想などをいただけるととても嬉しいです。
 それでは、また会えることを祈りつつ。
 今回はシナリオお買い上げ、本当にありがとうございました。