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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


迷宮への誘い(いざない)
●オープニング【0】
 ある日、メールボックスに奇妙なメールが届いていた。そのタイトルは『招待状』。
 訝りながらもメールを開いてみると、次のような文句が最初に目に飛び込んできた。
『あなたを時の迷宮へご招待いたします』
 ……胡散臭い。その時点で読むのを止め、メールを削除した。何とも馬鹿らしいメールである。
 だが、眠る頃にはそんなこともすっかり忘れていた。
 その翌朝。いつものように目覚めてみると、そこは見知らぬ場所だった。自分の部屋で寝ていたはずなのに、何故か居るのは壁も床も天井も真っ白な正方形の部屋。そして四方に紅いドアがあり、部屋の中央には全く動かぬ大きな柱時計。
 何事かと戸惑いながらも、近くのドアを開いてみた。するとそこにも全く同じ造りの部屋が。おまけに、自分みたいに戸惑ってる者までついている。他のドアを開けても同様だった。
 他の者に話を聞いてみると、やはり『招待状』を受け取った夜にこうなってしまったらしい。まさかここが『時の迷宮』?
 調べてみるとこの迷宮、四方でループしているらしい。はて、そうすると出口はどこ?
 柱時計が気になるけれど……どうやって脱出しよう? その前に、ここいくつ部屋あるんだ?

●センス【1H】
「趣味がいい、とはお世辞にも言えないかもね」
 目覚めたシュライン・エマの第一声がそれだった。
 白い部屋の四方に紅いドア、そして部屋の中央には動かぬ柱時計。どこをどうやったら、こんな部屋になるのだろうか?
 シュラインはゆっくりと部屋の中を見回した。柱時計以外何もない部屋だった。
「ホテル……じゃないのは確かだわ」
 苦笑するシュライン。第一、ベッドも何もないホテルなぞあるはずもない。少なくとも、某探偵でももう少しましな所を選ぶことだろう。
 そんな冗談はさておき、シュラインは昨日の行動を思い返すことにした。確か昨日は1日翻訳の仕事にかかりきりだった。途中メールの確認を何度かしたが、それ以外特に変わった行動はしてはいない。
(ん、ひょっとして)
 ふとあることを思い出すシュライン。昨日届いていたメールの中に、1通妙なメールが紛れ込んでいた。文面は『時の迷宮』だか何だか知らないが、そこへの招待状だった記憶がある。もっとも、詳しく読んでいないのだが。
「『時の迷宮』ね……」
 シュラインはふうっと溜息を吐いた。そして床から立ち上がると、手近なドアへすたすたと向かった。
 少なくとも動かないことには話にならない。シュラインはドアをゆっくりと押した――。

