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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


久遠堂〜嘘が本当になる時〜

<オープニング>

「はぁ?嘘が本当になる〜?何いってんのよ」
 編集長碇は三下の手に入れてきた情報を聞いて、「あんた大丈夫?」的な顔になった。
「本当ですってばぁ。また例の久遠堂が現われたそうなんです。今度は永田町らしいんですけど・・・」
「永田町〜?じゃあ政治家たちがあらぬ嘘を本当にしているとでも?」
「さぁ、そこがはっきりしないんですよね。政治家でこの久遠堂に行った人がいるという情報は得られてませんしね・・・。でも久遠堂が関わっているとなると信憑性があるんじゃないのかなと思いまして、調べてきたいんですけど駄目ですか?」
「・・・・・・」
 そこで碇はアトラスに依頼を探しに来ていた者たちに振り返った。
「ってことなんだけど、三下君だけじゃちょっと頼りないから貴方たちも一緒に行って来てくれないかしら」

(ライターより)

 難易度 易しい

 予定締切時間 4/13 24:00

 久遠堂シリーズです。
 不思議商品提供のこの店が今回ご提供するのは、一度だけついた嘘を一日だけ本当にしてしまう事です。店の場所は永田町のとある政治家の家の前だったりするのですが、それは三下君が掴んでいますので、久遠堂を探すプレイングは必要ありません。
 チャンスは一生で一回きりですので、よく考えてどんな嘘を実現してほしいのかを決めてください。効力は一日だけです。
 それでは不思議をお求めのお客様のご来店を心からお待ち申し上げます。

