コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


花ノ想イ出

■冒頭■
 その日、草間興信所には一人の女性が来訪していた。彼女の名前は和泉百合子。一週間前に草間の元へ電話があり、調査依頼をしてきた50代の女性だ。
 百合子は1枚の写真をテーブルに置いて、草間の前でお茶を一口啜る。
「それで今もまだ、続いているんですか?」
 草間はソファーに座りながら、百合子に尋ねた。それに百合子は「はい」と小さく呟き、湯のみを静かにテーブルへと戻す。
「前にお話した通り、うちは小さな旅館をやっています。旅館と言っても現在は料亭のような感じなのですが、この2,3年、何人ものお客さんが……」
「咲くはずのない花が、咲くのを目撃したと」
「はい。うちには中庭に、コブシの木があります。ですがコブシの花は昔から何故か咲かないんです。なのにお客様から“花が咲いていた”と言われて、正直戸惑っています」
「本当に咲かないんですか?」
 草間は百合子の思い違いではないか、と単純に思った。
 けれど百合子は首を左右に振る。
 その行動は否定をしていた。
「コブシの木は、父がこの家に住んだ時から咲かなかったらしいんです。私も幼少の頃から住んでいますが、一度だって咲いたところを見たことはありません」
「木が死んでるということは?」
「それはないそうです。診断してもらいましたが、木はちゃんと生きていると言われました。だから余計に気になって……」
 百合子はそこで言葉を切った。
 草間はふぅと息を吐いて、テーブルの写真を眺める。確かに映っているコブシの木には、花が付いた形跡はない。
 だからといって木が死んでいるようにも見えなかった。
「他にこのことを知っている人は?」
「実は父が昔よく言っていたことがあるんです」
「何ですか?」
「ええ。父はよくコブシの木を前にお酒を飲む人だったんですが、その父が酔った時に“このコブシは綺麗な花を咲かせて、俺に笑顔を向けてくれる”と言ったことがありました。私は幼かったので、父の戯言と思っていたんですが……」
 百合子は一旦そこで話しを切ると、草間に「でも本当にあの木は花を咲かせないんです」と言い切る。自分の記憶違いではない、と言いたいらしい。その真剣な面持ちに、草間も百合子が嘘を付いているようには思えなかった。
「お願いします。父が好きなあの木の真相を、どうか早急に調べて下さいませんか?父は今、病に付しているんです」
 百合子の切実な願いに、草間は「判りました」と一言告げる。
「調査の依頼を引き受けましょう。そうですね、わたしは他の仕事で伺えませんが、優秀な人材をそちらに行かせましょう。それでいいですか?」
 草間の言葉に百合子の表情が見た目にも明るくなり、「ありがとうございます」と礼を述べて草間興信所を後にする。
 残された草間は、写真を手にして眺めながら、愛用の煙草を口に咥えた。
「さて、誰に行ってもらうとするかな」

■調査開始■
 東京郊外は、比較的自然が残っている。交通は少々不便ではあるが、電車を乗り継げばなんてことはない。
 百合子の住む場所も、そんな場所に存在していた。
 旅館に到着すると、百合子が待ち望んでいたという表情で出迎え、四人は例のコブシの木が見えるという部屋へと通される。部屋は料亭として使っている部屋とは別に、旅館として使用している離れにあった。八畳ほどの和室で、床の間に飾られた花は綺麗に生けられている。部屋はこれといって特徴のない、普通の造りをしていた。
 今回調査を行うメンバーは四人。
 咥え煙草に金髪、それに少しばかり派手目な服を着た一見クールに見える青年、真名神慶悟。
 長身に青い瞳、見目からも聡明そうな雰囲気を漂わせた女性、シュライン・エマ。
 来る途中で買ったのか、片手に一升瓶を提げている眼鏡の男、武神一樹。
 年齢よりかなり幼く見える、色白で小柄な少年、夢崎英彦だ。
