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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


VOICE
●オープニング【0】
『押上ミナコの新曲聴いた? あれって、何か声入ってない?』
『俺も聴いた! あの声、コーラスなんかじゃないよな?』
 ゴーストネットの掲示板上でそんな会話がやり取りされていた。押上ミナコ(おうがみ・みなこ)というのは、各種音楽チャート上位の常連の女性ポップス歌手だ。
 けどまあ珍しい話じゃない。昔から色々と言われてきた話で、多くは単なる偶然だったはずだ。今回もその類ではないだろうか。
 最初はそう思っていた。次の書き込みを見るまでは。
『そういえば、彼女の付き人が1年半前に自殺したって話あったよね? ひょっとしてその娘の声なんじゃ!?』
『あったあった! あれでミナコ、3ヶ月休業しちゃったんだよなー』
 自殺……? いったいどういうことなのだろう。
『けど休業明けからの彼女の曲、ますますよくなったやん。うち、今の方が好きやで』
『休んだからか彼女の雰囲気や声、少し変わった気がするけど、いいよねー』
『それはそれとしてさぁ、例の声ってくぐもってるから聞き取りにくいよ。何て言ってるんだ?』
『知らないよー。誰か教えて!』
 何か気になるし、調べてみよう……かな?

●3ヶ月【1B】
 白猫が前脚で顔を洗っていた。エルトゥール・茉莉菜はそんな飼い猫、シロの様子を見てくすっと笑うと、再びパソコンの画面に目をやった。ここは茉莉菜の家だ。当然ながら仕事時の姿ではなく、普段着のラフな姿である。
 押上ミナコの曲は茉莉菜は耳にしたことがあった。茉莉菜が占いを行っているショッピングセンターで流れていることがあるからだ。客で来る若い女性が何かの曲を聴いて、『これ押上ミナコの曲ね』とつぶやいていたこともあった。
 それ以外でも、何気なく音楽番組を見ていれば本人が登場していたりすることもあって、知識が全く0という訳でもなかった。
 茉莉菜が思案していると、シロがゆっくりと画面の前を横切った。
「こら、シロっ」
 軽く窘める茉莉菜。シロは一瞬顔を茉莉菜の方へ向けると、軽く頭を下げた。
 やれやれといった表情をし、再び思案する茉莉菜。新曲に聴こえるという声についてあれこれ考えている――ということはなかった。声よりも、他のことが茉莉菜には気になっていたのだ。
(付き人の自殺、ミナコさんの休業が気になりますね)
 占い師ゆえの勘とでも言うのだろうか。何かが引っかかるのだ。例えば、亡くなったのは付き人ではなくミナコ本人なのではないかという疑念が――。
(3ヶ月……似た容姿、似た声の人を探してきて、入れ替えるのにそのくらいかかってもおかしくはないはず)
 深読みすれば、入れ替わったその相手こそ付き人なのかもしれない。自殺であれば警察が関わることなので入れ替えは難しいかもしれないが、皆で口裏を合わせれば不可能という訳でもない。つまり可能性は0ではないということだ。
 問題は、その証拠をどうやって探すかだ。事務所やレコード会社の人間を訪ねていったとしても、『はい、そうです』なんて言うはずがないのは明白だ。第一、今の茉莉菜にはその方面の人間への面識がない。ゆえに会える相手ではない。
 そうすると会える相手というのは自ずと限られてくる。茉莉菜はまず、そちら方面を当たってみることを決めた。

