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調査コードネーム:鏡鳴のトリコ −復讐の三女神 2−
執筆ライター :立神勇樹
調査組織名 :ゴーストネットOFF
募集予定人数 :1人〜5人
■オープニング■
――そしてお前達は偽善の鞭で復讐者達を断罪するだろう。
――腕をもがれた事もない、親を魔物に殺された事もない、復讐の安らぎを知らないお前達が!
春の風が気持ちのよい午後、ゴーストネットで一番日当たりがいい窓辺の席で、瀬名雫がため息をついていた。
彼女はぼんやりと窓辺を飾る桜草を見ていたが、こちらの視線に気づいて、気まずそうな、安堵したような、何とも奇妙な微笑みを浮かべた。
「あのね、朝来たら、怖い顔した女子高校生のお姉さんがこれを置いていったんだけど」
そういって取り出したのは、宛名も差出人もない空色の封筒だった。
雫の視線に促され、中にあった便せんを取り出すと、流麗なカリグラフ書体で次の一文が記されているのが読みとれた。
「お帰り、アリス。
止まらぬウサギを追いかける旅は楽しめたかい?
今宵は満月、誰もいない月女神公園へ行こう。
陽気と愉快が輪になり行きて巡り続ける場所に。
巨大な回るトレイの上ではコーヒーカップもぐるぐる回り、三月ウサギもいかれ帽子屋も自分のカップがわからない。
いっそ戸惑う位なら
砂糖とミルクの気分になってカップ中でぐるぐる回れ!
鏡の国を見つけたならば、一緒にゴブリン退治をしよう。
輪を描いて魔法を唱え、玉座から王を引きずりおろせ!
――二つの時が重なる時刻に。Tisiphone」
ティシポネといえば、魔物や闇の眷属に復讐するハッカー集団"Fulies"の一人だ。
ということは、これを持ってきた少女がそうなのだろうか?
雫に聞くと、彼女は頭を振った。
「渡してきて欲しいって頼まれただけだって。……でも何か訳アリみたいな雰囲気だったよ。そうそう。これも一緒に入ってたんだけど」
差し出してきた小切手には、サラリーマンの年収に相当する金額が書き込まれていた。
振出人には、丸みを帯びた小さな文字で「叶 星歌」と書かれ捺印してあった。
「……この小切手、このままにしておくのはまずいよね?」
確かにもらう理由も言われもない。いたずらにしては金が掛かりすぎている。
これはなにかの謎かけか? ティシポネの挑戦か? 星歌という少女は"Fulies"の何なのか?
頭の中で三つの問いをお手玉のようにジャグリングさせながら、唇の端を少しだけ歪めて見せた。
――さあ、どうやってこの小切手を返し、奴らのしっぽをつかもうか?
■9:30 ゴーストネットOFF■
「んーっと。「月女神公園」を英訳してルナパーク――夜間遊園地かな?」
招待状の上に蛍光ペンでマーカーを付けながら、内場邦彦は幼さを残す丸い瞳で瞬きを繰り返して見せた。
と、その様子をみていた瀬名雫も、頭のリボンを揺らしながらうなづく。
「夜の後楽園遊園地かしら?」
招待状の謎を解こうと、内場のすぐ近くにある半透明でピンクのマッキントッシュを操りながら、寒河江深雪が答える。
開店して間もない時間だからか、二人の他に客はおらずしん、と静まりかえっている。
明るい太陽の光が通りに面した窓のガラスを透過して、空色の招待状を照らす。
まるで自然のスポットライトのように、そこだけが店内で浮き上がっていた。
テーブルの上をよくよくながめると、手のひらサイズの焼けこげがうっすらと浮かんでいる。
――それはあの、アレクトとの事件でついた傷跡だった。
夢うつつに瞬き消える幻影の少女。全てを無情に奪われた慟哭、行き場のない叫び。
ぶつけようのない怒りをあらゆる「闇」の存在にぶつけ、その存在を消そうとしたハッカーの少女。
冷たい雪のような白い髪。怒りに燃える赤い瞳。
悲しげな一言。
「どうして?」と彼女は言ったのだ。
どうしてあなたが泣くの? どうして私は全てをうばわれたの? どうして復讐はいけないの?
――何が本当で何が嘘?
(そんなの、僕にだってわからない)
あの事件の後、邦彦はふだんの生活に戻った。
朝起きて、大学へいって、友達と買い物したりカラオケにいったり。
だが、心の奥底……自分さえ知らない心の海の底で不意にささやきの気泡が浮かび上がってくる。
――どうして?
それは帰りの電車の中。ながれる夜景の向こう側から。
レポートを作成するために入った図書館のざわめきの向こうから。
日当たりの良い公園でまどろみ、眠りに落ちようとする瞬間に。
ゆらゆらと問いかけの気泡はたゆたい浮かんでくる――どうして?
いつか答はでるのだろうか。この鞄の存在意義と同じように。
ふと、蛍光ペンを持つ手を止め、文面を眺める。
ぼんやりと……招待状ではない遠い世界を眺める邦彦をみて、深雪もまた、気づかれないようにため息をつき、肩に掛かる黒髪、否、黒く染めた白銀の髪を静かに払い落とし考えた。
自分もまた、アレクトを写す歪んだ鏡だ――と。
彼女は魔物によって家族を奪われた。何の理由もなく、何の罪もなく。
では、自分は?
