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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


桜花伝承
▼オープニング
「ちょうどいいところで会ったわ」
めずらしく顔を出したら、いきなり編集長の碇麗香から一枚の紙を渡された。
B5版のワープロ用紙。どうやら電子メールのプリントアウトらしい。それには以下のようなことが書いてあった。
『このまえU公園に花見に行ったとき、不思議な人を見ました。白い着物姿の若い女性だったのですが、じっと桜を見上げていて、私の視線に気付くと消えてしまったのです。そこから立ち去ったわけでなく、文字通りに消えたんです。
とても信じてもらえないかもしれませんが、調べていただけないてしょうか?幽霊を見たのかもしれないと思うと、怖くて夜も眠れません』
「花見の席だし、酔ってて何かを見間違えたんじゃないかと思うんだけど…なんだか本物のにおいがするのよねぇ」
言って麗香は、長い足を組みかえる。
「それから、よくわからないけど、この件では〈妖怪コレクター〉とかいう人も動いてるみたいだから。くれぐれも負けないように…ってわけで調査よろしく!」

▼調査開始
結局、今回の調査にあたるのは計3名ということになった。
「ちょっと碇さん、僕は嫌ですよ!?」
「ふふん、これもバイトの一環よ、まどか君」
運悪く、編集部で書類整理のアルバイトをしていた高校生、御堂(みどう)まどかは強制的に任命された。
「くっ・・・そういうのってズルくないですか?」
悔しそうに半眼でにらむまどかに、麗香は意地悪そうな笑みで応える。
「興味深い依頼ですね。私にも協力させていただけますか?」
「あら、理都さん。いいの?せっかくのオフだったんでしょ?」
「ええ、こちらのほうが気になってしまって・・・」
優しげな微笑を浮かべるのは、国際線の現役スチュワーデス、高橋理都(たかはし・りと)。
そして、ある事件がきっかけで天狗の能力に目覚めた少年、直弘榎真(なおひろ・かざね)は、
「よし。じゃあこの3人で決まりだな」
パン、とひとつ手をたたいて、一同を見回した。赤色の双眸が楽しげに輝いている。
本当はもう1人、天孤の末裔である小日向星弥(こひなた・せいや)も行きたがったのだが、これは麗香があっさりと却下した。
「妖怪コレクターとかいうアブナイ人がくるから、星弥は行っちゃだめよ」
「え〜っ、せーやも行きたい〜」
髪の毛と同じ、フワフワの金色の尻尾を抱えて、星弥はイヤイヤをした。金色の大きな耳も呼応してふるえる。
「だめったらだ〜め。じゃ、任せたわよ」
暴れる星弥と、なだめる麗香を後目に、3人は編集部を出発した。

▼調査方針
「まずは、どこから調べましょうか?」
3人の中ではいちばん年長である理都が、男子高校生2人に問う。
まどかは頭の中で依頼内容をざっと反復し、
「やっぱり問題の桜を見に行くのがいいんじゃないですか」
と提案した。
「ま、それが一番早いだろうな――っていうか、その着物の女ってなんだと思う?」
「少なくとも、人間ではないでしょうね。そんなところでイリュージョンを使っても、何の得もないでしょうし」
榎真の問いに、至極まじめに理都は断言した。
「…はは、たしかに。直弘君はどう思う?」
苦笑して、まどかは榎真に話をふる。
「桜だし、やっぱ幽霊じゃねぇか?」
柳の下の幽霊の話というのはよく聞くが、たしかに桜の下にも幽霊、というイメージがある。
おばけは怖いからやだなぁ、と思いつつ、まどかも否定はしない。
どうやら3人とも、意見は一致しているようだ。
榎真はしばらく思案していたが、
「とりあえず俺は、その桜について詳しい人に話を聞いてみる。幽霊にしろ違うものにしろ、なにか情報がつかめるだろうからな」
「麗香さんが言っていた《妖怪コレクター》とかいう人が調べているっていうことは、妖怪の可能性もありますね」
と、理都も続ける。
あいにく車を運転できる人がいないため、3人は電車の駅に向かい、JR線に乗ることにした。

