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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


時間を売る男
▼オープニング 草間興信所にて
−依頼者−
木村もとか

−依頼内容−
娘のさやかがもう1ヶ月、家に帰ってこない。普段から夜遊びが激しく、帰らないことが頻繁にあったので、はじめの数日は放っておいたのだが、いくらなんでも・・・と思い携帯に電話をしたが、電源が切れているらしく全く繋がらない。
唯一証言したのは、さやかの親友あゆみで、最後に会った日、さやかは渋谷駅を黒いタキシードの男と歩いていたという。
警察に捜索願いは出したが、まったく動いてもらえない。どうかさやかを探し出して欲しい…

「そういえば…」
依頼者の話をまとめた用紙を見ながら、草間はつぶやいた。
「最近、渋谷駅に現れる『時間屋』ってヤツがいるって聞いたな…」
草間が聞いた噂によると、渋谷駅近辺でタキシード姿の若い男が『あなたは時間が欲しいですか?お望みならば、私があなたに時間を差し上げましょう』と声をかけてくるのだと言う。
そして欲しいと答えると、時の狭間に連れ去られてしまうらしい――。
「まさかとは思うが、何人か調査に向かわせるか…」

▼写真を持って聞き込み
雑踏にまぎれ、不機嫌そうな顔で渋谷駅構内を歩く少年がいた。
年のころは17、8歳といったところだろうか。黒に近い濃紺の髪に、めずらしい赤い瞳。学ランからは赤いトレーナーのフードがのぞいている。
それなりに整った顔をゆがめて、その少年はつぶやいた。
「こういうのは苦手なんだよ…」
右手に持っているのは写真である。写っているのは、現在行方不明の木村さやかだ。
草間に頼まれ調査にやってきた直弘榎真(なおひろ・かざね)は、その写真を持て余したようにヒラヒラとふった。
少女が最後に目撃された渋谷駅に来たのは良いが、聞き込み調査とは。
草間から話を聞いて、タキシードの男に会って白黒ハッキリさせるのが手っ取り早いと踏んだのだが、コンタクトをとる術がない。
悩みに悩んだ榎真が選択したのは、さやかの写真を持ってまわって、さやかと時間屋を見たことのある人がいないかを聞くという方法である。
キヨスクのおばちゃんの記憶力は侮れないと思って聞いてみたが、成果は上がらなかった。
「大体からして『時間屋』の噂って、若い奴らの間でしか流れてないんじゃねぇのか?」
ならば、おばちゃんに聞き込みをしても無駄というものである。
恥ずかしいのを我慢して聞いたのに、と落ち込む榎真だったが、気を取り直して再度聞き込みをすることにした。
今度は若い人――自分と同じ高校生をターゲットにする。
だが、まだ学校が終わる時間には早いので、制服姿はほとんど見あたらなかった。
「ったく…しゃあねぇ、少し待ってみるか」
と、榎真が諦めかけたその時。
視界のすみに、ピンク色のワンピースを着た少女と、スーツ姿の青年が映った。
なにやらふたりで話しているが、この場で話を聞けそうなのは彼らしかいない。
「あの、ちょっとすいません」
榎真が声をかけると、少女と青年はハッとしたようにこちらを見た。少し迷ったが、声をかけてしまったのだからと開き直り、尋ねる。
「この女の子を捜してるんだけど、知らねぇかな?」
そう言ってさやかの写真を見せると、少女が顕著な反応を示した。
「あっ…!」
これは当たりだ、と榎真は顔を引き締めた。

▼意外な繋がり
「これって、木村さやかさんですよね?」
桜色のワンピースの四宮杞槙(しぐう・こまき)が写真の少女を指さすと、学ラン少年・直弘榎真(なおひろ・かざね)は、一瞬目を輝かせた。
「知り合い?」
「いいえ」
杞槙が答えると、榎真はガクッと肩を落とす。きょとんとして、杞槙は続けた。
「私はある興信所の者で…この人を捜しているところなんです」
「は?」
じゃあ同じ草間興信所の?と榎真が聞くと、今度は杞槙が目を丸くした。
お互いに自己紹介をすませ――もちろんボディーガード役の佳凛(かりん)も忘れずに紹介し、3人は一緒に調査をすることになった。
大人数の方が効率が良いということで、意見が一致したからだ。
「とりあえず、俺は向こうに回るよ。四宮と佳凛さんはあっちに。30分したら、またここで落ち合おうぜ」
「わかりました」
念のため、榎真と佳凛が携帯の番号を教え合ってから(杞槙は持っていないので)、二手に分かれた。

