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山の雄叫び
●始まり
「ここか、その山小屋ってヤツは……」
苦々しげに草間は山の中腹になる山小屋をにらんだ。
歯をぎりっとかみしめたせいで、くわえていたタバコがつぶれる。
山小屋に呼び出されたのはある理由。
何でも山で修行中の空手家が、最近妙な声を聴いている、と言うのだ。『帰れ』『出ていけ』といった類のもので。
最初は誰かのいたずらか、と思っていたがどうもそうではないらしい。普通はそんなもの興信所の仕事ではない、とつっぱねるところだが、日頃お世話になっており、頭のあがらない相手からの頼みで断れなかった。
草間は一人で来るのが癪なので、助手、と称して所員も同行させていた。
「貴様！ ここで何をしている!?」
いきなりの誰何の声に、草間は首をすくめた。かなりの大声だったからだ。振り返るとそこには胴着を着た熊のような男が立っていた。服装を除けば原始人、で通るような出で立ちだ。
「頼まれて来たんだ。あんたの聴いた謎の声を探れ、ってな」
「おお、そうか。あれには悩まされていたんだ。夜な夜な『出ていけ』だの『帰れ』だの『不心得ものめ』だの。うんざりだ。さっさと解決してくれよ。俺は次の大会があるんだ」
「山降りれば一発解決だろ？」
「ふざけるな！」
草間の言葉に男は真っ赤になって怒る。
「ここは由緒正しい修行の場所なんだ！ ここで修行せずに優勝は有りえん!!」
うるさい男だ、と草間は両耳を手で塞ぎつつ、小屋の周りを見回した。
そこは山の中腹だと言うのに木が遠巻きにしか生えていない。しかも切り株のようなものが多数あったが、どれも根本から折られているように見えた。
「おお、それは俺が修行しながら蹴り折った木の跡だ。今は少し入った奥の大木で修行中だ！ ふふふふ、必殺技の完成まで後僅か。それまで木が持てばいいがな……」
男は不遜に笑った。
「……俺は山を下りる。後はなんとかしろ……」
非常に疲れたような顔で、草間はさっさと山を下りていってしまった。
「貴様がやってくれるのか！ 頼んだぞ。それじゃ、俺はまた修行に行って来るからな!!」
●似非武道家をやっつけろ！
草間の後ろ姿を見ながら、九尾桐伯はため息をついた。
そして振り返ってみれば武道家の姿もない。
「正直、ああいった似非武道家は大嫌いですね……。修行の場所で勝ち負けが決まる、という輩が道などを極められる筈はありません」
ため息混じりに、しかし怒ったような口調で桐伯は言った。
この時点で桐伯のやることは大体決まっていた。それは武道家の為に謎の声をどうにかするのではなく、武道家の方をなんとかする、という方向に。
とりあえず武道家が向かったであろう方向へと桐伯は歩き出した。
一応確認するために。
謎の声＝木の精霊、という事を
桐伯が武道家の後を追った頃、寒河江深雪は未だ山道の途中を歩いていた。
「随分遅刻ね……。体力では女は不利だなぁ……」
しかし山の上に近づくにつれ、空気がヒンヤリしてくるので深雪は少し楽なるのを感じていた。
「それに、劇団にいる友達に、局から借りた衣装を渡す用事があるし……。日本神話の女神の衣装なんてそう入手出来ないから早く届けたいのに……」
余分な荷物が入っている為、余計に重い。
そこで戻ってきた草間とすれ違う。
「あ、あら、草間さん。どうしたんですか？ 桐伯さんは？」
肩で息を切らせながら尋ねた深雪に、草間は苦笑する。
「後は頼んできた。寒河江も九尾のフォローを頼むわ」
「え、草間さんはどうするんですか？」
「俺は帰る。つきあってられない」
「……また人に仕事おしつけて……」
ぼそっと呟いた深雪の言葉。それは草間の耳には聞こえたはずだが、さっぱりと聞かなかったことにされてしまう。
「何があったんですか？」
とりあえず事情を訊こう、深雪が草間を見ると、草間は苦い顔をしながら武道家の先ほどの言葉を深雪に伝えた。
「……困った方ですね」
と言ってるみるが、実は内心怒っていた。
自然破壊。自然霊・雪女の子孫である深雪の逆鱗に触れるのに、これ以上の事はなかった。
「わかりました。その武道家をなんとかすればいいんですね？」
「い、いや。一応声をなんとか……」
にっこり笑った深雪の迫力に押されてか、草間は口ごもる。
