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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


<─屍鬼─>


------<オープニング>--------------------------------------
「えへへ。みんな、元気だった? しずくは元気だよ☆」
 瀬名雫は向日葵のような笑顔を皆に向けて挨拶すると、話しを切り出した。
「えっとね。今回、怖い話を持って来てくれた人はね、しずくのアングラのHPのチャットや掲示板で、しずくに色んな事を教えてくれる先生なんだよ〜☆ じゃあ、その先生のお話を聞いてみてね☆」
 しずくが、ゴーストネットの事務室へと皆を誘うと、そこに一人の青年が待っていた。歳の頃は20代前半から半ばだと思われる。綺麗な金髪碧眼を持つ美青年で、その美しいブロンドの髪はオールバックに纏められており、澄んだ碧眼は怜悧さをたたえていた。そして皆の目を引いたのは、青年が科学者のような白衣を身に纏っていることだった。
「ご機嫌よう、諸君。私の名は『プロフェッサー』とでも名乗っておこう。本名ではない。コードネーム……ネットのハンドル名だと思ってくれれば良い」
 プロフェッサーと名乗る青年は簡単に自己紹介をすると、早速、依頼についての話を切り出した。淡々と機械音声が喋っているような感覚すら受ける。
「東京各地の病院や警察の霊安室で、遺体が忽然と姿を消すという事件が多発している。それに比例してゴーストネットも含め、様々な猟奇事件に関わる筋から屍鬼《しき》──ゾンビやグールのようなものだな──を見たという証言が挙がっている。ここ最近は目撃証言ばかりでなく被害報告も出ているようだ。『人肉を喰らう』という、な」
 プロフェッサーは一旦マグカップの珈琲に口を付け、皆の反応を伺うと、淡々と機械的な口調と仕草で続ける。
「我々の情報収集の結果、次に狙われるのは、『中野総合病院』か『中野共立病院』か『野方警察署』のいずれか、もしくは全てということに絞り込むことが出来た。影に潜み計画している者は、今回の襲撃にて東京を一挙に混乱の渦に巻き込むべく、これまでに屍鬼と化した者も全てこの作戦に投入する気らしい。この東京の平和を脅かす、屍鬼を調査・殲滅してもらいたい。調査で黒幕の所在及び狙われる場所を特定し、その場で一挙殲滅するといいだろう。多少の乱闘や術の行使は、私の手で揉み消す事が出来るが、甚大な被害までは責任を持てない。諸君の健闘を祈る」
 全体的に無機質で機械的な印象ながらも、青年は皆に向かって微笑みを浮かべた。



<本編開始>


SCENE−1 『目の者』〜唐縞黒駒〜

 唐縞黒駒《からしま・くろこま》は、その艶やかな長い黒髪を色白の手で掻き揚げて、少し困ったような溜息を付いた。
 LAN接続の準備は全て整っているのだが、肝心の病院と、特に警察署が監視カメラの使用権を譲渡することに渋っているのだ。
 それは、考えてみれば当たり前かも知れない。防犯上の重要な設備を、そう易々と譲渡するわけには行かないだろう。
 しかし、黒駒は、そこである言葉を思い出した。プロフェッサーと名乗る青年が言っていた「多少の乱闘や術の行使は、私の手で揉み消す事が出来る」という言葉だ。もし、彼が何らかの権力を持っているのならば、頼ってみるのもいいかも知れない。
 そう考えたが吉日。黒駒は、早速、あらかじめ聞いておいた彼の連絡先に電話をかける。簡単なやり取りの末、プロフェッサーは、
「そんなことは造作も無い。私から良く聞かせよう」
 と、黒駒に告げた。
 その後、しばらくしてからもう一度、各々の施設を周ってみると、先ほどとは打って変わったかのように、慇懃《いんぎん》な態度で対応された。まさに、プロフェッサーの『鶴の一声』が効いた様子であった。
「はぁ。ボクなんかの人脈より、まだ奥の深いのもあるんだなぁ」
(……所詮、ボクの人脈なんてこんなものか……ボクって、どうしていつもこう中途半端なんだろう……)
 いつもの癖で落ち込みかけるが、今はそのような繰り言を言っている場合ではない。自分の頭をコツンと軽く叩いて気を取り直すと、早速、各所の監視カメラをLAN接続で結び、ネットワークを形成する。手馴れた作業でゴーストネットに本陣を構えて、これで監視体制は万全のはずだ。
 雫にも許可は得ておいた。ネットカフェではなんだからということで、事務室を借りることが出来たのも僥倖《ぎょうこう》であった。
 黒駒は、自分に出来ること。自分は戦えないから、精一杯仲間達のバックアップをすることに決めている。
 これが効を奏すれば、皆の調査や屍鬼及び黒幕の撃退に十分貢献することが出来るだろう。後は、監視を怠らずに、仲間達と密に連携を取り合えばいいだけの体制となった。
 そう、彼は『目の者』。まさに縁の下の力持ちである。


