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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


時間を売る男
▼オープニング 草間興信所にて
−依頼者−
木村もとか

−依頼内容−
娘のさやかがもう1ヶ月、家に帰ってこない。普段から夜遊びが激しく、帰らないことが頻繁にあったので、はじめの数日は放っておいたのだが、いくらなんでも・・・と思い携帯に電話をしたが、電源が切れているらしく全く繋がらない。
唯一証言したのは、さやかの親友あゆみで、最後に会った日、さやかは渋谷駅を黒いタキシードの男と歩いていたという。
警察に捜索願いは出したが、まったく動いてもらえない。どうかさやかを探し出して欲しい…

「そういえば…」
依頼者の話をまとめた用紙を見ながら、草間はつぶやいた。
「最近、渋谷駅に現れる『時間屋』ってヤツがいるって聞いたな…」
草間が聞いた噂によると、渋谷駅近辺でタキシード姿の若い男が『あなたは時間が欲しいですか?お望みならば、私があなたに時間を差し上げましょう』と声をかけてくるのだと言う。
そして欲しいと答えると、時の狭間に連れ去られてしまうらしい――。
「まさかとは思うが、何人か調査に向かわせるか…」

▼木村家へ
依頼者である木村もとかの家は、渋谷から井の頭線で15分ほどの場所にある。
「草間興信所のシュライン・エマと申します」
「わざわざすみません…どうぞ、ちらかっていますけど」
もとかは、さすがにやつれた顔をしていたが、そう言ってシュラインを室内に招き入れた。
シュライン・エマ――本業は翻訳家と幽霊作家なのだが、たまに草間興信所で事務のバイトをしている、長身痩躯の女性である。
今回の依頼があったのがバイトの日だったために、今回の事件の調査に当たることとなった。
木村家は新築されたばかりらしいマンションの中にあり、部屋にたどり着くまでにシュラインはオートロック式のドアを3つも通った。
厳重な管理体制にも驚いたが、部屋に入って真っ先に違和感を感じる。
――生活臭が、全くといっていいほど感じられないのだ。
建物が新築であるというのとは違う、空虚な雰囲気。
「そちらにお掛け下さい。今、飲み物をお持ちしますから…」
「いえ、お構いなく」
シュラインの制止も聞かず、もとかはキッチンに姿を消した。
ざっと見渡して、家の間取りは2LDKというところだろうか。
シュラインがいるリビングも、必要最低限の応接セットとテレビが置いてあるくらいで、日頃から使用されていないのではないかという疑問を呼び起こす。
「失礼ですが、ここに住んでいるのはお母様と、さやかさんだけですか?」
カップをトレイに載せて戻ってきたもとかに、単刀直入に問う。
びく、と小さく肩を震わせて、もとかはおびえた目でシュラインを見た。
「なぜ、ご存じなのでしょうか?」
「今までにも何件かお仕事をさせていただいているので、相応の観察力は持っているつもりです」
事前に何か調べたのか、と言外に聞いているもとかに、シュラインはきっぱりと否定した。
それに気付いたのか、心なしか顔を赤くして、もとかは目を伏せる。
「おっしゃるとおり、うちは母子家庭です」
「そうですか…では、これから調査に必要なことをいくつか聞かせていただきますので、どんな小さなことでも構わないですから、思いつくことがあれば何でもおっしゃって下さい」
シュラインは手帳とペンを取りだして、切れ長の双眸(そうぼう)でもとかを見据えた。
「まず、さやかさんが何か強く懐かしがったりしたことはありますか?」
「懐かしがる?」
「ええ。何年前に戻りたいとか、もしくは逆で、何年後の世界を見てみたいとか…」
「いえ」
怪訝そうにしながらも、もとかは首を横に振った。だが表情は冴えない。
突然の妙な質問に疑心暗鬼にさせたか?と思いつつも、さらにシュラインは問う。
「それはさやかさんが言っていなかったという意味ですか?それとも…」
しばらく言いにくそうにしていたが、やがて諦めたように吐息をつくと、もとかは顔を上げた。
「聞いていないんです…もうしばらく、まともに会話をしていませんでしたから」
やっぱり、とシュラインは思った。なんとなくそんな気はしていたのだ。
親子ふたりの生活費を稼がなくてはいけないため、朝早くから夜遅くまで働く毎日。
さやかが高校に通うようになった2年前から、母と娘のすれ違いは続き、今ではほとんど口も聞かないのだと、もとかは言う。
言うべきかどうか悩んだことを、シュラインは口に出した。
興信所を出たときから頭の片隅に置いていた意見である。
「もしかしたら、さやかさんはそれでいなくなったのかもしれませんね」
瞬間、もとかの顔がくしゃりと歪んだ。
「私も、そうではないかと、思ったんです…」
たまらずに嗚咽をもらす。それでもシュラインは、毅然とした態度を崩さなかった。
「木村さん。まだ原因は分かりませんが、私は全力でさやかさんの行方を探します。もし見つかったとしたら――」
あとは、あなたがた2人の問題です。
朝起きたときには既にひとりぼっち。夜寝るときになっても、家の中に自分しかいない。
そんな状況が17歳の少女に与えた精神的なダメージは、シュラインには想像もつかなかった。
「わかって、います…もう一度、やり直せるように…どうかさやかを、お願いします」
そう言って、もとかはテーブルに額がつきそうなくらいに頭を下げる。
必ず見つけると約束して、シュラインは木村家を後にした。
次は最後に娘を目撃した、あゆみのところに向かうつもりだ。

