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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


調査コードネーム:路上遊戯
執筆ライター  :水上雪乃
調査組織名   :草間興信所
募集予定人数  :1人〜4人

------<オープニング>--------------------------------------

 星明かりが照らす路面を、一台のワゴン車が疾走している。
 県境の一歩道だ。
 ハンドルを握るのは草間武彦。
 東京都内において探偵事務所を営む男である。
 とある事件の報告書を、依頼主に届けた帰り道であった。
 本来であれば昼間のうちに帰宅できたはずなのだが、雑談に興じるうち、あたりは漆黒の闇に閉ざされてしまった。
 草間の口からは、タバコの煙と生欠伸が、交互に排出されている。
 と、前方に人影が現れた。
 白いドレスを纏った女だ。
 怪奇探偵と呼ばれる男の足が、ブレーキペダルを踏む。
 こんな夜道に女性が一人とは不用心な話だ。事情を訊いて、街まで送ってやるべきだろう。
 やたらと親切な考えを巡らす。
 むろん、立っていたのが男性だったら、このような考えは起こさなかった事だろう。
 女性の姿が接近してくる。
 期待以上の美形だ。
 思わず頬が緩む怪奇探偵。
 瞬間、激しい振動がワゴン車を襲う。
 まるで、巨大な爪に車輪を掴まれたようだった。
「く!?」
 草間が、言葉にならない声をあげる。
 その視界が大きく横に流れ‥‥。


 その日、草間興信所は朝から喧噪に包まれていた。
 日帰りで出掛けたはずの所長が、朝になっても戻らない。
 と、耳障りな音を立てて電話が鳴る。
 それは、栃木県警から連絡だった。
 草間が乗っていたワゴン車が、横倒し状態で発見されたのだ。
 中に人はおらず、遺留品の類も発見されなかったという。


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路上遊戯

 晩春の風が、事務所のカーテンを穏やかに揺らす。
 軽く所内を見まわして、シュライン・エマは、小さな溜息をついた。
 在るべきものがない、というのは、やはり落ち着かないものだ。
 所長たる草間武彦の消息が途絶えてから、まだ一日しか経過していない。普通、大人の男性が一日姿を見せないくらいで心配するのは過保護というものだが、今回は事情が異なっている。
 草間の乗っていたワゴン車は栃木の山中で発見されているのだ。
 それも、横倒しになった状態で。
 心配するなという方が無理であろう。
 まして、青い瞳の事務員と彼は、まがりなりにも恋人という関係にある。見捨てることなどできはしない。
「‥‥と、忘れ物はないわね‥‥」
 口に出して、手荷物を確認する。
 冷静な仕草だった。
 しかし、端然たる態度ほどにシュラインが落ち着いていないことは、僅かに震える指先が証明している。
 軽自動車のカギに付いた鈴が、涼やかな音を立てた。
 もはや、事務所に二台しか残されていない社用車である。山道に挑むのだからセダンの方がまだしもではあるが、調子が良くないのだ。軽自動車では不安だが、やむを得ない選択だった。
 小走りに事務所を出る。
 しかし、車庫で待っていたのは、古ぼけた自動車だけではなかった。
「私の車を使おう。山道には向いている」
 生真面目な口調で、斎木廉が言う。
「べつに草間が消えても痛痒を感じるわけじゃないが、憂さ晴らしの相手がいなくなるのは不便だからな」
 照れくささを隠すように、武神一樹が苦笑する。
「一人で行くなんて水臭い。ご一緒しますよ」
 美髭を撫でながら、恭しく那神化楽が語りかける。
 皆、黒髪の怪奇探偵の身を案じて、集まってくれたのだ。
「‥‥馬鹿ね‥‥依頼料は出ないわよ‥‥」
 仲間たちから視線を逸らし、偽悪的な表現を選ぶシュライン。
 厚情が、暖かい鉱泉のように胸郭を満たしているにも関わらず。
「地酒の一本で勘弁してやるさ」
「貸し、一つです」
「公務員だから、報酬など受け取れない」
 それぞれの為人に応じて、気遣い無用と表現する。
 まったく、素直でないものたちだった。
 たぶんシュライン自身を含めて。