ホームから電車が出発する間際、理都があら?とつぶやいた。
「なに?」
「いえ、今――星弥ちゃんが」
「あの子なら今ごろ、碇さんのところにいるはずじゃ」
まどかの指摘に、理都は苦笑交じりにうなずいた。
「そう、そうよね…きっと見間違いですね」
電車の窓から、西日が差し込み、榎真は目を細める。
夜――闇に住まう者たちの時間が、始まろうとしていた。

▼もうひとりの調査員
現場の最寄であるU駅を出たあたりで、まどかの携帯が鳴った。
液晶に、月刊アトラス編集部、と出ているのを確認し、まどかは通話ボタンを押す。
「はい御堂…」
『そっちに星弥行ってない?』
「星弥ですか?」
麗香に怒涛の勢いでまくし立てられ、とっさに耳から携帯を遠ざける。
「やっぱり、さっきのは星弥ちゃんだったんですね」
納得する理都。
「高橋さん、御堂。あれじゃないか?」
榎真が指差したほうを見ると、金髪の小さい後姿が遠ざかっていくのが見えた。
「というわけで碇さん、追いかけますんで」
あんな小さい子を放っておくわけにはいかない。
麗香の返答も聞かずに電話をきり、3人は星弥を追う。
「こら、ちっこいの!」
ひょいと星弥を抱えあげ、榎真は叱った。
「勝手にウロウロしたら駄目じゃねぇか」
「えへへ、見つかっちゃったぁ」
無邪気に笑う星弥に毒気を抜かれて、3人は顔を見合わせる。
「あのね、せーや桜好きなの!それと、おねーさんにも会ってみたいの」
「…って言ってるけど、どうする?」
榎真の問いに、星弥と手を繋ぎながら理都は笑った。
「もちろん、ここまで来たら一緒に行くしかありませんよね」
「なら、調査の効率を上げるために二手に分かれませんか」
まどかの提案はこうだ。
幽霊とコミュニケーションのとれない榎真と理都は、公園の管理人の元へ聞き込みに行く。
そして星弥とまどかは桜のところへ。
「僕は色や香りで残留思念を感じ取ることができるから、何かわかるかもしれないし」
「アブナイ人が来たら、もうひとりのせーやがやっつけてくれるから平気だよ♪」
まどかは人の感情を見ることができ、星弥はいざという時には《天孤の姫》たる人格が目覚め、戦うことができる。
攻撃の術はあるが霊は見えるだけの榎真と、生者の手を握って感情を『色』で察知する理都には、たしかに向かない仕事だ。
「わかった。じゃあ後で、桜の下で合流しようぜ」
U公園の入り口で、4人は二手に分かれた。

▼桜の下で
「すごい…」
幽霊の噂が広まったためか、件の桜のあたりには花見客の姿もなかった。
夜空に映える桜の姿に、まどかと星弥はしばらく見とれていた。まさに満開である。
「けど、あんまりイヤな感じはしないな…」
負の感情を感じ取ることはできず、まどかは首を傾げた。
幽霊かもしれないと聞いて、少しでも怯えていたのが馬鹿みたいだ。
「小鳥さんやねこさんがいたら、お話聞けたのにー」
人目がないため耳と尻尾を出して、ほっぺたをふくらます星弥。だが、まどかを見上げて丸い目をいっぱいに開いた。
「まどか、どーして泣いてるの?」
「え?」
言われてはじめて、まどかは自分が涙を流しているのに気づく。
そして自然に、目が桜の幹のほうに向いた。誰かがいる。
「あ――」
白い着物、背中にかかるほどの長さの黒い髪。
年のころは20代前半、といったところだろうか。それは間違いなく、噂の女性だった。
「おねーさん、こんばんわ♪」
『私の姿が見えるのですか?』
女性は驚いたように息をのむ。
「…あなたは、いったい誰なんですか?」
まどかの心には、ただただ悲しいという気持ちだけが流れ込んでくる。
自分たちに害を成す存在ではないとわかったから、自分でも不思議に思うくらい単刀直入に聞けた。
女性は着物の袖で顔を覆うと、その場に泣き崩れた。
「だいじょうぶ、おねーさん?」
眉をいっぱいに寄せて、星弥は女性に走り寄る。
『どうか話を聞いていただけませんか…ずっと誰かに聞いてもらいたかったんです』
そう言うと女性は、ゆっくりと話し始めた。

