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逢いたい
●始まり
<マネキン作りの天才、とうたわれた岩田珪作(いわた・けいさく)
さんがお亡くなりになられました。葬儀の日程は……>
「岩田さん、ってここのマネキン作ってた人よね、確か」
「そうだったかな? いちいち覚えてないわよ」
「まぁ、確かにそうか……」
店員の笑い声が遠ざかる。
『デパート歩き回るマネキン! ○×デパートでは夜な夜なマネキ
ンが動き回るんだって。警備員の人が何回も目撃してるって噂だよ!
誰か確かめにいかないかな?』
「……歩き回るマネキン、か……うーん、なかなかオーソドックス
なネタだね」
オレンジジュースを飲みながら瀬名雫はBBSの書き込みを見て
呟く。
「でも深夜のデパートって、ちょっとした肝試しになりそう……まぁ
季節は早いけど」
言いながらキーボードを叩く。
『レポート求む! 動くマネキンの正体を探って欲しいな♪』
●シュライン・エマ
「草間さん、デパートのマネキンの調査依頼、来てない?」
「デパートのマネキン?」
夕べネットサーフィンをしている最中に見つけた書き込み。
それを見てシュラインは興味を覚えていた。
最近マネキン制作の天才と呼ばれた男性が亡くなっている事。それととき同じくして起きた事件。関連性を考えてしまうのは、最近事件に関わりすぎているのからかもしれない。
シュラインの問いに、草間は一瞬「なんだそれ?」という顔になったあと、思い出したかのようにぐちゃぐちゃに山積みされた調査書類の中から一枚の紙切れをとりだした。
「そういや、受けるか受けないか迷っていたヤツだったな」
「……そういう重要な物を、またそんな所にしまって……」
しかも3日前にシュラインが全部整理しておいたのに、すでに見る影もない。
「細かい話は置いて置いて。何、行くのか?」
「ちょっと興味があるから……」
「そうか。じゃ、よろしく頼むわ。本来は興信所の仕事じゃないんだけどな、背に腹は代えられないってヤツだ。頑張ってきてくれ」
無責任に手を振った草間に、シュラインは苦笑した。
●昼間のデパート
小嶋夕子は、実体化し、デパートを訪れていた。
姿は20代。幽霊であるが為か、実体化の年齢は多少変えられる。
黒い髪に黒い瞳。白い肌がやけに印象的で、どことな中性的な、人ではないような印象を与えてしまうのは、御霊喰らいとして生きてきた(?)せいか、はたまた600年以上生きているせいか。
「どのマネキン、かしら……」
服を物色する振りをしながら、マネキンを探す。
昨今、どこに行ってもマネキンがおいてある。デパートは地下2階、地上7階。全てを見て回るのはかなり辛い。が、そこは女性だったせいもあるのか、夕子は婦人服売場を覗いていた。
「当たりをつけておく、なんて面倒だけど……。たまにはいいわね」
微かな笑みを浮かべて見回したその時。感じるものがあった。
「あそこがそうかしら……」
高級ブランドのいっかくにそのマネキンは立っていた。
黒いスーツに身を包み、今にも葬式にでも行きそうな雰囲気にも見え、顔はかなり精巧に出来ていた。
「……、2つ、かしらね」
感じた気は2つ。どれも夕子の食指が動きそうにないくらいの弱いもの。でも無いよりはマシだった。
他の同じようなマネキンも、少しずつ魂を持ちそうな気配があったが、完全に宿る頃には廃棄処分されている事だろう。
「とりあえずわかったわ。後は夜に来ましょうか……」
小さく、そして嬉しそうに夕子は笑った。
「どこかなー、マネキンさん……」
夕子とすれ違いになる形で、七森沙耶もマネキンを探していた。
普通の女子高校生だが、かなり強い霊媒体質の彼女。マネキンが捜しているかもしれない、造型師を自分に降ろして話をさせてあげることが出来たら、と考えていた。
左手はいつものようにペンダントヘッドである、十字架をいじっている。