「……どっちでもいいから、あまり問題は起こさないでくれよ」
「はい。最小限にしますから」
にーっこりと再び微笑んだ深雪の表情には、棘がいくつも感じられた。
「きえぇぇぇぇ!!」
聴覚を働かせて山の中を歩いていた桐伯は、そんなものを使わなくても充分居場所を示す声に眉根を寄せた。
あまり荒らされていない自然。その声は不自然すぎる程で、桐伯の真一文字に結ばれた形のいい唇が歪められる。
「騒がしい人ですね……。自然破壊の上に騒音公害ですか……」
ため息一つ。
そして歩を進めていくと、少し開けた場所へとたどり着いた。
そこには武道家と巨木の姿があった。樹齢がどのくらいだろうか、判断がつきかねるが、１００年を越えていることは確かだ。
木の幹は大人５人で手をつないでやっと囲めるくらいの太さ。
それに蹴りをいれている武道家の姿を見て、さらに桐伯の表情が険しくなる。
いっその事この場で糸を使い、燃やしてしまおうか、と考えて横切った。
「大事な木々を、たかだが修行の為に蹴り折るなんて許せない。どうやってわからせようかな……」
普段のおっとりした口調はどこに行ったのか。同居人・座敷童子の駒子が聴いたら「いつものみーちゃんじゃない」とでも言っただろうか。
「そうだわ。この衣装を使って……ちゃんとクリーニングして渡せば大丈夫よね」
術の使用時に変わる髪の色を利用して女神に化け、超自然の力を見せて脅かせば、山を降りてくれるかも、と深雪は衣装を取り出して微笑んだ。
すでに桐伯同様目的が変わっている。
しかし結果はいいのかもしれない。武道家が山を降りる＝声が聞こえなくなる、という図式が成り立つのだから。
深雪は早速事前に訊いておいた桐伯の携帯へとメールを送る。
内容は……。
「おや？」
ブルブル、っと短い振動に桐伯はたぎらせていた怒りを一瞬抑える。そして携帯を取り出してみるとメールが届いていた。
差出人は後から来る予定の深雪。
そこに書かれていた内容に桐伯は笑う。嬉しそうに。
「考えることが一緒、と言うのがすごいですね」
返事をして打ち合わせ。その間にも武道家の奇声が山に轟いているが「後少しの命ですから……」と桐伯は本気とも冗談ともつかない口調で言った。
長くいきれば物にも魂が宿る。巨木はその筆頭に見えた。
御霊木、御神木、と呼んでもおかしくはない風格。
打ち合わせの終わった桐伯は、武道家に向けて歩き出した。
それは死刑を告げる者の足音に似ていた。
「あの、すみませんが」
少し大きめの声で桐伯が呼びかけると、武道家は不機嫌そうな顔で振り返った。
「何だ？」
「私と勝負していただけませんか？」
あくまで丁寧な物言いだが、自然桐伯の口調には馬鹿にしような響きが含まれる。
「勝負、だと？ この俺と！ 笑わせてくれるわ!!」
「ですから、私が勝負に勝ったら山を降りて下さい」
「ほお……」
武道家は己の筋肉を誇示するかのように、腕を折り曲げて力拳を作ってみせる。
普通なら恐れおののく所であろうが、桐伯にとっては醜い以外、なんの感情も浮かんでこなかった。
全く表情の変わらない、もとい、更に嫌悪感を露わにした桐伯の表情に、武道家の額の血管がぶちっ、と音をたてて切れる音がした……ような気がした。
「よし、そこまで言うなら勝負をしてやろうじゃないが。俺は情け深い。貴様は貴様のスタイルで戦うがいい！」
「ありがとうございます」
にっこり笑った桐伯の、手にはすでに糸が持たれていた。それは陽に透けてキラリと輝く。
今回使用しているのは発火性のある糸。それでも充分丈夫に出来ている。
しかしそれは武道家には見えていなかった。
「ここでは何ですから、小屋の近くにしましょうか」
「……ふふふ、いいだろう……」
罠とも知らずに武道家は桐伯の後をついて小屋の方へと戻っていった。
二人が小屋に戻ってくる頃、深雪はやっとたどり着き、呼吸を整えていた。
「そろそろ、かな」
小屋の中に入り衣装を着替える。
いつもは邪魔にならないようにしばっている髪をほどき、適度に流してそれらしい雰囲気を作った。
「ぴったりみたいね」
着物風の衣装だから、丈さえ合えばなんとかなる。着付けにもなれている深雪は、多少着崩しながら着物を整える。
そして軽く力を使って髪を白くした。
