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十二体の人形 【3月の聖騎士】
【序】
『珍しい人形アリ。人形とは思えないほどの精巧な造り。青年の騎士。
髪・瞳の色とも冴えるような水の青。眼はガラスとは思えないほど透き通った石。
ファンタジーにありそうな騎士の服装だが、手には杯を持っている。
格安、5万円より販売。』
インターネットでの流通が始まり、世界中のものがネットで販売されるようになってから、「ネットで手に入らないものは無い」とも言うようになった近年。
その販売流通部門の一つ、『ネットオークション』。
所持している自分にとっては不要品だが、旧(ふる)い年代物を欲しがる好事家や、販売中止・廃盤となってしまった物、非売品などの貴重な品々を求める者にとっては宝探しにも等しい場所。
そこに、件(くだん)の人形店『傀儡堂』の人形が出たと言う話がでた。
オークションに参加していた女が、興味を示して詳細を見たところ、写真を見て魅了されたという。
縁とは不思議なもので、以前2月の誕生石[アメシスト]を秘めた『アマティスタ』を飾っている店、『Green Sleeves』の常連であった彼女は、飲んでいる時にその人形の事を漏らした。
「俺も気になってネットカフェで見てたんだけど……『アマティスタ』と同じ感じの人形だったな」
前回、人形が持っていたらしい力を利用して『道場破り』ならぬ『酒場破り』を行なっていた男、矢蔦・優治(やつた・ゆうじ)が言った。
彼が報告に来たのは『傀儡堂』。店主、茅環・夙(ちのわ・まだき)は訝しげな顔をして、その報告を聞いていた。
「何故、ネットに?」
「分かんね。……でも俺が見たときは50万ちょいに跳ね上がってたぜ」
始めに提示された額の十倍。夙は優治の言葉に軽い眩暈を感じながらも、溜息を吐いて振り返った。
「もう分かってると思うけど…僕の作品の一つ、3月の誕生石『アクアマリン』を使った人形だよ。
3月は国によって誕生石が違うけど、依頼人はアメリカの方だからね。…多分。
人形の名前は『グリーニッシュ』。容姿は…報告があった通り。
出来るなら競り落として欲しいんだけど……本当は、持ち主の名前が分かれば一番良いんだよね」
「あと、俺から補足なんだけど…最後に50万提示した奴、何十万かの時にも『It's mine.』って書き込んでたな。多分一緒の奴だと思うけど」
夙の言葉を継ぐように、優治が言った。
【壱:不思議な人たち】
「はぁい、お元気〜?」
煌びやかな服をまとった金髪の美女が、タイミング良く店に顔を出した。偶々店にいた遊山・伐(ゆやま・ばつ) は、手にしていた人形から視線を『彼女』に移動させたが、すぐに人形の方へと視線を戻す。
「みつ…」
「やあ、アンジェラさん。いらっしゃい」
美女の本名を呼びかけた優治の言葉を遮って、夙が営業スマイルを向けた。
アンジェラ……本名:室田・充(むろた・みつる)。彼はれっきとした男である。だが、知る人ぞ知るドラァグクイーン。ネット世界でもかなり有名な人物であった。
彼に依頼の話を告げると、目を丸くさせて優治の顔を見た。
「何、矢蔦クン? 今回は君が情報提供者なの?」
「あぁ、うん。いつも行ってる酒場の常連客から聞いた情報だし、ここと関連あるっぽかったしさ」
