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VOICE
●オープニング【0】
『押上ミナコの新曲聴いた? あれって、何か声入ってない?』
『俺も聴いた! あの声、コーラスなんかじゃないよな?』
ゴーストネットの掲示板上でそんな会話がやり取りされていた。押上ミナコ(おうがみ・みなこ)というのは、各種音楽チャート上位の常連の女性ポップス歌手だ。
けどまあ珍しい話じゃない。昔から色々と言われてきた話で、多くは単なる偶然だったはずだ。今回もその類ではないだろうか。
最初はそう思っていた。次の書き込みを見るまでは。
『そういえば、彼女の付き人が1年半前に自殺したって話あったよね? ひょっとしてその娘の声なんじゃ!?』
『あったあった! あれでミナコ、3ヶ月休業しちゃったんだよなー』
自殺……? いったいどういうことなのだろう。
『けど休業明けからの彼女の曲、ますますよくなったやん。うち、今の方が好きやで』
『休んだからか彼女の雰囲気や声、少し変わった気がするけど、いいよねー』
『それはそれとしてさぁ、例の声ってくぐもってるから聞き取りにくいよ。何て言ってるんだ?』
『知らないよー。誰か教えて!』
何か気になるし、調べてみよう……かな?
●お願い攻撃【2C】
喫茶店『スノーミスト』。細身な大学生、三浦新は幼馴染みに呼び出されこの喫茶店へやってきていた。黒縁の眼鏡をかけた地味な顔立ちは、ともすればぼうっとしているようにも見られることがある。いや、決してそんなことはないのだが……大抵の場合は。
「……えっ?」
新は幼馴染みの言葉に耳を疑い、思わず尋ね返していた。新の向かいでは、パフェを食べている幼馴染みの少女の姿があった。
幼馴染みとはいっても、同い年ではなくて少女の方が年下であった。それも5つも。
「だからね、ミナコの新曲に妙な声が入ってるって、ネットの掲示板で噂なのっ!」
今言ったことを新に繰り返し聞かせる少女。近くにあるインターネットカフェで得たという情報だった。
「噂……なんだよね?」
言葉を選び少女へ尋ねる新。俄には信じられない話だ。いいや、新にとって信じたくもない話だった。
「噂だけど、その声を色んな人が聴いてるんだから、噂とばかり言い切れないでしょ?」
即座に言い返す少女。そう言われると、新も上手くは言い返せない。
「う、うん……」
新はとりあえず頷いておくことにした。
「あたしね、すっごく気になるの、それ」
少女はそう言ってじっと新を見つめた。目が輝いている。
「アラタ君、お願い。調べてっ☆」
しばらく新を見つめた後、少女はにっこりと微笑んでそう言い放った。
「アラタ君、優しいからちゃんと調べてくれるよね? 本当にお願いっ☆」
新に眼差しを向け、お願い攻撃を仕掛ける少女。いつものことながら、何とも断り難い雰囲気が漂っていた。
珈琲の入ったカップを持つ新の指先が、微かに震えている。視線は少女から外しがちになり、横へと落としていた。気のせいか、顔色も青ざめてきた様にも見える。
「……う、うん。分かった、調べてみるよ……」
頷きつつ、小声で答える新。本音を言えば、こんなことは調べたくない。霊的な話は苦手なのだから。けれども――断れない新がそこに居た。
●憂鬱な帰宅【3E】
「……ただいまー」
新は自宅の玄関のドアを開くと、元気ない声を出した。その声に、家の奥からのっそりと1匹のゴールデンレトリバーが姿を現した。新の友人である御年3歳のゲンさんだ。尻尾をゆっくりと振って新を出迎えるゲンさん。
「お出迎えありがとう」
身を屈め、新はゲンさんの頭を撫でてあげた。
「ワンッ!」
短いが元気よく吠えるゲンさん。どうやら喜んでいるように新には感じられた。
「あはは……ふう」
一瞬笑みを浮かべた後、新は溜息を吐いた。
(今からCD聴かなきゃいけないんだよな……嫌だなあ)
幼馴染みと別れた後、新はCDショップに寄って件の新曲『罪』を買ってきていた。買った以上は聴かなくてはならない。約束もしたことだし。
(聴いたからって、霊に憑依されるなんてことは……ないといいなあ。でももし憑依されたらどうしよう……)
どうしても考え方が後ろ向き、後ろ向きになってしまう新。聴いて憑依されるのなら、曲を聴いた人間全員が今頃憑依されていると思うのだが、そこまでは今の新の頭では気が回らないようだ。
