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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


理想郷〜お花見〜前編

<オープニング>

「皇居で花見か・・・。いい気なものだ。丁度いい。全て燃やせ」
「しかし目立ってしまいますが・・・」
「かまわん。せいぜい派手に目立って我らが復活したことを知らせれば良い。どうせ奴らは我々の居場所を知る術などないのだからな」
「かしこまりました。10人ほど向かわせます」
「うむ」

「たまにウチの編集室も花見に行かない?」
 鬼の編集長碇の言葉に編集員は驚愕の目を向けた。
「マジですか!?」
「なによ、その目は・・・。私の事疑っているわね。皆この頃よく頑張ってくれているから感謝の意味も込めて夜桜見物でもと思ったのよ。飲み食いはこっちで持つわ。行きたくないわけ?」
「行きます!」
 徹夜作業が続いていた編集室の人間たちは全員一致で賛成した。それを見て、碇はゴザを取り出すと三下に押し付けた。
「?これなんです、編集長?」
「場所取りよろしくね。三下君。ちなみにあそこ混んでるから徹夜になると思うけど頑張ってね」
 にこやかに手を振り三下を送り出す碇。
「へ?僕がですか?」
「当然でしょ。さっさと行ってらっしゃい!」
 グズる三下を碇は蹴りだすのだった・・・。

 三下が泣きながら編集室を出て行くと、碇が貴方たちを振り向いて言った。
「実はね、いつもの匿名メールで千鳥が縁の桜が燃えるというタレコミがあったのよ。今までのことから信用してもいい情報だと思うの。これを阻止してもらえないかしら。仕事が終わったらしきりなおしでお花見しましょう」 
 ほんとは燃えちゃったら特等席で取材できるからなどという本音は、碇の口から話されることは無かった。

<ライターより>

難易度 難しい

予定締切時間 3/22 24:00

 七条家の皆様、満を持してのご復活です。
 今回は皇居千鳥が縁でお花見をすることになります。が、どうやら敵もそれを焼き払おうと考えているようです。依頼内容としては花見に参加してこれを阻止することとなります。
 時間帯は夜。かなりの人ごみで敵がどこからどのように現れるのか分かりません。又、一本でも桜が燃えたら大混乱に陥るのでその時点で依頼失敗となります。いかにして敵を目立たずに、静かに取り押さえられるかが重要となるでしょう。過去の依頼結果を見れば敵の姿に関してはヒントがあると思います。
 かなりシビアな判定となりますが、阻止に成功すれば夜桜を楽しめます(笑)。
 初参加の方でもまったく問題ありませんが、折角の機会ですので七条家が関係する私と水上マスターの依頼結果をご覧になることをお勧めします。時間はございますので、じっくりお考えになった上でご参加いただければと思います。
 ちなみに戦闘主体の依頼となりますが、それは戦闘力のあるキャラ推奨ということとは違います。事前の調査や索的、行動力の高さの方が今回は重要となります。パワーが全てではありません。ちゃっかり花見のみ参加の方も問題ありません。燃えちゃったらそれまですが(笑)。
 それでは皆様のご参加を心よりお待ちいたします。