SCENE−2 調査順風

 中野区立図書館や警察署を周って資料などから調査を進めたロゼ・クロイツは、中野区には神社仏閣が東京の他の区に比べて集中しており、彼岸ともなると大勢の彼岸参りの人間が集まる場所ということを洗い上げた。
 となると、当然の如くそれに伴って神社仏閣、火葬場や病院──中野区は福祉にも力を入れているため──や警察に持ち込まれる遺体の数も多いということになる。
 犯罪の件数自体は、隣りの新宿区と比べると少ないが、それでも隣接しており、暴力団や少年犯罪、繁華街も多いことからそれに伴うトラブルで亡くなる人間も多い。
 統計に寄れば、事故や犯罪自体は普通かも知れないが、輸送されて来る遺体の数はかなり多いものだということが判明した。
それだけ調べ上げられれば上出来だろう。
 ロゼは黒駒と携帯電話で連絡を取り合い、先にプロフェッサーが通しておいた話を持ち出して、
「亡骸が盗難される事件が連続しており、その調査で来た。協力してもらうぞ」
 と言って、病院側に渡りを付け、病院の霊安室に潜むことにした。
 病院側にはやはり、プロフェッサーの通告が行き届いており、否も応も無しに全面的に協力するとのことであった。
 犯行が予想される二つの病院の内では、中野総合病院が統計的に見ても遺体管理数が多いので、ロゼは中野総合病院の霊安室のストレッチャーの上、ボディバックの中に入り、死体と紛れて待機することにした。
最悪、動き出した屍鬼達に包囲される危険性がある試みだが、それも覚悟の上だ。
 ──後は、夜であろう犯行時刻を待つのみだ。
 中野総合病院。
 中野区内では、かなり大きい部類の病院である。それだけに、中に出入りする者も多く、望月彩也《もちづき・さいや》は、かなり楽に中へと入り込んでの聞き込み等の調査をすることが出来た。
 彼女の金色の髪と緑色の瞳、そして美しい色白の肌は人目を引いたが、悪い意味では無い。調査に差し支えることもないだろう。
 むしろ、のんびりとした明るい性格や、その愛くるしさから、話しかけたところで好対応が返って来ることが多かった。
 病院に関わる噂や話……これは、出て来れば止め処もないもので、良くある怪談話から、病院の対応の話、果てはご老人の方々から世間話に付き合わされてしまい、思うような情報は得られない。
 しかし、四苦八苦の末に小児科に入院する男の子から、『黒服にマントを纏い、銀色の骸骨の仮面を付けた吸血鬼のような人物』を見た事があって怖かったという話が聞けた。彩也が、優しく男の子の髪を撫でてあげると、男の子は照れ笑いと共に言った。
「ボク、お姉ちゃんみたいな人と結婚したいな♪」
「ふふ。大きくなったら、考えましょうねぇ」
 そう、のんびりとした優しい言葉を返すと、男の子はニパッと笑って恥ずかしそうに走り去って行った。
 彩也は小児科病棟を周って同じような目撃談が無いか調べてみることにした。
 すると、どうだろう。大人や老人からは聞けなかった話が子供達の中から、どんどん挙がって来た。話を総合すると、やはり「吸血鬼みたいな人を見て怖かった」という話が多い。これは、目を付けておくべき話だろう。彩也は、本陣にいる黒駒に病院内では携帯電話の使用は、はばかわれるので、外に出てから連絡をした。
 『子供の目にしか映らない吸血鬼のような人物』。これは、有益な情報であったし、監視カメラにも写らない可能性もある。
「黒幕かも知れませんから、そのような外見の人物を目視で調査してみて下さい」
「はい。分かりました〜。引き続き、見回りをしますね〜」
 黒駒の言葉に携帯電話のこちら側で頷き、彩也は携帯電話の通話を切った。
 そして言葉通り、引き続きの見回り調査を行うべく、病院内と周辺を歩き回るのであった。
 ──自分に出来ることをしておきたい。のんびりとした性格ではあるが、思い込むと頑固な一面が、彼女の屍鬼達への思いに繋がったのだ。
 中野共立病院。
「養鳴庵です〜。ご注文の品を届けに上がりました〜」
 蕎麦屋の娘としての最大の武器を利用して、中野共立病院に潜り込んだ河内出海《かわち・いずみ》は、
「出前を頼んだか?」
「いや、医者か従業員か患者の誰かだろう」
 と、顔を見合わせる事務員達を尻目に、常連の医者達に聞き込みを開始した。
「最近、遺体が盗まれるって物騒なお話しを聞いたんですけど〜?」
