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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


10都市物語「池袋」〜紅砂陣〜後半

<オープニング>

「サンシャインが風化している!?」
 いつものとおり草間興信所に依頼を受けにきていた者の一人が、依頼内容を見て驚きの声を上げた。
「ああ、急にサンシャイン全体が風化し始めて、今にも崩れ落ちそうになっている。そんなはず普通に考えたらあるわけないんだが・・・」
 草間は腕を組んで考え込んだ。
「とにかく危なくて今じゃ誰もサンシャインに入れないそうだ。そこで警察のお偉いさんか依頼が来てな。これの原因を解明してほしいってことらしい。調査室も今は別件で慌しいようだしお前さんたちみたいな連中に頼るしかないそうだ」
「原因解明ってことは中に入れってことか!?」
「そうだ。中は崩れかかっているからあんまり派手な事をするなよ。このままなら後数日はもつそうだが、あんまり強力な衝撃を与えると崩れ落ちかねないそうだ」

(ライターより)

 難易度 難しい

 予定締め切り日 4/16 24:00

 いよいよ10都市シリーズも大詰めを迎えてきました。
 今回の依頼の調査対象はサンシャイン60。警察に話はとおっているので内部に入ることは問題ありません。ただ、草間が行っていたとおり崩れかけているので、広範囲に効果を及ぼす魔法みたいなものは使用しないほうが無難です。内部にはこの劣化を引き起こしている何者かがいます。それを探し倒すこととなるのですが・・・。ただ探して倒すだけでは済みそうにないようです。妨害する者がいるかもしれません。御用心を。
 ちなみにシリーズと言っても私の依頼は一話完結型なので途中参加の方で問題なくご参加いただけます。お気軽にご参加ください。もし余裕がおありなら、過去の私の依頼をご覧になっていただけるとさらに楽しんでいただけるかと思います。 
 それでは皆様のご参加を心よりお待ち申し上げます。 

<外で待つ者> 

 崩れゆくサンシャイン60。急激に風化が早まり後数日も立たぬうちに砂の山に成り果ててしまうこの建物に、果敢にも内部に潜入していった者たちがいた。このサンシャインを故意に風化させている者がおりそれを排除するためであるのだが、依頼を受けたにもかかわらず、中には入らずに外の入り口でひたすら待ちつづける者がいた。高校生くらいの幾分きつそうな顔をした少年である。その炎のごとき紅蓮の瞳は風化し、赤く変色したサンシャインの外壁に向けられている。
(なぜ敵のあいつらが人間辞めてまで何でこんなことばっかしてんのか、よくわかんねぇ)
 彼の脳裏に、今までこのようなテロに近い破壊行為を行ってきた者たちの顔が浮かぶ。人でありながらあえてヒトならざる者へと変貌し力を得た存在。だがそれで何を得るというのか。確かに人を超えた力を手に入れることはできる。だが、その代わりに失うもののほうがはるかに大きいのではないか。
(人やめるっていうのが勿体無いことだってなんでわかんねぇんだろう?妖は人の命、自らが宿った自然を糧にしないと、人とは違うものを喰らえばこそ永遠のような時間を得られるのであって、逆にいえば喰らわなきゃ・・・普通に生きれる方がずっといいのに)
 己もまた妖の者ゆえに、彼は普通の人間であったほうがどれだけ幸せであるかといつも心の奥底で思っていた。日本古来から存在する天狗直弘榎真。数年前に覚醒してしまったあの日、自分は人間ではいられなくなった。どんなに人間そっくりに化けていても自分は人間ではない。仲間という存在ができて尚更にそのことを感じることが多くなっていた。
(俺も・・・あと少ししか時間なさそうだし.なんかやりたいこととかできそうなこととかってあったかな・・・ないなぁ)
 今回他の仲間と一緒に行動しなかったのは、彼の攻撃能力の大半が広範囲に影響を及ぼし、崩れかかっているサンシャインにダメージを与えてしまうことを危惧してということもあるが、彼自身の悩みもまた原因の一つであった。残された時間は少ない。果たして何をすべきなのか。
 そんな思いに耽っている彼は、突然その行為を中断させられた。近づいてくる者がいる。氷のように冷たく、体全体を凍りつかせるような殺気。そして濃密な妖の気。それは全て直弘に向けられていた。
「人が物思いに更けてるときに邪魔すんなよな・・・。ったく、代償は大きいぜ?」
 今だ姿を現さぬその者に向かって挑発する直弘。すると・・・。
「代償、か・・・。こっちこそその代償とやらを支払ってもらおうじゃないか。あの時の、ね」
 それは彼にとって聞き覚えのある声だった。いや、忘れようにも忘れられない声と言った方が正しいだろうか。かつて二度に渡り対峙し、死闘をくりひろげた相手。
「王天君!」
 今まで人っ子一人いなかったサンシャイン前の空間が、突如歪み、ねじれ、一人の少年が姿を現す。黒い軍服らしき服を纏った直弘と同年代くらいの、幾分幼さを残したような整った顔立ちをしている少年。その瞳は憎悪の暗い炎が宿っている。
「久しぶりだね。今度こそ恨みを晴らさせてもらうよ」
「やっぱり現れやがったか・・・。なんとなくそんな気がしてたんだよ。てめぇが現れるそんな気がな・・・」
「ふん。あの時受けた屈辱、忘れることなんてできはしない。確実に仕留めてやるよ」
「それはこっちの台詞だぜ。今度こそ逃げるんじゃねぇぞ」
 二人の少年の視線が火花を散らす。サンシャインを前にしてもう一つの死闘が幕を開けようとしていた。

