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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


時間を売る男
▼オープニング 草間興信所にて
−依頼者−
木村もとか

−依頼内容−
娘のさやかがもう1ヶ月、家に帰ってこない。普段から夜遊びが激しく、帰らないことが頻繁にあったので、はじめの数日は放っておいたのだが、いくらなんでも・・・と思い携帯に電話をしたが、電源が切れているらしく全く繋がらない。
唯一証言したのは、さやかの親友あゆみで、最後に会った日、さやかは渋谷駅を黒いタキシードの男と歩いていたという。
警察に捜索願いは出したが、まったく動いてもらえない。どうかさやかを探し出して欲しい…

「そういえば…」
依頼者の話をまとめた用紙を見ながら、草間はつぶやいた。
「最近、渋谷駅に現れる『時間屋』ってヤツがいるって聞いたな…」
草間が聞いた噂によると、渋谷駅近辺でタキシード姿の若い男が『あなたは時間が欲しいですか?お望みならば、私があなたに時間を差し上げましょう』と声をかけてくるのだと言う。
そして欲しいと答えると、時の狭間に連れ去られてしまうらしい――。
「まさかとは思うが、何人か調査に向かわせるか…」

▼お嬢様、渋谷へ行く
JR渋谷駅の入り口に、一組の男女が佇んでいた。
スーツ姿に身を固めた姿勢のいい美青年と、桜色のワンピースの可憐な少女である。
「ねぇ、佳凛(かりん)…渋谷駅って、とっても人が多いのね」
少女は驚いたように青年を見上げた。佳凛と呼ばれた青年はスッとうなずく。
「ええ…多数の電車の路線が交差していますし、店も多いですから」
きょろきょろと少女は辺りを見回して、初めて見た風景に目を輝かせた。
少女の名は四宮杞槙(しぐう・こまき)。古くからある良家の一人娘である。
幼い頃に母親とは死別、事情があって学校に入っていないため、ほとんどを家の中で過ごしている。
いわゆる『箱入り娘』だ。
一緒にいる佳凛はボディーガードである。杞槙を溺愛する父親が、心配だからといって常に行動をともにさせているのだ。
幼い頃から共に過ごしていて、杞槙にとって佳凛は兄のような存在だった。
「今度はお買い物に来たいわね」
一度にっこり笑ってから、杞槙は顔を引き締めた。
今日は遊びに来たわけではない。行方不明の木村さやかを見つけるために、生まれてから数回しかのったことのない電車に乗って、ここ渋谷まで来たのだから。
「きっと、もとかお母様も心配していらっしゃるし…早く見つけたいね」
「はい」
杞槙に母親はいないが、もしいたらどうだろうと想像してみた。
きっと杞槙が行方不明になったら、ひどく悲しむに違いない。
「まずはね、その『時間屋』さんを探さなきゃ」
「お嬢様…もしや、聞き込みをするつもりですか?」
「聞き込み?」
佳凛に止められて、杞槙はオウム返しに聞いた。
「はい。いろいろな人に、何か知っていることはないかを尋ねてまわることです」
「聞き込みって言うのね。そうよ、そうするつもりだけれど」
笑顔でうなずく杞槙に、はじめからわかっていたように佳凛は苦笑した。
なにしろ大切に育てられた『杞槙お嬢様』は世間の事情にうとい。
東京の人たちは自分の目的にむかって、足早に歩いていってしまうのだということを知らないのだ。
「失礼ですが、お嬢様。声をかけても足を止めてくれる人など、おそらく――」
いないでしょう、と佳凛が言おうとした時。
「あの、ちょっとすいません」
いつの間にか杞槙たちの正面に、ひとりの少年が立っていた。
黒に近い濃紺の髪と、めずらしい赤い瞳をした少年の学ランの襟元からは、赤いトレーナーのフードがのぞいている。
少年は写真をこちらに差し出して、こう尋ねてきた。
「この女の子を捜してるんだけど、知らねぇかな?」
その写真には見覚えがあった。杞槙は思わず小さく叫ぶ。
「あっ…!」
それは、さきほど草間興信所で見た木村さやかの写真だった。

