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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


調査コードネーム:蘇る魔獣 〜玉ちゃんの大冒険〜
執筆ライター  :水上雪乃
調査組織名   :草間興信所
募集予定人数  :1人〜4人(最低数は必ず1人からです)

------<オープニング>--------------------------------------

 月光を浴びた金色の髪が夜風にそよぐ。
 闇の中に浮かぶ、奇怪な情景。
 栃木県は那須高原、殺生石と呼ばれる観光名所である。
 大きな石の上には、長い髪の女性が座っていた。
 黒曜石のような瞳が、夢の残滓を辿るかのように揺れている。
 と、その瞳が中空の一点に固定される。
 暗い空を、闇よりもなお黒い影が横切っていったのだ。
「あれは‥‥たしか、ぎりしあとかいう国の魔物では‥‥」
 小さな呟きが漏れる。
 醜女の身体に鳥の羽を持つ、恐ろしげな魔物。
 なんといったであろうか。
 名前は思い出せぬが、飛んでいった方向は、しかと見た。
「道灌どのが拓いた街、行ってみるのも一興かもしれませんね。あの街には、不思議な出来事の解決を生業とする方々が住むと言いますし」
 何故か愉しそうに言葉を紡ぎ、ゆっくりと岩から降りる。
 十二単の袖が、風になびいた。
 人間の街に赴くなど、何年ぶりのことだろう。
 魔物の謎、一端なりと解き明かしてみたいものだが‥‥。
 着物の裾を引きずりながら歩く。
 一歩、二歩、三歩。
 四歩目に、その姿は現代女性のそれに変わっていた。