そう言うと、充はローズピンクのマニキュアを塗った指を彼の顔に伸ばした。
「情報ありがとう、お礼にチュウして……」
「ぶっ!」
言った途端、夙がお茶を吹き出し、優治は椅子の背もたれを乗り越えて店の壁に張り付いた。二人の行動に、充は上げた手を自分の前に置かれたお茶に伸ばし、静かに手にとって一口飲んで呟いた。
「冗談よ」
嫌な冗談である。
それはともかく、依頼の事を話そうと夙が顔を上げた所で、こちらを見ている視線に気付いたのか、ふと顔をそちらに向けた。視線の先には、伐が人形を手にして、興味深そうにこちらを見ていた。
「オレもまぜたってな、その人形探し」
にこっと邪気のない笑みを向けると、とことこと近付いて優治の前に置かれたお茶を手にし、勝手に飲み始めてしまった。
「おまっ、そのお茶……!」
指をさして怒る優治を宥めながら、夙は伐が手にしている人形に目を向けた。
一月の誕生石、『ガーネット』を使った騎士の人形『アルマンダイン』。
ショーケースに入れておいたはずの人形が、何故彼の手にあるのか分からなかったが、何かに感付いたように微笑む。
「じゃあ、お願いしてもいいかな」
「茅環っ?!」
後ろで抗議している男を置いといて、店主は微笑んだまま伐を見た。
お茶を入れ直し、「行くなら早い方がいいんじゃないかしら」という充の言葉に全員が頷いて店を出た。
【弐:It's mine.】
『ゴーストネット』に着いたのはお昼過ぎ。昼食を取りながらネットを楽しんでいる人の姿が多くあった。
……ある一角を除いて。
「……ご……ごひゃくまん……」
例のネットオークションを覗いた四人が見た数字は、最初の提示額の百倍にまで跳ね上がっていた。これを見て、脱落者が一人出てしまったのである。
「あかん、泡吹いてるがな」
「ち、茅環?! おい……お〜い?」
伐と優治が、脱落者・夙の肩を揺すったり頬を叩いたりしているが、彼は白目をむいて気を失っていた。
「意外に気が小さいのね……」
充が淡々と呟き、オークションの履歴を見ていった。成る程、優治が言ったように所々に『It's mine.』と書き込んでいる人物がいる。だが、『人形好事家』と名乗る人物が金額を跳ね上げていった結果、今の金額になってしまったようだった。
一定時間が経てば自動リロードされる仕組みのオークションなのだろう、金額は更に跳ね上がった。
これを出展者はどういう気持ちでこれを見ているのだろうか。充は形のよい爪を噛んでモニタを眺めていた。画面を見ている間にも、オークションは続いていく。
「今の金額は?」
伐が『アルマンダイン』を手にしながら問うた。
「……750万」
「……ドえらい金額やね」
もはや、ここまで来ると驚きを通り越して呆れるしかなかった。
「なぁ……茅環、口から魂出てる感じなんだけど……」
一部を除いて。
「押し込んでおきなさいよ、もうっ!」
充がそう怒鳴り、再びオークションの流れに注目した。
出展者データはなかった。恐らく新参の出展者なのだろう。盗品ならば、こんな風に簡単に足がつく売り方はしないものであるし、夙から聞いた話では人形を盗んだ(?)人物は、元々人形の製作を依頼した人物。そして、既に死んでいるはずの人。
優治に2月の誕生石『アメシスト』を使った人形・『アマティスタ』を渡しに来た人物。
―――死人なのに?