<紅砂陣>
  
 サンシャイン内部の風化は予想以上に進んでいた。壁は至る所で赤茶色に変色し、ボロボロと崩れ落ちている。自分達が今歩いているこの床とていつ崩れるか分からない。そんな極限状態にありながら、この状況を作り出している者を倒すことに一縷の望みをかけて内部を調査している者たちがいた。
「雛から連絡があった。十六夜と魎華が現れたそうだ」
 高校生らしき少年の言葉に一同はハッと顔を強張らせた。
「状況はどうなんだ?」
「分からん。ちょっと前にその連絡があってからいっこうに連絡がない。こちらから電話してみたんだが繋がらない」
 例の二人に会ったということは、あちらは戦闘を開始したはずである。連絡が取れないということは戦闘中なのかそれとも・・・。
「俺達には関係の無いことだ。倒すべきは建物を風化させている一聖九君、ただそれだけだ。邪魔をしてくる連中は全て始末するのみ」
 黒ずくめの恰好をした目つきの鋭い青年の言葉に、一行の中で唯一の女性が苦笑いを浮かべた。ぼさぼさのあまり手入れのされていない髪に眠たげな目、服もヨレヨレのシャツと全身でやる気のなさを表現している女性である。
「確かにその通りだけどさぁ、もうちょっと他の皆も心配してあげたら?相手が相手なんだし・・・」
「下らん。俺には他の連中を心配している余裕などない。この建物が崩れたら終わりなんだぞ。それにあいつらが駄目になったということはもう俺達で探し当てるしかないということじゃないのか?」
「他の奴らが駄目になったっていうのはどういうことだ?まさか雛たちがもうやられてしまったとか言うんじゃないだろうな!?」
 高校生らしき少年は黒ずくめの男に掴みかかった。その彼の肩を黒いスーツを着た男が叩いた。
「少しは落ち着け雨宮。心配する気持ちは分からないでもないが焦りはミスを生むぞ。紫月もそうきつく言うな」
「こんな場所だからねぇ。皆頭に血が昇ってしまうのも仕方がないかもしれないよ。正直私もこんなところから早く逃げ出したいし・・・・」
 天井からサラサラと砂が零れ落ちてくる。床も壁もそして天井すらも全てが崩れ始めている。いつ何時何かの衝撃で崩壊するか分からない。このような極限状態に置かれ、しかも広大な六十階建てのビルのどこにいるかも分からない敵を探すことなどしていたら確かにストレスは限界近くまで感じ何かの事で激発しかねないだろう。
「くっ・・・。どこにいるんだ一聖九君は・・・」
 紫月の胸元から手を離して雨宮と呼ばれた少年はため息をついた。敵の場所を割り出そうにも敵がどこに潜んでいるのかまったく分からないのだ。他のパーティが強敵と交戦している今、急いで敵を見つけ撃破するしかない。気持ちばかりが急いてしまう。
「また曲がり角だね。どっちに行く?」
 やる気のなさそうな女性鷲見千白の言葉に黒いスーツを来た男、久我直親は指を顎に当てて考え込んだ。
「さて、どちらに行くべきか・・・。左かな」
「いえ、右です」
 静かな、だがはっきりとした声は四人の中の誰のものではなかった。
「まさか美桜ちゃん!?」
 驚いて振り向いた鷲見の視線の先には小柄な少女が立っていた。糸のように細く細かい髪の毛が盗聴的な少女神崎美桜。彼女は危険だからということで外に待っていたのではないのか。意外な顔をして自分を見つめる4人に儚げに微笑んで見せた。
「桜井さんには外で待っているようにと言われましたが、敵の人たちの場所を詳しく知るには中に入る必要があって・・・」
「だからって危険じゃないか。この中には魎華や十六夜みたいな奴らがうろついているんだよ。一人でこんなところまで来て奴らに見つかったらどうするんだい?」
「御免なさい。でもどうしても皆さんの力になりたくて・・・」
「でもねぇ・・・」
 尚も文句を言おうとする鷲見を久我が制止した。
「まぁ、こんなところまで来てしまった以上仕方あるまい。一人で帰すほうがよほど危険だ。そんなに心配ならお前が護ってやればいいだろう」
「そりゃそうだけどさ・・・」
「有難うございます」
 お辞儀をする神崎。そんなやり取りをさして面白くもなさそうに見ていた紫月が口を開いた。
「ところで、敵はどこにいる?あの曲がり角を右に曲がったところにいるのか?」
「あ、はい。そうです。右に曲がった通路の先に、強い負の感情を感じます。恐らくそこが・・・」
「一聖九君の居場所か」
 言うが早いか紫月はさっさとその方向に向けて歩きだす。その姿を見て鷲見は苦笑を浮かべるのだった。本当は仲間が心配なくせにと。
   