▼桜にまつわる昔話
この場所は、かつて『鬼の里』と呼ばれていた。
そこに住むのは、鬼と呼ばれる呪われた一族。
桜の精気を糧として生きる、鬼の命は短く儚い。
ゆえに一生村から出ることは許されず、彼らはひっそり暮らしていた。
しかしある時、里にひとりの人間の男が迷い込んだ。
そして鬼の少女と人間の男はめぐり合って恋に落ちた。
だがそれは許されるはずもなく、ふたりは引き裂かれる。
「きっと迎えに行くから、結婚しよう」
別れ際にそう言って、二度と現れることのなかった男を、鬼の娘は今も待ちつづけている…。

▼鬼の娘
「おねーさん、かわいそう…」
大きな目いっぱいに涙をためて、星弥は自らの尻尾を抱きしめた。
その傍らで、まどかも涙を流しつづける。
女性の感情の影響なのか、自分自身の感情なのかはわからないけれど、涙が止まらなかった。
『生涯に渡って桜の精気を吸っていたせいか、私は毎年この時期だけ、こうして現れることを許されているのです』
いったいどのくらいの間、彼女はここにいたのだろう。
きっと星弥とまどかには想像もつかないほどの時を過ごしてきたに違いない。
『そして私に気付いて、話をしてくれる人を待っていたのです…』
そう言って女性は、音もなく立ち上がった。
『また、誰かが来るようですね…』
星弥とまどかは、女性の視線をたどって振り返る。

▼そして…
管理人に話を聞きに行った榎真と理都が、桜の木の元に到着した。
「すごい大きさだ…御神木だな」
見上げて榎真が感嘆の声をもらす。そこに、涙を流しているまどかが歩み寄って、耳打ちした。
「直弘君、高橋さん…彼女、見える?」
「ああ…って、大丈夫かおまえ」
「大丈夫。ちょっと彼女の感情の余波を食らっちゃってるだけだから」
「なるほど…で、あんたが鬼だな」
『はい…あなたからは懐かしい匂いがします…』
桜の下に佇む、白い着物の――鬼の娘。娘は榎真を不思議そうに見つめた。
「俺も鬼だからな。おかげで普段よりも霊体がはっきり見えるし、こうして話もできる」
榎真も、真っ直ぐに視線を返す。
「かざね、りと…あのおねーさん、すごく可哀相なの…」
ぎゅうっと理都にしがみついて、星弥が言った。星弥の目は泣きはらして真っ赤になっている。
頭を優しくなでながら、理都は安心させるように微笑んだ。
「ええ、私たちもお話は聞いてきたわ」
「なぁ、あんたはどうしたい?俺も協力するから、言ってみろよ」
榎真は一歩、娘に近づいた。
『私、は…』
娘はたじろぐ。ゆら、とその姿が揺らいだ。
『あの人がどうなったのか、知りたいです…』
一緒になれなかったことは悲しいけど、幸せになってくれていれば、それでいい――
「その男は、あんたと離れ離れにさせられた後、永いこと独身を通していたらしい」
榎真の言葉に、娘の瞳から涙がひとすじ流れる。
「だけど周りのすすめもあって結婚して、子供が生まれて――その子孫が今、この公園を管理してるんだ」
「幸せそうだったって、おっしゃってましたよ」
理都も言葉を添えた。
『そうですか…あの人は、この桜を護ってくれていたのですね』
娘の顔にはじめて笑みが浮かんだ。そして、娘の体がどんどん透明になっていく。
「おねーさん…?」
「彼女はやっと成仏できるんだ、これで…」
娘の感情が流れてきて、まどかも笑ってその光景を眺める。
『ありがとうございました…』
「ああ。元気でな…っていうのも変だけど、あっちの世界でそいつに会えるといいな」
『はい…』
月の光が桜の御神木を照らし、娘は消えた。そして、もう二度と現れることはない――