首を傾げて、まだ上がるオークションの金額を眺める。
『……貴殿、私に「グリーニッシュ」を見せてくれまいか』
伐が持っている人形『アルマンダイン』が彼に話し掛けた。人形には霊が宿る、そんな霊と会話が出来る伐は驚く事無く、人形をモニタに近づけた。彼が何をしているのか分からない充が、僅かに片眉を上げる。
「どうしたの?」
「ちょっとね。……あ、この人形の写真映してくれへん?」
そう曖昧に答え、モニタの中に映された品物、『グリーニッシュ』を見せる。充がマウスを動かし、[写真を表示する]と書かれたリンクを押すと、モニタに出展された人形の全身図が表示された。
水の青のような髪、そして眼。手にしている中世ヨーロッパ風の杯は、人形が両手で大事そうに抱えていた。騎士の服装には合わないが、不思議と人形の雰囲気には合っていた。
その人形の姿が、『アルマンダイン』のガーネットの瞳に映し出されると、伐の耳に彼の声が入り込んできた。
『あぁ、間違いない。我が兄弟、我が対の杯の騎士。あの時、黒い闇に連れ去られたものだ』
「ホンマ!?」
つい大きな声で話してしまい、充と優治から驚いたような顔で見られてしまった。
「な、なにが?」
「あ、いや、なんでもない」
形のよい眉を上げて問い掛ける充に、伐は乾いた笑いを返しながら言った。
そんな彼に訝しげな眼を送りながら、充は手を進めた。出展者にメールを送ろうと試みているのである。幸い、アドレスを発見できたので慣れた手つきで文面を打ち込み、送信した。
内容は、人形の入手経路について。
そう簡単に教えてもらえるかどうかは分からない。だが聞かずにはいられない。
送信し、また店に入ってから三時間近くが経過していた。夙もようやく気を取り直したのかスツールに腰掛けている。温かい烏龍茶などを頼みながら、充に問い掛けた。
「……あれから、経過はどうかな」
「10万ずつ上がってるわね。……時々、『彼』がきてる」
充がモニタとにらめっこしながら、答えた。うんざりしたような口調に釣られて、夙が溜息を吐く。
伐が履歴を覗き込んでみたが、流石に『It's mine.』という単語が並ぶと逆に気持ち悪くなってくる。自動的に日本語訳になるようなパソコンでなくて良かった、と充は思った。『私の物だ』という単語がずらずらと同じページに並んでいるのを見るのは、異様な執着心を見せつけられているような不快感がある。
―――それだけ、思い入れがあるってコトよね。
アイスカフェオレを飲んで、溜息を吐いた。途端、メール着信の合図があった。
慌てたようにマウスを操る彼の後ろから、伐が『アルマンダイン』を抱えたまま、じっとモニタを見ている。
メールには、あまり大した事は書かれていなかった。「昔、店で買ったものです」と書かれた部分を読み、眉間に思い切りしわを寄せた。
「……なに、コイツ」
震えた声でそう呟くと、優治が頭に『?』を浮かべてモニタを覗き込んだ。同じようにメールを読み、顔をしかめる。
「盗品さばいて、何が店で買っただよ……ふざけてるのか?」
メールの送り主に対し、彼も怒りを露わにした。夙はメールの内容を、二人(…いや、伐もメールの内容を見て眉を吊り上げているから、三人だろう、彼ら)の怒りから読み取った。
おおよそ、どこかで拾ったものに違いないだろう。だが、拾ったとしてもそれを勝手に売りさばく事は『窃盗』という立派な罪がつく。拾い、警察に届けるなり何なりすればよかったのだ、この出展者は。
「拾ったものです、とは流石に言えないよ。知り合いでもない限りはね」
「だからって、こんな事が許されるのかよ」
死んでも尚、自分に誕生日プレゼントを持ってきた、かつての酒飲み友達。その人が頼んだ人形が、盗品でありながら何の関係もない人間に金で取引されている。その事が、許せなかった。作成依頼人の酒飲み友達が死んだ事は、夙から聞いていたのだろう。
充も同じ気持ちだった。宝石一つ一つに思いを込めていた依頼人。それを人形にして、優治のような知り合いに渡すつもりだったのだろう、それを何らかの方法で手に入れた出展者が、金にしようとしているのだ。
人形の気持ちが理解できる伐も、この出展者に対して二人と同じような怒りを抱いていた。この人形達と同じ、自分も『人形』だから。主の手から離れ、何の関係もない者に金で取引されるなど耐えがたい事である。
手にしている人形からも、怒りに似た感情が伝わってきていた。なんとしてでも、同胞を取り戻したい。そんな気持ちが流れ込んでくる。
何とか説得しようと、充がもう一度メールを送った。だが、相手もネットに繋いでいたのだろう、返答は直ぐに来た。