<お釣、そして・・・>

 一方、サンシャイン内部に入らず、依頼を解決するというよりは自分の用事を済ませに来た者もいる。サンシャイン内部の廊下を歩く一人の女性。日本人にしては彫りが深く鼻梁の高い外国人風の容貌にスーツを着たこの女性は、何をするためにこんな場所に赴いたのであろうか。
(感じるわ。この近くにいるわね・・・)
 以前にも感じたことのある独特な心の音、心音。彼女はその異常とも言えるほど優れた聴覚を持って、探し人である男の心音を掴んでいた。この依頼を受けた仲間たちに尋ねたところ、彼女が探している男はこのような現場に訪れる事があると聞き、その男を捜していた。
 サンシャインの裏に位置する場所。現在は立ち入り禁止にされていて誰もいないはずのその場所に彼はいた。真紅のスーツに身を包んだ堂々たる体躯の持ち主。葉巻を口に咥えながら冷たい輝きを放つアクアマリンの瞳でサンシャインを見つめている。その顔はどこか満足げでもある。
「お久しぶりね。ヴァルザックさん、だったかしら?」
 女性に声をかけられて、ヴァルザックと呼ばれた男はさも意外な人間にあったという表情をした。
「ほう、誰かと思えば確か例の探偵事務所の・・・」
「バイトのシュラインよ」
「こんなところまで何の用かな?と聞くのも愚問か・・・。なるほど、今回の事件は君の探偵事務所が引き受けのか」
 私ではなく草間さんなんだけどね、と心の中で応えながら草間興信所の事務員シュライン=エマは胸ポケットから一枚の紙切れを取り出した。どうやら小切手のようで0が6ケタ以上書かれているようだ。
「私の用件はこれよ」
「それは確か以前のパーティの参加費用として支払ったはずだが・・・。足りなかったかね。後どれくらいあれば足りるかな?」
「そうじゃなくて、お釣を返しにきたの」
 以前草間興信所で開かれたホワイトデーパーティ。そこに訪れたこの男は参加費用としてこの小切手を送ってきたのだ。参加費はたかだか3000円。それの100倍以上もの金をもらっては借りになる。彼女としてはなるだけ仮は作って置きたくなかった。敵かもしれないこの男に。
「釣?それは私からのささやかな礼だ。気にすることはないとっておきたまえ」
「そうはいかないわ。お金の問題はキチッとしておかなくてはいけないもの。お釣は返すわ。参加費用の3000円だけ支払って」
「ふっ。その程度の金で借りなどと思われては心外だな。私はあのパーティに見合う費用を渡したつもりだ。今更返されても受取るわけにはいかんね。私の面子というものもある」
「でも・・・」
「それより折角こんなところに来たのだから少し話しにでも付き合わないかね。そちらの女性もどうかな?」
 そう言ってヴァルザックが視線を向けた先は裏路地であった。しかし、誰もいないはずのその場所に突然何かの気配が現れたかと思うと、妖艶な美女が裏路地を支配する闇から分離したように姿を表した。闇よりもなお深き漆黒の髪に同じ色の服。闇夜でも輝きを失わないルビーの双眸。彼女はその艶やかな唇をニヤリと歪ませた。
「驚いたね。気配は消していたつもりなのに・・・。ひょっとしてさっきから気が付いていた?」
「ずっと前から気が付いていたよ。君の気配は闇の力が濃すぎる。いかに消そうとしても感覚の鋭い者なら気がつくだろう」
「ふん」