 四人は中に入ると、一樹と英彦は障子を開けて外に立っている問題のコブシを眺め、慶悟は上座の座布団に胡坐をかく。シュラインは丁度コブシの木を背にして、礼儀正しく正座した。
「はじめましてだな。夢崎英彦だ。名前は好きに呼んでくれていい。調査するのは今回が初めてでね。よろしく頼むよ」
 百合子をお茶を入れている間、なんだか偉そうな口調で英彦が挨拶をする。だがこの中で一番の最年少者は英彦である。隣りに立っていた一樹は、なんだ?という表情で見ていたが、差し出された手が握手を求めていると気づき、一応礼儀は通さねばと手を差し出す。しかしその手は、男にしてはあまりに白く、握った手はビクリとするほど冷たかった。一樹が眼下の英彦に視線を向けてみれば、彼は気にした素振りも見せず、手を引っ込めてしまう。もう挨拶は終わったということなのだろう。
「この度はお手数をお掛けします」
 そんな二人のやり取りが終わり、百合子がお茶を差し出しながら四人に頭を下げる。
「いえ、お気遣いなく。それより早速ですが、調査のために少々質問してもいいですか?」
 シュラインはお茶に手をつけることなく、百合子に視線を向けた。シュラインは疑問に思っていたことを、百合子に尋ねることから調査を始めるつもりのようだ。英彦は初仕事ということで、シュラインの横に座り、話しの流れを掴もうと参加表明を表す。元々座っていた慶吾も少し尋ねたいことがあるのか、態度を変えないまま座っている。
 けれど一樹は興味がないのか座布団に座ることはなく、障子に凭れかかりながらコブシの木を眺めていた。
 そんな四人の動きに戸惑いつつ、百合子は手を膝の上に置いて「どうぞ」と小さな声でシュラインへと返答した。
「それでは、まずコブシの花を見たというお客様についてですが、皆さんお酒を飲んでいたのでしょうか?あと寝ていた方も見たと言ってるんでしょうか?」
「料理の席では、ビールや日本酒などは少なからず出しますが……」
「酔っていたり、寝ていたということは?」
「そこまでは。この部屋は客室ですので、お布団を敷いた後は判りませんので」
 シュラインの質問に、申し訳なさそうに百合子は言う。実際、目撃したと聞くのは、翌日のチェックアウトの時。その頃には前日に酒を飲んでたとしても、百合子の目には判らない。
 それに百合子はこの話題を、深く尋ねることはしていない。ただ「コブシの花が咲いていた」と聞くだけなのだ。
「そうですか。ではお父様が花を見た時はどうでしたか?お酒を呑んでいましたか?寝ていましたか?」
 シュラインは更に質問を続けた。
 その質問に百合子は頬に片手を置き、暫く空を仰いで記憶を辿る。
「そうでうねぇ……父がその話しをする時は、大抵お酒を呑んだ後だったように思います。寝ていたということは、なかったように思いますが」
「本当は花が咲くのに、貴方だけ見ていないってことはないんですか?例えば……そう、貴方が下戸で寝てしまっているだけとか」
 黙って聞いていた慶悟が、口を挟むように尋ねた。
 花を見たという人間は皆、少量でもアルコールを口にしている。ということは、その現象が見える条件に“アルコール”が関係しているかもしれない。酔った状態の時だけ、花が咲いているように見える。そういう可能性もあるのだ。
 けれど百合子は「いいえ」と首を左右に振る。
「確かに私はお酒にはあまり強くありませんが、酔って寝てしまったことはありません。酔ったこともありませんし。それなら父の方が、寝てしまうことが多かったですよ」
 それは下戸とは言わないんじゃ…、と慶悟は思ったが、あえて口を開くことはしなかった。
 どうやらこの読みはハズレらしい。
「それでは質問を変えますね。そのコブシの木ですが、お父様が住む以前から咲かなかったのですか?それとお父様が病に伏されるようになったのは、何時頃からですか?」
 慶悟に質問する気がないのを見て取り、シュラインが口を開く。
