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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


久遠堂〜冥土紀行〜

<オープニング>

「ねぇ、大変なの!久遠堂の店員さんからの書き込みがあるの」
 ゴーストネットの掲示板はこのような書き込みから始まっていた。
「『拝啓。毎度当店をご利用いただきまして有難うございます。実は先日三下様とおっしゃる方がいらっしゃいましてご家族にお会いしたと三途の川まで行かれたのですが、なんと死者に引き込まれてしまったらしくお戻りにならないのです。このままでは三下様は三途の川の奥深くに沈んでしまわれ、生きながら死者となられてしまうでしょう。どなたかお救いに参られませんか?当店としましてはなるべく死人は出したくないものでして・・・。ご協力願えればと思います』だって。誰か行ってもらえないかな。流石に三下さんが死んじゃったら目覚めが悪いもんね。場所はまた東京タワーみたいなんだけど・・」

(ライターより)

 予定締切時間 4/3 24:00

 難易度 やや難

 前回久遠堂でお祖母さんと出合った三下さんは、世をはかなんで三途の川を渡り出してしまいました。このままでは三下さんが死んでしまうかもしれません。これを救出していただくのが今回の依頼となります。ただし、三途の川には向こう岸に渡れず、川の中でもがき続ける死者がたくさんいますのでお気をつけて。また、三途の川は広いため、どこに三下さんがいるのかを探す方法も考える必要があると思われます。
 最後に忘れないでいただきたい一言。
「地獄の沙汰も金次第」 
 では地獄を満喫したいお客様のご参加をお待ちいたします。

<インターネットカフェ>

 ぶぴゅ〜。
 なんとも汚らしい音を立てて唾液混じりのコーラがパソコンの画面にかかる。
「な、な、何やってんスか三下さぁぁ〜〜〜んっ!!」
 インターネットカフェに叫び声が響き渡る。店員や客が驚いて振り向くとその視線の先には一人の少年がいた。背が高めの引き締まった体格の持ち主で、幾分幼さを残すその顔だちから見るに高校生であろうか。彼はガタンと席を立つと拳を握りしめて言い放った。
「こんなところでのんびりしてる場合じゃねぇ!三下さんを救いにいかねぇと。待ってて三下さ〜ん!」
 やおら猛ダッシュで駆け出していく少年。彼は人間離れした脚力で店を飛びだして行く。その姿を呆然と見守る店員たち。
 十秒後。
「あ〜!あいつ料金払ってねぇ!無銭飲食だ!!!」
 湖影龍之助十七歳。恋に恋するお年頃であった。

<月刊アトラス編集室>

「・・・なるほど。給料の前借りをね」
「そう、色々と物入りでしょ」
 編集長碇は目の前の女性の言葉に腕を組んで考え込んだ。給料の前払いは出来なくはないができればしたくないのである。
「何を悩んでるの?三下君救出の必要経費なんだから出してよね」
 先ほどから碇と交渉しているのは、ビジネススーツを着たどこぞの会社の秘書のような知的な雰囲気を漂わせた女性である。やや彫りが深く鼻梁の高いその容貌はどこか異国めいた雰囲気を与える。それもそのはずで彼女は純粋な日本人ではない。翻訳家兼草間興信所で事務系バイトをこなす才媛シュライン=エマというのが彼女の名だ。
「でもねぇ、帰ってこないかもしれない社員に給料を払っていうのは・・・。まだ今月半分も経ってないし」
「なにいうとんねん!三下はんが居てへんかったら、アトラスは成り立たんやろ?」
「そんなことあるわけないでしょう」
「いいや、三下はんがいなかったら編集は無理やで。なぁ」
 赤毛の女性の問いかけに編集室の人間は、碇を除いて一斉に頷いた。ボーイッシュな服装に、ショートヘアと一件少年のようにも見える彼女、獅王一葉はそれ見たことかと胸をそらして答えた。
「どや?」
「皆そんなに三下君の事気にしていたの?知らなかったわ」
 さも意外そうにその光景を見つめる碇。確かに三下という存在はこのアトラスに無くてはならない存在だ。しかしその理由は彼が優秀であるということではない。マスコットキャラでもないし、勿論アイドルでも無い。編集長碇のストレス発散のはけ口としての必要性である。兎角イライラすると八つ当たりする碇を押さえるためには、彼の存在が是非とも必要なのだ。さもないと自分たちに飛び火しかねない。編集室に三下は無くてはならないストレス発散アイテムなのだ。・・・もっともそんな扱いをしているから冥界に旅立ってしまったのだが。
「ていうわけで給料の前借分よろしくね、碇さん☆」    
  