●事務局にて【3D】
「1年半前の事件? その話ですか。あんまりその話には触れたくないんですけどね」
 眼鏡をかけた青年はあからさまに嫌そうな顔を茉莉菜に向けた。ここはミナコの公認ファンクラブの事務局だ。公式ではない、あくまでも私設だ。ただ事務所側がそれを公認しているだけで。
 これは茉莉菜にとっては少しありがたかった。公式であれば事務所ストップで聞けない話があるかもしれない。しかし私設であるならばその可能性も少ないからだ。
「そこを何とか話していただけませんか?」
 事務局長である青年をじっと見つめる茉莉菜。ローブ様の芝居がかった服を着て、いつもの仕事中の姿でここを訪れていた。神秘的な雰囲気を出せる上、相手への無言の威圧にもなったりならなかったり。
「……分かりましたよ。話しますよ。ただし、僕の知ってる範囲でですよ」
 根負けしたのか、青年は小さく溜息を吐いた。
「ミナコと同居していた付き人の福井京子さんが、真夜中にバスルームで手首を切って亡くなったのが1年半前のことです。年齢はミナコとほぼ同じで当時23歳」
「その付き人の方……いつからミナコさんに?」
「デビュー前からのはずですよ。何でも、事務所の社長さんが直々にスカウトしてきて、勉強のためにミナコの付き人に付けていたって話です。同居させてたのも、その一環じゃないんですか?」
 社長直々のスカウトということは、それなりに素質もあり期待されていたのだろう。
「ミナコさんが事件後休業されたのは、やはりショックが大きかったからでしょうか」
「じゃないですか? 仕事とはいえ1年以上も一緒に居た訳ですし」
 青年が素っ気無く答えた。
「休業後、ミナコさんの曲が変わったなんて話もありますけれど」
「ああ、変わりましたね。よくなってます、明らかに。事件の悲しみを乗り越えたせいかもしれませんけど。深みが出た気がしますね」
「それから……新曲に妙な声が入ってるって噂がありますけれど?」
「今度はその話ですか」
 うんざりといった表情を青年は浮かべた。
「自殺した付き人の声じゃないかって言いたいんでしょう? まるでうちの山形みたいなこと言いますね」
「山形と言いますと?」
 人名か地名なのか、茉莉菜が尋ね返した。
「うちの幹部ですよ、山形明広。何なら会いに行ってみますか? あいつの住所教えますよ……うちで一番ミナコのファンだし、僕よりも詳しい話が聞けるかもしれませんよ」
 青年の言葉だけを聞いていると親切心で言っているようにも思えるが、茉莉菜は青年から別の感情を読み取っていた。その感情とはすなわち『厄介払い』――。
 茉莉菜はあえて何も言わず、素直に青年から住所を教えてもらった。

●熱烈ファン【4C】
「いやー、事務局長から聞いてうちを訪ねてくれるなんてありがたい! 何でも聞いてくださいよ」
 にこやかに茉莉菜に語るやや小太りの青年。彼が山形明広(やまがた・あきひろ)であった。
 茉莉菜はゆっくりと室内を見回した。部屋の壁という壁に、同じ女性のポスターが張られていた。ローマ字でミナコの名前が記されている。
(押上ミナコ……なるほど)
 茉莉菜は事務局長の青年の言葉を思い出していた。この様子では、一番のファンであるという話は嘘ではないだろう。
「ではさっそくですが……新曲に妙な声が入ってるって噂がありますけれど?」
「あ、その話? ネットで有名ですよね、ほんと。俺も新曲の『罪』を聴いてすぐにそう思ってたんですよー」
 水を得た魚のように、べらべらと喋り出す山形。
「あの声はきっと、自殺した付き人の娘の声ですよ! 恐らく、恨みがあったと思いますしねー」
「恨み?」
「あれ、知らないんですか? 付き人の京子さん、勉強のためにミナコに付いてた話も知りません?」
 そういえば事務局長の青年も言っていた。京子は勉強のために付き人に付いていたのだと。
「あれ、俺は裏あると思うんですよー。彼女が自殺する前、ちょっと話せたことがあるんですけど、彼女の曲スタイルってミナコに似通ってるんですよ。ミナコの曲はピアノと歌声で構成されてるけど、その京子さんもインディーズ時代はシンセと歌声で曲構成してたって」
「それは……似通ってますね」
 似通ってる所か、それではほぼ同じではないか?
「勉強なんて言ってたけど、本当は事務所の社長がライバルとなりそうな芽を早めに摘んだんじゃないかなって俺は思うんです。ま、芸能界ですからねー。案外、ミナコと入れ替わっても分かりにくいかもしれませんよ」
 笑いながら山形は茉莉菜に語った。嘘を言っているようには感じられなかった。もっとも推測混じりの言葉だから、多少は割り引いて考えるべきだろうが、芽を摘むという行為は実際にあったのかもしれない。
(ひょっとして、芽を摘もうとしていたのが、ひょんなことから変わっていったのでは……?)
 山形の言葉で、茉莉菜の心中に最初に考えていた推理が浮かび上がってきた。ミナコと京子の入れ替わりだ。
(ミナコさんが自殺をしてしまったから、スタイルの似通っていた京子さんを『押上ミナコ』として仕立て上げたのかも)
 状況証拠は着々と揃ってきている。しかしそれだけではどうにもならない。何か決め手となる証拠はないのだろうか。そう茉莉菜が思っていた時、山形がポンッと手を叩いた。
「あ、そうだ! これ見ます? ミナコのサイン色紙。デビュー直後と最近貰った奴、どっちもミナコ本人の直筆! 目の前で書いてもらったんですよ。いやー、ファンクラブの幹部やっててよかったなー」
 満面の笑みで山形は話すと、クリアファイルの中に入っていたサイン色紙を2枚取り出して茉莉菜に見せた。
「……あっ!」
 茉莉菜は思わず叫んでしまった。目の前で本人が書いたのなら、十中八九指紋が残っているはずである。それに加え、2枚の筆跡を調べてみれば――。

