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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


しあわせのしっぽ
●オープニング【0】
「『しあわせのしっぽ』って知ってる? 中高生の女の子やOLに人気らしいんだけど」
 月刊アトラス編集長・碇麗香はこちらの顔を見るなりそう切り出してきた。
 何にせよ、それは聞いたことはある。うさぎの尻尾を模した奴だったろうか。鞄に付けていたり、携帯電話のストラップ代わりにしているのを見たような覚えがあった。
「幸運のお守りなんて言われてるらしいわね。実際、多少ながら効果あるなんて話も伝わってくるし」
 ははん……だいたい読めたぞ。これを調べてこいということか。それを突っ込むと、麗香はくすっと笑った。
「本当に効果あるんなら、うちの雑誌で取り上げない訳にはいかないでしょ。それに……彼に持たせれば、多少はドジっぷりもましになるでしょうからね」
 そう言って麗香は、原稿を間違えてシュレッダーにかけて慌てている三下を指差した。

●そっちが本音か【1C】
「春休みの朝っぱらから人を呼び出しておいてそれか、榊杜」
 憮然とした表情で直弘榎真が言った。それに対し、さらりと答える榊杜夏生。
「もうお昼だけど?」
「こっちは寝てたんだよ」
 ゆっくりとした動作で、濃紺の髪を掻き揚げる榎真。起きてからまだ1時間も経ってはいなかった。寝起きではいい男も魅力減少である。
「たく、買い物のどこが重要な用事なんだよ」
 榎真はぶつくさと文句を言いつつも、歩く足は止めなかった。
「重要、重要。『しあわせのしっぽ』、名前くらい聞いたことあるよね?」
 夏生は榎真の前方に回り込んで言った。
「……そういや、クラスの女子が何か言ってたな。幸運のお守りとかどうとか」
 詳細までは覚えていないが、榎真も名前とおおよその形程度は知っていた。
「そうそう。今からそれ買いに行こうかと思って」
「おまえさぁ、それくらい1人で行けよ。ガキの使いじゃあるまいし。第一、そんなもんなくても普段から結構運がいいだろ?」
 呆れる榎真。夏生が笑って答えた。
「ま、そうだけど。純粋興味、好奇心って奴かな? うさぎの尻尾を模してるらしいから、ちょっと調べてみたくって」
「榊杜……そっちが本音か」
 榎真が溜息を吐いた。いつものこととはいえ、困った物だと思っていた。
「うさぎの尻尾、とはよく言うが……昔は生きてたうさぎから尻尾とか足とか切って財布ん中入れてやがったなんて話も聞いたことあるぜ」
「うわ、残酷……。まさか『しあわせのしっぽ』も本物なのかなあ?」
「俺が知るかよ。だいたい、幸運を呼ぶってどこから呼ぶ? もしかして周りの人間、見ず知らずの他人とかから運気を奪ってたりするのか?」
「あたしが知る訳ないじゃない。今からそれを調べに行くんだから」
「調べんのは勝手だが……何にせよ、人間の迷信のために切られたうさぎの方は、たまったもんじゃねぇよな」
 両手を頭の後ろで組む榎真。夏生は無言で頷いた。

