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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


鏡の中のアクトレス【調査編】
●オープニング【0】
「まずは何も言わずこれを見てほしいの」
 月刊アトラス編集長・碇麗香はそう言って2枚の写真を手渡した。
 写真には各々別の場所・別の人間が写されていた。だが2枚とも屋内の写真だ。
 屋内ということ以外共通していないかと思われた写真だったが、よく見ると1つ共通点があった。どちらの写真にも鏡が写っていたのだ。いや、それだけではない。問題は鏡の中だ。
 鏡の中に、寸分違わない髪の長い女性が写っていたのだ。
 ひょっとして撮影者が同じなのかとも思ったが、そうでもないらしい。1枚は北海道、もう1枚は九州から編集部に届いたそうなのだから。
 写真の撮影日は1枚は3年前、もう1枚は今年。時間が経過しているのに、全く同じ女性が写っているのはおかしくはないだろうか。まさか幽霊?
 しばらく見つめているうちに、重大なことに気が付いた。この女性、3年前に失踪した女優・麻生加奈子(あそう・かなこ)に似てはいないか?
「どうして失踪した女優が、こんな所に写っているのかしらね」
 それはこっちが聞きたいくらいだ。『あぶれる刑事』の女刑事役で人気が高まってきた時に突然の失踪。何とも不可思議だった。
 少し調べてみようか……?
 
●社長の嘆き【2C】
「あれから3年も経つのに、一向に加奈子は見つからない。人気もあってこれからという時に失踪して……どこでどうしているのやら……」
 髪の毛の少し薄い人のよさそうな中年男は、そう言って頭を振った。ここは加奈子の所属事務所『タピオン企画』、中年男はそこの社長である。
 いわゆる大手プロダクションではなく、小規模な事務所だ。こんな事務所であれば、稼ぎ頭とも言える女優の失踪は経営的にも痛手であったことだろう。
「人気が出てきて失踪なんて、そりゃおかしいわよね? まず、いつ失踪したの? 最後に目撃された場所は?」
 エスニックな顔立ちのモデル、美貴神マリヱは社長に疑問をぶつけた。抜群のプロポーションが春服の上からもよく分かる。マリヱの隣に座っていた細身の高校生、御堂まどかは黙って2人の言葉を聞いていた。ちなみにこの2人、別々に事務所を訪れていた。
「『あぶれる刑事』の最終回の撮りを終えてからですか。その、ロケ現場で目撃されたのが最後で……」
 汗を拭きつつ社長が答えた。『あぶれる刑事』というのは3年前に終了した刑事ドラマで、加奈子の失踪で続編が絶望視されている現状でも根強いファンが居るそうだ。
「あ、あれね。女刑事のマナミ役?」
「そうですそうです。あの役のおかげで、加奈子はブレイクしたようなものですから」
 2人の話を聞きながら、首を傾げるまどか。テレビをあまり見ていないまどかは芸能人をあまり知らない。加奈子のことも書類整理のバイトをしていた編集部で初めて知ったのだ。そんなまどかにとって、2人の会話は一種外国語のように感じられた。
「ただ……」
 社長はそう言って溜息を吐いた。言葉の続きを待つマリヱとまどか。
「ただ、加奈子は悩んでいたようでした。マナミという役と自分自身とのギャップで。演技は上手いので違和感はなかったんですが、だからこそ悩んでしまったようで。それが原因なら、あの時もっと加奈子をケアしてあげればよかった……!」
 頭を抱える社長。まどかは社長から、深い後悔の念を感じていた。後悔先に立たず、とはこのことなのかもしれない。
 結局この後それ以上詳しい話は聞けなかったが、社長は『監督なら現場の加奈子により詳しいと思う』と言って親切にも紹介状を書いてくれた。
 まどかは事務所を辞する前に、許可を貰って事務所内の写真を数枚撮影していた。事務所には全身が写る大きな鏡があった――。

