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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


VOICE
●オープニング【0】
『押上ミナコの新曲聴いた? あれって、何か声入ってない?』
『俺も聴いた! あの声、コーラスなんかじゃないよな?』
 ゴーストネットの掲示板上でそんな会話がやり取りされていた。押上ミナコ(おうがみ・みなこ)というのは、各種音楽チャート上位の常連の女性ポップス歌手だ。
 けどまあ珍しい話じゃない。昔から色々と言われてきた話で、多くは単なる偶然だったはずだ。今回もその類ではないだろうか。
 最初はそう思っていた。次の書き込みを見るまでは。
『そういえば、彼女の付き人が1年半前に自殺したって話あったよね? ひょっとしてその娘の声なんじゃ!?』
『あったあった! あれでミナコ、3ヶ月休業しちゃったんだよなー』
 自殺……? いったいどういうことなのだろう。
『けど休業明けからの彼女の曲、ますますよくなったやん。うち、今の方が好きやで』
『休んだからか彼女の雰囲気や声、少し変わった気がするけど、いいよねー』
『それはそれとしてさぁ、例の声ってくぐもってるから聞き取りにくいよ。何て言ってるんだ?』
『知らないよー。誰か教えて!』
 何か気になるし、調べてみよう……かな?

●発注者【1A】
 暖色系の部屋明かりの下、少女はノートパソコンの画面に視線を向けていた。腰に届く程長い蒼銀の髪は、毛先が緩くウェーブを描いており、ゆらゆらと揺れていた。足元に居た黒猫が、前脚でちょいちょいと突いていたのだ。
「斗南、おやめなさい」
 そう静かにつぶやく少女、慧蓮・エーリエル。すると黒猫の斗南は、ぴたっと動きを止めて、その場におとなしく丸まった。
「押上ミナコ……」
 画面に映し出されている名前を繰り返す慧蓮。この名前、慧蓮には覚えがあった。聞き覚えなどという、半端な物じゃない。
「コノ人、確か発注者よね」
 慧蓮はそそくさと画面を切り替え、顧客リストを呼び出した。宝飾デザイナーである慧蓮には、様々な顧客が居る。それを管理するのに、ノートパソコンは重宝している。第一、一昔前まではこのような便利な機械はなく、帳簿に全て記していたのだから。
 名前をキーワードにリストを検索する慧蓮。たちまち発注内容等のデータが表示された。
「あら、やっぱり」
 慧蓮は画面から視線を外し、傍らのチョーカーに目を向けた。すでにチョーカーには慧蓮によって手が加えられた後であった。
「押上ミナコって、このチョーカーの発注者ね」
 再び画面に視線を戻し、慧蓮は発注内容に目を通した。発注されたのは傍らにあるチョーカーの他にピアスとセットで。何でも新曲のプロモーションビデオ用に使用するとの話だった。恐らくその新曲とは、この掲示板で話題になっている曲のことだろう。確か曲名は『罪』と言うのではなかっただろうか?
「そう、そんな噂があるのね……」
 慧蓮はほうっと溜息を吐いた。
 有名人にはとかく噂は付き物だ。過去の美談やらスキャンダル、恨みに妬み、エトセトラエトセトラ。どこまで本当で、どこから嘘かなんて、本人でなければ分からない。けれども――。
(こういうホラーな噂は、ね……あまり気分のいいものじゃないわね……)
 このような噂に関しては、必ずしも本人が分かる物ではない。そりゃあ、本人がスタッフと相談してこのようなことを行ったのならともかく、スタッフが勝手に行っていたり、あるいは単なる偶然でこのようになったのでは分かるはずがない。本当に何か霊的な音であるならば、なおさらな話である。
 指先を唇に当て、思案顔の慧蓮。血の様に紅い瞳は画面とチョーカーを交互に見つめていた。
「斗南」
 慧蓮の足元で丸まっていた斗南の耳が、ピクンと立った。
「納品のついでにミナコ本人に話を聞きに行ってみましょう」
 起き上がった斗南は、ピョンと慧蓮の膝の上へ飛び乗った。斗南の背を優しく撫でる慧蓮。
「うふふ……斗南。私、今面白いことを思い付いてしまったわ……」
 くすくすと笑う慧蓮。その笑みは無邪気な少女のそれでもあり、妖し気な女性のそれでもあった。