●招かれた理由は【2】
 四方に紅いドアのある白い部屋に、10名もの男女が集まっていた。さすがにこれだけの人数だと部屋が狭く感じてしまう。ただ、部屋をより狭く感じさせているのは、中央にある動かぬ柱時計なのだが。
「……つまりこういうことね」
 全員の言葉を聞いていて、シュライン・エマがまとめるように言った。
「ここに居る全員、あの妙なメールを受け取った後でこの場に連れてこられた。でしょう?」
 そのシュラインの言葉に、ある者たちは頷き、またある者たちは無言だった。しかし異論が出なかったということは、その通りであると言うことだろう。
「問題は……誰が何の目的で俺たちを呼んだのか、だ」
 そう言ったのは壁にもたれかかっている白衣をまとった青年、紫月夾だった。
「誰か、それらしき奴に出会ったのか?」
 榊杜夏生、望月彩也、志神みかねの3人の少女たちが顔を見合わせた。この部屋には夏生と彩也の2人が最初から居り、それに最初に合流したのがみかねだった。そこから順番に他の者たちもこの部屋にやってきていた。その間、3人とも怪しい者は見ていない。
「いいや。少なくとも僕らはそんな奴、見てもいない」
 緑の瞳を持つ細身の少年、世羅・フロウライトがきっぱりと言った。その左手は世羅に隠れるように寄り添っていたお下げ髪の少女、王鈴花の右手をしっかと握りしめていた。
「同じくよ。ね、斗南」
 世羅より幼く鈴花より大人びた少女、慧蓮・エーリエルが腕に抱えていた黒猫の斗南に語りかけるようにつぶやいた。
「すみません……ボクも見ていません」
 申し訳なさそうに唐縞黒駒が言った。年齢からすれば夾と同い年のはずなのだが、童顔かつ背の低さゆえにとてもそうは思えない。
「僕も見てないな」
 この中で一番年長らしい室田充は、そう言って小さく欠伸した。欠伸した拍子に眼鏡が少しずれ、慌てて直していた。
 結局誰も怪しい者を見ていないということが分かった時、部屋の中に笑い声が響き渡った。その声の感じからは少女のようであった。
「くすくすくす……☆ 嬉しいな、こんなに仲間が増えちゃって☆」
 身構える夾。鈴花を自らの背後に隠す世羅。きょとんと目をぱちくりさせている彩也。反応は様々だったが、シュラインは冷静に声の出所を探していた。そして誰も居ない空間をまっすぐ指差す。
「そこに誰か居るのっ?」
 一斉に皆の視線が集中した。
「あれ、分かっちゃった? しょーがないや……えいっ☆」
 そんな声と共に、何もなかった空間に人が突如姿を現した。だが人と言っていいのだろうか。何故なら短髪黒髪の上には黒いうさ耳が生えていたのだから――。

●うさ耳娘と【3】
「う……うさぎ?」
 唖然とした表情を浮かべる夏生。そりゃそうだろう、頭にうさ耳が生えてたらそんな反応もしようというものだ。
「『不思議の国のアリス』みたい……」
 一方彩也からは感嘆のつぶやきが漏れていた。
「うさぎじゃないよ☆ ボクにはターニャって名前があるんだから☆」
 何故か胸を張って答える小柄なターニャ。半ズボンに長袖シャツという少年ぽい服装だったが、胸の小さな膨らみを見る限りでは少女のようであった。
「ターニャだかマーニャだか知らないが」
 ターニャの背後から声がした。夾だ。ターニャが話している間に、気付かれぬよう背後に回り込んでいたのだ。
「返答次第ではどうなるかは……分かるよな。さあ、俺たちをここへ連れてきた理由を話してもらおうか」
 話振りこそ静かだったが、刃を突き付けるような夾の言葉だった。
「し……知らないよっ! ボクだって、気付いたら1人でここに居たんだから!」
「1人で?」
 そう言ったのはみかねだった。てっきりターニャが連れてきたのだと思ったが、風向きがどうも違う。
「そう、1人でだよ。どのくらい居たかは分からないけど……気付いたら皆がやってきて。ボクちょっと怖かったから、姿を消してたんだ」
 どうやらターニャには姿を消す能力があるらしかった。
「つまり……この娘が連れてきた訳じゃないのね。今の話をそのまま受け入れるなら、だけど」
 首から下げた薄い色付き眼鏡を弄びながら、シュラインが言った。正直、半信半疑であったが。
「たぶんそれ以上尋ねても無理だわ。この子、知らないって顔してるもの。斗南もそう思うでしょう?」
 血のように紅い瞳でターニャを見つめながら、くすくす笑う慧蓮。
「ニー」
 同意するかのように斗南が鳴いた。