●彼氏?【2B】
 『ミスティックス』という店がある。元々開店当初は女子中高生向けにファンシーグッズを扱っている店だった。しかし今は『しあわせのしっぽ』を扱っている店として有名である。何しろ『しあわせのしっぽ』はこの店でしか扱っていないのだから。
 そして今日も店内は『しあわせのしっぽ』を買い求める客で賑わっていた。春休みということもあり、数割増しなのかもしれないけれど。
「あ、夏生さん!」
 志神みかねは店内で見知った顔を見つけ、嬉しそうに駆け寄っていった。
「みかねちゃん? 何でここに?」
 榊杜夏生はみかねにそう言った後、みかねの後ろに立っていたシュライン・エマの存在に気付いた。
「あ、東京駅の時の」
 少し前のことを思い出す夏生。シュラインとは一緒に東京駅を駆け回ったことがあったのだ。
「お久しぶりね。所で……その隣の子、彼氏かしら?」
 シュラインがくすっと笑って言った。夏生の隣で居心地悪そうにしていた直弘榎真は、それに対して即座に否定した。
「違う。単なる友だちです」
 榎真はそれだけ言うと、夏生を肘で突いた。
「おい、榊杜。早く買う物買って出ようぜ」
 急かす榎真。周りが若い女性ばかりという場所は、どうにも苦手であった。
「あ、そうだ。それで来たんだっけ」
 思い出したように夏生がつぶやいた。現物を見に行く4人。一番人の多い場所だからすぐに分かる。
 ガラスケースの中に、透明なプラスチックケースに1個ずつ詰められた『しあわせのしっぽ』が並べられていた。形状はまりも大の白い毛玉という感じで、触ると柔らかそうな気がする。うさぎの尻尾を模したとはよく表現した物だ。価格は500円、そう高くはない。
「触れない……」
 残念そうにみかねがつぶやいた。ケースの中に入っていては、買わない限り触れることができない。
「すみません、ちょっと」
 シュラインが近くに居た女性店員を捕まえて尋ねた。
「これって、何で出来ているの? 材質は?」
「あ、はい。化学繊維ですよ。動物虐待はしておりませんので、どうぞご安心を」
 にっこり笑って答える女性店員。物が物だけに、こういう類の質問が頻繁に行われていることがこの答えから察することができた。
「じゃあ……もう1つ。ここでしか扱ってないようだけど、どこから仕入れてるの?」
 だが女性店員は『店長が直に仕入れているので分からない』とだけ答えてその場を離れていった。
「三下さんにお土産買っていきましょうか?」
 みかねの言葉にシュラインが頷いた。その隣では夏生も財布を取り出し中を覗いている所だった。
「あ、細かいのがないや……」
 2、3度顔を上下させ、思案する夏生。そして榎真を呼んだ。
「そうだ、榎真くん! おごって♪」
「おいこら、榊杜……自分で買えよな、そういうのは」
「調査を兼ねた、可愛い女の子へのプレゼントだと思えば安いもんでしょっ♪」
 自分で『可愛い』と言ってしまうのはどうかと思うが、夏生はそんなことを言って榎真にねだった。
「たく、誰が可愛いんだかな……1つ500円だったよな」
 ぶつくさ言いながらも、榎真は財布を取り出すと1000円札を1枚抜き取った。

●鰯の頭【3B】
「へえ、普段お小遣いなんかくれない叔父さんが、気前よくお小遣いくれたんだ?」
 夏生は友だちである少女の話を感心して聞いていた。
「うん、そうだよ。その叔父さんさ、親戚で一番ケチなんだよ。その人がくれたんだから、やっぱりこれの効果だよね」
 少女が携帯電話を取り出した。そこには普通のストラップに混じって『しあわせのしっぽ』もついていた。
「鰯の頭も信心からって言うけどな」
 2人の話をここまで黙って聞いていた榎真がぼそっとつぶやいた。きょとんとして榎真の顔を見る夏生と少女。榎真はしょうがないなといった様子で説明を始めた。
「人が幸せがきっと来る、って信じるから幸運になるかもしれないってことだ。単にそれはシンボル的な物に過ぎなくてな」
 『しあわせのしっぽ』を指差しながら榎真が言った。
「んー、それはそうかもしれないけど……あ。じゃあさ、持つのを止めた子って近くに居る? 持つの止めてから何か変わったことあるか聞きたいんだけど……」
 ふと思い立って夏生が尋ねた。持つのを止めてからも幸運が訪れ続けているのなら、榎真の言うことが正しいのかもしれない。
「止めた子は居ないけど……無くした子なら居るよ? 先週、交通事故に遭って大怪我しちゃったけど」
「え?」
「その後で調べたら『しあわせのしっぽ』が無くなってて。でね、無くしたから不幸な目に遭ったんじゃないかって、彼女は言っていたけど……」
 夏生と榎真は思わず顔を見合わせた。