兄がまた心配してうるさいから、と黙ってきてしまった。
「大丈夫だよ。お話させてあげるくらいだし、十字架もあるし……」
内心は怖かった。しかしそれ以上にマネキンに対する思いの方が上だった。優しい沙耶には、見過ごせなかった。なまじ今まで霊に色々関わってきたから……。
婦人服売場を眺めていると、高級ブランドのいっかくに沙耶は目を向けた。そこには青白い、と言っても過言ではない女性が立っていた、が、すぐに立ち去っていった。
「……?」
奇妙な違和感を女性に覚えながらも、沙耶はそのマネキンの前に立つ。
「二人、いるのかな……?」
霊視で見えた影は二つ。両方黒いスーツで、片方がパンツ、片方がスカート、と言った感じだった。
「後は夜になるのを待って……」
沙耶は閉店間際に女子トイレに身を隠した。
「いや、全然音沙汰がなかったので、引き受けて貰えないのかと思っておりました」
店長の言葉にシュライン・エマは苦笑した。まさか書類に埋もれて忘れ去られていました、とは言えない。
デパートに入って『草間興信所』から来た、と告げると、シュラインは応接室のような所へ通された。そして、コーヒーが運ばれてくる。きちんと豆から挽いたような濃厚な香りが鼻をついた。
シュラインは短いタイトなスカートを気にせず、ソファに座り足を組む。
最初はただの手伝いだったはずが、今ではすっかり調査員の肩書きがついていた。その上、普通の興信所でありながら、数々の霊的事件を解決している為、そっちの方にばかり名が知れ渡っていた。
「すみません、なかなか手が空かなくて……」
大してすまなそうではないが、シュラインが言う。とそこへ、副店長が金髪の男性を一人連れてやってきた。
「なんでも陰陽師さんだ、という事で……」
店長と副店長がこそこそと話をしているが、丸聞こえだった。
金髪で、しかも派手な服を着込んだ彼は、おおよそ陰陽師には見えない。男性−真名神慶悟は、シュラインを見るとくわえタバコのままニヤリと笑った。
「わざわざお越し下さいましてありがとうございます」
丁寧に店長は挨拶をし、慶悟も軽く会釈をしてシュラインの横に腰をおろした。
「あんたもマネキンの調査か?」
「そんなものよ」
問われてシュラインは短く答える。
「はは、必要以上に語らない、か」
笑った慶悟に、吸わないならなんで口にくわえているのかしら、とシュラインは呆れたようにタバコを見る。草間もよく同じをやって怒られているな、と思い出す。
「キミ、困るよ!」
「気にしないの。店長は、ここね?」
「?」
応接室の外がざわざわと騒がしくなる。
気になった店長が外を覗き、顔が真っ青になった。
「カナ!」
「あら、ここにいたの。ちょっと聞きたいことがあって来たのよ」
「こ、困るよ……」
「何が困るの。私が聞きたいことある、って言ってるのよ?」
ドアの向こうで話をしている女性、湖影華那の口調はかなり高圧的である。
「一体何を……」
「マネキンの事よ。ここで動き回るマネキン、って言うのがあるんでしょ? それを調べたいの」
「なんでまた……」
「なんだっていいじゃない。何あんた、私に口答えするの?」
「……。今、その話で人が見えているんだ」
「なら丁度良かったじゃない。私も一緒に聞くわよ。いいわね?」
「……は、はい……」
「いい子。それだから好きよ」
さながら女王様と下僕。それは当然である。店長はあるS○クラブの常連で、華那はその女王様なのだから。
応接室に残されたシュラインは、複雑そうな顔で苦笑い。慶悟は状況を楽しんでいるかのようだった。
「それでですね、マネキンの件なのですが……」
少々腰がひけながらも店長は話を始めた。
動いているマネキンは2体。どのマネキンだ、と言うのはわからないらしい。
被害は一切無く、ただ彷徨っている、という風にしか見えない。何度も警備員が目撃しているが、朝になるとちゃんと戻っている、と言った事だった。