▼電話
木村家を出て間もなく、携帯電話が鳴る。発信者を確かめてから、シュラインは電話に出た。
「もしもし、武彦さん?」
『シュライン。悪いが至急、こっちに戻ってきてくれないか』
「どうして?これから目撃者のところへ行こうと思ってたんだけど」
草間の硬い声に疑問を感じつつ、シュラインは問う。
『実は、調査に出てもらっていた直弘榎真(なおひろ・かざね)がいなくなった』
「いなくなった?」
名前には聞き覚えがなかったが、いなくなったとはどういうことだろうか。
『詳しい説明はこっちでするから、急いで戻ってくれ』
「わかったわ」
電話口で話すよりも、興信所に戻った方が能率がいいと判断し、シュラインは行き先を変更した。

▼行方不明の人々
草間興信所には、3名の女性と2名の男性が集まった。
木村さやかの家の調査から呼び戻されたシュライン・エマ。
さやかの通っていた高校の調査から呼び戻された獅王一葉(しおう・かずは)。
渋谷駅にて聞き込みをしていた四宮杞槙(しぐう・こまき)とボディーガードの佳凛(かりん)。
そして所長の草間武彦である。
「榎真がいなくなったっちゅーのは、どういうことやねん?」
友人の身を案じてか、苛立ちを隠せない一葉を、シュラインがなだめた。
「おちついて、一葉」
「あ、ああ…悪かったわ」
「あの…榎真様とは渋谷駅でお会いして、二手に分かれて『聞き込み』をしていたのです。でも、落ち合う約束の時間をすぎても、全然いらっしゃらなくて」
おずおずと杞槙が口を開いた。
それを聞いて、一葉は腕組みする。
「おかしいな。あいつ、時間は絶対守るはずやねんけど」
「それから大上も消息を絶ってる」
草間はため息とともに大上隆之介(おおかみ・りゅうのすけ)の名を吐き出した。
大上は合コン好きな大学生で、今回のこの調査に参加していた1人である。
「いっぺんに2人も連絡が取れなくなるなんておかしいわよね」
シュラインも眉間にしわを寄せた。
ふたりとも携帯電話が全く反応しない。
呼び出し音や電話局のアナウンスが流れるのではなく、無音なのだ。
「いなくなったんは渋谷駅やゆうてたな。時間屋ってヤツの仕業ちゃうんか?」
「私も渋谷駅にいましたけど、それらしい人はどこにも…」
「それに、共に行動すると決めたあとでした。単独行動をなさるとは思えません」
暗い顔で杞槙は首を振った。それを佳凛が横から支える。
「大上くんも渋谷駅にいたのかしら」
「わからん。あいつは話を聞いたら、さっさと出ていっちまったからな」
「とりあえず…わたしたちはわたしたちに出来ることをしましょう」
シュラインが一同を見回して言った。
「せやけど、シュラインはん」
一葉が抗議の声を上げる。それを優しく遮って、
「早いところさやかさんを見つけて、それからゆっくり時間屋とやらに会いに行けばいいわ」
「さやかがどこにいるか、わかったのか?」
草間の問いに、シュラインは目を伏せる。
「いいえ。でも、時間屋は関係ない可能性も大きいと思うの」
シュラインは、木村家で聞いてきたことを簡単に説明した。
母子家庭で、最近では全く親子の会話もないこと。
それどころか顔すら会わせない日々が続いていたこと。
「そら、家に帰りたくもなくなるわなぁ」
呆れたように肩をすくめる一葉。
「たしかに、あゆみも母親のことを警戒しとった。あゆみが匿ってる可能性もあるな」
「なるほどな。それで、居場所は?」
「たしか、池袋の『ブラスト』っちゅうクラブに、よく行っとるらしいわ」