玄関に立ち尽くしていた新がふと気付くと、ゲンさんが心配そうに新を見上げていた。
「そういえばゲンさん……耳よかったよね」
ぽつりつぶやく新。普通に考えて、犬の聴覚は人間よりもかなりいいはずである。
「ワン」
新のつぶやきに返事するかのようにゲンさんが鳴いた。
「……一緒に試聴、する?」
●試聴【4D】
新は自分の部屋に入った。ゲンさんも一緒に、である。もちろん買ってきたCDを聴かせるためだ。ちなみに報酬は骨1本。
新は鞄を机の上に置くと、中から袋を取り出す。有名なCDショップの袋だ。そして袋からマキシシングルを取り出しジャケットを見た。ジャケットでは、Tシャツにジーンズ姿の茶髪女性が遠くを見つめている所が映っていた。これが押上ミナコであろう。
CDをケースから取り出すと、新はミニコンポにセットした。リモコンの再生ボタンを押すと、CDが低い唸りと共に回転を始め、1拍置いてスピーカーから音が流れ始めた。
ピアノのみというシンプルなメロディーに乗って、ビブラートのかかった歌声が聴こえてくる。独特な印象を持つメロディーと歌声であった。
しかしそれは、新にとってはどうにも嫌な感じの音であった。
(うわあ、いかにもこれから何か出ますよって感じだぁ……)
ピアノと歌声のみという構成があれなのだ。清らかでもあり、どこかしらおどろおどろしさもありで。
新はクッションの上に腰を降ろした。ゲンさんはその隣にやってきて、きちんと座った。
少々歌詞が重く感じるが、まあ曲は悪くはない。普通ならばそう思うだろう。
(『もぎ取られた翼が』ってどういう歌詞だよぉ……)
だが普通の状態ではない新にとっては、恐怖を盛り上げるための言葉でしかなかった。せめて何か声が聴こえるという話を聞いていなければ、もう少し違ったのであろうが。
やがて曲は問題の箇所へ差しかかった。
「ワンッ! ワンッ!!」
ゲンさんの身体がピクッと動き、激しく吠えた。新は慌ててリモコンの一時停止ボタンを押してから、曲を少し戻した。そして一時停止解除。再び問題の箇所へ向かって曲が流れ出す。
「ワンッ! ワンッ!!」
再びゲンさんの身体がピクッと動き、激しく吠えた。また新は一時停止ボタンを押した。
流しては吠えて戻して、流しては吠えて戻して……これを何度か繰り返してから、ふと新は気が付いた。
「……そういえば、ゲンさんの声で曲が聴こえてないや」
そうなのだ。ゲンさんが吠えることで、問題の箇所に何かしらあるのだろうとは推測できたが、肝心の内容までは分からなかった。ゲンさんの声でかき消されているからだ。
新は仕方なくヘッドフォンを取り出すと、ミニコンポのジャックに繋いだ。そしてヘッドフォンをつける。
(ゲンさんが吠えたってことは、本当に聴こえたんだ。嫌だなあ、嫌だなあ……)
びくびくしながら何度目かの曲を聴く新。リモコンは傍らに置いていた。
やがて曲は問題の箇所へ差しかかる。その時だ――。
「!!!」
新は大きく目を見開いたかと思うと、もんどりうってひっくり返った。そして大急ぎでヘッドフォンを耳から外した。
「ゲンさんっ!!」
息荒く叫ぶ新。ヘッドフォンから大音量で音が漏れていた。見るとゲンさんがリモコンに前脚をかけていた。しかも、ボリュームの所に。
この状況からも分かるように、うっかりゲンさんがボリュームを上げてしまい、新の鼓膜を大音量が直撃したのだった。新がひっくり返るのも当然の話である。
結局その後リモコンをゲンさんの届かぬ所へ置き直し、新は曲を聴き直した。大音量で衝撃を受けた後のためか、比較的楽に聴くことができた。怪我の功名とはこのことか。
確かに問題の箇所には何かしらの声が聴こえていた。そこから何度も何度も繰り返し聴いてみた結果、『……嫌……』と言っていることだけは何とか判明した。
その夜、新は何やら夢を見てうなされた。やはり何度も曲を聴いたのが原因なのだろうか。
●後日談【6E】
「……という訳で、『……嫌……』と言っていることだけは何とか判明したんだけど……」
喫茶店『スノーミスト』で待ち合わせた新は、恐る恐る少女に報告をした。
(怒られるかなあ……)
それが新にとって一番の心配だった。だが少女は怒ることもなく、それどころか優しい微笑みを新に向けた。