「全然判別つかないんですか?」
「ええ。暗闇ですし、マネキンの一体一体まで覚えてないですしね」
「ま、そんなもんだろうな。……ここに岩田氏の作ったマネキンはあるか?」
「!?」
慶悟の言葉に、シュラインは弾かれたように横を向いた。それに慶悟もちらっとシュラインに視線を向け、意味ありげに笑った。
「はい、ございます。婦人服売場ですが……」
それが何か? という顔の店長に、慶悟は立ち上がりながら言った。
「案内してくれ」
もちろん、シュラインと華那に異存はなかった。
●夜のデパート
「それじゃ、そろそろ行こうかネイテ」
ライティア・エンレイは、白衣を脱ぎながら現れた女悪魔ネイテに声をかける。
ライティアの仕事は獣医。『さくら犬猫病院』が彼の仕事場であり、自宅であった。副業は悪魔召還士。本人には全く霊能力がない代わりに悪魔を使役する。本人は式神と同じようなもので、悪魔だから悪い、という概念はない。
黒い髪に青い瞳。その白い肌を嬉しそうに撫でているネイテは、下半身が蛇の女の悪魔。その瞳は何故か、目隠しに覆われている。背中にはコウモリのような羽根。ライティアが一番気に入ってる悪魔で、わざわざ呼び出さなくとも常時側にいた。
「……ゲート……」
ライティアが声をかけると、魔法陣のような物が開かれて悪魔が顔を出す。
空間変異能力を持った悪魔だ。ゲートはライティアの望み通りデパート内部までの道を作り出す。それは不可視の道。
「ありがとう」
ゲートに礼を言ってから、ネイテの頬を撫でた。
「じゃ、行くよ」
「ええ」
その道へと、ライティアは足を踏み入れた。
「やっぱり怖いな……」
そーっとトイレから抜け出した沙耶は、仄かな月明かりの中のデパートを歩いていた。
途中何度も転びそうになる。
怖いけど、止めて置けば良かった、と思わないのは沙耶の強さかもしれない。
「あ、あった……えっ……」
声をあげた沙耶は、いきなり物陰に引き込まれた。
(お兄ちゃん助けて!)
思わずギュッと目をつむって体を硬直させる。
「……静かに、出来る?」
「……」
女性の声だった事に安堵して、沙耶は目をつむったまま何度も頷いた。
しかし口を塞いでいるのは男性の手で、一瞬噛んでやろうか、とちょっと落ち着いて思ったりもしたがしなかった。
沙耶が頷いたの確認したかのように、手はゆっくりと離れた。
「すまんな、手荒な真似をして。様子をうかがっている最中だったから」
心底すまなそうに言った慶悟に、沙耶は小さく「大丈夫です」と答えた。慶悟の金色の髪がやけに印象的で、暗闇の中のあかりに見えた。
「本当に女の子に手荒ね。大丈夫?」
可愛い女の子には優しい華那は、沙耶の頬を撫でた。
「え、あ、本当に大丈夫です」
別方向で身の危険を感じたのか、沙耶は乾いた笑いを浮かべる。
一応断って置くが、華那はそっち方面の気はない。
「やっと夜になったわね。それじゃ、いただこうかしら……」
昼間のうちに当たりをつけておいたマネキンへ、夕子は霊体で近づく。
「あまり美味しそうじゃないけど……」
言ってマネキンに手をふれる。
「あなたもこんな所で逢えない人を捜しているより、わたくしの栄養になった方がいいわよね……」
笑った表情が、月に透けてなんとも表現しがたい。
瞬間、夕子は魂の宿ったマネキンの内、1体の魂を喰らった。
喰らった、と言っても頭から丸かじりにした、とかではなく、触れた指先から吸い込んだ、という言い方の方が正しいのかもしれない。
「やっぱりまずいわね……。それじゃもう一つ……」
「何をやっている!?」
「あら、人がいたの……」
誰何の声に夕子は振り返る。そこには女性三人、男性一人が立っていた。もちろん、沙耶、シュライン、華那、慶悟である。
空間をねじ曲げてくるような、不穏な気配を感じた為、そちらへと気を取られ、式神に探らせている間にそれは起こっていた。
「遅かった、ね……」
