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しあわせのしっぽ
●オープニング【0】
「『しあわせのしっぽ』って知ってる? 中高生の女の子やOLに人気らしいんだけど」
月刊アトラス編集長・碇麗香はこちらの顔を見るなりそう切り出してきた。
何にせよ、それは聞いたことはある。うさぎの尻尾を模した奴だったろうか。鞄に付けていたり、携帯電話のストラップ代わりにしているのを見たような覚えがあった。
「幸運のお守りなんて言われてるらしいわね。実際、多少ながら効果あるなんて話も伝わってくるし」
ははん……だいたい読めたぞ。これを調べてこいということか。それを突っ込むと、麗香はくすっと笑った。
「本当に効果あるんなら、うちの雑誌で取り上げない訳にはいかないでしょ。それに……彼に持たせれば、多少はドジっぷりもましになるでしょうからね」
そう言って麗香は、原稿を間違えてシュレッダーにかけて慌てている三下を指差した。
●鍋仲間【1D】
「あれから胃の調子大丈夫だった?」
苦笑いしながらシュライン・エマが尋ねた。
「え? あ、はい、どうにか……」
志神みかねも苦笑してそれに答えた。あまり思い出したくもないが、先日の鍋パーティの話だ。鍋料理で人が殺せるのだなとみかねが思ったのは、あの日が初めてだった。恐らくそう思うことはこれからもまずないだろう。
「あの日もあれを持っていれば、あんな目に遭うこともなかったのかもね」
シュラインが冗談混じりに言った。あれというのは今から2人が買いに行こうとしている『しあわせのしっぽ』のことであった。
「……三下さんは来られないんですね」
少し残念そうなみかね。てっきり三下も買いに行くと思っていたからだった。
「彼が買いに行くと、何だか直前で売り切れそうな気もするし。お土産で買っていってあげましょ」
何だかえらい言われようだが、三下の場合それが十分あり得る話だから笑えない。
「でもあれってあちこちで売ってるんじゃないのが意外だったわね」
各々別件で編集部に顔を出していた2人は、麗香からこの話を聞くと、すぐに編集部のパソコンでネット上の調査に乗り出していた。その結果、『しあわせのしっぽ』が特定の店1軒のみでしか売っていないことを知ったのである。
「偽物も出てるみたいだから、本当に人気なんですね。でも、本当に幸運が訪れるっていうのも凄いですよね。うさぎの尻尾を模してるのがポイントなのかな?」
みかねが首を傾げた。
「うさぎっていうと、足とかも幸運のお守りとか言ってなかったっけ……うろ覚えだけど。でもネット上の評判を見ると、大きな幸運が起きる訳じゃないみたいね」
検索をかけてみると、いくつか『しあわせのしっぽ』を持ってみての感想を書いてあるサイトが引っかかった。それを読んでみると500円を拾ったり、友だち相手のゲームで連勝したりと、本当にささやかな幸運が記されていた。
「何だか疑問だらけですね。……疑問晴らしたいなあ」
みかねが空を見上げてつぶやいた。何にせよ、まずは実物を見てみないことには始まらない。
●彼氏?【2B】
『ミスティックス』という店がある。元々開店当初は女子中高生向けにファンシーグッズを扱っている店だった。しかし今は『しあわせのしっぽ』を扱っている店として有名である。何しろ『しあわせのしっぽ』はこの店でしか扱っていないのだから。
そして今日も店内は『しあわせのしっぽ』を買い求める客で賑わっていた。春休みということもあり、数割増しなのかもしれないけれど。
「あ、夏生さん!」
志神みかねは店内で見知った顔を見つけ、嬉しそうに駆け寄っていった。
「みかねちゃん? 何でここに?」
榊杜夏生はみかねにそう言った後、みかねの後ろに立っていたシュライン・エマの存在に気付いた。
「あ、東京駅の時の」
少し前のことを思い出す夏生。シュラインとは一緒に東京駅を駆け回ったことがあったのだ。
「お久しぶりね。所で……その隣の子、彼氏かしら?」
シュラインがくすっと笑って言った。夏生の隣で居心地悪そうにしていた直弘榎真は、それに対して即座に否定した。
「違う。単なる友だちです」
榎真はそれだけ言うと、夏生を肘で突いた。
「おい、榊杜。早く買う物買って出ようぜ」
急かす榎真。周りが若い女性ばかりという場所は、どうにも苦手であった。
「あ、そうだ。それで来たんだっけ」
思い出したように夏生がつぶやいた。現物を見に行く4人。一番人の多い場所だからすぐに分かる。
ガラスケースの中に、透明なプラスチックケースに1個ずつ詰められた『しあわせのしっぽ』が並べられていた。形状はまりも大の白い毛玉という感じで、触ると柔らかそうな気がする。うさぎの尻尾を模したとはよく表現した物だ。価格は500円、そう高くはない。