 彼女は面白くもなさそうに鼻をならすとサンシャインを見上げた。60階建ての巨大な建築物は赤茶色に変色し、もろい部分は既に砂になり風に吹かれて消え去り始めている。
「なんで馬鹿でかい建物を崩そうとするワケ?これ、意味あんの?つかなきゃやんないだろうけどさ。まさか建設会社の企みとかじゃないよね?」
 それならまさしくお笑いごとなのだが・・・。人外の存在である彼女にとってこんな建築物が崩壊しようがまったく関係ない。いい加減この手の仕事にも飽きてきていたので首謀者らしき者を探していたのだが、ヴァルザックの自分に似た、しかし異質な気配を感じて様子を見ていたのだ。
「東京という都市は一種の結界都市だ。強大な結界に守られたな・・・。だが外部からの闇は防げても内部は意外にもろい。悲しみ、憎しみ、嘆き、苦しみ、そして閉塞感。それらはこの都市全体を澱ませ穢している」
「何を言っているの?」
 シュラインは意味がさっぱり分からないと言った表情だ。
「この都市が闇に包まれないよう、また魔の者たちに侵略されないように作られたこの都市は、しかし限界を迎えつつある。もうじき結界はこのサンシャインのように崩壊しよう」
「なるほどね。結界崩壊のために負の気を貯めこもうという魂胆か・・・。でもそんなものであの狸爺の作った結界がどうこうなるんなら、東京なんてとうに崩れ去っているだろう?」
 日本の首都である東京は、風水や神社仏閣など様々な呪法を用いられて作り上げられた強大な結界都市である。その結界はあらゆる魔の存在を拒み、江戸と呼ばれた時代から四百年近くこの都市を守りつづけてきた。人がこれだけ集中した都市が何の結界も張らずにいたら、とうに東京は魔の者たちに侵略を受け混沌と化していただろう。
「天海の結界は崩れつつある。東京には生者と死者の負の気が満ち満ちている。結界は人の手によって生み出され、人の手によって崩される。まさしく因果だな」
「そんなことをして貴方は何を企んでいるの?結界が壊れたらこの東京は滅茶苦茶になるんでしょ?何のメリットが・・・」
「君たちは魔界という存在を知っているかね?」
 唐突にヴァルザックの口から飛び出した言葉、魔界。シュラインにとってそれ初めて聞く言葉であった。
「この世界とはまったく違うもう一つの世界。常にそこに存在する者はあい争い、弱肉強食の不断の闘争を繰り返している場所だ。この魔界は時としてこの世界と結ばれることがある。いわゆるゲートというものが開かれるわけだが・・・」
「この地には狸の結界が張ってあるからねぇ。東京には侵入しにくいだろうさ」
 同じ闇の者吸血鬼である彼女、秋津遼はコクリと頷いた。魔界の住人は常に人や、この地に住まう他の生命を喰らおうと虎視眈々とチャンスを伺っている。温かな血でその喉を潤し、芳醇な肉で飢えを満たし光ある世界も自分達の物にしたからである。
「かつては妖怪や妖の者などと呼ばれていた連中もいたが、強大な結界のせいでこの東京には手を出せずにいる。だが、憎き天海の結界さえ崩壊すればこの地にゲートを開くのはたやすくなろう。私はそれを望んでいるのだよ」
 ヴァルザックは吸い終った葉巻を捨てると、足でもみ消した。
「さぁ、このサンシャインが崩れさるその瞬間を見届けようではないか。間もなく他の結界も崩壊する。全ての結界がな・・・」 