●チーズケーキと口紅【4】
「あ、そうです!」
 思い出したかのように彩也がパンッと手を叩いた。たちまち視線が彩也に集まる。
「ご招待されましたのに、お渡しするお土産が何もありません!」
 真顔で言う彩也。部屋中に何とも言えない空気が漂った。充が呆れたように顔を押さえていた。
「彩也ちゃん……それはちょっとどうかなと……」
 夏生がぽんぽんと彩也の肩を叩いた。だが彩也は気にした様子もなく、1人で話を進めていった。
「ふに……これが夢なら昨日作ったチーズケーキが出て来てくれないでしょうか。チーズケーキ……美味しく焼けましたのに」
「出てくる訳ないよ」
 ふうっと世羅が溜息を吐いた。だが――。
 ゴトッ! やや鈍い音が部屋中に響いた。
「えっ……?」
 音のした方を振り返り、驚きの表情を浮かべるみかね。視線の先、床の上には大皿に載ったチーズケーキがあったのだ。
「…………」
 誰しもが思わず黙り込んでしまった。何故ここにチーズケーキがあるのだろうか?
(これはひょっとして……)
 慧蓮の脳裏にある考えが閃いた。そしてすぐにそれを実践してみることにした。
「私は椅子が欲しいわ。立ちっ放しでいないと駄目なのかしら?」
 慧蓮がそう口にした途端に、何もない空間にひょっこり椅子が出現した。木製の立派なロッキングチェアで年代物、いわゆるアンティークという奴だ。
「やっぱりそうみたい」
 くすりと微笑む慧蓮。どうやら考えは当たっていたようだ。
「どうやらここ、思考の具現化ができるようよ」
 慧蓮のその言葉で、ターニャへ視線が集中した。ふるふると頭を振るターニャ。ターニャもこんなことができるとは知らなかったらしい。
「ふうん……。なら、私は口紅か何かが欲しいわ。印に使う、ね」
 少し思案してシュラインが言った。それを聞いて、鈴花も小声で言った。
「鈴花、眼鏡……欲しいな」
 予想通り、口紅と眼鏡が出現した。が――。
「ん、鈴花? これ、ずっと前にうっかり壊しちゃった奴じゃないかい? ほら、ここに壊す前からついてた傷が……」
 眼鏡を取りに行った世羅が、フレームを指差しながら言った。
「変ね……」
 シュラインが拾い上げた口紅の色を見てつぶやいた。
「こんな色、今まであったかしら?」
「どれどれ」
 充がひょいと口紅を覗き込んだ。
「この春の新作……でもなさそうかな。それ以前でも見た記憶はないし」
 口紅についてあれこれ触れている充に対し、不思議そうに黒駒が尋ねた。
「あの……何だかお詳しいですね?」
 そう言われ、咳払いする充。
「あ、いや……妹がよく口紅見せてくるから、自然と覚えたんだ」
 充はシュラインの手にしている口紅から視線を外した。
「むー、こんなに色々と出てくるんなら、出口も出てくるのかな? 出口出てこいっ!」
 拳を突き上げて元気よく叫ぶ夏生だったが、今度ばかりは何の変化も起こらなかった。
「……地道に脱出方法探した方がいいみたいだね」
 みかねが夏生の肩をぽんぽんと叩いた。