<花見酒>

 皇居千鳥が縁。
 今年は例年になく暖かな気候で、3月下旬だというのに桜は満開だった。皇居周辺は花見の人でごった返していた。
 その花見の席の一箇所に、ひたすら酒を飲んでいる二人の男組がいた。いや、飲んでいるのは一人でもう一人はお酌をさせられているといったほうが正しいだろう。酒を飲んでいる男は、脱色した金髪に黒いジャケットに赤いシャツ、紫のネクタイととにかく目立つ服装で、桜を堪能しつつ、杯を傾けていた。
「一迅の風で散っちまう桜だ。もうちっと風情ってもんを大事に出来ないもんかね・・・」
 辛口の日本酒が喉に染みる。葉をつけず一斉に花を咲かせ、僅かな期間花を咲かせただけで潔く散ってしまう日本の花桜。その桜を焼き払おうなどという無粋な輩が現われるらしい。なんとも風情を解しない連中ではないか。破戒陰陽師真名神慶悟は鮮やかな色の桜を見ながらそんな思いに浸っていた。また遊びが過ぎて金欠に陥っていた彼は、ただで酒を飲ませてくれておまけに依頼料まで出るこの依頼に一もニもなく飛びついた。
「桜の木なんぞ燃やして薫製でも作る気か?どう思うよ、三下」
「僕になんか分かりませんよ。それに僕はさんしたじゃなくてみのしたですってば〜」
 徹夜で場所取りさせられた挙句、真名神の酌の相手をさせられている三下は情けない声で自分の呼び名を抗議した。勿論そんな言うことに耳を貸す真名神ではない。無視して「酒」と日本酒を注がせる始末。それにしくしく泣きながら酒を注ぐ三下も三下なのだが・・・。
「今のところ異常はないみたいだな」
 真名神はお重に入っていた鯛の天婦羅を摘まんだ。今回は正式の依頼なので流石に失敗すると依頼料が出なくなるため、一応それなりの対処は行っている。十二の方位のふさわしい場所に各々に赤い鳥の式神を配し、「不穏な気配、呪による場の変化を伝えろ」と命じてあるのだ。もっとも真面目に自分で調査を行わないところなど、相変らずいい加減なところがあるが・・・。
「真名神さん〜。あんまり食べちゃだめですよ。これ皆の分なんですから」
「分〜てるよ」
 本当に分かっているのどうか、菜の花のお浸しに箸を伸ばしながら答える真名神。このまま彼の箸が進めば人数分用意された弁当と酒は全部なくなってしまうのではないか。そう思われたその時。
「またつまみ食いしてますね、真名神さん」
 後ろからかけれた明るい声にビクリと箸が止まった。
「駄目だと言ったでしょうが・・・」
「うるせぇな。士気高揚だよ士気高揚」
 真名神が嫌そうな目で見たのは、にこやかな笑顔をした長身の青年だった。眼鏡をかけた理知的な眼、整った顔だち、気品のある身のこなしなどどこか良い所のお坊ちゃん風の彼の名は桜井翔という。親が経営している大きな病院の跡取り息子で医大に在籍している。真名神はホワイトデーパーティで桜井に痛い目に合わされて以来、どうも彼が苦手らしい。
「士気高揚もいいですけどほどほどにしてくださいよ。それにちゃんとお仕事してくださいね」
「してるよ。ちゃんと式神に監視はさせてる。お前こそこんなとこで突っ立てていいのかよ」
「これから警備に行くところです。神崎さんとね」
 桜井は、自分の後ろにいる小柄な少女に目を向けながら答えた。小柄な少女、神崎美桜はその名のとおり、美しくも儚い桜のような笑みを浮かべて、「大丈夫?」と暖かい缶珈琲と彼専用に作った手作り弁当を手渡した。
「有難うございますぅぅぅぅぅぅぅ!!!」
 号泣する三下。普段冷遇されているだけにこのような心づかいは死ぬほど嬉しいのだろう。
「うむ、美味そうだな。では俺も・・・」
「真名神さん」
「むっ・・・。冗談だ」
 だが、その視線は惜しそうに三下のお弁当に注がれている。
「とにかく仕事だけはちゃんとやってくださいよ」
「分かった分かった。さっさと行っちまえ」
 真名神はシッシッと追い払うような手振りで桜井に答えた。桜井は苦笑しながらその場を立ち去る。
「ちっ、嫌味な奴だぜ」 
 毒づきんがら酒を煽る真名神。その彼に式神の一体が異常を伝えてきた。黒いスーツを着た男が術に用いる呪符を持っていたのだ。その男はきょろきょろ辺りを見まわしながら適当な木を探しているように見える。
「来やがったな。待たせやがって・・・」
 その顔には肉食獣を連想させる獰猛な笑みが浮かんでいた。獲物が自分のテリトリーに入って来た、そんなことを感じさせる笑いだった。