深雪は振り返る。自分は? 人を殺したことはない。当たり前だ。
だけどこの雪女のチカラは? 三十才を越えると老化がとまるこのカラダは?
望んで得たわけではない。何の理由もなく、何の罪もなく。
老化しないというのは、一見素晴らしいことに聞こえるが、実際は違う。
自分の愛する者達と必ず別離しなければならないサダメであり、呪いだ。
どんなに好きで、愛おしくても、必ず隔てられる……年齢という変化を持たない自分と、年齢という変化を持つ人間では。
そのサダメは望んで得た訳ではない。理由が有るわけではない。
――どうして?
それは「力」もつものが一度は自身に、世界に問いかける謎。
「同じ」であることを許されない者達の慟哭である。
深雪とて、望むなら普通の女の子に戻りたい。雪女としての力よりも、不老の夢よりも……愛おしむべき人たちと共に同じ時間を歩みたい。
茶色のカラーコンタクトレンズを通して見る、インターネットの画像がぼんやりとする。
自分が雪女だというのは仕方がない。何より祖先達の愛があるからこそ、雪女の血はみゃくみゃくと受け継がれ、自分へと発露した。それを否定するなど傲慢なことはできない。だから自分は受け入れた。
それでも、仕事の最中に、帰り道の雑踏の中でふと、思わずに居られない――どうして?
「どうしたの?」
きょとん、と目を見開きながら雫が二人の思考の底から引き上げた。
「あ、ごめんなさい。少し考え事しちゃって……あのっ、二つの時……これ、砂糖で310とミルクで359の気分ということで3:10から3:59の間? まさに丑三つ時ね」
あわてて取り繕うように言うと、邦彦が小首をかしげてマーカーの先でトントンと招待状をつついた。
「うーん。ポケベルかぁ。それより「二つの時が重なる時刻」だから「0:00」とも「24:00」とも表記できる時刻、と見た方が近いとおもう……あっ、全然自信ないけれど」
がっくり、と肩を落とす深雪に邦彦があわてて手を振り、誤魔化すようにオレンジジュースを飲み込む。
「ごめんなさい《リドル》は苦手で」
「でも夜の遊園地は遊園地だろうから、全然駄目って訳じゃないですよ。うん」
大学生らしい、かわいいキャラクターの飾りが付いたペンケースから、邦彦はピンクのマーカーを取り出し、招待状に線を入れていく。
「「コーヒーカップ」は遊園地のコーヒーカップ。「鏡の国」はミラーハウス。「陽気と愉快が……」は「巡り続ける」だから多分観覧車かメリーゴーラウンド……いや、「喜び」の"Merry”が回り続けるで"Go Around"。だからメリーゴーラウンドかな? そういや浅草公園って昔はルナパークっていってたと思うけど、まさか花やしきの事かな?」
「花やしきにはコーヒーカップはないよっ!」
邦彦を上目遣いにながめながら、雫が頬を膨らませる。
「後楽園遊園地も、コーヒーカップがあった場所は今は改装中ね」
雫につられて、深雪が白く細い人差し指で同じ白い肌持つ自分の頬をつついて答える。
「東京ディズニーランド……じゃないだろうし」
三人寄れば文殊の知恵、というがゴーストネットの三人は、早速行き詰まってしまった。
大体、遊園地というのは間違いないが、この東京に幾つの遊園地があると思っているのだろう。
難解な問題と厄介な小切手を押しつけてくれたティシポネにむかって、胸の中で唇をとがらせてみるが、それで答えが出るはずもない。
「あ、そうだわ」
ぽん、と手を打ちながら深雪が顔に無邪気な笑みを浮かべた。
「雫さん、いっそ《ハッキング・ジャパン》のアキさんを呼びません? ライターの方ならこの手の謎解きは得意分野でしょうし」
「アキちゃん?! うーん、いいけど。捕まるかなぁ」
子ウサギそのものの仕草でぴょんとイスから飛び降り、カウンターにある鞄からキャンディのようなライトグリーンの携帯電話を取り出す。
必要以上にたくさん付けられたストラップをチャラチャラとならしながら、雫はテーブルに戻ってくると、一言。
「深雪さんって、アキちゃんに気があるの?」
「ええっ?!」
「あ、そ、そうだったんですかぁ!」
何気ない雫の一言に、悲鳴を上げたのは深雪。邪魔しても居ないのに、何故か頬を染めて顔を逸らしたのは邦彦である。
「ちっ、違います。……あの、別にあの方が気になるという訳では無いんですよ! ちゃんと好きな人だっているんですから」
あわてて否定する深雪。しかし白銀の雪のような肌は夕日に染められたように真っ赤に上気している。
「へぇ……良いこと聞いちゃったな。お嬢さんに好きな人がいるんだ」
カラン、とドアベルの音と共に致命的なダメージを与える一言が、これまた致命的な人物の口から放たれた。
「アキちゃん!」
驚きからイスをひっくり返しながら雫が立ち上がる。と、アキはくつくつと喉を鳴らしながら、肩まで伸びた柔らかい茶色の髪をかき上げた。
「近くに用事があったから、ついでによってみれば、まあ」
なおも笑いを止めず、アキは鮮やかな新緑色の瞳に意地悪そうな光をうかべ深雪たちのテーブルに近づき、手みやげの白い箱――原宿にあるアイスクリームショップのロゴが入った奴だ――を置いた。
「で、何なに? 誰に気があるんだって? おや、お嬢さん顔が赤いね? 好きな人? それは誰かな?」
道化師めいた動作で両手を大きくひらき、胸のまえでパチンとならしてみせる。
「いやっ、そうじゃないんです。もう。どうしてそう突拍子もなくあらわれるんですかっ?!」
親しげに肩に置かれた手を、思いっきりはたいて深雪がそっぽを向く。
そっぽを向いたのだが、かすかに胸の奥に何かが引っかかった。
恋愛感情ではない。もっと別の――既視感?
