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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


時間を売る男
▼オープニング 草間興信所にて
−依頼者−
木村もとか

−依頼内容−
娘のさやかがもう1ヶ月、家に帰ってこない。普段から夜遊びが激しく、帰らないことが頻繁にあったので、はじめの数日は放っておいたのだが、いくらなんでも・・・と思い携帯に電話をしたが、電源が切れているらしく全く繋がらない。
唯一証言したのは、さやかの親友あゆみで、最後に会った日、さやかは渋谷駅を黒いタキシードの男と歩いていたという。
警察に捜索願いは出したが、まったく動いてもらえない。どうかさやかを探し出して欲しい…

「そういえば…」
依頼者の話をまとめた用紙を見ながら、草間はつぶやいた。
「最近、渋谷駅に現れる『時間屋』ってヤツがいるって聞いたな…」
草間が聞いた噂によると、渋谷駅近辺でタキシード姿の若い男が『あなたは時間が欲しいですか?お望みならば、私があなたに時間を差し上げましょう』と声をかけてくるのだと言う。
そして欲しいと答えると、時の狭間に連れ去られてしまうらしい――。
「まさかとは思うが、何人か調査に向かわせるか…」

▼コンパが結んだ縁
草間の所で依頼についての詳細を聞いた後、大上隆之介(おおかみ・りゅうのすけ)は渋谷駅へと向かうことにした。
ほどよく筋肉のついた長身に、野性的で整った面立ち。
今時めずらしい黒髪は、男性としては少々長めだが、よく似合っている。
歩きながらズボンの後ろのポケットから携帯電話を取り出すと、電話帳を開いた。
「えーっと…さやかちゃんは前に合コンで会ってるから…」
大学にはほとんど行かず、バイトや合コンに明け暮れている隆之介の電話帳は、そのほとんどを女の子の名前で埋まっている。
その中に、行方不明になった木村さやかの名前もあった。
番号とメールアドレスは、2ヶ月前に合コンをした時に交換した。忙しくて電話はかけられなかったけれど、何度かメールのやりとりはあった。
ただ、1ヶ月前からピタリとなくなり、ちょうど依頼主の話に符合する。
もう少し気にかけていればと後悔もしたが、悔やんでいても仕方がないので、さっさと行動に出ることにした。
さやかの番号を呼び出す。
「…出てくれたら話は早いんだけど」
だが淡い期待はむなしく、しばらく呼び出し音が続いた後、留守電に変わってしまった。
続けてさやかの友達に電話をかける。
残念ながら親友のあゆみとは面識がないが、合コンの日にさやかといちばん仲良くしていた少女の番号ならばわかった。
「あ、もしもし?俺、隆之介だけど」
『うっそ、大上クン?久しぶりじゃん』
「よかった、覚えててくれたんだね、エミちゃん」
電話の相手は、さやかと同じ高校に通っていると言っていたエミだ。
大学生である隆之介にもタメ口をきいてくる、かなり気の強い少女である。
『っていうか、なに?』
笑いを含んだ声で訪ねるエミに、機嫌を損ねないように隆之介も明るく応じた。
「実はさ、木村さやかちゃんっていたじゃん?友達が彼女に惚れちゃって、会いたいらしいんだけど、連絡とれないんだよね」
『ああ、だって今さやかダメでしょ』
「ダメ?」
あっけらかんとエミは言った。
『うん。友達が言ってたんだけど、時間屋とかいうのに連れ去られたって』
時間屋という単語に、隆之介は思わず眉間にしわを寄せた。
「時間屋?」
『そう。なんかね、渋谷駅に出てくる変なタキシードの男で、時間を売ってくれるんだって』
エミの言っているのは、草間から補足程度に聞かされた情報とまったく同じだ。
どうやらこの噂は、高校生を中心に流れているようである。
「ふーん。さやかちゃんは時間が欲しかったってことなのかな」
つとめて平静な口調で隆之介は尋ねた。
『どうだろ。最近さやかとは遊んでなかったし…詳しいことはよくわかんない。それより大上クン、ひまなの?』
ケラケラと笑うエミの誘いを丁重に断り、隆之介は電話をしまう。
とりあえずキーワードは『時間屋』らしい。
「だったらそいつを探すのがいちばん早いよな」
独りごちて、隆之介は渋谷駅へと歩みを速めた。