<それぞれの理由>

 嘘が本当になる。こういわれたら貴方はどう思うだろう。そもそも本当とは何なのか、嘘とは何なのか。その答えを自信を持って言うことができる人間は果たしてどれだけいるのだろうか。この今生きている現実こそが本当?だが、そう感じている自分がもし嘘の中の存在だとしたら?誰かが作り出した嘘の中の一つの存在に過ぎないと言われたらどうだろう。この現実を作り出したのは自分だけだろうか?嘘と本当。この二つ存在は非常に曖昧なもので、境界線はあるようでないがごときもの。今貴方が存在しているこの一瞬とて、うたかたの幻かもしれないのだから・・・。
 とにかくこのような話を置いておくとしても、嘘が本当になるということは魅力的なことらしい。今回の依頼に参加した者の数は十四人。いずれも嘘を本当にしたい者たちである。だが、この中には仲間の陰謀に騙されて連れてこられていた者も幾人かいたのである。
「久我・・・。一つ聞いてもいいか?」
「なんだ」
 東京は永田町のとある国会議員の家の前。三下が掴んだ情報によって判明した新たなる久遠堂の出現ポイントであるここに、古ぼけた木造の店は確かに現れていた。
「危険な仕事だから協力してくれと言ったな?」
「ああ」
「で、ここが危険なのか?」
 久遠堂を震える指で指し示す少年。背の高い、大人というのはまだ幾分幼さを残した高校生くらいの風貌の持ち主である彼は、こめかみをひくつかせていた。明らかに苛立っている。陰陽師の雨宮薫という名である。
「多分な」
「多分ってお前・・・」
「久我さん。君、高柄君と何か企んでいない?」
 久我と呼ばれた黒いスーツを来た男にそう問うたのは、ボサボサの手入れのされていない髪に、ヨレヨレのシャツと全身からだらしないという雰囲気をかもし出している女性だった。彼女の疑惑の視線をさらりとかわして、陰陽師久我直親はとなりの青年に平然と語った。
「俺達が何か企んでいるだと言っているぞ、各務」
「いやぁ、悲しいですねぇ。僕たちがそんなこと考えるわけないじゃないですか」
 はっはっはと爽やかな笑い声を上げるのは、均整のとれた身体つきをしている青年。
「単に三下さんのお手伝いをしたかっただけですよ」
「本当なの、高柄君?」
「本当ですってば。疑りぶかいなぁ」
「そう・・・」
 半信半疑ながら、自分の事務所に勤務する各務高柄の言葉に頷く女性。彼女の名前は鷲見千白。鷲見探偵事務所という事務所を開いて探偵をしているが、その姿恰好から分かるとおりとにかくやる気がない。相棒兼事務を担当している各務がいるから何とか運営ができているというのが現状である。
「これで4人後は・・・」
「お〜い!」
 声のする方向に視線を向けてみると、黒い学ランを着込んだ少年が彼らに向かって慌しく走ってきた。相当急いでいたらしく、はぁはぁと息を切らせている。
「一葉さんが大変なんだって!?どうしたんだよ」
「そんなんあってたまるかい!」
 スパーン!
 小気味よい音を立てて、少年の後頭部にハリセンが炸裂した。
「いきなり現れたと思ったらなんや。ウチのどないして大変やないとあかんの?」
 ハリセンを玩びながら少年に問うたのは、紅蓮の髪をもった女性であった。ボーイッシュな服装に短い髪をした、一見線の細い男性のようにも見える彼女は、大学生の獅王一葉という。
「どうしてここで突っ込まれるんだよ!俺はただ久我さんに"獅王が大変なんだ!!すぐ来い!"って言われたから急いで来てやっただけなんだぜ!どうして・・・」
 スパ、スパーン!
 今度は顔面に二発炸裂した。
「何が"きてやった"や?来させていただきましたやろ。言葉を間違って使うたらあかんよ」
「痛って〜。何すんだよ!」
 ぎゃあぎゃあと騒ぎ始める彼らとは対称的に真剣な悩みをもって参加をしていた者たちもいた。
「俺はあいつに会えるのだろうか・・・」
 枯葉色の髪に、銀の双眸とかなり風変わりな容貌をもつ少年は、久遠堂を前に深いため息をついた。二年前に自分せいで死んでしまった恋人。もしも、彼女が甦ってくれるというのなら・・・。そんな一縷の望みをかけて彼、神坐生楓は久遠堂を訪れていた。たった一日だけのチャンス。嘘が本当になったとしてもそれは一日だけ。定着しての生き返りではない。それでも、それでも逢いたい。胸に抱いた気持ちを抑えることはできなかった。
「寝てばっかりいると路傍の石になるぜ?面白そうだから来い」と家族兼恋人に連れてこられた朏棗は、眠たげな目を擦りながら、
「俺今日はまだ12時間しか眠ってないんだぞ・・・」
 とぶつぶつと文句を言っていた。紅茶を薄く入れたような、僅かに赤みがかった薄茶色の髪と瞳が特徴的なほっそりとした少年である。
「12時間も寝てたら寝すぎだぞ。たまには外の空気吸わんと身体に毒だぞ」
 そう言って豪快に笑い声を上げるのは、朏とは対照的にがっしりとした体つきの見上げるような巨漢だった。刀鍛冶をしている鍛冶師の少女遊郷という。
「俺は寝てんのが趣味なんだよ。ひたすら寝てられりゃそれでいいんだ。」
「わっはっは。それでは身体がなまっちまうぞ。少しは動かんとな」
 バシンとその大きな手で背中を叩かれ、うらめしそうに少女遊を睨みつける朏。
 このような感じで十人十色、様々な理由をもって彼は久遠堂を訪れた。たった一つだけ、一生に一回、一日だけだが自分の嘘を本当の事にしてくれる今回の商品。果たして彼らのつく嘘はどのように現実となるのであろうか。

<それぞれの嘘>

 今回の久遠堂はいつもと多少雰囲気が違っていた。古びた木造の建物であることは同じなのだが、奥に無数の扉があるのだ。店内もさほど暗くなく、扉が立ち並んでいる場所まではっきりと見渡せる。だが、依頼を受けた者たちを出迎えた久遠堂の店員はというと、彼だけは薄暗闇に包まれはっきりとその姿を見ることはできない。
「いらっしゃいませ久遠堂へ」
「また来てもうたわ」
 慇懃に頭を下げる店員に、軽く手を上げて挨拶したのはバンダナをしめた高校生くらいの少年鈴宮北斗である。この久遠堂との付き合いは意外に長く、この店が提供する色々な不思議を見てきた。
「嘘がほんまになるんやて?さすがは久遠堂っちゅうか何ちゅうか・・・」
 今回の商品の荒唐無稽さに苦笑を隠し切れない。
「さようでございます。この度皆様にご提供させていただくのは嘘が本当になる一日でございます。本当にしたい嘘がございましたら、どうぞあちらのドアの中からお好きなものをお選びください。そのドアの前に立ち、本当にしたい嘘を仰っていただきドアをあけていただければ、そこにお客様がお求めになった嘘が本当のことになります」
「嘘が本当になるって、本当に本当なのね!?」
 説明をする店員にくってかかったのは、学校の制服を着た赤い瞳を持った少女であった。彼女は久遠堂に訪れたのが初めてらしく、店員の説明を聞いても疑心暗鬼にかられているようである。
「本当でございます。もしお疑いならば、実際にドアの前に立たれてお試しになられることをお薦めいたします。チャンスは一度しかございませんが料金は一切いただきませんので」
「・・・分かったわ」
 店員の言葉に、高校生でありながら魔女をしている氷無月亜衣は渋々頷いた。幾ら聞いたところで実際試してみるしかそれを確認する術はあるまい。
「ささ、ではどうぞ。お好きなドアの前におたちください」
 店員の指示に従って、依頼を受けた者たちは思い思いのドアの前に立った。そして・・・。