そうだ。アキの声は誰かに似ている。アキの顔は……どこかで……アレクトの事件ではない別の場所で見た気がする……。
「冷たいなァ。一緒にアレクトと戦った戦友じゃないか。あ、俺ラムレーズンね」
困惑する深雪をよそに、アキは壊れたトランペットのように、高らかに笑いながら雫と邦彦にウィンクを送る。
「……あの時は、どうもありがとうございました」
突然すぎるアキの登場に呆然としていた邦彦が、点で的はずれな言葉を返す。
と、アキは「いや……」と、答え、一瞬だけ。顔を凝視していないとわからないほどかすかに真剣な眼差しをしてみせた。
「で、謎解きはわかったのかな? アリスさん達」
ひらりと空色の招待状を手に取り、賭博師がカードを裁くように指先でくるくると回転させる。
「ええと。多分、遊園地なんですけど……後楽園でもないし、花やしきでも……ディズニーランドでもないし」
顔の火照りを納めようとしているのか、アキから目を逸らし、ひたすら無口にアイスクリームを食べる深雪に変わり、邦彦がしどろもどろに言う。
「ふうん? イイ線いってるじゃない? それで?」
プラスティックスプーンを歯がみしながら、アキは何度も瞬きを繰り返す。
「全部の遊具がそろってる場所が見つからなくて……」
しかられた子犬そのものの顔つきで、ちらちらと邦彦がアキを見上げる。と、アキはそれまでの稚気に満ちた表情をうち消し、殉教者を導く聖者のように慈愛に満ちた笑顔を見せた。
「パレットタウン・夏季限定移動遊園地」
「え?」
「先週できたろ。お台場のパレットタウン裏の空き地に。今年の夏……九月末までだったかな? 限定の移動遊園地が」
まあ、まだ公式オープンされていないから、知らなくても無理ないが。とアキは肩に掛けていたコットンシャツの袖に手を通し始める。
「時間は?」
「二十四時……あ、あの」
「Marvellous!」
完璧な発音で、素晴らしいを意味する英単語を吐き捨てると、バネが弾けるように勢いよく立ち上がり、アキは口の端をかすかに持ち上げた。
「ちょっと、待ってください! どうして、どうしてあなたは「招待状を見ない」うちから「内容を知って」いるんですか!!」
気圧され、萎縮し、けれどなけなしの勇気を動員して叫ぶと、邦彦はアキの腕を掴んだ。
と、アキは少し驚いたように目を見開き、ゆっくりと振り向くと、少しだけその長身をかがめ、邦彦と目線の高さを合わせた。
「それはなァ」
「それは?」
「……秘密だ」
ぴしり、と邦彦の額を人差し指ではじくと、アキは足早にゴーストネットOFFの出口へと歩いていく。
そして、ドアを開けると同時に振り向くと。一言一言を区切るようにはっきりと告げた。
「時間、遅れるな。俺は待たせれるのが嫌いだ」と。
後に残されたのは、突然の突風に驚く三人と、溶けかけたアイスクリームだけだった。
■23:40 月女神公園の死闘■
月のさえ渡る白い光が誰もいない遊園地を照らす、日付が変わりそうな午後23:40。
笑い声もなく、軽やかな音楽もない。
あるのは冷たい闇と、海の潮騒ばかり。
静まりかえった遊園地に、ティシポネの招待を受けた子らがゆっくりと集い出す。
春とは思えない冷気に身体をふるり、と震わせて邦彦は当たりを見渡した。肩にはもちろん祖母からもらった肩掛け鞄。
(「一緒にゴブリン退治をしよう」に「玉座からひきずりおろせ」か)
ティシポネの招待状にあった一節を心の中で繰り返す。
「……誘われてるのかなぁ」
「え?」
邦彦と一緒に歩いていた深雪が、突然のつぶやきにきょとんとした。
「あ、いや、最後の一節の謎はなんなのかなぁって……。ひょっとして仲間になれって誘われているのかなとか」
手をふりながら、あわてて付け加える。と、深雪が静かに微笑んだ。
「誘われても、仲間にはならないわ。私はもう《自分》を捨てようとはおもわないもの」
アレクトの事件で、一瞬だけ「雪女としての力がなくなれば」と思った。
だけど、それは自分のルーツを否定することだ。父や母が交わした愛を踏みにじることだ。
優しく、だが毅然と言う深雪に、邦彦は恥じ入るように頬を染めてうつむいた。
「そう、ですね」
それはマイナス行動への誘惑だ。
復讐する気持ちはわかる。しかし、そんなことをすれば悲しむ人がいるはずだ。
――伝えたい。
「止まらぬウサギ」アレクトのように手遅れにならないように。
一歩一歩の足取りが重い。
先に何が待ち受けているのかが、怖い。
それでも、行かないと行けない。――それは奇妙な使命感。