「花は昔から咲いてなかったようです。ここを紹介してくれた方も「切った方がいい」と言われたとか。そうそう、父が病に伏してからですが……半年くらい前からでしょうか。以前から体調は崩していたのですが、入院したのは半年ほど前からです」
「花が咲くと言われるようになったのは、その頃からか?」
 続くように尋ねたのは、慶悟だった。
「そういえば……父が病気になってからです。コブシの花が咲くと言われ出したのは。でも何故?そういえば花を見ていたのも父だけ。何か花と父には関係があるのでしょうか?」
 百合子は動揺したのか、声が少し震えている。
「花が咲き出したのは父親が病気になってから。それまでは父親しか見たことがなかったし、それ以前も咲くことはなかった。アルコールを口にした者だけに見えるのかは定かじゃないけど、百合子さんが見てないのはアルコールに弱くて寝てしまっているからじゃない」
 指を折って今判った情報を口にする英彦に、シュラインと慶吾は真剣な面持ちのまま考え込んだ。英彦の言葉を頭の中で反復しながら、知り得た情報で判ったことを整理していく。
 そして数秒黙り込んでいたシュラインと慶吾だが、何かしらの糸口が掴めたのか、二人の口は同時に同じ言葉を紡ぎ出す。
「「そういうこと」」
 その声は幾分弾んでいるもので、シュラインと慶吾が互いに顔を見合わせた。
 するとそれまで会話に加わらずコブシの木を眺めていた一樹も、二人の声の調子に気づき振り返る。
「何か判ったのかい?」
「あぁ…まぁ少しだけな」
「そうね。まだ想像の域を脱していないけれど」
「それは聞かせて欲しいね」
 一樹はスタスタと開いている座布団に座ると、慶悟とシュラインに視線を合わせた。テーブルを囲むように、百合子を入れた五人が座っている。
 慶吾は口元に手を添えながら、ゆっくりと口を開いた。
「俺はまず百合子さんが下戸で、咲くところを見れなかったんじゃないかという推測もありかと思っていた」
「でも下戸じゃなかったよな」
 茶化すように英彦が口を挟む。
「そうだ。百合子さんは……本人が弱いと思ってるだけで、下戸じゃないだろう。そして花が咲くと言われ出した時期と、父親が病に伏した時期が一致していた」
「それとお父様が病に伏すまで、花はお父様以外見た者はいなかった」
 シュラインが百合子に確認するように言うと、百合子は対面する席で「はい」と言った。
「花が咲くことと父親の状態が、あまりにも関係し過ぎているとは思わないか?」
 慶吾は口元に添えていた手を離し、一樹を見つめる。その目は一つの可能性を示唆していた。
「恐らくコブシの花はお父様の意識、もしくはお父様自身と連動しているってことよ」
 一樹が答える前にシュラインが口を開き、その可能性を一つ、音にしてみせる。
 音にしてみると少し厄介そうに聴こえるが、要は父親に関係した何かがコブシにはある、ということだ。
「父親と連動しているということは、急に花が咲くと言われ出したのも、コブシが何かを伝えたがっている、ということは考えられないか?父親が病に伏してからなら、尚更その可能性は否定出来ないと思うからな」
 慶吾とシュラインの言葉を黙って聞いていた一樹も、自身が予測していたものに今の情報を交えて言葉を発する。
 すると一樹の言葉に、他の三人がハッと顔を見合わせた。
「その可能性が高いんじゃないですか?今まで一人にしか見えていなかったのが、いきなり色んな人に見えるようになったんだから」
 何気ないようで確信を付いた言葉を、英彦が口にする。
「実は俺もコブシは何かを訴えようとしていると思ってたんだ」
「私はお父様を心配してって可能性を考えていたわ」
「俺は木霊っていうのも視野に入れている」
 慶吾、シュライン、一樹が各々の考えを口にする中、英彦だけは自身の考えを口にしなかった。
 ただ締めるように一言だけ、当然のように口を開いた。
「結局のところ、コブシの木と対面しないと駄目でしょうね」