<水に潜む者>

 皇居周辺は堀に囲まれている。三月とは言えまだ水は冷たい。しかも桜の花がまっさかりに咲いているこの時期にこの堀を泳いでいる者がいるなど誰も思わないだろう。
 だがこの水の中を移動する者がいた。黒いダイビングスーツを来た二人の人間が堀の最も深い場所を静かに泳ぎながら移動していたのだ。彼らはなにやら合図を送り、盛んに会話を行っているようだ。何度か連絡をとりながら、ある地点で行動を止めると、親指を上に向けるような合図をした。浮上の合図だ。
 彼らは浮上を開始し始めた。静かにゆっくりと水面を目指す。だが、突然彼らは足に鋭い痛みを感じた。驚いて足元を見ていると、丸丸と太った数匹の錦蛇が足元にからみついているではないか。慌ててもがき水面を目指そうとするが、蛇は足だけでなく身体や手まで絡み噛み付く。水中から抜け出せなくなった二人はしばらくもがき続けだが、力尽き水中に沈んでいった。
「水の中なら敵はいない・・・。そう思うのは勝手だけれど蛇はどこにでも現われるものよ」
 艶やかな黒髪をかきあげながら妖艶な美女が、わずかに血で赤く染まった水面を見つめながらそうつぶやいた。長い、腰までありそうな黒髪。神秘的な輝きを宿すその瞳は、片目がその黒髪で隠されている。春コートを纏っているが、その身から漂う蟲惑的な魅力は衰えることは無い。巳主神冴那。ペットショップのオーナーでありながら、その正体は600年を生きる蛇の化身。配下の蛇たちに堀から来るであろう不審者を見張らせておいたのだ。案の条、堀の中を移動していた二人組を見つけた巳主神は、二人組が呪符をもってなにやら相談していたのを確認して、水中にあらかじめ解き放っておいた錦蛇に迎撃を命じておいた。そしてその命令は実行された。
「大人しくしていれば命だけは・・・と思ったけど、騒ぎになっては困るし、ね」
 今や黄泉の世界に旅立った二人に向けての、それが巳主神の手向けの言葉となった。本当は陸地対応にドクハキコブラ、ハブ、蝮なども用意しておいたのだが、上では他の者たちが対応しているし、万が一蛇が一般人に見つかったらパニックを起こすこと危険性がある。今回は控えておいたほうが無難であろう。そう考え踵を返す巳主神の眼にある男の姿が映りこんできた。筋骨隆々の、堂々たる体躯を真紅のスーツに包み込んだ壮年の男。そのアクアマリンのごとく冷たく美しい瞳に見つめられ、巳主神は妖艶な笑みを浮かべた。
「あら、貴方は確か・・・」
「ヴァルザックだ。久しぶりだな。水の中に面白い見物でもあったかな?」
 ホワイトデーパーティ以来の逢瀬。あの夜の快楽はまだ記憶に新しい。巳主神が近づくとヴァルザックは、その透けるように白い手をとった。
「水面に映える桜というのも美しいものよ」
「そうだな。確かに普通に見るのとはまた違う趣がある。だが、今日はその桜さえも美しさを失うものに出会えた。花見はしてみるものだな」
「まぁ、上手ね」
 二人はお互いを見つめ合うとその唇を絡ませあった。二人の身体を風で舞い散る桜の花びらがヴェールのように包み込んだ。

<乙女の悩み>

「桜を燃やすなんて・・・。こんなに綺麗なのに・・・」 
 寂しい気持ちを抱きながら、少女は桜に見入っていた。黒髪に赤い瞳をもつ高校生らしき少女。現役高校生でありながら、魔女として魔術を伝授された存在でもある氷無月亜衣。彼女の心を悩ますのは勿論依頼にあった桜を燃やそうとしている人もさることながら、己と同じ赤い瞳をもつ青年の姿だった。銀細工のように細く美しい髪をたなびかせた白いコートを纏った男不人。氷川丸では心を覗かれ散々に弄ばれた。だがそれでも不人を憎みきれない気持ちが心のどこかにある。氷川丸でダメージを受けた不人の容態が気になるのである。
「私、あれだけ酷いことされたのに心配してる。・・・馬鹿みたい・・・」
 桜の木々を見つめながら、氷無月は風に吹かれていずこかへと飛び散っていく桜の花びらに今の自分を重ね合わせていたのかもしれない。複雑な思いが胸を締め付ける。
 今回桜を焼きに来ていたと思われる黒づくめの男の一人を、彼女は既に片付けていた。風の精霊シルフを用いて、陰陽の符を持ってきょろきょろ辺りを伺っている挙動不信な男を発見し、地の精霊ノームに命じて、男の足元を隆起させた。突然できた土の隆起に足をとられ、その男は符を放とうとしたが何度も何度も躓いた。周りの人間には花見酒で酔った呂律の回らない者だと見られ無視されていた。そして男は知らぬ間に徐々に人がいない場所に誘いだされ、彼女に問い詰められた。
「なんで桜を燃やそうとするの?」
 自分が桜を燃やしに来た事を知っている目の前の少女に男はひどく動揺したが、抵抗するそぶりを見せたため氷無月はシルフに命じて空気を薄くさせ男を酸欠状態にさせ気絶させた。人目につかないように縛り上げ、その辺に転がせてある。あとは警察の手に委ねればいいだろう。
「不人・・・。私はどうすればいいのかしら」
 恋に悩む一人の少女は独り桜の木々を見つめつづけるのだった。