※水上雪乃の新作シナリオは、毎週月曜日と木曜日にアップされます。
 受付開始は午後7時からです。

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蘇る魔獣

 雑踏。
 人の海。
 汚れた空気。
 生まれてはじめて目の当たりにする大都会は、強烈な衝撃だった。
 黒い瞳と口で、大きな丸を三つ作りながら歩く女性。
 まるでアホという構図だが、彼女としてはふざけているつもりはない。とにかく、ものすごい変わりようだ。昔は、本当にただの田舎町だったのに。
 やはり、名前が変わると雰囲気も変わるということだろうか。
 少しばかりずれたことを考える。
 玉ちゃんという異称を持つ金髪の美女であった。
 まあ、ぽかんと大口を開いて歩く女を、美女と称して良いのか微妙なところではあるが。
 彼女は今、重そうなリュックを背負って通りを進んでいる。
 人混みに慣れていないせいか、やたらと人にぶつかり、その都度、丁寧に頭を下げているので速度は極端に遅い。そして、それがまた追突される原因を作っている。悪循環の典型のようなものだ。
 都会の人間は気が短い。
 ついに玉ちゃんは転倒してしまった。背中のリュックが重厚な音を立てる。
「大丈夫ですか? お嬢さん」
 すかさず手を差しのべたものがいる。
 美髭の青年だった。
 黒い髪、金色の瞳、穏やかな笑顔。
 那神化楽という名の絵本作家である。さきほどから、「おのぼりさん」よろしくフラフラと歩く彼女を心配そうに眺めていたのだ。
「あらあら。ありがとうございます」
 エスコートされながら、玉ちゃんが立ち上がる。
 見事な金髪が流れ、那神はどきりとした。
 心がざわつく。
 不思議な話であった。とくに彼の好みのタイプというわけではないのだが。
 軽く首を傾げる那神。
「どうしました?」
「いえ‥‥なんでもありません‥‥」
 金の瞳を覗き込む玉ちゃんに、曖昧な答え方をする。
「えい☆」
 と、何の前触れもなく、玉ちゃんの右足が振り上げられた。
 急角度の前蹴りである。
 かわすことが出来たのは、那神にしては上等だったろう。
 だが、そこまでだった。ミニスカートから大きくこぼれる太股に視線が釘付けとなる。
 そしてそこに、空振りした足が戻ってきた。
 踵落としと呼ばれる体術だ。
「はう!?」
 やたらと軽快な音とともに大地に崩れた黒髪の作家が、情けない悲鳴をあげる。
 助けてやったのにノックアウトされるとは。
 なかなかにひどい話であった。
「あらあら。大丈夫ですか?」
 楽しそうに玉ちゃんが気遣う。自分で蹴り倒しておいて、大丈夫かもないものだろうに。
「は。これはお手数をおかけしましまして」
 だが、素早く身を起こした那神は、いや、金瞳の男は、加害者に対して一礼する。
 言葉遣いは丁寧だが、慣れていないせいか少しおかしい。
「まあまあ、そんなに畏まらないでくださいまし」
 そう気楽に言われても困る。
 伝説にすら名を残すような方が目の前にいるのだ。これが畏まらずにいられようか。
「へへー ご高名はかねがね‥‥」
 と、平伏したいほどである。
「それより、ちょっと伺いたいことがあるのですが」
「なんなりと」
「この街には、不可思議な事の解決を生業となさっている方が住むと聞きます。もしご存じでしたらお教え願えませんでしょうか」
 どうも要領の得ない問いだが、男は大きく頷いた。
「それでしたら、俺‥‥いえ、わたくしめに心当たりがございまぶ!?」
 最後の一語で舌を噛んでしまった。
 慣れない敬語など使うものではない。
「あらあら。大丈夫ですか? ですから畏まらないでと申し上げましたのに」
 と、玉ちゃんの白い指が男の頬に触れる。
 舞い上がってしまいそうだった。
「と、とにかく、その心当たりに案内してやる‥‥です。草間とかいうケチな探偵のところなんだ‥‥ですが」
「ああ。助かりました。このような大きな街に来るのは久方ぶりで。右も左もわからず難儀しておりましたの」
 そう言った玉ちゃんは、傅くように先導を始めた男の横に並んだ。
「今の世に身分はないのでしょう? 普通にしていてくださいな」
「はあ‥‥」
「でないと、わたくし、つむじを曲げてしまいますよ」
 穏やかな笑顔だったが、男は冷や汗が噴き出すのを自覚した。
 彼は知っているのだ。
 この女性が、ただ美しさのみをもって伝説になったのではないことを。

