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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


鏡の中のアクトレス【調査編】
●オープニング【0】
「まずは何も言わずこれを見てほしいの」
 月刊アトラス編集長・碇麗香はそう言って2枚の写真を手渡した。
 写真には各々別の場所・別の人間が写されていた。だが2枚とも屋内の写真だ。
 屋内ということ以外共通していないかと思われた写真だったが、よく見ると1つ共通点があった。どちらの写真にも鏡が写っていたのだ。いや、それだけではない。問題は鏡の中だ。
 鏡の中に、寸分違わない髪の長い女性が写っていたのだ。
 ひょっとして撮影者が同じなのかとも思ったが、そうでもないらしい。1枚は北海道、もう1枚は九州から編集部に届いたそうなのだから。
 写真の撮影日は1枚は3年前、もう1枚は今年。時間が経過しているのに、全く同じ女性が写っているのはおかしくはないだろうか。まさか幽霊?
 しばらく見つめているうちに、重大なことに気が付いた。この女性、3年前に失踪した女優・麻生加奈子(あそう・かなこ)に似てはいないか?
「どうして失踪した女優が、こんな所に写っているのかしらね」
 それはこっちが聞きたいくらいだ。『あぶれる刑事』の女刑事役で人気が高まってきた時に突然の失踪。何とも不可思議だった。
 少し調べてみようか……?
 
●喫茶店『Moon−Garden』【2A】
「あら、刑事が善人だなんて誰が決めたの?」
 黒く長い髪を掻き揚げ、壁際の男性へゆっくりと近付いてゆく紅いスーツの女性。短かめのスカートにはスリットが深く入っており、歩く度に白い太ももがより露になる。そしてその右手には拳銃が握られていた。
「このまま天国へ行くか、それでも塀の中へ行くか……あなたが決めなさいよ」
 くすりと微笑み片手で拳銃を構える女刑事。銃口は壁際の人相が悪い男性の額へまっすぐ向けられていた。年代物の鏡にはそんな女刑事の姿が無数に写っていた。恐らく反対側にも鏡があるのだろう。
「う、撃つな! 取り引き場所は話す! 話させてくださいっ!!」
 両手を上げ懇願する男性。そこへドアを勢いよく開け、2人の男性が入ってきた。
「ストーップ、ストップ! よーしよしよし、撃つんじゃねーぞー」
 女刑事と男性の間に割り込む小柄な男性。その間に長身の男性が手錠を取り出し、壁際の男性へ近付いてゆく。どうやら2人も刑事らしい。
「たく、マナミは無茶しやがるな、相変わらず」
 長身の刑事が呆れ気味に女刑事に言った。
「あら、2人とも早かったじゃない。せっかく、いい射撃訓練ができそうだったのに」
 しれっと言い放つ女刑事。刑事2人は肩を竦めて両手を開いた。

「これ最終回ですよね? 『あぶれる刑事』の」
 珈琲を飲む手を止めて、アナウンサーの寒河江深雪が言った。カウンター席の奥にテレビがあり、そこでドラマ『あぶれる刑事』が流れていた。当然リアルタイムではなく、3年前の本放送の録画テープを流しているのだ。
「ええ。部屋を探したら見つかったので、参考にと思いまして」
 グラスを拭きながら細身で長身の青年、神無月征司郎が答えた。ここは喫茶店『Moon−Garden』、征司郎が親から2年前に引き継いだ店である。
「あのヒトが加奈子さん?」
 深雪の隣に座っていた長髪の青年、卯月智哉が尋ねた。ちなみにこの3人、別件で各々編集部を訪れていて、件の調査話を耳にしていた。
「ですよ。当時は撮影の合間に頻繁にご来店いただいていたようですね。キリマンジャロの深煎りがお好きだとかで、ご注文はいつもそれでした……といっても、麻生さんに珈琲を淹れたのは父なんですが」
 答える征司郎。笑みを浮かべているように見えたが、それはどうも顔の造作のせいらしい。まあ客商売としてはマイナスにはならないだろうが。
「この最終回を撮り終えた後で失踪しちゃったんですよね、麻生さん。視聴率もよかったのに……。お陰で新作も作れないって、3年も前のことなのに制作部長がよく嘆いてます」
 『あぶれる刑事』は深雪の勤めるテレビ局で放送されていた。続編が絶望視されている現状でも根強いファンが居るそうだ。
「プロデューサーや制作部長にはアポを取ることはできますけど……いえ、私にお手伝いできるのはこれくらいですが」
 深雪の話によると、何でもデスクと制作部長たちは同期入社で親しいらしい。それゆえ、比較的アポイントメントも取りやすいのだとか。
「そうですね……お願いすることになるかもしれませんね」
 深雪の申し出に感謝する征司郎。そこで不意に智哉が口を挟んだ。
「プロデューサーのヒトって、さっきの場所知ってるの?」
 深雪は一瞬きょとんとしたが、すぐに質問に答えた。
「え、ええ。制作部長とか、調べれば分かると思いますけど……」
 それを聞くと、智哉は満足げに頷いた。
「にしても、今年と3年前の写真があって、その間の写真はないんでしょうかね。その写真の場所が関東や関西だったら、鏡の世界を南下か北上していることになるんでしょうけどね」
 そんなことを言ってはっきりと笑う征司郎。つられて深雪も笑った。
「まさかぁ。ちょっと面白いですけど」
「なら、行ってみる?」
 1人だけ笑っていなかった智哉が言った。
「えっ?」
 深雪が智哉に視線を向けた。
「あのヒト助けたら『新あぶ刑事』シリーズスタートする? なら手伝ってもいいけど」
 智哉が笑みを浮かべた。

