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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


VOICE
●オープニング【0】
『押上ミナコの新曲聴いた? あれって、何か声入ってない?』
『俺も聴いた! あの声、コーラスなんかじゃないよな?』
 ゴーストネットの掲示板上でそんな会話がやり取りされていた。押上ミナコ(おうがみ・みなこ)というのは、各種音楽チャート上位の常連の女性ポップス歌手だ。
 けどまあ珍しい話じゃない。昔から色々と言われてきた話で、多くは単なる偶然だったはずだ。今回もその類ではないだろうか。
 最初はそう思っていた。次の書き込みを見るまでは。
『そういえば、彼女の付き人が1年半前に自殺したって話あったよね? ひょっとしてその娘の声なんじゃ!?』
『あったあった! あれでミナコ、3ヶ月休業しちゃったんだよなー』
 自殺……? いったいどういうことなのだろう。
『けど休業明けからの彼女の曲、ますますよくなったやん。うち、今の方が好きやで』
『休んだからか彼女の雰囲気や声、少し変わった気がするけど、いいよねー』
『それはそれとしてさぁ、例の声ってくぐもってるから聞き取りにくいよ。何て言ってるんだ?』
『知らないよー。誰か教えて!』
 何か気になるし、調べてみよう……かな?

●声【2B】
 原稿を届け終え、自宅に帰ってきたシュライン・エマは、まっすぐにミニコンポの置いてある部屋へ向かった。そして鞄から袋を取り出す。有名なCDショップの袋だ。
 シュラインは袋を開け、1枚のマキシシングルを取り出した。歌手名は押上ミナコ、曲名は『罪』――掲示板で話題になっていた、ミナコの新曲だ。
 原稿途中で掲示板を見ていたシュラインは、原稿を仕上げて届けた後で、さっそくその新曲を買いに行っていた。本当に声が聞こえるのか、聞こえるのならばどのような声で何と言っているのか。興味心からくる行動であった。
(何かのネタになるかもしれないしね)
 ……まあ、そのような考えもなくはなかったのだが。
 CDをケースから取り出すと、シュラインはミニコンポにセットした。そしてリモコンの再生ボタンを押す。CDが低い唸りと共に回転を始める。1拍置いてスピーカーから音が流れ始めた。
 ピアノのみのシンプルなメロディーに乗って、ビブラートのかかった歌声が聴こえてくる。なるほど、イントロ部分を聞いただけで、何とはなくチャート上位常連なのも分かるような気がする。それほど独特な印象を持つメロディーと歌声であった。
 ベッドに腰掛け、じっくりと曲を聴いてみるシュライン。少々歌詞が重く感じるが、まあ悪くはない曲だ。
 やがて曲は問題の箇所へ差しかかった。
(ん……)
 シュラインが眉をひそめた。今の歌声の裏に、何か低い音が聴こえたような気がする。シュラインはリモコンを操作して、手前まで戻してみた。
 もう1度聴いてみる。今度は意識を集中し耳を澄ませて。
 両目を閉じるシュライン。再び曲は問題の箇所へ差しかかり――今度は何らかの声がはっきりと聴こえた。いや、元々声ははっきりとはしていないのだ。だが、優れた聴覚を持つシュラインだからこそ、何とか聴こえたのである。
(今の声は……同じ?)
 件の声は歌声と似ている、つまりミナコの物のように聴こえていた。とすると、この声はミナコ本人なのだろうか?
 そして肝心な聴こえた声の内容だが、元々途切れ途切れにしか入っていないようで、次のような物であった。
『……嫌……これ以上……続け……私……』

●方向性【3C】
 シュラインはパソコンの前で思案していた。声は確かに聴こえた。だがあの内容はどういう意味なのだろうか?
(『これ以上……続け……』って何?)
 まず、あの声がミナコ本人の物と仮定してみる。とすると、あの内容は仕事に対する嫌悪感が表れているのかもしれない。しかしわざわざスタッフが曲にそんな物を入れるはずもないので、霊的な考えをするならば心の声が入り込んだことになるのだろうか。
 また、こんな考え方もできる。自殺したと言われている付き人が、何らかの事情でミナコに精神的に憑依していて、その霊の声が入ったのだという考え方だ。休業後、ミナコの曲がよくなったという話もあるので、オカルトめいているがなくはないかもしれない。
 そして推理小説ならばよくあるパターンは、入れ替わりだ。実は自殺したのはミナコ本人で、休業と言っている間に付き人がミナコに成り代わったとか――。
「ベッタベタな方向性ね、我ながら」
 苦笑するシュライン。こんな考えが出てくるのは、少し疲れているせいだからかもしれない。シュラインは調べることを調べたら、少し仮眠をとることを心の中で決めた。
 検索サイトに向かい、シュラインはミナコの付き人について調べてみることにした。すると最初に検索に引っかかったのが、自殺事件の記事だった。
 記事の内容は次の通りだった。ミナコと同居していた付き人・福井京子(ふくい・きょうこ)が真夜中にバスルームで手首を切って亡くなったということだ。双子でも姉妹でもなく、年齢はミナコとほぼ同じで当時23歳であったようだ。
 次いでシュラインは、検索キーワードを変えて検索をやり直してみた。付き人の名前・京子と、インディーズというキーワードで。付き人として付いていたくらいなのだから、インディーズ時代に何かしら曲を出していたり、ライブハウスで歌っていたりはしなかったかという考えあってのことだった。
「……ビンゴ」
 検索結果を見て、シュラインは満足そうにつぶやいた。1サイトだけ検索に引っかかっていた。
 シュラインはそのサイトに向かうと、さっそくサイトの内容をプリントアウトした。仮眠後にゆっくりと目を通し、調査に行くためである。