陰鬱な気持ちを振り払おうと、邦彦が顔をあげると、素っ頓狂な叫びがあがった。
「あれ? 駒子ちゃんのおねーさんじゃないっスか!!」
明るく無邪気な子供のような声がして、懐中電灯の光がひらめく。
「湖影……龍之助くん?」
まぶしさから目をかばいながら、深雪が声の主の名前を呼ぶ。と、「奇遇っすね〜」といいながら、声の主が二人の方に寄ってきた。
まぶしさに慣れた瞳で、じっくりと顔をみる。と、懐中電灯を顔の下から当てながら――いわゆるお化けライトだ――月刊アトラスのアルバイター、湖影龍之助が笑っていた。
公園で三下が幽霊にとりつかれた事件。事件に関わった駒子にかわって深雪が原稿用紙の升目を埋めたのは記憶にあたらしい。もちろん、事件後に仲良く手をつないで、駒子を送ってくれた龍之助の顔も、だ。
「龍之助くんも「ティシポネ」の招待状をみて?」
「そうっス。妙な事に妙な具合に関わっちゃいましてね。へへ」
鼻の頭をかきながら龍之助が笑う。と、その彼の後ろには如何にも「迷惑」と言った顔の少女が立っていた。
「彼女は……?」
彼女がティシポネなのだろうか、と邦彦がおそるおそる聞くと、龍之助は困ったように頭の後ろで手を組んだ。
「小切手の振出人、叶星歌さんです――何でも、ティシポネに「復讐」を依頼したらしくて」
「復讐を依頼した?!」
深雪と邦彦が同音異口に叫んだ。が、少女は二人を睨んだまま何も言わない。
「あー、聞いても無駄っすよ、彼女「だんまり」の神様がついてますから」
ここに来るまでの数時間、あの手この手で聞き口説いたのだが、星歌は全くの無反応無視であったのだ。
「だんまりの神様かぁ。そういう神さまは聞いたこと無いなぁ」
斜に構えた中性的な声が闇から投げかけられる。
視線を向けると、闇に浮かぶ白い肌。そして燃えるような深紅の瞳。
深紅の瞳の後ろから、決して変質しない純金の瞳が妖しげに瞬いた。
秋津遼と斎悠也だ。
二人は面白そうに叶星歌をちらり、と見て腕を組んだ。
「小切手の振出人とは思いつきませんでしたね」
「謎解きのほうが面白そうだったからね。人捜しなんて退屈だ」
しみじみとした悠也のセリフに、遼が茶化すように続けた。退屈が嫌いな彼女らしい発言だ。
「何? みんな招待状もらったの? 私もなんだけど」
遅れて闇の中から朗々とした声が投げかけられる。
「コンビニのバイト、なかなか次のシフトの子が来なくて。遅れるかとおもった」
闇に溶ける黒髪を押さえながら風見璃音が、つい、と目を細めて笑った。
「これで全員そろったと言うことですね」
悠也の声に、全員が頷く。
そして全員の瞳が、小切手の振出人である叶星歌に注がれた。
負傷した獣のような押さえつけた怒りを、招待を受けた者達に向ける星歌。
その星歌を諭すように深雪がやんわりと尋ねた。
「復讐を依頼した、ということは「復讐の理由」があるということよ――ね?」
「……ゴブリンよ」
「ゴブリン?」
「ゴブリンが月歌を殺したから、私はゴブリンに復讐する」
他人が書いたシナリオを読むように、抑揚にかけた低い声が星歌の口から放たれた。
それは十六の少女が言うにしては、あまりにも重く、負の感情に満ちていた。
「ゴブリンって、どういう事?」
璃音が尋ねた瞬間。
当たりが一斉に明るくなった。
赤、青、緑、黄色。
色とりどりの電飾が灯り、明滅し、陽気な音楽とともにメリーゴーラウンドが、コーヒーカップが回り出す。
「そのまんまさ。ゴブリンに双子の姉を殺された。だから星歌は復讐を望んだのさ」
宣言するように若い男の声が投げかけられた。
視線を向ける。と、ミラーハウスの前に一人の青年が立っていた。
肩までで切りそろえられた茶色の髪。顔を覆う柔らかな髪の合間から緑光石(ヘリオドール)のように輝く瞳がのぞいている。
黒いノースリーブニットから伸びた手には、彼の身長よりも高い銀の杖が握りしめられていた。
「アキさん!!」
悪戯盛りの少年のように、稚気に満ちた笑顔を浮かべる青年。
その青年の名前を全員が一斉に叫ぶ中、ただ一人、星歌だけが違う名前を呼んだ。
「ティシポネ!」
「よう。約束を果たしにきたぜ――三度目だから格好つかないけどな」
ポケットから黒い指ぬき手袋をはめながら、星歌に笑いかける。それはとても穏やかで、復讐の使徒のものではない。
「約束――」
訳が分からずに深雪がぽつりとつぶやく。と、アキは目を細めて唇を動かし始めた。
「二年前だったかな。同じように夏季限定のミニ遊園地ができてな――そこのミラーハウスで一人の女子中学生がこつぜんと行方不明になった。名前は叶月歌。星歌の双子の姉さ」