▼意外な出逢い
「これって、木村さやかさんですよね?」
桜色のワンピースの四宮杞槙(しぐう・こまき)が写真の少女を指さすと、学ラン少年・直弘榎真(なおひろ・かざね)は、一瞬目を輝かせた。
「知り合い?」
「いいえ」
杞槙が答えると、榎真はガクッと肩を落とす。きょとんとして、杞槙は続けた。
「私はある興信所の者で…この人を捜しているところなんです」
「は?」
じゃあ同じ草間興信所の?と榎真が聞くと、今度は杞槙が目を丸くした。
お互いに自己紹介をすませ――もちろんボディーガード役の佳凛(かりん)も忘れずに紹介し、3人は一緒に調査をすることになった。
大人数の方が効率が良いということで、意見が一致したからだ。
「とりあえず、俺は向こうに回るよ。四宮と佳凛さんはあっちに。30分したら、またここで落ち合おうぜ」
「わかりました」
念のため、榎真と佳凛が携帯の番号を教え合ってから(杞槙は持っていないので)、二手に分かれた。

▼事件発生
そして大した収穫もなく約束の30分が経過した。
「榎真様、遅いね…」
待ち合わせ場所で、ぽつりと杞槙がため息をもらす。
待てども待てども、榎真は姿を見せなかった。
「それでは携帯に連絡をしてみましょうか」
佳凛が電話をしたが、繋がらない。まったく何の音もしないのである。
「どうしたのかな?」
まさか先に帰っちゃったってことはないよね、と不安そうに見上げる杞槙に、佳凛は首を振った。
一緒に調べると決め、連絡先も教えておいたのに、勝手にいなくなると言うことは考えにくい。
「お嬢様、一度草間さんに連絡してみましょう」
もしかしたら何かに巻き込まれた可能性がある。
佳凛の提案で、杞槙は自分で草間に電話をした。
話を聞き終わると草間は、調査員を全員集めるから一度帰ってくるように、と言った。
「はい…」
意気消沈して、杞槙はうなずく。
自分のせいではないけれど、榎真がいなくなってしまったことに責任を感じるのだった――。

▼行方不明の人々
草間興信所には、3名の女性と2名の男性が集まった。
木村さやかの家の調査から呼び戻されたシュライン・エマ。
さやかの通っていた高校の調査から呼び戻された獅王一葉(しおう・かずは)。
渋谷駅にて聞き込みをしていた四宮杞槙(しぐう・こまき)とボディーガードの佳凛(かりん)。
そして所長の草間武彦である。
「榎真がいなくなったっちゅーのは、どういうことやねん?」
友人の身を案じてか、苛立ちを隠せない一葉を、シュラインがなだめた。
「おちついて、一葉」
「あ、ああ…悪かったわ」
「あの…榎真様とは渋谷駅でお会いして、二手に分かれて『聞き込み』をしていたのです。でも、落ち合う約束の時間をすぎても、全然いらっしゃらなくて」
おずおずと杞槙が口を開いた。
それを聞いて、一葉は腕組みする。
「おかしいな。あいつ、時間は絶対守るはずやねんけど」
「それから大上も消息を絶ってる」
草間はため息とともに大上隆之介(おおかみ・りゅうのすけ)の名を吐き出した。
大上は合コン好きな大学生で、今回のこの調査に参加していた1人である。
「いっぺんに2人も連絡が取れなくなるなんておかしいわよね」
シュラインも眉間にしわを寄せた。
ふたりとも携帯電話が全く反応しない。
呼び出し音や電話局のアナウンスが流れるのではなく、無音なのだ。
「いなくなったんは渋谷駅やゆうてたな。時間屋ってヤツの仕業ちゃうんか?」
「私も渋谷駅にいましたけど、それらしい人はどこにも…」
「それに、共に行動すると決めたあとでした。単独行動をなさるとは思えません」
暗い顔で杞槙は首を振った。それを佳凛が横から支える。
「大上さんも渋谷駅にいたのかしら」
「わからん。あいつは話を聞いたらさっさと出ちまったからな」
「とりあえず…わたしたちはわたしたちに出来ることをしましょう」
シュラインが一同を見回して言った。
「せやけど、シュラインはん」
「早いところさやかさんを見つけて、それからゆっくり時間屋とやらに会いに行けばいいわ」
「さやかがどこにいるか、わかったのか?」
草間の問いに、シュラインは目を伏せる。
「いいえ。でも、時間屋は関係ない可能性も大きいと思うの」
シュラインは、木村家で聞いてきたことを簡単に説明した。
母子家庭で、最近では全く親子の会話もないこと。
それどころか顔すら会わせない日々が続いていたこと。
「そら、家に帰りたくもなくなるわなぁ」
呆れたように肩をすくめる一葉。
「たしかに、あゆみも母親のことを警戒しとった。あゆみが匿ってる可能性もあるな」
「なるほどな。それで、居場所は?」
「たしか、池袋の『ブラスト』っちゅうクラブに、よく行っとるらしいわ」

