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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


調査コードネーム:アルプス一万尺
執筆ライター  :水上雪乃
調査組織名   :草間興信所
募集予定人数  :1人〜3人

------<オープニング>--------------------------------------

 暖かい陽射しと桜の花弁が、窓の外で戯れている。
 奏春とはよくいったものだ。
 安物のパイプ椅子を軋ませながら、草間武彦は満足の吐息とタバコの煙でリングを作った。
 簡単な仕事に高額の報酬。
 機嫌だって良くなろうというものだ。
 まあ、それで痛い目を見たことが幾度もあるはずなのだが、性格というモノは容易には改まらない。
 今回の依頼主は、とある土建屋。
 内容としては、毎夜毎晩なり響く不気味な音をなんとかして欲しい、というものだった。
 実に簡単な依頼である。
「こんなもん、ウィルスの仕業に決まっている」
 電話で依頼を受けた草間は、ごく簡単に判定したものである。
 だが、むろんそんなことは口に出さなかった。
 職業技術上の秘密、といったところか。
 解決して感謝され、ついでに、正規の報酬を受理する。まあ、解決後になら、謎解きをしてやっても良い。
 ちなみに、こういうのを「捕らぬ狸の皮算用」というのだが。
「とりあえず、四人くらいでいいかな」
 満面の笑みを浮かべる草間であった。

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アルプス一万尺

 煌々と輝く月。
 深夜の風は未だ冷たく、容赦なく体温を奪う。
 砂利を踏む足音が、規則正しいリズムを刻む。
 と、そこに別の音が重なった。
 間の抜けた電子音だ。
「‥‥始まりましたね‥‥」
 呟きが闇を圧する。
 男の声だ。豊かなバリトン。牧師にでもなれば、その美声は多くの女性信者たちの心を甘く溶かすだろう。
 うっすらと微笑を浮かべ、男は夜風に黒髪をなぶらせている。
 名を、高御堂将人。
 月影に照らされた顔は、はっとするほど美しい。
 だが、その笑みに慈愛は含まれていない。あえて例えるならば、咲き狂う毒花のような微笑、といったところだろうか。
「‥‥ひどい音質。一昔前の八六音源ってところね」
 高御堂の隣にたたずむ女が告げる。
 絶対的な聴力を持つ青い目の美女、シュライン・エマである。
 白い顔には、半グラムの恐怖すら浮かんでいなかった。
「さすがだな。この距離から判るか」
 下顎に右手を当て、三人目の人物が呟く。
 フリーライターと浄化屋、二つの顔を持つ巫灰滋だ。
 彼ら三人は、草間興信所から派遣された調査員である。調査対象は、夜な夜な不気味な音の響く土木会社の事務所。
「草間さんの推理があたりですかね」
 いささか残念そうに言ったのは高御堂だ。
 シュラインが指摘が正しいとすれば、この奇妙な音はコンピューターが奏でていることになる。つまり、人為的に演奏されているということだ。そして、この時間に会社には誰もいない。
 であれば結論は一つに絞られよう。
 ふむ、と、巫が曖昧に頷いた。
 たしかに黒髪の図書館司書の意見は筋が通っている。だが、なにかが引っかかるのだ。
 視線を横に流すと、シュラインも考え込んでいる。
 彼女も違和感を感じているのだろうか。
「‥‥やっぱり、少しおかしいわ」
 紅唇が言葉を紡ぎ出す。
 流れてくるメロディーは「アルプス一万尺」である。夜中にこんな曲が流れるのは不気味だが、探偵社に依頼してまで解決を急ぐような事態だろうか。会社の業務には支障がないであろうに。
「たしかに、連中の怯えぶりは少し異常だったな」
 昼間、依頼主と面会したときの記憶を、巫が反芻する。
「仕方がないでしょう。彼らには怯えるだけの理由がありますから」
 微笑を絶やさぬままに、高御堂が意味深な台詞を吐いた。
 端正な顔が月光に浮かぶ。
「なにか知ってるのか?」
「合流する前に少しだけ調べました。もう一二年も前の話ですが、この付近で高校生が行方不明になっています」
「西村由美子(にしむら ゆみこ)。当時一七歳。誘拐事件かと騒がれたけど、結局、脅迫状も届かず、本人からの連絡もなかった。三年前に死亡宣告が出されてるわね」
 高御堂の言葉を、シュラインが引き継いだ。
 彼女もまた、下調べはしているのである。
「その件と今回の仕事が絡んでるってか? うがちすぎだと思うがな」
 巫が肩をすくめた。
 関連性がありそうでいて、今ひとつ根拠が薄弱である。
 だいたい、行方不明事件から今回の依頼まで一二年のタイムラグがあるのだ。繋げるのは難しい。
 普通に考えれば、何者かの悪戯の可能性の方が高いだろう。
「まあ、可能性のひとつとして、よ」
 慎重に論ずるシュライン。多角的な思考と多面的な類推こそ怪奇探偵の本領なのだ。
「さて、鬼が出ますか蛇が出ますか」
 図書館司書が扉に手をかける。
 どこまでも穏やかに微笑したまま。