外で武道家の怒鳴り声が聞こえ、窓から覗くと、薄い笑いを浮かべている桐伯と、勝ち誇ったような笑みを浮かべている武道家とが対峙していた。
「それじゃ、出番を待っていましょうか……」
悪戯にひっかかるのを待っている子供のように笑い、深雪は身を潜めた。
「ここで文句はないだろう！ さあ、その鼻をへし折ってくれる!!」
（へし折られるのはどっちですかね……）
内心思いつつ適当に構えてみせる。その隙のある構えに武道家は鼻を鳴らして笑う。
「なんだそのへっぴり腰は！」
叫び、突進してきた。
（これが本当に空手家なんですか……）
苦笑。手に持った糸は、命を得たかのように宙を舞い、武道家を絡め取る。
それを見計らったように深雪は小屋の内側から冷気を送って扉を開く。凍った蝶番がギギ、と効果音のように鳴った。
見えない糸で縛り上げられた武道家は、一瞬音のする方を向いた。瞬間、辛うじて残っていた木を利用し、桐伯は武道家をつり上げた。
「な、なんだ一体!?」
「何が起こったんですか？」
しらっとした表情で、しかし少し驚いたように桐伯は小屋と武道家を交互に見る。勿論演技である。
女神の衣装を着た深雪が出てくると、辺りが一気にヒンヤリとなる。その上他の自然霊が手助けをしてくれているのか、にわかに曇り、風が強くなり、木立の音がやけに耳につくようになる。
『妾の子供などを傷つけしは汝か？ その命、贄と貰ぅても良いのじゃが……』
風が深雪の頬を撫でる。頬にかかっていた髪がなびき、更に一層雰囲気を出す。
ざわざわざわ、と森が騒ぎ出す。
「な、何なんだ一体!? これは一体なんだ!!」
宙に浮いたまま武道家は吠える。両足をばたつかせてもがいているが、そんな簡単に桐伯の糸が切れない。
しかも別にからめた糸と、桐伯は何気に燃やす。
「うわっ、あちっっ」
「大丈夫ですか？」
「大丈夫なもんか！ 早くなんとかしてくれ!!」
その口調は命令そのもの。桐伯は柳眉を潜めてため息。
「そう言われても、私には何もできませんよ。怒りを買うような真似をしたあなたがいけないんじゃないですか？」
「俺は何もしとらん！ ただ修行をしていただけだ！ それの何が悪い!!」
『しらを切るつもりか……しおきしてやらねばならんか……』
声音を思い切り作って大仰に手を持ち上げると、吹雪が武道家をおそう。それに合わせるように、桐伯が再び糸に火を点ける。
「や、止めてくれ！」
『……止めてやっても良いが……我が子を傷つけぬと約束するか？』
「す、する！ 約束でもなんでもするから。だからもう止めてくれ!!」
強風で風に揺られ、糸が武道家の体に食い込む。その上吹雪に発火。火傷をしないまでも胴着のあちこちに焦げ目が出来ている。
しかもお尻の辺りは見るも無惨な……というか見たくない。
『ではそうそうに山を立ち去るが良い……。さすれば許してやろう……』
ズデン、と盛大な音をたてて武道家が落ちる。桐伯が糸を切った為だ。
したたかに腰を地面にうちつけた武道家は、涙目で腰を押さえながら、取る物もとらずに転がるように山を降りていった。
消えていく後ろ姿を眺めていると、段々と空は晴れてきて、風も止む。
「……うまく、行きましたね」
いつもの深雪の表情に戻ってにっこり笑うと、桐伯も笑みを浮かべた。
「そうですね。これで森の木々も安泰です」
深雪は髪の毛を手櫛で軽くとかし、輪ゴムで止める。
その深雪の頬を光がかすめた。
「？」
見ると、ファンタジー世界に出てくるような妖精が、深雪の肩に座っていた。
『ありがとう、追い出してくれて』
「ちょっと、やりすぎたかしら……？」
悪戯がばれた子供のように笑うと、妖精は首を振って笑った。
『大丈夫。傷つけてないし。仲間を傷つけて欲しく無かっただけだから。本当にありがとう』
「私も仲間の一人ですからね。当然です」
『うん☆』
嬉しそうに言った妖精は、今度は桐伯の周りをくるくる回った。
「折角ですから、酒宴でもやりますか。とっておきのお酒を持ってきたんです」
小屋の所に置いておいた荷物からお酒を取り出す。
『うんうん☆ 主様もお礼言いたい、って言ってたし。二人ともお仲間みたいなものだから♪ 行こう！』
妖精に先導されて二人は大木の所まで行く。
そこにはすでに沢山の精霊の姿あり、二人を暖かく迎えてくれた。
「すごく、綺麗ですね」
「はい」