▼エピローグ
一葉の情報を元に、シュライン、杞槙、一葉の3人は『ブラスト』へ向かった。
そこで運良くさやかを見つけ、家へ帰るように説得したが、少女は応じなかった。
「なんだか後味の悪い事件ね」
クラブを出たところでシュラインがため息をつくと、あとの2人も無言で同意する。
「ま、調査結果はありのままを伝えるしかないでしょうね」
母と娘がもう一度やり直せるかどうかは、今後の本人達次第だというわけだ。
しかしシュラインが、母親が会社を休んで、体調を崩しながらもさやかの帰りを待っていることを伝えたとき、ほんの一瞬だがさやかの表情が変わったように見えた。
まだチャンスは残されているのかもしれない。
「結局、時間屋さんは関係なかったんですね」
ポツリと杞槙がつぶやいた。
『時間屋』の噂には続きがあって、心の底から時間を欲している人しか、時間屋には出会えないのだという。
ティーン向けの雑誌で、おもしろおかしく紹介されていたのを覚えていたあゆみが、とっさに嘘をついたらしい。
「私はどう頑張っても会えないでしょうね」
シュラインは苦笑を浮かべた。今持っている時間だけで十分だと考えるシュラインは、決して時間屋に会うことはないだろう。
「せやな。過去も未来も、もちろん現在も、大事な自分だけのもんや。他人にどうこうしてもらう気はないわ」
「そうですね。私も、現在がいちばん大事ですから」
一葉も杞槙も、笑顔で続けた。
「さて。行方のわからなくなった男性陣を探すとしましょうか」
どちらが依頼人で探偵なのかわからない、と苦笑しつつ、3人は歩き出す――かけがえのないの現在を…。

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■      登場人物(この物語に登場した人物の一覧)     ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
  / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 0365 / 大上隆之介(おおかみ・りゅうのすけ)
                    / 男 / 300 / 大学生 】
【 0294 / 四宮杞槙(しぐう・こまき)
                 / 女 / 15 / カゴの中のお嬢様 】
【 0115 / 獅王・一葉(しおう・かずは)
                   / 女 / 20 / 大学生 】
【 0231 / 直弘・榎真(なおひろ・かざね)
             / 男 / 18 / 日本古来からの天狗 】

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■              ライター通信             ■
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お待たせいたしました。『時間を売る男』担当ライターの多摩仙太です。
今回の依頼は、冒頭の草間のセリフが、皆さんを惑わす結果となったのではないでしょうか。
ただ、その中でも的確に事件の中枢を見抜いているカタがいましたので、興信所のお仕事としては成功だと言っていいと思います。
今回はそれぞれの個別パートが大部分をしめています。
ですので他の方の作品に目を通していただけると、また発見があると思います。お暇なときにでも読んでみて下さいませ。
それでは、また別の依頼で会えることを願いつつ、今回はこのあたりで失礼させていただきます。

▼シュライン・エマ様
初めてのご依頼、どうもありがとうございました。
プレイングは素晴らしく、鋭い視点でみごとに真相を看破していました。
シュラインさんが母親に話を聞きに行ってくれなければ、ここまでスムーズに捜査は進まなかったでしょう。
草間とは恋人未満ということで、もう少し絡ませたかったのですが、それはまた次の機会にでも(笑)。
それでは、また別の依頼でお会いいたしましょう。