 海抜が上がるにつれ、山嶺は峻厳さを増し大気は冷涼になってゆく。
 春とはいえ、上着なしでは少々きつい。
 口の中で神と悪魔を罵りつつ、花房翠は革ジャンのジッパーを閉めた。
 ずだ袋(マチルダ)を背負い直す。
 漆黒の瞳に挑戦的な光が宿っていた。
 彼の職業はフリージャーナリストである。
 トラブルこそ飯の種、というわけだ。
 そして、手頃なトラブルが花房の眼前に転がっている。
 ふてくされたように大地に横たわるワゴン車だ。
「県警のヤツら、ロクに調べてもいねーな。こりゃ」
 吐き捨てるように言う。
 事故車の周囲に人はなく、立入禁止のテープすら張られていない。
 リークされた情報通り、単なる遺棄車両と思われているのだろう。
「ふん。どうせ、麻雀接待だかセックス接待だかで忙しいんだろうよ。お気楽な連中だぜ」
 ひどい言われようではあるが、これは自業自得というべきだ。日本警察が国民の信頼を得る努力を怠っているのは事実なのだから。
 この状況を見て、車両の遺棄と決めつけるのが無能の証明だ。
 そう花房は思う。
 たしかに、山中に車を捨ててゆくのは、ありふれた話である。廃車にするための費用を惜しむ不心得者など、世に幾らでもいる。だが、不法投棄された車にナンバープレートが付いているだろうか。
 そんなはずはない。
 車内から所有者を特定するようなものは出ていないのだ。それほどまでに狡猾な遺棄犯が、ナンバーを取り外し忘れるわけがなかろう。
 僅かでも推理力を働かせれば、単純な遺棄事件でないことは誰にでも判る。
 判らぬのは無能な雁首を揃えてる警察くらいなものだ。
「ま、だからこそ俺が活躍できるってわけだ」
 不敵な笑みが浮かぶ。
 さしずめ、メアリー・セレスト号事件の再来というわけだ。
 どうせ挑むなら、難解な謎の方が面白い。
 それに、花房には、もう一つ目的がある。
 乗り捨てられた車の所有者に関することだ。事前に陸運局へ問い合わせたところ、とある探偵社の名が引っ掛かった。県警にとってはゴミほどの価値もない情報だろうが、彼にとっては違う。
 オカルトを少しでもかじった人間なら、知らぬはずがない名前だ。
 草間武彦。
 怪奇探偵として令名高い男である。
 どのような形であれ、関わり合いになることは決して損にはなるまい。貸しを作り、オカルト記事のネタを引き出せれば更に望ましい。
 彼のような、流れ者のジャーナリストにとっては、情報ソースは多いほど良いのだ。
 複数の打算を微妙にブレンドしながら、花房の右手がワゴン車に伸びる。
 記者としての才能ではない、もう一つの力。
 サイコメトリーだ。