「触れない……」
残念そうにみかねがつぶやいた。ケースの中に入っていては、買わない限り触れることができない。
「すみません、ちょっと」
シュラインが近くに居た女性店員を捕まえて尋ねた。
「これって、何で出来ているの? 材質は?」
「あ、はい。化学繊維ですよ。動物虐待はしておりませんので、どうぞご安心を」
にっこり笑って答える女性店員。物が物だけに、こういう類の質問が頻繁に行われていることがこの答えから察することができた。
「じゃあ……もう1つ。ここでしか扱ってないようだけど、どこから仕入れてるの?」
だが女性店員は『店長が直に仕入れているので分からない』とだけ答えてその場を離れていった。
「三下さんにお土産買っていきましょうか?」
みかねの言葉にシュラインが頷いた。その隣では夏生も財布を取り出し中を覗いている所だった。
「あ、細かいのがないや……」
2、3度顔を上下させ、思案する夏生。そして榎真を呼んだ。
「そうだ、榎真くん! おごって♪」
「おいこら、榊杜……自分で買えよな、そういうのは」
「調査を兼ねた、可愛い女の子へのプレゼントだと思えば安いもんでしょっ♪」
自分で『可愛い』と言ってしまうのはどうかと思うが、夏生はそんなことを言って榎真にねだった。
「たく、誰が可愛いんだかな……1つ500円だったよな」
ぶつくさ言いながらも、榎真は財布を取り出すと1000円札を1枚抜き取った。
●真夜中の訪問者たち【5】
真夜中――ライティア・エンレイは再び『ミスティックス』の前へやってきていた。昼間とは違い、当然だがシャッターも降りている。あまり目立たぬよう、黒い服に着替えてきていた。ちなみにこれはネイテのアドバイスである。
(さて、どうしようかな……)
ライティアはひとまず裏手に回り込むことにした。表にあまり長居していては、逆に黒い服が目立ってしまう。
こっそりと裏手へ回るライティア。だがそこには先客が居た。それも4人も。
「え?」
面食らうライティア。裏手には男性2人と女性2人が居たのだ。その中の1人は昼間にも顔を見かけていた相手だった。
「同じ考えの奴、結構居るもんだな」
そう言って苦笑したのは雪ノ下正風だった。
「気になる人は気になるみたいよね、やっぱり」
頬に手を当てシュライン・エマが頷いた。
「ここでしか扱ってなくて、仕入れ先が見えないと当然の行動だよ」
瀧川七星がさらりと言った。
「うさぎ妖魔でファイナルアンサーにゃ!」
びしっとポーズを決め、白雪珠緒が言った。……何がどうファイナルアンサーなのか、ライティアには少々飲み込めなかったのだが。
「なーんだ、こんなに居るんじゃない」
くすくす笑う女性の声がこの場に聞こえると同時に、ライティアの肩に上半身が女性で、下半身は蛇のような長い尻尾を持っている何かが姿を現した。付け加えるならば、背中には蝙蝠のような翼があり、頭には角が生えており、目には何故か目隠しがされていた。
「ネイテ!」
ライティアが思わず窘めた。
「にゃっ!?」
珠緒が驚いて口元を押さえた。声こそ出していないが、表情からはシュラインも驚いているのが読み取れた。
「その姿……ひょっとして悪魔の類か?」
ネイテを冷静にじっと見つめながら、正風が言った。
「あら、ご名答。驚きもしてないし……たいしたものね」
ネイテがくすくすと笑った。
「一応、これで飯食ってるからな」
当然といった様子の正風。そのやり取りを見ながら七星は苦笑した。
「生きてるとあれこれ見ることができるもんだな……珍しい物見れたよ」
●複雑な紋様【6】
何はともあれ、裏手であれこれ歓談している場合ではない。5人の目的はただ1つ、『しあわせのしっぽ』の仕入れ先についての謎の解明であった。
「ね……何か音が聞こえない?」
不意にシュラインがつぶやいた。しかしそれに反応したのはネイテと珠緒だけだった。
「声……かしら?」
「微かに聞こえるにゃ……あっち?」
振り返る珠緒。その間、シュラインは両目を閉じて音に意識を集中させていた。
「……あっちね」
すっと指差すシュライン。それは珠緒の振り向いた方角に等しかった。
進む5人+1。すると裏手のドアが僅かに開いていた。どうやら音はここから漏れているらしい。
5人は顔を見合わせると、そっとドアを開いた。ドアの向こうには地下に通じる階段があった。慎重に静かに降りてゆく5人+1。階段の下にあるドアから光が漏れている。
七星が代表して中の様子を覗き込んだ。だが七星は中を一目見るなり、眉をひそめた。
(何だよこれ?)