●逆の考え【4A】
「どう思う?」
 少女と別れ、夏生と榎真は2人夕暮れの街を歩いていた。
「出来過ぎ……だよな」
 両手をズボンのポケットに突っ込んだまま榎真が答えた。そう、出来過ぎな話だった。
「仮説その1」
 夏生が指を1本立てて言った。
「実はあれは、自分の将来の幸運まで一時的に使い果たしちゃうような物……だとしたら、困っちゃうけど」
「もしそうだとしても、だったらもっと話題になっててもおかしくはないか? あんなに店に客が来てて……問題にならないはずがないだろ」
 榎真は店の様子を思い返していた。
「だよね。あたしも運がいいけど……もしかしたら後々しわ寄せが来るのかな」
 神妙な顔をして夏生がつぶやいた。
「何言ってんだよ、榊杜。おまえだったら運が枯れても、新しい運を見つけるだろうな」
 からかうように榎真が言った。
「茶化さないでよ、人が真面目に話してんのに」
 唇を尖らせる夏生。
「いや、結構本気だったけどな」
 そう言って榎真が笑った。言い方はあれだが、榎真なりに夏生を励ましているのだった。
「……仮説その2。やっぱりあれは幸運のお守りで、無くすと反動で不幸が訪れる」
「それもさっきと一緒じゃないか? 全員が全員、無くさずに持っていられるかって気もするしな。むしろ逆なんじゃないか?」
「逆って、不幸が訪れると無くなるってこと?」
 夏生の言葉に榎真が頷いた。
「……あ、そうか。不幸が訪れて無くなったとしても、幸運が訪れる物が無くなったから不幸が訪れたと思い込む……?」
「何たって、幸運のお守りだもんな」
 榎真が髪を掻いた。
「だとしても、幸運が訪れる理由にはなってないんじゃないの?」
「それが問題なんだよな」
「幸運と不幸の間に、何か因果関係があるのかな……」
 首を捻る夏生。しかしその疑問に明確に答えられる者はこの場には居なかった。
 この翌日――2人が購入した『しあわせのしっぽ』は忽然とその姿を消していた。いや、2人だけではなく持っていた者全員の前から姿を消したのだ。
 その理由が明らかになるのは、その翌月の月刊アトラス誌上にての話だった――。

【しあわせのしっぽ 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0017 / 榊杜・夏生(さかきもり・なつき)
                   / 女 / 16 / 高校生 】
【 0231 / 直弘・榎真(なおひろ・かざね)
             / 男 / 18 / 日本古来からの天狗 】
【 0249 / 志神・みかね(しがみ・みかね)
                    / 女 / 15 / 学生 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
  / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 0476 / ライティア・エンレイ(らいてぃあ・えんれい)
                 / 男 / 25 / 悪魔召喚士 】
【 0115 / 獅王・一葉(しおう・かずは)
                   / 女 / 20 / 大学生 】
【 0391 / 雪ノ下・正風(ゆきのした・まさかぜ)
                / 男 / 22 / オカルト作家 】
【 0057 / 滝沢・百合子(たきざわ・ゆりこ)
                 / 女 / 17 / 女子高校生 】
【 0234 / 白雪・珠緒(しらゆき・たまお)
 / 女 / 20代前半? / フリーアルバイター。時々野良(化け)猫 】
【 0177 / 瀧川・七星(たきがわ・なせ)
                   / 男 / 26 / 小説家 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全18場面で構成されています。
・今回の依頼ですが、プレイング内容で場面を色々と振り分けています。それゆえ参加者の中には出会っていない方も居られます。それからどうもすっきりしないなと思われている方も多いでしょうが、今回は故意に謎を分散させています。他の方の文章にもじっくり目を通してみると、自ずと答えは見えてきますので……。
・榊杜夏生さん、6度目のご参加ありがとうございます。プレイング楽しく読ませていただきました。持つのを止めたらどうなるのかという部分に目を付けたのはよかったと思います。今回の事件、夏生さんにはプラスになったのでしょうか。興味がある所です。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。