 さて、シュラインたちの一行が現場に到着したのは、花房に遅れること一時間のことである。
 廉の運転するランドクルーザーが停車すると、真っ先に青い目の事務員が飛び降りた。
「‥‥っ!」
 声にならない悲鳴が上がる。
 見事なまでに横転したワゴン車。これでは、乗っていた者も只では済まないだろう。
 意志に反して膝が震える。
 立っていられない。
 自分が、これほど脆いとは思わなかった。
 冷静沈着という評判をかなぐり捨てて、車に駆け寄ろうとする。
 と、力強い掌が、彼女の肩を掴む。
「落ち着け、シュライン。ヤツは無事だ」
 武神だった。
 黒髪の骨董屋は、年少の友人を安心させるために言ったのではない。
 現場の状況を一瞥しただけで、彼の卓抜した推理能力は、だいたいの状況を把握しているのだ。
 まず、この場に県警のスタッフがいないということは、警察が事件性を否定したということである。もし車に血痕が残っていたり、何者かが争った形跡があるなら、このような判断は絶対にしまい。
 日本の警察は、独創性に欠けるものの緻密な作業は得意である。いくら巧妙に隠しても、必ず露見する。
 それは断言しても良い。
 つまり草間は、失神しているうちに連れ去られたか、自分の意志で車外に出たか、どちらかである。
 そして、前者の可能性はまずない。
 何者であれ、怪奇探偵を拉致する必然性がないからだ。
「シュライン。この車には何が積んであったの?」
 ワゴン車に視線を向けたまま、廉が訊ねる。
 歴眼という名の特殊能力を使っているのだ。
「これは大人数で移動するためのだから、たいしたものは積んでないわ。一通りの調査道具と武彦さんのストック煙草くらいよ」
 胸に右手を当て、呼吸を落ち着けながら答える。
 こんな時だからこそ、冷静さを失ってはいけない。
 ともすれば現実の地平を離れそうになる両足を、必死に叱りつけた。
「あの男は全車にタバコを隠しているの? まあ、それはともかく、どっちも本人が持っていったみたいね」
 精神の集中を解き、鋼玉のような瞳の捜査官が微笑した。
 少し過去の映像だが、実際に無事な姿を確認できたことは大いなる喜びだ。
「‥‥あの時と同じだな‥‥」
 やや唐突に武神が呟く。
 車の損害状況を調べていたのだ。
「なんですか? それは」
 不審そうに那神が訊ねた。
「高速走行中の車が大きな段差なんかに当たるとタイヤがパンクするのよ」
 答えたのはシュラインである。
 ごく記憶に新しい。
 あの時は、草間と二人で車内にいた。だが、今回は違う。
「‥‥おそらく、あのあたりで引っ掛かったんだろうな」
 予想速度と距離を軽く計算し、武神が一点を指さす。
 カーブであった。山道ゆえ、直線は少ない。
 そんなところで余所見をしたらどうなるか、手頃な例証が目前に転がっている。
「草間さんが無事なのは判りましたけど、彼は一体どこへ行ったんでしょう?」
 もっともな疑問を那神が発する。
「私が追う」
 短く廉が主張した。
 だが、武神がゆっくりと頭を振る。
 どんなものでもそうだが、特殊能力などというものは、精神力を消耗する。歴眼で追ったのでは、草間を発見する前に廉が過労で倒れるだろう。こんな山中で行動不能者を出すのでは行動効率が落ちるだけだ。全員が機能することこそ、成功への足がかりである。
「‥‥那神さん」
 少しだけ考え込んでいたシュラインが、なぜか申し訳なさそうに絵本作家に声をかける。
「なんですか?」
「ごめんなさい!」
 言葉とともに、シュラインの足が振りあがった。
 スカートからこぼれた白い太股が眩しい。
 目を奪われないとすれば、男としておかしいというものだったろう。
 そして、むろん那神もまた、健康な男性だった。
 足が降ってくる。
 踵落としと呼ばれる武の技だ。
 軽快な音。
 停止する時間。
 薄れゆく意識の中で、
「ああ、前にもこんなことがあったような気がします」
 やたら悠長なことを考える那神だった。
 長身が地面に倒れてかかる。が、その動きが途中で止まった。
 器用にバランスをとって体勢を立て直す。平素の那神であれば、このような芸当はできない。
「よう。こういう起こし方なら歓迎だぜ」
 金瞳の男の口から、戯けたような言葉が紡ぎ出された。
 どうやら、人格の交代は滞りなく完了したようである。
 ほっと息を吐くシュライン。
 那神のもう一つの人格は、野生の勘と鋭い嗅覚を持っているのだ。これに彼女の超聴力が加われば、追跡は容易になる。
 じつのところ、シュラインが積極的に仲間の特殊能力を要求するのは、希有なことであった。それだけ、手段を選んでいられないということなのだろう。
「これで役者が揃ったな。出発するか」
 年少の友人の行動を、苦笑とともに見守っていた武神が、優しげに声をかけた。
 何となく気まずそうに、シュラインが頷く。
 真剣な表情で、廉が拳銃の弾倉を確認する。
 不敵な笑みを浮かべた那神が、軽く躰をほぐす。
 追跡行が始まるのだ。


 探偵たちが行動を開始した頃、花房は森の中にいた。
 大地から露出した岩に腰掛け、呑気にくつろいでいる。
 噴き出した汗が、冷涼な空気で乾かされてゆく。
 休憩中なのだ。
 ただし、その単語の前には、「迷った挙げ句」という修飾語が付随する。
 考えてみれば、土地勘の全くない者が鬱そうとした森に入って迷わぬはずがない。GPSでも用いているなら話は別だろうが、むろん、そんな便利な道具など持っていなかった。
「どーするかなー」
 さして深刻そうでもなく言って、岩の上に寝転がる。
 手にした携帯電話は、相変わらず圏外表示のままだった。
 本当は、のんびりしていられるような状況ではないが。
 横になると、強烈な睡魔が襲ってくる。
 やはり疲労度が高いのだ。
「‥‥ヤバイな‥‥こんなところで寝たら風邪ひいちまう‥‥」
 埒もない呟きを漏らしながら、茶髪のジャーナリストの意識は、闇へと落下してゆく。

