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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


VOICE
●オープニング【0】
『押上ミナコの新曲聴いた? あれって、何か声入ってない?』
『俺も聴いた! あの声、コーラスなんかじゃないよな?』
 ゴーストネットの掲示板上でそんな会話がやり取りされていた。押上ミナコ(おうがみ・みなこ)というのは、各種音楽チャート上位の常連の女性ポップス歌手だ。
 けどまあ珍しい話じゃない。昔から色々と言われてきた話で、多くは単なる偶然だったはずだ。今回もその類ではないだろうか。
 最初はそう思っていた。次の書き込みを見るまでは。
『そういえば、彼女の付き人が1年半前に自殺したって話あったよね? ひょっとしてその娘の声なんじゃ!?』
『あったあった! あれでミナコ、3ヶ月休業しちゃったんだよなー』
 自殺……? いったいどういうことなのだろう。
『けど休業明けからの彼女の曲、ますますよくなったやん。うち、今の方が好きやで』
『休んだからか彼女の雰囲気や声、少し変わった気がするけど、いいよねー』
『それはそれとしてさぁ、例の声ってくぐもってるから聞き取りにくいよ。何て言ってるんだ?』
『知らないよー。誰か教えて!』
 何か気になるし、調べてみよう……かな?

●定番【2A】
「ふうん……妙な声かぁ」
 倉実鈴波はパソコンの画面をじっと見つめつぶやいた。その傍らには参考書が置かれていたが、しばらく触れてもいないのか、うっすらと埃が積もっていた。
 ここは某有名予備校の寮で、鈴波は地方から上京してこの寮で1人暮しをしているのである。
 しかし1人暮しの気軽さゆえに、よくある『開放感』という名の罠に引っかかり、この春で目出たく2浪が決定した。おかげで、新しく寮に入ってきた者からは先輩と呼ばれる始末である。……何気に寮母は鈴波の2浪を喜んでいるようだったが、まあそれはきっと気のせいだろう。
「芸能界には興味ないけど、こういう話には興味あるなぁ」
 興味を持つのは何も悪いことではない。でも同じ興味を持つなら、勉強の方に興味持った方がいいのではないだろうかとも思える。こうして色々と興味を持っているから2浪したのかもしれない。
「謎の匂いが漂っている。シャーロック・ホームズ全集を何度も読んだこの灰色の脳細胞に、ビシビシと感じるよ……」
 自慢げに1人つぶやく鈴波。全集を何度も読んだというのはたいした物だ。もっともそれが大人用であればの話だが。児童用を何度も読んでも、そうは自慢にならない。ちなみに大人用は1冊目でものの見事にダウンしていた。
(付き人が自殺、3ヶ月の休養のあとの印象の変化……)
 こうくれば、パターンとしては大方決まっている。
「とくれば、定番は人物の入れ替わりでしょう」
 少し飛躍し過ぎかもしれないが、可能性としてはなきにしもあらず。推理小説の定番でもあることだし。
 ともあれ、推理を考えるだけならばここで終わりである。ここからいかにしてこの推理を実証してゆくのか、これが問題だ。
(まずは、付き人が自殺したって話がホントか調べなきゃ)
 自殺したというのはただの噂で、実は生きていたなんてこともあるかもしれない。図書館には古い新聞や雑誌があるはずである。幸い浪人生である鈴波には時間はたっぷりとある。丹念に該当する時期の新聞等を調べてゆけば、きっと見つかることだろう。
「……あっ」
 と、最初の計画を立てた所で、鈴波は重大な事実に気が付いた。
(押上ミナコって、どんな歌を歌ってるんだろ?)
 そもそもミナコの顔も知らないし、よく考えてみれば名前を見たのも今日が初めてかもしれない。芸能界音痴もここまでくればたいしたものだ。
(有線で流れているあの曲だと思うんだけどな……)
 何とか思い出そうとするが、どうも上手く思い出せない。仕方なく、鈴波は寮でCDを持ち込んでいる奴の心当たりをつけて、後で話を聞きに行くことを決めた。