<ロゼ・クロイツの嘘>

「私を創った者は生きている」
 これが修道女のような服装をした女性の嘘であった。自分を創った者。普通ならば自分を生んだ者と呼ぶだろう。彼女がこの嘘をついた理由は、今は死んでいる創造主に己が創られし意味を訊くためである。彼女は精巧に創り出された傀儡人形なのだ。ロゼ・クロイツと名づけられたその人形は、神の使徒として神の敵である者たちを屠ることを使命としている。それは自分の創造主から命じられた使命と彼女は認識していた。そう、この扉を開けるまでは・・・。ロゼはおもむろにドアノブに手をかけるとそれを引いた。
 バーン!
 激しい稲光とともに落雷の音が響き渡る。ドアの向こうに広がっていたのはどこぞの研究室のような場所だった。机の上にはフラスコや試験管などが置かれ、棚には様々な薬品が並べられている。そして彼女の前には白衣を纏った一人の男が立っていたのである。
「よく来たな・・・。我が娘よ」
 振り返って彼女を見たその男の顔はロゼが見覚えの無いものだった。
「誰だお前は・・・」
「誰だとはご挨拶だな。俺がお前を創ったと言うのに」
「何だと?」
「私の会いたかったのだろう。もっと嬉しそうな顔をしたらどうだ?」
 男の顔には悪意に満ちた嫌らしい笑みが浮かんでいた。まるで自分を淫らな娼婦でも見るかのような視線で嘗め回すこの男に、ロゼは嫌悪感を抱いた。だが、久遠堂の店員が言っていたとおり自分がついた嘘が本当になっているのだとしたら、目の前にいる男は自分の創造主のはずである。
「貴様が私を創ったというのならなぜ私を創ったのか答えてもらおうか!」
「そんなことを聞きたいのか?いいだろう。教えてやる。お前は殺戮のために生み出したのだ。神の使徒を僭称する愚か者どもを殺すためにな。顔は特に手をかけて作った。その美しい顔は偽善者たちに己が欲望を剥き出しにさせるために最高のものだろう?ワイヤーはその愚か者を敵を縛り、刃で切り裂くためのものだ。シリンダーには儀式に用いる血肉を篭めろ。俺の思いつく限りのプレゼントがお前の中には溢れてる。お前の血液は儀式を以て呪をかけた水銀。お前が殺し、歓喜に打ち震えた時に流す涙は魔神に捧げし聖杯だ!悪魔の祝福がお前には溢れてる。マイドール!」
 男は恍惚の表情で天を仰ぎ哄笑を上げる。
「戯言だ!私は嘘を求めたのだ!ここで起きた事は全て嘘だ!私は、神の…!これは…嘘など求めた私への…罰だ」
「神?神だと!?お前は神などという偽りの存在に仕えているとでも言うのか。愚かな・・・。お前は悪魔の尖兵。欲望と快楽、そして殺戮の女神。思い出せ。本当の自分を!血を啜れ、肉を喰らえ。それこそがお前の存在意義なのだ!」
「黙れ!それ以上戯言を言うようなら・・・!」
 ロゼは腕に内臓されている銀の刃を取り出し男に突きつけた。
「俺を殺すか?無駄だ。なぜなら俺はもう死んでいるんだからなぁ。もう一度殺しても何も変わらんぞ。それよりこの一時を楽しんだらどうだ。我が娘よ?」
「貴様ぁ!」
 激昂したロゼは狂気の笑いを上げる男に切りかかった。そして・・・。