<滅びの砂> 

「ようこそ紅砂陣へ・・・」
 それが五人を迎えた男の最初の一言だった。王天君と同じような軍服らしき服を着た青年。ただしその色は砂を現したかのような黄土色。東京の各都市を破壊し続けている異能者の集団一聖九君が一人張天君であった。
「紅砂陣?この通路がか?」
 現在自分たちが対峙している通路を見回す雨宮に、
「この通路だけではなくこの建物サンシャイン全体が我が紅砂陣よ。我が陣の中で我以外の全ての存在が高速で風化する。お前たちもいずれこのサンシャインもろとも砂に化す運命にある」
「残念だがそんな時を悠長に待っているわけにはいかん。死んでもらおうか!」
 久我は懐から符を取り出し構えた。陰陽師が術を用いるときに使用する呪符である。同じ陰陽師である鷲見と雨宮も同じように呪符を取り出し術は放つ用意をする。その時、一行の中から神埼が進み出て張天君に言った。
「お願いです。もうこんな事やめてください」
「止めてもかまわん」
 張天君の口から思いもかけない一言が出てきた。彼はこのサンシャインを崩壊させるつもりのはず。それなのにそれを止めても良いとはどういうわけなのだろうか。
「止めてもかまわんが、いつ何時このサンシャインが崩壊するか分からんぞ。もはや私が手を下さずとも崩壊を防ぐことはできん。もっともお前たちはここで死んでもらうことになるが・・・」
「美桜ちゃん。闘わずに解決しようとすることはえらいと思うよ。でもね、相容れるわけにはいかない相手って言うのも世の中にはいるんだよ。自分のスタンスを守るためにはね」
「そんな・・・」
「危ないから下がってな。行くよ」
 鷲見は神崎を後ろに下がらせると呪符を放った。それは術となり何かしらの効果を発揮するはずであった。だが、呪符は鷲見の手から離れると急激な速度で風化をはじめ、ぼろぼろと崩れ去ってしまった。雨宮や久我の呪符も同じように崩れ落ちている。
「これは・・・」
「愚かな。先ほどもいったはずだ。紅砂陣は我以外の全ての存在を風化させると。さらに私の周囲ではその風化さらに早まる。それお前達の服も・・・」
 見れば鷲見たちの服も袖の辺りからボロボロと崩れ始めているではないか。皮膚もかさかさと乾燥を始め急激に水分が奪われている。
「お前達の戦い方は全て知っている。厄介な武道を操る人間たちは既に魎華と十六夜が排除し、最早残ったお前たちは術や遠距離での攻撃を得意としている者たち。お前たちの力では私には届かぬ」
「ならばこれならどうだ!」
 雨宮は腰にさしてある退魔刀を抜き放ち張天君に切りかかった。同じ武器でも鋼でできている刀であればいきなり風化するはずはなくダメージを与えられる。そう考えての攻撃であったがその刃が張天君に届くことは無かった。刃が触れたと思われたその瞬間、張天君の身体をすっとすり抜けてしまったのだ。
「そう来ることも予測ずみだ。お前達蜃気楼というものを知らないのか?お前達が見ている私は私であって私ではない」
 蜃気楼。だとすると今彼らが目にしている張天君は目の錯覚であり、本当の張天君はどこか別のところにいることとなる。だが広範囲に効果を及ぼす術は現在封じられてしまい、張天君を捕らえることは難しい。このまま為す術も無く風化するしかないのであろうか。
「分かったか。お前達に私を捕らえる術は無い。諦めてこのサンシャインもろとも砂となるがいい・・・」
「ふっ。下らんな」
 勝ち誇る張天君を鼻であしらったのは紫月であった。その手には銀色に輝く細い糸が幾つも握られている。
「何?」
「蜃気楼とは光の屈折が引き起こす自然現象。擬似的にそれを作り出しているお前はここにいる。ただしその姿が見えないだけだろう」
「それでは攻撃できまい?その細い糸で何をするというのだ」
「姿が見えないのなら、全てを貫くまで!」
 紫月はその手に持った無数の糸を解き放った。彼の糸は糸のように細く鍛え上げた鋼糸と呼ばれる代物。その形は糸でも捉えた相手は切り刻み、鋼の強度を持って敵を拘束する。通路の全ての場所に張り巡らされた糸。その一本から赤い液体が垂れ落ちた。
「ば、馬鹿な・・・。たかが糸で・・・」
「蜘蛛は巣に入った獲物を決して逃さん。この閉鎖空間に俺達を誘い込んだ時点で勝負は決まっていたのだ」
 幻影が破れ、心臓が貫かれた張天君の姿が顕わとなった。口から血を吐いて既に絶命している。
「これで術者は倒した。後は・・・」
 その時。
 ザァァァァァァ。
 砂が崩れ落ちる音が聞こえ始め、天井から砂が降り注ぐ。
「そんな、一聖九君を倒したのに!」
「風化は止められなかったか・・・。やむをえん。脱出するぞ!」