新聞記事を読むように、何の感情も差し挟まずアキは淡々と続ける。
「行方不明の少女は一年後同じように忽然とミラーハウスで見つかった。全身に獣の噛み痕と――輪姦の痕跡を残した遺体でね」
息をのむ気配が、その場の全員に伝染した。
否、秋津遼と全てをしるアキだけが昂然と微笑んでいた。
「ははん? そいつ妊娠した兆候があっただろう?」
納得した、と言った様子で遼が吐き捨てると、アキが高く口笛を吹いた。
「その通り。おねーさんは物知りで」
「ちょっ、それ、どういう事っスか!!」
あわてて龍之助が星歌をみる。と、星歌は怒りに満ちた表情でミラーハウスを見た。
「ゴブリンにやられたのよ。鏡に封じられたゴブリンに、彼らの王の血を残すために!! 月歌が! 月歌がぁああ!!!」
絶叫が遊園地の軽やかな音楽をかき消す。
「あいつら、たまに「花嫁」もとめて、人間の娘をさらうんだ」
何でもないことのように遼が言う。五百六十七年の間に何度も見た、と言わんばかりの口調で。
鏡の中に封じられたゴブリン、鏡の中に封じられたゴブリン。
王様に会いたいなら、六百六十六匹の騎士をうち倒せ。
朝日が鏡の幻影をうち消す前に。
ながれるような抑揚で、小馬鹿にするような調子でアキは歌った。
その歌に押されるようにして、星歌が泣きながら言葉を吐き出した。
「絶対に、敵をとってやるって――あらゆる魔術を調べたわ! ゴブリンだとわかって――でも、私には奴らを倒す力が無くて! でも、憎くて、憎くて!!」
そしてある日、ディスプレイの前に「女神」が現れた。
琥珀の肌に、黄金の髪。
蛇の冠にカラスの翼。
――ギリシャ神話の復讐の女神。血の復讐の実行者”ティシポネ”のグラフィックスが。
そして問いかける。
復讐を行いたいか?
血の呪いを、恐怖をあがないたいか? と。
「――そこで俺はネット越しに、星歌に条件を出した。本当に復讐したいか。命をなげうってもいいほど復讐したいか、とね。もしそれがお前の”願い”なら三百万円の小切手と招待状を届けて見せろ。とね」
三百万円。普通の女子高校生が簡単に集められる金額じゃない。
「それで、アキさんは金で復讐を請け負った、って事ッスか」
「違うな。金はあくまでも”やる気”があるかどうか試す為のテストさ」
押し殺した龍之助の言葉に、アキは苦笑し、煙草に火を付けた。
「そんな……そんな事、駄目だよ」
邦彦が星歌に訴えかけるように言う。
「そんな事をすれば悲しむ人がいるんだよ。復讐をやろうとしているあなたが可哀想なんだ」
「私が? 可哀想?」
ぴくり、と星歌が頬を引きつらせた。
「そうだよ。復讐者の居場所はいつだって修羅で癒してくれる存在がない。だから、僕はしたくないし、君にもしてほしくないんだ!!」
「復讐は、癒されない、か? 本当にそう思うか?」
くすくすと喉を鳴らしながら、アキ――血の復讐者・ティシポネが言った。
「じゃあ、何で復讐を望む者が居る? そもそもどうして復讐をしては行けないんだ? 悲しむ人がいるから? 誰が悲しむんだ? いや、悲しむ人がいるからしてはいけないというのなら、星歌の悲しみはどこへいくんだ?」
あざけるように、追いつめるように、淡々とティシポネは言う。
「それは――」
言うべき言葉を失い、邦彦は肩掛け鞄を握りしめてうつむく。
どうして復讐をしてはいけないの?
悲しむ人がいるから。
(じゃあ、復讐を望む人間の悲しみはどうでもいいのか?)
緑色のティシポネの瞳が、冷たく問いかけていた。
「言えよ」
「え?」
顔を上げる、と、ティシポネが皮肉そのものの笑みを浮かべて邦彦と――そして星歌を見ていた。
「言ってやれよ。星歌に。――お前の姉は運が無かったと。だからゴブリンに殺されたんだと。運が悪かったお前の姉が悪いと」
「そんなこと」
「言ってるのと同じだろう。復讐をするな? お前がそれを言うのか?! 腕をもがれた事もない、親を魔物に殺された事もない、復讐の安らぎを知らないお前が!」
はっ、と息を吐き捨てて、大げさな動作で手にした銀の杖をくるりと回した。
「言ってやれよ! 復讐なんてされるのは迷惑だって、姉を失ったお前は運が悪かった。その運が悪いお前が我慢すれば、世の中は今まで通り回っていくんだと、お前さえ何もしなければ世の中は平穏なまますぎていく、だからお前が犠牲になって、復讐をあきらめろ、姉を奪われた苦しみをみんなのために忘れてくれと、いってやれよ!! 指を指して! さあ! その偽善の鞭で打ちのめしてやれよ!!」
どうして復讐をしてはいけない?