<湖影龍之助の嘘>

「一度だけ本当になる嘘かぁ〜」
 やや童顔の、引き締まった体つきの少年はドアを前にして考えこんでいた。一生に一度だけ。このことが彼を大いに悩ませていた。頼みたいことはある。だが自分の欲望と他人の幸せ、どちらをとるべきなのだろうか。彼は悩んだ。悩んで悩んで結局・・・。
「み、三下さんとラブラブ同棲生活おくってまっす!!」
 自分の欲望が勝った。 三下が人間では不可能な位の早さでベストセラーものの原稿を一日で数本書き上げるなどという嘘を考えもしたようだが、結局三下との同棲の方が魅力的であったらしい。まぁ、恋盛りの高校生に我慢をせよというほうが無理かもしれない。だが、所詮は一日。その虚しさに気付いている彼は、
「俺、さみし〜」
 とがっくりと肩を落とすのだった。だが、これも予行練習ということで割りきろう。そう考えて恋する高校生湖影龍之助は、その煩悩の世界が待つドアを開けるのだった。
「おかえりなさぁ〜い。御飯にする?お風呂にする?それとも…ボ・ク?」
 そこはどこのうちにもありそうなありふれた台所と食堂だった。テーブルの上に温かそうな食事が用意され、台所では可愛いフリルつきのエプロンを来た奥さんがおたまを片手に味噌汁の味見をしている。その奥さんとは無論のこと三下である。
「もちろん、三下さんっス!!」
 鼻いきも荒く即答する湖影。
「嬉しいですぅ。では早速・・・」
 パっとエプロンを脱ぎ捨てる三下。
「もう、自分が抑えられないっス!!!」
 恋人との最高の一時。至福の一時を送る三下と湖影。これで良かった・・・のであろう・・・か?

<神坐生楓の嘘>

「俺の嘘は・・・」
 死に別れてしまった恋人に会うこと。神坐生の願いはただこれ一つであった。。2年前、自分のせいで死んでしまった恋人を生き返らせる。しかしそれが許されるのはたった一日だけ。ほんの一時の出会いとなってしまうかもしれない。だが、それでも逢いたい。逢って一言謝りたい。
 ガチャリ。
 ドアの先に広がっていた光景。月が宵闇に包まれたあたりを優しく照らす月夜の晩遠くで虫たちの奏でる音色が聞こえてくる。桜の木であろうか、あたりは満開の桃色の花が咲き乱れている。そんな中で
一人の少女が、その長い髪を夜風に靡かせながら立っていた。その後ろ姿を見つけた神坐生は消え入りそうな声で、恐々と尋ねる。
「あ、あのさ・・・」
 彼女が誰であるかなど分かっている。分かっているが、だがどうしても彼女が生きているとは信じられない自分がいる。もし彼女が自分の知っている彼女でなかったら。そう思うと急に怖くなってきた。
「来てくれたのね、楓」
 振り返った彼女の顔、そしてその声はまごうことなきあの時の彼女のものだ。嘘は本当となったのだ。
「お前・・・だよな。俺、間違ってないよな?」
「大丈夫。私は私よ。もう一度会えて嬉しいわ」
 儚げな笑顔を浮かべる彼女。そんな笑い方もあの時と一緒である。
「あのさ・・・俺、お前に謝りたくって・・・」
「・・・・・・」
「お前を殺したの、俺の従姉妹だからさ、その・・・」
「貴方が気にすることはないわ。あの人はあの人。貴方は貴方でしょ」
「・・・それでも!謝らなくっちゃいけないんだよ。・・・御免」
 神坐生はペコリと頭を下げて謝った。一陣の風が彼と彼女の間を吹き抜けていった。
「私は貴方ともう一度会えたことが嬉しいの。だからもう気にしないで」
 彼女はそっと神坐生の手を掴むのだった。