 どれくらいの時間が流れたのか、何者かに肩を揺すられ、花房は目を醒ました。
 はっとしたように身を起こす。
 周囲を四人ほどの男女が取り囲んでいる。
 シュラインたちだった。
 こんな山中で眠りこけている不審な男を放っておくほど、怪奇探偵は太平楽ではない。
「お前は誰だ? ここで何をしている?」
 簡潔に廉が問う。
 油断なく拳銃を構えている。
 そろそろと、花房が両手をあげた。
 どうみても、モデルガンには見えなかった。
「花房翠。フリーのジャーナリストだ。ワゴン車から消えた人を捜している」
 諦めたような口調で白状する。
 だが、この一言によって怪奇探偵たち大きな衝撃を受けた。
 草間が消えた、とは警察は発表していない。
 そもそも、山中に興信所の社用車が遺棄されていたことなど、報道すらされていない。
「どうして知ってるの!?」
 驚愕の色を露わにシュラインが問いつめる。ゴシップ屋が事件の周辺を嗅ぎ回るのは珍しいことではないが、情報を持ちすぎているようだ。
「アンタらも怪奇探偵だろ。サイコメトリーって知ってるかい?」
 右手を顔の前にかざしてみせる花房。
 探偵たちは得心した。
 挑戦的な瞳のこの男も、特殊能力者の一人なのだ。
「どうだい? 俺も仲間に加えてくれよ。けっこう役に立つぜ」
 ぬけぬけと言う。
 那神と武神が、無言のまま顔を見合わせた。
 果たして、役に立つ男が山中で寝ころんでいるだろうか。そう思ったのかもしれないが、口には出さない。
 手勢が増えるのは歓迎すべきだ。それに、敵か味方か判らないのなら、遠くで自由に活動させるより、目の届く範囲に置いて監視すべきだろう。
 むろん探偵たちは、花房が迷子になっているだけだという事情は知らない。
「‥‥わかったわ。ここは手を結びましょ。私はシュライン・エマ」
 自己紹介とともに、承諾の意を伝える。
 一応の代表者は彼女なのだ。
 軽く嘆息しながら、廉が拳銃を懐に戻した。
 まあ、発砲に到らなかったのは重畳というものだろう。おそらく双方にとって。
 こうして、一名を加えて五人となった草間捜索隊は、ふたたび行動を開始する。
 最初はぎこちなかった関係も、花房の積極的で物怖じしない性格もあって、急速に親和力を高めていった。
 どうやら、悪い人物ではないらしい。
 探偵たちが判断を下すのに、三〇分は要さなかった。
 それぞれに特殊な力と事情を抱え込むものたちである。こういう人の方が、えてして他者に寛大なのだ。異能であるという自覚が、そうさせているのかもしれない。
「‥‥人間どもの臭いがするぜ。それも大量に」
 金瞳の男が、仲間の注意を喚起する。
 まるで、自分が人間でないような口振りだった。
 那神の裡に潜むもう一つの人格には、不思議な点が多い。そもそも、どうして別人格が宿るようになったのか、興味がないでもないが、あまり詮索しないのも怪奇探偵の流儀だ。
 人それぞれの事情というものである。
 臭いを辿る那神の後に続き、山中を進む。
 やがて、彼らの目前に村、否、集落のようなものが姿を現した。
 随分と古い建築様式で建てられた七戸ほどの家屋が、身を寄せるように並んでいる。
「‥‥隠れ里‥‥だな」
 やや呆然としたように、武神が呟く。
 現代日本に、まさかこのような場所があるとは。
 他のものたちも、驚いた顔で集落を見つめている。
「やっぱり、地図にも載ってないぞ」
 花房が言う。常識と事実の狭間で戸惑っている風情だった。
「飛仙の里。宇都宮家に仕えた忍者の末裔が住む場所さ」
 突然、背後から声が響いた。
 驚いて振り返る探偵たち。耳の不自由な廉だけが、僅かに遅れた反応を示したが、青い瞳の友人の表情を見て、何が起こっているかを知った。
 泣き笑いの顔。そう表現するのが、最も適当だろうか。
「武彦さぁん‥‥」
 悪い足場をものともせずに駆け出す。
 本当は、色々と文句を言ってやるつもりだった。
 言い訳なんかしたらひっぱたいてやるつもりだった。
 だが、たしかに揃えておいた言葉は、見事に頭から消えていた。
 胸に飛び込む。
「‥‥こんなに心配させて‥‥」
「‥‥すまなかったな。でも、きっと迎えに来てくれると思ってたよ」
 この時ばかりは照れもせず言って、シュラインの黒髪を撫でる。
 気を利かせた仲間たちが、視線を逸らした。