部屋の中では何本ものロウソクが立てられ炎がゆらめいていた。部屋の中央には黒っぽいローブを羽織った男が何やらぶつぶつと唱えていた。そして床――複雑な紋様が描かれている。どっきりでもない限り、尋常じゃない光景だった。
「……魔法陣か?」
小声でつぶやく七星。ロウソクの灯りで見た物だから断言はできないが、そのように見えた。
その声に正風が入れ替わって中を覗いた。無言で頷く正風。どうやら魔法陣で間違いないらしい。
「分かったにゃ! その魔法陣でうさぎ妖魔を呼び出してあんな物を作ってるのにゃ! むー……許せないにゃっ! 狩るにゃっ!!」
珠緒が怒りに燃えて、ドアを勢いよく開いた。シュラインが驚いたように珠緒を見た。
勢いよくドアを開けば、どうなるかは目に見えている。中に居た男が、ドアの方を振り返って叫んだ。
「な、何だお前らは!」
「お前のやってることは全てまるっとお見通しにゃっ!」
先陣を切って部屋へ飛び出す珠緒。呆れ顔の七星がそれに続き、正風、シュライン、ライティアも続いてゆく。
「この魔法陣は……」
床の魔法陣を目の当たりにして、ライティアの顔色が変わった。それはライティアにとって非常に縁深いと言える魔法陣――悪魔召喚の魔法陣だったのだ。
「あらら、やっぱり同族の仕業って訳ね」
ネイテが面白がるように言った。つまりこういうことだ、『しあわせのしっぽ』は悪魔の力を借りて作られていたと――。
「邪魔をするな!」
男が珠緒目掛けて襲いかかってきた。だが珠緒はそれを余裕でかわすと、爪を立てて男の顔を力一杯引っ掻いた。
「ぎゃあっ!」
顔を押さえよろめく男。そこにすかさず正風が飛び込み、男の身体に渾身の一撃を喰らわせた。
「ぐ!!」
たちまちその場に崩れ落ちる男。それを見届けて、シュラインがやれやれといった様子で溜息を吐いた。
「『店長が直に仕入れている』……か。確かに間違ってないわよね」
そう、直に仕入れていたのだ。悪魔相手に取り引きをして――。
「朝にでも編集部にレポート送るわ。今夜は徹夜かしら……」
再び溜息を吐くシュライン。
「こっちはいい取材が出来た。いい物が書けそうだ……」
転がっていた縄で男を縛り上げながら、正風が言った。
「で、どうするんだい、こいつ?」
七星が男を指差して、ライティアに尋ねた。
「何とかしてみるよ。この魔法陣を無効化してやらないといけないし……そうすれば、出回ってる『しあわせのしっぽ』も無くなると思う」
悪魔の力を借りた物が、ただ幸運を引き出すだけのグッズであるはずがない。放置しておくのではなく、早急に何とかする必要性があった。
「そう、何とかね……」
ネイテが意味深に笑った。その笑顔が何を考えているか分からなくて怖い。
「うにゃ……今回もかじれなかったにゃ……」
ただ1人、珠緒だけががっくりとうなだれていた――。
【しあわせのしっぽ 了】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 整理番号 / PC名(読み)
/ 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
/ 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 0249 / 志神・みかね(しがみ・みかね)
/ 女 / 15 / 学生 】
【 0017 / 榊杜・夏生(さかきもり・なつき)
/ 女 / 16 / 高校生 】
【 0231 / 直弘・榎真(なおひろ・かざね)
/ 男 / 18 / 日本古来からの天狗 】
【 0476 / ライティア・エンレイ(らいてぃあ・えんれい)
/ 男 / 25 / 悪魔召喚士 】
【 0391 / 雪ノ下・正風(ゆきのした・まさかぜ)
/ 男 / 22 / オカルト作家 】
【 0177 / 瀧川・七星(たきがわ・なせ)
/ 男 / 26 / 小説家 】
【 0234 / 白雪・珠緒(しらゆき・たまお)
/ 女 / 20代前半? / フリーアルバイター。時々野良(化け)猫 】
【 0115 / 獅王・一葉(しおう・かずは)
/ 女 / 20 / 大学生 】
【 0057 / 滝沢・百合子(たきざわ・ゆりこ)
/ 女 / 17 / 女子高校生 】
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■ ライター通信 ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全18場面で構成されています。
・今回の依頼ですが、プレイング内容で場面を色々と振り分けています。それゆえ参加者の中には出会っていない方も居られます。それからどうもすっきりしないなと思われている方も多いでしょうが、今回は故意に謎を分散させています。他の方の文章にもじっくり目を通してみると、自ずと答えは見えてきますので……。
・シュライン・エマさん、7度目のご参加ありがとうございます。読んでますね。まあ間違いではないのですが。プレイング内容により、あのような行動になっています。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。
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