<鈴宮北斗の嘘>

 鈴宮の嘘。それは、
「親父とお袋は生きている」
 というものであった。彼の両親は彼が七歳の時に彼を火事から守って他界している。過去を見る本や三途の川で両親と対面することができたが、父親と母親に命助けてもらったくせに、二人に何もしていない。せめて一日だけでいいから親孝行がしたい。それが彼の理由であった。
 ドアを開けた先、そこにあるのは十年前の自分の家だった。そしてその家の前には二人の男女が待っている。
「親父、お袋・・・!」
 彼は駆け出した。駆けて駆けて二人の胸に飛び込む。
「なんやいきなり。可笑しな真似する奴やなぁ」
「ほんまや。子供やあるまいし・・・。恥ずかしいやないの」
「ええんや。今だけはこうしてたいんや」
 父親と母親のぬくもり。温かい肉体の感触。過去を見る本でも、三途の川でも直接抱いてもらうことはできなかった。今ようやく十年ぶりに彼は両親のぬくもりを感じることができたのだった。
 その後、彼らは色んなところへ行った。家族三人で連れ立って買い物に行き、重いを荷物を一人でもった。
「一人で大丈夫か?少し持とうか」
「大丈夫や。俺、もう十七やで。これくらい持てる」
「そうか。無理するんやないで」
 その材料で作った夕飯。もう献立は覚えていないが味は最高だった。その後、母親の肩たたきをしてやった。
「どや?気持ちええやろ」
「ああ、気持ちええなぁ。おおきに」
「北斗、俺にはしてくれへんのか?」
「お袋が終ったらやってやるって。少しは待っとらへんのか」
 そして三人でとった写真。この現実は今日一日のものでしかない。後、少しで無くなってしまう。せめて写真だけでも・・・。穏やかな表情で微笑む二人。十年前となんら変わりない。
「今日はもう疲れたな。はよ寝よか」
「え〜。もっと起きてたいで」
「何言うとんのや。もう深夜やで。お前まだ未成年やろがはや寝や」
 いい年をして恥ずかしかったが、二人に添い寝をしてもらった。そうこれが最後なのだから。この眠りから覚めたら二人はいなくなってしまう。それが本来の姿であることは分かっている。それでも割り切ることは難しかった。今あるこの光景が現実であり、ドアを開けるまでは長い夢であったのではないか。そんな錯覚を覚えながら彼はまどろんでいった。

<巳主神冴那の嘘>

「ヴァルザックと会う約束をしたわ」
 長く艶かしい髪を誇る女性は、その豊かな髪をかきあげながらドアに向かって言った。地味な嘘。だがいつ会えるとも分からぬあの男と会うにはこの方法が一番確実ではないのか。そう思った彼女、巳主神冴那は久遠堂の話を聞きつけ訪れていた。果たしてこの嘘が本当になるかどうかは分からない。だが、どうしても「あの事」の答えを彼に告げたかった。意を決してドアを開ける。
 そこは桜の花が舞い散る場所だった。近くには堀があり水が流れている。どうやらあの千鳥が縁の花見の時らしい。桜の木が満開の花を咲かせる中、その男は一人立っていた。がっしりとしたその身体を真っ赤なスーツに包み込んだ壮年の男。
「久しぶりね」
 巳主神は親しげにその男、ヴァルザックに声をかけた。
「まったくだな。ところで私をこんなところに呼び出して何を求めているのかな?」
「この前の件よ。随分難しい事を仰るから、思わず口篭ってしまったわ。それとも社長様ともなればそれが普通の姿なのかしら?」
 彼女の言葉にヴァルザックは苦笑した。
「そんなに難しいことだったかな。で、その答えとは?」
「私には善悪も何が正しくて何が悪いか・・・なんて興味はないのよ?ただうたかたの一時を愉しんでいるだけ。貴方との関係もそう。どちらにつくかも気分次第。でなきゃ永い時は越えられなかったわ」
「善悪などというものはその者の見方によって幾らでも変わる。不変の正義などありはしない。一人を殺すことが犯罪と問われる時もあれば、百人を殺して英雄とされる時もある。そのどちらも真実でありただそれだけのこと。答えというものはあってなきがごときものだ」
 巳主神はヴァルザックの逞しい胸にそっと顔を埋めた。
「隙があったら私、貴方の首筋だって噛むかもしれないわ。激しく失望した時か・・・共に死ぬ事を願う程狂おしく愛してしまった時か・・・」
「・・・・・・」
「まだどちらとも言えないけれど。でも貴方が高みから私を見下ろすのであれば、私は高みへわざわざ登っていく事はできないわ。だって私は、地を這う事が生業の蛇だから」
「見下ろしはしない。ただ見つめつづけるだけだ。今だけはな・・・」
 巳主神の顎を持ち上げると彼はその唇を彼女の唇と唇と絡ませた。二人は狂おしく唇を交じらせ、そして双蛇が交わりあうように抱きしめあった。