不意に違う場所から声がした。そこにはライティアとネイテの姿。ネイテは唇を尖らせているようにも見えた。
空間をねじ曲げてやってきたのはこの二人だった。
「あーあ、食べられちゃった。ライティアがもうちょっと早くくれば」
不満そうである。
「ごめんよ。緊急の患者さんは放っておけないじゃないか」
「そうだけど」
患者、とは犬のこと。ネイテもわかっているから文句を言うだけ。
「これがもしかして元凶?」
華那は持ってきていた鞭をしならせる。茶色い髪に黒い瞳。豊満な体で鞭をしならせる姿は、そのまま女王様だった。
華那の能力として、物質を媒体にして霊力を使うこと。それは霊にも攻撃できた。その上飛び道具にも力を込めることが出来た。
「あらあら、分が悪いわね。大丈夫よ、後一つ残ってるから」
「待て!」
消えようとした夕子を、慶悟が呪縛しようとする。しかし相手も600年生きた御霊喰らい。そう簡単には捕まらない。
「女性に乱暴すると嫌われるわよ? もうちょっと紳士的でなくちゃね」
小馬鹿にしたような素振り。
「もっと修行を積んできなさい、坊や」
隙をついて夕子は闇に溶けた。
慶悟は舌打ちを消えた夕子のいた場所を見た後、魂の喰われたマネキンをさわる、がすでに欠片も残っていなかった。
「あんたも魂を貰いに来たの?」
「まさか。ネイテが興味ついでに肝試しがやりたい、って言うから来ただけだよ」
シュラインに射抜かれるように見られて、ライティアは肩をすくめた。
「さすがは幽霊、逃げ足は早いわね」
忌々しそうに華那は鞭を床に打ち付ける。
それに沙耶はビクン、と首をすくめた。
「駄目だな。完全に喰われちまってる。霊魂が魂を喰って力をつける、って話よく聞くが。さっきのヤツがそうだったとはな」
被害がない、という事で少々油断をしていた、慶悟は悔やむ。
たかが物霊かもしれない。しかしきちんと成仏をさせてやりたかった、と思う。
「可哀想……ごめんね、ちゃんと逢いたい人に逢わせてあげられなくて……」
沙耶はマネキンに触れて、涙をこぼした。
「僕も原因の一つみたいだね。おわびに手伝うよ。もう一体残っているんでしょう?」
「当然よ。見たところ、悪魔使いみたいね。しっかり働いて貰うわよ」
シュラインに言われてライティアは苦笑した。
「僕が召還できる悪魔の中にも、人形に彷徨う魂を入れて操る、っていうのがいるけど……代替えが駄目だね。さっきの人から魂を取り戻すことが出来ればいいけど……」
「あ、動いた!」
マネキンの側に立っていた沙耶が不意に声をあげる。
見てみると、魂を喰われたマネキンの横に立っていたマネキンが、動き始めていた。
そして虚ろな瞳のまま、歩き始める。
「天地陰陽五行の理より、マネキンはなつべく歩いちゃいけない事になっている」
歩き出したマネキンに、慶悟が語りかける。
「だが、俺も鬼じゃなければ理の裁定者でもない。捜し人か? 悩み事なら聞くが? 幸いここには限られた者しかしない。恥ずかしがらなくていいぞ」
『……逢いたい……』
ぎぎぎ、とぎこちない動きでマネキンの手が空を彷徨う。
「やっぱり岩田さんを捜しているのかしら……」
「そう、みたいですね。可哀想に……。せめてこの子だけでも逢わせてあげられたら……」
「お葬式はもう終わっちゃたしね……。後出来ること、って言ったらお墓参りくらいかしら」
「墓参り、か……」
沙耶とシュラインの会話に、慶悟は顎を撫でる。
「おい、悪魔使い」
「……ライティアって呼んでくれないかな?」
ライティアの言葉に、慶悟は苦虫をかみつぶしたような顔になる。
「それじゃライティア」
「何?」
「さっきのここまで来たヤツを使って、マネキンを墓まで運んでやってくれ」
「ああ、いいよ」
二つ返事でOKする。
「でも」
「でも?」
「悪魔の力、とかって気にしないのかな、と思って」
「うだうだ言ってるんじゃないよ! さっさとそいつを開きな!! 悪魔だろうとなんだろうとね、使えるものは有益に使うんだよ」