「あら、張天君が倒されたのね」
 その豪奢な金髪をかきあげながらスーツ姿の女性はなにげなくそうつぶやいた。辺りには数人の人間が倒れ付している。
「どうする?こいつらに止めをさしてから引き上げるか?」
 黒装束を纏った男は少女の首をつるし上げながらその女に問うた。
「放って置きましょう。とどめを刺さなくてもこの状態でサンシャインから逃れることは不可能だわ。砂の下敷きになるほうがより恐怖を感じられるのではなくて?」
「ふん。私はどちらでもかまわんがな」
 そう言うと女と男の姿はスッとかき消えた。残された者たちは立ち上がる気力も無く倒れ付している。天井からは砂が零れ落ち間もなくこの建物が崩壊することを物語っていた。このままでは彼らはサンシャインの瓦礫に埋められてしまう。そう思われたとき、一陣の風が吹いた。
「ったく世話かけさせやがって・・・。後で感謝しろよ」
 そう言うと、黒い翼を生やした何者かはニヤリと笑った。

「サンシャインが崩れていく・・・」
 粉塵を巻き上げながら崩れ落ちてゆくサンシャインを、少し離れた場所からシュラインは呆然とその光景を見守った。
「こんなものだろう。いずれ東京の全てのものがあれのように滅びていくのだ。楽しみではないかね?」
 ヴァルザックは隣に佇む秋津に視線を向けた。
「興味ないね。東京がどうなろうと知ったことではないさ。あたしにとってはね」
「良い答えだ。では東京が、いや日本全てが混沌に包まれるその日を待つがいい。この世界が魔界と化すその時をな」
 哄笑を上げながらヴァルザックもまたその姿を消すのであった。

 かくして今回の依頼はひとまず終了を向えた。王天君と戦っていた直弘によると彼は張天君が敗れたと知るやすぐに撤退してしまったらしい。その後サンシャインに入り、傷ついた仲間を見つけると竜巻を起こして時間を稼ぎながら撤収した。鷲見たちは間一髪脱出に間に合い事無きを得た。
 砂となり崩れ落ちてゆく。サンシャイン。東京も、いや日本全体もこのように滅び混沌に包まれるというヴァルザックの言葉。そして魔界の存在。謎は新たなる謎を生みながら深まるばかりであった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0229/鷲見・千白/女/28/(やる気のない)陰陽師
    (すみ・ちしろ)
0086/シュライン・エマ/女/26/翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
    (しゅらいん・えま)
0413/神崎・美桜/女/17/高校生
    (かんざき・みお)
0231/直弘・榎真/男/18/日本古来からの天狗
    (なおひろ・かざね)
0054/紫月・夾/男/24/大学生
    (しづき・きょう)
0258/秋津・遼/女/567/何でも屋
    (しづき・きょう)
0095/久我・直親/男/27/陰陽師
    (くが・なおちか)
0112/雨宮・薫/男/18/陰陽師。普段は学生(高校生)
    (あまみや・かおる)

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■         ライター通信          ■
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 大変お待たせしました。
 10都市物語「池袋」〜紅砂陣〜後半をお届けいたします。
 今回は13人ものお客様にご利用いただき満員御礼の状況となりました。誠に有難うございます。他人数のため全後半の二部構成とさせていただきましたが何卒ご容赦ください。
 今回はサンシャイン崩壊は防げなかったものの、全員無事に脱出することができました。
 おめでとうございます。
 いよいよ魔界なるもうひとつの世界の存在が現れてきました。魔界とは一体何なのか?ヴァルザックの意図とは?10都市物語も終了に近づいています。ご期待になりながらお待ちいただければと思います。
 この作品に対するご意見、ご感想、ご要望、ご不満等ございましたらお気軽にテラコンより私信を頂戴できればと思います。お客様のお声はなるだけ作品に反映させたいと思いますので何卒ご協力のほどをよろしくお願いいたします。
 それではまた別の依頼でお目にかかれることを祈って・・・