 そのつもりだ、と他の三人は思ったが、なんだか反論するのも大人げないような気がして黙り込む。
 百合子はメンバーの考えに、青褪めた表情をしていた。

 辺りが薄暗くなり、やがて本格的に闇が支配すると、四人は障子と窓を開けてコブシの機を眺める。一樹に至っては持参した大吟醸片手に、真正面へと座り込んでいた。
 月は半月。空気は冷たくない。ほろ酔い気分の状態では、暖かくすら感じる陽気だ。
 百合子は料理長に作らせた刺身の造りと、日本酒を部屋に運び入れ並べていった。調査してもらう側の心遣いだろう。
 しかしその隣りでは英彦が備え付けのグラスを持ち、今運ばれたばかりの冷酒に手を伸ばしている途中だった。
「ちょっと。あんた未成年でしょう」
 その行動に気づいたシュラインが咎めるが、英彦は手にした酒をグラスに注ぎこんでいく。そうして冷酒の入ったグラス片手に、一樹より少し離れた場所に腰掛けるとシュラインに視線を向けた。
「成長ホルモンの関係でね。身なりは子供ですが、こう見えてそれなりの年なんです」
「まぁ、そうなんですか」
 話しを聞いていた百合子が、どこか不憫そうに声を掛けるが、英彦はニコリと笑って曖昧な返事を返す。
 それを横目で捕らえつつ、慶吾もまたグラス片手に一樹の方へと歩いていき、一樹の隣りへドカリと座り込んだ。
「なんだ」
「俺も一緒に酒を呑もうと思ってな」
「それで?」
「あんたが持ってきた大吟醸のご相伴に」
「仕方あるまい」
 一樹は一升瓶を持ち上げると、慶吾の持つグラスへ並々と注ぎ入れてやる。すると慶吾は一回コブシに向かってグラスを掲げると、グイッと一気に喉奥へと酒を通していった。少々辛めだが、味は呑みやすいものだ。
 釣られて一樹も、そして英彦も酒に口を付ける。後ろではシュラインがコブシの木を見上げていた。
 まだコブシの木に花が咲く気配はない。
「しかし……英彦、さっき言ってたこと本当なのか」
 花が咲くまでの間、一樹は英彦に「本当に未成年じゃないのか」と尋ねた。別に法律に厳しいわけではないが、何かあった場合、責任を取らなくてはならないのは依頼主である百合子なのだ。見た目からして「未成年と気づかなかった」という言い訳は通用しない。
 それを知ってか知らずか、英彦はスゥと目を細めて相手を見る。
「嘘だ。少なくとも十六というのは」
「それは、どういう意味だ」
 一樹がチラリと目を動かして相手を横目に捉えるが、すぐにコブシが気になるのか視線を元に戻した。
「さぁね。そこまで教えるほど口達者じゃないですよ、僕は」
 英彦はそれだけ言うと、またひとくち酒に口を付ける。
「あっそ…」
 そんな英彦に、元々あったわけじゃない興味を更になくして、一樹は木を見つめた。話しをしていても、自分が待っているのは花が咲く瞬間なのだ。
 そしてどれくらい時間が経ったのか。
「お出ましのようだ」
 漸く待ち望んでいた状況が訪れようとしている。
 ソレは一樹の言葉通りみるみる蕾をつけ、一斉に綺麗な白い花を咲かせ出した。真っ白でいて、子供の手の平サイズの花々が、メンバーに会いに来たかのように開いていく。百合子は今まで噂でしか聞いたことがなかった出来事が目の前で起こり、驚きで声も出ない様子だ。
 けれど一樹は花が満開になると、横に置いてあった酒を持ち上げ、裸足のまま土に降りて歩き出した。柔らかい風が、一樹の髪をサラリと揺らす。
「さぁ、呑もうじゃないか。どうだ、お前も一杯」
 言って酒をグラスに注ぎ、それを豪快に飲み干し「美味い酒だ」と、木に向かって笑い掛ける。
「お酒を呑んでますね」
 それを見ていた英彦が、自然と感想が出たのか声に出す。
「えぇ。彼は彼なりの方法があるんでしょう」
 シュラインも一樹を見続けたまま、彼が何をしようとしているのかを口にする。きっと父親がしていたように木を相手に酒を呑んで、コブシの木が求めていることを知ろうとしているのだ。
 そのことに慶吾は、いち早く気づいていた。そう。一樹が木に向かって歩き出した時点で。