 いつもの通り、草間興信所は活気に満ちあふれている。
 ただ、今日ばかりは普段とは異なるようだ。
 失笑と爆笑と冷笑が、混声三部合唱を織りなす。
 失笑担当がシュライン・エマ。
 爆笑の担当は、雪ノ下正風。
 そして、冷笑の担当者なのが和泉怜である。
 聴衆は所長たる草間武彦。対象は、大きく引き伸ばされ、壁に飾られた写真パネルである。
 被写体は、笑っていない唯一の人物だ。
「草間。あまり男は化粧をしない方が良いと思うぞ。だいたい、自分の顔に化粧が似合うかどうか、ちゃんと判断してからやるべきだな。それと、技術も磨いた方が良い」
 怜が言ったのは事実である。
 そして、この事実によって怪奇探偵が立つ瀬を失ったのも、また事実であった。
「どうせそうでしょうよ!」
 草間がむくれる。が、このむくれ方だと、もっと綺麗になりたいのかと解釈されても仕方がない。
「まずは、しかるべき師に付いて学ぶべきだ」
「いらんわ!」
「なにを怒っている。忠告というものは、もっと真摯な姿勢で聴くものだぞ」
 氷山に向かってマッチの炎を投げつけるようなものだ。
 溶けるはずがない。
 がっくりと草間がうなだれる。
 怜が小首を傾げた
 おかしな男だ。勝手に怒って勝手に落ち込むとは。
 二人とも真剣な疑義を抱いているのだが、横たわる溝はカッシーニ間隙よりも広く深い。
「で、なんでこんな写真飾ってあるんですか?」
 笑いすぎで涙まで浮かべながら、雪ノ下が問う。
「それは、訊かないであげるのが友情ってものよ」
 穏やかに窘めるシュライン。もっとも、青い目の事務員が偉そうに論評するのは烏滸がましいというものだろう。
 首謀者の一人なのだから。
「で、雪ノ下くんと怜は、今日は何の用?」
 矛先が向かないうちに話題を変える。
「私は買い出しに降りたついでに寄っただけだ」
 怜は山奥で自給自足の一人暮らしを楽しんでいる。たまに街へと降りるが、これは、物資の補給というよりも、人の世の観察に近い。ヒューマンウォッチングによって何を得ようとしているのか、異相の美女自身にも不分明だが。
 それよりも問題は、
「俺の用は、これです」
 と、オカルト小説家が差し出した書簡であった。
 むくれている草間をよそに、シュラインが受け取る。
「‥‥読めない‥‥」
 そして、一瞬で匙を投げた。
 その手紙は、翻訳家の彼女も知らないような言語で書かれて、いなかった。日本語である。しかし、毛筆で書かれたであろう達筆な草書体など、現代人に読めるものではない。
「出版社経由で俺のところに届いたんです。一応、ファンレターということなんですが」
 頭を掻く雪ノ下。
 この興信所に持ち込めば、あるいは解読が可能かとも思ったのだ。だが、シュラインにすら読めないとなると、自分で解読するしかあるまい。
 書道の指南書でも買って帰ろうか。
 そのようなことを考える黒瞳の作家だった。
 しかし、事務所内に流麗な声が流れる。歌手になっても成功しそうな美声だが、冷たすぎるところが難点だろう。
「署名は玉とあるな。内容は、東京にギリシャの怪物が現れる、といった類のものだ」
 怜である。
 彼女は、旧仮名遣いだろうと草書だろうと読めるのだ。これは、能力の問題というよりも慣れというべきだろう。
 一同が、やや唖然とした。
 異相の美女の能力に対する驚きもさることながら、内容も驚愕に値する。
「‥‥面白いことになりそうですね‥‥」
「‥‥そうね」
 雪ノ下とシュラインの顔に、興味と不敵の彩りが広がる。
 そして、その表情が消えないうちに、事務所の扉が開いた。

 春の風が、穏やかに金髪を揺らす。
 楽しそうに店前の掃き掃除をしていた草壁さくらが、ふとホウキを動かす手を止めた。
 不思議そうに小首を傾げる。
 動きに合わせてさらさらと流れる髪が、陽光に煌めいた。
「‥‥何でしょうか‥‥この気配‥‥」
 紅唇が疑問符混じりの言葉を紡ぐ。
 命が芽吹く気配に混じって、微細な違和感を感じたのだ。
 敵意や害意ではない。もっと切なく、もっと哀しく、もっと怯えに満ちた気配だ。
「‥‥妖どもが騒いでいるな」
 と、店の戸口をくぐり、外界へと姿を見せた青年が呟いた。
 骨董屋『櫻月堂』の主人、武神一樹である。
「一樹さま‥‥」
「どこか余所の土地から、この街に入り込んだ妖がいる」
「‥‥逐うのですか?」
「時の流れに居場所を奪われたものの一人や二人、受け入れる余地は充分にあるだろうよ。この街には」
 先回りして心配を口にする優しい美女を安心させるように、黒髪の調停者は微笑した。
 彼は退魔師ではない。
 無意味に人や妖を殺めたとか極端な秩序壊乱を行ったとかでもない限り、なるべく剣呑な手段は用いたくなかった。
「まずは、逢って話を聞かないとな」
「はい!」
 軽く促す武神に向かい、花が咲くような笑顔を見せるさくら。
 東京の街の地下に張り巡らされている妖のネットワークを活用することによって、闖入者の所在は容易に判明するだろう。あとは上手く説得して、故郷に帰してやるなり、街に居場所を確保してやるなりすれば良い。
 口で言うほど簡単なことではないが、いたずらに剣を交えるよりはずっと意義がある。
 並んで歩く二人の背後で、桜の花弁がワルツのように踊っていた。