それは――新たな復讐、否、災厄を呼ぶから。
それによって誰かが巻き込まれてしまうから。社会が歪んでしまうから。
だから運が悪い一人を犠牲にして、災厄を避けるのだ。
それが――「復讐をしてはいけない」理由だ。
最も強い人間のエゴだ。と、ティシポネの言葉が示していた。
邦彦は何も言えない自分に愕然としていた。
愕然としたまま唇を噛みしめる事しか出来なかった。
「まあ、いいさ。どちらにしろ俺は半端な復讐は請け負わないのが身上――のつもりだったんだがな」
「つもり? そういえば、さっき三回目の挑戦といいましたよね?」
話を追いながら、悠也が尋ねる。と、アキが苦笑とともに煙を吐き出し、アキの代わりに遼が可笑しそうに吐き捨てた。
「簡単だ。復讐を請け負ったがいいが、キミ一人では六百六十六匹のゴブリンを倒せなかったのさ。だから、ああいう手の込んだ招待状で私達を「復讐劇」に引きずり込んだ、だろう?」
「ご名答!」
高らかにアキが叫んだ。それは時計の針が0時を指した瞬間でもあった。
突如ミラーハウスを赤とも黒とも言えない霧が包み込み、次々と小さな小鬼――ゴブリンが飛び出し始めた!!
「うわぁ!」
「きゃっ」
「――仕方ありませんね!!」
悠也が高らかに叫んだ。ここまで巻き込まれてしまっては、卑劣も狡猾も敵味方もない。目の前の敵を倒さねば自ず全滅しようというものだ。
ジャケットの内ポケットから数枚の紙を取り出す。
とたんに紙――風神の護符が蒼い光を放ち出す。
「豊葦原の千五百秋の瑞穂の国に先んじて出流る息吹よ、白刃となりて敵を討て!!」
まとわりつく闇を討つ、凛麗な悠也の声がかき消えるや否や、蒼い光を放つ護符は一陣の竜巻となりゴブリン達を切り薙いでいく。
深雪も数匹のゴブリンたちに髪の毛を引っ張られながらも、何とか唇に指先をあて、息吹を雪女の”凍れる吹雪”に変え、ゴブリンを振り払う。
蜂の巣をつついたように、次から次へとあふれ出てくる毛むくじゃらの怪物。
瞬く間に身動きがとれないほどとりかこまれ、汚れた爪でひっかかれ、髪の毛を引っ張られる。
一匹一匹は弱くとも、六百六十六匹対七人ではいささか分が悪い。
璃音がすらりと伸びた足で、サッカーボールのようにゴブリンを蹴りつける。
龍之助のコンクリート塀を打ち砕くほどの怪力が、ゴブリン達の腹を打つ。
圧巻なのは遼とアキ――ティシポネだろう。
「ほらほら! みんな燃えてしまいな! ははは。これで五十八匹目!」
ごう、という音が空を揺るがしたかとおもうと、魔界の闇、あらゆる邪悪を凝縮した漆黒の焔が遼を中心に燃え広がり、ゴブリン達を灰燼に帰す。
そんな遼を横目でみながら、アキは携帯電話の通話マイクを耳に詰め込み、手にしていた銀の杖で自分の周囲に輪をかいて低い声で唸るように呪文を口にした。
「Program OPEN "SYSTEMA-SEPHIROTIVM" MODE――ACCEPT」
とたんに携帯電話の受信ランプが明滅し、アキが書いた地面の輪が白い光を放ち始める。
「何?」
太陽が降り立った様なまぶしさに、深雪が振り向いたのと同時に地面に無数の輪と文字が明滅し始める。
「これは――セフィロトの樹?!」
遼が黒焔を放ちながら、アキをにらむ。とアキは薄い笑みを浮かべて唇を動かした。
「ティファレトよりネツァッフへ勝利の門よ、ハミエルを伴い開け」
冷厳な教皇のように宣誓し、杖をさしのべる。と、その場所にいたゴブリン達が光につつまれ一瞬の内に燃えてかき消える。
「――魔法陣?! じゃあ、アキさんあなたは魔道師?!」
訳がわからない、と言った調子で深雪が叫ぶ。
「魔道師じゃない、なんて言った覚えはないが?」
無理矢理魔法陣に入ってこようとするゴブリンを、銀の杖ではたき落としながら言う。
――輪を描いて魔法を唱え。
――玉座から王を引きずりおろせ!