●ミナコ命【3B】
「押上ミナコはいい!」
 同じ寮に住んでいる知り合いの青年は、開口一番そう言い切った。ちなみにこの青年、今年でついに5浪。上には上が居る物である。
「多くの曲がピアノのみのメロディーで構成されているから、歌声で真っ向勝負なんだよなー」
 1人でうんうんと頷く青年。鈴波もよくは分からないなりに、とりあえず頷いておいた。
「メロディーだけじゃなく、歌詞もいい。作詞作曲も自分でこなすし、何て言うか統一感があるんだよな。いきなり曲の冒頭で『私を縛る鎖が』なんてやられてみろって、はまる奴はそれだけではまるぞ」
「へえ……」
 相槌を打ってはみたが、鈴波は話を聞いて余計に分からなくなってきていた。
(聞くの止めようかな)
 そんな考えが鈴波の頭の中によぎった。
「2年半前、デビューし立ての頃は少し違和感もあったけど、今は馴染んでる、うん。試験後に聴くと、本当に癒される……」
 しみじみと語る青年。『私を縛る鎖が』で始まる曲で癒されるのかという疑問はなくもないが、現に癒されているのならそれは事実なのだろう。もっとも浪人の先輩だからこそ、そういう曲で癒されているのかもしれないが。
「1年半前に、休業したって聞きましたけど」
「おお、おお。あれか!」
 青年がピシャリと膝を叩いた。
「あの事件はショックだったろうなー、ミナコも。何たって、デビュー以来の付き人が自殺したんだから。それで3ヶ月休業したんだよな」
「新聞に載りました、それ?」
「一応載ったはずじゃないか? それよりも当時のワイドショーの方が派手だったかもな。お前も見たろ?」
 鈴波に問いかける青年。だが鈴波は首を横に振った。
「何だ、珍しい奴だな。1週間程は毎日流れてたぞ。けどあれだな、その後でもっと大きな事件起きたし、ミナコの事務所も大手だから、次第にやらなくなったけどな」
「休業した後で、曲がよくなったとか」
「ああ、それだ! さっき違和感があったって言ったろ?」
「言いました」
「その違和感が休業後になくなってるんだよな。亡くなった付き人には悪いけど、ミナコにとってプラスに働いたんじゃないかあ? もちろん悲しみを乗り越えて、経験・想い出にしたって意味でだぞ。よかったら、シングルとアルバム、全部貸してやろうか、ん?」
 そう言って青年がCDラックを指差した。ぎっしりと並べられたCDの中の一角に、ミナコのCDが並んでいた。
 鈴波は青年からCDを借り受けると、さっそくジャケットを見た。ジャケットでは、Tシャツにジーンズ姿の茶髪女性が遠くを見つめている所が映っていた。

●記事【4B】
「この日でもない……」
 ぱらぱらとページを捲ってゆく鈴波。鈴波は図書館へ足を運んでいた。ここならば過去の新聞等があるだろう、そう思っての行動だった。
 鈴波が今目を通しているのは、新聞の縮小版だった。分厚いが、連続した日付で調べるにはこれが便利であった。
 おおよそ1年半前の新聞縮小版を机の上に3冊程並べ、丹念に見てゆく鈴波。すでに1冊と半分は読み終えていた。
「……あ」
 ふと鈴波の手が止まった。社会面の一角に、目的とする記事が掲載されていた。『押上ミナコさんの付き人、自殺』と見出しがついている。ご丁寧に顔写真まであった。
(似てるなあ)
 ぱっと見ではあるが、自殺した付き人の女性はミナコに顔付きが似ているように鈴波は感じた。
 記事の内容は次の通りだった。ミナコと同居していた付き人・福井京子(ふくい・きょうこ)が真夜中にバスルームで手首を切って亡くなったということだった。双子でも姉妹でもなく、年齢はミナコとほぼ同じで当時23歳であったようだ。
(……何で同居を?)
 鈴波は素朴な疑問を感じた。昔は大物芸能人の付き人は、同じ家に住んでいたという話をどこかで聞いたような気がする。かといって、今のこの時代でもそのまま当てはまるのだろうか。
 少なくとも、『付き人が自殺した』という出来事自体は本当であることはここで証明がされた。