「あら? 那神さんじゃない?」
 事務所に入ってきた二人のうち、男性の方には見知った顔だった。
 シュラインに続いて、雪ノ下も軽く頭を下げる。初対面の怜は冷然たる一瞥を与えただけだが、これは知己に対しても同じなので、問題にするようなことではない。
「よう。相変わらず暇そうで、けっこうなことだな」
 しかし、返ってきた言葉は野卑たものだった。
 大蔵大臣とオカルト小説家が顔を見合わせる。
 どうやら今日は最初から別人モードらしい。
 この那神という絵本作家、普段は穏和な紳士である。だが、強い衝撃などを受けると人格が変わるのだ。たぶん二重人格者なのだろう、と、その現場を目撃したことのある二人は考えている。
 まあ、事実のぼどは判らないが、追求したりしないのが怪奇探偵の流儀だ。
「で、暇な探偵社に何の用だ?」
 仏頂面で草間が訊ねる。
「こちらの御方をご案内したんだ。粗相のないようにしろ」
 所長に負けないくらいの仏頂面をつくって、金瞳の男が答える。
 そして、おもむろに恭しげな口調で、
「こちらへ」
 と、玉ちゃんを導いた。
「あらあら。みなさんよろしくお願いいたします。玉ちゃんと呼んでくださいましね」
 などといって、金髪の美女が頭を下げる。
 怜の右の眉が僅かに角度を上げた。巧妙に隠してはいるが、桁外れの妖気である。いったい何者であろう。
 シュラインと雪ノ下が、ふたたび顔を見合わせた。
 今の今まで、玉という差出人の手紙について語っていたのだ。
「それでは、この手紙は?」
 丁寧な口調で雪ノ下が訊ねる。
 怪しいことこの上ないが、粗略に扱うこともできない。このあたり、作家もサービス業である。
「はい。読んでいただけましたか」
「ええまあ‥‥」
 これは曖昧な笑顔を浮かべるしかない。
「それでは、わたくしが赴いた用件もご承知ですね。そのぎりしあ国のお方について調べて欲しいのです」
「その件については、お引き受けしてもかまいません。しかし、当方もビジネスでございますから、無償というわけにはいきませんが」
 営業用の笑顔を作り説く草間。頭上の壁掛け写真が哀しかった。
「お化粧をなさるのですねぇ」
「放っておいてください」
「いえいえ。田村麻呂どのも、こういう趣味の方でしたわ。素敵だと思います」
 玉ちゃんが変なことを言う。
 田村麻呂とは、おそらくは坂上田村麻呂のことだろう。二十代後半に見える彼女が、平安初期の人物を知るはずがない。
「で、報酬は用意できますか?」
 冗談と解釈し、怪奇探偵が本題に戻る。
 もちろんとばかりに頷いた玉ちゃんが、背中のリュックをデスクに置いた。
 やたらと重そうな音が立つ。
「とりあえず、額面の大きなものばかりを選んで持って参りました。足りるとよろしいのですが」
 そう言ってリュックの口を開く。
 中には、ぎっしりと五百円硬貨が詰まっていた。一〇〇〇枚以上は入ってるであろう。
「‥‥こんなに沢山の五百円玉、いったいどうしたんですか」
 青い目を見開いたシュラインが訊ねる。
「もちろん家から持って参りましたが」
「家からって‥‥」
 雪ノ下が呟く。手紙の消印を信じるとすれば、この女性の住所は栃木県だ。そこから、五百円玉の詰まったリュックを背負って来たということだろうか。華奢な女性のどこにこれほどの膂力があるのか。否、そもそも、どうして五百円硬貨なのか。
 疑問符が室内を飛び回る。
 玉ちゃんが、少しだけ困った顔をした。
 まさか、観光客が置いたいった賽銭のようなものだと言うわけにもいかない。
「では、行こうか」
 よく判らない雰囲気を一刀両断に切り裂いたのは怜であった。
 金銭的な折り合いが付いたのならば、依頼人を詮索しても仕方がない。為すべきことを為すだけである。
 べつに雰囲気を読んで発言したわけではないが、結果として異相の美女がこの場を収めた形になろう。
 軽く頭を下げる玉ちゃんに、怜は人形のような動作で頷いた。