▼渋谷駅前 偶然の出逢い
「げっ、大上先輩?」
「お、榎真じゃんか」
渋谷のハチ公前で、ふたり――大上隆之介(おおかみ・りゅうのすけ)と直弘榎真(なおひろ・かざね)はバッタリ出くわした。
「何してる――って、痛ててててっ」
「げっ、ていうのは何だろうねぇ、榎真くん?」
隆之介は榎真の頭を抱え込むと、いたずらっぽい笑みを浮かべた。
「俺は悲しいよ、大好きなおまえにそんな邪険にされてさ」
「とか言って声が笑ってるぞっ」
「ははは、バレたか」
拘束を解かれた榎真は、ニヤニヤ笑う隆之介を見上げる。
男子高生としては標準的身長の榎真よりも、隆之介のほうがだいぶ背が高い。
「で、何やってるんだよ先輩は」
憮然とした表情で、榎真は尋ねた。
「ちょっと草間さんに頼まれてね」
「先輩も?」
「も、ってことはおまえも、か」
ふたりはお互いに指差しあって、これまでに調べた情報を交換する。
榎真は聞きこみ中で戦果ゼロ、隆之介も、『時間屋』に連れ去られたらしい、というあいまいな情報しか得られていなかった。
「とりあえず、その『時間屋』とやらを探すのが先決かと思ったんだけどな」
だんだんと学校帰りの高校生の姿が増えはじめた渋谷駅前。
しかし黒いタキシードの男の姿など、どこにも見当たらなかった。
「大上先輩は、もし時間屋に会ったら、なんて答える?」
榎真は、なにげなく隣に立つ隆之介に聞いた。
「そうだなぁ…」
隆之介は、3年前までの記憶がない。
だからもし時間屋に会ったら、無くしてしまった過去を売ってもらうつもりでいた。
大切な何かを探していた気がするから――。
「おまえはどうだ?榎真」
「俺は別に…」
急にふられて、榎真は慌てた。
天狗の力を持つ榎真だが、もともとはごく普通の人間だった。
記憶に残っていない、力を得るキッカケとなった事件のことを、心の底では知りたい気がするが、制止をかける自分もいる。
「あなたたちは、時間を欲しているのですね」
『――!?』
突然、鈴の音のような涼しげな声が背後から聞こえた。
いままでそこには誰もいなかったはずだ。ふたりは離れて身構える。
そこに立っていたのは、黒いタキシード姿で、憂いを帯びた微笑を浮かべる男。
「あんたが時間屋、か?」
隆之介の刺すような問いかけに、男は無言でうなずいた。
いつの間にか榎真と隆之介、時間屋を除いた人々の姿が、駅前から忽然と姿を消している。
「あちらの世界とは時間を切り離しました」
「時間を切り離した?」
「ええ…あなたがたとの話を邪魔されたくなかったので」
榎真が首を傾げると、時間屋はさらに笑みを深くした。
「あなたは時間が欲しいですか?私がお望みの時間を売ってさしあげましょう」
その言葉と共に、急速に視界がぼやけていく――

▼記憶の糸
気がつくと、隆之介は岩山を駆けていた。
4本の足でしっかりと大地を蹴り、瞬く間に山の頂上にたどり着く。
空には月が浮かんでいた。
赤く輝く、丸い月が――。
(なんだ、これ…?)
体の奥底から得体の知れない衝動がこみ上げてきて、隆之介は空に向かって吼えていた。
「ウオォォ……ン」
これではまるで狼ではないか。
(これは、俺なのか…?)
不思議と違和感はない。それよりも、ひどく懐かしい気がする。
だが、だんだんとまた視界がぼやけてきた。
(待ってくれ、まだ…まだ知りたいんだ!)
隆之介の望みとは裏腹に、月はどんどん遠ざかってゆく――