●下北沢・3年前【5B】
「確か……ここだっけ」
 夕方、シュラインは下北沢のとあるライブハウス前に居た。検索したサイトに京子の情報が掲載されており、4年前に京子がこのライブハウスで歌っていたということが記されていたのだ。
 『準備中』という札がかかっていたが、構わずシュラインは階段を降りていった。
 階段の突き当たり、重いドアを開き中に入るシュライン。
「お客さん、まだ準備中だよ」
 髭面の男がシュラインを見るなりそう言い放った。
「すみません、先程お電話した者ですが……」
「あ? ああ、あんたかい、ルポライターってのは」
 シュラインはルポライターと称して予め電話を入れていた。その方が話が早く、京子のことも聞きやすいだろうと思ったからだ。
「そうです。実はこの度、福井京子さんの生涯について記事を書くことになりまして。何でもこちらで歌っていたことがお有りだとか」
 もちろん記事の話は嘘である。シュラインは心の中で謝りつつ、男と話を続けた。
「京子ちゃんか、懐かしい。長年経営してるが、俺の中で5本の指に入る娘だったよ。本人もいい娘だし、いい曲歌ってたね」
「どのような曲だったんですか?」
「バンドじゃなく、弾き語りと言うのかな。シンセと歌声のみで真っ向勝負って感じだった。ああ、ピアノの音色でだとも」
「ピアノ……」
 ミナコの曲もピアノと歌声のみで構成されてはいなかったか?
「音源あるから、聴いてみるかい? 客席のざわめきも入ってるから、聴き辛いかもしれないが」
 その男の申し出は願ってもない物だった。一も二もなく、シュラインは頷いた。
 男はポータブルMDを持ってくると、シュラインに手渡した。さっそく音源を聴いてみるシュライン。
「あっ……!」
 聴いてすぐにシュラインは言葉を漏らした。声が同じなのだ。そう、ミナコの例の曲と――。
(どういうこと……これ?)
 曲だけじゃない、メロディーラインもどこか似通っている気がする。いくら何でも妙じゃないだろうか。
「彼女もスカウトされて、押上ミナコの付き人になったのはよかったんだがなあ。曲のスタイルがミナコと似通っていたから、悩んでしまったのかもな。いや、惜しい。自殺しなきゃ、今頃はデビューしてたろうに」
「……スカウトされたのって、いつなんです?」
 シュラインは男に尋ねた。
「確か3年前かな。事務所の社長が直々にスカウトに来たんだよ。『素質がある。しばらく勉強したらデビューだ』なんて言ってな。俺もその場に居たから覚えてるよ。で、その半年後に、ミナコがデビューしたのか。思うに、その時点で曲のスタイルが似通ってるミナコに彼女を付けたかったんだろうな。それで勉強させようとしたのが裏目に出たか……」
 男は大きく溜息を吐いた。

●後日談【6C】
(やっぱりこれ……入れ替わったんじゃないかしら?)
 調査を終え、シュラインはそう自分の中で結論付けた。やはり、歌声が同じというのが一番引っかかるのだ。
 入れ替わったとするならば、あの謎の声も説明がつく。例えば『これ以上……続け……』の部分が『これ以上騙し続け……』だったらどうだろうか? そう思う心の声が強くて、曲にまで入り込んでしまったのだとしたら?
 シュラインは色々と考えた末、この話を月刊アトラスへ持ってゆくことに決めた。少なくとも謎の声は聴こえているのだ。きっとネタとして使ってくれることだろう。
 そのシュラインの考えは正しく、編集長の碇麗香は快くその話を受け入れた。
 翌月の月刊アトラスに記事が掲載されたのと相前後するかのように、件の掲示板にもミナコと付き人の入れ替わり説が匿名で書き込まれていた。
 それをきっかけとし、事態が動き出した。さらに翌月の月刊アトラスには記事の続報が掲載されていた。独自のルートで調べた話として、直筆で書いたはずの2枚のサイン色紙の筆跡が違っていたという記事があったのだ。
 他のマスコミも調査を始め、ついには警察まで動き始めた。
 芸能界に一大スキャンダルが巻き起こるのは、それからそう遠くない日のことであった――。

【VOICE 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
  / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 0033 / エルトゥール・茉莉菜(えるとぅーる・まりな)
                   / 女 / 26 / 占い師 】
【 0035 / 倉実・鈴波(くらざね・りりな)
                 / 男 / 18 / 大学浪人生 】
【 0075 / 三浦・新(みうら・あらた)
                    / 男 / 20 / 学生 】
【 0487 / 慧蓮・エーリエル(えれん・えーりえる)
      / 女 / 12、3? / 旅行者(兼宝飾デザイナー) 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全21場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・すでにお気付きかもしれませんが、今回皆さん全員が完全個別になっています。高原の依頼では、何とも珍しいことですが……それだけ皆さん独自の行動をされていたということですね。調査を行う人やら、揺さぶりをかける人、恐怖に怯える人やらと、人によって違った内容となりました。
・それにしても、妙な声の入っている曲って時折ありますよね? 多くはバックコーラスの加減だったり、偶然の産物だったりする訳ですが、中には理由の説明できない物もあるでしょう。もしそんな時、そのアーチストの周辺で妙なことがあったら……? まあそれは考え過ぎというものでしょう、ええ。
・シュライン・エマさん、10度目のご参加ありがとうございます。シュラインさん向きの依頼だったかもしれませんね。読みも鋭く、いいプレイングでした。細かい部分で色々と疑問もあるかと思いますが、その辺りは他の方の文章に出ていますので。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。