 さて、興信所を出発した探偵たちと玉ちゃんが向かった先は銀行である。
 大量の五百円硬貨を両替せねば、いったい幾らの所持金なのかも判らない。まあ、自動両替機やキャッシュディスペンサーに驚いたものがいたり、なぜか那神がその人物の頭を抱え込んで隠したりしたが、たいして問題もなく両替は完了した。
 結局、玉ちゃんの持っていた硬貨は、八〇万円ほどである。
 探偵を雇うには充分すぎる金額だ。
 会計担当のシュラインが、その中から正規分の料金を受け取る。これで契約成立であった。
 あとは、実務レベルの問題である。
 調査に参加するメンバーは、シュライン、那神、怜、雪ノ下の四名。ほとんど成り行き任せの人選だった。実質的なビジネスというより興味先行という表現の方が適当だろう。 メンバーに玉ちゃんが加わっているだけでも、まともな調査になりえない可能性が半分はあった。依頼人が事件に介入してもロクな事にはならない。おとなしくホテルででも待っていてもらった方が、探偵たちは動きやすいものだ。
 ただ、今回の件は、その怪物とやらを目撃しているのが玉ちゃんだけなので、同行も仕方がない。
 それに、本人の希望もある。
 探偵たちは、玉ちゃんを受け入れた。やむなくではない。奇妙に浮世離れした金髪の美女に、多かれ少なかれ皆が興味を持ったからである。
「たぶん、ハルピュイアだと思うな」
「特徴からいってそうだろうな」
 シュラインと那神が口を開く。
 ハルピュイアとは、ハーピーとも呼ばれる魔物である。ファンタジーの分野では割とメジャーな存在であるが、一般的な認知度は低い。
 女性の身体、手の代わりに鳥の羽。顔は醜く、不潔で悪臭を放つという。
「でも、夜目の上に遠かったので‥‥」
 自信なさげに玉ちゃんが言う。
「たしかに、形状だけで特定するのは難しいですね」
 慎重論を唱えたのは雪ノ下である。空を飛ぶ魔物などは幾らでもいるし、ギリシャから日本までの距離を考えれば、ハーピーである必然性は薄いだろう。
 断定的な思考を進めるには、不確定の要素が多すぎる。
「それで、次はどこを探す?」
「そうですねぇ。この渋谷一〇八というのはいかがでしょう」
「わかった」
 怜と玉ちゃんが、呑気なようなズレたような会話を交わす。
 なにをどう勘違いすれば、昼間の渋谷に怪物が現れることになるのだろう。
 だが、そのことには誰も触れなかった。
 要するに、金の髪の女性は東京見物がしたいのだ。怪物のことはきっかけに過ぎない。大都会を楽しむこと自体が目的なのであろう。
 どうして急に人里が恋しくなったのか。その理由までは判らないが。
 那神と怜は、期せずして同じ結論に達していた。異なるのは動機付けである。異相の美女は、あくまで仕事として玉ちゃんに接しているが、金瞳の男は嬉々として世話を焼いているようだ。
 こうして、調査という名の観光は、滞りなく進んでいった。