<許されない事ですね>

 満開の桜が咲き乱れる皇居周辺。神崎はその桜の根元に座り小鳥たちとおしゃべりしていた。
「私がこれからやろうとする事は、赦されない事ですね」
 神埼がもの悲しそうにそうつぶやいた。小鳥たちは木の上から彼女を元気づけるようにさえずった。夜の桜の木の中で、少女は儚げに微笑む。
「有難う。こういうときこそ元気をださなくてはいけませんよね・・・」
 そんな彼女の様子に桜井は胸を痛めていた。彼女がこれから行おうとしていることは人として誉められた行動ではない。だが、これ以上の被害をださない為に止む終えない事でもある。硝子細工のように繊細な心を持った少女は、それを全て受け入れた上で断行しようとしている。自分ができるのはそれを手助けすることだけである。いかに物理的な力があろうと、心に対しては何と無力であろうか。
「何を気にしているか分からないけど、今は依頼に集中すべきよ」
 物思いに耽る桜井にそう言葉をかけたのは、黒い髪に青い瞳を持つ女性だった。理性の輝きを宿す落ちついた瞳はトルコ石を思わせ、漆黒の黒髪は艶やかで後ろで束ねられている。ビジネススーツに身を包んだどこぞの会社の秘書のような彼女の名前はシュライン・エマという。草間興信所の事務のバイトをしており、興信所は実質彼女の手腕により経営できていると言っても過言ではない。この才媛は物理的な攻撃能力こそ乏しいものの、聴力に優れ、心音を聞き分けることができる。かつて何度も渡り合った七条家の者たちが関与していると考えられるため、この依頼に参加していた。
「すいません。少々気になる事が・・・。で、敵は現れましたか?」
「殺気だらけの男が二人。あっちに二人、黒服を着ている男たちよ」
 彼女が指し示す方向には、確かに黒服を着た二人組みが辺りを気にしながら、符のようなものを握っている。陰陽師の一族である七条家の者ならあれは術の媒介となる呪符のはずである。
「間違いありませんね?」
「あの独特の足音や妙な物音、浮れてない心臓の音…何度も戦った七条だから特徴は掴んでるわ。間違いなくあの連中の音ね・・・」
「あの方たちだと思います。すごく嫌な感じを受けます」
 神崎もシュラインの考えを首肯した。神崎はそのテレパス能力を最大限に活用し、破壊衝動の強い者を探していた。ただ、この能力は細かく場所を限定することができない。あくまでおおまかな位置しか判別できないのだ。そのため神崎が割り出したポイントをシュラインが細かく調査することで敵の位置を確実に突き止めるという手段を取った。
「では、連中から話を聞きだすことにしましょうか」
「それはお願いするわ。私たち二人は戦闘できないから」
 いつもどおりの爽やかな笑顔で「任せてください」と答えると、彼は行動を開始した。