●部屋の繋がり【5】
 一同は彩也の焼いた(と思われる)チーズケーキを食しながら、脱出方法について相談を始めた。
 一見のんびりしているようにも見えるが、充の『下手に動き回るよりか、ここに居た方が得策』という言葉を受けての行動だった。無闇に動き回って、本当に出られなくなったらそれこそ洒落にならないからだ。
 ともあれ、チーズケーキの美味しさもあってか、当初よりかなり穏やかな空気が一同の間に漂っていた。ターニャも笑顔で彩也とあれこれと会話をしていた。
「……おかしいな」
 一足早く食べ終わり、柱時計をあれこれ調べていた充がつぶやいた。
「どうしたの?」
「いや、実家の柱時計は時計の中にぜんまいがあったんだけど、これにはなくて。それに、文字盤にあるはずのぜんまいの穴も見当たらない」
 シュラインの問いに、頭を掻きながら充が答える。
「他のお部屋もそうなのかな……」
 ぼそっと鈴花がつぶやいた。この部屋だけがそうなのか、他の部屋もそうなのかでは、答えが変わってくるはずだ。
「他の部屋も調べるべきだろうが、ここはいったい何部屋あるんだ? 部屋の造りからすると、この迷宮とやらも不可思議な構造のようだが」
 そう指摘したのは夾だった。全部で何部屋あって、各々の部屋の繋がりがどのようになっているのか。それはまだきちんと把握できていない。
「斗南、扉の向こうを巡ってきて。そう、綺麗な真紅の扉だけど、行く時には扉に爪で傷を付けるのよ」
 ロッキングチェアに座っていた慧蓮が、膝上の斗南を一撫でした。斗南はぴょこんと膝上から飛び下りると、ドアの方へとことこと向かっていった。
「あ。ごめんなさい、ボクも一緒に……」
 黒駒が床から立ち上がり、斗南についてゆく。
「なら私は別のドアから……」
 先程の口紅を手にシュラインが立ち上がった。
「あのっ。ドアを開けたまま、まっすぐ巡ってきてもらえませんか?」
 みかねが2人に言った。了承する黒駒とシュライン。2人は隣り合う壁のドアから、それぞれドアを開いて進んでいった。
 黒駒の方は、黒駒がドアを開け斗南が爪で傷を付ける。シュラインの方は、ドアを開く度に床に口紅を引いた。
 一同の居る部屋から遠ざかってゆく2人と1匹。ドアを開け放しているので、小さくなる姿は一同から見えていた。そして――。
「え?」
「あら?」
 2人は意外な所から一同の前に姿を見せた。何と各々が出発したドアの反対側にあるドアから現れたのだ。
「無限ループの部屋か……やっぱり下手に動き回らなくて正解だったなあ」
 ぼそっと充がつぶやいた。確かに全員でぞろぞろと歩き回っていたら、迷いはしなくともきっと混乱していたことだろう。
 引き返し、通り過ぎた部屋の通っていないドアも調べに行くシュラインと黒駒。その間に、世羅が何やら中央の柱時計に触れていた。
「……やっぱりこの柱時計が鍵みたいだ」
 そうつぶやき後ろを振り返る世羅。そばに居た鈴花はきょろきょろと部屋を見回していた。
「どうだい、鈴花?」
 世羅が小声で尋ねた。鈴花は小さく頭を振った。どうやら芳しくはないらしい。
 結局戻ってきた2人の話を総合すると、どうやらこの迷宮は9個の部屋で構成されているらしいことが分かった。そしてどの部屋の柱時計も全く動いておらず、てんでばらばらの時刻を指していることが分かった。
 シュラインは床に各部屋の柱時計の元々の時刻を記した。