▼エピローグ
一葉の情報を元に、シュライン、杞槙、一葉の3人は『ブラスト』へ向かった。
そこで運良くさやかを見つけ、家へ帰るように説得したが、少女は応じなかった。
「なんだか後味の悪い事件ね」
クラブを出たところでシュラインがため息をつくと、あとの2人も無言で同意する。
「ま、調査結果はありのままを伝えるしかないでしょうね」
母と娘がもう一度やり直せるかどうかは、今後の本人達次第だというわけだ。
しかしシュラインが、母親が会社を休んで、体調を崩しながらもさやかの帰りを待っていることを伝えたとき、ほんの一瞬だがさやかの表情が変わったように見えた。
まだチャンスは残されているのかもしれない。
「結局、時間屋さんは関係なかったんですね」
ポツリと杞槙がつぶやいた。
『時間屋』の噂には続きがあって、心の底から時間を欲している人しか、時間屋には出会えないのだという。
ティーン向けの雑誌で、おもしろおかしく紹介されていたのを覚えていたあゆみが、とっさに嘘をついたらしい。
「私はどう頑張っても会えないでしょうね」
シュラインは苦笑を浮かべた。今持っている時間だけで十分だと考えるシュラインは、決して時間屋に会うことはないだろう。
「せやな。過去も未来も、もちろん現在も、大事な自分だけのもんや。他人にどうこうしてもらう気はないわ」
「そうですね。私も、現在がいちばん大事ですから」
一葉も杞槙も、笑顔で続けた。
「さて。行方のわからなくなった男性陣を探すとしましょうか」
どちらが依頼人で探偵なのかわからない、と苦笑しつつ、3人は歩き出す――かけがえのないの現在を…。

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■      登場人物(この物語に登場した人物の一覧)     ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
  / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 0365 / 大上隆之介(おおかみ・りゅうのすけ)
                    / 男 / 300 / 大学生 】
【 0294 / 四宮杞槙(しぐう・こまき)
                 / 女 / 15 / カゴの中のお嬢様 】
【 0115 / 獅王・一葉(しおう・かずは)
                   / 女 / 20 / 大学生 】
【 0231 / 直弘・榎真(なおひろ・かざね)
             / 男 / 18 / 日本古来からの天狗 】

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■              ライター通信             ■
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お待たせいたしました。『時間を売る男』担当ライターの多摩仙太です。
今回の依頼は、冒頭の草間のセリフが、皆さんを惑わす結果となったのではないでしょうか。
ただ、その中でも的確に事件の中枢を見抜いているカタがいましたので、興信所のお仕事としては成功だと言っていいと思います。
今回はそれぞれの個別パートが大部分をしめています。
ですので他の方の作品に目を通していただけると、また発見があると思います。お暇なときにでも読んでみて下さいませ。
それでは、また別の依頼で会えることを願いつつ、今回はこのあたりで失礼させていただきます。

▼四宮杞槙様
初めてのご依頼、どうもありがとうございました。
プレイングでは時間屋の調査が中心で、事件の解決に劇的な貢献はありませんでしたが、四宮さんがいなければ直弘榎真氏は誰にも知られず、ひっそりといなくなっていたでしょう。
その意味では、とても重要な役割を果たして下さいました。
また佳凛さんとの会話を書くのが楽しかったので、また機会があれば書かせて下さいませ。
それでは、また御縁があったらよろしくお願いします。