 夜。
 ネオンサインに彩られた、都会の明るい夜。
 本来、妖たちの時間だったそれは、今は人間の手によって切り取られている。
 時代の変化だろうか。
 それとも、闇を畏れる脆弱さが作り出した防壁なのだろうか。
 だが、人の作り出す光では、全ての闇を逐うことは出来ないのだ。
「大丈夫だ。危害は加えない」
 路地裏に男の声が朗々と響く。
 心の強さを感じさせる青年の声だ。
 人工の光に照らされた半面が、穏やかな微笑を形作っている。
 武神であった。
 半歩さがったところに、さくらも控えている。
「決して苛めたりしませんから。でてきてください」
 優しげな声に惹かれたのか、路地の奥で影が動いた。
 やがて姿を見せたのは、黒い髪と黒い瞳を持った美しい少女である。年の頃ならば一五歳ほどであろうか。あくまでも人間の算定法で、ということだが。
 むろん、この世には背中に羽のある人間などいない。
「アンタたちは?」
 少し癖のある日本語だった。
 おそらくは短期間で憶えたのであろう。
「この街に住むものだ。武神一樹という」
「草壁さくらと申します」
 丁寧に名乗る二人。
 少女も少し警戒を緩め、蘭花(ランファ)と名乗った。
 ユーワーキーの蘭花と。
「‥‥これは珍しい。大陸からの客人とはな」
 武神が嘆息する。
 美しいわけだ。ユーワーキーとは、チャイニーズデーモンとも呼ばれる魔物である。外見的には天使に似ているが、歴とした魔の眷属だ。麗しい見目によって人に取り入り、味方だと思わせつつ最後の瞬間に牙を剥く。そういう魔物だった。
 とはいえ、数自体も少なく、オカルティストの間でも実際に対面したものはほとんどいない。
 奇抜な表現を用いれば、レアものということになろうか。
 もちろん、武神にしてもさくらにしても初対面である。
「どうして、この国に来られたのですか?」
 金髪の美女が訊ねる。
 これは、訊かなくてはいけないことだ。回答如何によっては、調停者の対応が変わる。
「‥‥アタシ、風に乗って遊んでたんだ」
 ぽつりぽつりと蘭花が事情を打ち明ける。
 その日、彼女は空の散歩を楽しんでいた。春の陽気に誘われたのだろう。心地よい風に乗り、つい上空まで舞い上がった。
 春は偏西風の時期でもある。
 蘭花は流され、黄砂と一緒に日本にまで到達してしまう。
 いくら魔物でも、地球の自転を変えることなど出来ないのだ。国に帰ろうにも、偏西風に阻まれて果たせず、心細くなった彼女は、灯りの見える方へと移動する。つまり、この国における最大の輝き、一〇〇〇万都市東京へである。
 このあたりは、迷子の心理とさして変わらない。
 聞き手たちの顔に、苦笑と微笑の中間のような表情が浮かぶ。
 どうやら、この魔物、あまり深くものを考えないタイプらしい。種族的なものか個性なのかは判らないが。
「‥‥帰りたいな‥‥」
 寂しく呟く蘭花。
「だが、この季節風が収まるまでは難しいだろうな」
「そうですね。夏くらいまでは」
 やや深刻に二人は考え込んだ。飛んで帰れない以上、船か飛行機を使うしかない。見た目だけなら人間を装うことも可能だが、パスポートなど持っているはずもないだろう。持っていたとしても密入国である。
 かといって、密航という手段は危険すぎる。
 これだけ秀麗な美少女ならば、途中で売り飛ばされても不思議はなかろう。魔物なのだから、そう簡単には売られるなどという事態にはならないだろうが、危害を加えられれば蘭花だって反撃する。そうなると、待っているのは最悪の結果だけだ。
「やはり、気長に待つしかないでしょうか」
 さくらが呟く。
 天候の神様は、文字通りお天気屋だ。
 近いうちに風のやむ日もあるかもしれない。あるいはコンディションのよい日も。
 こまめに天気予報をチェックして、飛行に最適な日を探る。地味だが、これしか方法がないのではあるまいか。
「そうだな。蘭花、その日までうちに下宿するか?」
 大胆な提案を武神がした。
 まあ、男性の一人暮らしというわけではないし、部屋数はあるのだから問題はないだろうが。
「‥‥いいの?」
「いいさ。なあ、さくら」
「もちろんです」
「ありがとう‥‥」
「ところで、好物は何ですか?」
「鳥の唐揚げかな」
「良かった。人間、とか言われたらどうしようかと思いました」
「人なんて食べないよ」
「だよな」
 見目麗しい二人の会話に、武神が微笑む。
 実際、人を喰らう妖などほとんどいない。生態系とはそういうものである。人間がピラミッドの頂上に立っていることは事実なのだ。それに、雑食や肉食の動物の肉は美味しくない。妖だって味覚はある。食べ物を選択する権利もあるだろう。
 櫻月堂へと向かう三人を、月と風が見守っていた。