▼渋谷駅前 偶然の出逢い
「げっ、大上先輩?」
「お、榎真じゃんか」
渋谷のハチ公前で、ふたり――大上隆之介(おおかみ・りゅうのすけ)と直弘榎真(なおひろ・かざね)はバッタリ出くわした。
「何してる――って、痛ててててっ」
「げっ、ていうのは何だろうねぇ、榎真くん?」
隆之介は榎真の頭を抱え込むと、いたずらっぽい笑みを浮かべた。
「俺は悲しいよ、大好きなおまえにそんな邪険にされてさ」
「とか言って声が笑ってるぞっ」
「ははは、バレたか」
拘束を解かれた榎真は、ニヤニヤ笑う隆之介を見上げる。
男子高生としては標準的身長の榎真よりも、隆之介のほうがだいぶ背が高い。
「で、何やってるんだよ先輩は」
憮然とした表情で、榎真は尋ねた。
「ちょっと草間さんに頼まれてね」
「先輩も?」
「も、ってことはおまえも、か」
ふたりはお互いに指差しあって、これまでに調べた情報を交換する。
榎真は聞きこみ中で戦果ゼロ、隆之介も、『時間屋』に連れ去られたらしい、というあいまいな情報しか得られていなかった。
「とりあえず、その『時間屋』とやらを探すのが先決かと思ったんだけどな」
だんだんと学校帰りの高校生の姿が増えはじめた渋谷駅前。
しかし黒いタキシードの男の姿など、どこにも見当たらなかった。
「大上先輩は、もし時間屋に会ったら、なんて答える?」
榎真は、なにげなく隣に立つ隆之介に聞いた。
「そうだなぁ…」
隆之介は、3年前までの記憶がない。
だからもし時間屋に会ったら、無くしてしまった過去を売ってもらうつもりでいた。
大切な何かを探していた気がするから――。
「おまえはどうだ?榎真」
「俺は別に…」
急にふられて、榎真は慌てた。
天狗の力を持つ榎真だが、もともとはごく普通の人間だった。
記憶に残っていない、力を得るキッカケとなった事件のことを、心の底では知りたい気がするが、制止をかける自分もいる。
「あなたたちは、時間を欲しているのですね」
『――!?』
突然、鈴の音のような涼しげな声が背後から聞こえた。
いままでそこには誰もいなかったはずだ。ふたりは離れて身構える。
そこに立っていたのは、黒いタキシード姿で、憂いを帯びた微笑を浮かべる男。
「あんたが時間屋、か?」
隆之介の刺すような問いかけに、男は無言でうなずいた。
いつの間にか榎真と隆之介、時間屋を除いた人々の姿が、駅前から忽然と姿を消している。
「あちらの世界とは時間を切り離しました」
「時間を切り離した?」
「ええ…あなたがたとの話を邪魔されたくなかったので」
榎真が首を傾げると、時間屋はさらに笑みを深くした。
「あなたは時間が欲しいですか?私がお望みの時間を売ってさしあげましょう」
その言葉と共に、急速に視界がぼやけていく――

▼記憶の糸
「はぁ、はぁ……ッ」
ガサガサと足元の落ち葉が鳴った。
しかしそんなことも気にせず、榎真は愛宕山を必死に走っていた。
「嘘だろ…っ」
ふらりと迷い込んだ山中で、まさかあんなものを目撃するとは思わなかった。
まさか、殺人現場なんて――。
(やめろ…やめてくれ)
榎真の後ろから、さらに大きな音を立てて、誰かが追ってくる。
振り向いたらわかるだろう――血走った目と、赤いものに塗れた手が。
「待て…見たんだろう、おまえッ」
低く獣がうなるような男の怒号。
榎間の足がもつれて、転倒した。
とたんに男にのしかかられ、榎真は恐怖のあまりに声も出せず、だが必死に抵抗する。
「やめてくれ!!」
それはその時、自分が叫んだ声だっただろうか。それとも――