▼『時間屋』
気がつくと、もといた場所に立っていた。
もちろん先ほどと変わらない時間屋の微笑が、ふたりを見守っている。
「それが私の売っている時間です――」
その人が、心の底から欲している時間を見せるということ。
榎真は脂汗を浮かべ、隆之介は心なしか涙ぐんでいた。
「これ…見せてもらうには、何か代償がいるんじゃねぇのか」
かすれた声で問う榎真に、時間屋は首を振った。
「いいえ。私が所持している時間は、もともとあなたがた人間のもの。望まれれば、無償で差し出すのが当然です」
「人間のもの?」
「はい。あなたがた人間が生活していく上で、無駄にしてしまったと感じた時間が、私が売ることのできる時間となるのです」
日々の生活で、時間を無駄にしたと感じたことない人は多分いないだろう。
ほんのささいなことでも――たとえば電車の時間を勘違いして、10分も待つ羽目になった、とか。
せっかくの休日なのに何もしないで終わってしまった、とか。
そんな風に思うことの積み重ねが『時間屋』を生んだと、時間屋は語った。
「だけど実際、あんたと一緒にいるのを最後に、行方不明になってる子もいるんだぜ?」
「時間を与える代償に、時の狭間とやらに閉じ込めてるんじゃないのか」
ふたりの詰問にも動じることなく、時間屋は答える。
「ずっとその時にいたいと望まれれば、とどまることを許すこともあります。しかしあなたたちが探している人はここにはいません。だって私は、誰かに目撃されるような方法で時間を売ったりはしませんから」
そういえば、時間屋に会ったときには【外】と【内】とで時間を切り離されていた。
こちらからは誰の姿も見えなかったように、向こうからも自分たちの姿は見えなかったはずだ。
「ってことは先輩、あゆみとかいう子の狂言ってわけか?」
歯噛みする榎真に、隆之介は舌打ちして肯定する。
「ああ、そうらしいな」
「もとの時間にお戻りなさい――あなたたちは現在を生きなくてはならないのですから」
時間屋が、空を指差した。
ふたりがつられて見上げると――喧騒が二人を包んだ。
「戻った…」
あふれんばかりの人の波の真ん中に、ふたりは立っている。いつの間にか時間屋の姿はどこにもなくなっていた。
「さて、榎真。あゆみちゃんのところに行くぞっ」
すでに走り出しながら、隆之介は手招きした。榎真も、それに続いて走り出す。

(急がなくちゃな。遠回りの捜査で、時間を無駄にしちまったから――)

時間屋が売る『時間』は、こうして無限に増えつづけていくのだ。

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■      登場人物(この物語に登場した人物の一覧)     ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
  / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 0365 / 大上隆之介(おおかみ・りゅうのすけ)
                    / 男 / 300 / 大学生 】
【 0294 / 四宮杞槙(しぐう・こまき)
                 / 女 / 15 / カゴの中のお嬢様 】
【 0115 / 獅王・一葉(しおう・かずは)
                   / 女 / 20 / 大学生 】
【 0231 / 直弘・榎真(なおひろ・かざね)
             / 男 / 18 / 日本古来からの天狗 】

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■              ライター通信             ■
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お待たせいたしました。『時間を売る男』担当ライターの多摩仙太です。
今回の依頼は、冒頭の草間のセリフが、皆さんを惑わす結果となったのではないでしょうか。
ただ、その中でも的確に事件の中枢を見抜いているカタがいましたので、興信所のお仕事としては成功だと言っていいと思います。
今回はそれぞれの個別パートが大部分をしめています。
ですので他の方の作品に目を通していただけると、また発見があると思います。お暇なときにでも読んでみて下さいませ。
それでは、また別の依頼で会えることを願いつつ、今回はこのあたりで失礼させていただきます。

▼大上隆之介様
初めてのご依頼、どうもありがとうございました。
いただいたプレイングをもとに、今回はさやか嬢をみつけるほうでの参加ではなく、己の過去を知るため時間屋に会うほうでの参加ということにいたしました。
えぇと、少しでも満足していただければ幸いです。
設定から、まだ自分が狼であるということを全く思い出していない、というふうに判断したので、あのような回想になったのですが…もしかけはなれてしまっていたらゴメンナサイ。
次にご依頼いただけるときには、そのあたりを詳しく聞かせていただけると嬉しいです。
それでは…。