<獅王一葉の嘘>

 獅王は自分の実現させた嘘が失敗であったかと後悔していた。本来の人間とはかけ離れた、理想的な人間。いつもこの世の不幸を全て背負っているかのようなあの不運な青年を、一日くらいいい思いを味あわせてやりたいと思っていた。あまりにもドジでトロくて情けなくて、頼りない上に運が悪くて・・・あげればキリが無いが、とにかく究極の不幸人間と呼べる三下に関する嘘を彼女はついた。
「これまでの三下はんとは正反対の、その辺には居てへんような優秀で人当たりも性格もええ、格好ええ男にしてもらお。そや、麗香はんも驚くくらいの三下はんや。皆ほんまに驚くやろうな。この三下はんならほんまにええ記事を書いてくれるやろ。今回の久遠堂の記事もええもんになる・・・こんなところやろか」
 確かにドアを開けた先に待っていた光景は確かに、彼女が思い浮かべたとおりのものだった。眉目秀麗、普段の三下とは似ても似つかない美青年(牛乳ビン眼鏡は外している)が、テキパキと業務をこなしている。人当たりもよく、誰かが茶を頼むとものの数秒で茶を運び、記事の原稿に関して問われればすぐさま最高の記事を作り上げ提出する。確かに素晴らしい成果である。だがしかし、獅王は違和感を感じずにはいられなかった。なんというか、三下らしくないのだ。いつもドジばかりで、碇にストレス発散の相手にされ、皆には馬鹿にされ同情される。だが、それでこそ三下ではないのか。三下とはそういう人間であるからこそ魅力的ではないのか。仕事ができる人間など幾らでもいる。見た目が恰好いい美青年も幾らでもいる。これを組み合わせた者も少数ながらいる。だが、それは三下ではない別の人間である。決して三下ではないのだ。
「やっぱダメやなぁ。三下さんはいつもの三下さんでないとおもろくないわ。よっしゃ、この事記事したろ」
 結局今回同行していた三下は自分が記事にされ、記事を書き上げることはできなかった。なんとも哀れなことである。

<少女遊郷と朏棗の嘘>

 少女遊は店員に問うた。
「俺の嘘はこいつに関係するものなんだがどうすればいい?」
「でしたらお二人でお入りになってください。そうすればご一緒に体験なさることができます」
「だ、そうだ。お前はどうする」
 少女遊に尋ねられた朏は、今だ不機嫌そうな顔を直さず、
「別に嘘ついてまで叶って欲しい事なんてねーし」
 とブスリと答えた。
「そうか。だったら俺のつく嘘は、朏の姉が生き返っただ」
「お、おい・・・」
 吃驚する朏を尻目に少女遊はドアを開けた。この中に朏の姉がいるのだろうか。
「ほれ行くぞ」
 少女遊は朏の手を引っ張って中へ入っていた。
 中は宵闇が支配する夜の世界。ぼんやりと月が差し込んでいるが時々雲が覆い隠し、薄暗い。この朧月夜の場所に彼女はいた。双児の姉のひので。その身を刀に変えることができる一族の末裔であり、同じくヒノデという刀に身を変え死別してしまったたった一人の姉。朏は我知らず涙ぐんで彼女を見つめた。
「ひので・・・」
「お久しぶりというべきかしら棗?」
 朏と姉の話が始まったことを見て、少女遊はドアに寄りかかって雲に包まれぼんやりとあたりを照らす朧月に視線をやった。
「俺は大丈夫だよ。ずっと…欲しかったものも手に入れたから。大好きだよひので。だから、ゆっくりおやすみ」
「分かっているわ。私はいつも貴方と一緒にいる。忘れないで、貴方は一人じゃないんだから」
 ひのでの姿が光輝いたかと思うと、一振りの刀になっていた。普段朏が持ち歩いている刀ヒノデに。
「おい、もういいのか?」
 あまりにもあっさりとした別れに幾分驚いた少女遊に頷くと、彼はドアの外に向かって声を張り上げた。
「おい、店主。ホントになんでも現実になるのか!」
「はい。一日限りではございますが、なんでもかないます」
 ドア越しからの店員の答えに朏はこう嘘をついた。
「だったら、封じられた鬼の力を解放できるようにしてくれ」
 言うが早いか、彼の身体を変化を始めた。赤茶の瞳と髪は、青みがかった紫の瞳と腰まで伸びた長い銀髪に。そして角も生えてきた。本来の鬼の姿を取り戻したのだ。この姿であれば神通力を用いることができる。彼は静かに念じると少女遊と自分を持ち上げそのまま天上に昇った。彼らは天高く、雲の上まで浮かびあがった。ここならば雲に隠されず満天の月と星空を楽しめる。
「一度見せてやりたかったんだよな」
 なかなか照れくさくて口に出来ないお礼をかねて、こんなところに少女遊を連れてきてやりたかったのだ。
「アキ、ありがとな。お陰でひのでにも会えた・・・それに・・・」
(昔から欲しくても得られなかったもの・・・「俺の居場所」も今はここにあるし、な)
 と心の中でつぶやいた。そのことに少女遊は何も答えず、ただ微笑を浮かべて月を眺めるのだった。