 何故なら、彼も一樹と同じ行動を取ろうと思っていたからだ。
 しかしそうとなれば、慶吾も黙って見ているわけにはいかない。遅れを取りたくないというより、自分も何を伝えようとしているのか知りたいのだから。
 慶吾は一樹同様裸足のまま木に近づき一升瓶から酒をグラスに注ぐと、一気に飲み干して「本当だな。美味い酒だ」と呟いた。
「お前は何が望みだ。何を伝えたい。俺達はそれを訊きに来た。このままではお前も、そしてこの家の者も救われないだろう」
 さぁ言えよ、と一樹が木に向かって話し掛ける。
 すると今までただ花を咲かせていたコブシの木の前に、半透明、というよりは殆ど透けている一人の青年がゆらりと姿を現した。青年は何かの制服を着ている。そしてその姿が透けているからじゃないだろう、何処か儚い印象を与える表情をしていた。
「アレが花を咲かせていた正体ですか」
 いつ駆けつけたのか、英彦が一樹の横で目を見据える。
「たぶんな」
「それじゃあ父親が言っていた“微笑んでくれる”っていうのも、この人のことだったんでしょうね」
 英彦は一人納得した顔で青年を見続ける。百合子の言っていたことの一つは、これで解決したことになる。
「百合子さん、彼に心当たりはありませんか?」
「いっいえ……全く存じない方です」
 シュラインは百合子をサポートするように、二歩程下がった場所から青年を見つめ尋ねてみた。
「それじゃ、話してくれるな」
 百合子を気にしながらも、一樹は優しく青年に語り掛ける。青年はコクリと首を縦に振り、片手を木に翳しながら口をパクパクさせた。けれど音は発せられていない。なのに青年の言葉は脳に直接響くように、誰の耳にも届いていた。
 それは彼の力なのか、それともこのメンバーがいるからなのかは判らないが。
『私はこの木に宿り、ずっと天に昇るのを拒んできました』
「どういうことだ」
 一樹の声が、静かな闇に溶け込んでいく。
『先逝く自分に泣いてくれた人が言ってくれた言葉を守りたかったんです』
「それは百合子さんの父親のことだな」
 慶吾の確証めいた言葉に、青年はまた薄く笑みを作る。それがその問いへの答えなのだろう。
「彼は父親の知り合いってことですか。でも百合子さんが知らないってことは、百合子さんが生まれる以前の友人か、家に招かれたことのない友人。木にとり憑いてまで傍に居たということは、後者は有り得ないってことだ。けど言葉を守るっていうのは、どういうことなんですか」
 青年の素性は一体なんなのか。英彦は状況を整理していくように、声を発して言葉にしてみるも、青年は返答する気がないらしい。言えないのではなく、言わないのだろう。
「けどそれだけじゃ片付かないこともあるだろう」
 横から慶吾が口を出すと、英彦も「あぁ、そうだったっけ」と口にした。
「あなたと父親が連動する理由が判らない。父親が病に伏してから誰にでも花を見せたのには、どういう理由があるんだ」
 木霊ではなく、霊魂だと名乗る青年に、一樹は声を荒げることもなく相手に告げた。彼が父親の友人だったという事実と、花を咲かせたことの接点が思い浮かばない。
『友に会いに来ていたんです。そして最期に感謝と、そして謝罪を知って欲しかったんです。友の娘へと。……さて、どうやら時が来たようなので、そろそろ天に昇ろうと思います』
「ちょっと待って。それはどういう意味なの?あなたはお父様が心配だったんじゃないの?」
 シュラインは、青年に向かって言葉を投げ掛けてみる。
 けれど青年は微笑んだ表情のまま『いいえ』と首を振り、一度だけ百合子に視線を向けると、律儀にもお辞儀をして天に昇っていく。それは今まさに、彼が成仏しようとしている瞬間だった。
 そして最期の最期で、青年はコブシの花をまるで花吹雪のように舞い散らせ、その姿を消しさってしまう。
 青年はあの世へと、旅立って行った。
 残ったのは花を付けた形跡のないコブシの木だけ。