「ここがいいな・・・」
「風も丁度いい具合に吹いているし、ここの桜を炎上させれば辺り一帯に燃え移るだろう・・・」
「よし・・・!?」
 二人の黒ずくめの者たちは、呪符を解き放とうとしたその瞬間、突然体全体が重くなり地面に倒れ付した。あまりの体の重さに動きがとれない二人に周囲の視線が集中したその時、一人の青年が二人を介抱し始めた。
「大丈夫ですか?飲みすぎたんですね。仕方がないなぁ。じゃあ、僕がどこか休めるところまで連れてってあげましょう」
 にこにこ笑いながら大の大人二人を軽々と担ぎ上げる青年。勿論桜井である。念動力で作り出した重力波で足をとめ、さらに念で身体を強化しているのだ。周囲の驚きの目をまったく気にせずに彼は悠然とその場を立ち去った。
「はい、連れてきましたよ」
 ドサッと音を立てて、桜井の肩から落っことされる二人組み。勿論今だ身動きをとることはできないが、憎しみに満ちた目で桜井を睨みつけた。
「この人たちの考えを探るんでしたよね?」
「ええ」
 神埼は拘束されている二人を申し訳なさそうに見つめる。 
「では一人だけでいいですよね。もう一人は僕が片付けておきます」
 と言ってその内の一人の襟首を掴んでずるずると引きずっていく桜井。二人から離れ、人気の無い路地まで連れ込むと桜井は死天子の笑みを浮かべてその男に告げた。
「あなたは、ラッキーですね・・今日の僕はすごく機嫌が悪いんですよ」
 大切な人が思い悩み、宿敵碇との決着もつけられない状態で怒りに燃えていた桜井は、その溜まった鬱憤をこのもので晴らすことにした。路地裏に悲鳴がこだまする。
「では、この方の心の中を探らせてもらいます」
 精神感応能力のある神崎は、接触した人の心を知ることができる。普段は人の考えなどを知ることがないようにその能力を抑えているが、そのリミッターを外すことで、その人間が何をどのように考え、どう思っているのか。また今までの記憶なども知ることが出来る。ただし、精神世界を介して他人の心を知るため、精神世界からかえって来れなくなる危険性がある。また、他人の気持ちを覗くというその行為自体も嫌悪しているため、神崎は今までこの能力を意図的に用いようとした事はない。だが、七条や「会社」の引き起こす事件を見るにつれ、その被害を抑えるためにもついに、その心を探ることを決心したのである。
「気をつけてね」
「はい」
 シュラインの見守る中、神崎は倒れている者に手を当てて、目を閉じる。彼女の精神が黒ずくめの精神とリンクし、心の中を探り始める。だが、僅かな時間で彼女はそのリンクを遮断せざるを得なかった。
「どうしたの?」
「無いんです」
「何が?」
「この人の心に今までの"記憶"が無いんです」
 神崎は自分で自分が言っていることが信じられないように何度も首を振った。深窓意識に触れようとしたところ、触れるべき意識そのものにほとんど情報が入っていなかったのだ。桜に火をつけることに
関しての情報はあったが、それに関係するもの以外全ての情報が欠落している。普通の人間であればまず考えれらないことである。人間とは様様な記憶を持って生きている。少なくとも現在倒れている者の体は20歳は越えているはず。ということはその20年以上の記憶がつまっていなくてはおかしいのはずである。
「この人の心にあるのは、ただ桜に火をつけること。それ以外にはまったく記憶が無いんです」
「そんな・・・、人間ではそんなこと有り得ないはずよ」
「はい。もしかしたらこの人は普通の人間では・・・」
 無いのかもしれない。二人の心に暗然たつ思いが残るのであった。

<都市伝説>
 
 都市伝説。それは都市に密かに語りつがれる奇妙な噂。一度その当事者となれば二度と自分の知っていた日常への帰還は果たせなくなるかもしれない異界の存在。それを単なる噂、迷信と笑うことは容易い。だが、果たして誰がこの世の全てを見通すことができるだろう。そして見通すことができないものが、この世にそれが起きているかいないかを完全に判定できることなど不可能と言えはしないか。異界の入り口はすぐそこに開いているのかもしれない。そう、今桜を眺めているこの少女のように・・・。
 白銀の眼に白銀の髪という珍しい容貌の持ち主。小柄で、神崎よりさらに一回り小さい体。学芸会で持ちいるようなマント羽織り、月を模した飾り付きの杖を持っている。彼女の周りには白、黒、三毛、茶など様様な毛を持つ野良猫たちが集まっていた。
「そう、来たんだね」
 彼女はそう呟くと猫の首を撫でた。
「もうじき連中がここに来るだろうから、お前たちはもうお帰り」
 猫達は彼女の言葉に従い、名残惜しそうに何度も彼女の方を振り返りながら去っていく。彼女一人が桜の中に取り残された。しばらくすると、一人の黒づくめの男が彼方からこちらへやってきた。
「小娘、どうしてここにはお前一人しかいない?」
「ここは永遠に桜の散らない場所。ずっと咲きつづけるだけ。この先に行けば二度とかえってはこれないよ」
 にこやかに、意味不明な事を言う少女。男は表情も変えずに彼女を通り抜けて先に行こうとする。
「その先は永遠の眠りが待つ場所。それでも行くのかい?」
「下らん。子供の遊びに付き合っている暇はない。それいnだれもいないのなら好都合。焼き尽くさせてもらおうか!」
 言うが早いか呪符を取り出し、男はそれを桜に投げつけた。だが、桜に変化は無い。
「な、何!」
「言った筈だよ。ここは永遠に桜が咲きつづけるって。どうやろうと桜は散ることも枯れる事もない。そしてここでは時は意味をなさない。永遠が支配する場所。そしてあなたはそれを選択した。さようなら」
 何時の間にか少女の握っていた杖は笛となっており、彼女はそれに口をつけた。優しく、緩慢に、だがどことなく寂しい感じのする音が笛から発せられる。その音を聞いた男は、急に眠気を催し、意識が朦朧とし始めた。甘美な眠りの神に誘いのごときその感覚に、男は何も抵抗できずにゆっくりとその場に倒れた。
「お休み。ここでは時間は関係ない。ただひたすら眠りつづけることができる。それがこの桜の秘密・・・」
 すっと笛をしまうと彼女自身も眠くなってきた。次の怪異が起こる場所へ呼ばれているのである。彼女が眼を覚ますとき、この場所の記憶は全てなくなっていることだろう。そしてまた怪異が起こる場所、異界へと迷い込んだ人間に忠告をするのだ。この先は異界であると・・・。遠のいていく意識の中、彼女はこう思う。
「いつか、日常に戻れたらいいな。ありふれた日常へ・・・」
 ありふれた日常への回帰。それこそが、都市伝説の一つ『死の告知人』冬野蛍のたった一つの願望であった。彼女自身、都市伝説の一部でありながら日常への回帰を望む彼女は、怪異の犠牲者なのかもしれない・・・。
 真実は誰にも分からない。