 スローテンポだが、元気の良さを感じさせる口調で出海が尋ねる。すると、医師達も微笑ましく感じるのか、出来る限りの便宜を図ってくれる。
「ああ。都内の病院や警察署とかの話か……」
 話しを切り出した出海に、顔見知りの医師が話しを聞かせてくれた。
 やはり、都内の病院や警察署等から遺体が消えるという猟奇めいた話は、医師達は十分に聞いているらしい。共立病院でこそ、事件は起こってはいないが、同僚の都内の医師達も頭を抱え、警察も遺体を扱う病院や施設に注意を促すと共に、事件を捜査しているという。
 聞けた話の中で注意を引いたのは、中野総合病院から「吸血鬼みたいな人を見て怖い」という理由で移って来る小児科の子供達が若干多いということだ。
 連絡を黒駒を通して受け取っている出海は、やはり総合病院みたいね。と、当たりを付けることが出来、収穫も上々であった。
 そして、その後、ちゃっかりと霊安室に忍び込む。顔見知りが多いということで、少し苦労したが、
「お得意さんが亡くなられたんですぅ〜」
 という、出海の台詞に、顔見知りの従業員はその癒し系オーラのせいもあって、
「お悔やみ申し上げます」
 とだけ短く言って、通してくれた。
 そこで、霊との交信が出来る特技を活かして、霊と対話してみる。
 恨みつらみを言う霊、泣き言を言う霊、無念を訴える霊、などを落ち着かせて何とか情報を収集してみる。
「僕は君たちのこと怖くないよ〜。大丈夫〜。おいで〜」
 結果、『傀儡師《くぐつし》』という単語と『操霊師《そうれいし》』という単語を聞き出すことが出来た。意味は霊の喋ることなので、漠然としており、なかなかに捉え所が無いが、黒幕のことだと思って良いだろう。
 二つの単語が、一人を指すものか二人以上を指すものなのかは分からないが、それなりの収穫を上げることが出来た。
 病院を出ると、出海はすぐに本陣管理の黒駒へと連絡を入れる。
「……ということなんですけどぉ〜」
「はい。分かりました。ボクの方にも総合病院がいわく有り気だという話がお仲間の方々から入って来ております。ご無理は、なさらないで下さいね」
 出海は、携帯電話の通話を切ると、中野総合病院の周辺で夜を待つことにした。
 ──自分が、どれだけ役に立てるか分からないが。
 新宿、東京医大付属病院。
「屍鬼……なんて汚らわしい存在。それが街を蹂躙するですって? 冗談じゃないわ!」
 風見璃音《がざみ・りおん》は、そう呟きながら霊安室へと向かっていた。元の彼女の美しい銀髪も、赤い瞳も、髪染めとカラーコンタクトで隠されてしまっていて、傍目からは分からない。
 東京医大に来たのは、ここ数日で最も多くの遺体が紛失した場所であるからだ。
 遺体を安置する、暗くとても居心地が良いとは言えない空間を、彼女は恐れ気もなく、きびきびと歩いて調査していた。
 黒駒との連絡の取り合いで、プロフェッサーのコネを東京医大にも使ってもらった璃音は、そこに魔の痕跡が残っていないかを調査し始めた。
「せっかく人が平穏に暮らしてるっていうのに邪魔しないでよ。まったく」
 あまりというか、かなり居心地の悪い霊安室の調査ともなれば、愚痴の一つや二つも出て来るものだ。彼女がそう言ったところで、誰も責められはしないだろう。
 彼女も魔獣。狼の眷族《けんぞく》であるが、どちらかと言えば『光』の方に属する魔獣であり、『闇』の眷族達とは、なかなかに相容れることが出来ない。
 その銀狼の嗅覚を研ぎ澄ませて、魔の痕跡を探る。
 途端に彼女の鼻面にしわが寄る。──これは、獣の習性だ。
 遺体の匂いに紛れて、魔の残り香が、ぷんぷんと匂って来て思わず鼻面にしわを寄せて嫌悪の表情を浮かべる。
「これは……『人魔《じんま》』──人が変生して妖怪となったもの──の匂いね。死体の腐臭もこびり付いてる。多分、元々の職業は、葬儀屋かそれに類するもの」
 銀狼の嗅覚は、僅かに残った魔の痕跡を見事に嗅ぎ分けて、そう判断した。
 その匂いの痕跡を頼りに、璃音は辿って黒幕の足跡を掴もうと追跡を開始する。匂いを辿るためにタクシーや電車を使えずに徒歩になるので、やや時間がかかってしまう。
 日が傾きかけて来たところで、新宿区から隣りの中野区の、とある葬儀屋まで辿り着くことが出来た。ここの辺りは、ちょうど営団地下鉄落合駅《新宿区》とJR東中野駅《中野区》の間にある地点で、中野総合病院などがあるJR中野駅周辺までは、若干距離が離れている。タイムラグを計算して、間に合えば良いのだが。