●納品【3A】
 その事務所は新宿のとある高層ビルにあった。ビルのうち、3フロアがその事務所のオフィスとなっていた。大手事務所『バリエント』、押上ミナコの所属する事務所の話だ。
 エレベーターのドアが開き、目の前に受付が見える。慧蓮はフロアに足を踏み出した。その後を斗南がついてゆく。
 受付嬢が慧蓮に気付き、声をかけてきた。
「あらお嬢ちゃん、どうしたの? 階を間違えたのかしら?」
 それを聞いて慧蓮はくすっと笑った。よくある言葉だ。けれど、数分後にはその言葉が間違いだったことを相手は思い知らされることになる。それがいつものことだった。
 慧蓮が押上ミナコが発注した品物を持ってきたことを告げると、受付嬢は少し驚いたような顔を見せた。
「お使いだったのね……。ありがとう、じゃあ後で担当の方に渡しておくわね」
 受付嬢はそう言って慧蓮から品物を受け取ろうとしたが、慧蓮はそれをやんわりと拒否した。
「本人に会って直接渡したいの」
「え、でも……」
 困惑する受付嬢。そこで慧蓮は止めの一言を投げかけた。
「デザイナー本人が会いに来ていると、伝えてちょうだい。『Kaether』のデザイナーが」
「本人がって……」
 受付嬢は周囲を見回した。目の前には慧蓮と斗南の姿しか見当たらない。訝る受付嬢を慧蓮は紅い瞳でじっと見つめていた。
「え? まさか……!?」
 驚いて息を飲む受付嬢に、慧蓮はくすくすと笑いかけていた。

●あなたは誰?【4A】
 慧蓮が立派な応接室に通されて小1時間も経った頃、ガチャリとドアが開いてスーツ姿の男性が入ってきた。後にはTシャツにジーンズ姿の茶髪女性が続いている。恐らくこの女性が押上ミナコなのだろう。
 スタイルもまずまずで、かといってセクシー系といった出で立ちでもなく、少なくとも同性に嫌われるタイプではなさそうだった。
「これはこれは、可愛らしいお嬢さんだ」
 スーツ姿の男性は慧蓮を一目見るなりそう感嘆した。男性の年齢は30代だろうか、ミナコのマネージャーなのかもしれない。
「あなたは?」
 向かいのソファへ腰掛けた男性に尋ねる慧蓮。男性は少し笑みを浮かべそれに答えた。
「この事務所の社長ですよ、お嬢さん」
 慧蓮が意外だといった表情を浮かべた。マネージャーではなく、社長本人だったようだ。若い社長だが、芸能界では特におかしくもないのかもしれない。
「さて、品物を見せてもらいましょうか」
 表情を引き締める社長。慧蓮のような少女相手でも、ビジネス絡みの話となれば表情が変わるようだ。
 慧蓮はテーブルの上に木箱を取り出すと、木箱を開けて中身を2人に見せた。発注通りのチョーカーとピアスが入っていた。
「ほう……これは」
 チョーカーを手に取る社長。入ってから全くの無言だったミナコも、少し身を乗り出してピアスを手のひらに載せた。
「これを君が? 全て?」
「もちろん。私が全て手がけていますの」
「君みたいなお嬢さんがこれをデザインしたかと思うと……うーむ」
 唸る社長。慧蓮は悪戯っぽく尋ねた。
「ご不安ですかしら?」
「いいや、その逆だ。何とも驚きだが、それ以上に驚きなのはやはりこの出来だ。予想通り、いや予想以上の仕上がりだよ。これなら新曲のプロモーションビデオも素晴らしい物に仕上がるに違いない。なあ、ミナコ?」
 社長が話を隣に居るミナコに振った。小さく頷くミナコ。
「驚きなのはこちらもですけど」
 慧蓮の言葉に社長が視線を戻した。
「聞く所によると、3ヶ月の休業後から曲がますますよくなったというじゃありませんの。私にはその方が驚き」
 休業の話が出た途端、ミナコが視線を外し、ピクッと社長の眉が動いた。
「ねえ、斗南。あなたも不思議よね」
「ニー」
 慧蓮の膝の上で丸まっていた斗南が短く鳴いた。
「人間の声って、そんなに簡単に本質が変わるかしら?」
 慧蓮がくすくすと笑った。だが目は笑っていない。
「……何を言いたいのか分からないが、それだけ劇的な変化がミナコにあったということだよ」
 表情を変えることなく、社長が淡々と答えた。
「付き人さんの死が?」
「ああ、そうだとも」
 少しむっとして答える社長。突かれたくなかった質問のようだ。
「ミナコにとって、あれはとても辛い出来事だったんだ。休業でそれをどうにか乗り越えてきたというのに、わざわざ思い出させるつもりなのかな?」
「いいえ、ただ真実を知りたいだけ。新曲に妙な声が入ってるなんて噂もあったから。ねえ、あなた」
 慧蓮はミナコに向き直って言った。
「あなたと付き人さん、ただの歌手と付き人の関係だったの? うふふ……休業の原因だったんですものね。ただの関係であるとも思えないわ」
 ミナコからの答えを待つ慧蓮。だが、ミナコは視線を慧蓮に向けることなく、口を閉ざしたままだった。怒りもせず、反論もせず。答える気もしないのか、それとも……。
「失礼だが、そろそろ帰っていただきたい。この後、取材があるのでね」
 言葉こそまだ丁寧だったが、社長は表情に不快感を露にしていた。
「あら、そう。なら私はこれで。行きましょう、斗南」
 慧蓮は膝の上の斗南の背を2度軽く叩いた。ピョンと床に飛び下りる斗南。慧蓮は静かに立ち上がりドアへ向かって歩いていった。
「……そうそう」
 慧蓮はドアの前で振り返り、じっとミナコを見つめた。
「あなたはいったい誰なのかしら? 本当に押上ミナコ? それとも……」
 くすくす笑いながら慧蓮はドアを開いた。
「ごきげんよう、誰だか分からない人」