「さて。事情は説明してくれるんだろうな」
 ひとしきり再会を祝した後、武神が訊ねる。
 那神、廉、花房も頷いた。
 シュラインだけはそっぽを向いているが、これは照れているのであろう。
 ちらりと恋人の方を見遣った草間が、溜息混じりに説明を始めた。
 彼が目撃した白い服の女は、この里の人だったのだ。
 隠れ里といっても、他所との交流が全くないわけではない。畑で採れる野菜などを持って、人里まで売りに行っているのだ。徒歩で。
「なるほどな。人間の足じゃあ、夜中に出ないと朝市に間に合わんわな」
 奇妙に感心したように、金瞳の男が呟いた。
「そういうことだ。俺が出くわしたのは、野菜売り娘の一人だな」
 苦笑しつつ、怪奇探偵が答える。
 そんなものに動揺してハンドル操作を誤ったことを、一応は反省しているのだ。
 短時間で笑いを収め、ふたたび説明が始まる。
 至近で事故が発生したことで、野菜売りの娘は驚いた。
 まあ、驚くのは当然であるが、その先の思考は少々変わっていた。彼女は考えたのである。このままでは、里の存在が知られる。それは、掟に反することだ。
 そこで、彼女が選択した行動は逃亡だった。
 ある意味、最悪の行動であったろう。
 逃げたのでは、誤解が生じる余地がありすぎる。
 むろん草間も誤解した。故意に事故を起こさせたな、と。
 彼は娘の後を追った。べつに焦りは無かった。こんな場所に立っていたのだから、近くにアジトなり拠点なりが在るはずだ。必要そうな装備品は全て持ち出し、万全の体勢で挑む。これが、車内から物品が消えた事情である。
 そして不眠不休の捜索の末、この里を発見した。
 いまから半日ほど前のことであった。
 武神と廉が、ひっそりと笑い合う。
 さすがは怪奇探偵。見事な推理力と行動力だ。無駄に浪費しているような気もするが。
「それで、どうなったんだ?」
 やや性急に、花房が促す。
 ジャーナリスト魂だろうか。
「どうもなってない。里の長老とやらと少し話をして、ここの事を誰にも言わないと約束しただけだ」
 歪曲した言い回しだが、穏やかな威圧である。
「‥‥判ったよ。記事にはしないさ」
 軽く両手を挙げて断言するジャーナリスト。他人がどう思おうとも、彼はゴシップ屋ではないのだ。静かに暮らしたいと願う人たちの生活を壊そうとは思わなかった。
 と、その時、
「‥‥あれ? なんで森の中に? しかも草間さんまで」
 那神が疑問の声を発した。
 花房を除いた仲間たちが、やれやれと肩をすくめる。
 いつものことである。別人格が、用は済んだとばかりに眠りについたのだ。
 ただし、普段とは異なる点がある。
 ここは奥深い森の中だ。インドア派の絵本作家に向いた場所ではない。
 どうやら、往路より復路に時間がかかりそうであった。
「じゃあ、そろそろ出発するか。暗くならんうちにな」
 武神が言う。
「そうだな」
 廉も立ち上がる。
「レストランが開いてるうちに街に戻りたいし」
 と、付け加えながら。
 草間に奢らせるつもりなのだ。
「あ、おれも混ぜてくれ」
 などと花房が便乗する。
「ま、世話になったからな。いいだろシュライン?」
 肩をすくめながら、草間が恋人と大蔵大臣を兼任する美女を見る。
「かまわないわ」
 ぶっきらぼうに応えるシュライン。
 どうやら、まだ少しご機嫌ななめらしい。
「‥‥ちょっと、俺にも判るように説明してくださいよ‥‥」
 那神の悲痛な願いは、むろん、一顧だにされなかった。

 冷涼な風がそよぐ。
 忘れ去られた村が、ただ静かに佇んでいた。
 千歳の眠りに微睡むように。


                     終わり

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086/ シュライン・エマ /女  / 26 / 翻訳家 興信所事務員
  (しゅらいん・えま)
0523/ 花房・翠     /男  / 20 / フリージャーナリスト
  (はなぶさ・すい)
0173/ 武神・一樹    /男  / 30 / 骨董屋『櫻月堂』店長
  (たけがみ・かずき)
0188/ 斎木・廉     /女  / 24 / 刑事
  (さいき・れん)
0374/ 那神・化楽    /男  / 34 / 絵本作家
  (ながみ・けらく)


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■         ライター通信          ■
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毎度のご注文ありがとうございます。
大変お待たせいたしました。
路上遊戯。お届けいたします。
少し長いお話になってしまいましたが、楽しんでいただけたら幸いです。

それでは、またお会いできることを祈って。