<久遠堂にて>

 かくして三下を救出するために、東京タワーに存在する久遠堂に終結した者たちは総勢9人。当然ほとんどの人間は三下を知っているわけだか、彼の事をあまり詳しく知らない者もいるわけで・・・。
「そいつは酷いな・・・」
 獅王から三下の存在意義と、恐らくそれを苦にしての冥界行きの理由を聞かされた黛陬は苦笑した。ネクタイを占めず、黒のシャツにジャケットというラフな格好だかそれが不思議に似合っており、この男のフォーマルウェアのように感じられる。伊達に二十代後半でホストクラブ店長を勤めているわけではなく、趣味の良い着こなしをしている。情報収集のため他店のHPなどを見ていたところ、気分転換に見たゴーストネットの書き込みを見て、流石に知り合いが死にかけているのにそれを無視するのは後味が悪いので参加していた。
「不幸な人ですねぇ」
 黛の言葉にくぐもった声で頷いたのは、何とも形容しがたい不思議な雰囲気を漂わせた男だった。がっしりとした体格にもう時期的にも春になり外も暖かくなったというのに、黒のロングコートを襟を立てて着ている。黒の鍔広帽を目深に被っているため、帽子の先から見えるのはニタリと無気味な笑いを浮かべた口のみ。依頼に参加した者には探偵の無我司録と名乗っていた。だが、彼の所属する事務所の名前やそれがどこに存在するかなどはまったく明かされていない。まさしく謎の人物である。
「でもその不幸さと、この人徳・・・というのでしょうか、それは人としては稀有な存在ですね」
「三下さんはいつも不幸に見舞われていますからね」
 稀有な存在とまで言われて苦笑を隠しきれないのは大学生の七森拓己。大学の獣医学部に所属する獣医の卵だ。
「さてと、無駄話はこれで終わりにしてそろそろ三下はん助けに行こか」
 獅王の呼びかけに他の者たちは頷き、古ぼけた木造の店、久遠堂へと入っていくのだった。
「いらっしゃいませ。久遠堂へようこそ」
 いつもと違い、店に入るとすぐに店員が奥の方から姿を表しお辞儀をした。その素顔は相変らず薄暗闇の中はっきりと見えないが・・・。
「よう、また邪魔するで。今日は三下はんが冥界に行ってもうたって聞いたんやけど・・・」
 店員はバンダナを締めた青年の言葉にもう一度深くお辞儀をする。
「これはこれは・・・。鈴宮様でしたな。皆様もこのような店によくお越しくださいまして・・・。左様、此度は三下様が冥界に赴かれてしまいましてな。注意は促していたのですが、何分冥界の一歩手前の場所ですからなぁ・・・」
「そんなゴタクはどうでもええからさっさと連れてってや」
 鈴宮北斗はやや苛立った口調で店員に催促した。三下はとっくに三途の川を渡っている。急がなければ向こう岸である冥界にたどりついてしまうことだろう。それまでに何とか彼を探しあてなくてはならない。
「おお、これは失礼いたしました。では早速冥界へ御案内いたしましょう」