<任務完了、そして・・・>

「いんどらやそわか!」
「ぎゃああああ!!!」
 激しい閃光に包まれ、失神する黒づくめの男。それも当然であろう。インドラ神が放つ、雷にも匹敵する電撃をその身に浴びたのだから。
 当然花見客の視線が集まるが、その場にいた男、真名神は頭を掻きながら男の肩を抱き上げた。
「仕方ないなぁ、写真撮ったってのに寝ちまいやがった」
 すいませんねぇといいながらその場を離れる彼。勿論周囲の奇異の目は集中していたが、彼はそんな事など気にするわけでもなく黒づくめの男を抱えていく。
「ったく、世話かけさせやがって・・・。二度と起きるなよ」
 真名神は、その男の額にまるで中国のキョンシーのように符を貼った。行動を束縛する禁呪である。
式神が見つけた不穏な気配を発する男に接近した真名神は、先手必勝とばかりに容赦なく電撃を食らわせた。まさか人ごみの中でいきなり電撃を使われると思っていなかった男は直撃を食らい、現在のこの状態である。
「さてと、これでようやく花見が楽しめるぜ。他の連中も上手くやっているだろうしな・・・」
 男をそこら辺のゴミ置き場に置いたら花見を続けよう。そう思う真名神であった。
 花見はまだ始まったばかり。暗躍する七条の手のものはこれで全てが片付いたわけではない。月刊アトラス編集室の皆は無事に花見を終えることができるのであろうか・・・。

 後日、草間興信所に戻ったシュラインの手元に一通の封筒が届いた。達筆な筆遣いでここの住所が書かれたその後ろには、ヴァルザックと書かれていた。驚いて封筒を開けた彼女の眼に入ってきたのは、一枚の小切手であった。噂ではそこに書かれた0の文字は6以上あったという・・・。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0276/冬野・蛍/女/12/死神?
    (ふゆの・ほたる)
0389/真名神・慶悟/男/20/陰陽師
    (まながみ・けいご)
0376/巳主神・冴那/女/600/ペットショップオーナー
    (みすがみ・さえな)
0413/神崎・美桜/女/17/高校生
    (かんざき・みお)
0416/桜井・翔/男/19/医大生&時々草間興信所へ手伝いにくる
    (さくらい・しょう)
0086/シュライン・エマ/女/26/翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
    (しゅらいん・えま)
0368/氷無月・亜衣/女/17/魔女
    (ひなづき・あい)

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■         ライター通信          ■
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 お待たせしました。
 理想郷〜お花見〜前編をお届けします。
 今回は14人ご参加という満員御礼の状況となりました。誠に有難うございます。
 流石にこの数を一つのリプレイにまとめては混乱が生じる可能性がありましたので、前編と後編にわけさせていただきました。
 前編は敵の動きを掴み、見事にその作戦を止めることが出来ました。依頼成功となります。
おめでとうございます。
 この作品に対して、ご意見、ご感想、ご要望、ご要望等ございましたら、お気軽にテラコンより私信を頂戴できればと思います
 それではまた別の依頼でお目にかかれることを祈って・・・。