『嫌です。俺が買った物をどうこうしようが俺の勝手でしょう』
ただそれだけ。
怒りのあまり座っていたスツールを馬鹿力で引っこ抜き、パソコンを破壊しかねない勢いの優治を、充・伐・夙が三人がかりで押さえ、店員に睨まれながら店を出る羽目になった。当然会計は夙持ちではあったが。
「……あれじゃあ、無理やな。出展した時の名前も偽名やし、メールアドレスだけじゃ居場所はわからへん」
伐が人形を抱きながら唸るように言った。
「住所は、分からなくて良かったのかもしれないよ」
彼の隣に並んだ夙が、そう呟いた。前を歩く充と優治には聞こえないように。
夙の言葉に首を傾げた伐は、彼の方に目を向けた。
「なんでや?」
「……さっきの矢蔦さんの行動、思い出してよ」
出展者の家に乗り込んだ場合。彼がどのような行動をとるかは嫌でも想像できる。伐は乾いた笑いをし、前を歩く優治に目を向けた。
「も〜、今日はトコトン飲むわよーっ!」
充が声を上げて手を上げた。優治も意気投合して「おーっ」と叫ぶ。
「……遊山さんは、どうする?」
「へ? 俺…ええんかぃな」
「その、『中身』が壊れない程度には飲めるんじゃないかな」
小さく笑った夙の言葉に、自分の正体が知られているんではないかと背筋が寒くなった。
【参:熟れの果て】
「ちょっと、コレ見てっ!」
充が勢い良く店の扉を開けて駆け込んできた。その手には新聞が握り締められている。
「おはようございます、いらっしゃいませ」
夙が顔を上げて微笑みながら出迎えた。
「せっかくの日曜なんだから、もっと陽気な所に遊びに行くとかしろよ」
そんな事を言っている優治も、のんびりと夙、そしていつものように店に来て人形の相手をしていた伐と共にお茶を飲んでいたりする。だが、そんな彼らの前に置かれた木製のテーブルの上に、新聞を叩きつけるように広げた。
一面ではなく、よくある事件として取り扱われているような三面の片隅に、ピンクの蛍光ペンで囲まれた記事に全員の目が行った。
『都内に住む無職の男性(34)が心臓麻痺で死亡』
太字で少し大きめの文字で書かれた記事の出だし。これだけなら、何処にでもある事件だった。だが、その内容を読んでいくうちに全員の顔が険しいものに変化していく。
『部屋に荒らされた形跡はなく、外傷もない為に突然死の可能性もある模様。死亡時刻は昨晩、今朝付き合っている女性が家を訪ね、男性が死亡しているのを発見、通報。インターネットをしている途中だったのか、パソコンの電源が入っており、あるネットオークションのホームページが開かれていたと警察は発表。突然具合が悪くなり、そのまま死亡したと見られている。』
記事はこれで終わっていた。
伐が「う〜っ」と唸り、記事を穴が空くほど見つめた。
「もしかせんでも、コレって…」
その予感は、後日の新聞で確信へと変わった。
『ネットオークションで人形を出展していた男性と判明。検察側は心臓麻痺ではなく、ショック死であると発表した。出展したと思われる人形は何処にもなく、盗まれた可能性もあると見て警察は全力で捜査を……。』
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0076 : 室田・充(むろた・みつる) : 男 : 29 : サラリーマン兼ドラァグクイーン】
【0478 : 遊山・伐(ゆやま・ばつ) : 男 : 600 : 保父】
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■ ライター通信 ■
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『西。』です。お久しぶりです、そして締め切り破りです、申し訳ありません(吐血)
納品が遅くなりまして、大変申し訳ありませんでした……(汗)
しかも、今回の依頼は……『失敗』という扱いになりました。依頼の内容が曖昧だったという点もあって、お二方は調査方法に戸惑われたのではないかと思います。
結構良い所まで来ていたんですが、『ネット』という壁が厚すぎたのでしょうか、直接対峙していれば色々方法もあったと思いますが、流石に難しい所…。
その内、リベンジ依頼が出るかもしれません。けど、大分先になりそうです……。
その際は、機会があれば……ですね(汗)
月末辺りに、『人形』シリーズを一本書こうかと画策している『西。』でした。
今回は、重ね重ね申し訳ありませんでした…。(_ _;;;;;;;
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