▼エピローグ
「好きな人が幸せならそれでいいなんて、素敵ですよね…」
麗香に報告すべく月刊アトラス編集部に向かう道中、うっとりとつぶやく理都に、まどかは首をかしげた。
「そうですか?僕はぜんぜん理解できないです」
今のところ、恋愛ごとに興味がないまどかである。同じく色恋沙汰とは無縁な榎真もうなずきつつ、
「だけどさ、幸せの形みたいなのって、人によっていろいろあるだろ」
「まぁね…」
「それより、なんとかコレクターってのはどうしたんだろうな?」
妖怪コレクターという人物は、結局姿を現さなかった。
「私、もし邪魔されるようだったら、回し蹴りを披露してさしあげるつもりだったんですけど」
「高橋さん、意外と過激ですね」
苦笑しながら返すまどか。先ほどとは反対に首をかしげて、理都は
「あら、そうでしょうか?」
「俺もけっこうヤル気だったんだけど…大方、対象が妖怪じゃないってんで、あきらめたんじゃねぇの」
今回の件の対象は最終的に残留思念――つまり幽霊だった。
たしかに榎真のいうとおり、途中で手を引いた可能性が高い。
「それよりせーや、お腹すいたのーっ」
理都と手を繋いだ星弥が、ぴょんと跳ねた。
「そうだな…じゃあ報告がてら、碇さんにおごってもらうか」
「あらいいですね、それ」
「けど相手は碇さんですよ?どうかな…」
4人は顔を見合わせ、声を上げて笑った。

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■    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)      ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【 0231 / 直弘・榎真(なおひろ・かざね)
            / 男 / 18 / 日本古来からの天狗 】
【 0375 / 小日向・星弥(こひなた・せいや)
            / 女 / 100 / 確信犯的迷子 】
【 0366 / 高橋・理都(たかはし・りと)
            / 女 / 24 / スチュワーデス 】
【 0038 / 御堂・まどか(みどう・まどか)
            / 男 / 15 / 学生 】

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■           ライター通信                  ■
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ご依頼ありがとうございました!ライターの多摩仙太(たま・せんた)です。
みなさんの能力や調査方法が依頼にピッタリだったので、だいぶスムーズに調査が進められました。
今回の依頼は大成功、敵キャラとして設定した妖怪コレクターも出番がありませんでしたね(笑)
妖怪コレクターは、今後の私の作品に出てくると思いますので、興味があればまたご参加下さい。
できる限りプレイングも反映したつもりですが、いかがでしょう?
別の方の作品も読むと、さらにこの物語が深みを増すと思いますので、お時間のあるときにぜひ・・・。
ここがよかった、ここはもう少しこうして欲しかったなどのご意見は、今後の作品づくりの参考になりますし、励みにもなりますので、テラコンからメールをいただけると嬉しいです。
これからも頑張りますので、どうぞよろしくお願いします。

▼御堂まどか様
ご依頼ありがとうございました。
御堂さんの能力は、この事件に欠かせなかったと思います。
口調などが満足いただけるかどうか不安ではありますが、精一杯書かせていただきました。
では、また別の事件で再会できることを祈って・・・