▼『時間屋』
気がつくと、もといた場所に立っていた。
もちろん先ほどと変わらない時間屋の微笑が、ふたりを見守っている。
「それが私の売っている時間です――」
その人が、心の底から欲している時間を見せるということ。
榎真は脂汗を浮かべ、隆之介は心なしか涙ぐんでいた。
「これ…見せてもらうには、何か代償がいるんじゃねぇのか」
かすれた声で問う榎真に、時間屋は首を振った。
「いいえ。私が所持している時間は、もともとあなたがた人間のもの。望まれれば、無償で差し出すのが当然です」
「人間のもの?」
「はい。あなたがた人間が生活していく上で、無駄にしてしまったと感じた時間が、私が売ることのできる時間となるのです」
日々の生活で、時間を無駄にしたと感じたことない人は多分いないだろう。
ほんのささいなことでも――たとえば電車の時間を勘違いして、10分も待つ羽目になった、とか。
せっかくの休日なのに何もしないで終わってしまった、とか。
そんな風に思うことの積み重ねが『時間屋』を生んだと、時間屋は語った。
「だけど実際、あんたと一緒にいるのを最後に、行方不明になってる子もいるんだぜ?」
「時間を与える代償に、時の狭間とやらに閉じ込めてるんじゃないのか」
ふたりの詰問にも動じることなく、時間屋は答える。
「ずっとその時にいたいと望まれれば、とどまることを許すこともあります。しかしあなたたちが探している人はここにはいません。だって私は、誰かに目撃されるような方法で時間を売ったりはしませんから」
そういえば、時間屋に会ったときには【外】と【内】とで時間を切り離されていた。
こちらからは誰の姿も見えなかったように、向こうからも自分たちの姿は見えなかったはずだ。
「ってことは先輩、ハズレってことか?」
歯噛みする榎真に、隆之介は舌打ちして肯定する。
「ああ、そうらしいな」
「もとの時間にお戻りなさい――あなたたちは現在を生きなくてはならないのですから」
時間屋が、空を指差した。
ふたりがつられて見上げると――喧騒が二人を包んだ。
「戻った…」
あふれんばかりの人の波の真ん中に、ふたりは立っている。いつの間にか時間屋の姿はどこにもなくなっていた。
「おい、榎真。行くぞっ」
すでに走り出しながら、隆之介は手招きした。榎真も、それに続いて走り出す。

(急がなくちゃな。遠回りの捜査で、時間を無駄にしちまったから――)

時間屋が売る『時間』は、こうして無限に増えつづけていくのだ。

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■      登場人物(この物語に登場した人物の一覧)     ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
  / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 0365 / 大上隆之介(おおかみ・りゅうのすけ)
                    / 男 / 300 / 大学生 】
【 0294 / 四宮杞槙(しぐう・こまき)
                 / 女 / 15 / カゴの中のお嬢様 】
【 0115 / 獅王・一葉(しおう・かずは)
                   / 女 / 20 / 大学生 】
【 0231 / 直弘・榎真(なおひろ・かざね)
             / 男 / 18 / 日本古来からの天狗 】

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■              ライター通信             ■
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お待たせいたしました。『時間を売る男』担当ライターの多摩仙太です。
今回の依頼は、冒頭の草間のセリフが、皆さんを惑わす結果となったのではないでしょうか。
ただ、その中でも的確に事件の中枢を見抜いているカタがいましたので、興信所のお仕事としては成功だと言っていいと思います。
今回はそれぞれの個別パートが大部分をしめています。
ですので他の方の作品に目を通していただけると、また発見があると思います。お暇なときにでも読んでみて下さいませ。
それでは、また別の依頼で会えることを願いつつ、今回はこのあたりで失礼させていただきます。

▼直弘榎真様
2回目のご依頼、ありがとうございました。
今回は時間屋に会って過去をかいま見る…というストーリー展開でしたが、いかがでしたか?
気に入っていただければ幸いです。
またまた設定ページを参考にさせていただいたので、大ハズレにはなっていないと思うのですが…よかったらまたお暇なときにでも、感想を聞かせて下さいませ。
それでは、また次の依頼でお会いしましょう。