 慶吾が木に触ってみても、そこには既になんの気も感じられなかった。
 そして彼が居た本当の意味が判らぬまま、メンバーは草間興信所への帰路に着くことになる。

■後日談■
 数日後、草間興信所に集められたメンバーは、草間から1通の手紙を受け取った。差出人は百合子から。達筆な文面に、草間はシュラインへと手紙を渡す。
 そこに書かれていた内容は、百合子の父親が亡くなったということと、あれ以来コブシの噂はなくなったこと。そして……木が枯れ出したということだった。文面の最後には、調査したメンバーへの感謝の言葉も添えられて。
「結局、あの人はなんだったのかしらね」
 シュラインは読み終わった手紙を封筒に戻しながら、誰に言うでもなく呟く。
「結果からすれば、あの木に宿っていたのは木霊じゃなくあの男。そして男が成仏したために、木もまた死んだってことだね。そして彼は成仏し、父親も他界した」
 恐らく青年が百合子に言った“謝罪”とはこのことだったのだろう。ただ父親を道連れにしたのかは定かではないが、あの穏やかな表情からして、それはないでしょうね、と英彦は思う。
「けど最期まで父親とのことを話さなかったな」
 出されたコーヒーに口を付け、慶吾はそんなことを口にする。
「それだけ誰にも話したくなかったってことだろうよ。誰しも大切な思い出には、勝手に入ってきて欲しくないものだ。あの青年もそうだったんだろう」
 一樹の言葉に、誰もが口を噤んだ。青年は必要最低限のことは話してくれたのだ。
 そしてあの木は、二度と花を咲かせることはなく、もう噂になることもだろう。
 まぁこんな結末もいいじゃないか。
 一樹は一人微笑み、さて、と草間の前に移動する。
「草間、報酬は貰わないとな」
「判ってる。銀行振り込みでいいか?」
「いいや、キャッシュで」
「………今は手持ちがない」
 草間の消え入りそうな言葉に、他のメンバーも目を見開いて動きを止めた。
「ちょっと武彦さん。私もキャッシュ希望なんだけど」
「俺もだ。銀行振り込みなんて、まどろっこしい」
「僕も同意見です。振込みは面倒この上ない」
「お前ら……。交通費、その他諸経費に、4人分の報酬と色々あるんだ。数日中に振り込むから、振込先を教えておけ」
 バシッとテーブルにメモ用紙とペンを置き、草間は「もう聞かないからな」と自身のデスクに座って新聞を読み始める。
「……私、ここでのバイト、考え直そうかしら……」
 シュラインの呟きに、一樹、慶吾、英彦は大きく頷いてみせた。
“貧乏探偵社じゃあるまいし”
 そうして草間以外いなくなった興信所には、数字の羅列と“次回からはキャッシュで”の文字が書かれたメモ用紙が4人分並んでいた。

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【0086】シュライン・エマ/しゅらいん・えま/女/26歳
→翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
【0173】武神・一樹/たけがみ・かずき/男/30歳
→骨董屋「櫻月堂」店長
【0389】真名神・慶悟/まながみ・けいご/男/20歳
→陰陽師
【0555】夢崎・英彦/むざき・ひでひこ/男/16歳
→探究者

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
「東京怪談/花ノ想イ出」にご参加下さり、ありがとうございます。
ライターを担当しました。佐和美峰(さわ・みほ)と申します。
今回は「コブシの木に話をきく」という、戦闘系のない穏やかな作品でした。
青年についての謎は残りましたが、依頼的には成功だったと思います。
一応キーワードとしては百合子の年齢コブシなんてちょっとマイナー(?)な
木にしたのがキーワードでした。あとは題名でしょうか。

それでは今回はこのへんで。またお会い出来ると嬉しいです。