●ロケ現場にて【3D】
 都内某所に立派な洋館がある。しかし人は住んでいない洋館だ。
 別に廃虚とかそんな物ではない。意外と知られていない話だが、撮影用に確保されている物件なのである。洋館に限らず、病院だとか料亭なんて物もあり、結構重宝されていたりする。時折、別の局のドラマで全く同じ場所が使われていたりするのは、こういう場所を使っているせいも多少ある。
「何とか許可貰えてよかったですね」
 2階への階段を昇りながら深雪が言った。後には征司郎と智哉が続いている。
「ここが最終回のロケ場所ですか」
 興味深く辺りをきょろきょろと見回す征司郎。征司郎の店で見た『あぶれる刑事』最終回がここで撮影されたのだ。テレビで見ていた場所に自分が居るというのは、何とも不思議な感じがするものだ。
「でも制作部長やプロデューサーも、最初は渋ってたのに『麻生さんが見つかる手掛かりがあるかも』と言った途端、ころっと態度変わりましたよね」
 深雪がくすくすと笑った。まあそのおかげで、こうして場所を教えて貰え中に入ることもできたのだが。
 2階に上がると、3人は制作部長に教えられた通り、一番奥の部屋を目指し廊下を歩いてゆく。そして両開きのドアを開いて、部屋の中へ入る。
「あっ、ここですよ」
 入ってすぐに征司郎が言った。画面で何度も見ていた場所、最終回でマナミが犯人に拳銃を向けていたシーンの部屋だったからだ。
「うん、思った通り鏡があるね」
 壁にかかっている年代物の鏡の元へ、智哉がすたすたと歩いていった。木製の鏡の枠は細かい部分まで彫刻が施されており、丁寧な仕事振りであった。
 鏡には智哉の姿が写っている。しかしテレビで見たのと微妙に感じが違っているように思えた。くるりと後ろを振り返る智哉。
「何だ、そういうことか」
 智哉は笑みを浮かべた。違和感の正体は鏡だった。いや、今見ていた鏡じゃない。もう1つの鏡、撮影当時は反対側にもあったであろう鏡がそこにはなかったからだ。
「……1枚あるからいいか」
 そうつぶやき、智哉はズボンのポケットをがさごそと探った。
「あの〜……ここでいったい何を……?」
 深雪が智哉に尋ねた。『鏡の世界に行ってみる?』とは言っていたが、具体的に何をどうするのかはここまで一切触れていなかった。
「これ飲むといいよ」
 智哉は質問に答える代わりに、緑色の種を差し出した。征司郎が近付き、種を1粒摘まみ上げた。
「これは?」
「『ワスレナグサ』の種。一緒に行きたいなら飲むといいよ」

●鏡の世界のアクトレス【4】
 そこは真っ暗な空間だった。進む前方は何も見えない。後方では進む度に光が小さくなってゆく。地面は綿のようなゴムのような感覚で何とも頼りない。
「ここが鏡の世界ですか」
 列の真ん中を歩いていた征司郎が言った。後ろでは深雪が征司郎の衣服を握りながらついてきていた。
「この間ね、ヒトの家の鏡からいける面白い空間を見つけてそこで遊んでたんだ。で、偶然ヒトを見かけて――ひょっとしたら、かもしれないなって」
 列の先頭では智哉が普通の道と変わらぬようにすたすたと歩いていた。3人は智哉の不可思議な力によって、件の鏡の中へ吸い込まれるように入っていた。
「でもここは危ない。さすがの僕でも力を使わなきゃ帰ってこれなかっただろうね。あ、帰り道は大丈夫だよ。あの種飲んでるからね」
 どうやら先程飲んだ緑色の種は、羅針盤か何かの役割を果たすようだ。
「ここに麻生さんが居るかもしれないということは……麻生さんは生きている?」
 落ち着かない様子で周囲を見回す深雪。件の写真からは死霊特有の霊気を深雪は感じていなかった。それで少し疑問だったのだが、この世界に居るのならそれも納得できる話だ。
「おや? あそこに何かぼんやりと光が見えませんか?」
 何かに気付き、遠くを指差す征司郎。他の2人もそちらに視線を向けた。確かに淡い光が遠くの方へ見えていた。
 淡い光の方へ向かう3人。近付くにつれ大きくなってゆく光。光だけかと思えばそうではなかった。そこには白いワンピースをまとった髪の長い女性が、膝を抱えて座っていたのだ。
 女性の存在に気付き、回り込むように近付く3人。まずは顔を確認しようというのだ。そして女性の顔が判別できる距離になり、深雪が声を上げた。
「あっ、麻生さん……!」
 驚いて口元を手で覆う深雪。そう、その女性は加奈子であった。深雪は加奈子に駆け寄っていった。
「麻生さんです……よね? 麻生……加奈子さん?」
 確認するかのように深雪が加奈子に話しかけた。加奈子は深雪の呼びかけに気付き顔を上げると、まるで少女のような笑顔を3人に向けた。
「見つかったね。これで新シリーズスタートするかな?」
 智哉が征司郎に話しかけた。しかし征司郎は複雑な表情をしていた。
「見つかりましたが……少しおかしくありませんか?」
 目の前の加奈子に征司郎は違和感を感じていた。それは何度か店で加奈子を見かけていた征司郎だからこそ感じる違和感であった。