SCENE−3 激闘! 屍鬼の呼び声!

 璃音は、念のために黒駒に今の状況とこれまでの経緯を説明する電話を入れてから、葬儀屋へと足を踏み入れた。
 『閉店』の札がかかっていたが、お構いなしに中へと入ると、一人の体格の良い青年が璃音の前に立った。
「本日は、営業しておりません。また、お越し下さい」
 青年が言った瞬間に、璃音は懐かしい匂いを感じた。──そう、同じ『狼の眷族』の匂いだ。
 璃音が感じ取ったすぐ後に、青年の方でも匂いを感じ取ったらしく、お互いに緊張感が張り詰める視線を交わす。
「あなた、狼の眷族……人狼でしょう? 何故、東京を屍鬼で蹂躙させようとする黒幕にくっ付いているの?」
 璃音が話しを切り出すと、青年も答える。
「俺達、人狼は普通の社会で生きてゆくには、余りにも人間と種や考え方が違い過ぎる。同じ妖怪変化同士、協力し合って生きてゆく他は無い。──つまりは、そういうことだ」
 青年の言にも一理ある。『人間と魑魅魍魎が共存出来るか?』これは、永遠の課題なのかも知れない。
「だからと言って、東京蹂躙に手を貸すわけ?」
「俺の役目は、ここの留守を護ることだけだと、ちゃんと契約してある。お前がここを荒らさなければ、俺達は戦う必要は無い。このまま帰ってくれないか? 同胞よ」
 璃音は、彼の言うことも言いたいことも分かるし、何よりも同胞同士で血で血を洗う戦いは、彼女もしたく無かった。
「……分かったわ。ここは引き下がる。だけど、ひとつだけ教えてちょうだい。──黒狼を見かけたり、話しに聞いたことはなくて?」
 璃音の言葉に、青年は頷いて、しばし考え込む。そして、一言一言、極めて慎重にしっかりとした口調で、言葉を紡ぎ出した。
「俺は、噂にしか聞いたことは無い。だが、中野区内に来てから黒狼の噂を良く聞くようになった。俺は、推測や噂で断言はしない。しかし、中野区がキーワードになっているかも知れん」
 重々しく言葉を紡ぎ終えた青年は、自らを、森内一狼《もりうち・いちろう》と名乗り、敵対しない限り、いつでも頼ってくれて構わない、と璃音に告げた。そして、
「本来ならば教えてはいけないことなのだが、お前は同胞で俺と戦いたくないと言ってくれたから」
 と、前置きして、犯行は逢魔が刻。つまり、ここで喋っていた時間を含めると、今からすぐにでも行われるものだと教えてくれた。
 四足になって駆ければ一駅くらいだから、間に合うかも知れない。戦闘要員の少ない現状のグループ構成では、仲間達を助けに行かなければならないだろう。
「色々とありがとう。次に会うときは、敵じゃないことを祈ってるわ」