<氷無月亜衣の嘘>

 氷無月は、我ながら馬鹿な嘘ついてると感じていた。何度も敵対し、心の中を見られ、いいように嬲られてきたというのに、またこの男と会いたいという想いからこんな嘘をついてしまった。
「私、不人と恋人同士なの」
 不人。謎の組織「会社」のエージェントにして東京の霊的な場所を破壊する危険な男。だが、初めて彼を見てから氷無月はこの男に惹かれる自分に気付いてた。間違っていることは分かっている。だが諦められない。恋は理屈や計算ではないのだ。
 横浜は山下公園の氷川丸を眺める氷無月と不人。かつて二人が戦った場所である。
「私たち、次に会うときはまた敵同士よ。でもこの気持ちを抱えたまま、あなたと戦えない。だからもう一度だけ、キスして。それで全てを忘れるから。あなたへの想いも、全部・・・!」
「無理だね」
 氷無月の決意を、しかしたった一言で否定する不人。
「え?」
「私への気持ちを全て忘れるなど君にはできない事だ。違うかね?」
 不人の紅蓮の双眸が同じく紅い氷無月の瞳を見つめた。不人は妖しい笑みを浮かべて言った。
「なぜ、私の邪魔をする?素直に私を受けれいれたらどうだ?」
「そんなこと・・・、できるわけないじゃない」
「どうしてできないんだね?堕落してしまう自分が怖いからか?それとも世の中の人の目というやつか?」
「・・・・・・」
「下らないしがらみに囚われることはない。もっと自分に自由になるといい。片意地を張らず、自分の想いに素直になれば君は至福の幸せを得ることができる」
 不人は氷無月の肩をガシっと掴んだ。
「な、何を・・・!」
「私が君を素直にさせてあげよう。欲望に塗れ、思うが侭に生きてみるがいい。我が侭こそ最も美しく素晴らしいのだから・・・」
「や、やめ・・・!」
 氷無月は最後まで言葉を続けることができなかった。口を口で封じられたからだ。快楽の一時。氷無月の頬を一筋の涙がつたった。だがその涙は決して悲しみの涙でないことを彼女自身はっきりと分かっていた。