<三途の川>

 薄暗い洞窟の先に広がる、一見海と見まごうような長大の川三途の川。店員の案内により彼らは問題なくここまでたどり着いた。足元は石ころがたくさん転がっており、歩きづらい。
「こりゃまた陰気などこだな・・・。まぁ、地獄の入り口だからしょうがねぇか」
 脱色した神に紫色のスーツと、おおよそ陰陽師とは見えない陰陽師真名神慶悟はこの場に立ち込める陰気に眉を顰めながら、吸い終わった煙草をポイ捨てした。
「こりゃあぁぁ!こんなとこで何を捨てとるか!!!」
「うお!なんだこの小汚ねぇババァは!?」
 いきなり横合いから突っ込まれた声に真名神が慌てて振り向くと、そこには確かに彼の言葉どおり小汚いボロを着た一人の老婆が立っていた。白いザンバラ髪に、ギョロリと大きく見開かれた目。大きく耳元まで開かれた口。子供が見たら間違いなく夢で見そうな鬼婆の様相だった。
「なんて行儀の悪い死人だい!お前はもう地獄行き決定だね」
「うるせぇ!てめぇなんかにそんな事言われる筋合いはねぇよ」
 ガンを飛ばしあう二人。まぁまぁと二人の間に割って入ったのは七森だった。
「まぁまぁ、そういがみあわずに・・・。貴方が脱衣婆さんですね。実は僕たちは三下さんという方を探しにきたのですが・・・」
「三下?さぁ、知らないねぇ。ここには数え切れないほどの死人が訪れるからね。イチイチ数なんか覚えていられないのさ。それよりあんたら、死人じゃないね。生臭い匂いがする。生きてる人間がどうしてここにいるだい?」
「私がお連れしたんですよ」
 店員が脱衣婆の前に進み出た。
「おや、また旦那ですか。ということはこの連中が言っているあのひょろひょろした男のですかねぇ」
「知ってるんですか!?」
「そりゃ覚えているよ。旦那がここにいらっしゃるのは珍しいことだからね。でもあの男なら駄目だね。船にも乗らずにこの川を渡ろうとしているんだから」 
「じ、じゃあ三下さんはもう川の中に入っちゃったんすか!?」
「そうだよ。もう見なくなってしばらく経つからねぇ。川の中で溺れたかそれとも川の中で死にきれずにもがいている死者に引きずりこまれたか・・・。どちらにせよ生きてはいないだろうさ」
 ガーン! 
 無情な脱衣婆の一言に、湖影は大ショックを受けてしまった。何とか三下を助けようと、死んだ祖母の井戸端ネットワークを利用しようと、手土産に持ってきた和菓子を入れた袋が彼の手から落ちる。
 ドサッ。
 もう三下は生きていないというのか。ここまで必死に助けにきたというのに。俺の大事な心の人が・・・。いや、そんなことはない。まだ三下が死んだ姿を見たわけではないのだから、どこかで彼はもがいているのかもしれない。1%でも可能性があるのならそれに賭けるのが人間という奴だろう。
「三下さんが死んだなんて嘘だ!まだこの川のどこかにいるかもしれねぇじゃねぇか!三下さ〜ん!!!今俺が助けに行くっす!」
「あ・・・」
 小柄な少女が制止しようとしたが、恋する少年に他人の言葉に耳を傾ける余裕など無い。猛ダッシュで川の中に突っ込み川の中を突っ切っていく。川の中から手が現われ、彼を水底に静めようと亡者たちがしがみついてきたが、
「三下さん〜!!!」
 三下の事以外もはや目に入らない彼はそれらを全て蹴散らし猛進する!げにも恐ろしきは恋心か・・・。
「・・・・・・」
 一同は彼の猪突猛進ぶりを呆然と見つめた。店員と脱衣婆さえも呆れているようだ。
「と、とにかく三下さんを助けなくっちゃいけないわ。まだ生きているかもしれないし」
「三下さんのいる場所ならある程度分かっています」
 先ほど湖影を制止しようとした少女がその方角を指差した。糸のように細い髪の毛が特徴的な儚げな少女神崎美桜。精神感応能力を持つ彼女は、三下独特の弱弱しい心の波動を掴んでいた。ちなみに彼女が指し示している方角は湖影が爆走している方向の正反対の方向である。
「・・・あいつはほっとこ」
「同感」
 哀れ。湖影はほっておかれることになってしまった。哀しきは恋すると人は盲目になるということか・・・。 
「川に入るんなら船に乗るしかないよ。ま、まぁアレは別として・・・」
 脱衣婆の額にタラリと一汗。
「もうじき渡し舟から来るからそれに乗りな。ちなみに渡し賃が必要だよ。持ってきているんだろうね」
「500円玉なら・・・」
「僕はこれを」
 神埼はたくさんの500円玉を差し出し、七森は兄恭一名義のアメリカンエクスプレスカード(勿論
ゴールド)を差し出した。だが500円玉はともかく、地獄でカードを取り扱う場所があるのだろうか・・・。後で兄にボコられる覚悟はできているようだが・・・。
「これで足りなくちゃ、しょぼいけどこれも出せるわ」
 エマは札束を取り出す。勿論三下給料半年分前借したものだ。これを知ったら三下は本当の意味で自殺するだろう。
「金が必要なら幾らでも・・・」
 懐から札束を取り出しまくる無我司録。一介の探偵(自称)が用意したにしては破格の金額だ。後で徴収するつもりであろうか。謎の多い男である。
「馬鹿かお前らは!現世の金が通用すると思ってんのかい!ここの金が必要なんだよ!」
 冥界の金が必要と言われて獅王がポンと手を叩いた。
「それならウチもっとる!」
 彼女が取り出したのは六つの丸い穴が開いた硬貨、六文銭が描かれた紙だった。死後三途の川を渡る渡し賃として用いられる六文銭。だが・・・。
「アホ。紙切れだけ持ってきてどうするんじゃ!必要なのは銭じゃ」
 必要なのは銭といわれても、この時代銭を手に入れるのは至難の業だ。数が少ない上に歴史的な価値のあるものなので、見つかったとしても法外な値段がついてしまう。
「仕方がありませんねぇ・・・。私が後で支払いますからツケというてください」
 店員が助け舟を出した。
「おや、いいんですかい旦那?」
「まぁ、この方々はお客様ですからな。それに探している方も一応は当店のお客様です。この際仕方がないでしょう」
「分かりましたよ。旦那に言われちゃあしょうがない。渡し賃はツケにしときましょう。おや、噂をすればなんとやらだね。渡し舟がきたよ。旦那のご好意だ、さっさと乗りな!」