「お世話になりました」
 玉ちゃんが頭を下げる。
「すみません。お役に立てなくて」
 シュラインもまた、頭を垂れた。
 朝の上野駅である。
 丸一日探し回ったが、結局、謎の怪物の手がかりは掴めなかった。
 まあ、ただ観光をしていただけなのだから、当たり前といえば当たり前である。
「また来てくださいよ」
「もっと面白いところに連れて行ってやるから」
 雪ノ下と那神が、そう言って握手を求める。
「はい。また、必ず」
 楽しそうに笑う玉ちゃんを乗せ、東北新幹線の発車ベルが響く。
 やがて、ホームには四人の男女が残された。
「何だったのかしら、この依頼」
 青い目に困惑をたたえ、シュラインがひとりごちた。
 もっともな感想である。
 事件らしい事件も起きず、これでは探偵社というよりも旅行代理店だ。
「客の満足が成功なのだから、これで問題ない」
 淡々と怜が語る。
「そうですねぇ」
 混ぜ返すこともせず、雪ノ下が頷いた。賛成というよりも、反論するのが面倒だったのであろう。一晩中、観光だか調査だか判らないものに付き合わされては、誰だってこうなる。
 まあ、怜と玉ちゃんは疲労の影すら見せなかったが。
 まったく、タフな女性たちである。
「‥‥あれ? ここどこです?」
 突然、素っ頓狂な声があがった。
 むろん、那神の声である。
 やれやれと、肩をすくめるシュラインと雪ノ下。
「ここは上野駅よ。那神さん」
「玉ちゃんを見送ったところです」
 ごく簡単に説明する。
「シュラインさんと雪ノ下くん。どうして二人がここに?」
 疑問符を頭に乗せた那神だったが、誰もその問いには答えなかった。
「さて、と。事務所に戻りましょ。報酬の分配もしなきゃね」
 そう言って歩き出したシュラインに、雪ノ下は悠然と、那神はやや慌てた様子で続く。
 少し遅れて、怜が歩き出した。
 何気なく見上げた空は、突き抜けるような蒼さだった。
 異相の美女は、少しだけ眩しそうに目を細めた。


                    終わり

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086/ シュライン・エマ /女  / 26 / 翻訳家 興信所事務員
  (しゅらいん・えま)
0173/ 武神・一樹    /男  / 30 / 骨董屋『櫻月堂』店長
  (たけがみ・かずき)
0134/ 草壁・さくら   /女  /999 / 骨董屋『櫻月堂』店員
  (くさかべ・さくら)
0427/ 和泉・怜     /女  / 95 / 陰陽師
  (いずみ・れい)
0391/ 雪ノ下・正風   /男  / 22 / オカルト作家
  (ゆきのした・まさかぜ)
0374/ 那神・化楽    /男  / 34 / 絵本作家
  (ながみ・けらく)

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■         ライター通信          ■
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いつもご注文ありがとうございます。

大変お待たせいたしました。
蘇る魔獣、お届けいたします。
今回は、二つのお話が同時進行しています。
少し珍しい手法を取り入れてみました。
楽しんでいただけたら幸いです。

それでは、またお会いできることを祈って。


※お知らせ

4月第1週の新作シナリオアップは、著者、私事都合のためお休みいたします。
まことに申し訳ありません。