●鍵を開けて【6】
「うーん……」
 夏生は難しい顔をして考え込んでいた。どうやれば脱出できるのかと、悩んでいるのだ。
「紅いドアが前後左右に4つ。上から見ると3時、6時、9時、12時……。時計の針をそうやって合わせてみて、その短針の示す方角のドアを選んで進んで行く……ってのはどう?」
 そんな提案を夏生はしてみたが、シュラインが冷静な一言を発した。
「それも一案だけど……スタート地点はどこなの?」
 ループしているような部屋で、スタート地点を割り出すのは難しい話だ。今居る部屋がスタート地点とは限らないのだから。
 その間に、夾は時計が動くかどうか試みていた。
「針を動かすと何か起きるのかな?」
 みかねはそう言って、他の皆に了承をとってから柱時計の針を動かしてみた。だが何か起きた様子はない。開かれたままになっている四方のドアの向こうも変わった様子はない。
 みかねは柱時計の針を元に戻すと、隣の部屋へ走っていった。隣の部屋の柱時計の時刻を確認するためだ。だがそれは不調に終わった。予め確認していた時刻と、全く変わってはいなかったのだ。とすると、1つの柱時計の針を動かしても、他の柱時計とは連動していない可能性が高い。
「……どうやったら出れるのかなあ?」
 首を傾げる夏生。さっぱり光が見えてこない。
「あの……」
 恐る恐る黒駒が口を開いた。
「ボクが思うに……たぶんですね、ここはクエスト……試練なんだと思うんです」
「試練?」
 きょとんとする夏生。
「間違っていたらあれですけれど、この間のヴェルディアさん絡みの……」
「あ!」
 夏生とみかねが顔を見合わせた。つい先日、この3人は同じ事件に関わり合っていた。そしてその時出会った相手が何やら妙なことを言っていたことを思い出していた。
 もちろんそのことを知っているのはここでは3人だけで、他の7人には何のことやらさっぱり分からないのだが。
「恐らくは短慮に行動せず方程式を解くようになってると思うんですけど……すみません、僕が分かるのはこれだけです」
 申し訳なさそうに黒駒は頭を下げた。
「方程式って言われても……」
 困惑するみかね。何かしら取っ掛かりがなくては、方程式なぞ解ける訳がない。
「そういえば……皆さん、この部屋に来られる前はどこの部屋に居られたんですかぁ?」
 何気なく彩也が言った。いや、本当に何気ない一言だったのだろう。だが、それは方程式を解くための取っ掛かりとなる重要な一言だった。
「ねえ、お兄ちゃん。鈴花……他の部屋に動いたからお兄ちゃんに会えたんだよね? それまで1人だったけど……」
 鈴花が世羅に話しかけた。笑顔で頷く世羅。
「あら、私も最初は1人だったわ。もっとも、私は斗南と一緒だったけれど」
 慧蓮はそう言って、鈴花に妙な微笑みを向けた。
「……おかしくはないか?」
 夾が眉をひそめた。
「どうして1人が多いんだ? 俺も最初は1人だったが……2人以上で最初の部屋に居たのは誰だ?」
 その夾の問いに、夏生と彩也が手を挙げた。とすると、ターニャは除いたとして他の8人は全員別々の部屋に配置されていたことになる。
「なあ。最初、誰がどこの部屋に居たのか、きちんとしておいた方がいいんじゃないかな?」
 充が皆に提案した。誰も反対しない。偶然だとしても、この配置は奇妙だと皆が感じていたのだ。

A B C
D E F
G H I

 シュラインが口紅で床にこうアルファベットを書いた。
「この部屋をEとして、誰がどこに居たか書き込んでみましょ」
 その言葉を合図に、一同は思い出しながら自分が最初に居た部屋のアルファベットの下に名前を書いた。すると次のようになった。