ライティアをけ飛ばしそうな勢いで華那が言う。その迫力は満点だ。しかしライティアはあまり動じていないように微かに笑った。
ネイテの方が不満そうだったが。
「良かったね、マネキンさん。逢えるって」
沙耶がマネキンを持とうと手をかけると、慶悟がかわりに持ってくれる。
「ありがとうございます」
「気にすんな。女性にこんな重たい物持たせるわけにはいかないだろ」
「配慮が足らないわね。そのマネキンも女性よ」
「おっと、これは失敬」
シュラインの突っ込みに、慶悟はおどけたように笑った。
「それじゃ呼び出すよ」
言ってライティアはゲートを呼び出し、墓までの道を開かせた。
悪魔を使うライティアの姿は、闇々たる雰囲気はなく、いっしょ爽やかだった。力は使うものによるのかもしれない。
「……面白そうなことやっているのね……。お墓、か。ついて行ってみようかしら」
こっそりと戻ってきて様子を見ていた夕子。
すでに皆の意識が違うところを向いていた為、ばれることはなかった。
「……」
ゲートが作った道に入った瞬間、ライティアは振り返って夕子をみたが、それ以上なにもしなかった。
●逢いたい
ゲートが作り上げた道は、まっすぐ岩田氏の墓の前へと出た。
「便利ね」
華那の言葉にライティアは苦笑した。
「マネキンさん、岩田さんのお墓ですよ」
慶悟に抱えられたマネキンが、墓の前に立たされる。それに沙耶が声をかけた。
「あかりつけてあげる」
特別サービスにね、とネイテが仄かな灯りを作り出した。そのおかげで墓石が闇に浮かぶ。
「……真名神さん」
墓石とマネキンのお見合い。滅多に見られる物ではない。それを見ていた慶悟の袖を、沙耶が小さく引っ張る。
「どうした?」
「真名神さん、陰陽師なんですよね? 岩田さんの霊、降ろせませんか? 私、霊媒になりますから」
「沙耶ちゃんが?」
「はい」
真剣な顔。慶悟の見立てによれば、沙耶は上質の霊媒だった。しかしただ霊を宿す、というが、それは簡単な事ではなく。そして宿した方もかなりの体力・精神の消費を強いられる。しかし沙耶の決意は固いようだった。
「やってあげなさいよ。可愛い子の頼みじゃない。やらないと、ここの墓石全部蹴倒すわよ?」
完全の脅しの言葉。しかも本当に華那はやりそうだから怖い。
「……物霊にあんなに気を使ってどうするのかしら。昨今の人間て、本当、面白いわ」
遠巻きに眺めながら夕子は呟く。ここには成仏しきれていない霊が彷徨っていた。それを夕子は選んで喰らう。
「ま、思わぬ副産物、ってところかしら」
久しぶりの食事に、上機嫌だった。
「岩田さんを降ろす? 大丈夫なの?」
沙耶たちの言葉に、シュラインは心配そうに眉根を寄せた。それに沙耶は強く頷く。
「大丈夫です。慣れてますから」
慣れとかそういう問題じゃないけど、と思いつつ本人の決意がかたい今、何を言っても無駄だ、とシュラインは思った。
「僕も手伝いますよ。なるべく七森さんには影響がないように出来ますから」
言ってライティアはネイテに耳打ちをする。それにネイテは頷いて沙耶の肩へと移動した。
暗闇の中、ネイテの蛇のような下半身がゆれる。
「それじゃ、お願いします」
沙耶は覚悟を決めて目をつむり、十字架を強く握りしめる。
肩に乗っているはずのネイテの重みは感じない。
慶悟はゆっくりと呪言を唱える。
そして長い詠唱が終わった瞬間、沙耶の体に雷が落ちたような衝撃があった。
『こ、ここは……?』
男性の戸惑ったような声。そしてマネキンに目がいって動きを止めた。
『このマネキンは……』
よろめきながら近寄り、愛おしそうにマネキンの頬を撫でた。
『どうしてお前がこんな所にいるんだい? ちゃんと仕事はしているのかい?』
我が子に語りかけるような口調で岩田は言う。それにマネキンが小さく頷いたように見え、そしてスゥッとマネキンから何かが抜け出た。