 璃音は一狼に感謝の言葉を述べると、本来の四足の銀狼の姿に戻り、夕闇降りる裏道を黒駒が情報を総合して怪しいと言っていた、中野総合病院へと向かってひた走りに走り抜けて行った。
 中野総合病院霊安室。
 辺りが夕闇に包まれ、刻が逢魔が刻を告げると、それを待っていたかの如く、大量の屍鬼が現れて、病院を包囲したり、街へと群がり出たりし始める。
 霊安室の遺体も屍鬼となって動き出し、ロゼは待ち構えていた瞬間に飛び出して、身体に仕込まれた銀の刃の暗器や聖水を駆使して屍鬼達を薙ぎ倒す。
 ──が、階上から悲鳴が上がって来る。病院の者達もだが、彩也や出海の声も聞き取れた。
「迂闊《うかつ》だったか」
 ロゼは自分自身の身を護るためと屍鬼撃退のために、霊安室に潜んだのだが、仲間達と分断されてしまった。しかも、階上の仲間達はどちらかと言えば非戦闘員だ。
 急いで、階上へと向かおうとするが、大量の屍鬼が群がってキリが無い。かなり蹴散らしているのだが、何せ数が多い。緩慢な動作で、腐乱し腐臭を放つ屍鬼共が襲い掛かって来る。
「キリが無いな。黒幕を見付け出して叩くしかあるまい。それまで逃げ回ってることを祈ろう」
 淡々とした声で無表情に呟くと、彼女は仲間を救出すること=黒幕を倒すことと冷静に判断し、群がる屍鬼を蹴散らしながら階上の小児科病棟へと向かう。──黒駒からの連絡で黒幕と目される者が目撃された件数が多いからだ。
 ──屍鬼は病院と街を徐々に蹂躙しつつあり、あちこちで阿鼻叫喚の渦が巻き起こる。
 中野総合病院地上部。
 昔見たゾンビ映画の如く、大量の屍鬼が病院と街を蹂躙しつつある中、逃げ回っていた彩也と出海は運良く合流することが出来た。
 彩也は心霊治療の癒しの力で負の存在である屍鬼を浄化し、出海は霊との交信で一体ずつなだめ落ち着かせて遺体へと戻ってもらっているが、二人の力では一体一体を処理するのに時間がかかり過ぎて、到底群がる屍鬼共を全て捌き切れない。それでも、二人とも一生懸命に一体一体を救ってあげながら、逃げ回る。
「動く死体さん。人に害はだめですの」
 腐乱しており、眼球がドロリと溶け落ちている者や皮膚がただれて腐肉が顕わになり、物凄い腐臭を放つ者。それらの者達に、彩也と出海は優しくも手を差し伸べて癒し、なだめ、そして或いは逃げ回る。
 攻撃的になった屍鬼の手により、彩也も出海も身体に数箇所の傷を負っている。
 映画ではゾンビに傷付けられた者はゾンビになる、という展開が多いようなので、念のために、時間はかけられないが、彩也が心霊治療で応急手当をしながらの逃避行である。
 逃げる人間の習性か、左に左に上に上に逃げているうちに、ついに屋上まで来てしまった。彼女達は、戦術などに詳しくない一般人に近い存在だから、撤退の上手い仕方など分からなかったのだ。