●関連は?【3B】
「電話して聞いてみましたよ。アトラスの者ですとか何とか言って」
 参ったなといった表情で、電話ボックスからまどかが出てきた。
「サンクス☆ まどかクン、無理言っちゃってごめんねぇ」
 ウィンクするマリヱ。それに気付いているのかいないのか、まどかは淡々とメモを読み上げた。
「写真の持ち主は全く見知らぬ同士で、麻生さんとの接点も見当たりません。親戚でもないそうです。状況は一方はパーティで、もう一方はフィルムが余ってたから撮ったらしいです。時間も夜と昼で違いましたよ。……これでいいですか?」
 まどかの報告を聞いて、マリヱはあれっという表情を浮かべた。
(んー、何か接点あるかと思ったのに)
 マリヱは2枚の写真に加奈子が写っていたのには何かの関連があると考え、写真の持ち主に電話して聞いてみようと思っていた。だが、こっちの素性をどう切り出せばいいか分からなかったので、無理を言ってまどかに電話してもらったのだ。
 報告後、まどかは無言で無言で手を差し出した。
「何?」
「電話代。テレカ2枚使い切ったんで」
「この美貌でチャラにできない?」
「駄目です」
 セクシーポーズを取ったマリヱだったが、あっさりとまどかに却下された。
「……ケチ」
 呆れ顔のまどかに、マリヱが唇を尖らせた。

●監督として【5】
 都内某所のマンションの1室にその事務所はあった。『オフィス内海』――昔は『あぶれる刑事』や『レンゾク』といった人気刑事ドラマを、今は『魔法少女バニライム』を手がけている監督、内海良司の事務所だ。
 その事務所に今、訪問者があった。応接室で内海と向かい合う訪問者たち。奥から順に高橋敦子、シュライン・エマ、美貴神マリヱ、御堂まどかの4人であった。
「まさか1日に同じ用件でこんなに来るとは思わなかった」
 苦笑する内海。風貌はスキンヘッドにサングラスと、ちと怪し気ではある。
「お忙しい中、失礼いたしました」
 さすが年長者らしく、敦子が頭を下げきちんと挨拶をした。他の3人もそれに倣う。
「いや、今日明日はちょうどオフだったんで。挨拶はこのくらいにして……さて、何が聞きたいのか話を聞くとしようか」
 両手を組み、内海は4人の顔を見回した。
「事務所の社長さんが、失踪前の麻生さんは悩んでいたと言っていたんですが、本当ですか?」
 メモを片手に、まどかが質問を投げかけた。
「ああ。確かに彼女は悩んでいたようだ。だが、それは演技に影響を与える物ではなかった。いいや、与えないようにしていた……と言うべきかな」
「与えないようにしていた、とは?」
 そう言ったのは敦子だった。
「彼女はプロの女優だったよ。体調が悪かろうが、怪我をしていようが、演技に入ればそんなことはおくびにも出さない。撮影で1年間一緒だったが、撮る度に演技は上達していた。『あぶれる刑事』のマナミ役を自分の物にした上に、それをさらに昇華させた。将来が楽しみな女優だった……」
 しみじみと語る内海。よほど内海にとって印象が強かったのだろう。
「ところで監督、この写真はご存知ですか?」
 マリヱが2枚の写真を内海に差し出した。例の加奈子が鏡に写っているあれだ。
「これは……加奈子か」
 サングラスを外し、しげしげと2枚の写真を見つめる内海。
「いや、加奈子だ。失踪当時のままの……」
 内海ははっとして写真から顔を上げた。
「ひょっとして加奈子が見つかったのか!?」
「残念ですけど、それはまだ……」
 首を横に振るシュライン。それを聞いて、内海は落胆した表情になった。
「そうか……見つからないか」
(何だろう、この感覚)
 まどかはその内海の様子をじっと見つめていた。内海のそれは、女優に対する監督の感情ではなく、また別の感情が入り込んでいるようにも思えた。
「何故かこうして鏡に写っているから、調べてるんです。悩んでいたって聞いて、現世が嫌になって異なる世界を望んだために鏡の世界へ行ってしまった……のかなと思ったんですけど。さあ、どうだか」
 苦笑するマリヱ。
「写真の撮影先では、うちの若い者が調査中ですわ。明日には報告が出ることでしょう」
 敦子が淡々と付け加えた。
「……失礼ですけど、構いませんか?」
 シュラインが小さく手を上げた。
「何かな?」
「失踪当時の週刊誌の記事を調べていたら、色々と記事が出ていました。例えば、監督との交際の噂……」
 シュラインが話し出した途端、内海の眉がピクッと動いた。
「……本当の所はどうなんでしょうか?」
「交際か……そんな噂もあったな」
「えっ、本当なの?」
 驚いてマリヱが声を上げた。
「残念ながら事実じゃない。だが、俺が加奈子に惚れていたのは真実だ」
「麻生さんに想いを寄せていたんですか?」
 尋ねるまどか。しかし内海は頭を振った。
「惚れていたのは、女優としての加奈子だ。女性としての加奈子じゃない。俺も監督生活がそれなりになるが、一生撮り続けたい、そう思わせた唯一の女優だよ。だからこそ、失踪したのが残念でならないんだ、俺は」
 内海がそこまで話した時、携帯電話の着信メロディーが鳴り出した。
「……と、失礼」
 懐から携帯電話を取り出す内海。
「はい、内海。あ、加奈子の事務所の。今、その加奈子のことで話を聞きに来たのが……え?」
 怪訝な表情になる内海。そして大声で叫んだ。
「加奈子が見つかったぁっ!?」
 その内海の言葉は、その場に居た4人にとっても衝撃だった。
「とにかく事務所へ……分かりました、すぐ行きます!」
 電話を切る内海。事情はよく分からないが、とりあえず4人もそれに同行させてもらうことにした。