●後日談【6A】
 ミナコに品物を納品した後日、慧蓮は別の発注者にミナコにまつわる話を流した。姿を隠してだ。発注者は警察幹部の若い夫人であった。
 いや何、他愛のない言葉だ。そう、ほんの少しの言葉である。
「押上ミナコって歌手はご存知? でも本当は、付き人が入れ替わってるなんて噂……ご存知?」
 ただそれだけだ。しかし好奇心の高そうな若い夫人に流すには十分な言葉だった。きっと後で旦那や奥様仲間に話していることだろう。
 翌月の月刊アトラスに、ミナコの曲に聴こえる謎の声についての記事が掲載された。だがその記事には、謎の声が亡くなった付き人の声に似ているということ以外に、ミナコの声にも似ていると書かれていた。
 それと相前後するかのように、件の掲示板にもミナコと付き人の入れ替わり説が匿名で書き込まれていた。
 それをきっかけとし、事態が動き出した。さらに翌月の月刊アトラスには記事の続報が掲載されていた。独自のルートで調べた話として、直筆で書いたはずの2枚のサイン色紙の筆跡が違っていたという記事があったのだ。
 他のマスコミも調査を始め、ついには警察まで動き始めた。
 芸能界に一大スキャンダルが巻き起こるのは、それからそう遠くない日のことであった――。

【VOICE 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0487 / 慧蓮・エーリエル(えれん・えーりえる)
      / 女 / 12、3? / 旅行者(兼宝飾デザイナー) 】
【 0033 / エルトゥール・茉莉菜(えるとぅーる・まりな)
                   / 女 / 26 / 占い師 】
【 0035 / 倉実・鈴波(くらざね・りりな)
                 / 男 / 18 / 大学浪人生 】
【 0075 / 三浦・新(みうら・あらた)
                    / 男 / 20 / 学生 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
  / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全21場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・すでにお気付きかもしれませんが、今回皆さん全員が完全個別になっています。高原の依頼では、何とも珍しいことですが……それだけ皆さん独自の行動をされていたということですね。調査を行う人やら、揺さぶりをかける人、恐怖に怯える人やらと、人によって違った内容となりました。
・それにしても、妙な声の入っている曲って時折ありますよね? 多くはバックコーラスの加減だったり、偶然の産物だったりする訳ですが、中には理由の説明できない物もあるでしょう。もしそんな時、そのアーチストの周辺で妙なことがあったら……? まあそれは考え過ぎというものでしょう、ええ。
・慧蓮・エーリエルさん、2度目のご参加ありがとうございます。いつもファンレターありがとうございます。きちんと目を通させていただいています。今回のプレイングは調査というより、揺さぶりをかけるという感じで判断させていただきました。なかなか鋭い読みだったと思いますよ。細かい部分で色々と疑問もあるかと思いますが、その辺りは他の方の文章に出ていますので。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。