「ありがとう、アラタ君。一生懸命調べてくれたんだねっ☆ 本当に優しいよね、アラタ君……」
少女のその言葉を聞いて、新はほっと胸を撫で下ろした。
(怖かったけど、ちゃんと調べてよかった)
新の心の中が、満足感で一杯になる。何にせよ、これでもうあのCDを聴かなくてもよい。
「……そんなアラタ君にまたお願いがあるんだけど」
「え?」
新は一瞬耳を疑った。
「あのね、今度は別の人の曲に……」
そんな新の様子に構わず、話を続ける少女。新はこの場から逃げ出したい衝動に襲われた。もっともそんなこと、新には出来はしないのだが――。
さて、それからのことだが――翌月の月刊アトラスに、ミナコの曲に聴こえる謎の声についての記事が掲載された。だがその記事には、謎の声が亡くなった付き人の声に似ているということ以外に、ミナコの声にも似ていると書かれていた。
それと相前後するかのように、件の掲示板にもミナコと付き人の入れ替わり説が匿名で書き込まれていた。
それをきっかけとし、事態が動き出した。さらに翌月の月刊アトラスには記事の続報が掲載されていた。独自のルートで調べた話として、直筆で書いたはずの2枚のサイン色紙の筆跡が違っていたという記事があったのだ。
他のマスコミも調査を始め、ついには警察まで動き始めた。
芸能界に一大スキャンダルが巻き起こるのは、それからそう遠くない日のことであった――。
【VOICE 了】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 整理番号 / PC名(読み)
/ 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0075 / 三浦・新(みうら・あらた)
/ 男 / 20 / 学生 】
【 0033 / エルトゥール・茉莉菜(えるとぅーる・まりな)
/ 女 / 26 / 占い師 】
【 0035 / 倉実・鈴波(くらざね・りりな)
/ 男 / 18 / 大学浪人生 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
/ 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 0487 / 慧蓮・エーリエル(えれん・えーりえる)
/ 女 / 12、3? / 旅行者(兼宝飾デザイナー) 】
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■ ライター通信 ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全21場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・すでにお気付きかもしれませんが、今回皆さん全員が完全個別になっています。高原の依頼では、何とも珍しいことですが……それだけ皆さん独自の行動をされていたということですね。調査を行う人やら、揺さぶりをかける人、恐怖に怯える人やらと、人によって違った内容となりました。
・それにしても、妙な声の入っている曲って時折ありますよね? 多くはバックコーラスの加減だったり、偶然の産物だったりする訳ですが、中には理由の説明できない物もあるでしょう。もしそんな時、そのアーチストの周辺で妙なことがあったら……? まあそれは考え過ぎというものでしょう、ええ。
・三浦新さん、プレイング楽しく読ませていただきました。一応バストアップを参考にさせていただきましたが、イメージ通りに描写できたかどうか少々不安ではあります。よろしければテラコンよりお知らせ願えると嬉しいです。幼馴染みの名前等があれば、文章に反映できたかもしれません。それからゲンさんとの関係が飼犬なのか、それとも近所の犬なのか分からなかったので、少し曖昧な描写になっています。事件に関しては、細かい部分で色々と疑問もあるかと思いますが、その辺りは他の方の文章に出ていますので。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。
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