「なるほど、フェアを保つために自分の手の内まで明かして居たわけですね!」
護符からはなった風神の刃を制御しながら、悠也が皮肉下に笑う。
しかもただの魔術師ではない。"陣"を操る「電脳の魔術師」だ。
ティシポネの口から放たれた「命令」は携帯電話をつたい、インターネットの海に隠された"魔法陣"のプログラムを引き出し、具現する。
人間には出来ない緻密で完璧な計算、完璧な数値で描かれた魔法陣を一瞬で構築する魔術師を越えた魔術師。
それが――ティシポネだ。
「どうでもいいけど、数が多すぎるわ! 何とかならないの?! 私はこんな事している場合じゃないの、あなたに黒狼様の事を聞くためにきたのにっ!」
璃音が焦りとともに叫び、数十匹目のゴブリンをアキがつくって光の炎へと投げ込む。
「うわぁ!」
少年の悲鳴が、そしてついで少女の悲鳴があがった。
戦う手段を持たない邦彦と星歌だった。
自分より弱い相手を見つけたゴブリンたちが、一斉に邦彦達の方へ向かう。
「させません!」
悠也は叫び、裂帛の声とともに、和紙でつくった白蝶を夜空にばらまく。
とたんに蝶の群れはゴブリンの目にぴたりと張り付き、視界を奪う。
視界を奪われたゴブリンを、璃音と龍之助が投げ飛ばし、遼とアキが燃やし尽くす。
しかし数が多いため、どんどんと押されていく。
そしてついにアキの腕に一匹のゴブリンがかみついた。
夜空に血の珠が飛ぶ。
「やめて!!」
高らかに星歌が叫んだ。
その瞳には異形の者に対する恐れが満ち満ちていた。
得体の知れない存在に対する畏怖が、復讐の炎を覆う闇となり、星歌の心を覆っているのが伝わってきた。
「やめて? 今更? 止まるかよ!!」
血が流れるのにもかまわず、アキがゴブリンを引きはがし、地面に叩きつける。
「今更逃げるなよ! 目を見開いて良く見ろよ! お前が望んだ復讐の末路を!」
「復讐の――末路?」
アキの叫びに、夢遊病者のような頼りなさで星歌が答えた瞬間、ミラーハウスが大きく揺れた。
「へえ。ようやく「王様」のお出ましか!」
からかうような声色で遼が叫ぶと、ミラーハウスから大きな黒い影が――汚れた茶色の毛皮に包まれた巨人があらわれた。
「――あれが、ゴブリンキングっスね」
呆然と龍之助が叫ぶ。
筋肉の隆起した腕が振り回される。
ミラーハウスの横にあった電話ボックスが一瞬にして破壊される。
「これは、一気に攻撃しないと!!」
「了解!」
悠也の叫びにいち早く璃音が答えた。
狼族の力で高められた瞬発力でもって、璃音がゴブリンキングの前に踊りでる。
惑乱された隙をついて深雪が吹雪を、悠也が風神の刃を叩きつける。
そうこうする内に、ゴブリンキングの腕が璃音をはじき飛ばし、鋭い爪が龍之助の脇腹をかすめる。
「ああっ?!」
「くぅ、三下さぁん!!」
(僕も――自分の身ぐらいは守らないと!)
戦いを傍観するしか出来ずにいた邦彦は、ようやくそう思って邦彦は祖母から貰った肩掛け鞄に手を入れる。
フライパンでもバットでもいい。なんでも――身が守れればいい。
そう思っていた。
なのに――普段はあんなにいろんな物を無尽蔵に出してくれる鞄だというのに。
指先には何一つふれず、ひっくり返しても何もでてこない。
「どうして!!」
邦彦は悲痛な叫びを上げる、出てくるはずの鞄から何も出てこないなんて!!
「迷ってるからさ。迷ってちゃどんな力も答えないさ!!」
邦彦の脇をかすめるようにして、遼が地面を蹴った。
そして一気にゴブリンキングの前にでると、闇の王さながらの堂々とした動きで手をさしのべ、ひときわ暗い闇の焔を放った!
GYARROOOOUUUU!!!!
人の物でもない、まして獣の物でもない。ガラスを釘でひっかくような絶叫が当たりに響いた。
一瞬にしてミラーハウスの壁が砕け散り、中にあるガラスすべてが甲高い悲鳴を上げながら砕け散る。
「ふん。ゴブリンキング? 獣クラスが私に逆らうなんて、四千年は早いね」
燃え尽きたゴブリンキングの死骸を蹴りつけ、遼がせせら笑う。
と、緊張の糸が切れたのか、星歌ががっくりと邦彦の腕の中に倒れ込んだ。
「――終了、って事かな?」
腕にハンカチを巻き付けながら、アキが苦笑し、邦彦の腕の中でぐったりとしている星歌の額に手をあてた。
そして二言、三言つぶやくと、苦しげだった星歌の顔がゆっくりと歪んでいく。
「何を――」
アキの手首をあわててつかみ、邦彦が聞く。
と、アキは静かに――まるで出来の悪い生徒を見守る教師の様な微笑みを浮かべ、静かに答えた。
「――復讐の記憶を消したのさ」
「え?」
「復讐って奴ぁ、合わせ鏡みたいなものさ。どこかでうち破らなければどこまでも続いていく。共鳴し続ける音叉みたいに延々と終わり無く復讐が復讐を呼び、憎しみの鏡像も止まらない」
揺らぎ震え無数の鏡像を映し出す檻にとらわれし復讐者――それは鏡鳴の虜。
にっ、と邦彦に歯を見せながらアキが星歌を抱き上げる。
「俺はアレクトみたいに無分別なガキでも、メガエラのように復讐を煽って何かを企む野心家でもない。それ位の事はわかってるさ」
「じゃあ、どうして」
星歌の復讐を止めなかったのか。Furiesとして復讐の肩代わりをしているのか、と聞こうと邦彦が口を開くより早く、アキは言葉を紡いで見せた。