『逢いたかった……』
現れたのはマネキンとうり二つの女性の霊。大事に大事に岩田がマネキンを作ったが為に、人形でありながら、岩田に恋をしてしまったのかもしれない。
『そうか。私もお前に逢いたかったよ。一目逢えて良かった』
岩田の言葉に、女性は涙を流して抱きついた。
『一緒に行くの……』
たどたどしい言葉。それ故に余計に胸に重く響いた。
「そうだね、この世に一人残されても仕方ない。一緒に行くのが一番かもしれない」
「だな。上にあげてやろう。爺さんは大丈夫みたいだから、迎霊にでもなってやってくれ」
笑顔でライティアが言うと、慶悟も頷いた。
「不幸にしたら承知しないからね!」
「……元気で」
ビシッと華那の鞭がうなり、シュラインは苦い顔で笑った。
「現世よりも摂理に従い行く先に幸はある。今のお前にとってはな」
言いながら慶悟は印を結び、呪言を唱える。
「……かの者に正しき導きを……」
祈念と同じだった。
『ありがとう……』
二人の声が重なった。そして沙耶から光のようなものが抜けだし、マネキンの女性霊を包み込んで上昇していった。
霊が抜けた沙耶は、力を失って倒れる。それをライティアが支えた。
ネイテの力のおかげか、沙耶の精神力はさほど失われていなかった。
そして再びゲートの力で5人はデパートへと戻る。
夕子は一緒に戻ろうか悩んだが、見つかっては面倒だから、とその場から姿を消す。
沙耶が目覚めたときには、すでにデパートで、ライティアとネイテの姿もなかった。
「終わったん、ですか?」
焦点の定まらない瞳で、沙耶はシュラインの顔を見つけて問う。それにシュラインは微笑んで頷いた。
「良かった……」
「もう少し休んでいなさい」
華那に言われて目をつむった。少し体がだるかった。
「お疲れさん」
慶悟のねぎらう声が、嬉しかった。
●その後−シュライン−
「終わったわよ」
いつもながら報告書をまとめて草間に渡す。
「おお、お疲れさん」
「それから、タバコ。……吸うのはいいけど、くわえタバコは止めてよ」
「へいへい」
シュラインに釘をさされて、草間は口にくわえていたタバコをデスクの上に無造作においた。
「それで、本当にマネキンは動いたのか?」
「ええ、動いたわよ。100m全力奪取。オリンピック選手も真っ青よ」
「ほんとか!?」
好奇心に瞳を輝かせた草間に、シュラインは腰に手を当ててため息。
「そんな訳ないでしょう。全く」
「……だよな……」
つまらなそうに呟いた草間に、シュラインは吹き出した。
物で大事にすれば魂が宿る。
「元気で、ね……」
抜けるような青空に、シュラインは呟いた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086/シュライン・エマ/女/26/翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【0230/七森沙耶/女/17/高校生/ななもり・さや】
【0382/小嶋夕子/女/683/無職……??/こじま・ゆうこ】
【0389/真名神慶悟/男/20/陰陽師/まながみ・けいご】
【0476/ライティア・エンレイ/男/25/悪魔召還士】
【0490/湖影華那/女/23/S○クラブの女王様/こかげ・かな】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、夜来聖です。
この度はご参加下さりまして、誠にありがとうございます。
草間さんの感じはこんな感じになりました(笑)
一応依頼があった、という事で。
シュラインさんはまとめ役、て感じですね。
キャラカード拝見しました。む、胸が……ぶはっ……(笑)
それでは、またの機会にお逢いできる事を楽しみしています。
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