振り返って笑った桐伯につられて、深雪も笑顔を浮かべる。
広場のようになっている大木の周辺だけが仄かに霧がかっていて、幻想的な雰囲気を醸し出している。
「これは美味しいお酒になりそうです」
美女が後ろにいるというのに、桐伯の意識はお酒に向いている。
精霊達の真ん中に通されると、一人の老人が立ち上がってお辞儀をした。それが妖精達の言う『主様』なのだろう。
そして老人は不思議な入れ物に入った、微かに輝く飲み物を取り出し、二人の杯に注いだ。
『あのね、珍しいの。すごく美味しいよ』
先ほどここまで連れてきてくれた妖精が、説明にならない説明をしてくれる。
「それではいただきます」
「いただきます」
桐伯をちらっと見てから、深雪は杯に口をつけた。
口の中に広がる甘い、そしてなんとも言えない味と香り。
アルコールに似ているが、桐伯が今まで飲んだことがあるものの、どれとも味が似ていない。
「これは……」
即座に桐伯のお酒センサーが働いたらしい。
『少しだけでよければ分けてくれるって。でも、他の人に飲ませたら駄目だよ？』
「も、勿論！ 他人の飲ませるなんて勿体ないこと……」
「桐伯さんて、本当にお酒がお好きなんですね」
嬉しそうな桐伯を見ていると、深雪の顔にも自然笑みが浮かぶ。
その理由はわかっていない。
「私が持ってきたお酒も飲んで下さい！ シェーカーもありますから」
用意周到、というのはこのことを言うのか。
桐伯のバッグの中身はお酒だらけだった。
この山に来る途中、道々で酒屋や酒蔵を見つけては立ち寄って、草間にイヤな顔をされていたのを深雪は思い出した。
しかし、これだけの物を持ち歩いて、よく重くなかったものだと感心してしまう。
「桐伯さん、お酒注ぎましょうか？」
「いいえ、私が入れますよ。任せて下さい」
「あ、でも……」
とのばした深雪の手が桐伯の手にぶつかる。
「あ……」
瞬間、熱い物にでも触れたかのように深雪は手を引っ込め、それを胸に当ててうつむき、僅かに頬を紅く染める。
「ごめんなさい……。専門家の方にお任せした方がいいですよね」
「大丈夫ですか？ 顔が紅いみたいですけど？」
「お酒の匂いに酔ったのかもしれないです。大丈夫ですから」
今現在お酒の事にしか興味のない桐伯に、恋愛にはおおよそ鈍感そうな深雪。
本気で深雪はアルコールの匂いに酔っているのだと思っていた。
そして、二人は精霊達としばしの酒宴を楽しんでいた。
●その後
「報告書、まとめて来ました」
「おう、ご苦労さん。しかし二人とも、無茶するよな……」
武道家を山から追い出した事を暗にさして草間は苦笑する。
しかしあの山の現状を見ていた為か、怒っている様子はなかった。
「草間さんのお知り合い、怒ってましたか？」
「いや。山に登ってみて驚いたとさ。あまりの破壊ぶりに怒ってた。だから一応依頼は成功だ。ありがとな。……そういや、九尾は？」
タバコを指先で弄びながら、草間は深雪の後ろを見る。
「桐伯さんはお酒の仕入れがあるから、って電話貰いましたので、私だけ……」
「相変わらず、か。いい酒が手に入った、って言っといてくれ」
「え、どうして私が？」
思わず深雪の声が上擦る。本人の意識なく。
「別に深い意味はないが」
「あ、はい。わかりました……」
伝えておきます、と深雪は小さく言った。
二人の春はまだまだ遠いようだった。
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
【0174／寒河江深雪／女／22／アナウンサー（お天気レポート担当）／さがえ・みゆき】
【0332／九尾桐伯／男／27／バーテンダー／きゅうび・とうはく】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、夜来です☆
この度はご参加ありがとうございました。
今回はお二人協力、という事でこんな感じになりました。
もうちょっと甘い雰囲気を作りたい！ と思ってしまうのは、恋愛大好きな夜来だからでしょうか（笑）
しかし設定や性格を鑑みる限り、これくらいかな、と最初は。
これからの進展が気になります。
それでは、またの機会にお逢いできる事を楽しみにしています。
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