「だが――理論で理解することと、感情を納得させることは別だ」
無理矢理感情を消したような、ぎこちない言葉がアキの心情を表していた。
復讐を望む心は、復讐を望む者にしかわからない。
そう告げているようだった。
何も言うべき言葉が見つからず、地面を目線に落とす。
足下に砕け散った鏡のカケラが、闇に沈む遊園地を寂しく映し出していた。
■3:00 既視連鎖■
お台場船の科学館駅前で、寒河江美雪と斎悠也はぼんやりと始発のゆりかもめを待っていた。
二人が受けた過去の依頼の話や、お互いの同居人の話、そして共通の知己の事を話していれば、3時間ぐらい簡単につぶせると思っていたのだ。
しかし、流石に六百六十六匹のゴブリンを相手にしたあととなっては、疲労で口が重い。
どちらからともなく黙り込み。どちらからともなく、ぽつりぽつりとしゃべり出す。
そんなことを繰り返している内に、雨まで降ってきた。
「――降りますね」
先ほどまで見事な月夜だったというのに、今では遠くから雷鳴が聞こえてくるような有様だ。
「当分やまないわね」
悠也のつぶやきに答えてから、深雪はため息をついた。
――ティシポネ、いや、アキさんか。
復讐を望んでいるのか。それとも復讐を止めることを望んでいるのか。もし、後者だとしたら、何故「Furies」の一員なのか。
わからない事だらけである。
それに、なにより、あの不思議な既視感は何だったというのだろう。
肩に掛かる茶色の髪でもない、緑色の瞳でもない。
たとえようのない――言うならばオーラの様なものが誰かと非常に酷似していた。
「誰かに、似てるんです」
「え?」
「ティシポネ――いえ、アキさんが」
会話の糸口になれば、とでも想い深雪がいうと、悠也が金色の瞳を見開いた。
「あなたもですか」
知らず知らずの内に息をのんでいた。
「どこかで聞いたような声、どこかで見たような表情なんだけれど……思い出せなくて」
「俺も、です」
どこで見たというのだろう。
何の変哲もない、日本中どこにでも居る顔だ、といわれればそうか、とうなずくしかないのだが。
それだけではすまされない、強烈な既視感を感じていた。
――どこで?
(七つも偶然が重なることはない。偶然でない出来事は必然だ)
アレクトの事件でアキが言った台詞が、意識の底からよみがえる。
その言い回しを繰り返している内に、別の人物の口から酷似したセリフが鮮明に浮き出した。
(一度や二度なら偶然ですが。六度も重なればそれは必然です)
言葉も、そのセリフに込められた感情も違うが、耳に残るかすかな響きは全く同一のもので――。
「榊――千尋」
理性が制御するより早く、深雪の口から一つの名前が漏れた。
はじかれたように悠也が顔をあげ、深雪の瞳に視線をあわせた。
悠也も全く同じ人物の名前を、ほとんど同時に思い浮かべていたからだ。
名前が浮かべばあとは早い。
髪の色と質、輪郭や目の位置。
それはまるで鏡に投射した絵姿のように完全に一致していた。
「関係者、なのでしょうか」
乾いて引きつりそうになる喉に手をあて悠也が言うと、深雪はわからないと言うふうに沈黙したまま頭を降った。
――偶然か。
――それとも、必然か?
いずれにせよ、新たな局面が待ち受けているのを感じながら。
夜が明けるのをじっと待っていた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0264/風見・璃音(かざみ・りおん)/女/150/フリーター】
【0258/秋津・遼(あきつ・りょう)/女/567/何でも屋 】
【0264/内場・邦彦(うちば・くにひこ)/男/20/大学生】
【0164/斎・悠也(いつき・ゆうや)/男/21/大学生・バイトでホスト 】
【0174/寒河江・深雪(さがえ・みゆき)/女/22/アナウンサー(お天気レポート担当)】
【0218/湖影・龍之助(こかげ・りゅうのすけ)/男/17/高校生】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、立神勇樹です。
さて、今回の事件は「エピローグを除いて時系列割で7シーン」になっております。
「なぜこのキャラが、こういう情報をもってこれたのかな?」と思われた方は、他の方の調査ファイルを見てみると、違う角度から事件が見えてくるかもしれません。
もしこの調査ファイルを呼んで「この能力はこういう演出がいい」とか「こういう過去があるって設定、今度やってみたいな」と思われた方は、メールで教えてくださると嬉しいです。
あなたと私で、ここではない、別の世界をじっくり冒険できたらいいな、と思ってます。
寒河江深雪様。
参加ありがとうございました。謎については、時刻以外は全て正解でした。
最後、意外な人物が浮かび上がってきましたが、いかがでしたでしょうか?
「意外な人物」にどう接触するか(あるいはしないか)によって、このシリーズは全く別の顔を見せてくると思われます。ただし最後の「事実」を全く無視してもかまいません。
では、再び不可思議な事件でお会いできることを祈りつつ。
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