●失われたアクトレス【6】
 『あぶれる刑事』の監督である内海良司と、その事務所に居た高橋敦子、シュライン・エマ、美貴神マリヱ、御堂まどかの4人は加奈子の所属事務所『タピオン企画』へ急行した。
 事務所へ着くと、困惑した表情の社長が5人を出迎えた。
「社長! 加奈子はっ!」
「それがその……」
 言葉を濁す社長。ともかく奥の部屋へ通される5人。奥の部屋へ行くと、神無月征司郎と寒河江深雪が複雑な表情でソファに腰掛けていた。その隣では卯月智哉が出されていた苺のショートケーキを食していた。
 そしてその3人の反対側に座っている髪の長い女性。白いワンピースに身を包んだその女性は、紛れもなく加奈子本人の姿であった。3年前の失踪当時とまるで変わったようにも見られない。
 しかし様子がどうも変だ。加奈子は苺のショートケーキを両手でつかみ、子供のようにもぐもぐと食べていた。おかげで口の周りにはクリームが一杯ついている。
「こちらの方々が、当時のロケ場所に居たという加奈子を連れてきてくれたんですが……」
 説明する社長も、何と言っていいのか本当に困った様子だった。
「……どうも麻生さん、記憶があまりないようなんです……」
 そう言ったのは深雪であった。
「そんな馬鹿なっ!」
 加奈子に駆け寄る内海。そして加奈子の肩をつかみ、強く問いかけた。
「加奈子、分かるか? 俺だ、内海だ!」
 だがしかし、加奈子は一瞬きょとんとした表情を浮かべた後、にこーっと汚れを知らぬ少女のような笑顔を内海に向けた。
 女性・加奈子は見つかったが、女優・加奈子がこの場には存在していないことは明白だった――。

【鏡の中のアクトレス【調査編】 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0442 / 美貴神・マリヱ(みきがみ・まりゑ)
                   / 女 / 23 / モデル 】
【 0038 / 御堂・まどか(みどう・まどか)
                    / 男 / 15 / 学生 】
【 0482 / 高橋・敦子(たかはし・あつこ)
                  / 女 / 52 / 会社社長 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
  / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 0174 / 寒河江・深雪(さがえ・みゆき)
     / 女 / 22 / アナウンサー(お天気レポート担当) 】
【 0489 / 神無月・征司郎(かんなづき・せいしろう)
                   / 男 / 26 / 自営業 】
【 0516 / 卯月・智哉(うづき・ともや)
                 / 男 / 23? / 古木の精 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全13場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・お待たせしました、『鏡の中のアクトレス』の調査編をお届けします。今回は高原の好きな芸能世界に関わる依頼でした。想定とは少し違った方向へ進んでいるんですが、こういうことが起こるのがプレイングの醍醐味なんでしょうね、やはり。
・さて、加奈子は見つかりました。しかし様子は本文にある通り。全2回予定ですので、まだバッドエンドではありません。ですが手をこまねいていると、バッドエンドで終わります。謎を解く鍵は本文中にちりばめてあります。強制はいたしませんが、次回のプレイングを高原は楽しみにしています。
・最後に、本文で書き忘れたので捕捉を。内海の名前は『うつみ・りょうじ』と言います。……ご存知の方はご存知かもしれませんね。
・美貴神マリヱさん、当時の関係者を調べに回ったのはよかったと思いますよ。それなりに読みはいいかもしれません。それから、一方に目を奪われていると足元を掬われますのでご注意を。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。