鈴花 慧蓮 世羅
みかね 夏生・彩也 黒駒
夾 シュライン 充

「これ……ひょっとして年齢順?」
 はっとしてみかねが言った。なるほど、そういえばそうなのかもしれない。
「分かった、これがヒントになってたんだよ! 時計の時刻をこの順番で上手く設定すれば……!」
 大きく手を叩く夏生。ようやく納得のゆきそうな解が見つかった瞬間だった。
「確か、1日は24時間よね。3時間毎に区切っても8等分……1つ足りなくない?」
 シュラインが指折り数え言った。
「いいえ、足りるわよ。0時から始めて3時間毎に見てゆくと、0時、3時、6時、9時、12時、15時、18時、21時、24時……ほら9個」
 慧蓮はくすくすと笑った。
「そうと決まればさっそく針を動かしに行こう! Aの部屋が0時でと……」
 そう言って動き出す夏生だったが、それを黒駒が止めた。
「あ、待ってください! たぶん逆なんじゃ……」
「え?」
 振り返る夏生。きょとんとした表情をしていた。
「あの、恐らくこの9個の部屋……過去・現在・未来の流れを表していると思うんです。だから年上の人が過去に近くて……あっ、ご、ごめんなさいっ! 何も深い意味はありませんっ!!」
 何かに気付き、深く頭を下げる黒駒。充とシュラインが苦笑いを浮かべていた。
「じゃあ、Iの部屋が0時でAの部屋が24時で……皆で手分けしたら早いかな?」
 一同は各部屋に散らばり、柱時計の針を指定された時刻に合わせた。そして再度Eの部屋へ戻ってくる。
「これでボク、元の世界に戻れるの? 戻れるんだよね? ね? ね?」
 周囲の者たちに尋ねまくるターニャ。まだ戻れると決まった訳じゃないので、多くの者はどう答えていいものか躊躇していた。だが、彩也と鈴花だけはきっぱりとこう言った。
「もっと一緒にお話ししたり遊んだりしたかったですけど……戻れますよぉ」
「鈴花も戻れると思うよ……」
 それを聞いて、ターニャは満面の笑みを浮かべた。
「ありがとうっ☆ ボク、絶対に皆のこと忘れないからねっ☆ あ、そうだっ☆」
 ターニャはごそごそと半ズボンのポケットを探ると、何やら取り出して見せた。手のひらにいくつもの木の実が載っていた。
「これ、皆にあげるっ☆ だから……ボクのことも忘れないでねっ☆」
 ターニャは1人1人に木の実を手渡していった。その時、嬉しい中にも僅かな寂しさを感じたのは気のせいだったろうか。
「いい? 合わせるよ?」
 夏生がそう言って、ゆっくりと柱時計の針を回転させ始めた。長針が何回転もし、短針が進んでゆく。そして――12時を指す。
 最初はカチッと小さな音が聞こえた。次いでボーンボーン……と鳴り始める。それに呼応するかのように、他の部屋の時計も鳴り始めた。
 それからだ。部屋が急激に回転を始めたのは。いや、見た感じ回転している訳ではない。だが感覚として、確実に回転していたのだ。
 誰かの悲鳴が上がった。それでも回転は止まらない。それどころか、速度が増している。
 やがて耐え切れなくなり、意識が飛び――次に気付いた時は、自らの部屋のベッドの上であった。もちろん格好は眠った時のままだ。
 夢だったのか……誰しもそう思った。けれどそれは違った。何故なら、手の中にターニャが手渡してくれた、あの木の実があったのだから。

【迷宮への誘い(いざない) 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0017 / 榊杜・夏生(さかきもり・なつき)
                   / 女 / 16 / 高校生 】
【 0054 / 紫月・夾(しづき・きょう)
                   / 男 / 24 / 大学生 】
【 0076 / 室田・充(むろた・みつる)
                / 男 / 29 / サラリーマン 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
  / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 0101 / 望月・彩也(もちづき・さいや)
                   / 女 / 16 / 高校生 】
【 0140 / 世羅・フロウライト(せら・ふろうらいと)
                   / 男 / 14 / 留学生 】
【 0142 / 王・鈴花(うぉん・りんふぁ)
        / 女 / 9 / 小学生(留学生)。たまに占い師 】
【 0249 / 志神・みかね(しがみ・みかね)
                    / 女 / 15 / 学生 】
【 0418 / 唐縞・黒駒(からしま・くろこま)
                / 男 / 24 / 派遣会社職員 】
【 0487 / 慧蓮・エーリエル(えれん・えーりえる)
      / 女 / 12、3? / 旅行者(兼宝飾デザイナー) 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全14場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・さて本依頼ですが、今までと傾向が違って完全に巻き込まれ型の依頼になっています。このような感じの依頼はどうなんでしょう? 感想が楽しみでもあり、怖くもあります。
・書く前はもう少し緊迫感があるかなと思っていたんですが、書き上がったのを読み返すと……何だかほのぼのした部分がありますね。つくづく、プレイングで変わるものだなと思いました。
・今回の答えなんですが、一応2つ用意していました。1つの方はどなたも考えられなかったようですが、もう1つの方はちらほら当たっている方も居られましたね。ゆえに何とか脱出できています。少々難しかったのかもしれませんね、反省。ただ、高原担当依頼は基本的にシンプルですから……考え過ぎるとはまる可能性が。
・え、結局誰がここへ招待したのかですって? そうですね……世の中には分からないこともあるんですよ、やっぱり。過去の他の依頼に目を通してみると、自ずと分かるかもしれませんが。
・シュライン・エマさん、8度目のご参加ありがとうございます。ループはですね、あのような感じになっていました。本文では触れていないんですが、開け放したドアの結構先に自分の後頭部が見えるという状況で。時計への着目は正解でした。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。