 ギィ・・・ギィ・・・ギィ・・・。
 見渡す限り水の世界が続く冷たく暗い三途の川を、一隻の丸木船が浮かんでいた。梶を取っているのはなんと骸骨の船頭である。そのしゃれこうべの顔には何の表情も映さず(当然だが)、ひたすら漕いでいる。もう何時間たったのだろう。真名神は永遠と続く川面を見つめながらぼんやりとそう思った。
「本当にこっちでいいのかよ?」
 流石に不安になったのだろう。神崎の顔を見てどう尋ねる。
「ええ、彼の波動はこの先から感じられます。でも・・・どんどん弱くなっているみたい」
「ちんたらしてる暇はねぇな。おら、しっかり漕げよ骸骨」
 腰骨に蹴りを入れる彼。
「ち、ちょっとそんなことして壊れでもしたらどうするのよ?」
 シュラインは冷や汗を流しながら真名神を止めた。こんなところで船頭がいなくなったら三下どころが自分たちすらこのだだっぴろい川の中で迷うことになってしまう。
「たく、こいつに真面目にやってんだろうな。しょうがねぇ。少し手ぇ貸してやるか。バンウンキリクタラクアク、我ここに五行水気を奉じ淀みし流れを御さん」
 真名神は真言とともに空中に五芒星を描いた。それは陰陽の術の一つで、水の動きをある程度自由に操ることができる術であった。これで川の流れが変わり、目的地に向けて早く移動できるはずだった。しかし・・・。
「あんまり変わらないですねぇ」
 無我が皮肉な笑い浮かべる。彼の言葉どおり、船の進行スピードはそれほど変わっていない。
「うるせぇな!ここは陰の気が強すぎるんだよ。術がまともにかからねぇ」
 陰陽の術は陰と陽というこの世を二分する力を調和させることによって発動される術である。しかし、ここは冥界。地上に比べてはるかに陰の気が強いのである。陰陽を用いるにはいささか難しい場所であるだろう。
「水は陰気に従うものだからな。あまり陰気を強めちまうのは避けてぇんだよ」
 あまり一箇所に陰、もしくは陽を強めてしまうと人体に悪影響を及ぼす可能性もある。いくら不良陰陽師と言えどそれくらいはわきまえているようだ。止む終えず術を弱めてしようしたものの、川の水量が多すぎてあまり効果を発揮しなかったのだ。
「じゃあ、僕がお手伝いしましょう」
 七森は水に触れると、目を閉じた。
「水よ。我が意に従え」
 代々異能者を輩出している特殊な家系七宮家。その次兄である彼の呼びかけに答えて三途の川の水はその流れを変えた。三下がいると思われる方向へと流れ出したのだ。
「おお、早くなったな。どこかの誰かさんとは大違いだな」
「ふん!」
 真名神は鼻を鳴らした。だが、不機嫌な顔になったはずの彼の顔に、ニヤリと笑みが浮かんだ。
「?どうした」
「見つけだぜ。三下をよ」
 彼があらかじめ放っておいた式神の鳥が川でバシャバシャと水をかいて溺れている三下を見つけたのだ。式神とは陰陽師が主に使う使い魔のような存在で、術者と五感を共有することができる。
「もうじきつくはずだ距離も離れていないからな」