 事務所のなかは、当然のごとく無人だった。
 データ保存のためだろうか、数台のコンピュータの電源が入りっぱなしである。
 まるでブラックライトに照らされたような雰囲気であった。
「‥‥えらくレトロだな」
 巫が呟く。
 今時のディスプレイは「黒い光」など発しない。室内の機器類は、どれもこれも十年落ちの骨董品だ。
「‥‥あれよ」
 シュラインが、一台のコンピュータを指さす。
 むろん、音の発生源だ。
「‥‥モジュラーには繋がっていませんね。とすると、内部でしょうか」
 歩み寄った高御堂が、ざっと周辺機器を探る。
「とりあえず、音を止めましょ。アルプス一万尺なんて、エンドレスで聴くものじゃないわ」
 僅かに顔をしかめたシュラインが、モニターの前に座る。
 最も耳の良い彼女には、このような雑音は聞くに堪えぬのだろう。
「一応、駆逐ソフトを持ってきたから‥‥」
 などと言いつつハンドバッグからCDを取り出す。
 と、その動きが止まった。
「‥‥このパソコン‥‥CDドライブついてない‥‥」
 唖然とした呟きが漏れる。
 本体にある外部デバイス挿入口は二つ。どう見ても、CDを入れる場所には見えなかった。
「‥‥五インチフロッピーの挿入口ですね。それは」
 冷静に高御堂が指摘する。否、これでも動揺しているのだろう。普段通りの彼であれば、皮肉の一つでも飛ばしたに違いない。
 それにしても、とんだ珍品に巡り会ったものだ。フロッピーディスクすら消えつつある二一世紀に、五インチ二ドライブとは。
「更に昔のだと、八インチだったんだぜ」
 どうでも良いことを巫が言う。
 笑っているが、事態はけっこう深刻である。
「とにかく、音の原因を探らなきゃ」
 なんとか気を取り直して、ふたたびシュラインが画面に向かった。
 が、
「‥‥マウスが利かないんですけど‥‥」
 右手が所在なく彷徨っている。
「えーと、ここまで古いのだと、キーボードオペレーティングですね。スペースあたりでも押してみてください」
 高御堂の指示に従って、白い指先がうごく。
 画面が変わった。
 見たこともないような画面だ。
「‥‥DOSだな。バージョンは六.二か」
「よく判るわね、灰滋」
「いや。左上に書いてるのを読んだだけだ」
 たしかに、画面にはそう書いている。
 もちろん、事態の解決には一切寄与しないが。
 難問である。もしハードディスクの中にウィルスがいるなら、駆除ソフトを組み込むしかない。だが、五インチのフロッピーディスクで駆除ソフトなど、今時売っているだろうか。
 あるいは、興信所からハードディスクを持ち込み、そちらから駆除するか。
 だめだな、と、高御堂は内心の案に落第点をつけた。
 DOSならば、ハードディスクは二ギガバイトの容量しか感知しない。
「こうなったら、音源ボードを引っこ抜いちまうか」
 巫が、いささか乱暴な提案をする。
「‥‥そうね」
「それしかないでしょう」
 しかし、その乱暴な提案に、シュラインと高御堂が乗った。ひとつにはコンピュータの専門家ではない彼らには、実質的な解決策の取りようがないからだ。
 最悪、一台を破損することになってしまうが、この場合はどうしようもないだろう。
 まあ、さしあたりの解決としては、電源を落としてしまえば良いのだが、根本的な解決にはならない。今後もこの機械を使用するとすれば、音は鳴り続けてしまう。
「もうちょっとスマートに解決したかったが仕方がない」
 そんなことを言いつつ、巫が機械の後ろに回り込む。
「仕方ないわ」
 と、シュラインの指が電源スイッチに伸びる。
「ちょっと待ってください」
 高御堂が、二人の動きに制動をかけた。
 闇夜よりなお深い瞳が、モニターを見つめている。
『ヤメテ』
 黒い画面に、白い文字が浮かび上がっていた。
「‥‥シュラインさん。何かしましたか?」
「いいえ。キーボードには触れていないわ」
「巫さん。モジュラーが刺さってないか、もう一度確認してください」
「刺さってないぞ」
 ‥‥打ち込んでいない文字、通信ではない文字。となれば‥‥
 脳裡で解答が弾きだされるより速く、三人は飛びずさった。
 このコンピュータの中には、何かがいる!
 着地したときには、既に戦闘態勢が整っていた。
 巫とシュラインは油断なく身構え、高御堂の肩には巨大な鴉が羽を広げている。召喚されたばかり式神である。図書館司書の号令一下、すぐにでも襲いかかるであろう。
『攻撃シナイデ』
 ふたたび、モニターに文字が表示された。
 探偵たちの顔に不審が広がる。
 この機械は、彼らを見ているのだろうか。それとも、気配を察知する力を持っているのか。