 屋上に追い詰められた彩也と出海は、お互いに手を取り合って、必死に屍鬼共の浄化を試みる。しかし、溢れるように現れる屍鬼共は際限無く多くいるかのように思われる。
「もう、だめかも知れませんの」
「ヤッバイな〜、もう持たないかもぉ〜」
 彩也も出海も、泣き言をいい、これでおしまいかと思いかけた──その瞬間!
 一匹の銀色の狼が屍鬼共の頭越しに飛来し、二人の前に立ちはだかる。
 ──璃音であった。だが、二人はそのことが分からない。
「銀色の狼さん……?」
「助けてくれるの〜?」
 二人の言葉に、狼が不思議と頷いたような気がした。
 銀狼は、その鋭い爪と牙で屍鬼共を引っかき、噛み砕き、剛力で薙ぎ倒す。
 この力強い援軍に、彩也と出海も協力して屍鬼共の浄化に当たる。二人と一匹がおれば、無尽蔵に溢れ出てくる屍鬼共にも何とか対応が出来た。
 ──が、打って出るだけの余裕は流石に無かった。消耗戦になりそうだ。もしも、そうなれば疲れを知らない圧倒的多数の屍鬼共に蹂躙されてしまうだろう。
(……戦局をなんとか打開しなければ)
 銀狼に姿を変えた璃音が心に思う。鼻面にしわを寄せて牙を剥き出しながら、屍鬼共を威嚇する。そして、再び屍鬼に襲いかかっては、切り裂き、噛み砕いてゆく。
 ──そして、三度《みたび》戦局が変わる。闘神・阿修羅の三面のように転ずる戦局。それを作り出したのは、黒駒の連絡で駆け付けたロゼの存在であった。
 監視カメラを見詰めて状況を分析していた黒駒は、屍鬼の現れる場所や頻度、行動半径とこれまでの情報から、小児科病棟の屋上が怪しいと踏んで、ロゼに急行するように告げたのであった。無論、監視カメラの映像でそこへ向かって彩也と出海が逃げていたから、という理由もある。
 奇しくも、彩也や出海が逃げて昇ったのも小児科病棟の屋上だった。これは、彼女達が小児科の子供達から情報を集めていたからであった。
 それらの要因が全て重なり、本陣に居る黒駒以外の仲間達は、無事に合流することが出来たのだった。
銀狼となった璃音の鋭い牙と爪と剛力による活躍。援軍に駆け付けたロゼの銀の暗器と聖水、聖塩による縦横無尽の戦いぶり。それをサポートする、彩也と出海の浄化の力。それらが一体となった時、流石の群がる屍鬼共もだいぶ減り始めた。
 ──その時、ユラリと影が屋上の給水塔の上に現れた。
「クックック……やるねぇ。僕の屍鬼《おもちゃ》共を、ここまで撃退した人間は少ないよ。尊敬に値するなぁ。ククッ」
 まるで骸骨のように痩せ細った、白髪長髪の男が給水塔の上から呼ばわる。
「貴様が黒幕か。名を聞いておこう」