 確かに三下は川の中でもがいて溺れていた。だがその顔は真っ青でもがく力も相当に弱まっている。このままでは力つきて水の中に沈んでしまうだろう。
「三下さん、まだ死ぬには早すぎるで!」
 そう言うなり、鈴宮は上着を脱いで三途の川に飛び込む。だが・・・。
「冷てぇ!」
 あまりの水の冷たさに慌てて船にしがみつき、這い上がる。
「な、なんやこの冷たさは!?」
 まるで骨も凍つくような冷たさである。これでは一分も泳いでいられない。七宮からタオルを借りて頭を拭きながらガタガタ震える鈴宮。
「この三途の川は極寒の水ですからな。とてもとても生きている方が泳ぐことなどできません」
 店員がクスクスと笑いながら説明した。
「そういう事ははよ言わんかい!なら三下はんとアイツはどうなんや!?」
「三下様はどなたかがお守りしているようですね。水の冷たさを幾分和らげているようです。あの方は・・・」
 まだあらぬ方向で暴走している湖影を見て、
「まぁ、問題外ということで・・・」
 様様な不思議を扱う店「久遠堂」の店員も彼のことは理解できないらしい。
「それより三下はんが危ないで。はよ助けなあかん!」
 獅王の言葉に七宮が頷き、再び水を操る。水が持ち上がり、三下はそのまま船に持ち上げられるかに見えた。しかし・・・。
「なんだありゃあ!」
 三下の身体に無数の死者がまとわりついているのである。それらはがっしりと三下の身体を掴んで離そうとしない。
「あれは三途の川を渡れずに水底でもがき苦しむ死者たちですな。彼らは一度死んでいるため死ぬこともできないまま冷たい水の中で永遠に苦しまねばなりません」
「そんな!ならどうすればええんや。無理にひっぺがせとでも言うんかい!?」
 その時、今まで船の中で座り込んでいた無我がのっそりと立ち上がった。
「やれやれ・・・。仕方がないですね」
 彼は船の先頭まで歩いていくと、その黒い帽子を脱いで死者に呼びかけた。
「死者たちよ。私の顔を見なさい」
 死者達が無我の顔を仰ぎ見ると凄まじい恐怖に囚われたような驚愕の表情になり、慌てて三下から離れて水の中に消えていった。それを見届けると彼は帽子をまた目深に被り直す。
「ふむ。これでいいでしょう」
「てめぇ、なにしやがったんだ?」
 真名神は驚きを隠せずに無我に問うた。
「何、顔を見せただけですよ。ただ、それだけ・・・」
「それで奴らあんなに怯えて逃げ出したってのかよ!?あんた一体・・・」
「知らぬが華ですよ。私は類まれなる不幸と人徳に彩られた三下さんのファンなもので。死んで貰うのは惜しいんです。彼の境遇は葉巻を咥えた一時に斉しいのでね。それで助けただけ」
 くっくっくとくぐもった声でそう笑うと、彼は再び船に座り込んだ。