<久我直親、雨宮薫、鷲見千白、各務高柄、直弘榎真の嘘>

 五人の嘘は皆同じものだった。もっともうち二人が立案、遂行を担当していて残りの人間はそれに乗せられたと言った方が正しいのかもしれないが・・・。
「ほら、早く用意をしなさい。学校に遅れますよ」
 各務の言葉に従って子どもたちは慌てて準備を始める。長女の鷲見は七歳。ぼさぼさの手入れのしていない髪に、服は母親の各務がアイロンをかけているおかげでまともなものの、くらびれたランドセルを「よっこらしょ」と背負う。次兄の雨宮はというと、既に幼稚園へ行く準備は全部整っており、弟の三歳になる直弘と遊んであげている。直弘は「かおる兄、かおる兄」と懐いてきゃっきゃっと笑っていた。
「母さんの言うとおり急いだほうがいいぞ、うん」
 珈琲を片手に新聞を読むのは久我。普段の彼らを見慣れている者にとってはとてつもない違和感を感じるこの光景は一体何なのであろうか。
 実は久我と各務が企んでいた事とは、彼ら五人が実は家族であったという嘘を本当にすることだった。残りの三人は依頼内容もろくに知らないで受けてしまったため、彼らと家族になるとだけ答えていたが、内容的には、久我が父親、各務は母親(彼は立派な男である)、七歳の長女千白は小学生。それに五歳の薫に三歳の榎真ということになっている。
「千姉、ご本、ご本」
 直弘が絵本を取り出し、読んでくれるように頼む。
「はいはい。じゃあねぇ・・・」
「何やってるんですか。学校に遅れますよ。後にしなさい。後に」
 鷲見が本を読み出そうとしたのを各務が止めた。読書好きで面倒くさがりの鷲見は子供になっても読書以外特にやる気が見出せないらしい。
「はいはい」
 と渋々従うと「後で呼んであげるからねぇ。薫兄さんと遊んでもらいなさい」と彼の頭をなでてかったるそうに部屋から出て行く。
「まったくあの子は・・・」
「ああいう奴だから仕方ないだろう。それよりお前たちも早く外に出ろ。それとも父さんと今日遊ぶか?」
 雨宮は嫌そうな顔をして無言で久我を睨む。直弘に至っては小さな身体でぽてぽてと(本人は必死)で逃げ出す。現実世界でいじめられていることが尾を引いているのだろう。父親が苦手らしい。
 やがて子供たちを全員学校と幼稚園に送り出すと、各務は面白くてたまらないと言った表情で棚に立てかけておいた家族写真を取り出した。
「いやぁ、この写真は最高ですね。皆の記念写真ということで撮っておきましたけど現実世界に帰っても楽しめそうです」
「ああ、これで当分娯楽に困らないな」
 二人の悪魔はニヤリと笑いあうのだった。

 一日が過ぎた。やがて次々とドアを開けて依頼を受けていた者たちが姿を現す。ある者は満足げに、またある者は呆然とした顔をしている。中には記憶の無い者もいたようだが、なにやら写真を見せられて頭を抱えている。
 そんな彼らを見て、店員はペコリと頭を下げた。
「いかがでございましたでしょうか?お楽しみいただけましたら幸いでございます。それではまたのご来店を心よりお待ち申し上げております」
 チリィィィィィン。
 澄んだ鈴の音色が聞こえたかと思うと、久遠堂は忽然と姿を消し彼らは政治家の内の前に立ち尽くしていたのだった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0561/神坐生・楓/男/17/高校生
    (かんざき・かえで)
0218/湖影・龍之助/男/17/高校生
    (こかげ・りゅうのすけ)
0229/鷲見・千白/女/28/(やる気のない)陰陽師
    (やる気のない)
0334/各務・高柄/男/20/大学生兼鷲見探偵事務所勤務
    (かがみ・たかえ)
0423/ロゼ・クロイツ/女/2/元・悪魔払い師の助手
    (ろぜ・くろいつ)
0262/鈴宮・北斗/男/18/高校生
    (すずみや・ほくと)
0376/巳主神・冴那/女/600/ペットショップオーナー
    (みすがみ・さえな)
0368/氷無月・亜衣/女/17/魔女(高校生)
    (ひなづき・あい)
0115/獅王・一葉/女/20/大学生
    (しおう・かずは)
0095/久我・直親/男/27/陰陽師
    (くが・なおちか)
0112/雨宮・薫/男/18/陰陽師。普段は学生(高校生)
    (あまみや・かおる)
0543/少女遊・郷/男/29/刀鍛冶
    (たかなし・あきら)
0545/朏・棗/男/797/鬼
    (みかづき・なつめ)
0231/直弘・榎真/男/18/日本古来からの天狗
    (なおひろ・かざね) 

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■         ライター通信          ■
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 大変お待たせいたしました。
 久遠堂〜嘘が本当になる時〜をお届けいたします。
 今回は14人ものお客様にご参加いただき満員御礼の状況となりました。誠に有難うございます。
 皆様がついた嘘はいかがだったでしょう。予想通りに実現いたしましたでしょうか?この作品に対するご意見、ご感想、ご要望、ご不満等ございましたら、お気軽にテラコンより私信を頂戴できればと思います。お客様のお声はなるだけ作品に反映させていただきたいと思います。お返事もなるだけ書かせていただきますのでよろしくお願いいたします。
 それではまた別の依頼でお目にかかれることを祈って・・・。