『ワタシハ ニシムラユミコ デス』
 さて、奇妙なことになった。
 一二年前に行方不明になった少女は、少なくともその時点では人間だったはずだが。
「‥‥なんでカタカナなんだろうな」
「‥‥フォントが入っていないからじゃないですか」
 なんとなくずれた会話する巫と高御堂。
 色々なモノを見てきたが、コンピュータに取り込まれた人間は初めて見た。
 否、おそらく逆だろう。
 機械に人間が支配されることなど有り得ない。少女の方が、この機械を支配しているのだ。むろん、生きている人間に可能なことではない。察するに、由美子は既に亡くなっており、魂呪の形でコンピュータを支配しているのだ。
 より簡単に表現すれば、乗り移ったとか、取り憑いたとかいうあたりか。
「ええと、行方不明の西村由美子さん?」
 今更のようだが、シュラインが確認する。
 キーボードではなく声で訊ねたのは、先方に音声認識ができるか試したかったのである。
『ソウデス』
「なるほど。で、私たちに何をして欲しいわけ?」
 冷静に問う。
 実際に起こっている現象について云々しても無益だ。怪奇探偵に課せられているのは原因の究明ではなく解決である。そして、この場合、由美子の協力を得る事によって、鳴り響く音の問題が解決するだろう。というよりも、音を鳴らしているのは少女の魂だと考えるのが自然である。
『ワタシハ ジョウブツ シタイ デス』
 やはり、と、巫は頷いた。
 ほぼ確信していたことだが、由美子は既に死んでいるのだ。
「‥‥もう、この世に未練はないのですか?」
 穏やかに笑いながら高御堂が質問した。
 その笑顔の下で、どのような考えが巡らされているのか、他者が知ることはない。
『ハイ フクシュウハ オワリマシタカラ』
 淡々と文字が告げる。
 ほう、と、図書館司書は目を細めた。
 なかなかどうして、気骨のある少女ではないか。自らの復讐を遂げるとは。復讐という名目で悪党どもを嬲ってやる機会を逸したのは残念だが、これはこれで重畳というべきだろう。
 このあたり、高御堂の思考もタダモノではない。
 普通であれば、
「復讐って‥‥」
 と、シュラインのように問うだろう。
『ソレハ』
 画面上に、文字が羅列される。
 カタカナばかりなので、読みづらいこと夥しいが、やがて事情が明らかになった。
 由美子は、この場所で殺された。
 輪姦殺人である。犯人は同級生の男子四人ほど。
 犯され殺された後、彼女は埋められることになる。
 当時は、この事務所が建設中であり、基礎工事が行われていたのだ。
 そして、死体は誰の目に留まることもなく、土に還ってゆく。
 この間、彼女の魂は必死に助けを求めた。
 幽体となって事務所に姿を現し、騒霊現象を起こし、不気味な音を鳴り響かせた。
 だが、事務所の職員たちは怯えるばかりで、彼女の力にはなってくれなかった。当然である。職員と彼女には縁もゆかりもないのだから。それを悟ったとき、彼女は自力での復讐を決意した。
 それから一〇年、由美子を犯し殺した男どもは、全員が野末の石となり果てた。
 もはや、未練などなにもない。
 この上は潔く冥界へ向かい、地獄とやらで裁きを受けよう。
「‥‥なるほど、な」
 読み終えた巫が腕を組む。
 由美子の考えには同意できぬ部分があるが、すでに復讐を遂げてしまっているなら、咎めても詮なきことである。まして相手は死者だ。裁く権利を生者は持ち合わせぬ。
「‥‥わかったわ。そのかわり、騒音事件はこれでお終い。いいわね」
 氷の仮面を被り、シュライン交換条件を出す。
 だが、この条件付けは少しおかしいのだ。
 由美子の霊がコンピュータから離れれば依頼は解決する。必ずしも浄化や成仏である必要はない。消滅や封印でも構わないはずだ。
 こちらから譲歩する必要は些かもない。
 徹しきれていないな、と、高御堂は思う。
 しかし、黒い瞳の青年が、感想を体外に漏らすことはなかった。
 あるいは、由美子に殺された男たちの関連して、また面白いことになる。そう考えたのかもしれない。
 華麗なる怨みの連鎖というわけだ。
 これだから人の世は面白い。
「じゃあ、そろそろ行くぜ」
 ごく微量の緊張を込めて、巫が同行者たちに視線を送る。
 三人の中で、唯一浄化能力をもつのが彼なのだ。
 シュラインと高御堂が頷いた。
「今生に寄る辺なき御霊。畏み畏み申す」
 野生的で力強い祝詞が朗々と響く。
 モニターが、発光限界を越えた白い光を放つ。
 眩しさに瞼を閉じた探偵たちだったが、彼らの瞳はたしかに捉えていた。
 最後の瞬間、画面に浮かんだ、
『アリガトウゴザイマス』
 の文字を。