●失われたアクトレス【6】
 『あぶれる刑事』の監督である内海良司と、その事務所に居た高橋敦子、シュライン・エマ、美貴神マリヱ、御堂まどかの4人は加奈子の所属事務所『タピオン企画』へ急行した。
 事務所へ着くと、困惑した表情の社長が5人を出迎えた。
「社長! 加奈子はっ!」
「それがその……」
 言葉を濁す社長。ともかく奥の部屋へ通される5人。奥の部屋へ行くと、神無月征司郎と寒河江深雪が複雑な表情でソファに腰掛けていた。その隣では卯月智哉が出されていた苺のショートケーキを食していた。
 そしてその3人の反対側に座っている髪の長い女性。白いワンピースに身を包んだその女性は、紛れもなく加奈子本人の姿であった。3年前の失踪当時とまるで変わったようにも見られない。
 しかし様子がどうも変だ。加奈子は苺のショートケーキを両手でつかみ、子供のようにもぐもぐと食べていた。おかげで口の周りにはクリームが一杯ついている。
「こちらの方々が、当時のロケ場所に居たという加奈子を連れてきてくれたんですが……」
 説明する社長も、何と言っていいのか本当に困った様子だった。
「……どうも麻生さん、記憶があまりないようなんです……」
 そう言ったのは深雪であった。
「そんな馬鹿なっ!」
 加奈子に駆け寄る内海。そして加奈子の肩をつかみ、強く問いかけた。
「加奈子、分かるか? 俺だ、内海だ!」
 だがしかし、加奈子は一瞬きょとんとした表情を浮かべた後、にこーっと汚れを知らぬ少女のような笑顔を内海に向けた。
 女性・加奈子は見つかったが、女優・加奈子がこの場には存在していないことは明白だった――。

【鏡の中のアクトレス【調査編】 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0174 / 寒河江・深雪(さがえ・みゆき)
     / 女 / 22 / アナウンサー(お天気レポート担当) 】
【 0489 / 神無月・征司郎(かんなづき・せいしろう)
                   / 男 / 26 / 自営業 】
【 0516 / 卯月・智哉(うづき・ともや)
                 / 男 / 23? / 古木の精 】
【 0482 / 高橋・敦子(たかはし・あつこ)
                  / 女 / 52 / 会社社長 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
  / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 0442 / 美貴神・マリヱ(みきがみ・まりゑ)
                   / 女 / 23 / モデル 】
【 0038 / 御堂・まどか(みどう・まどか)
                    / 男 / 15 / 学生 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全13場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・お待たせしました、『鏡の中のアクトレス』の調査編をお届けします。今回は高原の好きな芸能世界に関わる依頼でした。想定とは少し違った方向へ進んでいるんですが、こういうことが起こるのがプレイングの醍醐味なんでしょうね、やはり。
・さて、加奈子は見つかりました。しかし様子は本文にある通り。全2回予定ですので、まだバッドエンドではありません。ですが手をこまねいていると、バッドエンドで終わります。謎を解く鍵は本文中にちりばめてあります。強制はいたしませんが、次回のプレイングを高原は楽しみにしています。
・最後に、本文で書き忘れたので捕捉を。内海の名前は『うつみ・りょうじ』と言います。……ご存知の方はご存知かもしれませんね。
・寒河江深雪さん、4度目のご参加ありがとうございます。『あぶれる刑事』に関しては、恐らく何かしら主張される方が居るだろうと予想していましたが、お見事でしたね。という訳で『魔法少女バニライム』と同じく、深雪さんの勤める局での作品です。プロデューサー等とのコネを利用したのはよかったと思います。メイクさんたちからの反応は特にありませんでした。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。