 無表情に淡々とロゼが言う。銀狼の璃音も牙を剥き出しにして、毛を逆立てて威嚇の唸りを上げる。
「僕の名? 僕は『傀霊《くれい》』というんだよ。ああ、君も『あの御方』が見たら喜びそうな傀儡の玩具だねぇ。クックッ」
 自分自身が傀儡人形だと知られても眉ひとつ動かさないロゼであったが、『あの御方』という言葉が気にかかった。今、目の前にいる男は、小児科の子供達が言っていたという『銀色の髑髏の仮面を付けた、吸血鬼のような人』とは別のような気もするし、黒駒経由で出海からもたらされた『傀儡師』と『操霊師』という単語。それは、別々の人物を指しているのかも知れない。
「あの御方というのは、銀仮面の男。すなわち、傀儡師というわけか」
 ロゼが尋ねるのへ、傀霊が頷く。
「そうだよぉ。僕もあの御方にだけは敵わなくてねぇ。下に付いて色々と勉強させてもらったり、仕事をするのさぁ。クック」
 ススキの野か柳の下の幽霊然とした姿形と、細い甲高い声色の傀霊が語る。なかなかに人を小馬鹿にし、なおかつ耳に障る声であった。
「これ以上は、好きにさせん。一手所望」
 ロゼは短く言うと、傀霊に向かって間合いを詰める。なおも、群がる屍鬼達は、銀狼の璃音と彩也と出海が対処する。
「ククッ……そら、踊れ」
 傀霊が手のひらを閃かせると、全員の身体中に切り傷が出来、血飛沫を上げる。
「……くっ」
「痛いですの〜!」
「痛ったいなぁ〜、乙女の柔肌に何するのよぉ〜」
「──ガルルルルッ!」
 それぞれに叫び声を上げる。
 しかし、何故、傷が出来たのか見当が付かない。
 その瞬間を精密画像に直して、スローモーションで見詰めた黒駒は、それが超極細の『糸』であることを見抜いた。そして、急いで接敵している者達に連絡を入れる。
「なるほど、な」
 呟いたロゼであったが、目に見えない糸をかい潜っての戦闘はやっかいだ。どうすべきか考える内にも、
「そら、踊れよ」
 傀霊の糸による攻撃と屍鬼共の攻撃が容赦無く、彼らに降り注ぐ。戦況は思わしくなかった。
(……私は、所詮、傀儡だから……)
 心の中で呟いたロゼが痛みを感じない身体を盾にして、決死の特攻をかける。
 銀狼の璃音の美しい毛並みは、血で塗れていたが、闘志は衰えていない。傷付いた身体を張って、彩也と出海を護る。しかし、再び勢い付いた屍鬼の群れは、彼女達を蹂躙し始めた……。
「きゃあ、もうダメぇ〜!」
 出海が叫び声を挙げ、屍鬼の爪で張り倒されて地面に転がる。彩也は治療しようとするが、屍鬼に阻まれて彼女自身すら危うい状況だ。銀狼の璃音も自分と、仲間を護るので手一杯だ。
 ──手詰まり。
 ……そう思われた瞬間、倒れていた出海がフラリと起き上がった。目が虚ろである。何かのトランス状態になっているのだろうか?
「……恒河沙《こうがしゃ》の命より生まれ出ずる那由多の意志よ、不可思議の想いよ、無量大数の力よ! 我と共に……踊れ!」
 出海が呼ばわると、大気が振動し、地が唸り、万物の精霊達がその声に呼応するかの如く、集い、彼女達に力を貸す。屍鬼共は万物の精霊により浄化され、遺体へと次々に戻ってゆく。
 銀狼の璃音は感じた。確かに、森羅万象の万物の精霊達が彼女達に力を貸している。屍鬼もどんどんと浄化され、勢力を弱めている。
「──好機!!」
 ロゼと銀狼が、すかさず同じことを考えて傀霊の懐に飛び込むと、精霊達の力に圧倒させていた傀霊は為す術も無く、鋭い牙で腕を噛み千切られ、銀の暗器で切り裂かれる。
「──ぐあぁぁぁッ! ……ば、馬鹿、な……僕が、この僕が、こんな蟻のような動物や人間共に負けるなんて……」
 がっくりと膝を付く傀霊にトドメを刺そうと暗器を振り上げたロゼの手をしっかと止める者がいた。
 ……彩也であった。
「殺してはいけませんの。この方々と同じ過ちを繰り返してしまいますの」
 ロゼの振り上げた片手を、しっかりと両手で抱きしめるように止めた彩也に、優しくそう首を振られては、首級を挙げることが出来なかった。
 その後、傀霊は訳の分からない奇声を金切り声で挙げながら──恐らく、負け犬の遠吠えであろう──夜の帳が降りた空に向かって消えて行った。
「ふむ。──私は、自動的だから。良く教えてくれた」
 ロゼは、銀狼の乱れた毛並みを正してやりながら、銀狼の璃音と再び倒れた出海の治療を行っている彩也に向かって言った。
「因果は巡りますの。もし殺したならば、いつかは殺される日が来てしまいますの」
 その彩也の言葉に、相変わらず無表情であったが、ロゼは彼女の髪を出来るだけ優しく撫で上げた。彩也は、そのロゼの瞳を見詰めて微笑んでいた。