  エピローグ

「一つだけ、判らないことがあるのよ」
 道すがら、シュラインが、ぽつりと言った。
「なんだ?」
 巫が応える。
 ともかくも、無事に事件が解決したので機嫌が良い。
「どうしてあの娘、あんな古いパソコンに取り憑いたのかしら?」
「ああ、それでしたら簡単ですよ。彼女には、あの時代の知識しか無かったからです。教室に通うことも出来なかったでしょうし」
 やはり機嫌の良い高御堂が、軽く解答した。
 霊といっても、むろん万能ではない。
 生前に持っていた知識の範囲内でしか行動できないのだ。
 その意味では、由美子はラッキーだった。土建屋であれば、未だにDOSシステムのCADを使用していてもおかしくはない。
 幸運という表現は微妙だが。
「あ、そういえば、桜餅を作ったのよ。事務所に置いてあるから、もし良かったら二人とも食べに来ない? 夜食代わりに」
 急に話題を変えるシュライン。
 思わず顔を見合わせた男二人だったが、
「いいねえ」
「いただきましょう」
 と、口々に応えた。
 夜道を進む彼らの後を、煌々と輝く月が、ゆっくり追いかけていた。


                    終わり

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0092/ 高御堂・将人   /男  / 25 / 図書館司書
  (たかみどう・まさと)
0086/ シュライン・エマ /女  / 26 / 翻訳家 興信所事務員
  (しゅらいん・えま)
0143/ 巫・灰慈     /男  / 26 / フリーライター 浄化屋
  (かんなぎ・はいじ)


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■         ライター通信          ■
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大変お待たせいたしました。
アルプス一万尺、お届けいたします。
えーと、水上雪乃の作品では、初めて本格的に心霊が絡みました。
おかげで、ものすごく難産だったような気が‥‥
まあ、それはともかく。
お客さまの推理は当たりましたか?
楽しんでいただけたら幸いです。

それでは、またお会いできることを祈って。