 無事船に上げられた三下は、神崎の治癒能力によってなんとかその冷え切った身体を温めてもらい目を覚ました。
「あ、あれ・・・?ボクは・・・」
「あほかー!!!」
 スパーン!
 景気のいい音が鳴り響き、三下の頭にハリセンが命中した。
「いた〜い。いきなり何するんですか獅王さん!?」
「何ややない。皆にこんだけ迷惑かけといて何言うとんねん?」
 三下はハッと気が付くとがっくりと肩を落とした。
「なんでボクをほっといてくれないですか・・・。ボクはもう・・・」
「どうせ死ぬなら最後に一花咲かせてみないか?私が手伝える事は『ちょっとした女性の扱い方』ぐらいだが?」 
 無理に引き止めれば悪化するだけ。そう考えた黛は、三下とて男、自分の手伝えることである女性の扱いに関してレクチャーすることで少しはやる気を出してもらおうと元気づけてみた。
「ボクの相手は、ちょっとした程度の女性ではないんです〜!!!」
 確かにそれは言えている。依頼を受けた者は皆頷いた。
「その年で世を儚むのはちょい早すぎるんとちゃうか?あんたが死んでしもうたら、悲しむ人がぎょうさんおると思うで。生きたくても生きられへん人らもおる。その人らの分も俺らは生きなあかんと思うで」
「でも・・・」
「「私は、三下さんがこのままいなくなってしまうのは嫌です。まだ会ったばかりで何も知らない。これからいっぱいお話して友達になりたいです。私も皆さんも三下さんの事をすごく心配したんですよお願いです一緒に帰りましょう」
「色々つらいことあると思いますけど、まあ、頑張って生きていきましょう、ね?僕でよければ友達になりますし、愚痴も聞きますよ」
「・・・・・・」
 鈴宮、神崎、七宮の励ましに考え込む三下。煮え切らないその態度にプチンと頭の中で何かが切れる音がした真名神はやおら立ち上がると、三下の襟首を掴み上げた。
「三下ぁ!男のくせしやがって何ぐずぐず言ってやがる!花はまだ散ってねぇ!てめぇも死んでる場合じゃねぇ!今度は上野の桜を見に行くぞ!」
「ち、ちょっと何を・・・」
「うるせぇ!黙って来い!!!」
 彼は三下をずるずると引っ張ると船頭の骸骨に再び蹴りを入れた。
「おら、さっさと岸に戻せや!」
「だ、だから乱暴にするなって・・・!」
「あの〜・・・」
「うわぁ!」
 いきなり耳元で囁かれたシュラインは驚いて声の主を探した。声の先にいた者、それは半透明に透き通った一人の老婆だった。
「あ、貴女は一体・・・?」
「あたしはコレの祖母でごぜぇます」
 コレこと三下を目で示す老婆。
「じゃあ、貴女が三下君のお祖母さん・・・」
「へぇ。これがいつもお世話になっているようでまんず有難うごぜぇますだ」
「いえいえ、ご丁寧にどうも・・・」
 二人はお辞儀をしあった。
「皆さん、三下の事を気にしてここまで来てくださったんでごぜェますか?」
「えぇ、まぁ・・・」
「コレがもう自分は生きている価値も無い。死にたいから連れて行ってくれといわれましての。止めたのですが聞く耳もたなくて、仕方なくこっちを案内していたんでごぜぇます。一つお尋ねしてぇんですが、コレは本当の役立たずなんでごぜぇますか?」
「とんでもない!彼は職場で非常に役に立っていますよ。アトラスは彼がいなくてはやっていけないほどですもの」
 嘘は言っていない。ただし本当の事もいっていない。彼がペット的扱いで必要であるのだが、そんなことをわざわざ伝えることもないだろう。事実、彼は必要なのだから。
「本当でごぜぇますか!?在り難や在り難や・・・。どうやらコレがこっちに来るのはまだ先でよさそうですな」
「ち、ちょっと勝手に話を進めないでください・・・!」
 慌ててツッコミを入れる三下を無視して祖母は深々とお辞儀をした。
「これからも三下をどうか、どうかよろしくお願いたしますです。はい」
 そう言ってスッと消えていく老婆。ついに三下は頼みの祖母にさえ無視されてしまった。哀れ三下君。君の努力が実る日はきっと・・・くるかもしれない。

 皆に心配をかけた事の責任として、今回の事を記事にするように命じられた三下。だが結局・・・。「・・・って、そこちゃう!」
「それはって・・・ああっ! な、なんてことすんねんっ!!」
「・・・もう我慢できん! うちが書くわっ!」
「ち、ちょっと・・・!」
 結局獅王の手によって書き上げられてしまうのであった。
「救いようがないわね」
「そんあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
 合掌。   
 
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0115/獅王・一葉/女/20/大学生
    (しおう・かずは)
0218/湖影・龍之助/男/17/高校生
    (こかげ・りゅうのすけ)
0413/神崎・美桜/女/17/高校生
    (かんざき・みお)
0389/真名神・慶吾/男/20/陰陽師
    (まながみ・けいご)
0451/黛・陬/男/28/ホストクラブ経営者
    (まゆずみ・すう)
0441/無我・司録/男/50/自称・探偵
    (むが・しろく)
0262/鈴宮・北斗/男/18/高校生
    (すずみや・ほくと)
0086/シュライン・エマ/女/26/翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
    (しゅらいん・えま) 
0464/七森・拓己 /男/20/大学生
    (ななもり・たくみ)

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■         ライター通信          ■
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 大変お待たせいたしました。
 久遠堂〜冥土紀行〜をお届けいたします。
 今回は多少お笑いよりですがいかがだったでしょうか?三下さんは無事救出されまたアトラスに復帰することができました。依頼は無事成功です。
 おめでとうございます。
 この作品に対するご意見、ご感想、ご要望、ご不満等ございましたら、テラコンよりお気軽に私信をい頂戴できればと思います。
 それではまた、別の依頼でお目にかかれることを祈って・・・。