SCENE−4 終幕

 ゴーストネットの本陣に居た黒駒と一同が再会を果たした数日後、依頼完了の連絡を受けたプロフェッサーが再び一同の前に姿を現した。
「諸君の健闘に敬意を表する。良くやってくれた。私の情報網に寄れば、あの日以来、遺体が消えたという施設も、屍鬼が現れたという目撃談も、入って来てはいない。ご苦労だった。あの夜の事件は、基本的に集団催眠状態による幻覚症状として、私の手で揉み消しておいた。幸い、死傷者は出なかったことだしな」
 冷静に淡々と話す口調は、いつも通りだが、彼は一同に感謝の言葉を述べた。
「尚、東中野の葬儀屋は店を閉店し、そこの留守居だった青年が後を次いで、煎餅屋を始めたらしい」
 フッと笑みをこぼして、それだけ言うと、彼は一同に一礼をしてゴーストネットから立ち去って行った。
 プロフェッサーが語ったように確かに、その後、屍鬼に関する噂や遺体が消えるという事件のことは、皆の耳にも入って来なかったから、依頼は成功を収めたと言って良いだろう。
 春風が南の空気を運んで来て、花の香りが漂う中、一同はいつかまた再会しようと、ゴーストネットの常連同士の約束をして解散した。
 ──もう、春が来た。暖かい新緑の季節だ。皆の心にも新緑が息吹きを上げますように。


                          <─屍鬼─> ─完─





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
0101/望月彩也《もちづき・さいや》/女性/16歳/高校生
0418/唐縞黒駒《からしま・くろこま》/男性/24歳/派遣会社員
0074/風見璃音《かざみ・りおん》/女性/150歳/フリーター
0423/ロゼ・クロイツ/女性/2/悪魔祓い師助手
0357/河内出海《かわち・いずみ》/女性/16歳/高校生



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■         ライター通信          ■
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 こんにちは。OMCライターのForです(^-^)/
 今回は、<─屍鬼─>の物語をお届けいたしました。楽しんで読んでいただければ、それに優る幸いはございません(^-^)
 プレイングとマスタリングという、ゲーム性の強い物語を目指して作りましたが、お気に召しましたでしょうか? 自分のした行動、それとそれ以外の部分は、マスタリングとして仕上げましたので、内容はお客様が発注なされた内容と若干違うかも知れません。しかし、盛り込める所は盛り込んだつもりです。作品を読んで一喜一憂していただければ、嬉しいです。
 では、今後も機会がありましたら、私の作品を発注してやって下さいませ。乱文失礼いたしました。