●ピント【5A】
 自室へ戻ってきた鈴波は、借り受けたCDをシングルのみに絞って、順番に聴いてみることにした。時系列通りに聴いてゆけば、変わった部分が分かるかもしれないからだ。
 鈴波はCDラジカセにCDをセットすると、ヘッドフォンをつけて再生を始めた。
(うわ……これか)
 1枚目の曲を聴いて、鈴波は軽い目眩がした。青年が語っていた『私を縛る鎖が』で始まる曲はこの曲、つまりデビュー曲だったのだ。
(インパクトある出だしだなあ)
 好き嫌いは横に置いておいて、確かに青年が言っていたようにはまる人ははまるかもしれない。チャート常連であるという話から推測すれば、それだけはまっている人間が多いということなのだろう。
 鈴波はそれから順番に5枚目のシングルまで聴いていった。青年の話していた違和感についてはまだよく分からないが、悪くはないように思うし、有線で何となく聴いた覚えもあった。
「6枚目……休業後ではこれが初なんだっけ」
 青年が熱心に説明していたことを思い出しつつ、鈴波はCDを再生した。
(!)
 ミナコの歌声が流れてくると同時に、鈴波は大きく目を見開いた。
 恐らくこの曲から急に聴き始めたのでは気付かなかっただろうが、時系列で聴いてきたからこそ気が付いたのだ。ピントがぴしっと合っていることに。メロディーと歌詞、そして歌声のピントが見事に。
 青年の言っていた違和感というのが、実際に聴いてみて分かったような気が鈴波にはした。
 そしていよいよ9枚目。問題となっている曲『罪』の再生を始めた。やがて曲は問題の箇所へ差しかかる。
「ん?」
 一瞬、何か聴こえたような気がする。鈴波は少し前に戻し、問題の箇所を何度も何度も聴き直した。
 低い声で何やら唸っているようにも思える。だが残念ながら、何と言っているのかはさっぱり分からなかった。

●後日談【6B】
 あいにくと肝心の声は聴くことができなかったが、しばらく後に鈴波は自らの推測をまとめて件の掲示板に書き込んだ。ミナコと付き人が入れ替わっているのではないかというあれだ。
 万が一間違っているとあれなので、鈴波は匿名で書くことにした。
「曲の印象からすると、そんな気がするんだけどなあ……」
 その鈴波の考えは、後に間違っていなかったと証明されることになる。
 鈴波が掲示板に書き込んだのと相前後するかのように、月刊アトラスに、ミナコの曲に聴こえる謎の声についての記事が掲載された。だがその記事には、謎の声が亡くなった付き人の声に似ているということ以外に、ミナコの声にも似ていると書かれていた。
 それをきっかけとし、事態が動き出した。さらに翌月の月刊アトラスには記事の続報が掲載されていた。独自のルートで調べた話として、直筆で書いたはずの2枚のサイン色紙の筆跡が違っていたという記事があったのだ。
 他のマスコミも調査を始め、ついには警察まで動き始めた。
 芸能界に一大スキャンダルが巻き起こるのは、それからそう遠くない日のことであった――。

【VOICE 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0035 / 倉実・鈴波(くらざね・りりな)
                 / 男 / 18 / 大学浪人生 】
【 0033 / エルトゥール・茉莉菜(えるとぅーる・まりな)
                   / 女 / 26 / 占い師 】
【 0075 / 三浦・新(みうら・あらた)
                    / 男 / 20 / 学生 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
  / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 0487 / 慧蓮・エーリエル(えれん・えーりえる)
      / 女 / 12、3? / 旅行者(兼宝飾デザイナー) 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全21場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・すでにお気付きかもしれませんが、今回皆さん全員が完全個別になっています。高原の依頼では、何とも珍しいことですが……それだけ皆さん独自の行動をされていたということですね。調査を行う人やら、揺さぶりをかける人、恐怖に怯える人やらと、人によって違った内容となりました。
・それにしても、妙な声の入っている曲って時折ありますよね? 多くはバックコーラスの加減だったり、偶然の産物だったりする訳ですが、中には理由の説明できない物もあるでしょう。もしそんな時、そのアーチストの周辺で妙なことがあったら……? まあそれは考え過ぎというものでしょう、ええ。
・倉実鈴波さん、プレイング楽しく読ませていただきました。イメージ通りに描写できたかどうか少々不安ではありますが、よろしければテラコンよりお知らせ願えると嬉しいです。プレイング、いい読みしていましたよ。細かい部分で色々と疑問もあるかと思いますが、その辺りは他の方の文章に出ていますので。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。