●後日談【6D】
(証拠となりそうな物は見つけましたけど……どうしたものかしら)
 茉莉菜が調査を行ってから1ヶ月近くが経過していた。
 突破口はあった。だがそれをどこへ持ち込めばよいのか、それが最後の問題であった。
 いきなり警察へ持ち込んでも門前払いされる可能性が高い。自殺で片付いている事件を蒸し返し、警察の面子を潰しかねない事態になり得るからだ。そんなことを警察が進んで受け入れるとも思えない。
 あれこれと茉莉菜が考えているうちに1ヶ月が経った訳だ。そんなある日、茉莉菜は月刊アトラスを読んでいた。
 その号には、ミナコの曲に聴こえる謎の声についての記事が掲載されていた。だがその記事には、謎の声が亡くなった付き人の声に似ているということ以外に、ミナコの声にも似ていると書かれていた。
 それと相前後するかのように、件の掲示板にもミナコと付き人の入れ替わり説が匿名で書き込まれていた。
(これは……)
 どうやら茉莉菜と同じようなことを考えている人間が居るらしかった。そこで茉莉菜ははっと閃いた。
(アトラスへ持ち込んでみるとどうでしょう?)
 こんな記事を掲載しているくらいだ。確固とした証拠を出せば、続報を掲載するはず。そう茉莉菜は考え、さっそく編集部に連絡を取った。そしてその考えは正しかった。
 さらに翌月になると、事態は大きく動き出した。月刊アトラスには記事の続報が掲載されていた。独自のルートで調べた話として、直筆で書いたはずの2枚のサイン色紙の筆跡が違っていたという記事があったのだ。もちろん茉莉菜が持ち込んだ話である。
 他のマスコミも調査を始め、ついには警察まで動き始めた。
 芸能界に一大スキャンダルが巻き起こるのは、それからそう遠くない日のことであった――。

【VOICE 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0033 / エルトゥール・茉莉菜(えるとぅーる・まりな)
                   / 女 / 26 / 占い師 】
【 0035 / 倉実・鈴波(くらざね・りりな)
                 / 男 / 18 / 大学浪人生 】
【 0075 / 三浦・新(みうら・あらた)
                    / 男 / 20 / 学生 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
  / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 0487 / 慧蓮・エーリエル(えれん・えーりえる)
      / 女 / 12、3? / 旅行者(兼宝飾デザイナー) 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全21場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・すでにお気付きかもしれませんが、今回皆さん全員が完全個別になっています。高原の依頼では、何とも珍しいことですが……それだけ皆さん独自の行動をされていたということですね。調査を行う人やら、揺さぶりをかける人、恐怖に怯える人やらと、人によって違った内容となりました。
・それにしても、妙な声の入っている曲って時折ありますよね? 多くはバックコーラスの加減だったり、偶然の産物だったりする訳ですが、中には理由の説明できない物もあるでしょう。もしそんな時、そのアーチストの周辺で妙なことがあったら……? まあそれは考え過ぎというものでしょう、ええ。
・エルトゥール・茉莉菜さん、4度目のご参加ありがとうございます。以前はファンレターありがとうございました、多謝。プレイング、いい読みでした。お見事です。細かい部分で色々と疑問もあるかと思いますが、その辺りは他の方の文章に出ていますので。それからツインピンナップを参考にさせていただきました。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。